私は、その場にいて事の成り行きを見ていた。


たっぷりの愛情を


アポロさんのポケモン専用の美容師がクビになった。どうしてか理由を聞くと、気に入らないの一言だった。
私はデルビル達の次の美容師が決まるまでブラッシングを任された、ただのしたっぱだった。どうして私が選ばれたのか理由を聞くと、デルビルの好みのポフィンを持っていたからと納得のいかない答が返ってきた。
デルビルをブラッシングしていると、部屋に見慣れない人間がやってきた。恐らく次の美容師候補、なんだろう。
ちょっと格好良いな、と見ていたら手が止まっていたらしい。デルビルが私を急かすように鼻を押し付けた。

「お前は口が固いですか」
「えぇ、勿論です」

その声に、ぴくりと私の体が反応する。
何だろう、この声、何処かで聞いたことがある。
デルビルのブラッシングを続けながらアポロさんとその男の会話に耳を傾ける。

「私のヘルガーは相手を認めなければ触れることも出来ませんよ」
「そういうポケモンには、慣れているつもりです」

そんなこと、知らなかった。私は初めて会った時から撫でていたけれど、下手をしたら噛み付かれていたのかしら。
それにしても、この声、一体何処で聞いたんだろう。思い出したくない過去の何処かで聞いたのは間違いない。
あぁ、でもいつ、何処で。
アポロさんがボールからデルビルを出す。デルビルが尻尾を振った。

、」
「は、はい!」
「これをコピーして下さい」
「今、ですか」
「そうです、早く行って来なさい」

まるで追い出すかのようなアポロさんが何だか怪しかったけれど上司の命令は絶対。私はブラシを置いて書類を受け取り、部屋を出た。
けれど、これを何部コピーするのか聞いていないことに気づき、部屋に引き返した。
すると。

「どうしてお前はすぐに帰って来たのですか」

首を真っ赤に染めた男が床に横たわり、その隣には口を赤くしたヘルガーが澄ました顔で座っていた。
うわ、ヘルガーに認めてもらえないとこんな結末が待っているんだ。良かった、運良く認めてもらえて。

「これ、何部コピーしたら良いですか?」
「それはもう結構です。それよりヘルガーを綺麗にして下さい」

綺麗に、とは口元を拭いてやれ、ということだろうか。流石にそれは、怖い。
私が迷っているとアポロさんが自らヘルガーに付いた血液を拭き取った。
あ、思い出した。

「この人、」
「何でしようか」
「あ、いや……何でもないです。気にしないで下さい」

何処かで見た、ってそんなの当たり前だ。だってこの男、以前付き合ったことのある男なんだもの。
こんな所でこんな風に再会なんて、つくづく縁がなかったんだわ私たち。

「……この人、この後どうするんですか」
「他の者に処理させます」
「あの、私が処理しても良いでしょうか」

死体処理は私の最も苦手な仕事の1つだった。それを知ってるアポロさんが訝しげな顔をする。「ちょっとした知り合いなので」と言うとその顔はさらに難しくなった。

「どんな関係ですか」

答えないと許可しないぞ、アポロさんの瞳が言っていた。

「少し、付き合ってました」
「そうでしたか。
 ヘルガー、お前はやはり賢いですね」

アポロさんが優しくヘルガーを撫でる。何がやはりで、何が賢いのだろう。私にはちんぷんかんぷんだった。
けれど、ただ一つ分かったこと、それは。
ブラッシング係は当分私のままだということだ。


仮面の下に忍ばせる


、」
「は、はい!」
「この死体の処理はお前に任せましょう。ただし」

アポロさんの瞳が光る。

「その後すぐにヘルガーのブラッシングをお願いします」