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47th Future 「甘くなければアイスじゃない」
「何だか、異世界っていう気がしませんね」
みここが公園を見渡して感想を述べた。ユタカも同意見だ。
「そうだな、俺達の世界と何ら変わりがない・・・・覚悟して来ただけに、拍子抜けって気がするよ」
だがゆかりに危険が迫っているのは事実だ。ユタカが気を引き締めなおそうと思った時、物々しい警官のような人物が公園内に入り込んできた。
(もう見付かったのか!?)
ユタカはみここを連れて逃げようとしたが、のの美がアイスを買ってニコニコしながら戻って来ようとした時、その警官らしき者に止められた。
(ヤバい、のの美ちゃんが!)
逃げるか助けるかの選択を迫られたユタカだったが、警官の声が聞こえてきた。
「お譲ちゃん、ちょっとそのアイスクリーム、貸してくれるかな」
「どうして? のが買ったんだよ」
「いいからさっさと渡せ!」
警官はのの美からアイスを奪い取ると、大きな注射器のようなものの先端をアイスに突き刺した。
「何するの〜!?」
「黙って!」
注射器に付いたデジタル表示を見て、後ろにいる仲間に声を掛ける。
「おい、脂肪分、糖分共に違反だ。基準値を大きくオーバーしている」
「よし」
警官らはアイスクリームの屋台を取り囲むと、店のおじさんに手錠のようなものをはめた。
「待ってくれ、ゆるしてくれ! もうしないから!」
「ここは無断で店を出してはいけないんだ。それにお前の売っているものは健康に関する基準値を大きくオーバーしている。連れて行け」
「やめてくれ、死にたくないんだ!」
アイスを取られたのの美は、ボーゼンとおじさんが連れて行かれるのを眺めていた。
「何だったんだ、今のは?」
ユタカとみここがのの美の所へ歩いて来た。
「無断で店を出していたのか。しかし死にたくないなんて大袈裟だな、あいつ」
「大袈裟じゃないよ」
のの美がポツリと言った。
「可哀想、おじちゃん」
「おい、まさかあれしきのことで・・・・?」
「アイスってね、法律で決められた作り方じゃ全然美味しくないんだよ。全然甘くないし、ふんわりしてないし。糖分もカロリーも高くて健康に良くないからって、美味しくなきゃアイスじゃないもん。だからあのおじちゃん、違法だって知ってて美味しいアイスを作って売ってたの。美味しくて、のも凄く好きだった。みんなが美味しいって言ってくれるから、笑顔が見たいから作ってるんだって、おじちゃんが言ってた。だから今まで誰も通報しなかったんだけど、きっと誰かが警察に喋ったんだね。犯罪者を通報したら、賞金が貰えるから」
「・・・・そんな」
「一口でもいいから食べたかったな、おじちゃんの最後のアイス・・・・」
ユタカはのの美の肩に手を置き、ポンポンと叩いた。
(これがエミネント・・・・平和の国か)
「のの美ちゃん、お願いだ。一刻も早くゆかりの所に行きたい。案内を頼む」
「・・・・うん」
のの美の垂れた目尻が更に下がっていた。
管理局本部に隣り合うように建っているジャッジメントの建物。ゆかりと刀侍、紅嵐を筆頭としたイニシエート一味、そしてユタカたち。様々な方角、手段で色々な人々が向かっている管理局本部の隣の建物では、鵜川とあずみが脱出の手段を図っていた。もちろん、彼らは皆がここを目指していることを知らない。
「とにかくこの建物の構造と外の様子を知りたいな。このままでは脱出経路も分からない。闇雲に動くのは危険だ」
「そうですね」
鵜川とあずみは冴の叔父をドリームドームに閉じ込めたまま、部屋の外に出れずにいた。部屋を出れば冴の叔父が目を醒ます。逃走経路を把握した上で逃げないことには、すぐに追いつかれるか警報を鳴らされてしまう。
鵜川は部屋の中を見渡したが、あずみを閉じ込めていただけのことはあって、めぼしい物は何もない。部屋の外には冴の叔父の部屋がある。あずみが動くとドリームドームが一緒に移動してしまうため、鵜川はあずみを残して隣の部屋に移動した。
(おっ)
机の上にはコンピュータ端末がある。ドラマや映画等では、これで建物の構造などが調べられることが多い。鵜川は期待しながら電源を入れた。
パスワードロック。やはりこの程度のセキュリティは施している。鵜川は試しに何か入れてみることにした。だがキーを押した途端、画面にメッセージが出た。
指紋が一致しません。
(おまけに指紋チェックか・・・・)
映画やドラマでよくあるパターンでは、ロボットが端末にハッキングして情報を得たりする。
(あずみ君ならもしかして・・・・)
鵜川は隣の部屋からあずみを呼んだ。だがあずみが動くと冴の叔父がドリームドームの範囲から出てしまう。
(まずいな)
鵜川は冴の叔父の足を持つと、ズルズルと引きずって隣の部屋に運び出した。これならあずみが移動してもドームの範囲内に冴の叔父が入る。
「あずみ君、この端末を調べることが出来るかい?」
「どうやってですか?」
「ん? そうだな、このコンピュータを君に繋いで内部からアクセスするとか」
「私、外部機器との接続端子なんてありませんよ」
「・・・・そうか」
「例えばどこかの穴がコネクタになってるかも知れませんけど、挿してみますか? 鼻の穴とか耳とか***とか・・・・」
「あ、あずみ君! 今、単語に修正が入ったぞ!」
「え? 私、何かイケナイこと言いました?」
「いや・・・・君の口は勝手に修正がかかるんだな・・・・凄い機能なのか、馬鹿馬鹿しいのかよく分からない機能だが・・・・」
「ひょっとして***かな? ***、***」
「や、やめないか! な、何を言っているのか物凄く気になるぞ!」
「で、どうします? よしんばコンピュータに繋がったとして、ハッキングなんて無理ですよ。そんな機能ありませんから」
「悪かった、コンピュータが万能なんて現代科学が生んだ神話だったな」
(この建物にどれだけの人がいるのか、それだけでも分かればな。このおっさんはここで寝泊りをしているようだが、他にも同じような人がいるのか、それとも夜は守衛だけなのか)
コツ、コツ。
廊下に響く乾いた音。おそらく誰かの足音だ。
(誰か来た・・・・まずいぞ)
鵜川はあずみを引き寄せ、息を殺した。誰かは分からないが、目的地がこの部屋でなければそのまま通り過ぎてくれるはずである。
(誰だ、こんな夜中に・・・・)
コツ、コツ。その足取りはゆっくりとしていた。鵜川は守衛の見回りかとも思ったが、どうやらハイヒールのような音だ。
「あ、あの、鵜川さん」
「しっ、静かに」
「ちょっと苦しいです・・・・」
「あ」
緊張と恐怖のあまり、鵜川はあずみを思い切り抱き締めていた。
「ご、ごめん」
(アンドロイド相手に何を恥ずかしがってるんだ、俺は)
見ると、あずみも赤くなって俯いている。
「表面温度が上昇しています・・・・」
(行き過ぎてくれ・・・・)
心の中で祈る鵜川だったが、人影がドアの前で立ち止まった。
(・・・・・・・・)
しばしの沈黙。
ドアを開けるでもなく、その人物は立ち止まったままだった。あまりに静かなので通り過ぎたかと半ば希望を込めて思ったが、気を許して物音を立ててしまえば気付かれる。
焦る鵜川の腕の中で、あずみが呟いた。
「お姉ちゃん?」
「なに?」
鵜川はあずみの中にいて、少しはあずみの意識を感じ取っていた。だから冴の存在は知っているし、あずみの前世?の姉だという知識もある。そして強大な魔力を持っていることも。
(まずい、見付かったら命がない)
冴は妹の移し身であるあずみを快く思っていないらしいことは鵜川も知っている。明日になれば殺される(破壊される)ことを知っていて、ここに置いて行ったのだ。
(だが、なぜこんな時間にここに来たんだろう?)
ドアの外では冴が中の様子を伺うように立ち尽くしていた。
(・・・・どうして私、ここに来たのかしら)
あずみを叔父に預けたものの、別れ際の言葉が気になっていた。
お姉ちゃん。
あずみは確かに自分をそう呼んだ。
(藍の記憶? それともプログラム?)
藍は死んだ。そう言い聞かせてもあの言葉は耳から離れなかった。
「?」
暗い廊下で突然、光が瞬いた。
冴の指輪が光る。我に返ったように冴はそれを口元に持っていった。
「冴です」
「冴さん? 空子です」
「あら、何かしら」
「あなた、ジャッジメントにいるのね?」
「どうして分かるの?」
「どうしてって・・・・魔力をビンビン感じるわよ」
「何か用?」
「本部に来て。ちょっと面倒なことが起きてるの。まぁあなたの手を借りることはないと思うけど」
「・・・・? うん、じゃ行くわ」
コツコツとハイヒールの音が遠ざかっていった。
「・・・・」
声も音もしなくなりしばらくした後、鵜川は大きく息を吐き出した。
「はぁ・・・・助かったな」
「・・・・冴さん、どうして私達に気付かなかったんでしょう?」
あずみが手を顎に当て、首を傾げた。
「静かにしていたからじゃないのか?」
「ドリームドームは展開したままです。魔力を感じなかったのでしょうか?」
「そういえば・・・・」
憂喜や咲紅でも魔力を感じる能力を持っている。皆が恐れる冴なら当然その力を持っていそうなものだ。
(気付いていて見逃した、なんてことはないか)
「通信が入ったみたいだったな」
「行くって・・・・冴さん、どこに行ったんでしょうか」
「分からないが・・・・とりあえず俺達は助かったようだね」
鵜川は立ち上がると、冴の叔父を近くにあったロープで机に縛り付けた。ドリームドームを解いてもすぐに動けないようにする措置だった。
管理局本部は四十階建ての高層ビルであり、エミネントの象徴である恵神はその最上階にいると言われている。だがその姿を見たものは一般人の中にはいない。恵神にお目通りが出来るのは、現在では修法だけである。修法は管理局局長であり、彼が恵神からの意思をエミネントの国民に伝えている。
その下には法を司るジャッジメント、世界を調査するオブザーバー、刑を執行するエグゼキューター、それぞれの長がいて、各々が担当するスクールの校長を務めている。
オブザーバーの長は憂喜や咲紅、春也が「チーフ」と呼んでいる井能空子。彼女のオフィスは本部ビルの三十階にある。冴とはかつての同級生であり、親しい間柄にある。その空子のオフィスに冴が姿を現した。
「いらっしゃい。どうしてジャッジメントに?」
「ちょっと散歩よ」
「聞いたわ」
空子は予め用意していたコーヒーカップ二つををテーブルに置いた。
「何を?」
「例のアンドロイド、ジャッジメントに引き渡したって。座れば?」
空子に促され、冴はソファに座った。空子は冴の対面に座る。
「で、話って? そのアンドロイドのこと?」
冴は出されたコーヒーを一口飲み、空子に話を促した。
「まず一つ。このエミネントに、姫宮ゆかりが入り込んだわ」
「鷲路君が処分したっていう?」
「更に澤崎君も一緒よ。信じられないことに枯枝君も澤崎君と手を組んでいると連絡があったわ」
「誰から?」
「鷲路君から。彼は今頃、澤崎君を本当に始末する為に監視塔に行っているわ。そしてもう一つ。イニシエートが数名、このエミネントに現れたっていう話よ」
「まさか」
「私も信じられないけど、事実らしいわ。姫宮ゆかりの仲間らしいわよ」
「・・・・」
空子の話を聞き、冴は長く美しい脚を組んだ。
「長いエミネントの歴史の中で、最も由々しき事態ね。澤崎君といい枯枝君といいイニシエートといい・・・・そこまで動かす力を持つ姫宮ゆかりとは一体何者なの?」
「あなたをここに呼んだ意味、分かるでしょ?」
「エミネントの国民を混乱させてはいけない。騒動を起こすことなく平和を乱す者を速やかに消さなければならない。それを私にやって欲しいってこと?」
「いいえ、その役目は私がやるわ。あなたが出なければならない事態にはならないと思うけど。あなたにはこの本部ビルを、恵神様を守って欲しいの。修法様のお手を煩わせるわけにはいかないでしょ? 他のマスターを呼ぼうとも思ったんだけど、あなたが近くにいたから任せちゃっていいかなと思って」
「それはまぁ構わないけど、あなたが直々に出向くの? そんなに大袈裟なもの?」
「大袈裟でも何でも、早く済めばそれに越したことはないわ。鷲路代議士からも頼まれているのよ、速やかに姫宮ゆかりと澤崎春也を消してくれって。二人は息子が片付けたって公表した手前、生きていることがばれると困るらしいわ」
空子が立ち上がる。
「それに私も、たまには運動しないとね。太っちゃうわ」
「運動になればいいけど」
冴と空子は互いに目を合わせて、微笑んだ。
「それにちょっと興味があるしね、姫宮ゆかりって子に」
空子は眼鏡を取り、机の上に置いた。そしてそのまま窓の近くまで歩いて行き、下を覗き込む。
「来たようね」
空子は窓を開け、地上三十階の高さから夜の空へ身を躍らせた。その瞬間、空子の姿が消える。一瞬にして空子の体は本部ビルの正面玄関の前に出現した。空間転移である。
ここ管理局本部ビルの内部は、空間転移魔法が使えない。エミネントの中心であるこの建物は外部からの侵入を決して許してはならない重要施設であるため、転移で簡単に内部に入られては困るので結界を張っているのだ。結界に触れた者はマジカルトラップにかかり、絶命の危険すら有り得る。空子とて例外ではなく、建物内での転移は禁止されているので、手っ取り早く玄関前へ移動するには窓から外へ出て転移するのが一番早い方法だった。
市街地に入ったゆかりは、一見自分達の世界と同じようなビルが立ち並んでいるように見えたが、どこか違和感を感じていた。建物から聞こえてくる音楽、人々の足音、会話。だが妙に静かな感じがする。
(そっか・・・・車が走ってないんだ)
道路は広いが、走っているのは自転車が多い。自動車やバイクは走っていなかった。この辺りは歩行者天国なのかと思ったが、どこまで行っても自動車を見かけることがなかった。不思議に思ったゆかりは刀侍に聞いてみた。
「車など走っていないでござる」
「どうして?」
「公害の元になるからと、かなり前に法律によって乗ることも作ることも売ることも出来なくなったのでござる。走っているとすれば、警察の車や救急車、消防車等でござるな。一般車が走ればすぐに捕まるでござるよ」
説明していた刀侍が立ち止まり、高層ビルを指差した。
「あれが本部ビルでござる」
「高いねぇ」
「あの一番上の階に恵神様がおられるという話でござるが・・・・」
刀侍はいつも着物なのだが、今はジーパンにトレーナーである。何故かと言うと、既にゆかりと刀侍は指名手配されている可能性があるため、いつもの侍ルックだと目立って仕方がないからとゆかりが勝手に魔法で服を作って着せたからであった。
ちなみにエミネントでは生産品(食料、衣類、電気製品等)を魔法で作り出すことは禁じられている。生産と消費がなければ経済が成り立たないという理由から定められた法律である。つまり、ゆかりはエミネントにとっての犯罪をここでも犯したことになる。
「ゆかり殿」
刀侍はゆかりに向かって手招きし、小声で話し掛けた。
「今一度確認するでござる。ゆかり殿は覚悟を決めておられるか?」
「覚悟・・・・?」
「これから拙者達がしようとしていることは、このエミネントにとっては重大な犯罪でござる。何と言っても最重要施設の管理局本部ビルに乗り込もうというのでござるからな。必ず妨害もあるはずでござるし、命を落としても文句は言えないでござる」
「・・・・」
不安な表情になるゆかり。
「戦いも避けられぬかもしれないでござる。それは拙者が出来るだけ避けるようにするつもりでござるが、何と言っても本部ビル、妨害はもちろん覚悟しなくてはならないはずでござるゆえ・・・・」
「ござるゆえ?」
「戦ってまでゆかり殿の正義を貫く意思があるかどうか。それを確かめたかったのでござる。拙者はもちろん、ゆかり殿の行動を悪いことだとは思えないのでこうして力を貸しているでござる。正義も悪も全て恵神様の意思一つで決定するこのエミネントでは、恵神様に直訴する以外にゆかり殿を救う道はないでござろう」
「ゆかりは・・・・ゆかりは戦う気なんてないよ」
「そうは言われるが、ゆかり殿」
「だってゆかりはメグミさんにお話があるだけだもん。最初から戦う気で行ったら駄目だと思うんだ」
「それはそうかもしれぬでござるが」
ゆかりは不思議に思っていることがあった。自分達は現在、犯罪者である。自分達を捕らえようとあれだけの人数がメビウスロード監視搭にいたのだから、当然管理局はゆかりと刀侍がエミネントに乗り込んで来たことを知っているはずだ。逃走して市街地に向かったことも連絡が入っているだろう。だが市街の様子を見ると、穏やかな夜の街である。犯罪者が現れたのだから、もっと物々しい警戒態勢に入っていてもおかしくない。
ゆかりはふと刀侍の顔を見上げてみた。表情が強張っている。
「刀侍さん?」
「何でござる?」
「何かあったの? 怖い顔して」
「何かあった時は既に遅いでござる」
「?」
「ゆかり殿・・・・拙者は管理局の中でも『エグゼキューター』と呼ばれるクラスに所属しているでござる。まだ入ったばかりで任務にはまだ就いていないでござるが」
「エグゼ・・・・何とかって?」
「執行者、という意味でござる。オブザーバーが調査し、ジャッジメントが判断し、エグゼキューターが裁く。つまり犯罪者と認定された者を罰する役目でござる」
「罰する・・・・」
「言ってしまえば殺すということでござる」
「刀侍さんて殺し屋?」
「まぁそんなものでござる。拙者はスクールで腕の立つ殺し屋を何人も見てきたでござる。目標に気付かれずに暗殺する技術も持っているでござる。つまり、一見平和そうな街でもいきなり斬られることも有り得るのでござるよ」
「ひぇっ」
ゆかりは刀侍の腕にしがみついた。
「本来なら物々しく警察が拙者達を探し回っているはずでござるが・・・・今宵は静か過ぎるでござるな」
罪を犯した者は、現行犯であればすぐに抹殺される。それはたとえ商店街のど真ん中であっても、学校の教室であっても同じことだ。人々は犯罪者が管理局によって排除される光景を目の当たりにし、管理局の力に畏怖を感じ、自分自身に決して犯罪は起こしてはならないという戒めを科し、またこの世から犯罪者がいなくなる安堵を覚える。だから警察は出来るだけ物々しく出動することで、人々への威圧と安堵感を増幅されるのだ。
だがこの街には、管理局がゆかりと刀侍を捜しているような素振りは全くない。そこが刀侍には不思議だった。
その理由は鷲路代議士にある。憂喜の父は管理局に対して多額の寄付を行っており、ある程度の顔が利く。今回、憂喜が抹殺したと発表した姫宮ゆかりと澤崎春也が生きていると分かれば虚偽の報告をしたことになるから二人の存在を隠し、隠密に抹殺して欲しいという鷲路代議士の頼みを管理局が聞き入れる形となっていた。管理局がその頼みを聞き入れたのは、たった二人ならすぐに片が付くと思っているからだ。市街地に警察が出動していないのは、市民に知られては困るというのもあるが、ゆかりと刀侍が本部に向かっているのが確実であるなら、本部で待ち構えていれば良いという考えから来るものだった。本部の周りは完全な報道規制と完璧なセキュリティで守られている。ここで何が起きようが市民には知られることなく処理することが出来る。
よって、ゆかりと刀侍は誰にも邪魔されることなく本部に辿り着ける、はずだった。
「ゆかり殿!」
刀侍がゆかりの腕を持ち、引き止めた。
「え?」
「まずいでござる・・・・」
刀侍の魔力サーチ能力は、本部前に陣取る管理局の私設警察部隊を感じ取っていた。監視搭にいた人数より少ないのでそれ自体は問題ではないが、その中に刀侍が恐れる人物の魔力を感じたのだった。
「まさかミス井能が自ら・・・・」
刀侍もスクールで教わったことのある井能空子。彼女は本部詰めなので当然予想出来た事態ではあるのだが、刀侍は予想していなかった。予想したくなかった。
(正面突破は無謀でござるな・・・・自殺行為でござる)
「ゆかり殿、少し回り道をするでござるが、よろしいか」
「え? う、うん」
地理の分からないゆかりは刀侍だけが頼りなので、付いて行く以外にない。
「ではこちらへ」
刀侍は元々正面から入るのは無謀だと思っていたが、空子がいるのなら尚更だ。本部の敷地は広く、別の場所から入るとなるとかなり遠回りになるが、それは仕方のないことだ。尤も、正面を避けたからといってスンナリ入れるはずもないのだが。
刀侍の魔力サーチ能力は空子よりも優れている。自分達が本部に近付いていることは相手に気付かれてはいないはずだった。
48th Future に続く
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