2002.3.26 産経新聞(夕刊)
(全国版)  


新聞の内容

宇宙(そら)へ夢を届けます

宇宙の彼方から届く星々のわずかな光を集めて、その表情を映し出す天体望遠鏡。反射式と呼ばれる望遠鏡の底には、このわずかな光を的確にとらえるために、緩やかな凹型をした反射鏡が取り付けられている。にじみのない鮮明な映像を得るため、この鏡の研磨には機械ではできない『匠』の技が生かされている。
「苗村(なむら)鏡」。天文家や天文ファンらの間で、その卓越した研磨技術を称えて、こう呼ばれている反射鏡がある。徳島県の那賀川町科学センターに設置されている国産最大の反射望遠鏡(直径113センチ)をはじめ、全国各地の天文台のほか中国や韓国など海外でも活躍している。その”生みの親”は、四十年以上にわたって千枚以上の鏡を磨き続けてきた滋賀県中主(ちゅうず)町の苗村敬夫さん(65)。一枚の円形ガラスから誤差十万分の一ミリという精度で鏡を磨き上げる世界でも屈指の匠だ。
鏡の材料は、温度による変形が少ない超低膨張ガラス。最初に研磨機でくぼませた後、六段階の粗さの研磨砂で凹型を削りだす。ここからが苗村さんの腕の見せ所だ。
ピッチ版と呼ばれる研磨具をガラスと重ね合わせ、間に水に溶いた微小な研磨材を流し込み少しずつ研磨を進める。手に伝わる微妙な抵抗感や摩擦音など経験的な感覚で鏡面の微妙な状態を感じとるのだ。
「鏡作りは結果がすべて。自分が納得できるものを作りたい」。寝食を忘れ、高精度光学鏡としての魂を磨き込む苗村さん。それだけに鏡を納品する時は「娘を嫁がせる様な気持ちだ」という。
その功績を裏付けるかのように、平成三年には、ある民間天文台が苗村鏡で発見した小惑星に「Minor Planet 6321『Namuratakao』」と命名した。
無数の星が浮かぶ天の川の近くで、小さいながらも輝きを放つ『苗村小惑星』。「何十万、何百万光年の彼方から届く光を見ながら、宇宙に夢を馳せて欲しい」と苗村さんの目に、その輝きにも負けない笑みがこぼれた。 (写真報道局 川村寧)

写真説明
右上
青い空と苗村さんの顔が写し出された「苗村鏡」(口径60cm)。アルミメッキを施し、完成したばかりの反射鏡は、島根県太田市に来月オープンする三瓶自然館自慢の天体望遠鏡の心臓部となる=滋賀県中主町

右下
体熱によるカラスの膨張を防ぐために、研磨には木製ハンドルが使われる。手に伝わる微妙な感覚を頼りに、スピードや強弱をコントロールする作業はまさに『匠』のわざだ。

左上
完成した「苗村鏡」の裏には、苗村さんのイニシャル(T・N)と製品の通し番号(915)が刻まれる。なお、「」は「ミラー」(鏡)の頭文字、また「F・L 2114mm」は焦点距離を表している

左下
宇宙の星を見るのと同じ条件下で、反射鏡の主鏡と副鏡との相性をチェックする「ナルテスト」(合成テスト)に臨む苗村さん。

         (写真・文共に 産経新聞大阪本社 写真報道局 川村寧氏)

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