06グッバイ、世界
「かい、さん……?」
「私はあの少年に負けました。
やはり私には無理でした」
私は似たような言葉を以前も聞いたことがあった。いつだっただろう。
「私たちの夢は、ここで終わりです」
ラジオ塔は騒然としていた。
すぐにでも来るであろう警察から逃れるため、皆が逃走の準備に取り掛かっていた。ランスやアテナといった幹部たちも部下に指示を出して着実に準備を進めている。
そんな中、アポロはいつもと変わらぬ顔で私と向かい合っていた。
「おい、お前らも早くしろ!」
ラムダが私の手を強引に引く。
今は状況を理解するより先に、逃げることが優先だった。
私はアポロから目を離さないまま、ラムダに引っ張られて行った。
警察の手から逃れ、ようやく一息つけるようになった頃、ある男の姿が見当たらないことに気が付いた。
まさか、私は妙に速くなる鼓動を感じながら男を探した。
いない。此処には、いない。
「どうしたんだ、ハル?」
一服するラムダが私の青ざめた顔に気が付いたらしく、眉をひそめながら尋ねた。
「いない、いないの!」
「誰がだよ」
「誰って……」
「アポロがいませんよ、ラムダ」
会話を聞いていたのだろう、ランスが私の代わりにラムダに答える。
彼の視線は私に向けられ、それは私を蔑む色を帯びていた。
ランスが何故そんな視線を向けるのか、私は分からなかった。サカキ様不在のロケット団を一つにまとめていたアポロの行方が分からないのだ。それを心配することがどうして軽蔑の対象になるのだ。
「あいつ、やり残したことがあるとか言ってたなぁ」
「何、それ……」
「俺も詳しくは聞いてないけどよ、えらく深刻な顔だったぜ」
「私も見ましたよ、アポロにしては珍しかったですね」
「何で、そのまま置いてきたのよ……」
声が震える。ラムダとランスを睨み付ける。
それが無駄だと分かっていても、誰かを責めずにはいられなかった。
「どうして、どうして無理にでも引っ張って来なかったのよ!
どうして私だけ連れて来たのよ…っ!」
ラムダの胸倉を掴み、思い切り叩いた。
どうしてアポロもまた私から離れてしまうのだろうか。
彼は大切な人を失う辛さを知っているはずなのに。彼だってサカキ様を失って深い悲しみを経験したというのに、どうして。
「見苦しいですね」
ランスが私とラムダを引き離して言葉を投げた。軽蔑の眼差しが私をしっかと捉える。
「貴女が求めていたのはサカキ様ではなかったのですか?
アポロは、所詮サカキ様を探し出すための駒の一つに過ぎないというのに、
何をそこまでムキになっているのですか」
ああ、今になってようやくランスが冷酷と呼ばれる理由が分かった。なんて情のない言葉を平然と吐くのだろう。今のランスの言葉にラムダも驚きを隠せないでいる。
私はサカキ様と再び会うために今まで生きていた。
そう、思っていた。
でも今私が心から求めているのはサカキ様ではなく、アポロだった。
「まぁ、何だ。しばらく頭冷やせや。
ランスはこっち来い」
二人が離れ、私は一人きりになる。
私はサカキ様から得られなかったものを、アポロから得ようとしていたのだろうか。
アポロからの愛を自分を満たすために欲していたのは確かだ。だから彼の消えた今、私に愛を与える存在はいない。
ということは、愛を与えてくれた彼が消えたから不安になり悲しみを感じているというのだろうか。
分からない。
違うような気がした。
私は今、アポロという存在が消えたことに絶望を感じている。
そう、サカキ様がいなくなった時に感じた感情を、だ。
「どうして、今になって……」
気づくのはいつも失ってからだ。
大切なものがいない世界に、今度こそ生きる意味を見出せそうになかった。
(光が、消えてゆく)
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