03ハローたち

 

「間違ってる、こんなこと、ロケット団として間違ってる!」

アポロの机に一枚の書類を力の限り叩き付ける。怒りに目が血走り、体はわなわなと震えている。
一方のアポロはつんと澄ました顔でいるから私の怒りは更に大きくなる。
その姿があまりにも憎らしくて胸倉を掴み、息の掛かるほど近くにアポロを捉え、もう一度「間違ってる」と言い放った。

「何がですか」
「な、何がって……こんな下らない任務があってたまるものですか!」
「下らない?資金集めは大切です。
 お前が知らないだけでサカキ様のいた頃も行っていました」
「それぐらい分かってる!
 だけどこれがロケット団の資金集めの方法なの?私たちの誇りは―」

蛇のような視線が私に絡み付く。
サカキ様には遠く及ばないがそれでも私を黙らせるには十分の威力を持つようになっていた。とは言っても私とこの男は対等の立場だった。アポロが幹部で私は彼の部下となっていても、だ。
私はアポロを突き放すとそのまま部屋を出た。
何としてもこの任務は実行させない。ロケット団の品位を損なうような行いなんぞ、させてたまるか。
私を追う足音は聞こえなかった。
それが諦めなのか余裕なのか、私には判断出来なかった。

 

 

向かった先は幹部の一人であるランスの部屋だった。ドアの前に立つ部下を押しのけ、ノックもなしにドアを乱暴に開けた。
つんと澄ました顔の男と目が合う。
部下の多くはこの男をロケット団一冷酷だと言うが私にはそうは見えなかった。

「何の用でしょうか」

男は私の顔を確認するとすぐに書類へと目を向けた。
忙しいと言わんばかりの動作に、しかし十分に注意を払う様子が滑稽であった。この男のどこが冷酷なのだ。
つかつかと男の前まで進み、渾身の力で机を叩いた。

「この任務、却下して」

今まさにサインをしようとした書類をわし掴みで取り上げ、ギロリと冷めた目を睨んだ。
ところがこの男もアポロと同じく鼻で笑い飛ばす。

「不可能です」
「可能でしょ」
「アポロは許可しましたか?」
「あの男は…」
「その様子だと貴女の勝手に判断ですね」

ランスは私から書類を奪うと迷うことなくサインした。
ヤドンの尻尾を切って売るなんて、ロケット団としてあまりにも品がない。それにも関わらずこの男は躊躇いもなく書類にサインをした。もしもそんな姿をサカキ様に見られでもしたら。

「お休みになったらいかがですか」

顔色が悪いですよ、ランスが気遣うような言葉を吐く。
私は今にも倒れそうな体を何とかして保ち、嫌らしい笑みを浮かべる男を睨み付けた。
しかしもう何を言っても無駄だと分かっていた。だから仕方がなく部屋を出る。
愚かにも程がある任務を阻止する手立てはもうなかった。

 

 

ヒワダにあるヤドンの井戸へ向かう。雨ふらしの井戸、という割にはあまり水は溜まっていない。
暗がりの中、目を凝らしてみれば間の抜けた顔があちこちに見えた。
ここにいるヤドン全てがいなくなれば任務は出来なくなる。
用意してきたポケモンをボールから出す。ダーテングが目の前で欠伸するヤドンに狙いを定める。

「行けっ」

ダーテングがヤドンを攻撃するのをしっかりと確かめてから2つのボールを投げる。
その2つからはコノハナが飛び出す。2匹もダーテングと同じようにヤドンたちに襲い掛かる。
攻撃の音と、ヤドンの悲鳴が耳に届く。
どうしてだろう、胸が切なくなる。品位を守るためとはいえ、正規任務の妨害をすることは果たして許されるのだろうか。
後悔の念が付き纏う。けれどもう戻れない。

「……ボールに戻しなさい」

突如肩を捕まれた。
驚いて振り返るとやはり彼だった。

「あの計画を成功させるためには資金が必要だと言いましたよね」

アポロは諭すように耳元で囁く。
責めるでなく普段通りの口調が辛い。責めてくれればどんなに楽なことか。

「今は、我慢の時です。
 お前なら分かるでしょう、私とてこれを快く思っていないことが」

肩から手が離れる。それは私の握るボールを掴んだ。
それはかつてサカキ様が行ったことでもあった。
あのポケモンの捕獲に失敗し、瀕死になった私のポケモンをサカキ様はボールに戻して下さった。
情けなかった。捕獲すると豪語していたのに。

「……ハル?」
「何でも、ないわ」

 

(醜態せなくて)