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タイトル


 42th Future 「食事に涙は似合わない」


 張り切って出発した「ゆかり&春也捜索隊」だったが、ミズタマ、チェック、のの美の魔力サーチ能力では富士の樹海まで探査することは出来ず、結局何の収穫もないまま日が暮れようとしていた。
 当のゆかりと春也は、樹海の火事を逃れ、追っ手の刀侍に今までの経緯を話していた。刀侍は途中で口を挟まず、ただじっと目を閉じたまま春也の話を聞いていた。
「・・・・と言う訳だ」
 春也が話し終わっても、刀侍は何も言わず、目を閉じたままだった。ひょっとして寝てるのか?と春也が思った時、刀侍が目を開いた。
「良く分かった」
「寝てたのかと思ったぞ」
「ゆかり殿はトランスソウルがエミネントの物だとは知らなかった。自由に使ってもいいものだと思っていた。イニシエートが悪い奴らだとは知らなかった。だから助けた」
「イニシエートは悪い人達ばかりじゃないよ!」
 ゆかりが抗議した。
「知らぬからと言って、全て許されるとは限らない。知らないことそれ自体が罪になることもある」
「エミネントがイニシエートと敵対してるってことを知らなかったゆかりんが悪いってことかよ?」
 身を乗り出した春也を片手で制すと、刀侍は再び目を閉じた。
「我々が知らないこともあるということでござる・・・・確かに我らは昔から『イニシエートは悪』と教わってきて、今まで疑問を持つことがなかった。イニシエートの者と直接会ったことも話したこともない。教えられてきたことをそのまま信じてきただけでござる。悪いと言われて信じるなら、悪くないと言われればそれも信じられる。教科書に書いてある、教師に教わる歴史よりも、直接彼らと触れ合っているゆかり殿の言っていることの方がよほど信憑性がある」
「俺もトージと同意見だ」
 頷く春也を見て、ゆかりが嬉しそうに立ち上がる。
「だ・・・・だったら、ゆかりは逃げなくてもいいんだよね?」
「いや・・・・俺達が何を言っても無駄だぜ。上の奴らは頭が固い。憂喜も含めてな。咲紅は・・・・悩んでるみたいだったな。あいつ頭がいいから、今までの考えを切り替えられないんじゃないか。俺達みたいに単純じゃないからな」
「春也殿、拙者を単純の仲間に入れないで欲しいでござる。拙者は柔軟性があるのでござる」
「物は言いようか」
 日が落ちかけ、辺りが薄暗くなって来た。三人は取り敢えず薄気味悪い樹海を抜けることにした。
「ゆかりが悪くないって分かってくれたら、澤崎君やお侍さんの罪もなくなるの?」
「そう簡単じゃないだろうな・・・・管理局に逆らったわけだし」
 それにしてはお気楽な春也の喋り方だった。
「拙者はいざとなれば、お主等を管理局に引き渡せば済むでござる」
「そんなこと本気で考えてる奴が、口に出して言うかよ」
「それも裏をかいているのでござる」
 はっはっは、と笑う二人。
「・・・・ねぇ、どうしてそんなにお気楽なの?」
「何だろうな? 心が軽いって気がするんだよ」
「拙者もそんな感じでござる」
「ふ〜ん・・・・」
 どうやら樹海を抜けたようで、舗装された道路に出た。
「ねぇ、きっと話せば分かってくれると思うんだ」
「どうかな、み〜んな頭が固くて教えられたことしか信じないぜ」
「その教えてる人を説得すればいいんだよ」
「教えてる人? 学校の先生とか?」
「ううん、エミネントで一番偉い人」
「一番って・・・・」
 春也と刀侍は顔を見合わせた。
「一番偉いって言うと・・・・やっぱ恵神様か?」
「メグミちゃん?」
「ちゃんって言うな! 恵神様は神のようなお人なんだぞ。いや、神だ。恵神様に会うなんて、まして話すなんて無理だ」
「どうして? その人、実際にいる人なんでしょ?」
「どうしてって・・・・」
「ゆかり、その人と話がしたい。きっと分かってくれるはず」
「しかし・・・・」
 春也も刀侍も、渋い顔をしている。恵神様は雲の上の存在であり、一般人が会えるお方ではなかった。
「その人が分かってくれたら、みんなも分かってくれるんでしょ? 一番手っ取り早いじゃない」
「一番手っ取り早いかもしれないが、一番無謀だ。恵神様は管理局本部におられるが、本部に近付くことさえ難しいでござる」
 刀侍はそう言った後、同意を求めるように春也を見た。
「春也殿?」
 春也は笑っていた。
「面白いじゃねぇか。恵神様に直談判・・・・誰もやったことがねぇぞ、こりゃ」
「おい春也殿、気は確かでござるか?」
「確かも何も、今までがどうかしてたような気がするぜ。やるか、ゆかりん」
「おい、春也殿!」
「それにはトージの誰にも負けない脚が必要だ。な?」
 ポン、と刀侍の肩に春也の手が置かれる。
「何が『な?』でござるか!」
「いいんだよ。俺は一回死んだようなもんだ。お前も命より大事な刀が台無しになって、怖いものなんかないだろ?」
「命を大切にするでござるよ!」
「気持ちだけでいいよ」
 ゆかりの言葉に、春也と刀侍の動きが止まった。
「ゆかり一人で行くから。あ、エミネントまでは送ってね」
「何言ってるんだ? 一人で本部に乗り込めるわけないだろ」
「乗り込むって・・・・ゆかりはお話しするだけだよ。ちゃんと手続きをすれば会ってくれるんじゃないかな」
「ゆかりん、それは余りにも楽天的・・・・」
「はっはっはっは!」
 刀侍が大声で笑った。
「ト、トージ?」
「そうでござるなぁ、ゆかり殿の言う通りでござる。拙者達は力づくしか考えていなかったでござるよ」
 そう言いながら刀侍は石の上に座り込む。
「問題はどうやってエミネントに戻るかでござるが・・・・とにかく今は春也殿の魔力とゆかり殿の持つトランスソウルの魔力を回復させることでござる」
「そうだな・・・・それからエミネントに戻る方法を考えよう」
 春也も刀侍の隣に腰を下ろした。
「ゆかり、お腹空いたよ〜」
 ゆかりがお腹を押さえる。だがお金は持っていないし、魔法で出すにも魔力が足りない。
「これで良ければ」
 見かねた刀侍が、懐から何かを取り出した。小さくて丸い物体だ。
「何それ?」
「兵糧でござる」


 一方、ゆかり&春也捜索隊は何の手がかりも得られぬまま次の日を迎えた。学生組は学校に行き、それ以外のメンバーは朝から捜索を開始していた。学生組も学校を休んで捜すと主張したが、校長である巳弥の祖父に戒められ、大人しく授業を受けた。
 そんな訳で学校が終わるまで、のの美&ユタカ、ミズタマ単独、巳弥の祖父&チェックの三チームで捜索に当たっていた。
「スパゲッティーおかわりぃ!」
 のの美の前に次々と空になった皿が置かれる。のの美が「お腹空いた」と言ったのでファミレスに入ったのがユタカの失敗だった。
「そろそろ・・・・いいんじゃない?」
「まだ食べられるよ」
「食べられる、じゃなくて遠慮してくれよ!」
 ユタカの持ち合わせは一万円ちょっとだったが、のの美の腹に全て入ってしまいそうだった。
「ゆかりを早く捜しに行きたいんだよ」
「のだってお兄ちゃんを捜したいけど、腹が減っては戦ができないのだ」
「できないのだって・・・・パカポンのパパかよ」
 だが食べているのの美の顔が幸せそうなので、強く言えないユタカだった。
(ったく、あの腹のどこにこれだけの料理が入ってるんだ、全く・・・・どこか異次元にでも繋がってるんじゃ・・・・)
 異次元というキーワードに、ユタカの頭が反応した。
「のの美ちゃん! どうやってこの世界に来たんだ?」
「もちろん、メビウスロードを通ってだよ」
「それはどうやって作るんだ? そのメビウスロードとかを作り出す機械があるのか? 魔法で作るのか?」
「う〜んと、機械かな?」
「それを作る機械を持ってるのか?」
「無理だよ、凄く大きいんだよ。お兄さんに作って貰って来たの」
「そ、そのロードは?」
「まだ開いてるよ。だってのが帰る時に必要だもん。帰ったら閉じちゃうけど」
 スパゲッティ・ミートソースが運ばれて来て、即座にのの美が飛びついた。
「定員とかあるのか?」
「ふぁいふぉ」
「・・・・それ、食べてからでいいから」
 口いっぱいにスパゲティを頬張りながら答えようとするのの美を見かねてユタカが言った。このまま喋らせると、のの美の口からミートソースが飛んで来る。
 ユタカの携帯電話が鳴った。偶然にも着メロは「乙女、パスタしちゃいました」だった。通話ボタンを押し、通話状態にする。
「もしもし」
「あ、山城です。学校、終わりました」
 みここの甲高いアニメ声が聞こえてきた。
「それじゃ合流しようか・・・・」
 ユタカはのの美を見たが、まだスパゲティと奮闘中だった。のの美はよく喰うが、食べるのはさほど早くない。
「取り敢えず駅前のファミレス『カインドリー』にいるから、来てくれるかな」
「はい、分かりました」
 ガシャンという音と共に通話が切れた(みここは携帯電話を持っていないので、公衆電話から掛けてきた)。
 ケータイをポケットに入れ、コーヒーを飲む。
(しかし何だな・・・・ファミレスで女子中学生と待ち合わせなんて、援助交際みたいだ・・・・事実は違うので後ろめたさはないが、何となくドキドキするな)
 ユタカの目の前では、のの美が口の周りにミートソースを付けながら食事を続けている。
(こっちは色気も何もないな・・・・ま、お子様だから仕方ないが)
「のの美ちゃんて、いくつ?」
「んう?」
「何年生かな?」
「のは十五歳」
「ふ〜ん、十五か・・・・って嘘だろ? どう見ても小学生だぞ!」
 この年頃の女の子は、自分を大人だと思わせたいんだなとユタカは思った。
「嘘じゃないよ」
「だって兄貴がゆかりと同じクラスだぞ? 中二なら十四歳だ。妹の君が十五なわけないじゃないか」
「それはお兄ちゃんが歳を誤魔化して潜入するためについた嘘だよ。お兄ちゃんは十六歳」
「ゆかり達のクラスに入る為の嘘ってことか・・・・しかし君は十五には見えないぞ。巳弥ちゃんやみここちゃんより上ってことだぞ?」
「・・・・」
 のの美に睨まれ、ユタカは気付いた。
(しまった、気にしてたのか。そうだよなぁ、この年頃の女の子は大人に見られたいんだって自分で思っていたくせに、配慮のない発言をしてしまった・・・・)
「ご、ごめんな」
「・・・・」
 何も言わず、のの美は黙々と食べ続けた。
(気まずいなぁ・・・・機嫌を損ねたか。そうだよな、言われてみれば十五歳に見え・・・・ないな。どう見ても十一か十二ってとこだぞ)
 気まずい雰囲気の中、ユタカは窓の外に目を移した。中学生か高校生のカップルが腕を組んで歩いている。
(ゆかりはどうなんだろうな・・・・最近、変身した姿しか見ていないが。やはりある程度歳を取れば、今度は若く見られたいって思うんだろうな。ゆかりの奴、段々と中学生がハマって来て、周りは同年代の友達ばかりで・・・・俺、何だか仲間外れな気がするよ。おまけに俺に黙ってイニシエートに行って、エミネントに追われて・・・・俺だって、ゆかりの為に何かしたいんだぞ。なのに・・・・)
 チラっとのの美を見たが、やはりまだ喰っていた。
(魔力サーチが出来るからと甘い顔をしていたが、何で俺がこの子の面倒を見なきゃならないんだ? くそ、組み分けしたのはこの俺だ。確かに可愛い、それは認める。だが女の子としての魅力がない・・・・いや、違う違う。そんな話をしているんじゃない)
 思考の内容が逸れたので、ユタカは首を振った。
(ゆかりは今、澤崎と一緒にいるんだぞ。あいつはゆかりに気があった。二人きりにさせておいて、ゆかりに何かあったら・・・・はやまるなよ、ゆかり。そいつはお前より一回りも下のガキなんだからな!)
 段々とユタカの脳内で話題がズレてゆく。
(くそっ、こんなことしてる場合じゃないんだ!)
「おい、そろそろ行くぞ!」
 ユタカはまだ食べているのの美に強い口調で言った。
「え、でもまだ残ってるよ」
「それだけ喰ったら充分だ! 早くゆかりを捜しに行くぞ!」
「これ食べるまで待ってよ〜」
「もういいじゃないか、そんなもの! この状況でよく喰ってられるよな、兄貴が心配じゃないのか? ないんだろうな、幸せそうな顔でゆっくり味わって喰ってるんだもんな! 俺なんか夕べはほとんど寝られなくて、夜中でも捜しに行こうかと思ってたんだぞ! それなのに・・・・」
 ユタカの口が止まったのは、のの美の目にみるみる涙が溜まってゆくのを見たからだった。それはすぐに飽和状態を超え、のの美の頬を伝って落ちた。
「のだって、お兄ちゃんのこと心配だもん」
「お、おい」
 ユタカがうろたえていると、そこにみここがやって来た。
「お待たせしまし・・・・ふにゅ、ユタカさんがのの美ちゃんを泣かしてる・・・・」
「あ、いや、これは・・・・」
「のだって心配だもん!」
 涙が溢れ出た。
「心配だけど、お兄ちゃんは『絶対に泣くな、幸せが逃げるぞ』『お腹が空いたら元気が出ないぞ』っていつも言ってたもん! のは食べてる時が一番可愛いって、幸せそうだって、だから泣かないようにいっぱい食べて、お兄ちゃんに心配かけないようにって、元気になったらお兄ちゃんを捜す力も湧いてくるし、だから、だから・・・・」
「わ、悪かったよ、ごめんな、ごめん! 言い過ぎた! だから泣き止んでくれよ」
 手を合わせ、頭を下げて平謝りするユタカだった。彼は泣く子には勝てない、典型的人種である。
 そっと、のの美の肩に手が回された。みここの手だった。
「大丈夫だよ」
「ぐすっ、ぐすっ・・・・」
「二人共、きっと無事だから。だから元気になって捜そうね」
「・・・・うん」
 みここの胸に抱かれ泣き止むのの美を見て、羨ましいと思うユタカだった。


「ふむ」
 前を歩いていた刀侍がいきなり立ち止まったので、ゆかりは危うくぶつかるところだった。
「どうしたの?」
 三人は睡眠を取り、魔力を回復させてから取り敢えず卯佐美市に戻るべく移動していた。徒歩では気が遠くなる道のりだが、エミネントに行く手段がなければどうしようもないので、そのアイデアを考えながら焦らずゆっくり帰路を歩いていた。刀侍が立ち止まったのはその途中である。
「これはまさか・・・・しかし、何故?」
「何だ、トージ。何か感じたのか?」
 只ならぬ刀侍の反応に、春也が問いかける。刀侍は目を閉じ、遠くの音に耳を澄ませているかのような素振りだった。
「間違いない、春也殿の妹君でござる」
「何だって? のの美がまた来たのか?」
「妹さん? また来たって・・・・?」
 以前にのの美がこの世界に来たことを知らないゆかりに春也が説明する。
「のの美が来たってことは、メビウスロードが開いているってことか?」
「往路があれば復路もあるはずでござるからな。おそらく春也殿を捜しに来たのでござろう」
「だが、俺は指名手配中のはず・・・・当然、妹ののの美も自由には動けないはずだぞ。どうやってメビウスロードを通って来たんだ?」
「それは後で聞けばよかろう」
 刀侍の足元にムカデが現れた。ゆかりが叫びながら飛び退くと、ムカデが光の中に溶け、刀侍の足を包んだ。
「ソウル・ユニゾン、飛脚」
 刀侍は両肩に春也とゆかりを担ぎ上げた。
「おいトージ、重くないか?」
「朝飯前でござる。舌を噛むゆえ、喋ってはならぬぞ。いざ!」
 飛脚が光を発し、刀侍は二人を担いだまま猛スピードで山の中を駆けて行った。
 陽は既に山の向こうへと傾きかけていた。


「ほえ」
 一方ののの美も、その魔力に気付いていた。
「何だこりゃ」
「どうした、のの美ちゃん」
「凄いスピードでこっちに来る・・・・この魔力、知ってる・・・・」
「何か感じたのか? 澤崎か? ゆかりもいるのか?」
「分かんない・・・・違う魔力」
 ユタカとみここはのの美の魔力サーチを頼りに卯佐美市から離れ、郊外に来ていた。もう陽が沈みかけている。ユタカが焦っていたところに、のの美が何かを感じて立ち止まった。
「違う魔力って、まさか敵!?」
「来るよ!」
「だから何が!?」
「避けて!」
 ぶあっ、という突風が吹いた。
「うわっ!?」
「ふにゅ〜!」
 ユタカは飛んで来る砂埃の為に腕で顔を覆い、みここは舞い上がるスカートを両手で押さえた。
「何だ・・・・?」
 砂埃の中、三つの人影が見えた。
「お兄ちゃん!」
 のの美が人影に駆け寄る。
「のの美!」
 春也とのの美はぶつかるように抱き合った。そして・・・・。
「ゆかり!?」
「ユタカ!」
 ユタカがゆかりに駆け寄る。両手を広げてゆかりに向かって走って行ったユタカを、ゆかりは紙一重でかわした。結果、ユタカは砂の上に顔から突っ込んだ。
「逃げるのかよ!」
「だって、つい反射的に・・・・」
 鼻血を出しているユタカに駆け寄り、ゆかりはハンカチを差し出した。ユタカはハンカチを受け取らず、ゆかりを抱きしめた。
「や〜ん、鼻血が付く〜!」
「そのくらい、付けさせろ! 心配かけさせやがって!」
 ゆかりを抱く手に力が入る。
「心配・・・・したんだからな・・・・」
「うん、ごめんね・・・・」
 ゆかりもユタカの背中にそっと手を回した。その様子を見ていた春也は、ちょっと切ない気持ちになる。
「お兄ちゃん?」
「あ、ああ・・・・元気だったか、のの美」
「うん、美味しいものいっぱい食べたよ」
「そっか、良かったな」
 春也に頭を撫でられ、のの美は恥ずかしそうに笑った。



43th Future に続く



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