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タイトル


 28th Future 「みんな揃って犯罪者」


 春也は透子と巳弥の方に目線を動かした。
「お前ら、絶対に手を出すなよ。出したらお前らも犯罪者になるぞ」
「ハル君、馬鹿なことはやめて!」
 咲紅が叫んだ。
「フッ、馬鹿なことか・・・・」
 憂喜は長い髪をかき上げた。
「さすがは万年最下位クラスの澤崎春也君だ・・・・僕には到底、真似できない。いや、理解できない。何を熱くなっているのかは分からないが、冷静になってはどうだ? 今の君の行動が愚かなことだと気付くはずだ・・・・それとも、そんなことも分からないほど君は落ちこぼれなのかな? 全く、管理局の人が出来の悪い奴をメンバーに入れてくれたお陰で、余計な苦労をしなくてはならなくなった・・・・罪を裁く側が罪人になってどうする?」
「分からないんだ、何が正しくて何が正しくないのか。だがこれだけは言える! ゆかりんは間違ってない」
「間違っている。だから僕達が裁くんだ」
「お前はいつも正しいのかよ!」
「僕が正しいのではない。僕は正しいことを行っているだけだ」
「話し合っても無駄みたいだな」
「きゃっ!?」
 こなみが声を上げた。いつの間にか畳の上に、全長三十センチほどの赤いトカゲがいたのだ。
「サラ・・・・力を借りるぜ」
 サラと呼ばれたトカゲが、身軽な動きで春也の肩に登った。
「本気か、澤崎」
「行くぜ、サラ! ソウル・ユニゾン!」
 春也の両腕が光を放つ。憂喜と咲紅以外は、眩しさに目を細めた。
 やがて光が納まり、その中から両腕、両肩に鎧をまとった春也が現れた。
「な、何・・・・?」
 驚く透子達に、春也が叫ぶ。
「ボーッとしてんなよ! ゆかりん、いいか、一人で逃げろ! 一緒に逃げた奴は同罪になる! 友達を巻き込みたくなかったら、一人で逃げろ!」
「ええっ?」
「ゆかりん! 早く!」
「・・・・うん、何が何だかよく分からないけど・・・・澤崎君を信じる」
 ゆかりは春也の横をすり抜けると、廊下に出て玄関に向かった。
「待って!」
 咲紅がその前に立ちはだかる。
「逃がさないわ!」
 両手を広げてゆかりの行く手を遮る咲紅の後ろで、ドアが思い切り開いた。
「ゆかり〜!」
「きゃあっ!」
 背中からユタカの体当たりを食らった咲紅はド派手に転んだ。その横を走り抜け、ゆかりは靴を履き外に出る。
「ゆかりっ!?」
「ユタカ・・・・」
「逃げろ! 後のことは俺達に任せろ!」
「う、うん」
 ゆかりの後姿が遠ざかる。
(ゆかり・・・・助けるぞ、絶対に俺が助けるからな!)
「いたぁ〜い!」
 ユタカに押されてすっ転んだ咲紅が、膝を押さえて涙を浮かべていた。
「あ〜っ、ご、ごめん! 押し倒すつもりはなかったんだ、その、勢いよく走ってきたら君が目の前にいて、その・・・・ごめん、本当にごめん!」
 何度も頭を下げるユタカを見て、咲紅は泣く気が失せたようだった。
「・・・・いいです、もう」
 咲紅の手が光り、擦りむいた膝がみるみる内に治ってゆく。
「すぐ治りますから」
「じゃあ痛いとか言う前に治せよ!」
「だって痛かったもん・・・・」
 咲紅の拗ねた表情が、ユタカのハートにストライクだった。
 それはさておき、居間で対峙する二人が臨戦態勢に入っていた。
「僕は姫宮ゆかりを追わなければならない。生憎だが君と争っている場合じゃないんだ」
「ゆかりんは追わせない」
 春也は右腕を憂喜に向けた。春也の両腕、両肩を覆う真っ赤な鎧は、右腕にトカゲの頭部、左腕に尻尾を象ったような形をしている。
「サラマンダーのソウルウエポン、クリムゾンファイア・・・・か。実物を見るのは初めてだな」
「お前も自慢のソウルウエポンを装着したらどうだ? 怪我するぜ」
「必要ない・・・・何故なら」
 憂喜の手が弧を描いた。
「君の攻撃は僕に届かないからだ」
 蒼い光が憂喜の体を包む。
「マジカルバリアか・・・・!」
 春也の右腕にあるトカゲの口が開き、炎が噴出された。炎は憂喜の体を直撃したと思われたが、蒼い光に遮られ、炎が拡散する。
「ちょっと!」
 散らばった炎が畳や障子に燃え広がりそうになり、透子は肩叩きから水を射出して消火した。
「家の中で暴れないで!」
 巳弥が叫ぶ。
「悪いな、後で元通りにするから、許せよ!」
 春也の右腕が更に炎を吐く。憂喜はそれを無視し、蒼い光に包まれたままゆかりを追うべく玄関に出た。
「待ちやがれ、ユーキ!」
 春也の右腕から、特大の火の玉が飛び出した。
「!」
 火の玉が憂喜の背中にまともに当たった。炎と共に、憂喜が纏っていた蒼い光も拡散する。
「くっ・・・・澤崎!」
 衣類の背中の部分が焦げ、憂喜は春也の方を振り返った。
「言っただろ、怪我するって」
「・・・・僕の好意を無にするのか。仮にも仲間だ、争いたくはなかったのだが・・・・」
 バサバサと鳥の羽ばたきが聞こえたかと思うと、鷲が出雲家の玄関から入って来た。
「後悔するぞ、澤崎」
 蒼爪が憂喜の肩に着地する。
「ソウル・ユニゾン・・・・」
 春也の時と同じく、憂喜の体が光る。蒼爪の形をしていた光が変形し、憂喜の右腕、胸部、背中にそれぞれ形を成してゆく。
 春也はそれを身構えながら睨んでいた。
(ユーキのソウルウエポン、ブラスト・オブ・ウインド・・・・蒼爪の攻撃力がソウルウエポン化したことで、更に高まると聞いたが・・・・)
 春也にとって憂喜の能力は未知数である。ただ分かっていることは、自分は憂喜よりも魔力が断然低く、運動能力も劣り、成績も良くなければ足も短く女子に人気もないということだ。
(ユーキと戦うなんて無謀なこと、考えたこともなかったぜ・・・・)
 春也が纏っている鎧が小刻みに震えた。
(サラ・・・・? 怯えてるのか?)
 右腕に嘴、胸に爪、背中に折り畳まれた羽根を装備した憂喜が現れた。
「ブラスト・オブ・ウインドを実戦で使ったことなど、もちろんない。模擬戦闘で実力など出せるはずが無い・・・・だから実際にどれだけの力があるのか、僕にも分からない」
「・・・・」
 春也の額を汗が流れた。
「後悔出来ればいいがな、澤崎」
 予備動作なしで、憂喜が春也に向かって飛んだ。
「!」
 春也は慌てて腕を顔の前で交差させて防御したが、鷲の嘴が左腕のアーマーを粉砕した。
「何だと!?」
「選択しろ、澤崎。管理局に捕まってソウルトランスされるのがいいか、いっそここで死ぬか・・・・どっちだ?」
「どっちでもねぇよ!」
「二択の選択問題すら解けないか」
「喰らえ!」
 春也の射出した火の玉は、憂喜の体に届く前に背中から回り込んだ羽根によってガードされた。直後、羽根の影から嘴が飛び出し、春也の右腕を覆うトカゲの頭を粉砕した。
「サラ・・・・!」
「心配するな、破壊されてもサラの魂には影響がない。もっとも、再びクリムゾンファイアを作り出す魔力が君に残っているか、が問題だな」
「くっ・・・・」
 春也がスクールにおいて成績が上がらない最も大きな原因は、魔力の使い方にある。魔法はイメージする力が強ければ強いほど強力な魔法が使える。例えば憂喜や咲紅が使える空間転移を春也が使えないのも、彼が「転移」をイメージする力が乏しいのが原因なのかもしれない。
 ソウルウエポンとは、エミネントが主に動物の魂を己の魔力によってコントロールし、魔力と魂を一体化させることで使用する武器のことである。春也の場合はサラマンダーのサラの魂を魔力によってコントロールし、肩から腕にかけての鎧と右手に装着された様々な火の攻撃を繰り出す武器として使用する。サラの魂を武器化するのは魔力の力によるもので、魔力さえあれば何度破壊されても再構築出来る。
 瞬く間に両腕のアーマーを破壊された春也は、攻撃手段を失った。
(くそ、ここまでか・・・・だが、ゆかりんが逃げる時間は稼げたはずだ)
 身を守る鎧が両肩だけになり、春也は壁に背を付けて息を吐いた。
「どうするんだ? ユーキ・・・・」
「君が抵抗しないのなら、命までは取らない。だがいずれにせよ君はソウルトランスされることになる」
「なぁ、ゆかりんは悪くないぜ・・・・」
「僕はルールに従うまでだ。姫宮ゆかりは必ず捕まえる」
「だから、ゆかりんはトランスソウルの悪用なんかしてないんだよ。友達を助けただけだ、それが悪いのかよ!」
「悪人の手助けは罪になる」
「ユーキ、お前、本当にイニシエートがみんな悪だって思ってるのか?」
「イニシエートは悪だ」
「そう教えられてきただけじゃないか。俺はそうは思わない」
「悪だ。君の意見など聞きたくない」
 全く動じない憂喜を見て、春也は口をつぐんだ。何を言っても無駄だと思った。
「君は馬鹿だ。万が一僕に勝ったとしても、管理局が既にこちらに向かっている。君も姫宮ゆかりも、逃げることは不可能だ」
「何だって、管理局が・・・・」
 ソウルトランスの刑は、罪人の魂を抜き取り、トランスソウルに移送する刑である。その際、生前の記憶は抹消され、トランスソウルとして生きてゆくことになる。
(つまり俺は、ゆかりんのことも忘れちまうってことか・・・・)
「人を助ける魔法に、悪い魔法はないとゆかりは思うよ」
 ゆかりが春也に言った言葉だ。
(友達を助けるためにゆかりんはイニシエートに行った。そう、助けるためだ。人を助ける魔法に、悪い魔法は無い、俺もそう思う。だからゆかりんは悪くない。悪くないのに捕まるなんて、不条理なことがあってたまるか・・・・!)
 その時、出雲家の前に数人の男が現れた。
「来たぞ、管理局だ」
 憂喜はソウルユニゾンを解き、玄関に向かった。
(今だ!)
「うおおおっ!」
 春也のソウルウエポン「クリムゾンファイア」の破壊された部分が復元した。
「ヘルファイヤァァァ!」
「!」
 意表を突かれた憂喜は、アーマーを解いた背中に「ヘルファイア」を浴びる形となった。
「澤崎ぃぃぃ!」
 すぐにマジカルバリアを張ったが、最初の一撃はまともに喰らった。更に春也は連続してヘルファイアを放ち、その炎が玄関に来た管理局の三人に襲い掛かる。
「危ない!」
 管理局の面々もいきなり炎が飛んで来るとは予想してなかったので、慌てて腕で顔を防御するのが精一杯だった。
「何だ!?」
 春也が管理局の者の脇を、姿勢を低くして勢いよく駆け抜ける。
「そいつは澤崎春也・・・・姫宮ゆかりの逃亡を手助けした男です!」
 憂喜が焼けた背中の痛みに耐えつつ、春也を追う。
 外に逃げ出した春也を追って、管理局の三人と憂喜が飛び出して行く。あっという間に出雲家は静かになった。
「透子さん!」
 巳弥が透子の名を呼ぶ。
「どうすれば・・・・」
「ゆかりの逃亡の手助けをすれば、あたし達も捕まる・・・・」
「でも、ゆかりんは何も悪いことはしてないよ!」
 莉夜が言った。
「あの頭の硬い鷲路君はおいといて・・・・桜川さんの意見はどうなの?」
「え?」
 全ての視線が咲紅に注がれる。
「わ、私は頭が硬くないってこと?」
「そう期待したいんだけど、何とか彼を説得できない?」
「ユーキ君を説得しても駄目よ。既に管理局が動き出してしまったから」
「何なの? 管理局って」
「・・・・」
 咲紅は押し黙る。
「秘密なら仕方ないけど・・・・例えば」
 透子は「魔法の肩叩き」を展開した。
「あなたを人質に取って、代わりにゆかりを見逃す・・・・ううん、こっちの話を聞いて頂戴っていうのは駄目かな?」
「・・・・本気?」
「こっちだって、ゆかりを助ける為なら色々な手段を考えないと」
「・・・・無駄だと思うわ。管理局は何よりメンツが大事だもの。脅迫に屈するくらいなら、私を見捨てる」
「その管理局って所はそうだとして、あの鷲路君は?」
「私を人質にして、ユーキ君を脅すの? ・・・・それも無駄だと思う。彼はそんなことでは自分のポリシーは曲げない人だから」
「あ、そ。あなたの友達はやっかいね、二人共」
 再び透子は肩叩きを畳んだ。
「ハル君は馬鹿だわ」
 咲紅は悲しげな顔をして、声を荒げた。
「こんなことをして、ただで済むはずがないのに。犯罪者にはどんな末路が待っているか、嫌と言うほど教えられているはずなのに」
「犯罪者の末路・・・・?」
「犯罪者にヌルい世界に住むあなたたちには分からないでしょうね」
 咲紅はそう言って、春也が焦がした出雲家の壁や床を魔法で修理し始めた。


 鷲路憂喜と管理局三人は、春也の残存魔力を頼りに彼を追っていた。ゆかりに関してはそういったものがなく、探すすべがない。
「姫宮ゆかりは僕が探します。あなた方は澤崎を」
 憂喜は蒼爪とソウルユニゾンし、ブラスト・オブ・ウインドの羽根で空に上がった。空からなら遠くまで見渡すことが出来る。
(飛んでいる姿を住人に見られるとやっかいだがこの際、仕方が無い。姫宮ゆかりさえ捕まえれば、僕たちがこの世界にいる理由はなくなるのだから、姿を消してしまえば噂話で終わるだろう)
「鷲路様」
 管理局の一人が叫んだ。その言葉遣いに、憂喜は首をひねった。
(様? 何故彼が僕のことを鷲路様と?)
「鷲路様は先程、オブザーバーとして正式に任命されました。つきましては、犯罪者・姫宮ゆかりの処遇及び処罰は鷲路様に任せるとのことです」
「僕が・・・・オブザーバー? 何故? では今回の試験は・・・・」
「試験は終了です。あなたが選ばれました」
「・・・・そうなのか」
(姫宮ゆかりのことを管理局に連絡したから、なのか? 良く分からないな・・・・とにかく今は姫宮ゆかりと澤崎春也を捕まえることが先決だ)
 憂喜の見た限りでは、ゆかりは何故逃げなくてはならないのか、分かっていない様子だった。となれば、そう遠くへは行っていないはずだと憂喜は考えた。
(姫宮ゆかりの処罰は好きにしていい、か・・・・そう言われても管理局に引き渡す以外にないと思うが・・・・抵抗してくれば本気で攻撃してもいいと言うことか?)


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
 ゆかりは大通りから脇道に入り、建物の壁に背を付いた。
(逃げろと言われたから逃げたけど、どうしてゆかりは逃げてるの?)
 あの状況から考えると、鷲路憂喜から逃げろと言われていたようだったが、ゆかりが彼から逃げなければならない理由が分からない。
(勝手にイニシエートに行ったから、透子や巳弥ちゃんには怒られるのは分かるんだけど・・・・)
 個人的にあまり面識のない憂喜に対して、悪いことをした覚えが無い。
(澤崎君の冗談かなぁ。でも何だか真面目な感じだったし・・・・)
 自分に覚えの無いようなことなら、話せば分かってくれるだろう。何か悪いことをしたのなら、謝ればいい。そう思ってゆかりは、出雲家に引き返そうとした。
「?」
 その時、ゆかりの視界の隅を何かが横切った。
(人? でも羽根がある・・・・)
 空を飛ぶ人でゆかりが思いついたのはイニシエートの人間だったが、月明かりに照らされたその羽根は金属のような輝きを放っていた。
(・・・・鷲路君?)
 暗くてよく見えなかったが、ゆかりは夜空に浮かぶその人物を鷲路憂喜だと思った。
(ゆかりを捜してる?)
 ゆかりは慌てて壁に張り付いた。これで屋根に隠れ、上空からは見えないはずだ。
(何で鷲路君に羽根が?)
 分からないことばかりだ。
 イニシエートから帰って来て、勝手に行ったことは真っ先に謝るとして、向こうでのみんなの様子などを透子たちに聞かせたかった。水無池姉妹のこと、紅嵐のこと、迅雷のこと、そして自分の不思議なパワーアップのこと。
 それなのに、帰っていきなり逃げろと言われて、訳の分からないままここにいる。
(誰か教えてよ、どうなってるの〜?)
 ポケットがブルブルと振動した。携帯電話だ。ゆかりは空を恐る恐る見渡し、先程の人影がいなくなっていることを確認して受話ボタンを押した。
「・・・・ユタカ?」
「ゆかり、良かった、まだ捕まってないな?」
「ユタカ、これ一体どうなってるの?」
「説明すれば長くなるが、そこはどこだ? 安全か?」
「う〜ん、あんまり安全じゃない」
「何人に追われてるか分かるか?」
「分かんないよ、そんなの! 羽根のある人が空からゆかりを捜してるみたいだったけど」
「そいつは鷲路憂喜だ。他の奴は澤崎君を追ったのかもな・・・・」
「え? 澤崎君がなに?」
「話が長くなる・・・・とにかく身を隠せる、安全そうな場所を探してくれ」
「難しいなぁ」
 ゆかりは空からは見えない場所を、なるべく壁に張り付きながら移動して探した。駅前商店街にはアーケードがあり、既に閉店してシャッターが閉まっている店先の、庇の下へ座り込んだゆかりは「大丈夫だよ」と携帯電話に向かって言った。
「まずゆかりの置かれている状況を話すぞ。目の青い転校生三人組がいるだろう、奴らの目的は、この世界に入り込んだ異世界の者を排除することだ。つまり、今の場合ではイニシエートだな」
「そ、そんな人達だったの?」
「そう言っていたらしい。何故かは知らないが、奴らのとってイニシエートは敵だ。ゆかりはそのイニシエートを救いに行ったから、同じく敵とみなす、ということらしい」
「えぇ〜」
「もちろん、奴らが勝手に言っていることだ。俺達は何とか説得してみる。今あいつらは熱くなってるから、ゆかりは話がつくまで戻らない方がいいだろう。ちょっと時間を潰していてくれ」
「う〜ん、よく分からないけど・・・・おうちに帰ってもいい?」
「おいおい、ゆかりの家はバレてるんだぞ。帰ったら速攻見付かる」
「だってお父さんが心配するもん」
「じゃあ、電話だけ入れておけよ。もう一晩泊まるって」
 昼間の岩之助の表情を思い出すと、ゆかりに早く家に帰らせてあげたいとユタカも思う。だがこの状況で帰れば、親父さんにも迷惑を掛ける可能性がある。
「えっと、澤崎君は? ゆかりに逃げろって言ったけど、鷲路君の仲間なんでしょ?」
「澤崎君はお前を逃がすために鷲路と戦って、あちら側の人間に追われる形となっている」
「えっ? ど、どうして?」
「あっちの世界は罰が厳しいらしい。ゆかりが捕まればどういう目に逢うか分からないから、助けたかったようだ」
「澤崎君が・・・・で、でも、それじゃ、澤崎君も捕まったら・・・・」
「あぁ。だがゆかりが悪くないとなれば、彼もまた重罪にはならないだろうと思っている。だから、あっちの人間を説得する時間をくれ」
「う、うん・・・・ゆかりに出来ることはないの?」
「見付からずに隠れていてくれ。それと、携帯の電源は切るなよ。連絡がつかないからな」
「う、うん」
「飲み物や食べ物はマジカルアイテムで何とかなるだろ?」
「多分。味はいまいちだけど」
「よし、何とか今日中に蹴りをつけて、明日デートするぞ」
「うん」
 イニシエートに行っていたお陰で時間の感覚が狂い、明日の約束をすっかり忘れていたゆかりだったが、当然覚えていたという振りで答えておいた。
 通話を終え、ゆかりは息を吐いた。早く戻って来たかったので、ミズチとの戦いからあまり休まずに帰って来たのだ。「帰ってゆっくり寝よう」と思っていたのだが、この有様だ。
(取り敢えずおなかがすいたかな・・・・)
 イニシエートでは不要なので、財布は所持して行かなかった。だからどこかで何かを買うことは不可能だ。
(最近はあまり使ってなかったけど、魔法で何か食べ物を出そう)
 と思い、魔法の孫の手をポケットから出したゆかりだったが・・・・。
「あれ?」
 魔力ドームがぺったんこだった。対ミズチ戦では莉夜の持っていた蒼い宝石の力で戦えたのだが、孫の手自体の魔力は残っていなかったらしい。
 食べ物が出せないと分かった瞬間、ゆかりのおなかが鳴った。
「あう・・・・」
 ゆかりはもう一方のポケットが膨らんでいることに気付き、中に手を入れるとテニスボール大の丸いものがあった。萌瑠から貰った簡易対話型ロボット「まる」の子供「ちびまる」である。学習機能があり、簡単な対話をすることが出来る。萌瑠によると録音も出来、口を開ければお金やお菓子を入れることも出来る。
「今は何の役にもたたないなぁ・・・・」
 お菓子を入れることも出来る、と聞いたのでもしやと思い「ちびまる」の口を開けてみたが、中には何もなかった。
「あうう・・・・」



29th Future に続く



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