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36th Future 「薬屋麻由ちゃん」
憂喜の父の話に出て来た、憂喜の幼馴染の麻由。薬屋の一人娘である彼女は、こうして薬の配達等で店を手伝っている。ちなみに配達とは、注文を受け、それを空間転移で家まで届けるので非常にスピーディだ。
「患者さんは?」
「え、ああ、こっちの部屋だ」
憂喜に案内された麻由は透子の側に座り込むと、額に手を当てた。
「熱は?」
「計っていない」
「じゃ、計るね」
亜由は下げていた紙袋から小さなバッグを取り出すと、そこから体温計を出して透子の口に咥えさせた。数秒で体温計が鳴り、計測の終了を知らせる。
「うん、微熱だね。疲れが溜まってるのかな。憂喜くん、ちょっと出てて」
「出る?」
「着替えるから、部屋を出ててって」
「あ、ああ・・・・しかし、着る物が・・・・」
「持って来たよ」
麻由は自分が持って来た紙袋を指差した。
「女の子の着替えなんて、憂喜くんは持ってないでしょ」
「あ、ああ、助かる・・・・」
憂喜は部屋を出て、この家に来てまだ下見していない部屋等を見て回った。
(そう言えば、父さんに今回のオブザーバー試験の審査方法を聞いていなかったな。僕が選ばれたわけだが、決め手が今ひとつ不明だ。姫宮ゆかりを確保する、あるいは排除してから合格ならまだ分かるが、管理局に報告し、取り逃がした姫宮ゆかりを追っている時には既に決まっていた・・・・しかも、これは桜川にも言われたが、姫宮ゆかりは僕の担当ではなかった)
憂喜自身も試験について納得しているわけではなかった。だが管理局が任命すると言うのだから断るわけにもいかないし、断る理由もない。
(欲していたものが手に入った時は、こういうものなのかもしれないが)
「憂喜くん、もういいよ」
おっとりとした麻由の声が聞こえてきたので、憂喜は部屋に戻った。透子はオレンジのパジャマを着て横になっていた。額にはタオルが乗っている。
「起きたのか」
憂喜が透子に話しかけると、麻由が代わりに返事をした。
「麻由が起こして、自分で着替えて貰ったの。勝手に着替えさせるなんて失礼でしょ? ごめんなさい、こんなパジャマしかなくて」
「ううん、ありがとう」
透子が寝たまま返事をした。
「悪かったな麻由」
「ううん、咲紅ちゃんから話を聞いた時、憂喜くんなら絶対に何も出来ないだろうって思ったから、色々持ってきたんだよ」
「図星なので何も言い返せない」
「咲紅ちゃんにもよろしくって頼まれたし」
「桜川が?」
(あれほど文句を言っていたのに、桜川・・・・)
麻由は透子に「寝た方がいいよ」と声を掛け、憂喜に「もう帰るね」と言って立ち上がった。「パジャマ、洗って返すね」という透子に「うん」と笑顔を返し、手を振る。
玄関まで見送りに出た憂喜が「送ろう」と言ったが「もう遅いから、転移で帰る」と麻由は断った。
「すまなかったな、麻由」
「憂喜くん、こういう時は『すまなかったな』じゃなくて『ありがとう』って言ってくれた方が嬉しいよ」
「ああ・・・・」
「透子さんて、綺麗だね」
「そう・・・・思うか」
「うん、とっても。それに比べて麻由はちんちくりんだもんね」
憂喜は、麻由は自分のライフヘルパーになりたいと思っていたと言う、昼間の父の話を思い出した。
「良かったね、憂喜くん」
「麻由、君は・・・・」
「ん?」
「父から聞いたんだが、僕の、その、ライフヘルパーになりたがっていたと・・・・」
「・・・・やだな、本気にした?」
「違うのか?」
「憂喜くんなんて、手がかかり過ぎて大変だよ。麻由はパス」
「パスか」
「それに、何だかほら、憂喜くんと麻由って、お兄ちゃんと妹って感覚でしょ?」
「・・・・だな」
「じゃあね。しっかり看病するんだぞ、お兄ちゃん」
憂喜よりも短い詠唱で、麻由は消えた。日頃から店の配達の手伝いをしている賜物だろう。
(慌てて帰ったな、あいつ)
憂喜は麻由の転移の後に残った魔力の粒が、月明かりに照らされて光っている様をじっと見詰めていた。
(ん?)
耳を澄ませば、何か音が聞こえる。家に入ると、電話のような音が鳴っていた。憂喜は慌てて自分の部屋に入ると、端末に設置された通信機を手に取った。
「鷲路です」
「憂喜か? 俺だ、輝夫だ」
「久し振りだな」
「試験に受かったんだってな、おめでとう・・・・おっと、憂喜様って言わなきゃ駄目だったかな」
「よせ、堅苦しい」
「だよな! そうそう、本題だ。実はな、遂に見付けたんだよ! マーダードラゴンの巣を!」
「何だと? どこだ?」
「急かすなよ。地図はファイルで送る。どうする? 行くのか?」
「もちろんだ。捜し求めていた、最高級のソウルウエポンの材料だからな。お前は?」
「俺は遠慮するよ。マーダーなんて俺にはマダマダ早い」
輝夫は下手な冗談を飛ばしたが、憂喜からは笑いも突っ込みも得られなかった。
「では早速明日、行っていいか」
「構わないが・・・・かなりの大きさの巣だぜ。一人で行くのか?」
「心配するな」
「ま、天下のオブザーバー様だもんな」
輝夫の言葉は皮肉というよりも羨望に溢れていた。
憂喜は久々に自分がワクワクしていることに気付いた。透子の元へ帰ると「明日、出掛ける」と透子に告げた。
「どこへ?」
「狩りだ。最高級のソウルウエポンの材料が見付かったんだ」
「ソウルウエポンの?」
「あぁ。伝説のマーダードラゴンをウエポン化すれば、蒼爪を凌ぐ攻撃力を得られる」
「ふぅん・・・・もうそんなに強いのに、まだ強くなりたいの?」
「僕は強くないさ。まだまだ上には上が沢山いる」
「・・・・そう」
(最高級のソウルウエポン、か・・・・)
「ねぇ鷲路君、そのソウルウエポンってあたし達にも使えるの?」
「それは無理だろうな」
「え〜、どうして?」
「ソウルウエポンとは生き物の魂が具現化したもので、それを鎧化や武器化した物を身体に装着し、魔法の力で操るものだ。君は身体に装着しても、それを操る魔力がない」
「あれ、操ってたの? 蒼爪君が憂喜君に力を貸しているみたいに見えたけど」
「動物に協力を求めてどうする。ソウルウエポンは自らの魔力でコントロールして、従わせるものだ」
「・・・・ふ〜ん」
(でも、澤崎君はトカゲにお願いしているみたいだったけど・・・・ひょっとしたら、コントロールしなくても協力して貰えれば扱えるかもしれない・・・・かな?)
「ね、あたしも連れてってよ」
「しかし、その体では」
「一晩寝たら治るよ」
「それに、遊びじゃないんだ。マーダードラゴンは凶暴で恐ろしい」
「憂喜君が守ってくれたら怖くない」
「・・・・下手をすれば死ぬぞ」
「守ってくれないの?」
上目遣いの透子の視線が憂喜に向けられる。
「・・・・とにかく風邪を治してからだ」
「時間は五分です」
係の者に扉を開けて貰い、冴は部屋の中に入った。椅子に腰を掛けると、透明な板を挟んだ向こうに部屋にいる初老の男が「冴」と呼んだ。
「久し振りね、小柴博士」
「冴、お前がここに来てくれるなんて・・・・」
「喜ばないで。宣告をしに来たんだから」
「何だ? 宣告?」
ここは未確定犯罪者を監禁している建物にある面会室の中の一室だ。冴の前にいるのは冴の父親で、小柴博士である。冴は父が捕まって以来、会うのは初めてだった。
犯罪者以外にソウルトランスを行ったとして罪に問われていた小柴博士だが、証拠であるアンドロイドを隠してしまった為に刑を執行できないでいた。その隠されていた証拠品のアンドロイドというのが、冴が連れて帰って来たあずみだ。
「藍の分身は手に入れたわ。私はこれからその証拠を提出する」
「あ、藍は無事なのか!?」
博士が身を乗り出す。板に遮られていてそれ以上は近付けないが、冴は思わず身を引いた。
「無事・・・・でもないわね。メモリーが飛んでいるから」
「な、なに」
「皮肉ね。藍の記憶を移植したのに、その記憶が消えて、後に残ったのはあなたの罪だけ。自業自得ですけどね」
「記憶がないのか・・・・? 冴のことも忘れているのか?」
「ええ。綺麗さっぱりね」
「何と言うことだ・・・・」
「これでスッキリあなたとお別れ出来ますね」
そう言いつつ、冴は席を立つ。
「も、もう行くのか」
「事実だけを伝えるためだけに来ましたから」
「待ってくれ、冴。藍は引渡してはいかん。必ずお前の役に立つ!」
「役に立つ? 私はあのアンドロイドを見ていると役に立つどころか腹が立つわ。両親に愛された藍の姿そっくりだから。あの子をを見るたびに惨めな私自身を思い出す。そして藍そっくりのアンドロイドを作った人が父親だというおぞましい事実と向き合わなければならない・・・・あの子は私にとって不幸を連想する呪いの人形でしかないわ」
「冴・・・・!」
「さようなら。あなたは近日中にソウルトランスされるわ。自分自身が開発した機械でね」
バタンと大きな音を立て、冴の出て行ったドアが閉まった。
冴は面会室を出て辺りを見回した。ここで待っているはずのあずみがいない。
(あの子・・・・!)
あずみと、ここで待っているようにと約束した自分に腹が立った。よくよく考えればアンドロイドと約束なんて馬鹿馬鹿しい。ロボットに約束など何の意味があるだろう。
(逃げられた・・・・!)
自分の失敗に舌打ちした冴だったが、すぐ横の通路からあずみの声が聞こえてきた。
「駄目だよ、廊下は走ったら危ないんだから」
小さな子供の前にしゃがみ込み、服に付いた埃を払ってあげているあずみがいた。子供は誰かの付き添いで、あずみと同じく待っているように言われていたのだろう。
「気をつけないとね」
「うん、お姉ちゃんありがとう!」
子供があずみに礼を言っていると、向こうから子供の名を呼ぶ声が聞こえた。子供は喜んで廊下を駆けて行く。
「走っちゃ駄目って言ったのに・・・・」
立ち上がり、振り返ったあずみと冴の目が合った。
「あ、もう終わったんですか?」
「・・・・ええ」
(そう、藍は誰にでも優しかった。子供に接する背中、柔らかい笑顔を見ていると、本当に藍そのもの・・・・だからこそ、気分が悪い。あの子は成績は良くなかったけど誰にでも優しく、教師からの評判も良かった。私にはそれが媚びているようにしか見えず・・・・そう考えると、あの子の全てが嘘臭く感じるようになった。私に対する優しさも、欠陥品である姉への同情から来るものだと。子供の頃の私は、そのたびに惨めな思いをしていた。藍の目を見ると、私自身が嫌な人間だと自覚してしまう・・・・)
「あの、どうかしましたか?」
「・・・・行くわよ」
冴は一言だけ言って踵を返した。あずみはトコトコとその後を歩いて行く。
静かな廊下に二人の靴音だけが響く。
「次はどこへ行くんですか?」
「審判者のところよ」
「審判者? 何を審判するんですか?」
冴は何も答えてくれないので、あずみは話題を変えた。
「私って、藍さんがモデルになってるんですよね?」
「・・・・ええ。と言うより、あなたの魂は藍そのものなんだけど」
「藍さんにとって、冴さんはお姉さん」
「それが?」
「お姉ちゃんって呼んでいいですか?」
「・・・・!」
冴が立ち止まり、振り返る。恐ろしい顔をしていた。
「私にとっての藍は死んだの。あなたは偽物。偽物にそんな呼ばれ方、して欲しくないわ!」
「・・・・ごめんなさい」
再び歩き出す。
「冴さん、藍さんが好きだったんですね。だから怒った」
「・・・・それ以上喋ったらここで破壊するわよ」
さすがに何も言えなくなるあずみだった。
渡り廊下を抜けると、建物の雰囲気が変わった。ここから先が「ジャッジメント」と呼ばれる、審判者の建物である。
要するに裁判所であり、冴は父親が犯罪を犯した証拠品として提出するためにあずみをここに連れて来たのだった。予めアポイントは取ってある。ここには冴もよく知っている親戚の叔父さんが働いているので、取り次いでくれた。
「やぁ、久し振りだね冴ちゃん」
「もう『ちゃん』なんて歳じゃありません」
「そうかな? おじさんにとっては二十歳そこそこの娘さんは『ちゃん』だけどね」
「二十歳になれば立派に大人です」
冴はあずみと一緒に応接へ通された。叔父さんはニコニコとした顔で冴を出迎える。
「その子がアンドロイド? 驚いたな、藍ちゃんそっくりだ」
「ええ、これで父の罪も立証できます」
「ははは」
叔父は煙草に火を付けた。
「実の父親が刑を受ける、その証拠を持ってくるとはねぇ」
「叔父様だって、実の兄を裁くのでしょう?」
「私は法に則って審判を下すだけだよ。私情は挟まない」
「ご立派です。この子は預けていっても?」
「それは構わないが・・・・君が提出してくれた資料で、明日には審判を下せそうだ。それまでその子は預かることになるが、その後は・・・・」
「ええ、不正なトランスソウルですから、破壊ということになりますね」
「私としても、藍ちゃんそっくりのアンドロイドを破壊するのは気が引けるのだがね」
「たかがロボットですわ」
平然と冴が答える。
「叔父様はロボットを壊すのは気が引けて、父に刑を下すのは平然と出来るのですか」
「君の父親は嫌いだったが、藍ちゃんは好きだったのでね」
「先程、私情を挟まないとおっしゃってませんでした?」
「はっはっは」
「うふふ」
あずみは意味が分からず、二人の乾いた笑いを聞いていた。
一通り話も済み「それでは、よろしくお願いします」と冴が席を立った。あずみも一緒に席を立ち「お邪魔しました」と冴の叔父に頭を下げた。
「あなたは帰らないのよ」
「えっ?」
「ここに残るの。叔父さんに預かってもらうから」
「私、みんなの所に帰りたいんです」
「言ったでしょ、あなたはもう帰れないの」
すがるあずみの手を払い、冴は部屋を出て行こうとした。
「ここは嫌です!」
冴を追いかけようとしたあずみの腕を、冴の叔父が掴む。
「おとなしくしなさい、君はここに残るんだ」
「嫌です、嫌です!」
冴は振り返りもせず、後ろ手でドアを閉める。
「お姉ちゃん、助けて!」
「!」
ドアが閉められた。
ドアの前で冴は立ち尽くしていた。
(藍・・・・?)
記憶が戻ったのかと思ったが、そんなはずはないと自分の考えを否定する。
(でもメモリーが飛んだわけじゃなくて、その他の理由でアクセス出来なかっただけだとしたら・・・・?)
だとしても、あれは藍ではない。藍は死んだ。あずみは藍の偽物、ただの入れ物だ。
だが、入れ物に何の価値があるというのか。
人の本質は魂であり、心である。心が藍であるなら、あずみは・・・・。
「・・・・藍は死んだのよ」
冴は何かを吹っ切るように、駆け足でその場を後にした。
タクシーで山の中腹まで上がり、そこから谷を抜け、やっとのことで目的地に到着した頃、透子は体力を使い果たしていた。
「ごめんね、足手まといだった・・・・」
息が上がっている。
「構わない。同行を許可したのは僕だ」
憂喜は平然としている。地図を見て「ここだな」と頷く。目の前には大きな洞窟の入り口があった。
「あたしがいなかったら、空間転移で一瞬にして来れたのにね」
「いや、どちらにせよここへは徒歩で来るからね」
「どうして?」
「山の中や森の奥は木や草が茂っているし、岩場も多い。下見もせずにいきなり転移するのは危険過ぎる」
「へぇ、そうなんだ」
「それよりも、僕はこの洞窟に入るが・・・・君はどうする?」
「置いていくつもり!? 熊とか出たらどうするの!」
「この辺りに熊なんて出ないさ。それに、熊あたりなら君でも倒せるだろう」
「え〜、か弱い乙女を捕まえて、人聞きの悪いことを」
「君の矢は、狙った場所に確実に当てることが出来るんだろう?」
「熊に遭ったら、とっさに弓なんて引けないよ」
朝になり、熱が下がっていた透子は憂喜の「狩り」に同行したいと申し出た。憂喜の目当てであるマーダードラゴンは絶滅危惧種とされており、近々保護動物に制定される予定だ。だからこそ、今回が手に入れる最後のチャンスでもあった。
蒼爪が憂喜の肩に降りたかと思うと、ソウル・ユニゾンを行った。ブラスト・オブ・ウインドが憂喜の身体に装着される。
「もう臨戦態勢?」
「言ったはずだ、マーダードラゴンは危険だと。ついて来る気なら、絶対に離れるな。離れた場合、命の保障はしない。自分で身を守れ」
洞窟に一歩踏み入れると、そこは闇の中だった。
「何も見えないよ」
「すぐ慣れる」
足場は不安定で、様々な大きさの石が転がっている。透子は何度か躓きそうになり、憂喜の腕を掴んだ。
このまま永遠に闇の中に入って行きそうな感覚に透子が陥っていた時、ふいに前方から薄明かりが見えた。近付くに連れ、その光が広がってゆく。
「わっ」
二人は洞窟の中に広がった大広間に出た。遥か天井には穴が開いており、光が薄っすらと差し込んでいた。
そして・・・・。
「いたぞ」
憂喜が指を差した方向に、体長二〜三メートルほどの生物が蠢いていた。透子はマーダードラゴンを、何となくイメージでボスキャラ級の巨大な生物だと思っていたのだが、オオトカゲのような大きさだった。
「何だぁ、あんまり強そうじゃないね」
「・・・・油断するな。数が多い」
「え?」
透子が大広間を見渡すと、あちこちにドラゴンが点在しており、ざっと数えて三桁は行きそうだった。
(うわ、気持ち悪い・・・・)
「通路に隠れていろ」
「え?」
「どうやら見付かったようだ」
憂喜の背後から覗くと、ドラゴン達がこちらににじり寄っていた。
「うわっ」
透子は慌てて憂喜に言われた通り、通ってきた通路に戻って身を隠した。
「行くぞ、蒼爪」
ブラスト・オブ・ウインドが光を放ち、マーダードラゴンの群れに向かって飛ぶ。それを見たドラゴンが鋭い牙が並ぶ口を開け、飛び掛ってきた。
37th Future に続く
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