白衣を着たしたっぱには要注意しろ。

最近新たに加わった注意事項だった。
俺には意味が分からなかったが、俺の部下たちは理解しているようで、こくこくと頷いていた。
にしても、白衣を着たしたっぱなんていたか?

 

 

「………いるじゃねぇか」

俺の目の前にそいつはいた。
見たことのない女だった。端正な顔立ちで、こんなのが街歩いていたら男どもは声を掛けずにはいられやしない。
その女は俺に気づくとつかつかと近づいてきた。
おっと、顔だけじゃなくてスタイルも良いじゃねぇか。こんな美人、知らなかったなんて損してたわ、人生。

「お初にお目にかかります。わたし、です」
「おぅ、俺は」
「幹部のラムダ様、ですよね。存じております」

美人で物腰も柔らかで、文句なしの良い女だ。これであれも良いなら最高だな。

「聞けばラムダ様は変装がお得意だとか」
「ま、まぁな」
「でしたら、わたしにも変装できるのですか」
「そりゃあ、もちろん」
「へぇ」

一瞬、の顔が極悪人のそれになった。
したっぱどもなら見逃すそれだが、人間観察に優れた俺様は気づいちまった。
こいつ、腹ん中にでっかいものを抱えてやがる。
根っからの悪人、かもしれねぇ。

「そうそう、実はわたしも変装出来るんです」
「ほぉ、そうか」
「今も、ラムダ様のお好みの姿になってるんですよ」
「………なにぃ?」
「わたしのこと、知りませんでした?
白衣を着たしたっぱには要注意しろ…って」
「それは聞いたことあるけどだな」
「それ、どうしてだか知ってます?
……って知らないからわたしとお喋りしてるんですよね」

ランスと似た喋り方だった。
人を小馬鹿にした、何とも腹の立つ喋り方だ。
はニヤリと、それはもう美人が台なしの笑みを俺に見せた。
こいつ、マジでヤバいな。

「あら、もうこんな時間」

わざとらしく、滑稽にすら感じるほどわざとらしく、は時計を見て驚いた。なーんか、不安になる。

「わたし、これから任務なので失礼させていただきます」
「ん、頑張れや」

は軽く頭を下げ、俺のそばを通り過ぎた。
何も触れてしまうほどそばを歩かなくてもいいじゃねぇか。
あいつ、俺の好みの香水まで調べたのかよ。ドキドキしたじゃねぇか。

「ラ、ラムダ様!かっ確認して下さい、早く!」

突然、俺の部下が慌てて俺に駆け寄った。
確認て、何をだよ。

「あの女、スリなんです!」
「………スリ?」
「手癖の悪さは団内一です」

極悪人の割にはスリだなんてコソドロ風情のことをするんだな。
俺は呆れながらポケットに手を突っ込んだ。

「……あの女、」
「すぐ追い掛けます!」
「頼むわ」
「はいっ!」

変装が得意で手癖の悪く、しかも下調べもばっちりするとは、感心してしまう。
あれは誰の部下なんだろう、ラムダが思案していたら男の悲鳴が廊下に響き渡った。

「……あの女の仕業、か?」
「やれやれ、またですか」
「うぉっ!アポロ、いつからここにいたんだ!」
「つい今しがたです。
それより、は今どんな顔ですか」

どうやらあれはアポロの部下らしい。
ランスと組ませれば面白いと思ったが、それじゃああいつらを止められねぇからアポロの部下になったんだろう。
まぁ、アポロも十分てこずっているみたいだが。

「俺好みの顔、だとよ」
「……そう、ですか」

ため息をつくあたり、常習犯なんだろう。
こんな騒ぎ、今まで気づかなかったのかよ、俺は。またまた損してたわ、人生。

、仕事ですよ」

遠くまで聞こえる声で、アポロは叫んだ。
こいつに声を張らせるなんて、は大物だ。
アポロが呼ぶと、あの女はすぐにやって来た。
が、その顔はまるで氷のように冷ややかだった。アポロのことが嫌い、なのか?

「それくらい分かってます、アポロ様」

は思い切り蔑んだ目をアポロに向け、俺には笑顔を見せ、「幹部って言っても大したことありませんね」札を抜き取った俺の財布を返した。
隣のアポロが苛々としているのを感じたが、その怒りにわざわざ触れてやる必要もない。俺は苛立ちを隠しながらに笑ってみせた。

「では、行って参ります」

が行ってしまった後、俺もアポロも不機嫌度MAXで部下に当たり散らしていた。

 

 

憎まれっ子

 

 

白衣を着たしたっぱには要注意しろ、よぉく分かったわ。