「こんにちは、」
「こんにちは、アポロさん」
昼下がりの自然公園のベンチで彼は彼女を見付けた。ベンチに座る彼女の足元にはロコンが座っており、本を読む主人を静かに見つめている。
彼は彼女の隣に座り、その読んでいる本に目を向ける。これは確か。
「アポロさんの薦める本はどれも素敵な本ばかりですね」
そう、それは先日彼が彼女に紹介したものだった。
読書はあまりしないと言う彼女が、それでも何か読んでみたいと彼に言ったのは随分と前だ。あれ以来、彼は彼女に合う本をこっそりと探し続け、彼女に教えてやっていち。
そもそも彼女が本を読むなどと言い出したのは彼が原因であるため、努力するのは当然だと考えていた。
いつ来るか分からない彼を、何もせず待つのは辛いと零した彼女の顔を決して彼は忘れなかった。もう二度とあのような顔を見たくはない彼は、多忙な時間の中、必死に本を探していた。
「今日は早かったですね」
「えぇ、に会いたかったので」
はにかむ彼女を抱き寄せ、本を閉じる。
恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女を彼はとても大切にしていた。彼女からより多くの愛を得ようと出来ること全て行っていた。
彼女の足元のロコンが彼を見上げる。その瞳は彼を睨んでいた。
「今日はいつまで一緒にいられますか」
「そうですね、今日は」
彼の至福の時間を電子音が破壊する。
彼女が悲しげな顔に変わるのを横目で見ながら彼は電話に出た。
「…………わかった」
電話を切ると、彼は彼女を強く抱きしめる。
彼が彼女を強く抱きしめるのは別れの合図であった。だからだろう、彼女は僅かに不満の顔を見せた。
「すみません、。どうしても行かなければなりません」
「………はい」
「明後日ならまた会えますから」
「…………はい」
抱きしめていた腕を解き、彼は彼女の額に唇を落とす。そして立ち上がると振り返ることなく立ち去った。
一人きりの彼女がぽつりと呟く。だがそれは足元のロコンでさえ聞き取れないほど小さく、しかしその言葉に込められた思いはとても強いものだった。
翌日、彼女は珍しく動きやすい服装であった。彼と会う時はいつも女らしい服装であったから、その服装は久しいものだった。
鏡に写る自分を見た彼女はぎこちない笑みを浮かべる。
そんないつもと様子の異なる主人に、ロコンは不安そうに主人を見た。
彼女はロコンをボールに戻すと腰のベルトにそれを付け、キャップを目深に被って家を出た。
夜が去り、朝が来た。
ある建物の前で彼女は待っていた。見張りに気づかれないよう、草陰に隠れながらじっと待っていた。
そして彼女は見付けてしまった。建物から出て来るある男の姿を。
男は彼女の側まで来ると、彼女に気づき足を止めた。
「誰ですか」
温かみのまるでない冷たい声に、彼女は怯えながらも姿を現した。
「お前を倒すっ!」
無謀な挑戦であることぐらい、彼女は分かっていた。嗜み程度のポケモンで、悪の組織の幹部を倒せるはずがなかった。
案の定、彼女のポケモンはあっという間に倒されてしまい、とうとう最後のポケモンになっていた。
「お前は愚かですね」
「………っ、」
男は既に戦いへの関心を失っていた。それどころかまるで時間を気にするかのように何度も時計を見ていた。
彼女は最後のボールを掴み、すがるような気持ちで投げた。
「ヘルガー、行きなさい」
男のヘルガーが彼女の最後のポケモンもあっさりと倒してしまった。
男はもう次がないことを確認すべく、ようやく彼女の方を見た。
そして、男は脇に抱えた本を落としてしまった。
「ロ、コン……?」
それはよくよく知ったポケモンであった。
はっとしてトレーナーを見る。ところが目深に被ったキャップで、その顔は窺えない。
男は祈るような気持ちでトレーナーに近寄り、腕を掴むとその顔を見た。
涙に濡れるのは、彼の愛した彼女であった。
「信じたくなかった」
「、」
「アポロさんがロケット団だなんて、信じたくなかった」
彼は強く彼女を抱きしめる。
もう二度と触れることもないと思うと胸が避けるように痛んだ。
そしてそっと離れると、振り返ることなく建物へと踵を返した。
真昼の幻想
(いつか訪れると分かっていた)
(それなのに、受け入れられない) |