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タイトル


 38th Future 「とこたんの新しき力」


「みゅうたん・・・・?」
 マーダードラゴンの子供は動かない。
「あっ」
 我に返った透子は、肩叩きを取り出してみゅうたんの上に掲げ、治癒魔法を施した。
「みゅうたん・・・・!」
 だが、いつまで経ってもみゅうたんは動かなかった。
「・・・・」
 治癒魔法では、死んだ者は生き返らせることが出来ない。
 透子の視界が涙で霞む。
「みゅうたん・・・・」


「うおおぁぁ!」
 憂喜の新ソウルウエポン「ターミネート=ドルグ」の右腕に装備されたバスターアックスが巨大マーダードラゴンの腕にヒットした。表皮を切り裂かれ、緑色の血が吹き出る。だがドラゴンはかすり傷という顔で、憂喜に向かって腕を振り下ろしてくる。
「化け物め・・・・!」
 マーダードラゴンの強さは憂喜の想像以上だった。だがまだ憂喜も本気ではない。
「こいつをソウルウエポン化するのは無理か・・・・さすがにこの巨大な奴を操るだけの魔力はないな」
 この建物の警備員は巨大ドラゴンの前に成すすべもなく全滅した。ここは自分が何とかしなければ、と憂喜は考えていた。
(あの岩のような表皮は切り傷を負わせるのがやっとか。となると、狙いは目か、口の中か・・・・)
「蒼爪!」
 憂喜は蒼爪を呼び、更にソウルユニゾンしようとした。顔を狙うとなれば飛ばなければならない。ブラスト・オブ・ウインドの翼が必要だった。
 だが・・・・。
「くっ・・・・」
 蒼爪のソウルユニゾンが解ける。
「マスター!」
「やはり僕にはまだ一度に複数のソウルユニゾンは無理か・・・・」
 ターミネート=ドルグに跳ね返された蒼爪は、再び鷲の姿に戻った。
(どうする? 攻撃力を取るか、機動力を取るか・・・・ブラスト・オブ・ウインドの翼だけユニゾンすると言うのは無理なのか)
 巨大なドラゴンが咆哮を上げ、憂喜に向かって来た。
「ちっ・・・・!」
 踏み下ろされたドラゴンの足が、地面にひびを入れた。間一髪で逃れた憂喜が、バスターアックスでドラゴンの足を攻撃する。だがやはり切り傷を入れただけだった。
「やはり飛行能力が・・・・」
 憂喜がユニゾンを解き、ブラスト・オブ・ウインドに切り替えようと思ったその時、巨大ドラゴンが建物を殴りつけた。コンクリート製の建物は音を立てて崩れてゆく。
(しまった!)
 巨大なコンクリートの破片が憂喜の頭上から降り注いだ。
 攻撃力を重視したターミネート=ドルグを着た憂喜は、一瞬の判断を間違え、瓦礫の中に埋もれた。
 そしてその破壊された建物の中には、透子のいた部屋があった。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
 足場が崩れ、透子はバランスを失った。建物の一部がドラゴンの一撃によって破壊されたことで、全体が傾いたのだ。
 十二階建ての建物が、凄まじい音を立てて崩れ落ちた。
 コンクリートの塊が、次々に瓦礫と化してゆく。


(・・・・・・・・)
 埃っぽい。
 息をすると、細かい粉塵が鼻に入ってくる。
 透子はくしゃみをした。
(・・・・あれ?)
 建物が崩れた。信じられないほど地面が揺れ、落下する感覚が確かにあった。マジカルフェザーを出す余裕もなかった。
 死ぬんだ、と思った。
 だがどうやら生きているようだ。
(天国じゃないよね、ここ)
 手や足の上に細かいコンクリートの破片が乗っているが、動かせることから考えてどうやら腕も足も折れてはいないようだ。
(どうしてあたし、助かったんだろ)
 力を入れて、透子は上体を起こしてみた。
「なに? これ・・・・」
 透子の腕に、見覚えのない物が付いていた。よく見れば肩にも胸にも、鎧のようなものが見受けられる。
「ソウル・・・・ウエポン?」
 だが憂喜には「魔力のない君にはソウルユニゾンは無理だ」と言われたはずだ。なのに何故、自分はソウルウエポンを纏っているのか。
 目の前に手が差し出された。
「大丈夫か、藤堂院さん」
「憂喜・・・・君?」
 憂喜の手を借り、透子は身を起こした。改めて自分の姿を見ると、やはり憂喜と同じように鎧を身に付けている。
「なるほどな」
 憂喜が透子の姿を見て頷いた。
「何が?」
「そのソウルユニゾンだ。魔力のない君がユニゾンをするには、なるほどトランスソウルの力を借りたのか」
「え・・・・?」
「君がやったんじゃないのか? 自分のトランスソウルを変形させて身に付け、その上からソウルユニゾンを行う。ユニゾンした魂のコントロールはトランスソウルが担う・・・・初めて見たな、その方法は」
「これは・・・・」
 透子は左腕についている手甲の形に見覚えがあった。
「・・・・みゅうたん?」
 自分には自覚がなかった。
 自分を救う為に魔法の肩叩きと、死んで魂となったみゅうたんが協力し、透子にユニゾンすることによって身を守った。可能性としては、こう考えるしかない。
「結果的にあのドラゴンが魂になったことで、君は助かったわけだな」
「・・・・」
 みゅうたんが死んで魂になっていなければ、透子は助かっていなかった。みゅうたんの命を奪ってしまったことについて、憂喜がそう言い訳をしているように透子には聞こえた。
「あの大きいドラゴンは・・・・」
 透子の問いに憂喜は、ただ指を差しただけだった。憂喜の指の向こうには、頭部のないドラゴンが横倒しになっていた。
「憂喜君が?」
「・・・・いや」
 苦い顔で憂喜が答える。
「倒したのは冴さんだ。僕は君と同様、瓦礫に埋まっていた」
「・・・・!」
 あずみをさらったあの冴が巨大ドラゴンを倒した。その事実に透子は愕然となった。
(憂喜君が言っていた、上には上がいるって・・・・こういうことなの)
「どうやって?」
「埋まっていたと言っただろう。僕も見ていない」
「凄いソウルウエポンを持ってるとか?」
「いや・・・・冴さんはソウルウエポンを持っていない。必要ないんだ」
「必要、ない・・・・」
 透子は、冴だけは決して敵に回してはいけないという認識を更に強く思った。
 必要がなくなったからか、ユニゾンが解けて光が凝縮され、みゅうたんが形作られた。
「みゅうたん」
「みゅ〜!」
 みゅうたんが透子の胸に飛び込んだ。ユニゾンのベースとなった魔法の肩叩きは、元の形に戻ってコンパクトになり、透子のポケットに収まった。
(憂喜君はあのドラゴンを力で従わせていたけど、みゅうたんは自分の意思であたしを助けてくれた。ちゃんと心が通じれば、従わせる必要なんてないんだよ、憂喜君)
 一度見ただけだが、春也とサラ、咲紅とモコには信頼のようなものを感じた。
 蒼爪はどうなのだろう?
 もし蒼爪が憂喜を慕っているとすれば、新たに手に入れたソウルウエポンの存在をどう思うのだろう。
「すまなかった」
「え?」
 透子はいきなり憂喜に謝られ、戸惑った。
「そのマーダードラゴンのことだ。殺すつもりはなかった」
「・・・・もういいよ」
 みゅうたんが死んだ時にはさすがに憂喜を恨んだが、今は実際にみゅうたんが腕の中にいるので、透子は腹を立てることが出来なかった。
「さて、君には今度こそ一人で帰って貰うことになりそうだな」
「え? どういうこと?」
「あのマーダードラゴンがここを襲ったのは僕が原因だ。これだけの被害を出したのだから、出頭しないわけにはいかない」
「え、ちょっと待って。責任を感じて自首するってこと?」
「そういうことだ。かなりの被害が出ている・・・・罪は重いだろうな」
「ちょっと待って、ドラゴンが憂喜君を追って来たってことは、他の人には分からないのよ? 黙っていれば済むんじゃないの?」
「それでは僕の気が済まない」
 クルリと踵を返し、憂喜が背を向ける。
「この世界は、犯罪者に情けをかけないって聞いたけど!?」
「最悪、戻って来れないかもしれない。その時は、藤堂院さんは元の世界に帰った方がいい」
「ちょっと!」
「帰り道が分からないと思ったので、桜川をここに呼んである」
「憂喜君・・・・」
(変な所で律儀と言うか、嘘をつけないと言うか・・・・変な子)
 赤くて回るランプを付けた車(おそらくこの世界のパトカー)に向かって憂喜は歩いて行った。
「藤堂院さん」
 憂喜に道案内を頼まれた咲紅が、透子を迎えに来たのは憂喜を乗せたパトカーが走り去ったすぐ後だった。
「あなたを家まで送るようにお願いされたから」
 咲紅の言い方は事務的で、どこか冷たかった。
「何か怒ってる?」
「・・・・当たり前でしょ」
 話すのも嫌だ、という態度で咲紅は歩き出した。ついて来い、という意味なのだろう。透子は慌てて後を追った。
 しばらく無言で歩いていると、段々と咲紅の歩く速度が早くなってきた。
「ねぇ、もうちょっとゆっくり歩こうよ」
 咲紅は何も言わなかったが、歩くペースは落ちた。
「ねぇ、やっぱり怒ってる?」
「ええ、自分に」
「自分?」
「あなたを友達思いのいい人だって勘違いした自分にね。まさか自分が助かりたいからって、あんなことするなんて・・・・」
「自分を嫌いになるのは良くないよ」
「あなたに言われたくないわ!」
 透子は咲紅に思い切り睨まれた。
「自分を嫌いになるのは、自分を好きになってくれた人に悪いよ」
「よく分からない理論だけど・・・・」
「そんなことより、冴さんって人の家、どこか知ってる?」
「え? ええ・・・・」
 咲紅はいきなり話題が変わったので面食らった。なぜここで冴の話が出るのか。
「お願い、教えて」
「何のために?」
「それは・・・・」
 透子が口篭っていると、警官らしき制服を着た団体が走って行くのが見えた。方角から見て、先程のドラゴンの関連ではない。
「何だろ?」
「知らないわ。さっさと帰るわよ」
 咲紅は事件に興味はないという素振りで、憂喜の家への道のりを急いだ。
「あ、待ってよ! 冴って人のお家を・・・・」
 偶然にも、少し心もとないがソウルウエポンが手に入った。後はあずみを取り返すだけだ。あの巨大なマーダードラゴンを倒したという冴、彼女とだけは絶対に戦ってはならないと透子は思う。あずみが冴の家にいるとすれば、先程のように冴一人で出掛ける機会があればあずみを助けだせるのではないか、と透子は淡い期待を抱いていた。
 更にまた何人かの警官らしき人物が駆けて来て、通信機のような物で連絡を取り合っていた。
(何か事件かなぁ。やだな、巻き込まれない内に離れようっと)
 早くその場から去ろうとした透子の耳に、聞き慣れた名前が飛び込んで来た。
(・・・・え?)
「いいか、これは極秘任務だ。公になったらクビも覚悟しておけ。例の二人組はメビウスロード監視搭にいる。何としても搭の敷地内で押さえるぞ」
 低く抑えた声で喋りながら走り去る警察官の後を、充分な距離を置いて透子はついて行った。
「ちょ・・・・ちょっと、藤堂院さん! どこへ行くのよ!」
 咲紅も慌てて透子の後に続いた。


「釈放です、鷲路様」
 部屋のドアが開けられ、憂喜を担当した刑事が部屋を出るように促した。
「釈放?」
「ええ。鷲路様は無罪です」
「何だって?」
 いわゆる取調べ室のような部屋に入って事情を説明した憂喜は、しばらくして釈放を命じられた。
「あの事件は僕が原因だ」
「それは鷲路様の思い込みです。飛行中のドラゴンが建物に突っ込んで破壊行動を起こした。それだけです。あれは事故です」
 感情を込めることなく、淡々と刑事が説明する。
 憂喜が部屋を出ると、廊下ではスーツを着た壮年の男が待っていた。
「憂喜」
「父さん?」
「帰るぞ」
 憂喜は父に引っ張られる形で警察署を後にした。
「・・・・父さん、何かやりましたね」
「何のことだ?」
「いきなり釈放とは、早過ぎます」
「お前が勘違いしておるのだ。ドラゴンが仲間の敵を取るなどと考えるはずがないだろう。爬虫類だぞ? そんな感情は奴らにはない。まぁそう思い込むあたりがお前の純粋な部分なのだろうな、ははは」
「父さん!」
「立証出来んだろう。ドラゴンがお前を襲いに来た、などと。遅かれ早かれお前は無実で釈放だ」
「ですが、それでも・・・・」
「憂喜」
 父親の声が低くなった。
「分かっていたんだろう?」
「何をですか?」
 憂喜の父は煙草に火をつけ、一口吸った。
「父さん、歩きながらの煙草は禁止されています」
 憂喜に注意を受け、父親は道に煙草を捨て、靴で踏み消した。
「ポイ捨ても犯罪です」
 またも息子に注意され、踏んだ煙草を拾ってポケットアストレーに入れ、再び歩き出す。
「自分が罪に問われることはないだろうということをだよ。お前は頭がいい。立証できないと知っていて出頭したのではないか?」
「何のためにですか」
「他人に無実だと言って貰うためだ。そうすれば、罪の意識から逃れることが出来る。万が一捕まるようなことになっても、私がこうして裏から手を回すことも計算していた。違うか?」
「違います。僕はそんなことを考えてはいなかった」
「お前が何も考えずに出頭するとは思えんがな」
「父さん!」
 憂喜が父親の前に回り込んだ。
「僕は罪を償いたかっただけです。僕は自分が信じる正義を貫きたい。今日の出来事は、僕のミスだ。マーダードラゴンの親が存在することを見落とした、復讐に来るなど考えもしなかった、僕のミスだ。ミスを犯せば裁かれる。無罪か有罪かを決めるのは僕自身じゃない、ジャッジメントだ。だから僕は裁かれるために真実を話した。それだけなんだ。責任を逃れようとか、何とか助かろうとか、そんなことは考えていない!」
 呼吸を忘れたかのように一気に喋り、憂喜は息を吐いた。
「・・・・憂喜よ」
 父親の手が憂喜の肩に置かれる。
「他に何か気になっていることがあるのか?」
「・・・・いえ」
「そうか・・・・いや、ならいい。そんなに熱くなっているお前を見るのは初めてだったからな」
「父さん、聞きたいことがあります」
「何だ?」
「オブザーバー試験の件、今日のように圧力をかけた、なんてことはないでしょうね」
「オブザーバーはお前の実力だよ」
「本当ですか」
「何が不満なんだ、憂喜?」
「審査基準に納得がいかない・・・・それだけです。テストが終了したタイミングがとても中途半端だ。はっきりと合格の基準が知りたい。自分でも納得できる合格であって欲しい。僕は・・・・」
 憂喜は父から顔を背け、感情を必死に抑えた。
「あなたのようにお金なんか使わなくても、オブザーバーになれる」
「・・・・!」
 父は憂喜の肩を持ち無理矢理自分の方を向かせると、息子の襟を掴んだ。
「あぁ、お前の実力だよ憂喜! 私の人脈を利用するのもお前の実力だ!」
「なん・・・・」
「世の中には万が一がある! 十中八九お前がオブザーバーに合格するが、1パーセントでも不合格の可能性があるなら、息子の為に万全を期すさ!」
「と、父さん・・・・」
「合格基準を明確にせず、管理局の内部のみが知っているということにしておいたのは私だ! そうすれば、後付で合格基準を決められる! この試験は、最初からお前を合格させる為の茶番だよ!」
「茶番・・・・」
「お前から管理局に『姫宮ゆかりがイニシエートと繋がっている』と連絡が入った時、私にも話が届いた。姫宮ゆかりの担当である澤崎春也が裏切ったこともな。澤崎が罪人になれば彼の担当である姫宮ゆかりをお前が告発することが出来る。それは同時に、桜川咲紅も告発できるということだ。私は彼女に先を越されてはいけないと思い、姫宮ゆかりがイニシエートの仲間で、奴らの為にトランスソウルを使ったことを暴いたお前を合格者となるように管理局に働きかけた」
「・・・・だからあのタイミングだったのですね」
「あぁ、そうだ」
 父は憂喜から手を離すと、再び煙草を取り出した。
「先程も言ったが、遅かれ早かれお前は合格する。それなら早い方がいいだろう。どうせなら最年少合格で名前を残すほど・・・・」
「父さん!」
 憂喜が殴りかかろうとした時、父親の携帯端末が鳴った。父は憂喜を睨みながら、ポケットから端末を取り出す。画面には「緊急」と出ていた。
「私だが・・・・あぁ。見付かった? 馬鹿な、そんなはずは・・・・あぁ、どこだ? ・・・・分かった」
 携帯端末が切れる。
「今日の式典で、姫宮ゆかりはお前の手で処罰されたと大々的に発表した」
「・・・・何の連絡だったのですか?」
「もし姫宮ゆかりが生きていたと知れたら、お前も私もいい笑い者だ」
「えっ?」
「姫宮ゆかりがメビウスロード監視塔に現れたそうだ。ついでに澤崎も一緒らしい」
「何ですって?」
「騒ぎが大きくなる前に、速やかに奴らを消せ。我々の名誉の為だ。報道は私が抑えておく。だがそれも限界があるぞ」



39th Future に続く



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