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 VoiceFighter晶
 FIGHT−1:魂のカード


 つい2週間前までは、自分がこんな場所にいるなんてことを予想できなかった。
 会場となっているこの部屋は、大勢の人間でごった返していた。熱気と言えば聞こえはいいが、はっきり言って暑苦しい。ほとんどが中・高校生の男の子の中で、稀に女の子や俺と同じかそれ以上の男性も見かけるのは唯一の救いか。
 晶(あきら)はこんな所に1人で来るつもりだったのか。女の子なんて、ほとんどいないじゃないか。こんな場所だと分かっていたら、あいつがここに来るのを反対していただろう。数人いる女の子の中には、晶並みに可愛い子は見当たらなかった。親馬鹿ならぬ兄馬鹿だと思ってくれてかまわない。あいつをここに連れて来ることは、狼の群れに子羊を放り込むようなものだ。
「・・・・ちょっと言い過ぎか」
 俺は誰に言うでもなく呟くと、参加券を受付に差し出した。
 そうだ、大袈裟だ。ここにいるのはただ遊びに来ている奴等だけで、しかもほとんどが子供だ。どうしていい歳をしたこの俺が、ガキのカード遊びをしにここに来ているんだろう。友達にでも見られたら恥ずかしいぞ、全く。
「御門晶(みかど あきら)さんですね?」
 受付の女の子が俺に確認を求めてきた。
「いえ、御門晶(みかど しょう)です」

「どうぞ、よろしく」
 俺は1回戦目の相手が俺と同い年かそれ以上の容姿だったので、何となく安心した。俺だけじゃなかったんだ、という安堵感だ。しかし、考えようによってはかなりの手練かもしれないのだ。ガキならうっかりミスも期待できるが、この相手は初心者、しかも初ファイトの俺にとっては強敵に違いなかった。
 相手が俺を見て不敵に笑った気がした。カードをシャッフルする手つきもスムーズで様になっている。

 トレーディングカードゲーム「VoiceFighter」。
 一部に熱狂的なマニアのいるらしい声優と呼ばれる職業の人たちを題材にした、昨今流行っているトレーディングカードゲームだ。全く、猫も杓子もトレカ、トレカだ。作る方にとってはただの紙切れに絵や写真を印刷するだけなのだから、儲かる商売だと思う。そんなカードに何万というプレミアが付いたりするのだから、理解できない。
 妹の晶はそのヴォイスファイター(通称VF)に熱を上げ、決して多いとはいえない小遣いのほとんどをカードに費やしていた。俺はそんな晶に「くだらないものに金をかけるな」と注意したことがあったが、あの時の晶の怒りようは大層なものだった。怒るだけならまだしも、その後に泣かれてしまっては俺に勝算はなかった。俺はその負け戦をきっかけに、妹の趣味にちょっとだけ興味を持った。自ら買い求めることはしなかったが、晶が希少価値があるというキラキラ光った「レアカード」を嬉しそうに見せびらかしに来た時は「綺麗だな」と声を掛けてやったりした。
 そんな晶がある日、この夏に開催される「VF全国大会」に出場すると言って、地区予選の参加招待券を持ち帰ってきた。この店で配られたものだが、休みの日だったにも関わらず、朝早くから並んで手に入れたそうだ。その日、俺は晶が招待券を手に入れて帰ってくるまでグッスリと寝ていた。俺にはやはり、そこまでカードに情熱を傾けることは理解し難かった。

「よろしく、村井大和(むらい やまと)です」
「こちらこそ、御門晶です」
 お互いの挨拶も終わり、互いのデッキ(ゲームで使うカードをまとめたもの。山札とも言う)をシャッフルした。これは、相手が有利なようにカードの順番を操作しないための措置だ。
 ジャンケンで勝ち、俺は後攻を選択した。先行はまず1枚余計にカードを引ける代わりに最初のカードは表向きで出さなければならない。まずは相手の出方を伺うため、俺は後攻にしたのだ。
 まずは裏向きになっているデッキから手札に5枚ずつカードを引いてくる。最初の手札で勝負が左右されることもよくあることらしいので、緊張した。
 なかなかいいカードだ。

 あいつの宝物は、あるイベントで手に入れた限定VFカードだった。
 そのカードが強いかどうかは俺には分からないが、何しろそのイベントの抽選に選ばれた人だけが手に入れられるカードだけに、貴重なものだったらしい。世界に4枚しかないと言っていた。ある声優2人が組んで歌を歌っているユニットのイベントで、そのユニットをカードにしたものらしい。4枚のうち2枚は本人たちが持っているそうで、実質そのカードを持っている一般人は2人ということになる。
 大切なカードなので、いたまないようにと部屋に飾っていた晶だったが、今回の大会に持って行く、と言って自分のデッキに入れていた。
 その晶が、2週間前に交通事故に遭った。友達とデッキの調整やカードの交換をするんだと言ってコレクションのカードを大量に持って家を出たきり・・・・あいつは帰ってこなかった。
 その日は大雨で見通しが悪く、横断歩道を渡っていたあいつは突っ込んできたバイクに轢かれたらしい。・・・・犯人は捕まっていない。
 俺たちが駆けつけた現場には、何十枚ものVFカードが雨に打たれて散らばっていた。紙製のカードは雨を吸い、1枚も使い物になるものはなかった。
 あいつがこの大会で使用すると決めていた限定カードも、名前は「確か全部平仮名だった」とおぼろげに覚えていたが絵柄を覚えておらず、その大量のカードの中から探し出すのは不可能だった。

 そして、妹の代わりに俺は今日、この会場に来ている。
 どうしてこんなことを思いついたのかは自分でも分からない。ただあいつのやりたかったことを俺のこの手でしてやりたいと思った。申し込み用紙には「御門晶」とあったが、男の名前にも使えると思い、俺は「御門晶(ショウ)」と名乗って参加することにした。もし俺の妹が「晶子」なんて名前だったら、この参加券は使えなかっただろう。性別が書かれていなかったのは幸いだった。

「私の先攻ですね」
 相手は、
 天野由梨 Bランク AP1600 DP1800 アーツビジョン所属
 の、ノーマルVFカードを横向き(守備表示)で場に出した。守備表示ということはDP(ディフェンス・ポイント)である1800ポイントが、相手の出したカードの現在の能力値となる。ちなみに縦置き(攻撃表示)にすると、AP(アタック・ポイント)がそのカードの能力値となる。この状態でなければ、相手に攻撃を仕掛けることができない。
 更に相手は2枚のカードを罠カードセットに置き、魔法カード置き場に2枚置いた。
「ターン・エンドです」
 村井さんが自分のターンの終了を宣言したので、俺のターンに移る。1ターン目の先攻プレイヤーはカードによる攻撃が出来ない。場にVFカードが置かれていない状態では、攻撃は直接プレイヤーのライフ(生命値)へのダメージとなる。ライフがゼロになればゲームオーバーとなり、負けになる。1ターン目の後攻プレイヤーは必然的に場にカードが置かれていないため、先攻プレイヤーによる相手プレイヤーライフへの直接攻撃を防ぐために先攻は攻撃が出来ないのだ。
 俺の手札には相手のカード「天野由梨」の能力1800を上回るカードが4枚もあった。俺の手札は、
 國府田マリ子 Sランク AP2800 DP2300 青二プロダクション所属
 宮村優子   Aランク AP2500 DP2000 JAC所属
 富沢美智恵  Bランク AP2100 DP1550 青二プロダクション所属
 田中真弓   Cランク AP2300 DP  0 大橋巨泉事務所所属
 木村亜希子  Dランク AP1000 DP 750 ケッケ・コーポレーション所属
 の5枚で、圧倒的に有利に見えた。なぜなら、とにかく初戦で生き残った方が有利なわけだから、相手が1枚目に出したカード「天野由梨」が相手の手札で一番強いカードだと推測できるからだ。
 ならばこのまま一気に攻めて、初陣を飾ってやる!
「俺のカードは、これだっ!」
 國府田マリ子! 手札で一番強いカードで速攻撃破だ、ビビりやがれ!
「天野由梨に攻撃!」
 その瞬間、村井さんの唇がかすかに笑った。
「トラップ発動・・・・」
「えっ!?」
 相手は罠カードセットに置かれていたカードを1枚、場に出した。罠カードとは、ある発動機会(トリガー)によって発動させることが出来る魔法カードの1種だ。今の状態でのトリガーとは、俺の「國府田マリ子」による攻撃宣言ということになるのか。
「罠カード『狂気のストーカー』発動です」
 相手のBランク以上のVFカードによる攻撃宣言をトリガーとし、その攻撃してきた相手VFカードを強制的に降板させてしまう罠カードだ。
 勉強不足の俺は、そんな罠カードがあることを知らなかった。
 俺の國府田マリ子が降板の場に置かれた。VFカードは1ターンに1枚しか場に出すことができない。つまり、次の相手ターンでは俺の場に俺を守るカードが無い、完全に無防備状態と言うわけだ。相手と同じように罠カードがあれば守れるかもしれないが、俺は何だかカードに書かれている説明が難しかったので面倒だと思い、罠カードを全くデッキに入れていなかった。
「・・・・ターン・エンド」
 手札にあるのはこのターン中には出せないVFカードばかりなので、何もできなくなった俺はターン終了を宣言した。村井さんはドローフェイズで手札が5枚になるまで、デッキからカードを4枚引いた。
「行きますよ。このカードです」
 三石琴乃 Aランク AP2500 DP1700 アーツビジョン所属
 ヤバいっ! 今のドローでいいカードがきやがったぜ。
「更に由梨さんを攻撃表示にします」
 天野由梨が守備表示から攻撃表示に変更された。攻守表示の変更はそれぞれのカードが1ターンに1回のみ可能だ。
「由梨さんの攻撃」
 攻撃力1600が俺のプレイヤー・ライフを直撃する。8000ポイントのライフは6400になり、続けて三石琴乃の攻撃で、わずか1ターンで俺のライフは半分を切り、3900となった。
 俺のターン。先程は手札を1枚しか使っていないため、デッキから1枚しか引くことができない。今の手札では相手に勝つことは出来ない。何とか勝てるカードを引かなくては!
「来い!」
 丹下桜 Sランク AP2600 DP2400 青二プロダクション所属
 来た来た来た〜っ! 引きがいいじゃねぇか、俺! 勝ったぜ!
「丹下桜を場に出し、天野由梨に攻撃!」
 三石琴乃を倒しても相手のライフは100しか減らない。天野由梨を倒せば1000ポイントのダメージを与えられるぜ!
「・・・・」
 少し間を置いて、村井さんは天野由梨を降板の場に置き、自分のライフカウンターを1000減らした。どうした、俺の華麗な攻撃にまいっているのか?
「勇敢だね、さっきのターンで罠にかかったというのに、まだ1枚罠カードがセットされている状態の私に攻撃してくるなんて」
 うっ、そ、そうだった! まだ1枚、罠が残っていたんだ! 発動させなかったということは、攻撃宣言がトリガーではなかったということか。
「私のターンですね」
 カードをドローした村井さんは場を見渡し、1枚のカードを出した。
「フィールド魔法カード『アーツビジョン』」
 フィールド魔法置き場に事務所カード「アーツビジョン」がセットされた。フィールド魔法とは、自分だけでなく相手の場にも有効な魔法カードで、通常の魔法カードと違い、取り除かれるまではずっと効果を発揮し続ける。事務所カードとは、そのカード名を所属事務所としているVFカードを全てパワーアップさせるものだ。
 と、いうことは相手の場の三石琴乃の攻撃力2500が、アーツビジョンの効果によって+500され、3000に・・・・。
「更に白鳥さんを出します」
 白鳥由里 Cランク AP1500 DP1450 アーツビジョン所属
 三石琴乃の攻撃で丹下桜が倒され、こちらもパワーアップした白鳥由里の直接攻撃で俺のライフポイントは1500となってしまった。
 相手のライフはまだ7000ある。
「くっ・・・・」
 マズったぜ。さっきのターンで相手のライフを少しでも削ってやろうと目先のことだけを考えて天野由梨を攻撃してしまった。あの時、攻撃力の高い三石琴乃を倒しておけば、アーツビジョンの効果があっても俺の丹下桜は倒されずに済んだんだ。
「俺のターンだ!」
 気合、気合だ! 確かまだまだ強いカードが俺のデッキに眠っているはずだ! 引き当てろ!
 椎名へきる Sランク AP3000 アーツビジョン所属
 来た・・・・本当に来たぜ、この野郎! しかも椎名へきるはアーツビジョン! 攻撃力、脅威の3500で三石琴乃を撃破してやる!
「椎名へきるの攻撃!」
 三石、撃破! 村井さんのライフは500減って6500だ。
「・・・・」
 どうだ、手も足も出まい! あんたは「アーツビジョン」で墓穴を掘ったんだ。フィールド魔法カードは俺の場にも影響を及ぼすんだぜ。
 勝ったかも。
「私のターン」
 村井さんはドロー後、デッキの横に置かれたカードを1枚出してきた。俺は使っていないが、それは特定のVFカードを複数枚組み合わせて初めて出すことのできる、ユニットカードを置く場所だ。ユニットカードを出す際には、そのカードに書かれたメンバーVFカードを手札から出さなければならない。
 やばいぜ、そんな面倒なユニットカードを出すってことは、かなり強力なんじゃないのか!? 何しろ特定のカードを何枚も組み合わせるわけだからな。
「手札から『田村ゆかり』『堀江由衣』を出し『やまとなでしこ』を結成します」
 場に出されたカードを見て、俺は驚いた。
 やまとなでしこ ランクCユニットVFカード AP1700 DP1200 アーツビジョン所属
 AP1700? カード2枚も使って、たったそれだけの攻撃力なのか? それに同じCランクでも、俺の手札の「田中真弓」はAP2300だぜ? まぁ元になったメンバーカードもたいした数値じゃないからな・・・・。
 田村ゆかり ランクD AP 400 DP 800 アーツビジョン所属
 堀江由衣  ランクD AP 900 DP 650 アーツビジョン所属
 この人は何のためにこんなカードをデッキに入れているんだ? ランクDのカードは5枚入れなければならないとはいえ、まだまだ強いカードはあるはずなのに。
 ひょっとしてこの人、あまりカードを持っていないのか? 俺と同じように、始めて間が無いのかもしれないぞ。それなら充分、逆転の可能性はある!
 事務所効果により「やまとなでしこ」の攻撃力は2200になったとはいえ、攻撃力3500の俺の「椎名へきる」には到底及ばないはずだ。
 いや、まてよ。わざと弱いのを出して、俺が攻撃した瞬間に罠カードを発動させる気かもしれないぞ。罠カードは任意発動だから、さっきからの攻撃宣言で発動しなかったのも、強いカードで攻撃してくるのを待っていたのかも。危ない、危ない。
「『やまとなでしこ』はランクCなので、このブレイクカードを装備します」
 装備魔法、VFカード自身に装備し、パワーアップさせる魔法カードだ。その中でも「ブレイクカード」は非常に強力な装備カードのため、デッキの中に同じブレイクカードは1枚のみという制限が付いている。パワー押しの俺好みのカードだが、レアカードなので俺のデッキには入っていない。
 超ブレイク Cランク以下のカードに装備可能。 APとDPにそれぞれ+1500
 現在の「やまとなでしこ」の攻撃力、AP1700+事務所500+超ブレイク1500=・・・・。
 3700!?
「椎名へきるに攻撃です」
「まっ、待った!」
「どうしました、相手ターンに手札から発動できる速攻魔法があるのですか?」
「い、いや、ない・・・・です」
 椎名へきるが倒され、俺のライフ−200。更に白鳥由里の攻撃で、俺のライフはゼロになった。
 完敗・・・・だ。
「ありがとうございました」
「・・・・ました」
 何だってんだ? この負け方は。俺は常に強いカードばかり引いて、圧倒的有利だったはずなのに。何だか騙された気分だ。ひょっとして俺が初心者だから、あいつのいいように誤魔化されたんじゃないのか?
「御門君、良かったら君のデッキを見せて貰えませんか」
 ゲーム後、村井さんが俺に聞いてきた。
「ああ・・・・いいけど」
「拝見します」
 試合後はお互いに相手のデッキを見せてもらってもいいことになっている。戦術の勉強になるからだ。但し、その情報を次に対戦する相手に漏らしたりすることはもちろん禁止だ。相手のデッキが予め分かってしまえば、それに対抗する手段を事前に組み込めるからだ。
「あなたも見ますか、私のデッキ」
「・・・・いいよ、見てもよく分からないし」
 村井さんは俺のデッキのカードを見て「あぁ」「ほう」と言っていたが、やがて俺の方を見てこう言った。
「・・・・初めてですか? VFは」
「何で分かったんです?」
「ほとんどがスターターセットのカードなもので」
「よく分かりますね、カードを見ただけで」
「カード名を聞けば、収録シリーズと能力値を全部言えますよ」
「はぁ・・・・」
 凄いのか、何なのか。マニアというかオタクというか。こんな人にはなりたくないな。
「だからですね、ほとんど魔法カードが無い」
「スターターがあれば取りあえず始められるって聞いたから、そこに残っていた妹のカードを何枚か組み込んだんだ。弱いカードを外して、とにかく攻撃力のあるカードを入れた」
「なるほど、同じランクでも極力APの高いカードを入れている。スターターを買ったのならランクAの『井上喜久子』はありませんでしたか?」
「さぁ、抜いたんじゃない?」
「あのカードは守備力が単体のカードでは最強の3200ですよ。相手の攻撃を止めるのには最適だと思いますが。・・・・あぁ、御門君は攻撃力しか見ていなかったのですね、あのカードはAPが1500ですから」
「あぁ、あれか。ランクAのくせにAPが1500だから速攻外したぜ」
「では御門君は誰のファンですか?」
「は?」
「好きなカード、あるでしょう?」
「いや、声優は全然知らない。妹が好きで集めてたから、それで」
「なるほど、だからカードの能力しか見ていないのですね」
 そう言いながら、村井さんは俺にデッキを返した。
「そう言えば村井さん、あの最後に出したカード・・・・弱いのにどうして入れてるのかと思ってましたが」
「それは僕が『やまとなでしこ』を好きだからですよ」
 村井さんは少し誇らしげな顔をした。
「でもいくら好きだからって、試合に負けちゃ意味が無いでしょう? 勝つには、強いカードを入れないと」
「だが、そこには愛が無い」
 あ・・・・愛?
 何だかとんでもない単語が出てきたぞ。いよいよオタクの世界に突入か?
「君のプレイにはカードへの愛を感じなかった。それもそのはず、君はこのカードに描かれた人を誰1人知らなかったのだから。君はカードをその数値だけで強い、弱いの判断をしていたからだ」
「そうですが」
 そりゃあ・・・・晶が熱中していたのがどんな声優だったかとか、この人はどんな声で、どんな喋り方をするんだろうとか、知っていればもっと楽しいかもしれないな。
「失礼ですが、先程お話に出た妹さんもVFカードを?」
「好きでした」
「でした・・・・」
「半月前、事故で・・・・俺、あいつのためにこの大会に出たんです」
「そうでしたか、配慮の無い質問を許して下さい」
 頭を下げた村井さんに、俺は慌ててしまった。こっちが恐縮してしまう。
「いえ、でも負けて当然ですよね、こんな素人」
「これからですよ、御門君。ブースターを買ってデッキを強化するんです。指し当たって、魔法や罠を充実させることですね」
「ええ・・・・」
「妹さんの好きなカードはご存知ですか?」
「えっと、よく知らないんですが・・・・『法ちゃん、法ちゃん』って言ってました」
「桑島法子さんですね。デッキには入っていないようでしたが。あぁ、あのカードはランクBの中では攻撃力は1800と低いほうでしたね。最近出たセカンドバージョンは2100ですが。しかし、あのカードも使いようによってはかなりのポテンシャルを秘めていますよ」
「ええ、それにひょっとしたら、事故の時に、あいつと一緒に・・・・帰ったら捜してみますが」
 また気まずい空気になってしまった。
 俺は早々と負けてしまったが、周りはまだ熱い戦いを繰り広げているようだった。女の子の「いや〜、麻里安ちゃ〜ん!」とか、男の低い声で「お、俺のまいたんが!」とか、様々な声が聞こえてくる。たかが紙切れのカードに対する盛り上がりではなかった。
「御門君、この『やまとなでしこ』は確かに数値的には弱いかもしれない。だが、このカードは僕の『魂のカード』なんですよ」
「魂の・・・・カード」
「あるイベントで手に入れたカードでね、かなりのレアカードなんです。数あるレアの中でも最高の『リミテッドレア』と呼ばれている。でも、レア度が高いとか、そんなことはどうでもいいんです」
 村井さんは熱心に語りながら、自分のデッキからカードを抜いてきた。
「この『やまな娘。』のメンバーカード『堀江由衣』『田村ゆかり』だってそうだ。このカードは弱い。弱いけど、いや弱いからこそ、このカードで勝った時の嬉しさはひとしおだし、場に出した時は絶対に守ってあげようと思う。どんなことがあっても、降板させたりしないって思うんです。自分の力が足りなくて負けてしまった時は、彼女たちを守るデッキ、強化するデッキにしていこうと誓う。そうして僕のデッキは強くなっていくんです」
 カードを見つめ、自分の世界に入っている村井さんだった。
 会場アナウンスが流れた。
「第1回戦を終わられた方々は、受付にて勝敗を記録して下さい。Aブロックが終了しましたら、Bブロックと入替えますので、試合の終わられた方はすみやかに退出して下さい」

 試合後、勝敗を記録した俺と村井さんは途中まで一緒の帰り道だったので、話をしながら帰ることにした。
「2回戦は明後日ですね、頑張って下さい」
「ありがとう」
「それにしても、凄い人気ですね。いくつものブロックに分けて、初日は1回戦だけで精一杯だなんて。というか、あの店が狭すぎるのかも」
「はは、そうですね」
 こうなったら、村井さんには優勝して欲しい。
 ごめんな、晶。俺、勝てなかった。
 俺には愛が足りないんだってさ。当然だよな、たかがカード遊びだって軽く見てたし。実は結構頭を使うゲームだったんだな。単純にカードが強ければいいって思ってた。
 俺、やっぱお前ほど情熱を捧げられないわ。これ以上やっても、お前の供養どころかお前に恨まれそうだもんな。
 もう、やめよう。
「じゃあここで、また会えるといいですね、御門君」
「ええ」
「今度会う時は、君は強力なライバルかもしれませんね」
「あ、いや・・・・」
 ここで辞めるなんていうこともないか。もう、会うこともないかもしれないし。
 その音が聞こえたのは、村井さんと別れてすぐのことだった。
 ドカッと鈍い音がしたかと思うと、ブレーキ音とタイヤの滑る音が聞こえた。
 事故!?
 俺の頭にあの日の光景が浮かんだ。

 道路に倒れている村井さんに、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が近寄っていくところだった。自分が跳ねた相手の容体を確かめているのか。
「村井さん!」
 俺が叫ぶと、バイクの男は慌てて手を引っ込めた。何だか、村井さんのポケットを探っているようだった。
「何してる! 早く病院へ!」
 俺が叫ぶと、男は止めてあったバイクに飛び乗り、走り去った。素早い行動だった。
 ひき逃げ・・・・。

 救急車の中で俺は、村井さんの無事を祈った。晶と同じ事態にはさせたくない。幸い、轢かれてすぐに救急車を呼べた。打ち所が悪くなければ助かるはずだ。
「み・・・・かど・・・・君」
「喋らないで、大人しくしていて下さい」
 隣にいた医者が村井さんに話し掛ける。だが、彼は俺の手を握ってきた。
「もし、僕にもしものことがあったら・・・・」
「喋らないで、村井さん!」
「この・・・・デッキを・・・・君に・・・・」
 村井さんの手が、上着のポケットを探る。
「君に・・・・僕の魂のデッキを・・・・受け継いで欲しいんだ」
「そんな、無理ですよ! それに、村井さんは助かるんですから!」

 俺は病院の待合室で、村井さんの家族が来るのを待っていた。
 俺の手には、村井さんのデッキケースがある。幸いにも、それ自体には全く傷が付いていなかった。とっさにカードをかばったのか? 村井さんならやりそうだと思った。
 魂のデッキか・・・・。
 確か村井さんは大和という名前だった。ということは、大和魂か。
 いや「やまとなでしこ魂」かもしれない。
 ん・・・・?
 改めて村井さんの魂のカード「やまとなでしこ」を見てみると、何となく見覚えのある絵柄のような気がしてきた。それに「やまとなでしこ」という名前の響き、全て平仮名の名前・・・・。
 まさか、晶が大切にしていたカードと同じカード? 村井さんもあるイベントで貰ったと言っていた。ということは、晶以外にもう1人持っているというのは、村井さんだったのか?
 同じカードを持つ者が、同じようにひき逃げに遭った。
 運命・・・・というのか。俺がこのデッキを託されたのも、運命なのか。
 俺はどうすればいいんだ、晶。

第2話に続く

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