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タイトル


 52th Future 「突入! 管理局本部ビル」


 地下三階までは数えていた。
 そこから階段の様子が変わったが、まだまだ延々と下に向いて続いている。
 どれだけ降りればいいのか分からず、ゆかりは段々と不安になっていった。
(このままずっと続いてる・・・・なんてことはないよねぇ)
 階段は明かりで照らされていたが、どこを見ても光源がない。電灯もランプも何もないのだ。
(これも魔法かな・・・・)
「あ」
 階段はそこで途切れていた。代わりに前方には真っ直ぐ続く廊下がある。そこも明るかったが、やはり電灯ヤランプの類は見当たらなかった。
(随分と淋しい所にいるんだな、メグミちゃん)
 コツコツとゆかりの靴音だけが廊下に響く。やがて大きなドアに行き当たった。
「えっと・・・・」
 ゆかりはドアをノックしようと手を上げた。
(開いています)
 という声がゆかりの頭に入ってくる。ゆかりはノブを回し、手前に引いた。
「お、お邪魔します・・・・」
 八畳ほどの部屋の正面に、こちらを向いて装飾が施された高価そうな椅子に座っている少女がいた。服装はゴシック・ロリータ風で、部屋の中もアンティークな家具で統一されており、少女はまるで人形のように見えた。
「ようこそ、姫宮ゆかりさん」
 抑揚の無い、人形のような声。
「あの、あなたがメグミさん?」
「そうです」
「あの、初めまして、姫宮ゆかりです」
 ゆかりが頭を下げると、恵神もお辞儀をした。
 ゆかりが思い描いていた印象とは全く違う対面だった。このエミネントで一番偉いとか神様だとか聞いていたので、もっと厳(おごそ)かな、大きな広間で「謁見」という感じの対面になるのだろうかと思っていた。だが実際は人形館のような作りの、こじんまりとした部屋に、これまた思ったより若い、おそらく十代半ばから後半だろうと思われる少女がいるだけだ。
「えっと・・・・」
 あまりに想像と違うのでゆかりが戸惑っていると、恵神が表情を変えずに話し掛けてきた。顔色は何となく青白く、元気そうではない。
「あなたにお願いがあってここに来て頂きました」
「お願い?」
 お願いをしに来たのはゆかりの方だ。なのに、恵神の方からお願いがあると言う。
「何ですか?」
 恵神は他のエミネントと同じ青い瞳を、ゆっくりと伏せた。
「私を殺して欲しいのです」


「何だったんだ、さっきの凄い音は・・・・?」
 冴の叔父を縛り上げ、鵜川はあずみと共にジャッジメントの建物の階段を下りていった。その途中で外から凄まじい爆音や破壊音が聞こえて来たのだ。
「もう収まったみたいですね」
「何が起こっているんだろう」
 どうやらこの建物には、他に人はいないようだった。いるとすれば管理人や宿直、ガードマン等だろう。いずれにしろ簡単に外に出られるとは思えなかった。
(ここを無事に出られたとして、どこへ行けばいいのか・・・・)
 鵜川のこの世界についての知識は、あずみが見たものが全てだ。冴に連れられてメビウスロードを通りこの世界に来た時、あずみは気を失っている。つまり鵜川もあずみがこの世界で目覚めるまでの知識は持っていなかった。
(彼女達も僕達がこの世界に来たことを知っているはずだが・・・・助けに来てくれるとは期待しない方がいいだろう・・・・この世界に来る手段などないはずだ)
 彼女達とは、ゆかりや透子のことだ。
(だが・・・・)
 何としてもあずみは自分が守ると決めた。
 それが鵜川がこの世界に戻って来た理由だからだ。
「鵜川さん」
「ん?」
「あそこが出口みたいですけど、人がいます」
 あずみが指差した場所を見ると、確かにこの建物の玄関のようだ。そのすぐ側にはガラス戸があり、おそらく受付だろう。その中に明かりが付いているので、監守か警備員のような人物がいるようだ。
(あのドアを通る以外にここを出る方法はないのか)
 だが他の通用口があっても、おそらく警報か何かが鳴るだろう。
(どうする・・・・)
 鵜川が思案していると、あずみが袖を引いてきた。
「ここでドリームドームを展開しましょう」
「そうか、ドームを展開したまま通れば、人がいても眠らせることが出来るな」
 鵜川があずみの肩に手を置き、ドリームドームを出現させた。
「行くぞ」
「はい」
 二人は歩幅を合わせ、ゆっくりとドアに向かう。


「む?」
 紅嵐がいきなり立ち止まったので、後ろを歩いていたユタカは背中にぶつかりそうになった。一緒に歩いてはいるがユタカは紅嵐のことをあまり知らないので、怖い人だという印象を持っていた。怒られたりすると嫌なので、ぶつからなくて良かったと思った。
「どうしました?」
 一回りは若い紅嵐に対して、つい敬語になってしまう。
「この感覚は・・・・魔力か」
「誰かいるのかな」
「気を付けて下さい」
 紅嵐は慎重にジャッジメントの玄関ドアに近付いて行った。
「この先に何か異様な感じがします。見て下さい、空気が灰色になっている」
「灰色・・・・」
 確かにユタカにもそう見える。明らかに不自然だ。
(まてよ、あの色どこかで・・・・)
 ユタカが記憶を辿っていると、紅嵐が手の平で風を練っていた。
「あのドアの向こうに誰かいますね・・・・この灰色の中に入るのは危険です、ここから攻撃してみましょう」
「確かにあの色はどこかで見たぞ・・・・」
 ユタカが悩んでいる内に、紅嵐は攻撃態勢に入った。
 ドアのガラス越しに人影が映る。
「灰色の空間・・・・空間? あれは・・・・」
「くらえ」
「思い出したっ! 攻撃ストップ! あれは敵じゃない!!」
 紅嵐の攻撃を止めようとしたユタカだったが、一足遅く風の塊が人影に向かって撃ち出されてしまった。
「に、逃げろ〜!」
 ユタカがドアに向かって叫ぶと同時に、空気の渦がドアをぶち破った。ユタカは思わず目を背けてしまう。
「逃げましたか」
 紅嵐は空に目を向けた。
「逃げた?」
 ユタカも紅嵐の目線の先を追った。真っ暗な夜空に何かがいる。
「私の攻撃が当たる直前に逃げたのですか」
 紅嵐は再び攻撃するため、風を起こす。
「待ってくれ、攻撃しないでくれ、あれは・・・・!」
「あれは?」
 紅嵐もその正体に気付いた様子で、攻撃態勢を解いた。夜空に飛び上がった影は、ほどなく紅嵐とユタカの前に着地した。
「あずみ?」
「あ・・・・紅嵐先生」
 あずみと鵜川がドアを開けた途端、目の前に紅嵐の攻撃が迫った。あずみはとっさに鵜川を抱き、上空へ逃げたのだった。
「あずみを離しなさい!」
 紅嵐が鵜川に向かって手の平を向けて威嚇する。
「ち、違う、僕は・・・・!」
「紅嵐先生、違うんです、この人は!」
 あずみが鵜川の前に立ちはだかったので、紅嵐は腕を下ろした。
「違うとは・・・・?」
 そこへユタカが口を挟んだ。
「鵜川君・・・・どうして君がここに?」
「えっと、相楽さん・・・・でしたね。話せば長くなるのですが」
 どう話そうか迷っている鵜川に代わってあずみが「鵜川さんは私を助けてくれたんです」と言った。
「助けた?」
「はい、鵜川さんは私の夢の中に入っていたんですけど、出て来れたんです」
「あずみ君の夢の中にいたのか」
 納得するユタカだが、紅嵐は何のことだか分からない。
「よく分かりませんが・・・・敵ではないのですね?」
「もちろんです」
「それならあずみ、あちらに莉夜達がいますから合流して下さい」
「りよちゃんが!?」
 あずみの顔が一気に明るくなった。
「鵜川君もあずみちゃんと一緒に、みんなの所へ行ってくれ」
 ユタカの言葉に頷く鵜川。
「紅嵐先生は?」
「私は今からこちらのビルに行きます。姫宮ゆかりや出雲巳弥を助けに行かなくては」
「助けにって・・・・」
「こちらも話せば長くなりますが、彼女らはこの世界の恵神という人物に会いに来ました。その人物がこのビルの最上階にいるらしいのですが、冴という人物がそれを阻止しようとしているそうです」
「冴さんが?」
「知っているのですか?」
「は、はい・・・・私をここに連れて来た人です」
「そうですか。とにかく急ぎます。あなた達は早く莉夜達と合流を」
 その時だった。
「お前らぁ、逃げられると思っているのか!」
「この声は・・・・!」
 声の主に心当たりのある鵜川とあずみが振り返る。壊れたジャッジメントの正面玄関には顔を真っ赤にした冴の叔父が立っていた。
「あんなもので私を動けなくしたつもりかっ! さぁ、その子を返して貰おうか!」
「くそ、エロオヤジめっ!」
「ふぬ〜!」
 鵜川の言葉に更に真っ赤になる親父だった。
「藍は大事な証拠品だが、お前は遠慮なく殺すぞ!」
「あれは敵ですね?」
 紅嵐があずみに念を押した。あずみが頷くと、紅嵐は冴の叔父に向かって一歩踏み出した。
「何だお前達は!?」
「あずみの知り合いです」
「その子は私の姪の藍だ! お前達だな、藍を誘拐した奴等は! 藍を返せ!」
「私はみんなの所へ帰りたいんです!」
 あずみが叫んだ。
「と、彼女は言っていますが?」
「うるさい、藍をたぶらかしやがって!」
 冴の叔父の背後に巨大な影が現れた。ユタカはそれを見て二、三歩後ろに下がった。
「で・・・・でかい! まさかあれは・・・・熊!?」
「ぶぅさん、行くぞ! ソウル・ユニゾン!」
 がお〜、という咆哮を立てて「ぶぅさん」と呼ばれた熊が光り輝いた。
「ヒグマ、ヒグマ、ゴッドヒグマ! ヒグマ、ヒグマ、ゴッドヒグマ! 合体だ〜!」
 光が叔父の体を包む。
 冴の叔父のソウルアーマーは昔飼っていたペットのヒグマ「ぶぅさん」がソウル・ユニゾンした「ゴッドヒグマ」である。全身を重量級の鎧で覆う、その巨体を生かして体当たりや打撃で相手を砕く、空子の「マッド・デストラクション」と同系統の攻防一体のソウルアーマーである。
「若造め、粉々に砕いてやるぞ!」
「もう若くないのですから、無理をしない方がいいと思いますよ」
「なんじゃと〜!」
 「ゴッドヒグマ」により巨大化した冴の叔父が紅嵐に向かって突進する。紅嵐は後方に飛び退き、突進をかわした。
「逃げるとは腰抜けめがぁ〜!」
 紅嵐の後を追おうと方向転換した冴の叔父は、その場所に作られた空気の渦に足を取られ、超重量の鎧ごと見事に転倒した。その衝撃で地面が振動する。
「ぐひぃ!」
 黄色い声のガマガエルのような声を出した叔父は慌てて起き上がろうとした。だが・・・・。
「ぐげっ!」
 奇怪な声を発した後、動きが止まる。
「・・・・ど、どうしたんだ?」
 ユタカが恐る恐る遠巻きに覗き込むと、冴の叔父は悲痛な表情で固まっていた。
「こ・・・・」
「こ?」
「腰が・・・・グキって・・・・う、動けん・・・・」
 あまりに重い鎧で身を包んだまま転んだので、腰を痛めたようだ。身動き一つ出来ない鎧の塊を見下ろし、紅嵐は冷ややかに言った。
「どうやら腰抜けはあなたの方だったようですね」
 もう冴の叔父は行動不能であると見た紅嵐は、踵を返した。
「このまま放っておきましょう」
「ちょっと可哀想」
 悲痛な顔を覗き込んで同情するあずみだった。
(何であずみちゃん、体操服姿なんだ?)
 聞いてみたいユタカだったが、紅嵐に置いて行かれそうになって慌てて後を追った。二人の背中を見送り、鵜川はあずみの手を取った。
「行こう、向こうに仲間がいるそうだ」
「・・・・」
「さっきから大きな音がしていたのは、姫宮ゆかり達が戦っている音だったのかもな。明かりは点いていたがこの建物の警備員もいなかった。おそらく騒ぎがあって様子を見に行ったか、駆り出されたんだろう・・・・あずみ君?」
 あずみは真剣な表情で、何かを考えているようだった。
「どうした?」
「鵜川さん、お願いがあります」
「何だい?」
「一人でりよちゃん達の所へ行って下さい」
「何だって? あずみ君は?」
「私は紅嵐先生の後を追います。冴さんに会いにいかなきゃ」
「な、何を言ってるんだ? 危険だぞ! 大体、何の為に会いに行くんだ?」
 あずみがとんでもないことを言い出したので焦る鵜川だった。冴の怖さを知っている上で、その冴に会いに行くなど正気の沙汰ではない。
「冴さんを助けられるのは、きっと私だけです」
「助ける? 敵なんだぞ? それに助けるって、冴って人は物凄く強いんだ、助けるなら逆だろ? それとも君の魂のお姉さんだから、味方するのか?」
「上手く言えませんが、とにかく行かなきゃ。ごめんなさい」
 あずみが鵜川の静止を振り切って本部ビルに向かおうとする。そのあずみの腕を、鵜川が掴んだ。
「あの、離して下さい、私、行かなきゃ・・・・」
「あずみ君」
(僕はあずみ君を守る為に戻ってきた。なら僕の取るべき道は・・・・)
「行こう、一緒に」
「え、でも」
「冴って人に会いに行くんだろう? 戦うんじゃない、助けるんだろう? それなら僕も行く。一緒に冴さんを助けよう」
「・・・・はい!」
 あずみのツインテールが元気に揺れた。


 紅嵐とユタカが本部ビルに入って行ったのは、遠目にだが莉夜やみここにも確認できた。だが、少し遅れてその後ろを付いて入って行った二人がよく分からなかった。一人はあずみであることは体操服姿で確認出来たのだが、一緒にいた人物に心当たりがない。
「誰なの? あずみちゃんと一緒にいたのは!」
 みここに治療して貰い、完全ではなかったが傷が癒えた莉夜が立ち上がった。
「あずみちゃん、ビルに入って行ったよ! 危険なこと、知らないんじゃない? 連れ戻さなきゃ!」
「おい、莉夜!」
 兄の制止も聞かず、莉夜はビルに向かって駆け出した。手にはしっかり魔法の箒を持っている。
「あの馬鹿!」
 順番待ちでまだ傷が癒えていない雨竜は莉夜の後を追おうとしたが、その場で膝を付いてしまう。
「ふにゅ、まだ無理ですよ! あの、私が行きます!」
 みここがマジカルハンマーを握り締める。
「咲紅さん、でしたよね。みんなの治療、お願い出来ますか?」
「え、ええ、それは構わないけど・・・・」
「お願いします! 待って、莉夜ちゃ〜ん!}
 本部ビルに駆け込んだ莉夜を追って、みここも同じくビルに入って行った。
「冴さんのいる階に行くまでに連れ戻せることを願うぜ」
 のの美に治療して貰った春也が呟いた。
「悪いが、俺は本部は遠慮させて貰う。エミネントで冴さんに逆らう奴なんて馬鹿だからな」
「ハル君は元々馬鹿だから安心して」
「何だと、咲紅!」
 咲紅に向かって拳を振り上げる恰好をして、春也は手を引っ込めた。
「なぁ咲紅、俺達・・・・これからどうなるんだろうな」
「な、何よいきなり暗い声で、ハル君らしくない」
「だってそうだろ、管理局を敵に回してるんだぜ。もうここには住めない」
「・・・・うん」
 沈み込む咲紅と春也に向かって魅瑠が声を掛けた。
「ここにいられないなら、私達の世界とか、ゆかりん達の世界とか、他にも世界はあるわ。そこで暮らせばいいじゃない」
「駄目だ、管理局は俺達を野放しにはしない。確実に追って来て消されちまう」
「その時は私達が守るわ」
 芽瑠が言った。
「あなた達は何度もゆかりんを助けてくれましたから」
「だけど・・・・」
(何だ・・・・? この気持ちは)
「暖かい・・・・」
 咲紅が震える声で言った。
「何であなた達、そんなに暖かいの・・・・? ずっと、ずっとイニシエートは私達の敵だって教えられて来た・・・・凄く悪い奴らだって、人類の進化の悪しき系譜だって。なのにあなた達は全然違うの、どうして? あなた達が特別なの? 私達が教えられて来た事が間違っているの?」
「咲紅さん」
 芽瑠が泣き出した咲紅を抱き止めた。
「確かにイニシエートは私達とは違う、争いや殺戮を何とも思わない者もたくさんいるわ。私はこう思うの。いい人だけの世界なんて有り得ない。人が居れば、必ず悪い人もいい人もいる。だって、いい人同士でも意見が違えば相手から見れば悪い人になるもの。悪いことがあるからいいことがある、両方あるから『良いこと』『悪いこと』と定義付けが出来るんだわ。どちらか片方だけでは、全て『どちらでもない』のよ」
「いい人ばかりの世界は不自然・・・・?」
「そうね・・・・例えばこのエミネントにも、悪い人はいると思うの。あなた達はゆかりんを助けようとしてくれた。それはゆかりんを悪者だと言う人達が間違ってると思ったからでしょう? でもその人から見ればあなた達は悪い人。管理局という場所全てが悪いわけじゃない。いいわけでもない。全ての人が正義だと感じる事柄なんて存在しないのよ、きっと」
「でもそれじゃ、私達はこれから何を信じれば・・・・」
「その答え、もうすぐ出るんじゃないかしら」
「え?」
「あの子達が答えを出してくれる。でもそれが良いか悪いか、決めるのは私達であり、あなた達であり、このエミネントに住む人達よ。答えは与えられるものじゃない、自分達で出すものだと思うわ」
 芽瑠は管理局本部ビルを見上げて呟いた。



53th Future に続く



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