05ハロー、命無き生命
「お前は何も見ていないですね」
「何をいきなり」
「前を見てるようで、その実、そこに過去を見ているだけですよ」
「なっ……」
「だがその過去すら、お前は歪めて見ている」
「そんなこと、」
「では何故、私と目を合わさないのですか」
アポロの視線が痛い。
私は視線を床へ落としたまま、かつてを思い返していた。
暗がりの中、ハルは一人訓練を行っていた。決して強くないトレーナーとして腕を何としても強化する必要があったからだ。悪の組織の頭であるサカキに認めてもらうには、任務だけでなく、ポケモンバトルの腕も必要だった。
支給された2つのボールは何度も投げているため傷だらけになっていた。
レベルはどんどん上がり、レベルだけを比べれば組織内でも上位である自信が彼女にはあった。
しかし実践が少ないために彼女自身は2匹のポケモンに自信のかけらも持っていなかった。だからこうして皆が就寝した後にこっそりと特訓を重ねていた。
その日も一通りの特訓を終え、2匹をボールへ戻した。
暗がりに一人きり、ハルはぼんやりと虚空を見つめていた。
明日は大切な任務だった。そこで成功すればサカキの目に掛かると踏んでいた。だから何としても成功を収める必要があった。
その緊張で体が強張る。早く寝なければ明日の任務に支障が出る。それでもまだ寝付けそうになかった。
「……誰かいるのですか」
不意に背後から声が掛かった。
聞いた覚えのない声に警戒心が働く。
暗がりなのでよくは見えないがその男は直立して私を見つめていた。
それがアポロと知り合ったきっかけだった。あの時は、まだ彼も私を心配することはなかったのに。
床に落とした視線はそのままに、ギリリと歯を食いしばる。
「前を見なさい」
どうして前を見れようか。
あの少年に勇者の姿を見出だした今、前を見る勇気なんて私には持てなかった。
「何が不安なのです」
「そんなの、」
「お前は何を隠しているのですか」
「何も、隠してなんかない」
沈黙がのしかかる。
「お前はどうして今を生きないのですか。
かつてのように、前を向いて生きてください」
アポロの体温が私を包み込む。
この優しさに、私は何度救われ、何度心を痛めるのだろう。
サカキ様が消えた時、アポロの優しさは私を救ってくれた。もしこの男がいなければ、今でも私は荒んでいただろう。
そして同時に、この優しさに応えられないことが辛かった。彼を求めることはあれど、私は彼を愛してはいない。
「ハル、今のお前は、」
強く強く、抱きしめられる。
名前の付けられない感情が涙となって頬を伝う。
「まるで死人だ」
(両刃の剣に何も出来ずに)
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