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33th Future 「断崖絶壁の決戦」
(何がしたいんだろう、私)
咲紅は透子に「姫宮さんは私が見付けてあげる」と言ったが、見付けた後にどうするのかは決めていなかった。決められないというのが正直なところだ。
咲紅達にとって魔法の悪用は絶対的な罪であり、決して許されない悪である。更に闇の種族とされるイニシエートもこの世を乱す悪とされている。魔法を使い、イニシエートを助けたゆかりは重罪に値する。そのゆかりを助ける透子達も同じく罪に問われるのは間違いない。
だが、咲紅は憂喜のやり方が少々気に入らない。
(姫宮さんを藤堂院さん達に捕まえさせようとしたり、不特定多数の人に携帯メールを送って姫宮さんを捜させたり、まるで・・・・)
そこまで考えて、咲紅はハッとなった。
(藤堂院さん達がどのように行動するか、メールを受けた人達がどう行動するか・・・・ユーキ君はそれを見る為に、観察する為にやっているのかも)
憂喜がニュース番組を見ていた時の様子を思い出す。
(くだらない・・・・この世界の住人はこんな奴らばかりなのか。ユーキ君はそう言っていた。見たいんだわ、ユーキ君は。この世界の人々が、本当にくだらない人達ばかりなのかどうか)
悔しいが、憂喜のメール作戦は効果的だ。街中で騒ぎの起こっている場所を探せば、ゆかりに関連している可能性が高い。ゆかり一人を捜すよりはるかに見付け易い。
だが一歩間違えれば大きな騒ぎとなる。今日は日曜なので早朝から外に出ている人は少なかったが、これが通勤ラッシュだったら大変なことになる。
「ま、スクールトップの成績を維持しているユーキ君ならそこまで考えているんでしょうけど」
少々皮肉っぽく呟いた咲紅は、魔法探知能力を使って宇佐美市内を巡回していた。先程は正体不明の魔法を感知したが、すぐに憂喜の反応があったので、彼に任せておいた。
「いざとなれば、街って広いよねぇ・・・・」
九月に入って二週間ほどになるが、まだ日差しは強い。日曜だが朝からスーツを着たサラリーマンが大勢歩いていた。
咲紅はその人波の中に、かなり違和感のある服装を見付けた。
(どうしてこんな所に侍が・・・・?)
この街の中で侍とは、明らかに場違いというか、完全に浮いている。ご丁寧に刀と脇差を下げていた。頭はちょんまげではなく、散切りだった。
その人物との距離が縮まり、咲紅は見知った顔であると認識した。
「・・・・トージ君」
「おお、咲紅殿」
侍が咲紅に対して手を上げた。
「・・・・何してるの」
「何って・・・・管理局からの派遣でござるよ」
「あなたが?」
「逃亡し、局員三人に怪我を負わせた澤崎春也の捕獲を頼まれたでござる」
「そのござるって、やめない?」
「恰好いいでござろう?」
「トージ君が思っているより恰好良くないよ」
「そ、そうでござったか? 咲紅殿はそう思われるか?」
咲紅の言葉に動揺しているのは、エミネントで咲紅の幼馴染にあたる枯枝刀侍(かれえだ・とうじ)。親の影響か名前の影響か、刀侍は昔から時代劇&日本刀マニアであり、いつも和服に草履、刀・脇差姿である。語尾に「ござる」を付けるのが好きなようだ。
道行く人々はジロジロと見たり、また極力目を合わさないように通る者も多かった。
(管理局も、よりによってこんな面倒な人を遣さなくても・・・・)
咲紅は、管理局は本気で春也を捕まえる気があるのかと本気で疑った。
「咲紅殿が恰好悪いと言うのなら、やめるでござるが・・・・」
「別に、どっちでもいいけど」
「興味なしでござるか・・・・」
ちょっと落ち込む刀侍だった。
「目的はあくまでハル君の捕獲だよね?」
「左様、基本的には捕獲でござるが、抵抗すれば抹殺もやむを得ず、と命じられて来たでござるよ」
「・・・・そう」
咲紅は刀侍の刀をチラっと見た。
(捕まってもいずれはソウルトランスの刑、抵抗すれば殺される・・・・ハル君はどっちみち助からないのね)
「?」
いつの間にか、刀侍は四人の警官に囲まれていた。
「そこの君、その刀は何だ!? 本物か?」
「あん?」
「偽物か、本物かと聞いている!」
警官らが警棒に手をかけつつ、刀侍の動きを伺う。
「無論、本物でござるが・・・・」
警官らに緊張が走る。街中で日本刀を携え、しかも着物に草履姿だ。確実に普通ではない。銃刀法違反で、しかもまともではないので、何か問題を起こす前に身柄を確保しなければならない。
「そ、それをこっちに渡せ!」
「何故でござる? これは拙者の大事な刀でござるぞ」
「て、抵抗するな!」
警官四人が警棒を構え、刀侍ににじり寄った。
「咲紅殿、こいつら取り敢えず斬っていいでござるか?」
「よ、良くないわよっ!」
慌てて否定した咲紅を、一人の警官が睨む。
「お前も仲間か!」
「へっ?」
「こっちへ来い!」
警官は凶器らしき物を何も所持していないことを確認し、咲紅の腕を掴んだ。
「きゃっ、離して!」
「大人しくしろ!」
それを見た刀侍が、日本刀の柄に手をかける。
「駄目、トージ君!」
「ぎゃっ!」
その瞬間、警官四人の手の甲から血が吹き出た。
「え、拙者はまだ抜刀していないでござるが」
「バラバラに逃げるのよ、トージ君! あなたはそっち!」
咲紅の肩に小さな生き物が飛び乗る。触角ハムスターのモコだ。彼女?が警官らの手を噛み、怯ませたのだ。
咲紅と刀侍は魔法の力により、信じられない速さで警官の追走を振り切った。
倉崎が伝えてくれた、巳弥の言う「友達になった場所」とは、以前にゆかりが巳弥に自分の正体(本来の姿)を打ち明けた場所であるとゆかりは理解していた。海岸の近くにある、巳弥の両親が眠る墓地の近くだ。そこなら人も少ないし、安心して落ち合えるだろう。
だが、そこへ行くには電車に乗らなければならない。一円も持っていないゆかりは、そこへどうやって行こうか悩んでいた。計算上は六時間ほど歩けば着ける場所だが、お金がなくて飲食の出来ないゆかりには不可能な所業だった。
電車に乗るには四百円かかる。それさえ用意出来れば、仲間がゆかりのために飲み物や食べ物を用意してくれることだろう。
そう考えたゆかりのお腹が鳴った。
(ふぇぇ・・・・)
ふと気が付くと、孫の手の魔力ドームが少しだけ膨らんでいた。回復が遅いだけなのか、どうやら壊れてはいないらしい。
(もしもし、孫の手?)
ゆかりは孫の手を握り、話し掛けてみた。少しして、心話での応えがある。
(・・・・ゆかりん)
(どうしちゃったのよ〜、心配したんだから)
(ごめん、気を失っていたみたいだ・・・・)
(え、どうして?)
(あの蒼い宝石のせい・・・・だろう。あまりに強い魔力を身体に通したことで、負担が強すぎたんだよ)
(そうなの・・・・ごめんね)
(いや、僕が宝石を付けてって言ったんだから。でももう大丈夫だよ。魔力も回復するはずだ。どうやら寝てるんじゃなくて気絶している時は、魔力が回復しないみたいだね)
(そうなんだ・・・・)
ゆかりの頭には「これで食べ物が出せる!」という考えが真っ先に浮かんだ。だが、魔法で偽金を作って電車に乗るという手もある。
(でも、食べ物を出せばまた魔力がなくなっちゃうから、しばらく魔法が使えないし、お金を出すのって犯罪だし・・・・)
メッセージの主である巳弥は、約束の場所に行っているだろう。透子達も一緒かもしれない。早く会いたい、とゆかりは思う。イニシエートに行って、帰って来てすぐに逃げて、会っていないのは時間にしてまだ丸二日も経っていないが、随分会っていない気がする。
(そうだよね、会えばご馳走してくれるよ)
ゆかりは「ごめんなさい」と呟きながら孫の手を握り締めた。駅の構内なので、呪文を唱えると確実に目立ってしまう。悪い魔法を使わない為にマジカルアイテムには「魔法承認機能」があるが、この場合はゆかりの事情を考慮して孫の手が許してくれた。
ころん、と五百円玉がゆかりの手の平に落ちた。これで切符を買っても百円余る。
(あ!?)
百円で何か買えるかなと考えた時、ゆかりは自分の失敗に気付いた。
(ゆかり、馬鹿?)
どうせ偽金を作るのだから、五百円ではなく千円、いっそ一万円を作れば良かったのだ。それなら電車に乗れて、食事も出来る。
失敗を悟った時、孫の手の魔力ドームはまたぺったんこになっていた。
(どうしてどっちか片方だけ選ばなきゃって思ったんだろ・・・・お金を出せば解決だったのに・・・・)
やはり世の中は金だ、としみじみ思ったゆかりだった。
泣く泣く切符を買い、お釣りの百円を握り締める。駅の売店を覗くと、おにぎりがあった。
税込・百五円。
(・・・・五円足りない)
日頃は「はした金」と思っていた五円が、今日は特に大事に思えた。
自動販売機のジュースも百二十円だ。唯一百円の飲み物は「大自然の美味しい水」だった。
(水・・・・かぁ)
ホームに座り込み、「誰か助けて下さい!」と叫べば恵んで貰えるかとも考えたが、さすがにそこまで落ちぶれるのは嫌だった。
(世知辛いねぇ・・・・)
ゆかりがしみじみと世間の不景気を嘆きながら駅のホームに出ると、いきなり指を差された。
「姫宮ゆかりだっ!」
「ふぇっ!?」
例の迷子メールを受けた者だろう。ゆかりは慌てて階段を引き返し、人波に紛れた。
(もうちょっとで電車に乗れたのに〜!)
だが乗る前で良かった。電車に乗ってしまったら逃げ場がなかったところだ。
(どうしよ〜? 電車に乗らないといけないのに!)
ゆかりの乗る予定だった電車の発着ホームがどんどん遠ざかってゆく。振り返ると、自分を追う人の人数が増えていた。
「怖いよ〜! きゃっ!」
ゆかりは突然、柱の影から伸びた腕に手を引っ張られた。
「いやぁ〜!」
「馬鹿、声を出すな!」
手の平に口を塞がれる。
「ん〜! ・・・・ん?」
ゆかりの口を塞いでいる人物は、澤崎春也だった。
「んん?」
「あぁ、悪い」
春也が手を離すと、ゆかりは息を吐いた。
「どうしてここに?」
「頼まれたんだよ。たまたま駅にいた出雲さんと藤堂院さん、それにおっさんを見付けたんだ。そしたらお前を見かけたら守ってやってくれって頼まれてな」
「透子達は?」
「先に目的地に向かった。その時に俺が魔力を探ったが、尾行は付いてなかった」
「今は?」
「今もない。どこか見当違いな場所を探してるんだろう。それよりゆかりん、お前はメールを受けた奴らに面が割れてるから変装しろ」
春也がポケットから眼鏡を取り出した。
「髪型も変えるぞ」
そう言いつつ、春也はゆかりの髪の毛をまとめているゴムを外そうとした。
「いたた、優しくして」
「あ、わ、悪い」
春也は「優しくして」という台詞に少々よからぬ妄想をしてしまったが、そんな場合ではないと気付き、すぐに気を引き締めた。
「服装も変えた方がいいな。魔法で何か別の服を出せよ」
「駄目だよ、ゆかりのマジカルアイテム、魔力がないもん」
「面倒だなぁ、魔力がなくなるなんて。よし、俺が出してやる。但し、俺の趣味だから文句は言うなよ。本当は魔法で物を作るのは犯罪なんだけどな。この際、もう一緒だ」
「へ、変なの出さないでよ」
「ふっふっ」
「なによ、その笑いは!」
ガタゴトと電車がリズムを刻んでゆく。二つ、三つと駅を過ぎて行くが、誰もゆかりに気付く者はいなかった。
「・・・・澤崎君がこういう趣味だったなんて・・・・」
ゆかりは髪を下ろし、ロングヘアーに縁なし眼鏡、そしてセーラー服という姿だった。これなら添付メールの写真と同一人物だとは思わないだろう。
「どう見ても清楚なお嬢様学校の生徒だぞ」
「清楚なお嬢様にしてはスカートが短いような・・・・」
「文句を言うなと言ったはずだぞ」
「この学生鞄は?」
「学制服で鞄を持ってなかったら不自然だろ」
「・・・・まぁ、脚を隠せていいけど」
学生鞄はゆかりの膝の上に置かれている。
「しまった、俺、余計な物を出したのか」
「そんなので後悔しないでよっ」
そんなこんなで無事に目的の駅に到着したゆかりと春也は、墓場を抜け、待ち合わせの場所である岸壁へと向かった。
「ねぇ澤崎君、どうしてゆかりが追われてるの?」
「あ? まだ知らなかったっけ?」
「そうだよ〜。訳分かんないのに逃げなきゃならないなんて」
「ゆかりんは悪くないさ」
「悪くないのに追われてるの?」
「・・・・そうだな」
「ゆかりを追ってるのは鷲路君? 桜川さんは? 澤崎君はどうして助けてくれるの? 鷲路君とは友達じゃないの?」
「難しいことは分からねぇ」
「どこが難しいの? 敵か味方か、友達かそうでないか、それだけでしょ?」
「それが難しいんだよ」
草むらを抜けると、目の前に海が広がっていた。
「ゆかり・・・・?」
そこにまだ二日も経っていないが、ゆかりにとっては懐かしの顔が揃っていた。
「透子、巳弥ちゃん、ついでにユタカ!」
「ついでって何だよ!」
抗議するユタカを無視し、ゆかりは透子に抱きついた。
「ゆかり、良かった・・・・」
「ごめんね、ゆかり、勝手にイニシエートに・・・・透子、どうしたの?」
透子の顔は赤く、目がトロンとしていた。
「ちょっと、風邪引いちゃって・・・・でも、大丈夫」
「大丈夫って、熱があるんじゃないの?」
「透子さん、どうしてもここに来るって聞かなくて・・・・」
巳弥が心配そうに透子の腕を持った。
「これから、どうするんだ?」
ユタカが透子、巳弥、そして春也を見回して言った。落ち合ったのはいいが、それからどうするかは決まっていない。
「どうすればゆかりが捕まらなくて済むか、だな。話し合いもまともに出来ていないんだ。澤崎君、何とかあの頭の硬そうな奴を説得出来ないのか?」
「あいつを説得するのは不可能に近いと思う。それに万が一説得出来たとしても、管理局が動き出してしまった・・・・もうゆかりんの罪は消えない」
「何だよ、罪って! ゆかりは何も悪いことはしていないぞ!」
「それは君達の論理だ」
冷ややかな声が聞こえた。
「ユ、ユーキ!」
春也が驚いて思わず叫んだ。崖の上にはブラスト・オブ・ウインドを纏った憂喜が立っていたのだ。
「ど、どうしてここに・・・・」
「魔力サーチは僕にも使える。いや、僕の方が精度がいい。君には僕を探知出来なかったようだが、僕は君の後をずっと追っていた」
「くっ・・・・」
「澤崎、正直言って君がいなかったらそいつ等を捜せなかった。君の魔力を頼りにここまで来たのでね」
「す、すまねぇ・・・・」
春也はゆかり達を振り返り、歯を食い縛った。ユタカと巳弥はゆかりと透子の前に立ちはだかる。
「諦めろ」
憂喜がゆっくりと降りてきて着地した。
「逃げろぉ、お前らぁ!」
春也が地を蹴った。隣にはいつの間にかサラマンダーがいる。
「ソウル・ユニゾン!」
サラマンダーのサラがソウルウエポン化した「クリムゾンファイア」とソウルユニゾンした春也が、憂喜に向かって走る。先制攻撃は春也だった。
「くらえぇ!」
春也の右手に付いた手甲から炎が伸びる。憂喜は身をかわそうともせず、蒼いマジカルバリアを自分の前に張った。炎は全てそのバリアに遮られる。
「澤崎、奴らを助けたつもりだったのだろうが、君が僕をここへ導いたんだ」
「ちっ・・・・」
「やはり君は万年落ちこぼれだったということだな」
「うるせぇ!」
春也は右の拳に魔力を溜め、憂喜のマジカルバリア目掛けて思い切り正拳突きを叩き込んだ。バリアの表面が崩れ、蒼い破片となって辺りに散らばる。
「何だと!?」
「この程度かよ、優等生!」
続けて春也は憂喜に対して拳を振り上げた。憂喜もその拳目掛けて右手を繰り出す。右の拳同士がぶつかり、蒼い魔力の粒が飛び散った。互角かと思われた衝突だったが、クリムゾンファイアのライトアームに亀裂が走る。
「ぐあっ!」
衝撃に弾かれた春也は後方に吹き飛んだ。
「君を甘く見ていたことは謝ろう」
「畜生め・・・・」
春也は起き上がると、亀裂の入ったクリムゾンファイアを再生させた。
「無駄な抵抗はよせ、澤崎。これ以上やると言うなら、ここで息の根を止めるぞ」
「やってみろよ!」
クリムゾンファイアが真っ赤になったかと思うと、猛スピードで憂喜に突っ込んだ。憂喜は羽根を拡げて宙に浮き突進をかわすと、春也の頭上目掛けて右手の嘴を繰り出した。
「ぐはっ!」
紙一重で頭への攻撃を避けた春也だったが、その攻撃は彼の肩を直撃し、ショルダー部分のアーマーが砕けた。同時に血飛沫が飛ぶ。
「ちっ・・・・」
春也は飛び退って負傷した肩に手を当て、治癒魔法を使った。
「治癒などしている暇はないぞ!」
憂喜がウイングを広げ、低空飛行で春也に向かって来た。春也は治癒を中断して迎え撃とうとしたが、肩を負傷した側の右腕が動かない。
防御する暇もなく、胸部に嘴の攻撃を受けた。
「ぐはあっ!」
胸部のアーマーが砕ける。春也は地面を転がり、岩にぶつかって止まった。
「澤崎、もう終わりか?」
「ゆかりんは・・・・悪くない。間違ってない・・・・」
「それは君の正義か?」
「正義・・・・? あぁ、そうだ・・・・」
「なら君はその正義を貫け。僕は僕の正義において、君を抹殺しよう」
憂喜の右手、ブラスト・オブ・ウインドのライトアームが蒼く光った。
34th Future に続く
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