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タイトル


 31th Future 「藍とあずみ」


 あずみが目を覚ました場所は、例えるなら手術室のような部屋だった。照明が眩しく、目をしっかり開けられない。
(ここはどこ?)
 あずみはメモリーを辿ってみた。うさみみ中学で女の人に抱えられた所までは記録がある。そこからはメモリーに記録されていない。
 腕が伸びているので動かそうとしたが、動かない。脚も同様だった。どうやらあずみはベッドに大の字で固定されているらしい。
 衣類は何も着けていなかった。隠そうにも手足が固定されている。
 扉が開いた。
「お目覚めね」
 冴だった。いつもの表面がユラユラとした、素材が不明なワンピースを着ている。
「調べさせて貰ったわ。やはりあなたは父の作った、私の妹を真似て作ったアンドロイドだった」
「・・・・あの、着る物を返して下さい」
 あずみの顔が赤く染まる。
「あらら、そういう感情もあるのね」
 冴はベッドに近付き、あずみを見下ろした。
「藍そっくりのアンドロイド、いえトランスソウル・・・・藍の魂を入れた器。外から見える部分は細かい部分まで精巧に作られていたわ。いやらしい、不潔だわ。あの変態科学者。何を考えていたのかしら」
 冴の顔があずみの顔に近付く。
「本当に藍そっくり」
「あの、服を・・・・」
「父が溺愛していた、私の妹、藍・・・・両親の私への愛は、全てあなたに持って行かれた。私の体が不完全だという理由で」
「恥ずかしいです・・・・」
「藍が死んでも父の愛は私に向かなかった・・・・研究所に閉じ篭り、何をしているのかと思えばこんな酔狂の塊を作っていたなんて・・・・そんなに・・・・」
 冴の表情が歪む。
「そんなに私が嫌いだったの!?」
 あずみは殴られるかと思って目を閉じたが、何も起こらなかった。冴がベッドの脇のボタンを操作すると、あずみの四肢をを拘束していた枷が開いた。続いて、あずみが着ていた体操服が冴によって渡される。
「あなたが着ていた服よ。取り敢えずこれを着て」
 あずみはきちんと下着を着け、体操服を着た。
「服装なんてどうでもいいのよ。あなたはすぐに破壊されるんだから」
「・・・・え?」
 きょとんとした顔であずみが冴を見る。
「生前の記憶を残したままで魂を移送する、禁じられたソウルトランス。ソウルトランスは魂のリサイクルであって、復活であってはならない。それは魂を永遠に残すことが出来てしまう、神への冒涜」
「・・・・?」
「藍を復活させたいが故に、父は藍そっくりのアンドロイドを作り、藍の魂を移送した。本来は犯罪者のみが受ける刑罰とされているソウルトランスを藍に施した時点で既に犯罪。ソウルトランスは、罪人が魂のみとなった後に人の役に立てるようにと定められた刑罰。トランスソウルとなり、人の役に立ち、これまでの過ちを償う贖罪。それを罪の無い藍に施した。しかも生前の記憶を残したまま。父にとって、記憶の無い藍の魂は意味がなかった」
「・・・・私がトランスソウル?」
「その事実を知られそうになった父は、あなたをメビウスロードに乗せて異世界に飛ばした。皮肉なことに、その時に何らかの電気障害が起きてあなたのメモリーが飛んでしまったのね」
「あの、私が莉夜ちゃんに出会った時、ポケットに『A済』っていう紙が入っていたんですけど、それは・・・・」
「A済? メビウスロードを利用する時の領収書よ。アカウント済みの略だわ」
「はぁ」
 自分の名前の由来が領収書だった事を知ったあずみだった。
「あなたは父が隠滅しようとした、犯罪の証拠品。あなたはこれから私がまとめた資料と共に証拠品として裁判所に送られ、その後に廃棄処分されるわ。不正なトランスソウルはこの世に存在してはならない。今回のように人間界に流出する危険性が浮上したからには、いらないものをトゥラビアにあげるわけにもいかなくなったしね」
「えっと、冴さんはお父さんを犯罪者にしたいんですか?」
「犯罪者にしたいんじゃないの。犯罪者なの。私はその罪を、父と言えども公正に暴くだけ。それが正しいことよ」
「それは単なる事実です。冴さんの感情はどうなんですか?」
「感情?」
「お父さんを犯罪者にする証拠を、自分で提出する気持ちです」
「感情なんて、正しい行いをする上での障害でしかないわ」
「私は嫌です」
 あずみが冴を真っ直ぐに見返した。
「私は帰りたい。お友達の莉夜ちゃんの所へ。巳弥ちゃん、ゆかりん、みここちゃん、みんなのいる所へ」
「それは無理よ。ここはエミネント。もうあなたのいた世界に帰る手段を、あなたは有してはいないわ。それにあなたは所詮アンドロイド、いえトランスソウル。作り物のあなたが友達とか仲間とか、私には理解出来ないわ」
「私は自分が何者だって構いません。ただあの人たちと一緒にいたい。そう思うから」
「わがまま言うなら、またベッドに貼り付けるわよ」
 冴は扉を開け、出て行った。鍵の閉まる音が聞こえた後は、部屋にある何に使うか分からない機械の電子音だけが聞こえていた。


 咲紅はうさみみ中学の前を通りかかった時、校門に倒れている人影を見付けた。服装に見覚えがある。
「藤堂院さん!?」
 咲紅は透子を助け起こして名前を呼んでみたが、返事が無い。
「ちょっと、藤堂院さん、どうしたの!?」
 額に手を当ててみる。
「熱がある・・・・大変だわ」
 風邪などのウイルスで発病する病気等は、治癒魔法では治せない。咲紅は透子を魔法で運ぼうとしたが、魔力が少ない事に気付いた。
「どうしよう、放っておけないし・・・・」
「どうした、桜川」
 上空から声が聞こえ、咲紅が見上げると憂喜が蒼爪の脚を掴んだ状態で宙に浮いていた。
「ユーキ君、藤堂院さんが!」
 憂喜が高度を下げ、着地する。
「ここに倒れてたの!」
「そうか」
「そうかって・・・・」
「桜川、藤堂院さんは犯罪者の仲間だ。助けると君も仲間になるぞ」
「ユーキ君!」
 咲紅の口調が荒くなった。
「何よそれ! ユーキ君は熱で倒れてる人を放って置けって言うの!? だいたい、藤堂院さんが倒れたのって、あなたが姫宮さんを捕まえて来いなんて無茶なことを言ったからよ! きっと夕べは姫宮さんのことが心配であまり寝ていないだろうし、今日は苦手なマラソンを走ってへろへろだったし、その上、姫宮さんが追われてて・・・・」
「桜川」
 咲紅の台詞を中断させ、憂喜はこめかみに手を当てた。
「悪いことをした者が悪いんだ。君の言い方を聞いていると、僕が悪者に聞こえる」
「そうじゃなくて、思いやりとか、そういうことを・・・・」
「犯罪者に情けなど必要ない。いいか、桜川」
「何よ」
「皆が犯罪者に情けをかけると、誰も犯罪者を裁けないんだ」
「私は一般論を言ってるんじゃないの。ううん、ユーキ君のは極論だわ。私はただ、ここにこうして熱を出して倒れている藤堂院さんを助けたいって、そう言ってるだけ。仮にも同級生だったのよ? 友達を助けたいって気持ち、私には分かるわ。心配なのよ。だから倒れるまで必死で・・・・」
「藤堂院さんは自分が捕まりたくないから、姫宮ゆかりを必死で捜しているんだ」
「ちょっと〜!」
 さすがの咲紅も頭に来たようだった。
「この分からず屋!」
「犯罪者を庇って自分が共犯になるなんて、愚かなことだ。まともな人間なら姫宮ゆかりを捜し出し、我々に差し出す。僕も君が何を考えているのか分からない。藤堂院さんを助けたければ、捕まえればいいだろう。身柄を確保した上で、看病するといい」
「捕まえるって、彼女は悪いことはしていないわ」
「姫宮ゆかりを庇った。イニシエートに行った事を我々に隠し、家族旅行などと嘘をついていた。それだけでも参考人として拘束することは出来る」
「分かったわ」
 咲紅は憂喜を説得することを諦め、肩を落とした。
「藤堂院さんの身柄は私が確保しておく。逃げないようにするから、出雲さん家で看病していいでしょ?」
「それは構わない。ただ、藤堂院さんなら姫宮ゆかりのいそうな場所を知っているかと思ったのだが・・・・このままでは、彼女を見付けられないまま夜が明けてしまう」
「そう言えば、夜が明けたら何とかって言ってたけど・・・・他の人に手伝って貰うとか。どうするの? 管理局に応援を頼むの?」
「いや、もっと効果的なことだ。もっと多くの人に姫宮ゆかりを捜してもらう」
「?」
 咲紅は憂喜がしようとしていることが予測できなかったが、それよりも今は透子を助けるのが重要だと思い、透子を背負おうとした。
「期待するだけ無駄だと思うけど、藤堂院さんを運ぶのを手伝って貰えると嬉しいな」
「それは別段、構わないが」
 咲紅にとって意外な答えが返って来た。
「犯罪者を護送すると思えば、仕事の内だ」
「・・・・はいはい、何でもいいからお願い」
 咲紅は透子の肩に腕を回し、しゃがんだ憂喜の背中に導いた。透子の息は荒い。
「いくよ」
 咲紅が憂喜の背中に透子の身を預ける。憂喜は背中で透子の体温の高さを感じた。
「・・・・」
 憂喜は透子を背中に乗せたまま固まっていた。
「ユーキ君?」
「桜川、教えてくれ」
「何を?」
「この場合、どこを持てばいい? このままだと不安定だが、女性の体に触るのは失礼ではないのか?」
 憂喜の両手は、透子のどこを支えればいいのか分からずに宙をさ迷っていた。
「じゃあ、膝の辺りを持って」
「スカートを履いているので、脚が広がる恰好にするのは失礼に当たると思うが」
「・・・・この際、いいと思うけど」
(ユーキ君、女の子に対しての免疫がなさそう・・・・)
 気のせいか、街灯の明かりに照らされた憂喜の顔が赤く染まっているように見えた。何となく、憂喜の弱みを握った気がした咲紅だった。
 透子を背負った憂喜が蒼爪に運ばれて出雲家に着いた頃、時計は午前三時を回っていた。咲紅は魔力が少なくなり空間転移が使えなかったので、自分の脚で出雲家まで歩いて来なければならなかった。
 イニシエートに帰って、憂喜達の正体を知っているかどうかを紅嵐に聞いて来ると言って出雲家に帰った芽瑠は、既に時空ゲートを潜って故郷に帰っていた。もしも今、憂喜と鉢合わせになっていれば大変なことになっていたはずだ。
「遅いぞ、桜川」
「ユーキ君は飛んでるんだもん、早いでしょ」
 普段は魔法を使っていてあまり自分の力では歩かない咲紅は、ふくれっ面で答えた。
「藤堂院さんは居間に寝かせている。くれぐれも逃げないようにしっかりと見張っていてくれ」
「はいはい」
 咲紅は憂喜の「逃げないようにしっかりと見張っていろ」という言葉は「藤堂院さんをしっかり看病してあげてくれ」という気持ちが入っていたのだろうか、といい方向に考えてみたが、考え過ぎな気もした。
 憂喜は引き続きゆかりを捜しに行った。咲紅は透子が寝かされているという居間に入ってみると、畳の上にそのまま透子が寝かされていた。
「布団くらい敷いてあげなさいよね、全く・・・・気が利かないんだから」
 そうは言ってみたが布団がどこにあるのか分からないので、咲紅は取り敢えず座布団をかき集めて並べ、透子をその上に寝かせた。
「これで我慢してね」
 透子の額に手を当ててみる。大した熱さではないが、やはり熱っぽい。
「濡れタオルでも当てるかな」
 洗面所の脇に積まれたタオルを借りて、水で絞る。顔を上げると、鏡に自分の顔が映っている。
(私、何やってるんだろう?)
 他人のために世話を焼いたことなど、あまりなかったはずだ。まして今の自分の置かれている状況を考えれば、憂喜と言い争いをしてまで透子を看病することは自分の立場を悪くするだけだ。
(それに、藤堂院さんだって管理局がどう判断するか分からないけど、捕まる可能性だってわるわけだし、どうせ捕まるなら看病したって無駄だし・・・・)
 色々なことを考えながら咲紅は居間に戻り、透子の額に濡れたタオルを当てた。
「ん・・・・」
「あ、気がついた」
「ここは・・・・」
 透子は蛍光灯の明るさに目を細める。
「桜川さん?」
「あのね、学校の前に倒れてたから・・・・」
「倒れてた・・・・」
 透子は額のタオルを手で押さえながら上半身を起こした。
「ゆかりは!?」
「姫宮さんなら、まだ・・・・」
 咲紅が言い終わる前に、透子は畳に手をついて立ち上がろうとしていた。
「行かなきゃ・・・・」
「駄目よ、寝てなきゃ! 熱があるのよ」
「ゆかりを助けるの」
 フラつきながらも立ち上がった透子の体を咲紅が支えた。
「病人に無理させるわけにはいかないわ。私、子供の頃は看護婦志望だったのよ」
「だったら、ゆかりも、助けて・・・・」
「息が荒いじゃない!」
「寝てる場合じゃないんだから・・・・」
 透子は咲紅にもたれかかったまま、崩れるように膝をついた。
「ほら、無理だってば」
「無理でも行くの!」
 透子の額からは汗が流れている。
「どうしてそこまで? ねぇ、どうしてそこまでするの?」
「・・・・」
 咲紅の問いに答える前に、透子は畳の上に倒れた。
「大変!」
 咲紅は透子の額に手の平を当て、先程から少し回復した魔力で冷気を放出した。
「病人はおとなしく寝てなさい。姫宮さんは私が捜してあげるから」
 透子が再び寝たのを確認し、咲紅は出雲家を出た。


 先程とは別の電話ボックスに置かれている電話帳で出雲家の電話番号を調べたゆかりは、早速先程ゲットした十円玉を公衆電話に入れ、番号をプッシュした。
「巳弥ちゃん、いるかなぁ」
 呼び出しが空しく繰り返される。その時、出雲家にいる人物はグッスリ寝入った透子だけだった。何度かの呼び出しの後、留守番電話に切り替わる。仕方なくゆかりは留守電にメッセージを吹き込むことにした。
「もしもし、ゆかりです。携帯電話の電池が切れちゃって困ってます。十円拾って電話をかけてるんだけど、誰でもいいので迎えに来て下さい。えっと、ここは・・・・どこだっけ? えっとねぇ」
 ゆかりは受話器を持ったまま辺りを見回した。あまり来たことのない場所なので、目印にするための建物や道路をどれにするか迷ってしまう。いざ目印にしようと思うと、なかなか目立つ建物等がないものだ。
「あ、あれにしようっと。えっとね、赤くて・・・・」
 ビー、という音がして、すぐに通話が切れた。
「あれ、お金が切れた」
 通話中に辺りを見回していたものだから、時間が無駄に過ぎてしまったのだ。
「あぁもう、また肝心な部分を言えなかったよ〜」
 ゆかりは再び十円をゲットするために下を向きながら歩き出した。
 だがそれも長続きせず、すぐにコンビニの前にあるコンクリート製の車止めに腰をかけてしまう。何だか深夜に遊んでいる女子高生みたいだ、とゆかりは思った。もちろん、今は本来のゆかりの姿なので、女子高生とはさすがに若く言い過ぎだ。
 自動ドアの開く音がして、コンビニから制服を着た店員が顔を出した。ほうきとちりとりを持っており、入り口付近を掃き始める。
 ゆかりの前を通り過ぎた。と思えば、また引き返して来る。
(邪魔ってことかな・・・・)
 せめてコンビニで何か買い物をしていれば大きな顔で座っていられるかもしれないが、何も買わずにただ座っているだけなので、さすがに気が引ける。
 仕方なくゆかりはコンビニの前から移動した。
(ゆかりだって、お金があれば何か買うよ・・・・)
 お腹が空いたし、眠い。
 孫の手の魔力は休むと少しずつ回復するので、それに期待してゆかりはバスの停留所に腰を下ろした。魔力が少し回復すれば、食べ物を出すことが出来る。そう思ったら、余計に空腹度が増した。
 だが期待も空しく、なかなか孫の手の魔力ドームが膨らんでこない。
「どうしたんだろ・・・・そろそろ少しは回復するはずなのにな」
 孫の手の柄を握って話し掛けてみたが、反応は無かった。
(もしもし? おかしいな、寝てるのかな)
 孫の手が死んだ時のことを思い出し、ちょっと不安になる。
(まさか、あの宝石のパワーアップで無理したから?)
 夜中なので人通りがほとんどない道をに、カツ、カツとアスファルトを踏む音が聞こえる。ゆかりがそっとその音がする方向を見ると、黒い牧師さんのような恰好をした男が辺りを見回しながら歩いて来た。
(・・・・)
 その男は、エミネントの管理局員の一人だった。ゆかりを横目で見ながら前を通り過ぎて行く。子供のゆかりしかしらない男は、今のゆかりを見ても同一人物には見えないだろう。
(ゆかりを追ってる人?)
 ゆかりはドキドキしながら「関係ない」という顔をしていた。
「あの」
「ひぇっ!?」
 やり過ごしたと思っていたゆかりは、いきなり声を掛けられ思わず叫んでしまった。
「ピンクのフリフリな衣装を着た女の子を見ませんでしたか?」
「いえ、全然」
「そうですか、失礼しました」
 頭を下げ、男が立ち去る。
(・・・・はぁ)
 安堵の息を吐き、ゆかりは手で頬を扇いだ。
(結構、礼儀正しい人だったな。ゆかりを捕まえようなんて、悪い人には見えなかったけど)
 ほっとした瞬間、眠気が襲って来た。背もたれに背中を付けると、そのまま体重を預けたくなる。
(もう帰ってもいいかなぁ・・・・)
 柔らかな布団が懐かしい。
(眠い・・・・)
 次の瞬間にはもう眠りに落ちていた。



32th Future に続く



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