電話の向こう側はいつも賑やかな音に溢れていた。
私の側はいつだって静かだった。
一人きりの部屋から掛けているのだ、それは当たり前なのかもしれない。
ただ、向こう側の賑やかな音を聞いていると時々虚無感に襲われる。ぽっかりと、何かが欠けていることをひしひしと感じてしまった。
今日もまた、電話を掛ける。
何度目のコールで向こう側と繋がるのだろう。途中まで数えて、それから止めた。
繋がりを欲するような自分の行為にうんざりとした。いつから自分はそんなにも弱くなったのか。

《……はい》

ところが、何故か今日に限って電話の向こう側は静かだった。
声の主も嫌に静かだ。

「今、どこですか」

沈黙が流れた。
向こう側の張り詰めた空気が伝わってくる。音など何も聞こえないというのに、今にも壊れてしまいそうな何かを。

《どこ、だと思いますか》
「さぁ、分かりません」

私はの声を最後に聞いてどうしようと思っていたのか。
ほんの、ほんの僅かにある彼女への罪悪感と何かを消し去ろうとしていたのか。

「最後まで、お前はつれない態度ですね」
《私、アポロさんが嫌いですから》

コツコツと足音が聞こえた。
どうやら彼女は歩いているようだ。張り詰めた空間を、ゆっくりと慎重に。

「お前が左手に持っているのは何ですか」

足音が消え、言葉も聞こえなかった。
想像するに、彼女は立ち止まったのだ。私の質問への答えを探すために。
カラン、と何かが落ちる音が聞こえた。
それが答えなのか。

「お前はいつだって、非情になれなかった」

私はゆっくりと振り返る。
そう、最初から彼女は私の後ろにいたのだ。
私は最後に電話ごしにの声を聞きたかった。
電話ごしの声はとても美しく耳に届いた。対面すれば見えてしまう彼女の憎しみも、電話ごしでは消えていた。届かなかったのか、それとも本当にあの時だけ憎しみが消えていたのか。今となっては確かめる術はない。

《………そう、ね》

彼女の足元にはナイフが落ちていた。それを先程落としたのだろう。

「さぁ、どうしますか」
《……分からない》
「そうですか。 私にも分かりません」

ゆっくりと歩を進める。
は私から視線を外さないでいた。
憎しみの込められた瞳はしかし、ぞっとするほど美しかった。
床に落ちたナイフを拾い上げる。
次にどう動くのか、本能に従うことにした。

「さようなら」

ナイフを振りかざす。
右手に握られた拳銃が弾を放つ。

 

 

 

 

一瞬後の未来でさえ、私には知ることは出来ない。
 

こういう、暗い話が好きなんです。
この後どうなったかは……想像にお任せします。