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タイトル


 55th Future 「冴の牙」


「あ・・・・」
 真っ二つになり床に音を立てて落ちるブレスレットを、冴は呆然と眺めていた。割れた宝石からは、青い煙がシュウシュウと音を立てて噴出していた。
「やった!」
 透子と巳弥がその様子を見て、手を合わせて喜んだ。宝石から吹き出る煙によって、フロア全体が青く染まってゆく。冴の姿すら見え辛くなってきた。
「あんなに大量の魔力が詰まってたんだね」
 視界が青く染まる中、透子はテンダネスボウを収納した。
「あれが力の素だとすれば、もう冴さんは怖くないんでしょうか?」
 巳弥も背中の蛇を元の扇状に戻した。
「そうあって欲しいけど・・・・」
 辺りは青い煙で何も見えなくなっていた。
「ゆかり〜?」
 透子はゆかりの名を呼んでみたが、返事がない。
「全然見えないよ・・・・返事して、ゆかり〜、どこなの〜?」
「私が風で吹き飛ばしましょう」
 近くで紅嵐の声が聞こえたかと思うと、辺りに風が舞い出した。紅嵐の作り出した風は渦を巻き、ゆかりが入って来た穴からビルの外へと導かれてゆく。
 視界が開けてきたが、宝石からはまだ煙が噴出していた。
 そしてその傍らに・・・・。
「ゆかりっ!?」
「きゃああ、ゆかりん!」
 冴に首を掴まれ、片手で持ち上げられているゆかりの姿があった。
「・・・・う・・・・」
 ゆかりは苦しそうな表情で、声が出ないようだ。
「何てことを・・・・してくれたの・・・・」
 冴の雰囲気が変わっていた。
 先程までは水面のように揺れる生地で出来たワンピースだったのが、白いレオタード姿になっていた。脱いだにしては、辺りにそのワンピースは見当たらない。
 変わったのは服装だけではない。冴の体全体が青い光を放っていた。
「何も知らないくせに・・・・浅知恵で行動するから・・・・こうなるのよ」
「ど、どうなってるんだ!?」
「ゆかり〜!」
 透子、巳弥、紅嵐、雨竜、魅瑠がゆかりを救おうと冴に向かっていった。冴はそれを見ると、ゆかりを透子に向かって片手で投げつけ、両手で大きな青い光の弾を作った。
「死になさい」
「おい、やべぇぞ!」
 四十階の窓ガラスが全て吹き飛んだ。壁には大きな穴が開き、そこから大量の青い煙が夜空へと流れ出してゆく。
 宝石から吹き出ていた魔力はもう途絶えていたが、冴の手首から青い煙が出ていた。
「ぐっ・・・・」
 かろうじて冴の攻撃の直撃を免れた者達が、瓦礫の中から這い出る。
「みなさん、無事ですか!?}
 紅嵐が辺りを見回す。
「ゆかりんと透子さんが!」
 巳弥が叫んだ。二人の姿が見当たらない。
「まさか・・・・」
 冴の攻撃により壁に開いた穴の向こうに、羽根を拡げて飛ぶゆかりと透子の姿を確認し、巳弥は胸を撫で下ろした。
「どういうこと・・・・? あの宝石を壊してもなお魔力が衰えない・・・・」
「て言うか、魔力が増えてる・・・・」
 ゆかりは掴まれていた首を撫でながら苦しそうに言った。
 冴は高熱があるかのように、苦しそうに息を吐き出している。腕からは今も青い魔力が吹き出ていた。
「はあっ、はあっ・・・・」
 戸惑っている一同の前に、突然魔法陣が出現した。
「な、何だ!?」
 迅雷が警戒して飛び退くと、そこからウサギが一匹飛び出した。
「冴・・・・! 間に合わなかった!?」
「プリウス!」
 名を呼んだ巳弥に向かってプリウスが問い掛けた。
「あれは一体!? まさか宝石を?」
「え、ええ、宝石が割れたら、あんな風に・・・・」
「割れた!? 何てことなの・・・・最悪だわ」
「どういうこと?」
 ゆかりと透子も夜空から舞い戻り、巳弥の傍に降り立った。
「あの宝石は魔力を蓄えておくことの出来る魔石。マジカルチャージャーのようなものね」
「でも、チャージャーとは比べ物にならない魔力が入っていたわ」
「それはそうよ。あれは冴専用のチャージャーだもの」
「あれだけの魔力を制御出来る人なんて、そうそういないものね」
「違うわ。あなた達、冴があの宝石の魔力を使っているから強いと思っていたわけ?」
「違うの?」
「その逆よ」
 プリウスの額に汗が流れた。
「冴は生まれつき病気だったの。放っておけば魔力が無限に生み出されてしまう病気よ」
「魔力が?」
「生み出された魔力は外に出さなければ体内に蓄積し、飽和状態を越えると体が爆発してしまう。冴は生まれた時からずっと病院暮らしだったわ。でもある時、魔力を吸い出すことで体内の魔力量を制御する機械が作られ、冴はそのお陰で何とか普通の生活が出来るようになった。それでも万能ではなくて、魔力が流れ出して暴発し、時々周りの人を怪我させてしまうことがあったわ。そうして冴の周りから人が遠ざかっていった・・・・」
「そ、それじゃ、さっきのブレスレットは・・・・!」
「冴の手首から魔力を吸い出し、魔石に魔力を送る機械よ」
「魔石に蓄えられた魔力を使っていたんじゃなくて、溢れ出す魔力を魔石に吸って貰っていた・・・・ってこと?」
「ええ。その魔石を無くした冴は、魔力の逃げ道を失った」
「ど、どうなっちゃうの!?」
 冴の手首から吹き出る青い煙で、フロアの中がまた煙ってくる。
「はあっ、体が・・・・熱い・・・・」
 冴の顔だけでなく、体全体から汗が流れていた。
「噂に聞いたことがあるわ」
 咲紅は同級生が話していた、冴についての噂を思い出した。
「冴さんがいつも着ている服は『水無衣(みなごろも)』と呼ばれ、冴さんの体温を調節しているんだって」
「その話は俺も知っている。ってことは、あまりの体温の高さに水無衣が蒸発してしまったってことか」
 春也が相槌を打つ。咲紅は更に続けた。
「こんなことも聞いたわ。冴さんの『冴』って言う字から『水』を表す偏『二水』を取ると、残りは『牙』・・・・水無衣を脱いだ状態の冴さんは、全てを噛み砕く牙と化す・・・・」
「更に縁起の悪い噂を聞いたでござる」
 刀侍も口を挟んだ。
「あの『みなごろも』から冴と同じように二水、つまり棒を二本抜くと・・・・」
「抜くと・・・・?」
「みなごろし、でござる」
 管理局ビル四十階フロア全体が蒼く染まる。視界も徐々に悪くなり、冴の姿が見辛くなってきつつあった。
「くそ、息苦しくなってきた・・・・」
 喉を押さえるユタカに、紅嵐が声を掛けた。
「あなたは普通の人間ですから、我々より体が弱い・・・・下の階にでも避難した方がいいと思います、他の方々も」
「し、しかし、ゆかりが・・・・」
「こうなってしまったら、もう彼女に頼るしかないのかもしれません・・・・情けない話ですが」
「彼女?」
「あの女と同じ力を持つ、姫宮ゆかりさんです」
 紅嵐を始めとするイニシエート、春也達エミネント、ユタカやあずみ達は階段に近い場所にいる。一方、ゆかり、透子、巳弥の魔女っ娘トリオとプリウスは冴を挟んで反対方向に固まっていた。
「・・・・ゆかりのせいだ」
 ゆかりが唇を噛み締める。
「ゆかりがあの宝石を壊したから、冴さんが・・・・だから、ゆかりが何とかしないと」
「あの宝石を壊せばいいって言ったのは、あたしだよ。あたしにも責任がある。だから二人でやろう」
「透子・・・・」
 顔を見合わせるゆかりと透子の間に、巳弥が割って入った。
「仲間外れなんて、酷いです。ゆかりんと透子さんは私の最初のお友達なんですよ」
「巳弥ちゃん・・・・」
 三人で手を重ね合わせる。
「ど、どうするつもり!?」
 プリウスがやる気になっている三人に駆け寄った。
「まともにぶつかっても勝てないわよ!」
「・・・・うん」
 マジカルフラワーロッドを両手で携え、ゆかりが立ち上がった。
「ゆかりに考えがあるの。透子、巳弥ちゃん、援護して。冴さんに近付きたいの」
「任せるわ」
 テンダネスハートを纏った透子。
「冴さんを足止めすればいいのね」
 ウィズダム・エイトを纏った巳弥。
 そして「ぷにぷにゆかりん二段変身・フラワープリンセスモード」のゆかり。
「行くよっ!」
 三人が冴に向かって跳んだ。
「はああっ!」
 右から透子のバスターアックス、左から巳弥のライトニンググローブが冴を襲う。
「熱い・・・・体が熱い!」
 冴は左右からの攻撃を手の平で受け止めた。
「マジカルバリア!?」
「それならっ!」
 巳弥の腕に装着されている二本以外の背中のパーツが蛇と化し、上下左右から冴に襲い掛かった。見る見る内に冴の腕や脚に絡み、締め上げてゆく。
「ゆかり、今よ!」
 叫ぶと同時に透子もマジカルロープで冴の動きを封じ、巳弥を援護する。
「こんなもの!」
 冴の体の周りで大量の魔力が爆発した。
「きゃあああっ!」
 冴の体に絡まっていた蛇が全てバラバラに千切れ飛んだ。と同時に透子と巳弥も凄まじい衝撃を受け、弾き飛ばされた。
「えぇ〜い!」
「!!」
 魔力の壁をフェアリーナイト・ムーンで分解し、ゆかりは頭上から冴の首に飛び付いた。
「んぐっ!」
「手を出して!」
 ゆかりは予め拾ったブレスレットを取り出し、冴の腕にあてがった。そして・・・・。
「もうちょっと我慢してね!」
 フラワーロッドの魔力ドームを掴み、蒼い宝石を取り外した。その瞬間、フラワーロッドは元の魔法の孫の手の姿に戻り、マジカルフェザーも元の大きさになった。
「ゆかり、何を!?」
「冴さんの宝石とこの宝石が一緒なら、これを冴さんに付ければ・・・・!」
 ゆかりは割ってしまった冴のマジカルチャージャーの代わりに、自分の宝石を冴に付ければ元の冴に戻ると考えた。だがブレスレットは既に割れてしまっていて、冴の腕にはめることが出来ない。
「駄目なの!?」
「この・・・・小娘!」
 ゆかりは腕を掴まれ、床に投げられた。その上に冴が馬乗りになり、ゆかりの首根っこを掴む。
「んうっ・・・・」
 冴の手首を持って必死に抵抗するゆかりだが、冴の力はその細さからは予想出来ないほど強かった。
「はぁ、はぁ・・・・熱い、体が焼けるようだわ・・・・」
「・・・・うぅ」
 ゆかりの目尻から涙が伝う。
「私の・・・・病気を知った人は、怖がるか、係わりを避けるか、上辺だけ、言葉だけで同情するか・・・・そのどれかよ。あなたはどれ? 同情? それとも・・・・」
「ごめ・・・・んな・・・・さい・・・・」
 喉を掴まれ、声が出ない。
「ゆかりのせいで・・・・そんなになったのに、ゆかり、何も出来ないよ・・・・ごめんね、ゆかりは・・・・もう・・・・」
「あなたは・・・・」
(私のために泣いている? いえ、これは何も出来ない自分への悔しさ・・・・)
(だけど悔しいのは私を救えないから)
(私を・・・・助ける?)
(いいえ、私は昔から、誰にも助けられることなく自分で生きてきた。そして、これからも)
(父も母も私を裏切り、唯一の味方だった藍さえも私を放っていってしまった)
 宝石を掴んでいたゆかりの手が孫の手に伸び、再びチャージャーがセットされた。
「せめて・・・・その苦しみを和らげるだけでも・・・・」
 ゆかりの体から羽根が伸び、冴の体を包み込んだ。
「これは・・・・」
(魔力が分解される?)
 フェアリーナイト・ムーン ハイロウ・オブ・オベロン。
(だが、私の体から湧き出る魔力は無限・・・・こんな分解速度では・・・・)
 全て消せるなんて思ってないよ。
 ただ、受け入れて欲しいから。
 ちょっとだけ、心を開いて。
(受け入れる?)
 冴は耳鳴りを聞いた。


「わぁ、可愛い」
 冴は初めて見るトゥラビアンの姿に、飛び上がって喜んだ。その拍子に被っていた帽子がずれて、冴は慌てて手で押さえた。
「お母さん、この国に住んでるのはみんなウサギさんなの?」
「そうよ、冴」
「へぇ〜」
「平和な国ね・・・・争いもない、単一民族。空気も綺麗で緑があって、環境もいいわね」
 オブザーバーである冴の母は、新たに発見されたトゥラビアの視察に娘の冴を連れて来ていた。病院暮らしの冴に気分転換させようという目的だった。
 トゥラビア人には冴への偏見はない。可愛くて見る限りでは害のなさそうな冴は、トゥラビア人とすぐに仲良くなった。
 母がトゥラビアの調査を終え、エミネントに帰宅するという時間まで冴はウサギ達と楽しく遊んでいた。
「お母さん、さえ、こんなに楽しかったの初めて!」
「そう、良かったわね」
 連れて来て良かった、と母は冴の笑顔を見てそう思った。
「あら、冴、お帽子は?」
「あげたよ」
「誰に!?」
「えっとね、プリウスちゃん。可愛いんだよ、さえにキャンディくれたから、お帽子をあげたの!」
「冴、あれはね・・・・」
 冴の帽子はマジカルハット、トランスソウルであった。トランスソウルを他の世界に持ち込むことはもちろん禁止されている。その世界の秩序を崩壊させかねない力を持っているからだ。だが今までに見たことのないほどの娘の笑顔を、母は消したくなかった。
 害がなさそうな種族だから、大丈夫だ。このことは黙っておこう。
 そう決めて、冴の母は娘を連れてエミネントに戻った。
 しばらくは何もなかった。
 だがある日、下界にトランスソウルが持ち込まれたことが発覚し、エミネントは騒然となった。早速回収に出た冴の母とエグゼキューターの修法という若者は、下界で使用されたと思われるトランスソウルの行方を探した。
 だが使われたのは一度きりで、手掛かりが残っていなかった。
 どうやって下界にトランスソウルが持ち込まれたのか。
 冴の母には心当たりがあった。
 トゥラビア人を介し、娘のマジカルハットが下界の誰かの手に渡ったのだ。
 一向にトランスソウルの手掛かりを得られぬまま十三年の歳月が過ぎた。捜査はとっくに行き詰まり、トランスソウルを使用している様子もないことから、当のトランスソウルは既に破損しているのではないかと結論付けられようとしていた。そんな中、
「魔力を感知した!」
 その間にベテランのエグゼキューターとなった修法が大きな魔力を感じ、当時のパートナーであった冴の母と共にその場所に向かった。
 その女性はトランスソウルを握り締め、墓石の前に座り込んでいた。
 娘の誕生日に、今度中学に上がる娘の姿を一目でも死んだ父親に見せたかった、とその女性は言った。
 女は、死んだ夫を魔法で生き返らせようとしたのだ。
 死んだ者を蘇生させることは、エミネントでは禁忌であり、大罪であった。修法はトランスソウルをこの世界に持ち込んだ罪と合わせ、その女性を即刻排除すると言った。
「待って、娘さんがいるのよ! その子はご両親を失ってしまうわ!」
「罪を犯した者が悪い。その娘が恨むとすれば我々ではなく、親だ」
 刑は執行され、その女性の存在は消された。
 トランスソウルは破壊するようにとのことだったが、冴の母は女性の所持品から娘の居場所を調べ、トランスソウルを形見として手渡した。その娘は何も分かっていない様子だった。そのトランスソウルは娘の手に渡った時、麦藁帽子へと変化していた。母との思い出の帽子に変化したのかもしれないと冴の母は思った。
 本国に帰ると、トランスソウルが下界に紛れ込んだ経緯が問題となった。
 トランスソウルであるマジカルハットは、冴がトゥラビア人に渡したものだ。そのトゥラビア人が下界の者に渡し、それが使用された。つまり、元々の原因は冴だ。
 冴の母は「自分が下界にトランスソウルを持ち込んだ」と報告した。
 本当の事を言えば、冴も、冴と友達になってくれたトゥラビア人も処罰される。冴はもちろんのこと、あの子に笑顔をくれたトゥラビア人も守りたかった。トゥラビアに行けばまた、冴と一緒に遊んでくれるだろう。あの子に笑顔を思い出させてくれるだろう。
 ねぇお父さん、お母さんはどうして死んじゃったの?
 冴、お母さんはね、悪いことをしたんだ。だから罰を受けたんだよ。
 何をしたの?
 冴にはちょっと難しいから。それにね、お母さんは死んでいないんだよ。
 でも・・・・。
 管理局からの依頼で、お父さんが作ったソウルトランスの機械があるだろう? あれでお母さんはトランスソウルになったんだ。
 じゃあ、どこかにいるの?
 どこかにね。トランスソウルの前世は誰にも分からないようにしないと駄目なんだ。例え記憶がなくても、元が誰だか分かってしまえば形が違うだけで生き返った事と一緒になってしまうからね、
 う〜ん・・・・。
 冴にはまだ難しいか。
 父は難しくてよく分からない研究に没頭していたので、母がいなくなった冴にとって妹の藍だけが味方だった。
 泣いちゃ駄目なんだよ、お姉ちゃん。お母さんがね、泣いたら負けだって。
 そんな藍の訃報が冴のもとに飛び込んで来た。
 交通事故。加害者は無免許運転だった。
 冴はもう泣かないと決めた。泣くと負けになるから。だから悲しくないように振舞った。
 いつも藍と比べられ、自分は惨めな思いをしていた。
 人はそれぞれ別の生き物だ。比べる基準を決める方が間違っている。それはきっと、誰かが自分の勝てる基準を決め、それを人の価値だと言っているだけなのに。
 だから私より勝てる基準の多い藍がいなくなって、せいせいした。
 だから悲しくなんかない。
 そして、私の味方はもういない。
 私は所詮、体に欠陥のある、出来損ないなんだ。
 冴の顔から再び笑顔が消えた。
 冴の父はそんな娘を案じた。このままだと冴は、幸せになれない。
 せめて味方がいれば。
 自分では駄目だ。冴のことを一番思ってくれる人物。
 妹の藍しかいない。
 冴の父はかねてより開発していた介護用アンドロイドを藍そっくりに改造し、禁忌のトランスソウルを行った。トランスソウル第一人者の彼には、娘の魂を保管しておくことは難しいことではなかった。
 だが管理局の目を欺くことは出来なかった。
 冴の父は管理局の捜査が入る直前に、藍の魂をソウルトランスさせたアンドロイドを逃がすため「旅行」と偽ってメビウスゲートに連れて行った。冴の父は名が知れた学者なのでゲート監視員も不審には思わず通してくれた。転送が終わった後、冴の父は管理局に拘束された。
 藍、生きていてくれ。お前だけが冴を救える存在なんだ。
 冴を助けてやってくれ・・・・。


「・・・・」
 夢から醒めた冴は、自分の体の熱が平常に戻っていることに気付いた。
 手が、何者かによって強く握られていた。
「あ、お姉ちゃん」
「藍・・・・?」
 冴はあずみの膝枕で寝ていた。
「今のは夢・・・・? 母が私を庇って犯罪者になり、父は私のために犯罪を犯したと言うの・・・・?」
「事実よ」
 傍らにはプリウスが立っていた。
「さっき、あなたのお父さんに真実を聞いてきたわ。厳重に拘束されていたから、捜し出すのに苦労したけど。そしてあなたのお母さんの話も真実。私はあなたのお母さんに助けられたトゥラビア人なの」
「私がトランスソウルを渡したトゥラビア人があなただったの・・・・すっかり忘れていたわ」
「無理もないわ、小さかったから。本当なら出雲美櫛にマジカルハットを渡した私がエミネントによって処罰されるはずだった。それなのにあなたのお母さんが全ての罪を被ったのよ」
「母が・・・・私とあなたのために・・・・」
「更に私がマジカルハットを渡したことで美櫛まであんなことに・・・・。私はそのことを悔やみ、罪を他人に着せてしまった自分への戒めの為に独房に入り、世俗との関わりを断っていたの」
 プリウスは後ろにいた巳弥の方を向き、頭を下げた。
「ごめんなさい、巳弥」
 巳弥はマジカルハットを胸に抱き締めたまま首を振った。
「お母さんはプリウスに出会ったからお父さんに会えたんだもん。お母さんはお父さんに出会えたから幸せだったの、だから・・・・」
 巳弥は帽子に顔を埋めて泣いた。
 冴は自分の手首を握っているあずみの手の上に、もう片方の手を置いた。
「魔力はあなたが?」
「はい、私はトランスソウルですから、魔力を吸収して自分のエネルギーに出来ます。お父さんはきっと、私がお姉ちゃんを助けるだけじゃなく、お互いに助け合える機能を付けたのではないでしょうか」
「父は・・・・私の為にそんな機能を、あなたに・・・・」
「お陰で胸が膨らんできました」
「それがあなたの魔力ドームってわけね」
「ないすばでぃです」
 あずみは莉夜に向かって胸を張り、笑った。
「・・・・藍、いえ、あずみちゃん」
「何ですか?」
「ありがとう」
「言ったじゃないですか。私はお姉ちゃんを助けに来たって」
「・・・・そうだったわね」
 冴の頬を涙が伝った。
 パチ、パチ、パチ。
 どこからか拍手の音が聞こえてきた。
「・・・・ゆかり」
 透子が立ち上がる。
「うん・・・・」
 拍手の音が近付いて来る。フラワーロッドを握るゆかりの手に、汗が滲んだ。



56th Future に続く



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