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56th Future 「素晴らしきかな大自然」
冴の体から出た魔力で青く染まっていたフロアは、徐々に元の状態へと戻りつつあった。今まではほとんど見えていなかった人の姿が薄っすらと見えてくる。
かなりの頭数なのでここで整理しておくと、まず魔女っ娘トリオのゆかり、透子、巳弥。それに後から参上したプリウスがグループ1。
次にイニシエートの面々、紅嵐、雨竜、迅雷、莉夜、水無池三姉妹がグループ2。
後から駆けつけたユタカ、みここ、鵜川、あずみ、そして冴がグループ3。
エミネントの春也、咲紅、のの美、刀侍がグループ4。
多分これで抜けはないと思う。筆者もはっきり言い切れる自信がないほど大所帯だった。
その全員に聞こえるように、拍手の音がフロア全体に響き渡った。
「いいドラマだったよ」
まるで館内放送のように男の声が、どこからともなく聞こえて来た。
「・・・・修法様」
冴が弱々しく呟いた。魔力を放出し過ぎたせいで、気力や体力を必要以上に消費していたのだ。
「黒幕の登場ってわけね」
そんな魅瑠の言葉に男の声が答える。
「黒幕とは聞こえが悪いな」
「姿を現さないってことは、後ろめたいことがあるんじゃないの?」
「そこは空気が悪い。ご足労だがここに来て貰えないだろうか」
「だってさ、どうする?」
魅瑠がゆかり達に問い掛けた。
「罠かもしれないよ。相手がどんな人か分からないのに乗り込むのは危険だわ」
透子は慎重論だ。巳弥もそれに頷く。
「誰だって構うもんか。相手を知らずに乗り込むのは今に始まったことじゃねぇ」
迅雷は強気だった。
「知ってる人に聞こうよ」
透子は冴や春也達に視線を向けた。
「悪いが、俺達は知らない。修法様の顔だけは知ってるけどな」
春也や咲紅のような一般人は、修法に会う機会などない。せいぜい正月などの行事の日に放送される番組で見る程度だろう。
「私は・・・・知ってるけど」
あずみに支えられ、冴がゆっくりと上体を起こした。
「修法様は恵神様の意思を私達に伝える人。そして悪を決して許さない人。こちらにやましいことがなければ心優しい、常に国民のことを考えている素晴らしい人よ」
「う〜ん・・・・」
ゆかりは腕を組んで唸った。
「ゆかり達、凄くやましいよねぇ。建物だって、こんなにしちゃってるし」
「話し合いに来たって言うのに応じないからよ」
透子は口調は強気だが、額に汗を浮かべていた。
再び声が響いた。
「話し合いに来たと言うのなら、ここに来なさい。離れていては話が出来ない」
「今でも充分、出来てるけど?」
「相手の顔を見て話す方が良いと思うが」
「正論ね。どうする? ゆかり」
「ゆかりは行くよ。恵神さんと約束したから」
修法を止めてくれと恵神は言った。自分は修法に利用されているとも。
どう利用されているのかゆかりには分からないが、恵神は悲しそうな目をしていた。
それに、ゆかりがここに来た目的は恵神に会うことだったが、実質エミネントを束ねているのが修法ならゆかりの取る道はただ一つ。
「ゆかり、そっちに行きます。どこに階段があるの?」
「ゆかりが行くならあたしも行くわ」
透子が手を上げた。
「私も」
巳弥もそれに続く。それを見て「俺も」「私も」と次々に名乗りが上がった。
「そんなに大勢で私の部屋に押し入る気か。せいぜい五人に絞ってくれないか。空気が汚れるので、出来れば獣臭い者は遠慮願いたい」
そんな修法の言葉を聞き、迅雷が怒鳴った。
「獣臭いって俺達のことか!? おい、俺達のどこが・・・・」
「うるさいっ!」
魅瑠がそんな迅雷の頭を叩く。代わって紅嵐が口を挟んだ。
「彼は我らイニシエートにいい感情を持っていません。我々が行くと話がややこしくなるでしょうから、ここに残ります。ただ・・・・」
紅嵐はゆかり達に向かって言った。
「何かあった時はすぐに駆けつけます」
「・・・・ありがとうございます」
ゆかりは紅嵐達に向かって頭をペコンと下げた。透子は面々を見渡して顎に手を当てた。
「桜川さんたちも、自分達が崇拝している人が相手だからやり辛いでしょうね。彼らもここにいた方がいいわ。あずみちゃんは鵜川さんとセットで冴さんの看病をしているし、となると残りは・・・・」
「俺は行くぞ。ゆかりが行くならな」
ユタカが進み出た。
「ふにゅ、私も行きます」
みここもその後に続いた。
「これで五人・・・・ね」
「いいだろう。今から転移道をそちらに送るので、中に入ってくれたまえ」
修法が言い終わると同時に、ゆかり達の前に黄色く光る透明の筒が現れた。
「エレベーターみたいなものかな?」
近付こうとしたゆかりの腕を、ユタカが捕まえた。
「待て、罠かもしれないぞ」
「それはないんじゃないかな。罠にかけるつもりなら、今まで何度も機会があったわけだし」
透子の言うことも尤もだ。だがユタカは声が聞こえるだけの存在である修法を簡単に信じることが出来なかった。彼は年長者であり、慎重に物事を決めなければ、ここまで来て全てを無駄にしたくないという思いもある。
「相楽豊さん、でしたね」
「うおっ、は、はいっ」
いきなり話し掛けられたユタカは、不本意ながら焦ってしまった。
「あなた達は私に会いに来たはずです。その筒の中に入らない限り、私に会うことは出来ませんよ。それが唯一、その部屋と私の部屋を結ぶ道なのですから。ただどうしても信じられないと言うのなら、そのままお引取り下さい。とは言え・・・・あなた達をこのまますんなりと帰すつもりはありませんけどね」
「・・・・」
「ユタカ、余計なこと言わないで。会ってくれなくなるじゃない」
ゆかりはユタカを睨み、光の筒に近付いた。筒の直径は三メートルほどあり、五人程度なら楽に一度に入ることが出来る大きさだ。
「ま、待て!」
ユタカはゆかりの肩を掴み、引き止めた。
「俺が先に入る」
「どうして?」
「この中で、ただ一人の男だからだ」
(付け加えると、この中で一番戦力にならない人間だからな)
ユタカは心の中でよく知らない念仏を唱えながら、筒に足を踏み入れた。予想していたような抵抗などは無く、ただそこに光が当たっているだけのように感じた。
ユタカの体が全て光の筒に入った瞬間、ユタカの体が消えた。
「あっ、ユタカ」
「行こう、あたし達も。相楽君の行動もよく分からないわね」
透子がゆかりの手を取った。
「もし仮にこれが『この光に触れたら死ぬ』という罠じゃなくて『どこか別の場所へ飛ばされる』罠だとしたら、どうするつもりだったのかしら。相楽君が宇宙か異次元かどこかに飛ばされてしまったら、それが罠かどうかどうやってあたし達に知らせるつもりだったんだろ? もしくは当たった物質を跡形もなく消し去る光だったら、転移したのか消えてしまったのか判断出来ないわ」
「ユタカはそこまで考えてないから・・・・」
「ゆかりの前だから恰好つけたかったんだろうけど、罠かもしれないと疑っておきながら軽率な行動よね」
その散々言われているユタカは、日の当たる草原にいた。
騙されて全く別の場所に飛ばされたのかと思ったが、前方に広がる湖の畔にこの自然に似つかわしくないスーツ姿の男が立っていた。
(奴が修法か・・・・?)
ユタカは青々と茂る草を踏みしめながら、ゆっくりとその男に近付いた。
「素晴らしいと思いませんか」
「!」
いきなり話し掛けられ、ユタカの寿命が十三日ほど縮まる。
「この大自然・・・・草木も、湖も、山脈も」
確かに広大かつ雄大な自然の中にユタカはいた。草の香りも暖かい日差しも吹き抜ける風も本物のようだ。だからこそユタカは素直に「素晴らしい」と感動することが出来ない。自分は修法に案内され、彼の部屋に来たはずなのだ。
「ここはどこなんだ・・・・? エミネントなのか、それとも・・・・」
「あなた方の世界ですよ。そう、まだ地球にはこんな素晴らしい自然が残っている。尤も・・・・ここはそれを投影した私の部屋ですがね」
「部屋だと・・・・?」
遥か向こうまで続く山脈。果てしない青空。湖面を揺らすそよ風。
ここが修法の部屋だと言うことを信じていいのか迷っているユタカの所に、ゆかり、透子、巳弥、みここが転移を完了し、到着した。
「うわぁ、綺麗なお部屋だね〜」
「ゆ、ゆかり! これが部屋に見えるのか!?」
「だってユタカ、ずほうさんは部屋に案内するって言ったんだよ」
「だからって、この景色を見て部屋だと割り切れるのか?」
「ま、エミネントのトップだから魔法で何でも有りなんじゃない?」
透子もスンナリ受け入れている。みここも驚いているが、何だか嬉しそうだ。巳弥は・・・・強張った表情だった。
(あの人が修法・・・・)
「集まったようだね」
修法はゆかり達の方を向き、顔を見せた。細い目が優しそうに微笑んでいる。
透子は「エミネントのラスボスだから」とミズチのような男を想像していたので「優しいおじさま」のような修法の顔は意外だった。
「ボートにでも乗るかね?」
「はい?」
いきなりの話にどう対応していいか分からない一同の目の前の湖面に、ボートが三隻出現した。
「二人乗りだから、三隻で丁度いい」
そう言って、修法は一人でボートに近付いてゆく。手漕ぎの、オールが二本付いた公園にあるような普通のボートだ。
「姫宮ゆかりさん」
「は、はいっ」
「私と話をしに来たんだろう? 一緒に乗って貰えないか」
「は、はぁ」
ユタカが後ろからゆかりのスカートを摘んだ。
「きゃっ」
「ゆかり、今度こそ絶対に罠だ! 二人っきりなんて危ない真似、させられるか!」
「ユタカ、男の人がみんなユタカみたいな人だと思っちゃ駄目だよ」
「そういう意味の危ないじゃない!」
「相楽君」
透子が囁きかけてきた。
「あたし達はゆかりをあの人に合わせる為に来たんだよ。やりたいようにさせてあげようよ」
「しかしだな・・・・」
「さ、ボートに乗りましょう。相楽君は巳弥ちゃんやみここちゃんと二人きりにさせると危ないから、あたしが一緒に乗るわ」
「だから俺、どんなキャラなんだよ」
そんなわけで、ゆかりと修法、透子とユタカ、巳弥とみここのペアで湖に漕ぎ出した。湖には水鳥も浮いていて、森からは小鳥の囀りも聞こえる。
ボートを漕いでいるユタカと巳弥は、ゆかりのボートとあまり離れないように浮かんでいた。何かあった場合、すぐに助けに行けるように。
スーツを着ている修法の姿は、やはりボートを漕ぐのには似合わない恰好だった。
「さて、と・・・・まず君の話から聞こうか、姫宮ゆかりさん」
「あ、はい、えっと・・・・」
改まると、何を言っていいのか分からない。ここに来るまで色々あったので、自分が何のために来たのか忘れてしまいそうになっていた。
「えっと・・・・ゆかりのせいでみんなが悪者になってしまいました。だから、悪いとすればゆかりだけなんです。みんなのことは許してあげて下さい」
「君は自分が悪いと思っている?」
「え? いえ、その・・・・ゆかりは・・・・」
「報告によると君は我々の世界のトランスソウルを使って、イニシエートを助けたんだったね」
「はい。でもそれは間違っているとは思っていません」
「もしもそれが悪いことだとするのなら、イニシエートを助けたり助けられたりするのが悪なら、ここに来るまでに下に居るイニシエート達と共に戦って来た君達は、全員犯罪者だよ」
「そ、それは・・・・そうですね・・・・ごめんなさい」
ゆかりは頭を下げた。
「結局、何がしたいのかな?」
「えっと、本当は・・・・イニシエートの人達はみんな悪い人じゃなくて、助けたからってそれが悪いことじゃないとゆかりは思っています。それを分かって貰いたくて」
「分かっているさ」
二人の会話は他のボートまで聞こえている。修法の言葉に誰もが驚いた。
「正義はそれだけでは正義として存在出来ない。悪役が必要なんだよ」
「悪役・・・・って、イニシエートを悪役に仕立てたってことですか?」
「恵神に会ったんだってね。なら話は聞いたかな? この世界とイニシエートは、彼女が作ったものだと」
「はい」
「エミネントでは、この世界があなた方の世界から切り離されたのはイニシエートの仕業だとされている。地球から切り離されたと言う事実を、故郷から追放されたと認識する人が多くいる。この世界を統べる恵神がその張本人であるという事実は国民に知られない方が双方にとって良いことなのだよ」
「だからみんな、イニシエートを敵視していた・・・・」
「ところで姫宮ゆかりさん、あなたは今、幸せですか?」
「はにゃ?」
唐突な質問だった。
「幸せですか? と聞いたのですが」
「え、えっと・・・・どっちかと言うと、幸せ・・・・かな」
「ほう、あの世界で?」
「不自由はないし、安全だし・・・・色々嫌なこともあるけど」
「それはあなたが知らないだけですよ。いつもどこかで戦争が行われている世界を、平和だと言えますか? 通りすがりの人や親、子供、クラスメイトに理由もなく殺される世の中が安全だと言えますか? 年々自然が破壊されてゆく環境が、素晴らしいと言えますか? それはあなたが、あなた自身とこれらは関係がないと思って生きているからなのですよ」
「それは、そうかもしれません」
「私はこの世界をより良いものにする義務がある。個人的な考えでなく、世界全体を考えなければならないのです。だが悲しいかな、人は放っておけばすぐ楽な道に逃げようとする。私利私欲に走る。だから犯罪が起きるのだよ」
「だからって、悪いことをしたらすぐに殺すなんて・・・・たまたま一回だけ魔が差しただけかもしれないのに」
「一度過ちを犯せば、二度、三度と起こす。人はそういう弱い生き物です。私は今までに何人もそういう人間を見て来た。確かにそうではない人も少なくないことは確かだが、再び犯罪を犯すかどうかは犯した後で分かっては遅い。だから先に手を打たねばならないのです。楽に生きようとすれば悪いことをすればいい。真面目に生きていると馬鹿を見る。真面目な人々がそれ相応の幸せを掴む為に、犯罪を厳しく取り締まる必要があるのだよ。でなければ、国民全てが楽な、悪の道に走る」
ゆかりはそれを聞きながら、鵜川も同じ考えをしていたことを思い出した。
「そ、そんなことないと思います」
「たかが三十足らずの若造に何が分かる?」
「え・・・・」
(ゆかりの本当の年齢を知ってる?)
「ここは素晴らしい」
修法は顔を上げ、周りの景色を改めて見渡した。目を細め、太陽の日差しを、湖面を渡る風を感じているようだった。
「ここは地球のどこかの景色なんですよね?」
「そうだよ」
「こんなに素敵じゃないですか、地球」
「確かにここはね。だがこんな素晴らしい場所もごく一部だ。君達の世界が素晴らしいと言うのなら、地球の醜い部分を見せてあげようか? 海洋汚染、戦争中の国々・・・・どれがいい?」
「・・・・いえ、見たくありません」
「だろうね。醜い部分に目を瞑り、地球は素晴らしいと唱え続ける。これからもずっとそうやって生きていくつもりかな?」
「そんな難しいこと、ゆかりには・・・・」
「何も難しいことはない。そうやって逃げているだけだよ」
そのやり取りを聞いていたユタカが透子にだけ聞こえるように小声で話した。
「なぁ、あいつ何の話をしているんだろう?」
「地球環境について、じゃない?」
「論点がズレている気がするんだが」
「おまけに正論なだけに説教臭いわね・・・・ま、もう少し様子を見ましょう」
「みゅう」
ユタカの代わりにみゅうたんが頷いた。
「藤堂院さん、ミニスカにしたんだな」
「ジロジロ見ないでよっ」
「大丈夫だ、どの角度からでも見えないから」
「つまり色々な角度を試したってことね・・・・」
透子に睨まれて目線を逸らすユタカだった。
修法の話は続く。
「だからこそ地球はこのエミネントの発展の為の手本となっているんだよ」
「お手本? でもさっき、地球は・・・・」
「勿論、悪い手本だよ」
「・・・・悪い方、ですか」
「私は地球を監視することにより、どうすれば自然が破壊されるか、戦争が起きるか、犯罪が増えるかをずっと見てきた。このエミネントを平和な世界のまま維持するためには、地球を反面教師として政治を進めていくことが良いと判断した」
「そ、それじゃあなたは、地球の状態がどんどん悪くなっていくのを、ただ見ているだけなんですか? 原因が分かっていて、凄い力を持っているなら、少しでも良くなるようにしてあげようとか思わないんですか?」
「地球がどうなろうが、知ったことではない」
「でも、元々は同じ世界だったんでしょう?」
「私達との共存を拒否したのは君達『普通の人間』だよ。そんな奴らの為に何かをしてやれと言うのかな?」
「それは、だって昔の話で・・・・」
「地球は地球に住む奴らが何とかするべきものだ。それに、私が介入してしまっては悪い手本にならない。もしこれ以降に地球環境が、治安が良くなっていくとすれば、それもまたこちらには手本になる。君達の世界を君達の力だけで変えていくこと、それが私の望むことだ。だからエミネントの力が君達の世界に入ることを許すことは出来ない」
「・・・・分かりました」
ゆかりは怒られて泣きそうになっている子供のような顔になっていた。
「だったら、ゆかり達のことも放っておいて下さい。ゆかりが誰を助けようが、誰とお友達になろうが、口を挟んだり手を出したりしないで」
「それは出来ないよ」
修法の声が少し低くなった気がした。
「あなたがイニシエートを助けた力は我々の魔法の力だ。その時点で我々の力が介入してしまっている。現にイニシエートは君のおかげでその運命を大きく変えられてしまった。魔法は君達の世界にあってはならないものだ。ちっぽけなトランスソウル一つで君達の世界は変わってしまうだろう。そうなってしまえばエミネントが地球に介入したことになる。幸い魔法の力を知る者、イニシエートやエミネントの存在を知る者は数少ない。これらを消してしまえば魔法の存在は君達の世界からなくなるだろう」
「それって・・・・」
「君達も、下の階にいる者達も、そして下界にいる魔法の存在を知る者も、全て消えて貰うよ。君達はここから逃げることは出来ないんだ」
「う、嘘・・・・」
「それが正しき地球の発展だよ。いや、荒廃・・・・かな」
修法は変わらず優しい瞳をゆかりに向けたままだった。
57th Future に続く
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