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Invisible Future 「不可視の未来」
「・・・・遅い」
エミネント管理局本部ビルの四十階フロアでゆかり達の帰りを待っていた面々は、既に三十分が過ぎ、徐々に苛立ちが生じ始めていた。
「まさか本当に罠にかかったんじゃないだろうな」
すっかり傷が迅雷は、じっとしていられずに歩き回っていた。
「鬱陶しいわね、迅雷! じっとしてなさい!」
「うるせぇ、魅瑠だって貧乏揺すりをやめろ」
「悪かったわね、うちはどうせビンボーよ!」
「あぁ? 貧乏だったら俺んちも負けねぇぞ!」
「いい加減にしなさい、魅瑠、迅雷。貧乏自慢をしてどうするのです」
紅嵐にたしなめられた二人は黙って睨み合いながら大人しく座った。
「確かに、いつまで待っていればいいのか不安ではありますね」
「先生、何かあったら助けに行くと言ったのはいいのですが、上の階に行く手段はあるのでしょうか? ゆかりん達が使ったあの光の筒は消えてしまったんですよ?」
芽瑠の言葉に頷く紅嵐。
「そうですね・・・・外から様子を見ることが出来るかどうか、試してみましょう」
紅嵐は壁に開いた穴から夜の空へと飛び出した。そのまま上を向いてみたが・・・・。
「これは」
四十階のすぐ上は屋上だった。そこには誰の姿も見えない。紅嵐はそのまま屋上に降り立ってみたが、何の仕掛けもなさそうだった。
「四十一階など存在しない? 一体、どこへ・・・・」
「やあああっ!」
ゆかりが振り下ろしたフラワーレボリューションが、修法の光の剣を切り裂いた。
「決意の力か・・・・姫宮ゆかり!」
修法の手から続けざまに打ち出される光弾をフェアリーナイト・ムーンで出来た防弾幕で防ぐと、フラワーロッドを修法に向けて構えた。
「スウィートフェアリー・スターライトスプラッシュ・エクセレント!」
眩しい光の渦が修法を襲う。
「馬鹿め、先程私に破られたことを忘れたか!」
修法はその渦に巻き込まれる寸前に、先程と同じく空間転移で逃れようとした。修法の転移は憂喜達とは違い、念じた瞬間に空間を移動することが出来る。
だがそれは、発動すればの話だった。
(転移が・・・・出来ない!?)
修法の体を光の渦が飲み込む。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!!」
今度こそ本当に、スプラッシュ・エクセレントは修法の体を巻き込んで遥か彼方まで虹を描き、岩肌に直撃して巨大な穴を開けた。
「はぁ、はぁ・・・・」
ゆかりが心配していた透子と巳弥の乗ったボートに目をやった。ユタカとみここがゆかりに対して「OK」のサインを出している。
「良かった・・・・透子も巳弥ちゃんも無事だ」
修法はどうなったのか。
山肌に開いた巨大な穴からは砂煙がもうもうと立ち込めていた。パラパラと細かい石が転がり落ちている。
(まさか、この私が・・・・)
修法は辛うじて命だけは取り留めていた。
(恐るべきは姫宮ゆかりの「反魔力」の力・・・・光の渦と反魔力のコンビネーションが私の体を包み、空間転移魔法を打ち消すとは・・・・だがそれは矛盾ではないのか? 反魔力を伴っていた光の渦もまた魔力のはず・・・・それらは打ち消されず、私の魔力のみ分解されるとは)
動けるか?
無理だ。
治せるか?
魔力が足りぬ・・・・。
(私の魔力によって作られているこの部屋も・・・・)
その異変にゆかり達も気付いていた。
「景色が・・・・歪む?」
青空が、湖が、草原が、森林が、山脈が、大自然全体が歪みだした。もやもやとした雲が辺りを覆い尽くし、周りは真っ暗にブラックアウトした。
「うおっ!」
いきなり現れたゆかり達に、紅嵐が驚いて思わず身構えた。
「ひ、姫宮ゆかり、それにみなさん!」
「あれ、紅嵐さん? ここは・・・・」
明るい場所から急に暗い場所に移った為、ゆかりには何も見えない。
「ここは本部ビルの屋上です。今までどこにいたのですか?」
「地球の大いなる大自然の中・・・・」
「?」
紅嵐はその他にも透子、巳弥、みここ、ユタカの姿を確認した。
「あの男は・・・・?」
紅嵐は修法の姿を探した。だが、近くには見当たらない。
「まさか・・・・死んじゃったのかな。だから部屋の魔法が解けて、元に戻った・・・・」
ゆかりが悲しそうな顔をしていたので、ユタカが声を掛けた。
「ゆかりが気にすることはない。あの男の自業自得だ」
「でも・・・・」
(ククク・・・・)
下の階で聞いた、修法の声だった。夜空一面に響き渡るような声が聞こえて来る。
「あいつ、まだ・・・・どこだ!?」
(勝手に殺してもらっては困るな)
暗い夜空に光が灯った。それは人の姿をしていた。一人ではなく、二人いた。
「修法・・・・! 後ろにいるのは誰だ!?」
ユタカが知らないその者は、この中ではゆかりだけが知っている人物だった。
「恵神さん!」
「何だって、恵神!?」
修法の後ろに寄り添う形で夜空に浮かんでいるのは、ゆかりが地下で会った時と同じゴスロリ衣装を纏った恵神だった。だが全身が光っていて、光が人の形を成しているようにも見える。
「何で恵神って人があいつと一緒にいるんだ!? 確か修法に利用されてるから何とかしてくれってゆかりに頼んだんだろ? 何であの男の手助けをしてるんだ!?」
大声で怒鳴るユタカに、恵神の声で返事があった。
(私はこの男に利用されている、これがその姿なのです)
「ど、どういうことだ?」
「こういうことさ」
修法が両腕を広げ、高らかに叫んだ。
「ソウル・ユニゾン!」
修法の後ろにいた恵神の体が光となって広がってゆく。やがてそれは修法の体を包み込み、手足が生え、巨大な女性の形を成す。修法の体はその体の中に入っている様子で、丁度ネックレスの飾りのように、胸の上あたりに修法の顔が出ていた。顔はゆかりが会った恵神によく似ており、背中には巨大な翼が六枚見受けられた。
「これが私の持つ中で最強・究極のソウルウエポン『ガッデス・オブ・ワールド』だ」
全身が光り輝くその女神は、体長が約十五メートル。空子のマッド・デストラクションもかなりの大きさだったが、目の前のソウルウエポンには遠く及ばなかった。
「あ、あいつ・・・・恵神って人とユニゾンしやがった!」
真っ暗なビルの屋上が「ガッデス・オブ・ワールド」によって明るく照らし出される。誰もがその巨大さに言葉を失った。
「さぁ、神々しい女神の足元にひれ伏すがいい!」
ゆかりの横に透子と巳弥が並んだ。二人共、みここの治癒魔法によって傷は既に癒えていた。破壊されたソウルウエポンも魔力や妖力を注ぎ込み、復活している。だが魔法の肩叩きの魔力、巳弥の妖力にはそれほど余裕がない。もう一度破壊されてしまったら、復活は出来ないだろう。
「ゆかり、もう一度撃てる? さっきの・・・・」
「だ、駄目だよ・・・・」
ゆかりの声は震えていた。
「どうして? ひょっとして、もう魔力が?」
ゆかりは首を振る。
「だって、あのソウルウエポンは恵神さんなんだよ? あれを倒すってことは、恵神さんを倒すってことなんだよ? ゆかり、そんなこと出来ないよ!」
(姫宮ゆかりさん)
ゆかりだけでなく、透子や巳弥、みここやユタカの頭の中にも恵神の声が入って来た。
(お願いしたはずです、私を殺して欲しいと)
「だって!」
(このように今や私は、修法にいいように利用されるだけの存在なのです。元はと言えば「永遠に美しくありたい」と願い、禁じられた不死の法を使った私が悪いのです。命あるものに永遠などありませんでした。やがて肉体は朽ち、こうして魔力が具現化しただけの、生きているとは名ばかりの幽霊のような姿だけが残りました。どれだけ嘆いても悔やんでも、私は死ぬことが出来ませんでした。ですが姫宮ゆかりさん、あなたなら・・・・)
「うるさいぞ、恵神」
修法の言葉が恵神の心話を遮った。
「君は私の力となり、このエミネントを理想郷として永遠に存続させていけばそれでいいのだ。まずは目の前の・・・・いや、足元の邪魔者を消し去る!」
光の女神の手が動いた。
「危ないっ!」
ゆかり、透子、巳弥が三方向に散った。女神の手から放たれたビームが次々にビルの屋上へ穴を開けてゆく。
「みここちゃん、こっちへ!」
「ふにゅ〜!」
ユタカはみここを連れて紅嵐のいる場所へ走った。
「紅嵐さん、みここちゃんを連れてここから逃げて下さい!」
「あなたは?」
「俺は・・・・ゆかりを置いて逃げられません。いや、逃げたくない」
「こう言っては何ですが、あなたがいてもあまり役には立たないかと・・・・私も同様ですが」
「そんなの、この世界に来た時から分かってる」
「分かりました、では・・・・みここさん、失礼します」
紅嵐はみここを担ぎ上げると、皆のいる下の階へと戻る為に屋上の縁に足をかけた。その背中へユタカが慌てて叫んだ。
「あ、それから、この下も危ない。出来ればこのビルから離れた方がいい!」
「・・・・そうですね、皆に伝えます。どうかご無事で」
紅嵐の姿が見えなくなってから、ユタカは折り畳んでいた魔法のノコギリを取り出した。
ゆかり達を襲うビームは際限がないかのように撃ち続けられている。屋上は穴だらけになり、今にも底が抜けそうなほど破壊されていた。
(何とかしないと!)
透子はみゅうたんの翼を拡げ、女神の頭上へ舞い上がった。それを追ってガッデス・オブ・ワールドが腕を伸ばす。その伸びてきた手に、透子はバスターアックスをお見舞いした。
「ええ〜い!」
だがバスターアックスは手応えを感じることなく、光の手からすり抜けた。
「そんな、実体がない・・・・!?」
空振りを喰らった透子はバランスを崩した。その隙を突き、女神の手の平が透子を捕らえる。
(そんな、あたしの攻撃はすり抜けたのに、どうして!?)
人形のように掴まれた透子は身動きが出来なくなった。
「このまま握り潰してやろう」
「ああああっ!」
透子の悲痛な叫びを聞き、巳弥がウィズダム・エイトの八本の蛇を全てヤマタノオロチへと変化させ、光の女神に襲い掛からせた。
「行って、ヤマタノオロチ!」
巳弥の背中から八本の蛇が伸びる。
「確かにヤマタノオロチの妖力は凄まじい・・・・だが恵神の魔力が上だよ!」
ガッデス・オブ・ワールドは空いた左手で次々と迫り来る蛇を掴み、その手で握り潰していった。
「こいつらも所詮、妖力で実体化しただけのソウルの塊。それを凌ぐ魔力でねじ伏せればこの通りよ!」
「そんな、ヤマタノオロチが・・・・!」
「透子を離せ〜!」
ゆかりがマジカルフェザー・トゥルースを羽ばたかせ、光の女神の胸元に埋まっている修法に向かって飛んだ。
「お前もやられに来たか!」
ヤマタノオロチを全て握り潰した手がゆかりを襲う。
「きゃっ!」
あっけなくゆかりも透子と同じく、光の手に捕まってしまった。
「二人仲良く握り潰してやろう」
「うわぁぁぁっ・・・・!」
ユタカがそれを見てノコギリを振り回しながら女神の足へ切りかかった。
「ゆかり! くそっ! こいつ、ゆかりを離せ!」
だが透子の攻撃と同じく、ノコギリは光の足をすり抜けてしまい、全く手応えがなかった。
「ゴミがチョロチョロしているな」
女神の足が持ち上がり、ユタカの頭上に迫った。
「うわぁぁぁぁっ!」
「ユタカ!」
ゆかりは光の手の中でフェアリーナイト・ムーンを発動させた。光の手は魔力の粒へと粉々に分解され、ゆかりは自由の身になる。そのまま急降下し、ユタカを踏み潰そうとしている女神の足に向かって再びフェアリーナイト・ムーンを放った。
女神の足はかかとだけを残して分解され、ユタカは危うく「踏み潰されて死ぬ」という危機から免れた。ゆかりはユタカの体を掴み上げ、そのまま透子が捕まっている女神の右手にもフェアリーナイト・ムーンを放つ。透子は自力で、ユタカはゆかりに運ばれて女神の攻撃範囲から逃れた。巳弥も体制を立て直す為、ゆかり達の後に付いて飛んだ。
距離を取る為に隣のビル(ジャッジメントビル)の屋上に避難した四人は、改めてガッデス・オブ・ワールドの巨大さを思い知った。ジャッジメントビルは十五階建てだが、四十階建ての本部ビルの屋上にいる光の女神がこちらを見下ろしている姿が見える。
「ユタカ、大丈夫!?」
「あ、ああ・・・・死ぬかと思った」
「危ないから、逃げてよ!」
「ゆかりを置いて逃げられるか!」
「死にかけておいて、何を言ってるのよ〜! 本当に死んじゃったらどうするの!」
「ゆかり・・・・泣いてるのか?」
「泣いてないよっ!」
とは言うものの、ゆかりの目には涙が溜まっていた。
「・・・・分かった、俺はどうも足手纏いみたいだな。だが、ゆかり・・・・」
ユタカはゆかりの両肩を掴んだ。
「絶対、死ぬなよ! 結果はどうでもいい。俺は未来なんてどうでもいい、ゆかりさえいれば俺はどんな未来だって構わないんだからな!」
「・・・・うん」
「それに、今ので分かったじゃないか、あいつの攻略法が」
「フェアリーナイト・ムーンで分解出来るってことね」
透子が言った。
「そっか・・・・」
恵神は「自分は魔力だけの存在」だと言った。
それに、自分は死ぬことが出来ないが、ゆかりになら出来るとも言った。
「てことは、恵神さんの存在を消せるのはゆかりのフェアリーナイト・ムーンだけってこと? 魔力だけの存在である恵神さんがソウルウエポン化したあのでっかいのは、分解が可能ってこと?」
「そういうことになるわね」
「ゆかりだけが、出来ること・・・・」
気弱そうなゆかりの声を聞いて、透子と巳弥がそれぞれゆかりの手を握った。
「ゆかり、恵神さんの願いを叶えてあげて」
「恵神さんの・・・・願い」
「そう、そしてあたし達の願い」
「・・・・うん、やってみる」
ゆかりが管理局ビルの屋上を見上げると、修法もこちらを見下ろしていた。
「姫宮ゆかり・・・・やっかいなのはあの反魔力の力のみ。しかしあの不思議な力は一体・・・・?」
「巳弥ちゃん、ゆかりを援護!」
「はいっ!」
魔女っ娘三人が一斉に飛んだ。
「撃ち落してくれる!」
光の女神の五指からビームが飛んだ。巳弥はマジカルハットを構えて光弾で砲撃を、透子はみゅうたんの飛行能力を生かして巧みにビームを避けつつテンダネスアローを射った。
「神に挑むか、貴様ら!」
女神の右手の平に光が集まった。今までにない巨大な光の弾だ。
「やばいぞ、あんなの喰らったら・・・・!」
ユタカに言われなくても分かるほどの魔力が集まってくる。
「お父さん、お母さん!」
巳弥の背中に巨大なヤマタノオロチの姿が浮かぶ。巨大化したマジカルハット・シールドをヤマタノオロチの八本の首が支え、そのまま光の女神に突進する。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
「吹き飛べ!」
マジカルハット・シールドと光弾が激突し、視界が真っ白になった。魔力と妖力がぶつかり合い、爆発する。その爆発の中からテンダネスアローが立て続けに修法目掛けて飛んで来た。
「むぅっ!」
修法の体は女神の体と一体化しており、自身の腕は使えない。懐に飛んで来た矢を払い退ける手段がなかった。
「ちっ!」
修法は自分の前にマジカルバリアを張った。だが透子の意思で軌道を変えるテンダネスアローを全て防ぐことが出来ず、何本かは修法の顔の近くに突き刺さり、魔力同士の衝突により消えた。
「こ、こいつら・・・・この私を!」
修法の視界に白い翼が見えた。
「姫宮ゆかりっ!」
修法はゆかりを迎撃しようと、十本の指からビームを発射した。ゆかりはそれらを全て避け、一直線に修法を目指し、フラワーレボリューションソードを振りかざした。
修法はそれを見て、慌ててマジカルバリアを張った。
「やあああっ!」
縦一閃。マジカルバリアが左右に割れた。
「バリアを分解・・・・反魔力ソードだと!?」
「マジカル・レゾリューション!」
マジカルフラワーロッドが修法の頭上に突き刺さった。
「フェアリーナイト・ムーン!」
修法の頭上、ガッデス・オブ・ワールドが内部から光の粒子へと分解されてゆく。
「ハイロウ・オブ・オベロン!!」
フラワーロッドが突き刺さった場所から二枚の翼が拡がり、ガッデス・オブ・ワールドの体を包み込む。
(あぁ・・・・やはり)
恵神の声が響き渡った。
(あなただったのね、礼明)
(こんな力、欲しくなかった。力があるからこんな目に遇うんだ!)
(でも礼明、それは私達が悪いんじゃないわ。これは私達が元から持っている能力。あの人達が持っていないだけで、悪い力ではないわ)
(だったら、どうして僕達が追われなきゃならないんだよ、姉さん!)
(全てあの人達が悪いのよ。自分が持っていないからと、悪しき力と決め付ける。自分達と違うから、悪しき存在、化物だと決め付ける。私達の方が数が少ないから特別だと決め付ける。私達は悪くないのよ、礼明)
(みんなと一緒がいい。僕も皆と遊びたいよ! 僕達の力をみんな「魔力」って呼ぶんだよ、魔力って良くない力ってことだよね? 僕、こんな力、いらないよ! 無くしたいんだよ、消しちゃいたいよ!)
(礼明・・・・)
ガッデス・オブ・ワールド、いや恵神は微笑んでいた。
(そこにいたのね、礼明。トランスソウルの中に・・・・)
光の女神が細かい光の粒子となり、夜風によって運ばれてゆく。
(これで私も魔力の呪縛から開放される・・・・)
「恵神さん?」
(ありがとう・・・・)
「おのれぇぇぇ、姫宮ゆかりぃぃぃぃっ!」
修法は形の崩れたソウルウエポンでゆかりに殴り掛かった。
「修法さん、あなたはきっといい人・・・・責任感と正義感の強い人。魔法が浸透した世界でその力を制御して平和な世界を維持するには、確かにあなたのやり方しかなかったのかもしれない。だけど・・・・」
「死ねぇぇぇ!」
「あなたの目指した世界は、もっと希望に溢れていたはずだよね。きっと、みんな笑顔で暮らしていたはずだよね。思い出して、あの頃の夢を!」
フラワーロッドが光を放つ。
「マジカル・ワンダリング!」
思い出して、あの頃のあなたを。
「アリス・イン・ザ・ラビリンス!」
あなたならきっと取り戻せるよ。夢見ていた頃の自分を。
夜明けはまだまだ先の話だ。
光の女神のお陰で明るかった周囲は、また夜の闇に戻っていた。
「ゆかり、ゆかり!」
ユタカは倒れているゆかりを抱き起こした。
「ふにゃあ・・・・」
「大丈夫か!?」
「疲れただけ・・・・あと、眠い。それと、お腹空いた」
「欲張りだな! よし、頑張ったご褒美に抱き締めてやる!」
「どすけべ〜!」
ゆかりが振った孫の手は、見事にユタカの頭にヒットした。
「いてっ! 元気じゃないか!」
「自己防衛反応だよ」
「おお〜い!」
ぞろぞろと避難していた面々が屋上に姿を現した。
「修法さんはどうなったの?」
透子が倒れている修法を見てゆかりに訊いた。
「真さらな夢に再び出会えたら、自分で自分を許せるようになったら目が覚めるよ。修法さんならそう長くかからないと思う」
「・・・・要するに寝ているだけで、死んでないってことね?」
「夢を見ているんだよ」
「ミズチに掛けたのと同じ魔法ですか」
ゆかりは紅嵐の問いに頷く。
「自分の素直な気持ちに出会えたら目が覚める・・・・それでいい人間になって戻ってくるという考えは、あなたらしい性善説ですね」
決して嫌味ではない紅嵐の言葉に、透子が答えた。
「本当に悪い人なら、本当の『悪い自分』に出会っても戻って来れる。その人は本当に悪い人だから、何のためらいもなくやっつければいいのよ。自分が正義か悪か、それを自分で決めさせるのが『アリス・イン・ザ・ラビリンス』なんだと思うわ」
「自分に正直になる・・・・ということですか。確かにこの男なら近い内に戻って来れそうですね」
「きっとそうだよ」
「ふう」
あずみと手を繋いだままの冴がため息を吐いた。
「これからどうなるのかしら、エミネントは」
「・・・・ごめんなさい」
ゆかりが申し訳なさそうに頭を下げた。
「恵神さんも消しちゃったし、修法さんも寝かせちゃったし・・・・」
「ま、何とかなるわよ。幸い、大半の人がその存在しか知らない人達だもの」
「でも、今まではいわば修法さんの独裁政治でしょう? 誰が治めて行く事になるのかな?」
と言ったのは芽瑠だ。
「決まってるじゃない。みんなよ」
「魅瑠が言うと無責任っぽいな」
「お黙り、迅雷!」
魅瑠に殴られる迅雷を見て、紅嵐はゆかりにそっと小声で話し掛けた。
「あの二人、結構お似合いだと思うのですが、どう思いますか?」
「・・・・」
ゆかりからの返事がない。
「・・・・寝ていましたか。失礼」
平和そうなゆかりの寝顔を見て、透子や巳弥にも一気に眠気が襲って来た。
「よし、それじゃ・・・・」
「まて、澤崎春也」
ユタカは寝てしまったゆかりに近付いて来た春也を睨みつけた。
「なんだよ?」
「ゆかりは俺が運ぶ」
「知るか、早いもん勝ちだ」
「誰が決めたんだ!」
「俺が今決めた」
「じゃあ俺も今決める! 澤崎、お前は勝手に決めてはいけない」
「何だそりゃ! やるのかおっさん!」
「望むところだ、表に出ろ」
「ここは表だ!」
低レベルで言い争うユタカと春也の間で、ゆかりは静かな寝息を立てていた。
Epilogue
みなさんお元気ですか、ゆかりです。
あれから三日が過ぎました。う〜ん、やっと関節痛が和らいだ感じ。
次の日は一日中寝てたし。
あの後、エミネントがどうなっているのか、まだ連絡がありません。でもきっと、冴さんや鷲路君、桜川さん、それに・・・・澤崎君達がちゃんとやってくれるはず。と思っておこうっと。
澤崎君と言えば、あいつ本当にゆかりのこと好きだったのかなぁ?
ま、いいや。
そう言えばイニシエートも再出発、みたいになっちゃったからこれから大変だろうなぁ。
ひょっとしてゆかり、色々な世界をカオス化してない?
それについては責任を感じるなとみんなに言われたけど、感じないなんて無理だよね。けど、エミネントとイニシエートのみんなを信じるよ。きっと上手くいく。
ゆかり達は、マジカルアイテムを返すことにしました。だって、あれがあったら争いばかり起こる気がするんだもん。ただ、巳弥ちゃんだけはお母さんの形見だから麦藁帽子として持ってるんだけどね。
その巳弥ちゃんはおじいちゃんとの二人暮らしに戻り、平和に学校に通ってます。こなみちゃんは何度もオーデションに落ちてるけどメゲずに頑張ってるし、みここちゃんはやっぱり密かにコスプレを続けていて、タカシ君もサッカー選手になる為に毎日ボールを蹴りまくってます。
オタクの人達は相変わらずオタクだけど、それはそれで楽しそうだから放っておくことにします。
あぁ、そうそう。あずみちゃんは結局、エミネントに残りました。でも莉夜ちゃん達ともすぐに会えるように、メビウスロードの使用許可を貰ったんだって。鵜川さんもエミネントに残るって言ったんだけど、同じくメビウスロードの使用許可を貰うということでしぶしぶこっちの世界に戻って来ました。
・・・・いずれあずみちゃんを迎えに行くんだって言ってました。あはは・・・・。
透子は相変わらず無職で一人暮らしをエンジョイ(ゴロゴロ)しています。・・・・まぁゆかりも人の事は言えないけど、アルバイトしてるだけマシだよね、うん。あ、お父さんにはちゃんとリストラされましたって正直に言ったよ。やっと、だけどね。ゆかりは透子のご両親とは未だに会ったことがなくて、海外にいるって聞いてるけど、謎に包まれたままです。透子は時々「あ〜、こんな時に魔法が使えたらなぁ〜返さなきゃ良かったよ」って言ってます。 ・・・・冗談じゃなさそうです。
え、ゆかり?
今ね、ちょっと焦ってるの!
待ち合わせ時間に遅れそうなんだよ!
ま、ユタカなら待たせても許してくれるけどね。
それでね、ゆかりは人生最大の選択を迫られちゃったの!
え、結婚? 違う違う!
マジカルアイテムを返しちゃったら、変身出来ないわけでしょ? 元の姿に戻るか、変身したままの姿でいるか、どっちかにしなきゃならなかったのね。
そりゃ、元の姿に戻るのが一番いいことだって分かってたんだけど、やっぱり若い方が何かと都合がいいし、お肌も綺麗だし、元に戻ったらもう学校に行けないし。
あ、ユタカがいる。似合わない恰好しちゃって、もう。
「ユタカ〜」
「遅いぞ、ゆかり!」
「ごめんにゃ〜」
「・・・・ま、まだ十二分オーバーだから、まだマシか。今度から気をつけろよ」
「うん!」
ユタカは可愛い語尾に弱いのだ。扱いやすいよね。
「でもさぁ、本当に良かったの?」
「何が」
「ユタカは中学生ゆかりの方が良かったんでしょ?」
「何でだよ! 元のゆかりがいいに決まってるじゃないか」
「えぇ〜、嘘だぁ、ロリコンのくせに」
「くせにとか言うな! ゆかりは変身しなくたって、その、可愛いぞ」
「ふ〜んだ、どうせ服が、でしょ?」
「・・・・」
「黙るな〜!」
「いや、声も可愛いぞ」
「他には?」
「う〜ん・・・・」
「悩むな〜!」
「で、今日はどこに行くんだ?」
「話、逸らすし・・・・今日はショッピングだよ! 荷物を持ってもらう為にユタカを誘ったんだから」
「そんな理由かよ!」
「う〜ん、じゃあついでにおねだりもしてあげるよ」
「しかもその上、俺に買わせるつもりか!」
「あれ〜、いいのかな〜? ゆかりのおねだり、可愛いんだぞ〜」
「・・・・何が欲しいんだ? 高いのは駄目だぞ」
ほらね、ユタカったら単純!
これって、ゆかりの言葉の魔法かな? なんてね。
「んとねぇ、まずはこっち。それからあのお店と、あっちの・・・・」
「おいおい、そんなに買うのか? 俺、その、将来の為にだな、貯金を・・・・」
魔法って、きっと素晴らしい力。
でも、とっても素敵な反面、使い方一つでとっても怖い力になっちゃう。
お気楽そうに見えるかも知れないけど、魔法少女ってね、世間が思うよりずっと大変なんだよ!
「未来のことなんて分かんないよ。分かんないから面白いんだよ」
「お、おい、それって、俺と・・・・」
「だってゆかり、今すぐに欲しいものがいっぱいあるんだもん!」
弱い自分に負けない心、それさえあれば、きっと誰でも魔法を使えるよ。
でもきっと、そんな力を使わずに自分の力で生きていくのが一番強いことなんだ。
ゆかりにも出来るよね。
ゆかりを愛して、支えてくれる人がたくさんいるから。
魔法に負けない、素敵な力をくれるから。
魔法少女ぷにぷにゆかりん 第4部 完
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