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48th Future 「守るべきものの在り処」
「妙だな」
足を止め、紅嵐は呟いた。後に続いていたメンバーもその場に立ち止まる。
「先生もそう思われますか?」
水無池芽瑠が言った。
「芽瑠も感じているのですね」
「はい」
「な、何のこと?」
魅瑠が芽瑠の肩を叩いた。妹の芽瑠が紅嵐と二人だけに分かる会話をしているので面白くないようだ。
「あの搭の敷地内にはあれだけの敵がいた。なのに、この街に入った途端、その気配すらない。我々の目指すあのビルまで、どうぞ来て下さいと言われているように思えます」
紅嵐が本部ビルを見上げる。目的地は目の前だった。
「罠でしょうか」
「どちらにせよ我々はあのビルに向かう。罠だとしても行くしかない。姫宮ゆかりは既に到着しているかもしれない。だとすれば、躊躇している時間はありません。罠だとすれば尚更です」
「人員を全てあのビルの警備に回したとも考えられますね」
「急ぎましょう」
紅嵐を始め、水無池姉妹、雨竜、迅雷、莉夜はそれぞれ監視搭の戦いでかなりのダメージを負っていた。だがイニシエートの自然治癒能力である程度は傷も癒えており、先程の部隊程度なら勝てる自信はあった。
だが何と言っても目の前にそびえているのは敵の本拠地と言っていい建物だ。まだ紅嵐達にとっては未知の領域である魔力、それを相手にするのだから恐怖を感じないわけはない。だがここにいる者全ては何としてもゆかりを助けたいと心から思っていた。
(今度は我々があなたを助ける番です、姫宮ゆかり)
管理局本部の通用門が見えてきた。だが、中の様子を伺ってもひっそりと静まり返っている。ゆかりと刀侍が侵入しているのなら、もっと様子が違っているだろう。警戒しながら紅嵐達は門をくぐり、本部の敷地内に侵入した。門は開かれており、警報も鳴らず、何の妨害もない。
「妙ですね。萌瑠、あなたの通信機で連絡を取ってみて下さい」
「うん!」
萌瑠は出番が出来たとばかりに「まる」の通話ボタンを押した。これで先程と同様、ゆかりの持つ「ちびまる」にアクセス出来るはずだ。
呼び出し音が鳴る。
「萌瑠!」
萌瑠は突然飛び掛ってきた魅瑠に押し倒され、まるを手放してしまった。
その頭上を、光の弾丸が通り過ぎる。魅瑠が助けてくれなかったら、萌瑠は今頃頭部を貫かれていたかもしれない。ころころと転がるまるが踏み潰され、破壊された。
「ノコノコとよく来たな、イニシエートの怪物ども」
紅嵐達は数十人の警備兵に囲まれていた。監視搭にいた部隊よりも数はなかり少ないが、服装が違う。
「本部に乗り込んでくるとは、いい度胸だ」
「それはどうも」
(どこだ・・・・)
紅嵐は萌瑠の頭を狙った「光の弾丸」の攻撃をしてきた相手を探した。あの弾丸を頭に喰らえば、紅嵐でさえ一撃で即死するだろう。
(!)
一人の男の指先に光る弾が見えた。
(あいつか!)
男の視線の先には魅瑠がいる。
「魅瑠っ!」
紅嵐は慌てて魅瑠の名を呼び、腕を掴んで引き寄せた。
「!?」
その瞬間、紅嵐の肩から血が吹き出た。
(まさか、後ろから!?)
振り返ろうとした紅嵐の足に、正面から飛んで来た弾丸が当たる。
「ぐっ・・・・!」
「先生!」
「一人ではなかったのですか・・・・油断しました」
「よくも先生をっ!」
魅瑠が覚醒する。真っ白な猫又が大きな爪を振り上げて紅嵐を撃った男に向かって走った。
「早い!」
振り下ろされた魅瑠の爪が、男の腕を斬り落とす。男の絶叫が混戦の始まりを告げた。
「力を温存して勝てる相手ではない、覚醒しろ!」
雨竜の声に、全員が覚醒した。雨竜と莉夜は九尾の狐に、水無池姉妹は猫又に、迅雷は雷獣にそれぞれ姿を変える。
「化け物を始末しろ!」
雨竜はまず光の弾丸を放った男を氷漬けにした。莉夜が氷の壁を作り、迅雷が雷を落とす。魅瑠、萌瑠はその素早さを生かした動きで敵をかく乱し、手足の腱を切る。芽瑠はその隙に「まる」を拾い上げてゆかりとの交信を試みたが、先程踏まれた際に壊れてしまっていた。
(戦うしか・・・・ないようね)
「大丈夫ですか、先生!」
魅瑠が天狗に覚醒して立ち上がった紅嵐を心配そうに見詰めた。
「ええ、大したことはありません」
紅嵐の両手の平の中で、空気が渦を巻く。
「はああっ!」
渦は竜巻と化し、私設警察隊員五人を巻き込み、上空へ向かって伸びていった。
「へぇ・・・・」
正門前で繰り広げられる戦いを、空子は本部ビルの玄関から見ていた。
「結構やるじゃない、イニシエートも。けど・・・・」
空子はタンクトップにスパッツと、まるで今からフィットネスクラブに行くような恰好をしていた。たまには運動しなきゃ、と冴に言った言葉をそのまま実践している。
「せっかく美形だったのに、あんな姿に変身しちゃ駄目じゃない、あのリーダー」
空子はウェーブのかかった髪をかき上げ、誰に対してでもなくウインクをした。
「そんなに醜い姿なら、殺しちゃっていいわね」
「・・・・馬鹿な」
憂喜は青い魔力の粒が降り注ぐ中、砕け散った自分の右腕のバスターアックスを見詰めていた。
「・・・・」
透子が防御の為にとっさ出した左腕は、憂喜のバスターアックスには及ばないものの、大きな斧と化して輝きを放っていた。
憂喜が勝利を確信して打ち下ろしたバスターアックスは、透子の左腕のアックスによって粉々に砕け散ったのだ。
「そんな馬鹿なことが・・・・僕のターミネート=ドルグが、あんなちっぽけなソウルウエポンに負けるはずがない!」
「・・・・」
信じられないのは、透子も同じだった。憂喜のバスターアックスが目の前に迫った時、透子は死を覚悟した。だが左手が勝手に動き、その攻撃を受け止め、砕いた。
「みゅうたん・・・・あなた・・・・」
「嘘だ・・・・嘘だ、嘘だ!」
憂喜はソウルウエポンに魔力を注ぎ、再びターミネート=ドルグの右腕を復活させた。
目の前の光景が信じられないのは、春也も咲紅も同じだった。
「今のは何だ? まぐれか? それとも・・・・」
「分かんないわよ、そんなの!」
「まぐれじゃないとしたら、何なんだあの藤堂院さんのソウルウエポンは・・・・」
「一見して分からなかったけど、基本はユーキ君のと同じみたいね」
「ユーキのものより小さな斧で、あの馬鹿でかい斧を・・・・」
「うおおっ!」
憂喜は再びバスターアックスを振り上げ、透子に向かっていった。
「はっ!」
透子が左腕で迎撃する。激突した瞬間、またも憂喜のウエポンが砕けた。
「何故だ!」
再度、ターミネート=ドルグが復活する。その右腕を上げようとした瞬間、憂喜が顔を歪めてその場に膝を付いた。
「くっ・・・・」
「憂喜君!?」
透子がその様子を見て声を上げた。透子の先程の攻撃は、憂喜の体へのダメージにはなっていないはずだ。だが憂喜は苦痛の表情を浮かべている。
「ユーキ君の負けね」
それを見ていた咲紅が立ち上がり、ふらつきながら憂喜の方へと向かった。
「強力なソウルウエポンを操るだけでも魔力を消費するのに、二度も再生すれば魔力が尽きるのも無理はないわ。ユーキ君にはもう反撃する余力はないはず・・・・」
「・・・・まだだ」
だが、憂喜は立ち上がる。
「僕は負けられない。この世の秩序を乱すお前達なんかに、僕が負けるはずはないんだ。お前達さえいなくなれば、このエミネントはいつもの平和な世界になるんだ・・・・」
「やめてユーキ君! それ以上はあなたの体がもたない!」
咲紅の忠告も憂喜には届かなかった。
「情けないぞ、ターミネート=ドルグ! お前はあんなマーダードラゴンに負けるのか!?」
右腕を振り上げる。だがその腕は透子に向かって振り下ろそうとしても動かなかった。憂喜の腕が動かないのではない。ソウルウエポンそのものが攻撃を拒否していた。それはソウルウエポンを支配し、命令している憂喜の魔力が弱くなっていることに他ならない。
「何故、逆らう!」
憂喜の叫びと共にソウル・ユニゾンが解け、巨大なマーダードラゴンが実体化して現れた。
「貴様、勝手にリムーヴするとは・・・・」
マーダードラゴンは透子から逃げるように、憂喜の背後へと隠れた。その目は怯えきっている。
「まさか、怖いのか? あの弱虫ドラゴンに恐怖を感じているのか?」
「ググ・・・・」
「この役立たずめ!」
憂喜の拳がマーダードラゴンの頭部を殴りつけた。二度、三度。拳はドラゴンの硬い皮膚に打ちつけられる。ドラゴンは怯えた表情のまま、無抵抗で殴られ続けた。
「やめて、可哀想だわ!」
それを見かねて透子が叫ぶ。
「可哀想だと? こいつは僕が倒して、武器として手に入れたものだ! 僕の言うことを聞かないのなら存在する価値はない、魂を分解させてやる! そんなドラゴンに怯えるなどという情けない・・・・」
憂喜はそこでハッとなり、透子の纏っているソウルウエポンを見た。
(まさか・・・・)
マーダードラゴンの洞窟で最も巨大だった固体をソウルウエポンとして手に入れた。その後に巨大な親ドラゴンが襲って来たのは、子供を取り返しに来たのだと思っていた。自分が手に入れたマーダードラゴンを。
だがあの親ドラゴンの子が、憂喜が手に入れたドラゴンではないとしたら?
(まさかあの貧弱なドラゴンが、あのドラゴンの子供だったと言うのか? あの巨大な奴は、藤堂院さんのドラゴンを取り返しに来たというのか?)
敗れた憂喜のソウルウエポン。
怯えるマーダードラゴン。
透子の魔力は憂喜より断然弱いにも関わらず、憂喜が負けた。それは透子の持つ「みゅうたん」の魂が、憂喜のドラゴンの魂よりも強いと言うことだ。
「だが何故だ・・・・藤堂院さんの魔力では、僕のマーダードラゴンより強いソウルは操れないはずだ。強いソウルを操作するには、より強い魔力が必要になる。そんなオモチャのようなマジカルアイテムの魔力ごときで足るはずがない!」
「そうかも」
当然、という顔で透子が答える。
「確かにみゅうたんを操るほどの魔力はないと思う。でもね、あたしはみゅうたんを操ったんじゃない。みゅうたんがあたしに力を貸してくれたんだよ」
「何だと」
「みゅうたんが自分の意思で、あたしのソウルウエポンになってくれた。だから操る必要なんかどこにもないんだよ」
「馬鹿な、ソウルウエポンとは使用者が操り、魂を支配して使う武器だ。武器が自らの意思で使用者を守るなど、信じられるか! それに魂がソウルウエポンの形を維持するには相当の精神力が必要になるはずだ!」
「人は守るべきもの・・・・ううん、守りたいものがあれば強くなれる。あたしも最近分かったことなんだけどね」
「守りたいもの・・・・なら、僕にもある。世の中の秩序と正義だ」
「あたしは思うんだけど」
透子は自分の考えをまとめるように、少し間を置いた。
「あたしは自分勝手だからこう思うのかもしれないけど、正義とか秩序とかグローバルで抽象的なことよりも自分の心が一番大事なんだと思うよ、人って」
「しかし、それでは・・・・」
「憂喜君は、何がしたいの?」
「僕は・・・・」
親に「やってはいけないこと」を教わる。学校で正義と悪の定義を教わる。許してはいけないこと、平和を乱す者、倫理に反するもの。
教わったこと、それがすなわち憂喜の信念。
自分がどう思うかなど必要ない。
「必要ないんだ!」
憂喜の蒼い瞳が透子を睨む。
「蒼爪、ソウル・ユニゾンだっ!」
憂喜は右足でマーダードラゴンの頭を踏みつけた。
「もうこんな役立たずはいらない! 蒼爪、やはりお前が武器として最高だ!」
蒼爪は憂喜の頭上でホバリングしている。
「どうした、早くユニゾンしろ!」
「マスター・・・・」
蒼爪の声はいつもより低く、沈んでいた。
「マスターハ私ガアノ『テンダネスハート』ニ負ケレバ、ソノドラゴント同ジヨウニ捨テルノデスカ?」
「な・・・・何を言っている?」
「守リタイト思ウ気持チガ強サデアルノナラ、今ノ私ハアノソウルウエポンニハ勝テナイ。今ノ私ニハマスターヲ守リタイトハ思エナイ」
「そ、蒼爪・・・・」
憂喜は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに目つきが変わり、手の平に魔法の弾を作り出した。
「お前まで僕を裏切るのか! 桜川も、澤崎も、藤堂院さんも、父さんも、蒼爪まで・・・・僕のどこが間違ってるんだ!」
光の弾が大きくなる。透子は「テンダネスアロー」を構え、解き放った。光の矢は正確に弾の中心を射抜く。弾は憂喜の手の中で爆発を起こした。
「ぐあっ!」
憂喜の手が爆発によって裂け、血が飛び散った。
「憂喜君!」
倒れた憂喜に駆け寄ろうとした透子の前に、咲紅が割って入った。
「藤堂院さん、あなたは早く姫宮さんを追って。ここは私が・・・・」
「でも、あたしのせいで・・・・」
「いいから、任せて。治療は得意だから。それに、ユーキ君はあなたに情けをかけて貰いたくないと思うし」
「・・・・ありがとう」
透子の背中に翼が広がった。マジカルフェザーではない、それはあの巨大なマーダードラゴンの翼と似たような形をしていた。テンダネスハート、みゅうたんの翼だった。
(ゆかり、待ってて・・・・今行くからね!)
透子が夜空に舞い上がるのを見届け、咲紅は憂喜の元へと歩み寄った。
「ユーキ君」
残り少ない魔力だが、応急手当なら出来る。咲紅は倒れている憂喜の体に手を差し伸べた。だが蒼く光る半透明のシェルターがそれを拒んでいた。
「ユーキ君、何してるの!? 治療が出来ないじゃない!」
「・・・・お前達の情けは受けない」
「だってユーキ君、治癒魔法が使えないんでしょ!?」
「悪の・・・・仲間になど・・・・なりたくない」
「そんなこと言ってる場合!?」
咲紅は憂喜が張ったバリアを叩いてみたが、手が痛いだけだった。拳に魔力を込めてみたが、結果は同じだった。
「無駄だぜ、桜川」
フラフラと春也が歩いて来た。
「そのバリアはユーキの心そのものだ・・・・誰の干渉も受けない、ユーキの信念の象徴だ。余計な魔力を消費するだけだぜ」
「でも、このままじゃ・・・・」
「犯罪者に助けられるくらいなら、死んだ方がマシなんだろう。放っとけよ」
「でも!」
その時、コツコツという靴音が聞こえてきた。春也と咲紅は慌ててその足音の主を捜す。ショートカットの女の子がそこに立っていた。
「あなた確か、ユーキ君の幼馴染・・・・」
「はい、麻由って言います」
麻由は周りにマジカルバリアを張った憂喜の傍らに座った。
「ここは私に任せて下さい」
「でも・・・・」
「あなたたちにはまだ、することが残ってるんでしょ? 大丈夫、憂喜君の魔力が尽きればマジカルバリアは消えます。それまで待ってますから」
そう言って麻由は微笑んだ。
春也と咲紅はそれぞれ自分を残った魔力で治療し、憂喜を麻由に任せて監視搭を後にした。麻由は憂喜の傍にちょこんと座ったまま、夜空を見上げた。
「綺麗だね」
「・・・・麻由、何故ここに・・・・」
「憂喜君が泣いてたから」
「僕が・・・・?」
「助けて、戦いたくないよ〜って」
「泣いてなどいない」
「うん、そうだね。一生懸命我慢してた」
「・・・・」
仰向けに倒れたまま、憂喜は麻由を見上げた。だが麻由は夜空の星を見たままだ。
「本当は誰とも戦いたくなかったんだよね。春也君とも咲紅さんとも、透子さんとも」
「・・・・何故、そう思う?」
「だって本当の憂喜君は、もっと強いもん」
「迷いがあったというのか」
「それは私が言わなくても、憂喜君自身が一番良く知ってるよね」
「・・・・お前に何が分かるんだ」
「分からないよ。だから知りたいと思うの。誰だって、きっとそうだよ」
「・・・・」
憂喜を覆っていたマジカルバリアが解けた。麻由はゆっくりと手を差し伸べ、血だらけの憂喜の手を取った。
「痛くない?」
「お前、手が汚れるぞ」
「わざわざ言わなくても分かるよ」
麻由の手が光り、憂喜の手に温もりが伝わった。
「私、下手くそだから時間かかるよ。ごめんね」
「・・・・いや」
爆発した憂喜の手が、少しずつ治ってゆく。
「こういうの、初めてかな。憂喜君はいつも完璧で、麻由の助けなんて必要なかったもんね」
「お前に助けられたら余計に事態が悪化するからな」
「あ、ひどい。・・・・でもまぁ、当たってるかな、えへへ」
麻由の額に汗が浮かぶ。憂喜の手の損傷が激しい為、治癒にかなりの魔力が必要だった。
「いつも私が助けられてたもんね」
「そうだったか?」
「私が苛められてた時、助けてくれたよ」
「いつの話だ」
「小学校二年の時と、スクールに入ってすぐ」
「よく覚えているな」
「苛めた方は忘れても、苛めらた方は忘れられないんだよ」
「・・・・そうか」
憂喜もその時のことは覚えている。苛めの対象として、大人しい麻由が標的になっていたのだ。
「憂喜君は強くて、成績優秀で、スポーツも出来て、正義感が強くて。私には雲の上の人みたいだった」
「それがこのザマだ」
「ね、星が綺麗だよ」
憂喜の手はほぼ元通りに復元されていた。それでも麻由は憂喜の手を離さなかった。憂喜もまた、手を振り払おうとはしなかった。
「麻由・・・・僕は間違っていたのか」
「そんなの、難しくて分からないよ」
「麻由はどう思う?」
「憂喜君はどう思うの?」
「同じ志だと思っていた桜川、成績は最低だが悪い奴ではないと思っていた澤崎、信頼していた枯枝、そして藤堂院透子・・・・蒼爪までが僕を裏切った。僕が悪いのか? どこが悪いんだ? なぁ教えてくれ・・・・」
正座していた麻由に憂喜がしがみついてきた。
「ゆ、憂喜君・・・・」
「僕は教えられてきた通りにしただけなんだ、先生の言う通りに、模範解答通りにやってきただけなんだ! 今までずっと教えられた通りにやってきて、みんな僕を褒めてくれたんだ、優秀だね、偉いねって・・・・」
麻由の膝に暖かいものが落ちた。麻由はそっと憂喜の背中を抱いた。
「それが・・・・それが悪いと言うのなら、僕は何を信じればいいんだ? 今までの知識のどれが良くてどれが悪いのか、教えてくれなきゃ分からないよ! 誰か教えてよ! でなきゃ、僕は・・・・僕は・・・・」
「全部分かってる人なんていないよ」
「駄目なんだ、それじゃ駄目なんだ。善悪の判断は完璧じゃないと駄目なんだ・・・・でなきゃ、いい人を殺してしまったり、悪い奴を裁けなかったりしてしまう。だれが教えてよ、僕に! もし僕自身が悪いのなら、僕は自分で自分を・・・・!」
「憂喜君」
麻由の手が抱き付いていた憂喜の肩を持って引き離す。一瞬だけ互いの目が合い、麻由の顔が近付いた。
ぎこちなく、柔らかな感触。
すぐに紅くなった麻由の顔が離れた。
「・・・・法律では相手の同意なくキスした場合は、被害者の届けがあれば犯罪とみなされます」
「・・・・」
憂喜は濡れた目で呆然と麻由を見ていた。
「麻由は有罪ですか、それとも無罪ですか」
「・・・・」
「憂喜君が決めて。憂喜君が、自分で」
憂喜の瞳に映る麻由の赤らんだ笑顔が滲んだ。
49th Future に続く
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