(ptのダークライイベント微ネタバレ有り)

01ハロー世界

 

「世界の果て、ってこんな場所だと思いませんか」

黒の装束を身に纏う女性、ハルは背後で立ち尽くす男性に振り返った。
足元には丸い水溜まりが拡がり、まるで満月のように光を反射している。それでも、ここに立ち込める空気は重く暗く、気の滅入るような気分にさせる。足元で光る水すら、そら恐ろしい雰囲気を醸し出している。

「あのポケモンは此処にいるのだな」
「勿論です。調査済みです」
「お前が、か?」

男は舐めるような視線をハルへ向ける。振り向かなくとも感じるそれに、男の恐ろしさを改めて感じ取る。
この男に盾突く者がいるとすれば、それは世界一の愚か者だ。それこそ、世界の果てまで探しに行かなければ見つからないだろう。

「極秘任務ですから、全て私が調査致しました」
「ほう、」

男はその場に立ったまま、ハルの様子を眺めていた。
目深に被った帽子から鋭い瞳を覗かせ、それが現れる時を静かに待った。右手には捕獲用の特製ボールを握り、左手には愛用のボールを構える。
この新月島には恐ろしいポケモンが棲み着いている。それはポケモンのみならず人間にも強大な力を発揮する。悪夢で人々を戦かせる、なんて素晴らしい力なのだろう。
それこそロケット団に相応しいポケモンだ。

「ダークライ、と言ったか」
「はい」
「捕獲できるのか」
「当然です」

ハルは男に微笑む。決して相手は微笑み返すことはないがそれでもハルは愛を込めて笑みを浮かべる。
彼のために出来ることなら、たとえ火の中水の中、どんなことでも行った。この任務もそうだった。愛する彼のため、全てを投げ売って働いていた。

「だが、現れないぞ」
「もう少し、お待ち下さい」

その刹那、ハルの目の前に闇が生まれた。全てを飲み込むような黒にぞわりと背筋が凍る。その闇の中に視線を感じた。

「現れました、あれが」
「ほう、」
「ダークライ、です」

闇の化身とも言うべきその姿は心に恐れを抱かせる。
背後からは男の舐めるような視線がハルを捉え、目の前にはダークライの絶望を思い起こさせる視線がハルを縛っていた。前にも後ろにも引けず、恐怖に震える体をそれでも奮い立たせ特製ボールを握り直す。

「お前を捕獲する!」

特製ボールが宙を飛ぶ。黒の光がボールから飛び出し、ダークライの体を包み込む。
しかし。

「なっ、」

ダークライはボールには収まらずハルの目の前で静かにこちらを見ていた。

「私たちに悪夢は通用しないぞ」

素早く特殊なゴーグルを掛ける。

「本当に捕獲できるのだな」
「も、勿論です!」

男の疑うような声にハルは慌てて答える。
失敗なんて有り得なかった。しかし、彼が彼女に与える時間は長くはない。見限られたらどうしよう、冷や汗が顔を伝う。

「くそがっ!」

もう一度特製ボールを投げる。
しかしダークライはいとも簡単にそれを避け悪の波導を放った。
衝撃の強さに体が吹き飛ぶ。背中を木に打ち付け意識が飛びそうになる。何とか消えいく意識を掴み取り起き上がる。
が、その頭を容赦なく踏み付ける足があった。驚きに目を見開くと男がハルに言葉を投げた。

「失敗だな」
「サ、サカキ様!」
「お前は此処が世界の果てのようだと言ったな」

踏み付ける足が離れ、だがその足は彼女の腹を蹴り上げる。痛みに呻き声が漏れる。息を調え起き上がるが男の顔を見る勇気はなかった。見なくとも分かるのだ、彼の感情のない顔が。

「世界の果てに私が行くと思うのか?」

近寄る足音に自然と体が震える。

「終りだ、ハル」
「どう、いう……」
「ロケット団は解散だ。消えろ」

サカキの背後にダークライが見えた。これはダークライの悪夢なんだ、そうに違いない。悪夢よ、早く消えてしまえ。私にサカキ様を帰してくれ。

「解散なんて、嘘だ……」

呟いた言葉がリアルを帯びる。
気づくとそこは自分の部屋だった。

「ハル、起きてますか」

扉が開き、男が入ってくる。
世界の果てに行っても見つからないと思っていた愚か者は小さな街に存在していた。私を倒し、サカキ様まで倒した愚か者は私から全てを奪った。

「私は、どれくらい寝てたの」
「30分ほどですよ」
「そう……」
「また、ですか」
「ねぇアポロ、あのポケモンを捕まえましょう。
 あれがいれば糞生意気な餓鬼をたお―」
「ハル、あれは捕獲しないと決定したはずです」
「でも!あいつがいれば!」
「あれを捕まえられるトレーナーは、世界の果てまで行かねば見つかりませんよ」

アポロが手にしていた書類をベッドへ置く。そこには次の任務が記されている。ちらりと眺めるが、かつてほど面白みがない。どの書類もつまらない任務ばかりだった。

「世界の果て、ね」
「……ハル?」
「じゃあ、世界の果てまで行ってこようかしら」

 

(えない、も)