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タイトル


 39th Future 「巳弥の決意」


 時間は少し遡る。
 岸壁の一部が海に崩れ落ち、海岸線の形が変わってしまったこの場所は、爆発音や叫び声が聞こえていた先程までとは打って変わって岸壁に打ち付けられる波の音だけが聞こえていた。
 透子がゆかりを射抜き、巳弥とユタカを海に落とした場所。春也が矢に射抜かれたゆかりを助けようと、空間転移した場所。透子が憂喜や咲紅達に「仲間にして欲しい」と言ってエミネントに行ってしまった場所。
 その崩れ落ちた断崖から少し離れた場所には、小さな洞穴があった。
「くそっ!」
 ユタカが岩を拳で殴った後、痛そうな顔をした。
「藤堂院さんが裏切るなんて! あんなに自分勝手だとは思わなかったぜ、畜生!」
 ビショ濡れのユタカが髪から水を撒き散らせつつ叫んだ。同じくズブ濡れの巳弥は岩の上に座り、髪を手櫛で整えている。
「ユタカさん」
「ゆかりだけじゃなく、俺達まで・・・・くそっ、俺達の命なんて、何とも思っちゃいねぇってのかよ! 自分さえ助かればそれでいいのかよ!」
「ユタカさん、落ち着いて」
「巳弥ちゃんはよく落ち着いていられるよな! あの裏切り者、今度会ったら・・・・」
 巳弥は立ち上がると、ユタカに向かって歩いて来た。
「ユタカさん、ごめんなさい!」
「あん?」
 パシーン、と水に濡れていることも手伝って、なかなかいい音が洞窟の中に響いた。だが音の割には威力がない。
「み、巳弥ちゃん?」
 殴られる前に謝られるのは、ユタカにとって初めての経験だった。
「本気で思ってるんですか?」
「な、何を?」
「透子さんが本気でゆかりんを殺すわけないじゃないですか!」
 ビショ濡れでよく分からないが、巳弥は泣いているようだった。それを見てユタカは自分が泣かせたのかとうろたえてしまう。
「え、えっと・・・・」
 焦るユタカにもう一度謝って、巳弥は岩に座り直した。
「透子さん、可哀想」
「な、何だよ? 巳弥ちゃんも見ただろ? 藤堂院さんがゆかりの胸を矢で・・・・それに俺達だって・・・・」
「透子さんが本気で私達を殺そうとしたなら、どうして崖が崩れ落ちる瞬間に私達を縛っていたマジカルロープが解けたんですか?」
「え? えっと、何故かな」
「透子さんは私達を逃がしてくれたんですよ。死んだように見せかけて」
「ええ? だって現に俺達、死に掛けたじゃないか」
 崩れ落ちる断崖と共に落下した巳弥とユタカは、巳弥が広げたマジカルハットに包まれて荒れ狂う海に落ち、命からがらこの洞窟に辿り着いた。
「それは私がもう少し上手にやってたら、危険度が少なかったはずなんです」
「だってさ、あれは巳弥ちゃんの機転だろ? マジカルハットがなけりゃ溺れ死んでるぜ?」
「ユタカさん、透子さんの言葉を聞いてなかったんですか? その帽子がもっと大きければあるいは助かったかもねって、相手にバレないか冷や冷やしてました、私。おまけに私は魔法が使えないし、イニシエートの血も引いていないような言い方で、ここから落ちたら到底助からないって相手に思わせてくれた」
「そ、それじゃゆかりは? 藤堂院さんの放った矢は、完全にゆかりの心臓を射抜いてたぜ!?」
「ユタカさん、横から見ていて分からなかったんですか? あの矢の刺さり方なら、背中まで貫通していないとおかしいんです」
「え? いや、そこまでは見ている余裕が・・・・つまり、どういうこと?」
「これも分かり易くてばれないかと心配だったんですけど・・・・ゆかりんが好きな詩の一部だって透子さんが言った言葉がありましたよね」
「あんな詩、知らないけど」
「それはそうですよ、透子さんのアドリブですから。えっと、細かくは覚えてないんですけど・・・・『妖精が舞い降りた月の夜、天使の放った矢は私のハートを貫いた。その瞬間、矢は消えて私は恋と言う名の海に落ちました』みたいな感じだったと思います」
「よく覚えてるね」
「天使はつまり透子さん。透子さんの放ったライトニングアローがゆかりんのハート、心臓を貫いた。その瞬間に矢は消えた。透子さんはそれまでに何度も言ってましたよね。ライトニングアローは魔法で出来ている。どれだけ避けても確実に心臓に当たるって」
「わざわざ左右を間違えたゆかりに訂正を入れてたな」
「妖精が舞い降りた月の夜。そのまんま、フェアリーナイト・ムーンです。魔法で出来た物を魔力の粒に分解してしまうフェアリーナイト・ムーンを心臓の前に作っておけば・・・・」
「その瞬間、矢は消え失せる・・・・」
「分解の早さがライトニングアローの速度に追いつくのか、それだけは賭けだったかもしれませんが」
「おいおい、それじゃ賭けに負けてたらゆかりは・・・・」
「きっと今までのフェアリーナイト・ムーンの性能を見てきて、透子さんには確信があったんだと思います。とにかく矢はゆかりんに刺さる前に分解されました。背中まで貫通していないのがその証拠です」
「恋と言う名の海に落ちました、ってくだりは、もしかして・・・・」
「多分、透子さんは私達と一緒にゆかりんも崖の下に落とすつもりだったんだと思います。『恋と言う名の海に落ちました』は『故意に海に落とす』と言う意味だったのかもしれません。でも・・・・」
「澤崎君がトチ狂ってゆかりと一緒にどこかにワープしてしまった・・・・」
「はい」
「しかしそんな作戦、よくゆかりが分かったな」
「誰かさんと違って、ゆかりんは透子さんを信じてますから」
「はぁ・・・・」
 ユタカは岩の上に座り込み、ガックリと項垂れた。
「死に掛けて頭に血が登っていたとはいえ、藤堂院さんを疑ってしまうなんて・・・・」
「透子さんは私達が死んだと思わせて、一人でエミネントに乗り込んだんです。何の為なのか理由は分かりませんが・・・・さらわれたあずみちゃんの救出に行ったのかもしれません。目の前で連れて行かれて、責任を感じていましたから」
「そうか・・・・」
(俺がもっと頼りになる男だったら、藤堂院さんにそんな危険なことはさせないのに・・・・今、俺に出来ることは何だ? 考えろ、相楽豊。巳弥ちゃんのブラが透けてるからって、萌えてる場合じゃないぞ・・・・まず、ゆかりの行方だ。澤崎がゆかりをどこへ連れて行ったのか分からないのがやっかいだな。だがこの地球のどこだろうと、俺はゆかりを捜し出してやる。問題は藤堂院さんか。こっちは異世界に行ってしまっているから、助けるにしても俺達にはエミネントへ行く手段がない・・・・)
「いたぞ!」
「!?」
 洞窟の入り口に、牧師のような黒服を着た男が二人立っていた。
(見付かった!?)
 巳弥も立ち上がり、身構える。
「さすが枯枝様だ。一応捜索しておけってのは、当たりだったな」
「あぁ、あの人の魔力サーチ力は素晴らしい」
 敵はどうやら二人だ。巳弥はマジカルハットを被り、魔女っ娘コスチュームに変身した。
「ユタカさん、下がって!」
「くそ、俺だってマジカルアイテムがあれば・・・・!」
 そうは言ってもないものは仕方ないので、ユタカは巳弥の後ろに隠れる。
(くそ、女の子に守ってもらうなんて情けない・・・・!)
「大人しくしていれば、痛くしないぞ」
 黒服が近付いてくる。巳弥は両手に光の球を作った。
「え〜いっ!」
 黒服の男二人に向かってライトニングボールが飛ぶ。男達は光球に一瞬怯んだが、ギリギリの所で身をかわした。
「こいつ、抵抗するなと・・・・ぎゃっ!?」
 男の後頭部にやり過ごしたはずのライトニングボールがヒットし、光の球が弾け飛ぶ。もう一人の男が走り寄った。
「大丈夫か!?」
「あぁ、驚いただけだ・・・・自在にコントロール出来るようだな。だが威力はない」
 巳弥は続けてライトニングボールを撃ったが、避けるまでもないと分かった男達は手で払いのけて近付いてくる。ライトニングボールは所詮、光の球だ。
(どうしよう・・・・イニシエート相手には効果のあったライトニングボールだけど、この人達には全く効かない・・・・!)
「君の魔法など、子供の遊びだと言う事だよ、お嬢ちゃん」
 巳弥に向かって男の手が伸びた。
「うぉおおおおおっ!」
 その男の顔面に、叫び声をあげて突っ込んできたユタカのパンチが炸裂した。
「ぐっ、こ、こいつ!」
 だがそのパンチは男をぶっ倒すほどの威力はなく、ユタカは巳弥を背にして男達の前に立ちはだかった。
「俺は男だ!」
「見れば分かる」
「見かけだけじゃない、身も心も男だあっ!」
 再度放ったユタカの渾身のストレートは空しく空を切り、黒服の男のボディフックがユタカの最近ちょっと気にしている腹に見事に決まった。
「ぐはっ・・・・」
「ユタカさん!」
「おっさんは引っ込んでいろ」
 腹を押さえてうずくまるユタカの脇腹ににもう一発蹴りを入れ、男は巳弥の手首を掴んだ。
「いやっ!」
「大人しく・・・・んぐあっ!?」
 男の顔に何かが巻き付いた。
「そこまでだ。巳弥から離れろ」
 頭全体を強烈に締め上げられ、男は悲鳴を上げて巳弥から手を離した。
「何だ!?」
 もう一人の男は、相棒の頭に白くて太い物が巻きついているのを見た。その物体を目で辿ると、洞窟の入り口に立っている男に行き着く。
「お前は!?」
「私の可愛い孫を怖がらせた罪は重いぞ」
 巳弥の祖父が上着の裾から蛇の頭を伸ばしていた。
「化け物・・・・!」
 飛び掛ろうとした男の体がネットのようなもので縛られる。
「う、動けない!」
「年季が違うのさ」
 男の背後から出現したプリウスが手を動かすと、男はネットに包まったまま気を失ったように倒れた。もう一人の男も首を絞められ失神した。
「大丈夫か、巳弥」
「おじいちゃん!」
 巳弥は祖父に駆け寄ると、勢い良く抱きついた。男を締め上げた長くて白い物体は、祖父の袖の中へと収納される。
「心配かけたな、巳弥」
「おじいちゃん、おじいちゃん!」
 久々の祖父との再会だった。

「この二人、意識が戻るとやっかいね」
 プリウスは持っている杖で足元にサラサラと手馴れた感じで魔方陣を描くと、気絶していた男二人がその円の中に引き込まれ、姿を消した。
「どうしたんだ!?」
 ユタカは驚いて二人が消えた床を踏んでみたが、そこはもうただの岩だった。
「殺すのは可哀想だし、意識が戻ったら面倒だからどこかに行って貰ったわ」
「どこかって?」
「さぁ、この世界のどこかじゃない?」
 自分でやっておいて、他人事のような口振りのプリウスだった。
 巳弥の隣に祖父、対面にユタカとプリウスという形で座り、互いのこれまでの経過を話した。
「ゆかりさんとエミネントの澤崎ってのがどこへ行ったのか。頼りないけど魔力サーチが出来るエリック君とリチャード君に協力して貰って見つけるしかないわね。でも魔力が極端に少なかったりすると目視も必要だろうから、人数が多いに越したことはないわ」
 プリウスの言葉に頷く三名。
「そう言えば・・・・」
「どうした? 巳弥」
 すかさず巳弥の祖父が聞き返す。可愛い孫とずっと離れていたので、話がしたくて仕方ないのだろう。
「うん・・・・ゆかりんと澤崎君を追ってる人が他にもいるみたい。さっきの男の人が言ってた」
「では、そいつもエミネントだな」
「うん」
「その追っ手よりも先にゆかりさんを見付けないと、やっかいなことになるわね。ゆかりさんが生きていることを知られてしまうわ」
 腕組みをしたプリウスが重々しく言った。
「後はエミネントへ行ったという透子さんの方だけど・・・・エミネントへ行く手段はあるわ。位置さえ分かればトゥラビアで魔方陣を作れば行くことは可能。位置はトゥラビアで現在、調査中よ。但し・・・・」
「但し?」
「問題は私達が行って、何が出来るかってことね」
 三人は黙り込んだ。
 魔法に長けているエミネントを相手に、まして敵の世界に乗り込んで、何が出来るのか。透子やあずみを取り返そうとするなら、多少の衝突は必至だろう。
「とにかく今はゆかりを捜すことだな!」
 ユタカが立ち上がり、巳弥に手を差し伸べる。
「早速行こうぜ、巳弥ちゃん。捜索なら、こなみちゃんやみここちゃんにも手伝って貰える」
「・・・・」
「巳弥ちゃん?」
 巳弥は座ったまま、真剣な表情で何かを考えているようだった。ユタカが心配していると、ふいに巳弥がプリウスに向かって話し掛けた。
「プリウスさん」
「プリウスでいいわよ」
「じゃあ・・・・プリウス、あなたは私のお母さんにマジカルアイテムを授けたんですよね?」
「ええ」
「そのマジカルアイテムって、つまり母の形見のこのマジカルハットですよね」
「そうね。それは私があなたの母親の美櫛(みくし)に渡した物よ」
「このマジカルハットのことは良く知っていますよね」
「何が言いたいの? 巳弥」
「ん・・・・」
 巳弥はまた黙り込んだ。そして何かを決心したかのように顔を上げた。
「私、強くなりたい」
「強く?」
「はい。分かったんです。戦うための力なんて、欲しくないと思ってました。だけど、守るのだって力は必要なんです。せめて自分を、友達を、仲間を守れるだけの力が欲しいんです」
「み、巳弥・・・・」
 祖父が目を丸くしていた。
「なぁ、巳弥ちゃん。さっきのことだったら気にしなくていいんだぞ。あれは俺が弱かっただけなんだから」
 ユタカは、先程の男二人に対して全く歯が立たなかった巳弥が、そのことを気にしているのだと思ってフォローを入れた。
「私を強くして欲しいんです」
 プリウスはその巳弥の表情を見て、真剣だと感じた。
「・・・・分かったわ。但し、私は厳しいわよ。簡単に強くなれるとは思わないで」
「はい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 祖父が口を挟んだ。
「巳弥に野蛮なことはさせんでくれ、プリウス!」
「おじいちゃんは黙ってて!」
「み、巳弥・・・・」
 巳弥に叱られた祖父は、ショックでぐんにょりしてしまった。
「いいでしょう。でもあまり時間がないわ。巳弥、あなたは私と一緒にトゥラビアに来なさい」
「トゥラビアへ?」
「知ってると思うけど、トゥラビアはこの世界と時間の流れが違うの。少しでも時間が惜しいわ。すぐ出発しましょう」
「わ、私も行くぞ」
 と立ち上がった祖父だったが、巳弥に却下された。
「ゆかりんは無事で、どこかで生きてる。いつまでもエミネントを誤魔化せるとは思えない・・・・きっとまた力が必要になる時が来ると思う。そのために私は少しでも強くなりたい。だからおじいちゃんは私の代わりにみんなと協力してゆかりんを捜して。その代わり、ゆかりんが見付かったらすぐに呼んで」
「そんな、せっかく会えたのに・・・・」
 またまたガクーンとなる祖父だった。
 プリウスがまたも慣れた手付きで魔方陣を描く。プリウスが巳弥に魔方陣に乗るように促し、一人と一匹が円の上に乗った瞬間、魔方陣ごと消えうせた。
「巳弥・・・・」
「巳弥ちゃんのおじいさま、ガックリしている場合ではありません。我々も」
「あ、ああ・・・・」
「ゆかりを見付ければ、きっと巳弥ちゃんは喜んでくれますよ。おじいちゃん、ステキ!ってね」
「そ、そうかな」
 いきなりやる気が出た。
「おじいちゃん、大好き! チューッ!ってなりますよ!」
「巳弥の真似をしないでくれ、気持ち悪い」
「・・・・」
 調子に乗りすぎたユタカだった。


 一方、トゥラビアに向かった巳弥とプリウスはトゥラビア王のいる王宮の前に来ていた。
「巳弥も知っていると思うけど、この世界の一日はあなた達の世界の約三日に相当するわ」
「聞いたことがあります」
「でも時間がない・・・・一日もかかっていたら間に合わないかもしれないわ。だから王様にお願いするの」
「お願い?」
 プリウスは巳弥に「付いて来て」と言い、王宮の中へと入って行った。王宮の内部は外の世界よりも眩しく、以前に巳弥達が入った大神殿よりも光が強い気がした。光の世界であるトゥラビアではこの輝度が地位の証なのだろうか、と巳弥は思った。
 ほどなく二人は大きな扉の前に出た。ここがトゥラビア王のいる部屋なのだろう。プリウスは扉の前にいる二人の見張りに王との謁見の意思を伝えると、大きく重い扉が開いていった。
「トゥラビア王様」
「プリウスか。どうした?」
 気さくで有名なトゥラビア王が、プリウスの真面目な顔を見て少し驚いた様子を見せた。
「お願いがあります、トゥラビア王。私とこの巳弥に『流れの間』の使用許可を頂けませんか」
「何だと? あの間は封印して久しい。お前もあの部屋の怖さは分かっているはず」
「緊急事態なのです」
「・・・・とにかく話を聞こう」
 話に出た「流れの間」とは、魔力の効果によって時の流れが緩やかな部屋である。かつて時間を有意義に使うために作り出されたと言われているが、時間を制御する魔法は生き物の誕生から死に至るまでの時間を操作するということなので、生への冒涜に当たるとして封印されている部屋であった。
 プリウスからの話を聞き終えたトゥラビア王は、それでも首を縦に振らなかった。
「許せ、プリウス。あの部屋は使わないと決めた。例え巳弥の為とは言え、例外を認めるわけにはいかない」
「どうしても駄目でしょうか」
「悪いが」
 王の顔を見る限り、許可は下りそうになかった。その時、巳弥が口を開いた。
「王様、私からお願いします。その部屋を使わせて下さい」
「何度も言わせるな、巳弥。誰が頼もうと・・・・」
「約束を守ってくれないのですか?」
「約束?」
「ミズチを倒した時に王様はおっしゃいました、何でも望みを一つ叶えてあげるって。その時私には何もお願いするものがなくて保留にしたはずです。そのお願いを今、使います」
「むっ・・・・そ、それは・・・・」
 プリウスは巳弥に「ナイス、巳弥」と言う風にウインクした。そしてトゥラビア王に向かって口調を強めた。
「王様とあろうお方が約束を破るのですか?」
「いや、あれは確かに約束はしたが、出来る範囲と言ったはず・・・・」
「出来る範囲でしょう? 私と巳弥はあの部屋の時間を悪いことに使うわけではありません。地上の為、ひいてはこのトゥラビアのためでもあるのですよ?」
「むむ・・・・」


「ここなら思い切り出来るわね」
 遂に巳弥の願いを聞き入れて巳弥と共に「流れの間」に入ったプリウスは、腕組みをしたまま辺りを見回した。「間」と言うからには部屋なのだと思っていた巳弥は、その広さに目を丸くしていた。
「最初に言っておくわ、巳弥。私はあなたを強くするんじゃない。あなたの力を引き出す手伝いをするだけよ」
「はい」
 巳弥は姿勢を正した。
「そう固くならないで。あなたが本当の力を出し切れたら、ミズチにだって負けないわ」
「えっ? ま、まさか」
「あなたもヤマタノオロチの血を引いているのよ。それとマジカルアイテムを持っている。ヤマタノオロチの妖力を魔力として使用することが出来れば、あるいはミズチの力を超えるかもしれないって話。ただあなたの心が戦うことを拒否しているだけ。魂が拒絶していたら、本当の力も出て来れない。そうね・・・・これだけは言っておくわ」
 プリウスの厳しい視線が巳弥に向けられた。
「自分を守るとか、誰かを守るとか、そういう甘い考えを捨てれば、あなたの力はとんでもなく強くなるわ」
「甘い考え・・・・」
「そう、でもどうしてもその考えを捨てられないなら、自分の心に正直になるのが一番いいの。無理に相手を倒そうとか、蹴散らそうとか思っても、心が拒否すれば力は出ないわ」
「・・・・はい」
 そもそもマジカルハット自体が防御型のマジカルアイテムである。巳弥も相手を倒すためではなく、身を守る為に力が欲しいと思っている。甘い考えと言われようが、巳弥自身、その根本は変えられそうな気がしない。
「まずは・・・・」
 プリウスが杖を構えると、一瞬の内に倍以上に伸びた。
「あなた自身が心のどこかで否定している、イニシエートの血を受け入れること。それからよ!」
 巳弥の目の前が一瞬にして真っ暗になり、その場に崩れるように倒れた。
「自分の力で帰って来なさい、巳弥。まずはあなたの中に眠るヤマタノオロチの力をコントロールすること。自身が思念体と化すのではなく、出雲巳弥としてヤマタノオロチのエネルギーを使えるようになること。そこから始まるのよ」



40th Future に続く



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