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タイトル


 54th Future 「妖精王の後光ハイロウ・オブ・オベロン


 凄まじい光を伴った爆音が、管理局ビルの最上階辺りから地上にいる者達にまで聞こえて来た。全員が一斉にビルを見上げると、窓から漏れている蒼い光が見える。
「何だ、あれは・・・・」
 ほとんどの者が言葉を失っている中、迅雷が呟いた。
「あれはまさか、ゆかりん達が戦っている音か?」
「・・・・」
 春也が無言で立ち上がった。それを見て咲紅が声を掛ける。
「ハル君?」
「悪ぃ、やっぱ行くわ、俺」
「ええっ?」
「どうしようもないことは分かってるが、何もしないでゆかりん達がやられちまったら後悔すると思うんだよな、俺」
「でも、魔力だってまだ回復してないじゃない、無理よ!」
「そうだよ、お兄ちゃん」
 のの美も兄の手を握って引き止める。
「それなら、拙者も行くでござる。拙者の脚ならすぐ着くでござる」
 刀侍も立ち上がる。
「じゃあ俺も行く」
「迅雷、あんたまで!?」
「魅瑠、芽瑠や萌瑠を頼むぜ」
「萌瑠も行く! ゆかりんを助けるの!」
「萌瑠はここにいなさい、行くなら長女の私が・・・・」
 全員が口々に言い出し、収拾がつかなくなってきた。
「ストップ!」
 芽瑠の大声で、全員の動きが止まる。
「ゴホン」
 芽瑠はわざとらしい咳払いを一つ入れて言った。
「それじゃ、みんなで行きましょう」


「殺して・・・・って」
 ゆかりは自分の耳を疑った。殺してくれなどという願いは、殺し屋ならまだしも自分が言われるようなセリフではない。
 しかも、相手はこのエミネントで「神」と呼ばれている存在だ。
 ゆかりが耳を疑っていると、椅子が床を滑るように移動して来た。
「ごめんなさい、唐突でしたね。お座り下さい」
 恵神に促され、ゆかりはアンティーク調の木製の椅子に腰を掛けた。腰掛部分と背もたれはクッションが効いていて沈み込む感じだった。あちこちに銀色の葉や木の蔓を象った装飾がある。
「あの〜・・・・」
「まずは私の話を聞いて下さい、姫宮ゆかりさん」
「は、はい」
 ゆかりは背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「楽にして下さい、少し長くなります」
 恵神の表情が少し曇った気がした。
「まずあなたがここに来た目的ですが・・・・あなた方は私がこのエミネントを動かしていると思われていますが、実質このエミネントを束ねているのは修法という男です」
「ずほう?」
「彼は私の名を借り、私をこの世界の象徴として崇めるようにと教えて来ました。そうですね、まずは私のことについてお話致しましょう」


 時は今から遡ること約千五百年余、出雲の地に物の怪集いし地方有り。
 物の怪は夜な夜な畑を荒らし、民家を襲い、食料を奪いました。また時に民家を破壊し、女、子供を襲いました。度重なる討伐隊の派遣も返り討ちに合う始末で、ある集落は人々が逃げ出し、物の怪のみが住む村と化していました。
 そうなると得られる物がなくなった物の怪は山を越え、他の集落も襲うようになりました。業を煮やした時の大和朝廷は、ついに人ならぬ力を持つ者の手を借りざるを得なかったのです。
 その一族は山奥に住み、瞳の色が青く、人々から恐れられていましたが、朝廷はその一族の居場所を掴み、出雲の物の怪を退治するように申し入れました。
 最初は世俗と関わることを頑なに拒否していた青い目の一族も、出雲の惨状を聞き、協力することを承諾しました。朝廷は成功報酬として多額の金品を用意しましたが、一族は「自分達に必要のない物」として断ったのです。朝廷はその点を不審に思いながらも、物の怪の撃退を大いに期待しました。
 ところが青い目の一族が出雲地方を調査してゆく中で、ある事実が判明したのです。それは物の怪は元々この出雲に住んでいたのですが、何らかの力によって封じ込められていたというのです。その封印が何かの原因で解け、物の怪は遠い過去から蘇りました。
 それら「古の徒」が蘇った地は、彼らがいた時代とは大きく異なっていました。一番の相違点は「人間」が闊歩していたことです。彼らの食料は人間に取られ、食欲旺盛な彼らが生き延びる為には村の畑を襲うしかなかった。
 青い目の一族の中で最も霊力のある恵神は、その時まだ十四歳でした。彼女は出雲の物の怪を不憫に思い、討伐を拒否したのです。
「彼らだって望んで出て来たわけじゃないんです、彼らも生きるのに必死なんです!」
「物の怪の肩を持つとは、やはり貴様らも物の怪の仲間だな! 青い目をしおって、退治すると言っておきながら我らを騙したのか、化け物め!」
 朝廷の者は恵神の両親を人質に取り、出雲の物の怪の討伐を恵神に強要しました。恵神も両親の命には代えられず、出雲の物の怪退治に出ました。
 恵神は物の怪らにせめてもの施しとして、その地方だけ空間を切り離す禁呪法を使用しました。それなら物の怪達も別天地で暮らして行ける。そう信じ、恵神は他の力ある三名の同胞と共に術に挑んだのです。ところが、物の怪ばかりとされていたある集落には、人間が共存していたのです。
「駄目です、人がいます!」
「ええい、物の怪と暮らしている者など、既に物の怪に取り付かれておる輩だ! そんなものは構わず殺してしまえ!」
「いえ、彼らは共に暮らすことを望んだのではないでしょうか、最初から物の怪は悪いと決め付けず、忌み嫌うことなく接したその結果、共存の道を見付けたのでは・・・・」
「うるさい、両親がどうなってもいいのか! これ以上逆らうと貴様ら全員、物の怪の仲間とみなすぞ!」
 恵神は声にならない叫びを上げながら、その禁呪法を使いました。
 ・・・・ごめんなさい。
 そう・・・・恵神も自分が愚かだったと反省しました。
 人がいたから呪法を中止したいと言った。物の怪だけなら何も言わずに術を使った?
 恵神もまた、心の中で彼らを差別していた。
 せめてもの情けなど、奢りだ。
 一族は報酬を受け取ることなく山奥へと帰りました。もう俗世には関わらず生きて行こう、そう誓いました。
 そのつもりでした。
 しばらくして、大和朝廷から兵が派遣され、一族の住処を襲いました。あまりに強大な力を見せ付けられた朝廷が、彼らの力を恐れて闇討ちをしかけたのです。
 自分達の言いなりにならない力は、いずれ自分達の脅威となる。
 青い目の一族の持つ力を、人は「魔の力」、「魔力」と呼び恐れました。一族は住処を追われ、逃亡の身となりました。
 あんな恩知らずな奴ら、滅ぼしてやりましょう。我らの力ならば可能なはずだ。
 なりません、私達も人間、彼らも人間なのですよ。
 奴らが私達を人間だと思っていないのです!
 我々の力は、争う為にあるのではありません・・・・。
 わずか十数人となった一族は、ついに追い詰められてしまいました。
「お姉ちゃん、僕たち、どうなっちゃうの?」
 弟が心配そうな目で恵神を見詰めた。
「心配しないで、礼命(れいめい)。お姉ちゃんについてきて。いい? しっかり手を握っているのよ」
 ここは、我々が住む世界ではない・・・・。
 「古の徒」達が異世界で幸せになっていることを祈りながら、恵神達もまた別天地を求めて禁呪法を使いました。
 自分達だけの世界を築く為に。


「こうして出来たのがこのエミネントです」
 語り終えた恵神は、閉じていた瞳を開いた。
「あの・・・・そのエミネントやイニシエートを作ったメグミさんて、まさか・・・・」
「私です」
「確か千五百年前とか言ってませんでした?」
「今の私にとって、月日の流れなど意味がないのです」
「や、そういう問題じゃないと思うんですけど・・・・」
「私はここから動くことが出来ません」
 恵神の言葉からはあまり感情が伝わって来ない。ただ事実を告げているだけだった。
「私はあの修法という男に利用されるだけの存在・・・・我々が理想郷を目指して発展させたエミネントは、おかしな方向に進んでいる気がしてならないのです」
「おかしな・・・・方向」
「上手く言えませんが・・・・この修法が作り上げた世界の行く末を見たくないのです。勝手なことを言っているのは分かっています。しかしもう私は長く世の中を見過ぎています。これ以上修法に手を貸すことは、このエミネントの為にも良くありません。私は・・・・私は自害が出来ないのです」
「じがい・・・・自殺?」
「そうです。かと言って、このエミネントにも私を消滅させることが出来る人もいない。だから姫宮ゆかりさん、あなたに来て貰ったのです」
「で、でも、そんな力、ゆかりにもないですよ」
「あるから呼んだのですよ。あなたの、その・・・・」
 突然、恵神の目が開かれた。
「ど、どうしたの?」
「最上階近く・・・・酷い魔力・・・・」
「えっ?」
「あなたのお仲間が・・・・冴さん・・・・いけない、このままでは・・・・」
「な、何の話!?」
「私は動けないのですが、ゆかりさんなら助けられるかも・・・・」
「みんなが!? どこに!?」
「地上四十階です」
「恵神さん、話はまた後で!」
 ゆかりは孫の手を取り出し、握り締めた。
「このビルは転移魔法が使えませんが、地下は私のテリトリーです。地下一階までは送り届けることが出来ます」
「お願い! 必ず戻って来るから!」
「では」
 体が溶けるような感覚がゆかりを襲った。かと思うと、ゆかりの体は別の地点に瞬時に転移していた。
 目の前の階段を駆け上がると、そこは本部ビルの正面玄関だった。
(四十階・・・・なんて登ってられない!)
 ゆかりは急いで正面玄関から外に駆け出した。上を見上げると遥か上空の空が青く光っている。
(あそこに、みんなが!)
 ゆかりはポケットから莉夜に貰った青い宝石を取り出すと、孫の手の魔力ドームに装着した。孫の手はひまわりのような形状に変化し、二回りほど大きくなる。柄の長さも伸び、杖と化す。ゆかりがそれを両手で構えると、青い光がマジカルフラワーロッドを包んだ。
 マジカルフェザーが左右に伸び、まるで鳥が羽ばたくような動きを取った。きめ細かな羽毛に覆われたマジカルフェザー・トゥルースは何度かその場で羽ばたき、動きを確認しているようだった。
「待ってて、みんな!」
 真っ白な翼がゆかりの体を上空へと浮かび上がらせた。
 羽ばたきの一つ一つが、ゆかりを仲間のいる場所へと運んでゆく。
 下を見ると怖いので、上だけを見ていた。


「面倒だわ、みんな消えてなくなりなさい!」
 冴の魔力が増幅した。
「やめろ、このフロアごと吹き飛んでしまうぞ!」
 紅嵐が冴に向かって叫んだが、耳に入っていないようだった。
「藍・・・・あなたは死んだのよ。ここにいてはいけないの」
「冴さん・・・・」
 傷付いた鵜川にあずみが庇う形で覆い被さる。
「私がもう一度殺してあげる。あなたが消えれば、私の忌まわしい過去も消える。トランスソウルをトゥラビアに持ち込んで処罰された母、トランスソウルの生みの親でありながら違法なトランスをして処罰される父、その違法なトランスで生まれた偽物の妹・・・・全てトランスソウルが悪いのよ! そう、あなたが消えれば、全て消えるの!」
 頭上に掲げた冴の両手に巨大な光の球が出現した。冴はそれを掲げたままフロアの端に飛び退き、あずみ達に向き直った。
「まずい、あれを撃たれたらここにいる全員が吹き飛ぶぞ!」
「みんな、固まって!」
 巳弥はマジカルハット・シールドを最大限に拡げた。だが、せいぜい三〜四人を庇うのが限界だ。
「だめ、これ以上大きくならない!」
 巨大化したマジカルハットだが、その場の者全てを庇うことは不可能だった。
「消えなさい!」
 光球が冴の手を離れた。
「フェアリーナイト・ムーン!!」
 一条の光が射し、波状に拡がった。
「ハイロウ・オブ・オベロン!」
 眩い閃光から伸びた翼が冴の放った光球を包み込むと、青い粒子が辺り一面に拡散し、フロア全体に撒き散らされた。
「消えた・・・・?」
 降り注ぐ魔力の粒子の中、一同は呆然とその光景を見ていた。
 最初に気付いたのは透子だった。
「ゆかり!?」
 青い光の中を、白い翼が舞い降りてくる。
 ゆかりは床に降り立つと、マジカルフェザー・トゥルースを畳んだ。
「良かった、間に合った・・・・」
「ゆかり〜!」
 透子はゆかりが倒れ掛かるほど猛烈に抱きついた。
「と、透子!?」
「ゆかり〜! どこ行ってたのよ、心配したんだから〜!」
「あ、あの、何でみんなここにいるの・・・・?」
「ゆかり〜ん!」
「み、巳弥ちゃん!?」
 反対側から巳弥も抱き付いて来た。
「ちょっと巳弥ちゃん、いたたた、何なの、その鎧みたいなのは! 透子も着てるし・・・・どうなってんの〜!?」
「せっかくだが、感動の再会は後にした方がいい」
 紅嵐が冷めた口調でたしなめた。
「何、今の・・・・?」
 冴が信じられないという顔でゆかりを見ていた。
「あなたがやったの? どうして一瞬であの攻撃が・・・・」
 ゆかりは透子や巳弥、紅嵐、あずみ、鵜川を見渡し、冴を睨んだ。
「あなたなの? みんなをこんな目に会わせたの」
「だったらどうなの?」
「・・・・」
 ゆかりはマジカルフラワーロッドを握り締め、冴と対峙した。
「まずい、姫宮ゆかりはあの女の強さを知らない!」
「ゆかり!」
 紅嵐や透子の叫びに冴が反応した。
「ゆかり? ふぅん、この子が姫宮ゆかりなのね・・・・」
「な、なによぅ」
「確かに不思議な力を持っているみたいね。面白いわ」
「全然面白くないよっ!」
 ゆかりはフロア全体を見回した。
「・・・・ゆかりは『ずほう』って人に会いたいんです。どこにいるんですか?」
「修法様に何の用? 確かあなたは身の程を知らずに恵神様に会いに来たと聞いたけど?」
「恵神様には会って来たよ」
 その言葉に、一同が驚いた。中でも一番驚いているのは冴だ。
「会って来たって、どこで?」
「地下のずっと下にいたよ。お話したら、修法って人に利用されてるって。だから修法って人に会いたいの」
「適当な事を・・・・恵神様はこの上にいるのよ。修法様と一緒に、この上にね」
「本当だもん」
 そのやり取りを聞いていた透子は当然、ゆかりの言葉を信じる。
(てことは、その修法って人が事実上、この世界を牛耳っている人ってわけ? 恵神って人は利用されている? どういうことなの・・・・)
「だから、会わせて」
「そんなお願い、聞いてあげると思っているの? 本気だとすればあなた、相当におめでたいわね」
「・・・・誉めてる?」
「誉めてないわよ!」
 冴はゆかりと話をしながら、自分の攻撃が消滅した先程の現象について考えていた。
(私の魔力と同じかそれ以上の魔力で打ち消した? いえ、それなら爆発が起こり、魔力が飛び散るはず。なのに私の魔力が粉々になって消滅した・・・・一体、どんな攻撃だったの? あれが姫宮ゆかりの持つ力の正体?)
「お願い、ずほうさんに会わせて!」
「私はここの守りを任されたの。どうしても上に行くというのなら、私を倒すしかないわね」
「そんなのおかしいよ、話し合いに来たのに力づくで通らなきゃならないなんて」
「散々暴れておいて、何が話し合いよ! 都合のいい事、言わないで!」
 冴がゆかりとの距離を詰めた。
「下界にイニシエートにトゥラビア・・・・これだけの世界を動かす力を持っている小娘がどんな人物か興味があったけど、とんだ甘ちゃんだったわ。興味が失せたから、片付けるわ!」
 冴の腕が光る。
「わわっ!」
 ゆかりは慌てて飛び退いたその拍子に、足がもつれて転んでしまった。
「いたぁい!」
「運動能力もそう高くない・・・・何なの、この子は」
 冴は腕に溜まった魔力をそのままゆかりに向かって投げつけた。ゆかりは尻餅をついた体勢でマジカルフラワーロッドで光の弾を薙いだ。その瞬間、光の弾は消え去る。
(まただわ・・・・私の魔力が消える。いえ、分解される)
 冴はゆかりの「フェアリーナイト・ムーン」に驚いている。だがゆかりは攻撃を打ち消しているだけで、反撃をしようとしない。
(この子、それだけで私に勝てると思っているの?)
 そんな冴とゆかりを見ていたあずみが、二人を凝視しながら呟いた。
「まさか・・・・」
「どうした、あずみ君」
 鵜川は出血の続く右肩を、あずみの魔力を使って自分で治療していた。
「冴さんとゆかりさんの魔力が・・・・」
「二人の魔力がどうした?」
「一緒なんです、感じが」
「何だって? まさか、そんな強大な魔力を姫宮ゆかりが?」
「大きさじゃありません、雰囲気です・・・・それだけじゃなくて、私の・・・・私の魔力ともそっくりです」
「どういう事なんだ?」
 首をひねるあずみと鵜川の耳に、莉夜の声が飛び込んできた。
「あずみちゃ〜ん!」
「あ、りよちゃん?」
「会いたかった〜!」
 むぎゅ、と莉夜があずみの背中に抱き付いた。
「心配したよ〜! 良かった、何ともなかったみたいだね。あ、ゆかりん」
 莉夜は冴と睨み合っているゆかりの姿を確認した。
「ゆかりん、あずみちゃんの宝石を使ったんだね。あれでミズチを倒したんだ。あれ、凄く強いんだよ! だから絶対に勝てるよね!」
「私の宝石・・・・?」
「そう、あずみちゃんのエネルギー。あれを使うと、凄く強くなるんだよ!」
「私の・・・・」
 そのやり取りを聞いていた透子が、冴を見てあることに気付いた。冴の腕にあるブレスレット、そこには蒼い宝石がはめ込まれていた。
「ねぇ莉夜ちゃん、あれってあずみちゃんのエネルギーっていう宝石と同じもの?」
「え、どれ?」
 透子が指差した方向に目を向ける。確かに冴のブレスレットにはまっている宝石は、ゆかりに渡した宝石と同じ色、同じ形だった。
「あれ、一緒の宝石だよ!?」
「てことは、冴って人の強さもあの宝石のおかげ・・・・?」
 ならば、あの宝石を何とかすれば、冴に勝てるのではないか。透子はそう考えた。
 透子の右腕にあるアーマーが迫り出し、上下に弦が伸び、弓が形成される。完成したテンダネスアローを構え、透子は冴のブレスレットに狙いを定めた。
「ゆかりはお話がしたいだけなの、戦いに来たんじゃないの!」
「全ての元凶のあなたが何を言っているの!」
 ゆかりと冴が言い争っている内に、ドカドカといくつもの足音が聞こえてきた。大挙して押し寄せて来たのは、芽瑠の「みんなで行きましょう」の言葉にこのフロアを目指して登ってきた面々だった。
「元凶ならこの俺だ! 俺がゆかりんに助けを頼んだのがいけないんだ!」
 そう叫んだのは迅雷だ。
「いいえ、私がミズチに捕まったりしたから、ゆかりんが助けに来てくれたのよ!」
 芽瑠も慣れない大声で叫ぶ。それらに「鬱陶しい」という視線を送った冴は、団体さんの中に見知った顔を見付けた。
「澤崎春也、桜川咲紅、枯枝刀侍・・・・裏切り者がよく私の前にノコノコと出て来れたものね」
 名前を呼ばれた三人は冴の怖さを知っている。ここに来たまでは良かったが、冴に睨まれるとやはり足が動かなかった。
「あぁもう、一体何人いるのよ! 目障りね! ここは保育所じゃないのよ!」
 冴の手が光る。
「危ない!」
 ゆかりが冴に向かって走った。
 冴の腕が止まった瞬間を逃さず、透子がテンダネスアローを放つ。
(行け〜っ!)
「!」
 だが冴はその光の矢に気付き、避けた。
(かわされたっ!?)
「鬱陶しい!」
 冴の手が透子に向けられる。
「透子〜!」
 ゆかりがマジカルフラワーロッドに魔力を蓄えて飛ぶ。
「透子さん!」
 巳弥がマジカルハット・シールドを巨大化させ、構えた。
 冴の魔力が手から放たれ、ゆかりが飛び込んだ辺りで爆発が起こる。
「きゃぁぁぁぁ!」
「ゆ、ゆかりん!」
 春也が叫ぶ。
 爆発の後の煙の中からゆかり、透子、巳弥がもつれ合った姿が現れた。埃や床の破片などを被っているが、全員何とか無事のようだ。
「透子、巳弥ちゃん、大丈夫・・・・?」
「ええ、巳弥ちゃんのお陰で」
「ゆかりんが魔法の威力を削ってくれたから、受け止められたよ」
 透子は頭に乗った破片や埃を払いながら、ゆかりに耳打ちした。
「ゆかり、あの人の腕にブレスレットがあるでしょ?」
「うん、あの青いやつ?」
「あれがどうやら、ゆかりがそのパワーアップに使っている宝石と同じみたいなの」
「あ、そう言えば似てるかな?」
「だから、あのブレスレットが魔力のタンクみたいになってるんじゃないかと思うんだけど・・・・」
「だからあの人、あんなに魔力が凄いのかな?」
「だからね、あれを奪えば勝機はあるって気がするのよ」
「よぅし、やってみる!」
 ゆかりがロッドを構えて立ち上がる。透子もそれに続いた。
「巳弥ちゃん、援護お願い!」
「はい!」
 透子がテンダネスアローを、巳弥が背中の二本の蛇で冴に向かって狙いをつけた。
「いっけ〜!」
 冴に向かって透子と巳弥の攻撃が打ち出された。
「こんなもの!」
 冴はそれらを手に張ったマジカルバリアで受け流した。
「フラワーレボリューション!」
「なにっ!?」
 頭上から襲い掛かったゆかりのマジカルフラワーロッドから伸びた光の剣が、冴のブレスレットにクリティカルヒットした。
「!!」
 冴のブレスレットは、中にはめ込まれた蒼い宝石ごと真っ二つに割れていた。



55th Future に続く



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