アポロさんと美人が仲良く歩く姿を街中で見つけた。
そのおんなのひとはだあれ。
今すぐにでもアポロさんの肩を掴んで問い詰めてやりたかった。
けれど足はまるで根が生えたようにその場に張り付き、ちっとも動かなかった。
みるみるうちにアポロさんと美人の姿が遠くなる。そして、人混みに紛れ消えてしまった。
次の日、あたしは念入りに身支度をしていた。
あの美人は長くて真っすぐな髪だったからあたしも真っすぐにセットした。ピンクのアイシャドーにみずみずしいリップグロスも真似をした。帽子を被ると髪が崩れてしまうから軽く被ることにした。見えないけれど下着はいつもよりセクシーに、ガーターベルトだってつけてみた。最後にお気に入りの香水をつけ、鏡に向かって笑顔を作った。
相部屋の同僚が不審そうにあたしを見る。
「、今から合コンでも行くつもり?」
「そんな感じ。 あたし頑張ってくるわ」
部屋を出てアポロさんの部屋へ向かう。
真っすぐの髪もキスしたくなるような唇もしっかり維持をしてドアをノックする。
暫くして返事があった。
ドアを開けるとコーヒーを飲みながら書類に取り掛かるアポロさんが見えた。
「そこの書類をラムダに持って行ってください」
顔も上げずに、あたしなんか見る価値もないと言わんばかりな態度だった。
折角こんなにお洒落したというのに。あたしは頬を膨らませ渋々仕事を引き受けた。
が、あたしが書類を取ろうと机に近寄ったその時、アポロさんがあたしを見た。
「………」
「はっ、はい!」
アポロさんがあたしをじっくりと捉えた。
痛いほどの視線があたしを丹念に調べる。たったそれだけのことなのに、体の芯が熱を帯びる。
「今日はデートでもあるのですか」
「いえ、その……イメチェンです」
「ほう」
視線があたしから離れる。
「では、お願いします」
アポロさんはそれ以上はあたしに興味を持つこともなく、会話は終了した。
あたしじゃ駄目なのか。
どんなにメイクや髪型を真似てもあの美人のように隣に並ぶことはおろか、声すら掛けてもらえないのか。
悔しくて、それ以上に悲しくて逃げるように部屋を出た。
ラムダさんの部屋に向かい、ノックの返事も聞かずに部屋に入りこんだ。
変装の練習中だったのか、ラムダさんは鏡を見ながら色々な表情を作っていた。あたしも自分の部屋を出る前に鏡を見て笑顔を作ったけれど、はたから見ているとかなり怪しかった。
「おっ、か」
「これ持ってきました」
ぱさり、と机に書類を置く。
机には灰皿があり、その灰皿からは吸い殻がこぼれ落ちていた。それをつまむと落ちないように吸い殻の山に積む。
「吸い過ぎですよ」
「これでも自重してんだぞ。
……お?」
ラムダさんがようやくあたしの顔をまじまじと見た。
「なんだ、合コンでも行くのか?」
「まぁ、そんな感じです…
でも無駄みたいでした」
「……へぇ。
よし、仕事終わったら俺のとこに来い」
「え、あの」
「俺に任せろよ」
気障っぽくウインクするラムダさんはいかにも怪しい雰囲気を漂わせていたが、ラムダさんの女装はそこらの女性より何倍も美人だと聞いたことがある。
「いいな!」
「わっ、わかりました」
たまにはラムダさんを信じてみようと決心した。
「うっそぉ……あたしより上手って……」
鏡に写る自分は、これが自分なのかと疑うぐらいの変化を起こしていた。
「どうだ、俺様にかかればこんなもんよ」
「すごい………」
「それで頑張って来い」
「あ、は、はい」
あたしよりラムダさんの方がメイクが上手いだなんて信じられないが、そんなことより今はアポロさんだった。
ラムダさんへのお礼もそこそこに、あたしはアポロさんの部屋へ向かった
「……昨日のアレはそういうことだったのか。
アポロの野郎、俺を嵌めやがって」
走ってアポロさんの部屋まで来ると、息を整え身嗜みもチェックしてからドアをノックした。
返事はすぐにあった。
あたしは努めていつも通りを装ってアポロさんの部屋に入った。
「どうしましたか」
「え、えっと……」
「そうだ。これのチェックをしてください」
「はっ、はい」
バッチリお洒落したものの、此処へ来る理由を用意し忘れていた。アポロさんは特に気にしていないからよかったけれど、気をつけなくちゃ。
「……、」
書類のチェックを、と机に近寄った途端、がしりと腕を捕まれてしまった。思わずぎょっとして飛び退いてしまう。
アポロさんがあたしをじっとりと眺める。その視線があたしの熱を上げるなんてきっと気づいてないだろう。その視線があたしを虜にしてることにも気づいていまい。
「あの、書類のチェッ―」
「まぁ及第点、ですね」
「は?」
アポロさんは小さくため息をつくとあたしの腕を放した。
及第点って、一体何のこと?
「コートを取って下さい」
「今からお出かけ、ですか」
「えぇ。さぁお前も早く支度をなさい」
「あ、あたしも?!」
アポロさんがニヒルに笑う。
その笑みは駄目、その目であたしを見ちゃ駄目!ドキドキして何も出来なくなってしまう。
あたしがオロオロしている間にすっかり身仕度したアポロさんがあたしの腕を引っ張る。
「さぁ、行きましょう」
アポロさんに引きずられ、あたしは訳も分からないままデートに突入していた。
智人の策略
あたしに発破をかけるために、ラムダさんに女装させて連れ歩いていたと知るのはずっと先の話。
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