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30th Future 「逃亡者と追跡者」
「ちょっとあなた」
「?」
背後から高圧的な声をかけられ、ユタカは振り向いた。夜中なので、素行のよろしくない不良や暴走族にからまれたのか、とビクビクしていたのだが、声をかけた人物は警官だった。
「何でしょう?」
「その子は?」
隣に並んで歩いている巳弥を、警官は顎で指した。
「妹、ですが」
とっさに嘘が出た。警官の態度から見て、自分が深夜に巳弥を連れ回していると思われたのだと理解したからだ。
「妹、ねぇ」
警官は巳弥に懐中電灯を当て、頭からつま先までジロジロと見た。
「お嬢ちゃん、本当かい?」
「は、はい」
巳弥も話を合わせる。
「知らないおじちゃんじゃない?」
「違います・・・・」
「お金貰ったり、お洋服を買って貰ったりしてない?」
「し、してません」
「真夜中に兄妹が一緒に歩いちゃ駄目なんですか?」
毅然とした態度でユタカは文句を言った。この場合、気弱になっては負けだ。
「多いんだよねぇ、最近」
何が多いのかは言わず、警官は踵を返した。二度、三度と振り返ってユタカに疑いの目を向けつつ去って行く。
「ったく、こっちはそれどころじゃないと言うのに」
「うふふ」
巳弥が小さく笑ったので、ユタカは「何が面白いの?」と聞いた。
「その、ユタカさんって、やっぱりそんな風に見えるのかなって・・・・」
「そんな風って何なのかなぁ、巳弥ちゃん」
「あ、ごめんなさい、その、早く行きましょう」
「誤魔化したな・・・・」
巳弥にまでそんなことを言われて心外なユタカだったが、巳弥が笑った所をあまり見たことがなかったので少し得をした気分だった。
(ゆかりと違って物静かで、女の子って感じだよなぁ。これでヤマタノオロチの血を引いてるなんて、想像できないな)
「あの、何か・・・・?」
自分を見る視線に気付いた巳弥は、ユタカから更に距離を取った。
「いや、その・・・・ゆかりはどこに行ったのかなぁ・・・・」
何気なくユタカが空を見上げたその時、彼の視界を真っ白い物が覆った。
「なに!?」
避ける間もなく、ユタカの顔面にその白い塊が直撃し、彼は後ろ向きにぶっ倒れて尾てい骨を思い切り打った。
「がは・・・・」
痛くて声が出ない状態のユタカは、鼻血を流しながらもんどりを打った。
「ミズタマ君!」
巳弥が驚いた声を上げた。その白い塊はトゥラビアのミズタマ、本名エリック・フォン・キャナルニッチ・ラビリニアだった。
「おお、巳弥! 久し振りだじょ!」
「本当・・・・今までどこにいたの?」
「それが、話せば長くなるじょ」
ミズタマの後ろで、鼻血を出しながらユタカが起き上がった。
「お前がミズタマか・・・・」
「うお、何だお前、鼻血が出てるじょ!」
「お前が原因だろうが!」
「巳弥がピンチそうだったから助けたんだじょ」
「確信犯かよ!」
(こいつがゆかりの職務怠慢なお目付け役というウサギか・・・・挨拶代わりに俺の顔に落ちてくるとは、とんでもない奴だ・・・・)
「今頃、遅いんだよお前は!」
「な、何だこいつ、いきなりキレてるじょ!」
「お前が・・・・!」
ユタカはミズタマの水玉模様のスカーフを掴んだ。
「お前がもっと早く来てたら、ゆかりを助けにイニシエートに行けたんだ! 行く手段がないから俺はゆかりが心配で眠れなくて・・・・」
「い、意味が分からないじょ! イニシエートって何だじょ!」
「ユタカさん、首が絞まっちゃうわ」
巳弥に腕を引っ張られて我に返ったユタカは、ミズタマのスカーフから手を離した。ミズタマは襟を正すと、ユタカを横目で睨んでから巳弥に話し掛けた。
「我輩達も、トゥラビアから出られない状態だったんだじょ」
「どういうこと?」
「それより、ゆかりんはどこだじょ?」
とミズタマは辺りを見回した。
「何で巳弥がこんな鼻血を出してるおっさんと二人切りで歩いてるんだじょ?」
「鼻血はお前のせいだ! お前までおっさんて呼ぶな!」
「こいつ、ストーカーか痴漢だな? やっつけていいか?」
ミズタマが手に持った杖でユタカを指した。
「やめてミズタマ君、その人はゆかりんの彼氏さんだから」
「なにぃ〜っ!」
ミズタマは物凄い形相でユタカを振り返った。
「大袈裟に驚くなよ」
「こ、こんな腰痛のおっさんがゆかりんの・・・・」
「だから、腰が痛いのもお前のせいだ!」
「ゆかりんの男の趣味も落ちる所まで落ちたじょ・・・・」
「えらい言われようだな」
「お前、ゆかりんの弱みを握ってるな? 脅迫して無理矢理付き合ってるんだ、そうに違いないじょ」
「その根拠はどこから来るのか皆目検討がつかないが・・・・お前、魔法を使えるのか?」
ユタカはミズタマが持っている杖を指差した。
「これは魔法の杖だじょ」
「何の飾り気もないネーミングだな・・・・この際、見掛けや名前はどうでもいい。ゆかりを捜すのを手伝ってくれ」
いちいち出会った人物に状況を説明するのだが、その辺りはもう省略する。ミズタマも今までのトゥラビアの状況を説明した。
「じゃあ、おじいちゃんはトゥラビアにいるの?」
「あぁ、元気でいるじょ。しかし、奴らがイニシエートを討伐しようとしているとなると、当分こっちには帰って来ない方がいいかもな」
「そうね・・・・でも、無事ならそれでいい」
巳弥は手を合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「そのオムそばとか言う試験が終わったから、お前らも自由になったってのか? ゆかり達に試験の内容を教えられては困るので、事情を知っているお前やトゥラビア王が軟禁されてたってことか?」
「オムそばじゃなくてオブザーバーだじょ」
「一体何だ、そいつは?」
「我輩に聞いても知らないじょ。エミネントの階級か資格か、その辺りのはずだじょ」
「エミネント?」
「敵の名前だじょ。ゆかりんを捕まえようとしている奴ら、管理局と呼ばれてる奴ら、我輩達を見張っていた冴という女、あいつらがエミネントなんだじょ」
「で、奴らはどこから来たんだ? あいつらの住む世界はどこにあるんだ?」
「分からないじょ。少なくともトゥラビアでは把握していないじょ。冴という女は『神の国から来た』と言った、と聞いたじょ」
「神の国・・・・」
随分と奢り高ぶった台詞だとユタカは思った。
(まさか奴らがいわゆる「神様」なんて言うんじゃないだろうな・・・・それが本当なら興ざめだ。あんな子供が全知全能、人々の畏怖の対象であるはずがない)
だが、ユタカは本物の「神様」を知っているわけではない。彼らが神の子で、オブザーバーになることが神への階段を上がる一歩なのかもしれない。
「・・・・分からないことを考えても仕方が無い。とにかく今は、あいつらよりも先にゆかりを見付けることが先決だ。ミズタマ、魔法で何とかならないのか?」
「サーチ魔法か・・・・やってみるじょ」
ミズタマは杖を両手で持ち、目を閉じた。しばらくして目が開く。
「どうだ?」
「駄目だじょ、ゆかりんの孫の手の魔力が残り少ないのか、探知出来ないじょ」
「そうか・・・・捜すしかないな。手分けしよう」
「なら我輩はリチャードと合流するじょ」
ミズタマは魔法の杖にまたがった。
「はぁっ、はぁっ・・・・畜生・・・・」
この卯佐美市の南部を流れる河川は、つい数日前に巳弥の祖父と蒼爪が戦った場所だ。その川原に膝をつき、春也は荒い息を吐いた。体中が傷付き、衣服はボロボロだった。腕の出血した部分を、ソウルユニゾンを解いたサラマンダー(火トカゲ)のサラが舐めている。
「魔力を使い切って治癒も出来ないとはな・・・・」
追っ手の管理局員三人を何とか倒した春也は、全力で戦った結果、魔力を使い果たしていた。管理局員もそれぞれソウルウエポンを持っていたのだが、こうして勝ち残っているのは奇跡だと春也自身も思う。
だが、ここでゆっくりしているわけにはいかない。派手に戦闘をやらかしたのだから、憂喜らに感づかれているはずだ。春也はサラを抱いてゆっくりと立ち上がった。
「すまねぇな、サラ・・・・こんなことに巻き込んでしまって」
「ぴきー」
膝が痛いが、何とか歩けそうだ。
「俺のこと、馬鹿だと思うか? サラ」
「ぴき?」
「俺か? 俺も自分が馬鹿だと思う。馬鹿だけど・・・・」
(ゆかりんは悪くない)
(ゆかりんは友達を救いに行ったんだ)
(人を助ける魔法に、悪い魔法は無い)
「何となく誇らしい馬鹿だ」
額から血が垂れてきた。肩も腕も膝も痛い。
(俺が誰かの為にこんなことになるなんてな・・・・のの美の奴、俺がこんな風になってることなんか知らずに馬鹿みたいに喰ってるんだろうなぁ)
何故か笑いが込み上げてきた。
「お・・・・」
膝が折れ、春也は草むらに倒れ込んだ。辺りに明かりはなく、真っ暗だ。唯一の光である月明かりに、鷲にぶら下がった憂喜の姿が浮かんだ。
(・・・・ユーキ)
今見付かったらアウトだ。今の春也には抵抗する魔力も気力もない。
(あいつなら・・・・ためらいなく俺を管理局に引き渡すだろうな。元々あいつにとっては俺なんて仲間でも何でもないわけだし、たまたまこっちの世界に一緒に来ただけに過ぎない。あいつの自身の正義は揺ぎ無い・・・・だからこそ強いし、怖い)
春也は真っ暗な草むらに倒れている為、憂喜からは見えていないようだった。憂喜は三人の管理局員が倒れているのを発見し、その場に降り立った。脈を取り、生きていることを確認する。
「澤崎が一人で倒したのか・・・・?」
管理局員が甘く見たのか、春也の力が想像以上だったのか。
憂喜は春也を甘く見ていた。スクールで万年最下位クラスだったので、魔力も大したことはないと思っていた。
(確かに仮にもユニゾンを使えるのだから、そこそこの魔力はあると思うが・・・・まさか、あいつが万年最下位クラスなのは頭が悪いだけで、魔力は優れているのか? 管理局はそれを見抜いていて、僕と桜川と共にオブザーバー試験を受けさせたのか?)
スクールの試験には実地と知識がある。どちらかが優れていても、もう一方の成績が思い切り悪ければ成績は悪くなる。
(どちらにせよ今の状況を見ても明らかだが、澤崎はオブザーバーに向かない。冷静な判断、物事を大局的に見る目がオブザーバーには必要だ。そうでなければ、世界を調整する役目はこなせない。あいつは感情的過ぎる)
その時、誰かが川原を駆けて来る音が聞こえた。
「ユーキ君!」
憂喜に置いてけぼりを食らった咲紅だった。彼女は空間転移は出来るが、空を飛ぶ手段はない。
「ハル君は!?」
「既にここにはいないようだ・・・・」
「そう・・・・」
咲紅は倒れた三人の管理局員に目をやった。
「死んでるの?」
「いや、まだ息はある」
「だったら、助けないと・・・・」
駆け寄ろうとした咲紅は、足元に何かがあることに気付いて足を引っ込めた。
「きゃっ」
春也と目が合った。
(ハル君・・・・!)
咲紅はチラっと憂喜を見たが、春也に気付いている様子はない。おそらく春也の残存魔力が少な過ぎて、感知出来ないのだろう。
(・・・・)
暗くてよく見えないが、春也はかなりの重傷のようだ。このまま放っておけば命に関わるかもしれない。
「桜川、早く管理局の方々を治療してあげて欲しい」
「あ、うん」
憂喜に促され、咲紅は治療の為に管理局員の元へ歩み寄った。
(この人達を治療すれば、またハル君が追われる・・・・)
今の春也なら、子供でも捕まえられるだろう。
咲紅の立場ならば、見付けた春也を管理局に引き渡さなければならない。だが咲紅は、春也を引きずり出す気にはなれない。
(犯罪者をかくまえば同罪なのに)
「桜川、どうした?」
「え? あの、その・・・・ま、魔力が少なくて、三人を完全に治療するのは無理だわ。命に別状はない程度に回復させることは出来るけど・・・・」
「そうか・・・・ではそれで頼む」
治癒魔法が苦手な憂喜に対して、咲紅の嘘は成功した。咲紅の治療は必要最低限に留まり、管理局員三名は何とか立って歩ける状態には回復した。これでは春也を追うことは不可能なはずだ。
「皆さん、その体ではこれ以上の捜索は無理でしょう・・・・一旦帰って完全に治療するか、代わりの者を遣して下さい」
憂喜の言葉に頷き、三人はエミネントへ帰るべく、来る時に使ったメビウスロードの入り口へと向かった。
「さて、引き続き捜索だ・・・・澤崎はそう遠くへ行っていまい」
「ど、どうして? もう遠くへ逃げちゃったかもしれないよ」
「三対一だ、無傷なはずはないし、魔力もかなり消費しているはずだ。その証拠に、澤崎の魔力が全く感じられない・・・・目視するしかなさそうだな。桜川、そっちを頼む」
そう言って、憂喜は川の上流に向かって行った。やがて暗闇の中に憂喜の姿が見えなくなる。
「・・・・はぁ」
「さ、咲紅・・・・何故、俺を助けた?」
後ろの草むらから、弱々しい声が聞こえてくる。
「私、昔は看護婦も目指してたのよ」
「・・・・初耳だな」
「誰にも言ってないもの。だからね、怪我人は助けないと駄目なの」
咲紅は憂喜の歩いて行った方角に気を配りながら、春也の傍にしゃがみ込んで治癒魔法を施した。
「魔力が少ないってのも嘘か」
「本当よ。でも多い、少ないは人によって感じ方が違うわ」
今度こそ本当に春也を完全に治癒するほどの魔力が残っておらず、大きな怪我の患部を治療し終えると咲紅の魔力は尽きてしまった。
「ごめん、今度こそ本当にここまで」
「充分だ・・・・サンキューな」
春也はサラを肩に乗せると、咲紅に背を向けた。
「早く行けよ。こんなところを見られたら大変だぞ」
春也は下流に向かって歩き始める。
「あ、あのね」
「ん?」
「私は、ハル君はハル君で、ユーキ君はユーキ君で、それぞれ正しいと思う。やり方はまずかったと思うけど」
「・・・・あぁ」
「気をつけてね」
春也は振り向かずに手だけ上げると、堤防の向こうへと消えた。
(お腹すいたなぁ・・・・)
ゆかりはユタカとの通話が切れた後、携帯電話の充電をしようと思った。だがコンビニ等に置かれている充電器を買おうにも持ち合わせがない。
出雲家に帰るのはまずい、自宅に帰るのもまずい。透子やユタカに連絡を取らなければ、動きようがなかった。
(そうだ、透子の家に行ってみよう)
そう思い立ったゆかりは、腹の虫を飼い慣らしつつ藤堂院家に到着した。先程、透子と芽瑠が立ち寄ったが、既に場所を移した後だった。もちろんゆかりはそんなことを知らない。
(留守かぁ・・・・やっぱりまだ巳弥ちゃんちにいるのかなぁ。帰りたいなぁ)
帰ったら危ないと言われても、命を狙われる覚えのないゆかりには実感が無い。
さすがに夜中になれば商店街で開いている店はなく、脇道に入れば怪しげな勧誘が立っていた。ゆかりは足早に商店街を抜けると、駅前へと向かった。人がいなくてもいいから、とにかく明るい場所に行きたかった。
「あ」
ふと地面に目線を落とすと、十円玉が落ちていた。辺りを見回し、人が居ないのを確認する。
(うりゃ、十円ゲット!)
ゆかりは十円を拾い上げ、早速公衆電話を探した。十円あれば、透子の携帯に電話して待ち合わせ場所を決めることは出来る。
電話ボックスに入り、受話器を取り、十円を入れる。
「えっと、090・・・・」
ゆかりの指が止まる。
(090・・・・えっと、何だっけ、14・・・・あれ?)
透子の電話番号が出てこない。普段から携帯電話で登録している番号を選択するだけなので、番号を忘れてしまっている。
(そうだ、携帯電話の登録を見れば・・・・)
ゆかりは携帯を取り出したが、表示窓は真っ暗だった。
(携帯が使えないから公衆電話を使ってるんじゃないの!)
受話器を置くと、十円が戻って来た。
(何で透子の携帯電話の番号くらい、覚えてないのよぅ・・・・)
ユタカの番号も同じく覚えていない。巳弥は携帯を持っていないし、出雲家の番号も覚えていない。
(あとはえっと、こなみちゃん・・・・も知らないし、知ってても今の時間だと迷惑だよねぇ)
ゆかりは公衆電話に設置されているはずの電話番号帳を探したが、どこにも見当たらなかった。心無い者が持って行ったのだろう。
駅の大時計は深夜一時を回っていた。
(あとは・・・・)
結局覚えている番号は、自宅の電話番号だけだった。
(お父さんに電話してもなぁ・・・・そうだ、ちゃんと透子の家に泊まってるって言ってくれてるのかなぁ・・・・)
お腹がすいた。
眠い。
足が痛い。
「もう・・・・帰りたいよぅ」
ゆかりは電話ボックスを出て、その場に座り込んでしまった。
待っていて、透子達が来てくれる場所とはどこだろう?とゆかりが考えていると、人影が近付いてきた。
「何してるの? 一人?」
「え?」
見上げると、スーツ姿の男性が見下ろしていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「なんでもないです」
ゆかりは立ち上がって去ろうとしたが、なおも男が声を掛けてくる。
「彼氏と喧嘩でもした?」
「してません!」
「ひょっとして家出? うちの店に来る?」
「いいです!」
「お腹すいてない? 食べ物もあるよ。お金がないの? うちの店、バイトも出来るよ。何なら・・・・」
今のゆかりにとって、かなり激しい誘惑だった。だが絶対にいかがわしい関係の仕事に違いないと思うので、誘いに乗らず逃げるしかない。
「フリフリのミニスカ履いちゃって、けっこう遊んでるんじゃないの?」
「放っといて!」
夜の街は怖い。二十四時間営業の店に入ろうにもお金がない。
(食い逃げをしようと思う時って、こんな時なのかなぁ・・・・)
31th Future に続く
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