07手を振らせておくれ
街中を歩いてい時、見知った顔を見つけることがある。
それはかつての仲間だった。
沢山のものを共有した彼らと今はもう会うことはなく、こうしてごくまれにすれ違うばかりだった。
距離が縮まった時、私たちは互いに相手を認識している。けれど決して声を掛けることも、会釈することさえなかった。私たちはもう別の道を歩んでおり、過去の日々は封印すべき記憶だからだ。
それでも、私は通り過ぎた背中を眺める。挨拶を交わし、かつてのように談笑したいと願ってしまう。
だがそれは叶わない夢であり、叶えてはならない夢だった。
それでも、人混みの中からかつての仲間を探す癖は直らなかった。
ふと前方を見れば、何ともサカキ様に似た後ろ姿があった。よく似てるな、でもまさかこんな街中にいるはずがない。
ふいと視線を外そうとした瞬間、振り返ったその男と視線が絡んだ。
「……あっ、」
それは、十分すぎる程見慣れたものだった。間違いない、あの人は。
声を掛けることは暗黙のルールで禁じられていた。私たちは既に別々の道を歩んでいるのだ。今さら過去の闇に触れることを誰も望んでいない。
けれど、私はあの男を追い掛けた。
闇に触れることを厭わないほど、私はあの人を求めていた。
人混みを掻き分け、離れていく男を必死で追い掛ける。きっと彼も私に気付いているはずだ。確かに、目が合ったのだから。
無理矢理に人を押しのけ、何とかして距離を縮める。けれど距離は思うように縮まらない。見失わないよう注意しながら、必死で後を追う。
あともう少し、この手を伸ばせば。
手がその肩に掛かるその間際、目標の男は狭い路地に入り込んだ。
「あっ、」
曲がり切れず、見失ってしまう。
折角見つけたというのに、ここで見失うわけにはいかない。ずっとずっと探していたのだから。
踵を返し路地に入る。
そして。
「あぁ……」
現実はいつだって思うようには進まない。
「騙されるなんて、最悪」
「よっ、久しぶりだなハル」
そこにいたのは捜し求めていたサカキ様ではなかった。
かつては決して騙されることはなかったラムダの変装に、今になって初めて騙されてしまった。悔しさと諦めと名前の分からない感情が込み上げる。
「何で今さらこんなこと……」
「いやぁ、この格好じゃないとお前を捕まえられねぇからよ。
でもまぁ、悪かったな」
「……それで、何か用なの?」
変装を解いたラムダが私にニヤリと笑いかける。
嬉しい時の顔だった。何か嬉しい知らせでも持っているのだろう。
「あいつを見つけたんだよ、あいつを」
「誰を」
「アポロだよ、アポロ!」
ラムダが私の肩を抱いてけらけらと笑う。
一方の私は彼の言葉を飲み込むことに精一杯で、笑う余裕なんてちっともなかった。そして何とか理解できた時には体から力が抜け座り込んでいた。
「おいおい、大丈夫か?」
「え、えぇ……」
「それであいつは今」
「いい」
「何がだよ」
「聞かなくて、いい」
「お前、会いたいんだろ?」
確かに、確かにずっと会いたいと願っていた。
しかし同時に、もはや彼は思い出となりつつあった。
だから、今になって会うことは複雑なことだった。
「もう、私たちは別々の道を歩いてる」
「おい、お前……」
「さよなら」
まだ体に力は入らないが無理矢理に立ち上がり、ラムダに背を向け手を上げた。
僅かに振った手を、下ろすと路地を出た。
(もう、前を向くから)
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