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タイトル


 26th Future 「ユタカと岩之介、喫茶店に行く」


 玄関ドアが開き、岩之助が顔を出した。
(緊張するな・・・・親父さんと話をするのは初めてだ)
「あ、あのっ」
 ユタカは声が上ずってしまったので、咳払いを一つ入れた。
「私、相楽豊と申します」
「・・・・あぁ、ユタカ君かね」
「し、知っておられるのですか?」
「まぁ、ゆかりから、何度かね。せっかく来て貰って悪いが、ゆかりはおらんよ。友達の家に泊まるとかでまだ帰ってないんだ」
「知ってます・・・・今日はその、お父さん、いえ、姫宮さんにお話が」
「何の話かね。上がるかな?」
 岩之助はドアを開き、ユタカに手招きした。
「は、それでは・・・・いや、違う! 上がってどうする!」
「ん?」
「いえ、その、どこか外で話しませんか?」
「遠慮せずに上がりなさい、茶で良ければ出すが。実は今帰ったところでね、台所は散らかっておるが居間なら・・・・」
「だ、大事なお話があるのです、お父様!」
「お、おと・・・・」
 ユタカの迫力に押され、岩之助は帰宅した服装のまま外へ出た。春也はそれを見て、間に合ったことで胸を撫で下ろした。
「おっさん、何とかやってくれたな・・・・」
「おっさんとは誰のことだ?」
「!」
 いきなり背後から声を掛けられ、春也の心臓が五センチ跳ねた。
「お、驚かすな、ユーキ!」
(こいつ、いつの間に!? いつからいたんだ?)
「驚かすつもりはなかったのだが」
「い、今、来たのか?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「いや・・・・」
(何とか親父さんの姿は見られずに済んだようだな。間一髪、という奴か)
「澤崎、姫宮ゆかりの方はどうだ?」
「家には誰もいない。やっぱり家族旅行に行ったんだぜ」
「誰もいないからと言って、家族旅行と断定するのは早急ではないのか?」
「だったら、どうするんだよ」
「手は打って来た」
「手?」
(何のことだ?)
「管理局に、空間の歪の監視を依頼してきた。監視可能な範囲は異世界のことなので限られているが、出雲家と姫宮家で空間の歪が生じれば、僕の端末に連絡が来ることになっている」
「・・・・」
(空間の歪・・・・つまりゆかりんがイニシエートから帰ってくるには必ず空間の道を通る。その歪を監視していれば帰って来たことが分かるってことか。まずいな、ゆかりんが帰って来るとすれば場所は限られる。くそ、ユーキの奴、管理局に顔が効くから始末が悪いぜ。ゆかりんと連絡がつけば、出雲家と姫宮家以外の場所に帰って来いと言えるんだが・・・・くそ、どうする? 考えろ、澤崎春也!)
「午後の部が始まる・・・・帰るぞ」
 言い終わる直後に憂喜の体が消えた。
「放って行くなよ!」
 空間転移の使えない春也は、うさみみ中学まで走って帰るしかなかった。
(この状況ではゆかりんはほぼ間違いなくイニシエートに行っている・・・・目的はイニシエートの混乱を収めることだろう。まてよ、そもそもゆかりんにそんな力があるのか? 助けに行ったはいいが力になれなかった、となれば助けたことにはならないんじゃないか? それとも、力になれなくても使った時点で既にマジカルアイテムの悪用か? ユーキはどう判断する? 咲紅は? 俺は・・・・)


 週休二日の会社や学校が多い現代、土曜の昼の喫茶店は若者や家族連れで賑わっていた。そんな華やかで楽しげな店内にあって、ポッカリと重い雰囲気のテーブルが一つ。相楽豊と姫宮岩之助のカップルがやたらと浮いて見えた。
「えっと、お昼、まだですか」
 テーブルについて水を飲んだ後、ユタカは岩之助に向かって恐る恐る声を掛けた。
「いや、もう済ませた」
「すみません、無理矢理こんな店にお連れして・・・・」
 ユタカは緊張しまくっていた。何しろ、ゆかりの父親と初めて話をするのだ。ゆかりの親に挨拶する時は、姫宮家の畳の上で膝をつき、「お父様」などと結婚の承諾を得るために頭を下げるものだと勝手に想像していた。それなのに実際はこの賑やかな場所で、しかも喫茶店では珍しいツーショットという状況だ。
「ユタカ君は昼食を済ませていないのかね」
「あ、はぁ」
「では何か食べるといい」
 岩之助は言いながらずっとメニューを見ている。
(まいったなぁ、親父さんがコーヒーで、俺だけ昼食ってのは喰い辛いぞ・・・・腹は減ってるんだが、ここは親父さんに合わせて同じ物を頼むか・・・・)
 ユタカの注文は岩之助の後に「同じ物を」に決定した。
「決まったかね」
 岩之助がメニューから顔を上げた。
「え、ええ」
「注文」
 岩之助がウェイトレスに向かって手を上げた。渋い仕草と声だ。「は〜い」とウェイトレスがテーブルに向かって駆け寄って来る。近い所にもう一人ウェイトレスがいたのだが、岩之助がそっちに気が付かなかったのかなとユタカは思った。
「ご注文をお伺いします」
「私はジャンボストロベリーパフェを貰おう。相楽君は?」
「え? あ、えっと、同じ物を・・・・」
「以上でよろしかったですか?」
「何故、過去形になるのかね」
「え?」
「よろしいですか、でいいと思うが」
「はぁ、えっと、よろしい・・・・ですか」
「よろしい」
「ご注文を繰り返します。ジャンボストロベリーパフェ二つですね」
「わざわざ繰り返すほどのものではなかろう」
「はぁ、そうですねぇ・・・・でも、決まりですから」
 変なおじさんだ、と顔に書いたような表情のウェイトレスが携帯端末にオーダーを通し「ごゆっくり」と背を向けた。
 気難しそうなお父さんだな、とユタカが身構えていると、岩之助がニヤリと笑った。
「似合わんだろう、私とパフェという取り合わせは」
「は、はぁ・・・・いえ、そんなことは」
「私自身が似合わないと思っているのだから、似合っていないと思って貰わなければ困るな」
「似合ってません」
「はっはっは」
 笑い声も渋い。
「ゆかりと時々来るんだよ、ここは」
「そうなんですか?」
 場所を決める際に岩之助が「ここにしよう」と言ったのでこの喫茶店にしたが、似合わないなぁとユタカは思っていた。岩之助が似合うのは寿司屋、料亭、飲み屋等だろう。
「あいつが『自分だけじゃ、やだ』と言うから付き合ってパフェを食べていると、いつの間にか好物になっていてね」
「なるほど・・・・」
「普段は滅多に食べない甘い物を大量に食べることに快感を覚える。かと言ってチョコパフェは甘すぎるな。ここのストロベリーパフェの、酸味が効いたソースがいい。ところで、同じもので良ろしかったのかね?」
 岩之助はわざとウェイトレスの言い方を真似た。
「ええ、僕もゆかり、いえ、ゆかりさんと食べたことがあります」
「ほう、そうか」
「甘いのは苦手だったのですが、最近は平気に・・・・というか、好きになりつつあります。生クリームは少々苦手ですが」
 数分後にジャンボストロベリーパフェが二つ運ばれて来た。アイスクリームやら生クリームやらの上にストロベリーソースがたっぷりかけられていて、様々な色のトッピングが乗っている。やはり岩之助には不釣合いで、彼の服装を見ればパフェを箸で食べるのかと思ってしまう。
 しばらく無言でパフェを突付いていたが、目線をパフェに落としたままふいに岩之助が口を開いた。
「相楽君、ゆかりとは、その・・・・真剣な付き合いなのかね」
「んう」
 思い切り頬張った時に声を掛けられ、ユタカは間抜けな声を出した。急いでアイスクリームを飲み込むと、喉が痛くて軽く咳き込んだ。
「慌てなくてもいい」
「いえ、大丈夫です、その・・・・真剣です」
「結婚も考えてくれているのかね」
「少なくとも、私は」
「そうか・・・・」
 岩之助はパフェに刺さったポッキーを抜き、ポリポリとかじった。
「あいつは母親を幼い頃になくした・・・・」
「はい」
「男手一つで育てて来たのだが、あいつはどうも私を放って嫁に行けない、と考えているみたいでな・・・・」
「・・・・」
「料理もしなければ掃除も滅多にしない。裁縫も出来ん。あれで私の面倒を見ているつもりだから困ったものだよ」
「・・・・」
「あぁ、すまない。嫁に貰ってくれるというのに、家事が出来ないなどと・・・・」
「いえ、知ってますから」
「・・・・それはそれで、娘の悪口を言われているような気がするな」
「す、すみません」
「はっはっは」
 ジャンボストロベリーパフェは入れ物の底までクリームが詰まっており、よくあるコーンフレーク等での底上げはしていなかった。故にユタカはこの甘味の塊を見るのも辛くなってきて、そろそろ完食を諦めかけていた。
「ゆかりさんは、お父さんと一緒にいることが親孝行だと思っているのではないでしょうか」
「・・・・そうかもしれんな」
「大事な人が傍にいる、それだけで幸せですから」
「相楽君も、ゆかりがいると幸せかな?」
「え、あの・・・・」
 顔の表面温度が上がったユタカは、誤魔化そうと一気に水を飲み干した。それを見て岩之助はまた「はっはっは」と低音で笑った。
「私は一人でも淋しくは無い。ゆかりにそう伝えて欲しい」
「ご自分で伝えないのですか?」
「私は照れ屋なのでな」
 岩之助はパフェを平らげると、紙布巾で口を拭った。
「私がここに来る理由はな、ゆかりに連れて来られるのもあるが、もう一つあるんだよ」
「もう一つ?」
「さっきのウェイトレスな、からかうと面白い。困った顔がチャーミングでな」
「はぁ」
「妻の若い頃にそっくりなんだよ」
 岩之助は外の街並みを眺め、遠い目をした。


 うさみみ中学は体育祭もたけなわで、憂喜はクラス対抗リレーの予選で四人抜きをやってのけ、決勝進出。何とか間に合った春也も障害物競走で一位を取っていた。
 一方、透子と巳弥は具合が悪いと言って保健室で寝ていた。昼食は取ったものの、これ以上グラウンドの炎天下で競技の応援をするのは体に悪いと判断した。特に巳弥はエアースーツを着ているものの、首から上は無防備で、頭は何とか帽子で隠れるが、いつもの麦藁帽子とは異なり顔は防御してくれないため、日差しを受けて赤くなっていた。
 静かな保健室に、遠くからグラウンドの喧騒が聞こえてくる。
「巳弥ちゃん、さっきのさぁ・・・・」
 透子は巳弥と二人きりになったのを幸いに、先程感じた大きな魔力について話し出した。
「桜川さんの上司って話だったけど」
「うん」
「絶対、敵に回しちゃ駄目だよね」
「私もそう思います」
「桜川さん達を敵に回すと、あの上司も同じく敵になるってことかな」
「上司ですから、多分」
「だいたいさぁ」
 仰向けに寝ていた透子が、巳弥の方に顔を向ける。
「この世界に紛れ込んだイニシエートを退治するって、何の為なんだろうね? 彼らも異世界の人なら、この世界に何が来ようがどうでもいいと思わない?」
「イニシエートは敵だって言ってましたね」
「別の世界なのに敵視してるなんて、私達みたいに攻めて来られたことがあるのかな? どんな理由があっても、イニシエート全てを敵だとみなすのは良くないと思うな。実際あたしたちはいい人をたくさん知ってるんだもん」
「うん、ありがとう・・・・」
「何で巳弥ちゃんがありがとうなの?」
「私も、半分そうだから」
「そういえばそうだっけ。忘れてたよ」
 ガラガラとドアの開く音がして、誰かが保健室に入って来た。
「お体の調子はどうですか〜?」
 カーテンの向こうから聞こえたのは、あずみの声だった。あずみは結局、午後からの体育祭も普通の恰好で普通に体育祭を見学していた。何百という生徒がグラウンドにいるのだから、一人増えても誰も気付かないのだろう。
「こっちは大丈夫よ。あずみちゃんこそ、大丈夫なの?」
「何がですか?」
 透子の質問に首を傾げるあずみ。
「何がって・・・・エネルギーよ。切れかけてるって言ってなかった?」
「それが、不思議なんですよね。すこぶる快調で」
「すこぶる・・・・なら、いいんだけど」
 何にせよ、あずみ自身が動いているのだから大丈夫なのだろうと透子は安心することにした。だが、こうして生徒の振りをしている時に、校内で急に動かなくなったらどうするのだろう、という不安もある。
「あ、そろそろみここさんの仮装リレーが始まります。私、応援して来ますね」
 パタパタとあずみが急ぎ足で保健室を後にする。
「私ももう大丈夫だし、見に行こうかな」
 巳弥がベッドの上で身を起こす。
「透子さんは?」
「もう少し寝てるよ」
 空調の効いた保健室は、透子にとってまさに天国だった。


 保健室からグラウンドへは、校舎を一つ通り抜ける。その廊下の途中で、あずみは一人の女性に出会った。二十歳そこそこだろうか、生徒と教師の中間のような年齢だ。衣装はミニスカのワンピースで、腕にブレスレッドが輝いている。
 小柴冴だった。
「あずみちゃん、だっけ?」
「はい。あなたは?」
「・・・・覚えてないかしら」
「・・・・」
 あずみは記憶をサーチしたが、該当する人物は見付からなかった。
「ごめんなさい、存じません」
「そう・・・・」
 冴はゆっくりと近寄ると、両手であずみの肩を持った。
「あの・・・・?」
「藍、の偽物・・・・」
「あい?」
 あずみがふと冴のブレスレッドに目を移すと、蒼い宝石がはまっていた。
(この宝石・・・・私のエネルギーだっていう、宝石と一緒?)
「メモリーが飛んでいるのかしら・・・・あなたを作ったのは誰?」
「私を作ったのはりよちゃんです」
「りよちゃん?」
「お友達です」
「友達・・・・」
(・・・・これは父が作ったアンドロイドに間違いはないはず・・・・そうでなければ、顔や体格、声、喋り方・・・・全てが藍にそっくりなんて有り得ない)
「一緒に来なさい。いえ、帰るわよ、藍」
「あいって、誰ですか? 私、あずみです」
「いいから。あなたは記憶を失ってるのよ」
 あずみの腕を冴が引っ張る。
「私、みここちゃんの応援を・・・・」
「来なさい!」
「知らない人についていったら駄目だって、りよちゃんが・・・・」
「だからそのりよって人は、あなたを作った人ではないの!」
 あずみの動きが止まる。
「・・・・え?」
「いい? あなたは私の・・・・不本意だけど私の父親が作ったアンドロイド。死んだ娘、私の妹・藍そっくりのアンドロイドを作って、娘の魂をソウルトランスした。あなたは私の妹そっくりのトランスソウルなのよ!」
「トランスソウル?」
「父は藍を愛していた。出来損ないの、生まれつき病気の体を持つ私とは違って、愛されていた。だから事故で失った愛する娘を、アンドロイドに魂を入れることで生き返らせようとしたの。生前の記憶を消すことがソウルトランスのルール。でもそれをしてしまったら、もう藍ではなくなる。だから禁止されている『記憶を残したままのソウルトランス』を行った。でもそれが発覚し、罪の証拠であるあなたはどこかに隠された・・・・まさかこんな世界にいるとは思ってなかったわ。だからあなたは私と一緒にエミネントへ帰るの。そして愚かな父共々、この世から消されるべきなのよ」
 あずみには、冴の話はほとんど理解出来なかった。
「あずみちゃん!」
 叫んだのは保健室からグラウンドへ向かう途中に、冴とあずみに出くわした巳弥だった。
「その人、誰!?」
「えっと、話を総合するに私のお姉ちゃんみたいです」
「違うわ、あなたは私の妹そっくりのアンドロイドよ!」
 冴が激しくあずみの発言を指摘した。
「あずみちゃんの・・・・なに?」
 あまりに急な展開なので、巳弥もとっさには理解できない。ただ冴に会った瞬間に理解できたのは、昼休みに咲紅の後ろで感じた魔力と同じだということだった。
「この子は私の父が作ったアンドロイドよ。だから連れて帰るわ」
「え、あずみちゃんって莉夜ちゃんが作ったんじゃ・・・・」
「もう、埒があかないわ」
 冴はあずみを片腕で抱き、強制的に空間転移する体制に入った。
「巳弥ちゃん!」
 あずみが手を伸ばす。
「あずみちゃん!」
 駆け寄ろうとした巳弥に、冴は手の平を向けた。
「動いたら命の保障はしないわ、そっちのあなたもね」
 冴は巳弥から視線を九十度動かした。その視線の先にある柱の影から、マジカルボウを構えた透子が顔を出した。
「やっぱり見付かったか・・・・」
「感謝してね。あなたがその矢を私に向けて放ったら、トランスソウルの悪用ってことで処分していたところよ。未遂ってことで許してあげる」
「・・・・ご親切にどうも」
 透子はマジカルボウを折り畳み『魔法の肩叩き』に戻すと、縮小化してポケットに入れた。
「頭がいい子は好きよ。じゃ、藍は貰って行くわね」
「ま、待って!」
「巳弥ちゃん!」
 冴に駆け寄ろうとした巳弥を、透子が制した。
「相手が悪いよ」
「・・・・」
 透子と巳弥の見ている前で、冴と抱きかかえられたあずみの姿が消えた。
「・・・・」
 透子と巳弥は、二人が消えた場所に近付いて辺りを見回したが、後には何も残っていない。
「透子さん・・・・」
「・・・・」
 透子は「負ける確率の高い喧嘩はしない主義」だが、今の場合は負ける確率百パーセントだと感じていた。
(あずみちゃんが誘拐された・・・・しかも、莉夜ちゃんが作ったんじゃないって、どういうこと? あんな人に連れて行かれたら、どうしようもないじゃない・・・・手を出さなくて正解、邪魔をしたら、絶対に後悔してた。今ので正しいの、正しい・・・・)
 透子は一生懸命、自分に言い訳をしていた。
(莉夜ちゃんに何て言おう・・・・)



27th Future に続く



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