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タイトル


 24th Future 「マラソンどころじゃない事態」


 ゆかりがイニシエートに行って十時間余りが過ぎた頃、ここうさみみ中学では透子と巳弥が生徒の波に混ざって歩いていた。
 ゆかりのことは心配だが、いつも通りに振舞わなければ鷲路憂喜達に疑われてしまうという判断から、透子たちは普段と同じように卯佐美第3中学に登校した。透子は「ゆかりが心配だから」と言う理由で今日の体育祭を休みたかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。理由は不明だが、憂喜達は本気でイニシエートを敵視している。ゆかりがそのイニシエートを救いに行ったことが彼らに知られると、相当まずいことになる。何としても隠し通さなければならない。そんな時にゆかりと透子が揃って休めば「怪しいよ」と言っているようなものだ。
 今日は授業は全て休みで、朝から夕方まで体育祭が行われる。生徒はHR後に着替え、運動場で行われる開会式のために集まっていた。校長先生はいないので、長ったらしい挨拶を教頭が行った。日差しは強く、それだけでもう倒れそうな生徒がいる。
(はぁ・・・・)
 運動の苦手な生徒にとって、一日丸ごと運動である体育祭は苦痛以外の何物でもない。透子は中でも特に憂鬱な顔をしていた。しかも自分が出場するマラソンは、午前中に予定されている。昼からだと日差しがより強くなるので涼しい内に、という優しい配慮だが、それなら夏にマラソンなんかしなきゃいいのにと透子は心の中で激しく抗議した。
(もう、昼から保健室で寝てようかな・・・・仮病じゃなくて、本当に倒れそう)
 マラソンに出場する選手が校門に集まっていた。コースは学校を出て、郊外を回り帰って来る約三キロの距離だ。距離としてはそう長くはないが、透子には走りたくない別の理由もある。
(もう、どうして体操服で外に出なきゃならないのよ・・・・)
 学校の中ならまだいい。体操服姿で郊外を走ることに抵抗があった。
(いやらしいおじさんとかにジロジロ見られるのかなぁ、やだなぁ)
「よう、藤堂院さん」
 ユタカが爽やかに手を上げて挨拶してきた。
「ほら、こんな風に・・・・」
「うん? 何が『こんな風』なんだい?」
「って、相楽君がどうしてここに?」
「応援に来た」
「応援、ねぇ・・・・」
「学校に入ろうとしたら警備員に止められたぞ」
「だって校内に不審者は入れないもの」
「俺のどこが不審者なんだよ」
「もう、脚、見ないで」
「まるっきり変質者扱いだな・・・・」
「『扱い』は、いらないと思う」
「・・・・ゆかり、まだなのか」
 いきなり話題が変わり、ユタカの声のトーンが落ちた。
「まだ」
「俺、心配でな・・・・こんなことでも気を紛らわさないと居ても立ってもいられないんだよ」
「かと言って、犯罪は良くないわ」
「犯罪は犯してないぞ」
「気をつけないと、学校に入ろうとしたら通報されるわよ」
「あぁ、今度は見付からないようにするよ」
「ゆかりが帰って来て、相楽君が留置所にいたら恰好悪いわよ」
 そんな取るに足りない会話をしていると、マラソン担当の教師が「早く整列しろ」と大声を上げた。集まって来た出場者の中には、巳弥と咲紅もいる。
「やぁ、巳弥ちゃん」
 シュタッとユタカが手を上げて挨拶する。
「ユ、ユタカさん・・・・どうしてそんなに爽やか系なんですか」
「それはもちろん、僕が爽やか青年だからだよ」
「巳弥ちゃん、いやらしい目で見られるから離れようよ」
 透子が巳弥の手を引いて遠ざかる。
「心外だなぁ・・・・」
 教師に睨まれたユタカは、さすがに居辛くなって道の反対側の歩道へ移動した。巳弥を見ると、ユタカの知らない女の子と話をしている。
(巳弥ちゃんの新しい友達かな。友達が増えるというのはいいもんだな、うん。おや、目が青い・・・・異国の少女かな)
 巳弥と話しているのは、もちろん咲紅である。
「桜川さん、本当はマラソン、得意なんでしょ?」
「どうして?」
「授業で走った時、息が切れてなかったし、汗もあまりかいてなかったから」
「出雲さんはどうなの? 完走出来るの?」
「分かんない。でも、やれるだけやるつもり」
「自力で?」
「え? う、うん」
 マラソンを走るのに、自力以外になにがあるのか巳弥には分からなかった。
 そうしている内に時間となり、教師の掛け声と共に走者が一斉にスタートした。張り切って一気に前に出る生徒もいるが、透子はマイペースだ。
(体調が悪いって言って、棄権しようかなぁ)
 透子がよこしまなことを考えていると、ふいに声を掛けられた。
「透子さん」
「あぁ、あずみちゃん・・・・」
 あずみが体操服姿で、ツインテールを揺らしながら透子と並走していた。
「あ、あれ、何で走ってるの!? その恰好は!?」
「気持ちいいですねえ、走るのって」
「話、聞いてる?」
「聞いてます。気持ちいいから走ってるんです。答えです。衣装は巳弥さんに予備を借りました、今朝」
 なるほど確かに、体操服のポケットには「出雲」という名札が付いている。体操服姿で背恰好も透子らと変わらないので、一緒に走っていても全く違和感が無い。
「みなさん楽しそうなので、一緒に走りたくなりました」
「全然楽しくないよ〜」
 スタートして五分だが、既に脚に来ている透子だった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
 半分を過ぎた頃、巳弥の息が荒くなってきた。魔法の力で楽に走っている咲紅は、早くゴールしてしまおうと思っていたのだが、巳弥に興味があったのでペースを合わせて走っていた。
(本当に魔法を使わない気かしら)
 巳弥が魔法を使わないのも気に入らないが、もっと気に入らないのは巳弥は本当にイニシエートではないのか? という疑問が残っていることだ。
(校長はイニシエートだけど、育ての親だから血は繋がっていない、か・・・・信用できるのかな)
 咲紅も憂喜ほどではないにしても、イニシエートを敵視している。それが彼女達の育った環境での常識であり、学校での教えだからだ。
 巳弥の走るペースがガクンと落ちた。
「はぁ、はぁ・・・・」
「出雲さん?」
 咲紅は巳弥の前に回り込んで顔を覗き見た。流れる汗が凄い量だ。
「無理しない方がいいよ」
「ううん、まだ、大丈夫・・・・」
 なおも脚を前に出そうとする巳弥だが、足元が危なっかしい。
「大丈夫に見えないんだけど・・・・」
「最後まで、走りたいから・・・・自分の、力で・・・・」
(魔法の力でもイニシエートの力でもない、私の力で・・・・)
 基礎体力のない巳弥には、急なマラソンはやはり無理だった。脚が動かない。
「無理だってば。棄権しようよ」
 咲紅の言葉に巳弥は首を振る。
「でも・・・・」
「一日、かかってもいいから、自分の足で、ゴールしたいの・・・・ごめんね、桜川さん、先に行って・・・・」
 巳弥の体がふらつく。咲紅はとっさに手を出し、巳弥を支えた。
(もう、どうしてこの子はこんなにこだわるの!? まるで私がズルしてるみたいじゃない。冗談じゃないわよ、魔法も私の力、私の実力なのに!)
 巳弥を支えた咲紅の腕に、汗がびっしょりと付いた。
(凄い、汗・・・・)
 巳弥は頭から体操服まで、水を被ったように汗で濡れていた。
「ちょっと、このままだと脱水症状に・・・・」
 巳弥の息は徐々に弱々しくなってゆく。
(もう、世話が焼けるんだから!)
 咲紅は自分の手にスポーツドリンクのペットボトルを出現させると、蓋を開け巳弥の口にゆっくり流し込んだ。ペットボトルはマンションの冷蔵庫に入っていたものを取り寄せた。これも空間転移の一種だが、質量が小さいので自分が移動するよりは遥かに楽だ。
(凄い汗・・・・私、こんな風に運動で汗をかいたのっていつが最後だろう)
 咲紅は自分の学校生活を思い出してみた。小学校低学年の時は、自分の力で走っていた気がする。あの頃は辛かった。運動能力が低く、リレーではいつも足を引っ張り、競走ではいつも最下位だった。
 悔しい思いをしないように、魔法の勉強を熱心にした。クラスで一番になった。学年で一番になった。もう悔しい思いをしなくて済む。リレーだって、競走だって魔法を使えば誰にも負けなかった。魔法を使うことは、彼女らの世界では反則でも何でもない。犯罪さえ犯さなければ自由に使っていい能力だ。
 努力して身に付けた魔法の力は、自分の力に他ならない。ズルいと言う者は、魔法を上手に使えない自分への言い訳だ。
 咲紅は魔法について絶対の自信を持って今のスクールに入った。だが自分より魔法が出来る者がそこにいた。鷲路憂喜だった。
(馬鹿みたい、魔法が使えるのにこんなになるまで走って・・・・何の意味があるって言うの?)
 咲紅は自分の魔法の力を、巳弥に否定されている気持ちになった。
 巳弥が目を開けると、咲紅の顔があった。
「起きた?」
「あれ、私・・・・」
「どうするの? 続き、走る? それとも棄権する?」
「・・・・」
 巳弥は自分の足首、ふくらはぎ、膝、太腿を触ってみた。
「う〜ん・・・・走れないかも・・・・」
「やめる?」
「歩く」
 地面に手をついてゆっくり立ち上がろうとする巳弥の腕に、咲紅の手が添えられた。
「そう言うと思った」
「桜川さん・・・・」
「付き合う。お話でもしよっか」
「何の?」
「今までに読んだ、好きな本の話とか」


 ゆっくり歩いても三キロの道のりはそう長いものではなく、巳弥と咲紅はスタートしてから三十分余りでゴールした。巳弥は咲紅に支えられ、右足を引きずるように歩いている。そんな二人を鷲路憂喜と澤崎春也が出迎えた。
「遅かったな」
「途中で出雲さんが倒れちゃって」
「そうか」
「何か用?」
「用があるのは出雲さんの方なんだが・・・・お疲れの様子だな」
 憂喜が視線を向けると、巳弥は顔を上げて「なに?」と訊いた。
「姫宮さんがいないようだから、理由を知っているかと」
「ゆかりんは・・・・家族旅行だったはずだよ」
 巳弥は透子との打ち合わせ通りに答えた。
「旅行?」
「うん、今日は土曜でしょ? お父さんが土日じゃないと休めないからって」
「でも・・・・」
 巳弥を支えている咲紅が口を挟む。
「旅行だったら、予め決まってることじゃないの? 姫宮さんは今日の出場種目も決まってたし、休むなんて言ってなかったと思うわ」
「急に決まったんじゃないかな、私も聞いたのは昨日だし」
「ちなみにその旅行の行き先とは・・・・」
 憂喜の目付きが鋭くなる。
「イニシエートではないだろうな?」
「ま、まさか」
 憂喜が巳弥を睨む。巳弥は目を逸らすまいと、憂喜を見返した。
「やめろよ、ユーキ。ゆかりんは家族旅行なんだろ。疑うのはよそうぜ」
 後ろから春也がなだめるように言った。
「・・・・」
 巳弥の話を信じたのかそうでないのか、憂喜は巳弥から目を逸らした。
(マラソン程度でこんな風になるとは・・・・どうやら出雲巳弥は魔法も使えなければ、イニシエートでもなさそうだな)
 魔法を使える者がわざわざ疲れるような行為をするはずがない。特殊な能力を持つイニシエートの血を引く者ならば、たかが三キロのマラソンで巳弥のようになるはずがない。これが憂喜の常識だった。
「あれ?」
 咲紅が木陰に倒れている透子と、それを帽子で扇いでいる少女を見て声を上げた。
「どうした? 桜川」
「あの子、この学校の子だったんだ・・・・」
 咲紅が見ていたのは、へろへろな透子ではなくあずみの方だった。あずみはうさみみ中学指定の体操服を着ているので、ちゃっかり校内に入っていて、倒れた透子を看病していた。
「ほら、この間偶然見掛けたんだけど、あの子。小柴博士の娘さんにそっくりでしょ?」
 憂喜と春也があずみを見る。
「・・・・!」
「ね?」
「へぇ、本当だ。髪型は違うけど、似てるな」
 春也もその娘の顔は知っている。咲紅や憂喜と一緒に葬式にその娘の葬儀に参列していたのだから。
「まさか・・・・」
「ユーキ君?」
「まさか、ここに・・・・いや、そんなはずは・・・・」
 憂喜のただならぬ反応に、咲紅と春也が気付く。
「おい、どうしたんだユーキ」
「・・・・」
 憂喜は咲紅に目配せをした。それを見て巳弥がいると話せないことだと察した咲紅は、巳弥に「一人で大丈夫?」と訊き、別れた。
 少し離れた場所で、憂喜は咲紅と春也だけに聞こえるように小声で話した。
「まず、小柴博士がジャッジメントに拘束されたことは知っているか?」
「え? 博士が?」
「初耳だぜ」
 咲紅も春也も知らないようだ。二人が知っている限りでは、トランスソウルの第一人者である小柴博士が身柄を拘束されるような犯罪を犯すはずがなかった。
「罪状はトランスソウル時に生前の人格を与えたこと・・・・」
「そんな、博士が?」
「君達も知っている通り、トランスソウルを行う際には、それまでの記憶を消し、また人格も変えて全く別の人格を与えることになっている。それ以前に、犯罪者でない者のトランスソウルは禁じられている」
「だよね」
 二人が当然のように頷く。
「それとさっきの子と、どんな関係が・・・・」
「博士には噂があった。亡くなった自分の娘そっくりのアンドロイドを作ったという噂だ」
「アンドロイド・・・・博士なら不可能ではないわね」
「おい、まさかさっきの子が?」
「推測だが」
 憂喜は一呼吸置いて言った。
「彼女が小柴博士の作ったアンドロイドだ」


 巳弥は透子と一緒に、あずみの持つ帽子が作り出した風に当たっていた。
「巳弥ちゃん、大丈夫・・・・?」
「透子さんこそ・・・・へろへろですよ」
 木にもたれてグデッとなっている透子を見れば、ショックを受ける男子生徒も多いことだろう。髪も衣類も濡れ、頬を紅潮させて目をトロンとさせている透子は、見ようによっては色っぽいかもしれないが。
「そうじゃなくて・・・・さっき鷲路君に何か聞かれてたでしょ?」
「あ・・・・はい」
「ゆかりのこと?」
「旅行だって言っても、鷲路君は疑ってるみたいでした」
「彼はやっかいかもね・・・・」
「そう言えば、私に聞かれたくない話があるみたいでした」
「何を企んでるのかな」
 それまで一心に風を送っていたあずみが口を開いた。
「やっぱり、私があの時、止めていれば・・・・」
「あずみちゃんは気にしなくていいよ。ゆかりはああ見えて強情だから、止めても無駄だったかもしれないし」
「・・・・そう、でしょうか」
 透子の慰めにも、あずみの表情は暗いままだった。


「では桜川、彼女達の見張りを頼む」
 体育祭は昼休み時間になった。各自が昼食を取る中、憂喜は彼らのマンションへ向かうことにした。あずみのことを管理局に知らせるために、マンションに置いてある通信装置を使うのが目的だ。憂喜の言った「彼女達」とは、あずみ、透子、巳弥のことだ。
「もしあの子が小柴博士の作ったアンドロイドなら一大事だ。一刻も早く知らせる必要がある。それと、ついでに姫宮ゆかりの家に寄ってくる」
「どうして?」
「本当に旅行に行ったかどうか探るためだ」
「でも、憂喜君が出るリレーって、午後の部の最初に予選があるよ」
「競技に出場している場合じゃないだろう」
 とは言ってみたが、憂喜はリレー選手を選ぶ時に言い争った生徒を思い出した。
(リレーを棄権すれば、奴に何を言われるか知れたものではない・・・・やはり自信がなかったのだろうとか、嫌味たらしく言ってくるはずだ。あんな雑魚に何を言われても構わないが、聞くに堪えない汚い声で美しくない言葉を聞かされるのも鬱陶しい・・・・)
「昼休みが終わるまでに帰る。空間転移を使えばすぐだ」
「な、なぁ、ユーキ」
 マンションに向かおうと背を向けた憂喜を春也が呼び止めた。
「ゆかりんの家、俺が行ってもいいか」
「君が?」
「管理局に事情を説明するのも時間がかかるだろ? 俺がゆかりんの家を担当すれば、ゆっくり出来るじゃないか。それに、ゆかりんは俺の担当だ」
「それはそうだが、澤崎」
 憂喜の声が低く、重くなる。
「任せていいのか」
「どういう意味だ?」
「君が姫宮ゆかりに肩入れする可能性もあるのでは、と思っただけだ」
「・・・・ユーキ、俺は仮にもオブザーバー候補生だぞ」
「あぁ、仮にもそうだ」
 わざと「仮にも」を強調した部分が気になったが、自分で言ったことなので春也はそのまま聞き流した。
「万が一、ゆかりんが嘘をついてイニシエートに行っているとしよう。その場合、ユーキならどうする?」
「即刻、管理局に通報する」
「何も聞かずにか?」
「何を聞く必要がある?」
「イニシエートに行っただけで、ただの旅行かもしれない」
「・・・・澤崎」
 憂喜はわざとらしく頭に手を当てた。
「有り得ない話はよせ・・・・時間の無駄だ」
 それだけ言うと、憂喜は背を向けた。
「いいだろう、姫宮ゆかりの調査は好きにしていい・・・・僕も管理局への報告が終わった後に時間があれば姫宮家に向かう」
 憂喜は辺りを見回し、この三人以外に誰もいないことを確認してから空間転移魔法を使った。一瞬にして彼の姿が消え、春也と咲紅だけが残った。
「行くの? ハル君」
「あぁ」
「本当に大丈夫? もし姫宮さんが家族旅行じゃなくて、イニシエートに行っていた場合・・・・通報出来るの?」
「・・・・」
「通報したら、オブザーバーになれるもんね」
「ん? 何でそのことを知ってるんだ?」
「あ」
 咲紅は口に手を当てたが、口から出た言葉は戻らない。仕方なく、咲紅は春也と妹が話をしている所をたまたま聞いてしまったことを話した。
「そういうことか・・・・」
「ぬ、盗み聞きとか、そういうんじゃないからね。たまたまだから」
「どっちでもいいけどよ・・・・俺も黙ってたのは悪かったし」
 ゆかりがイニシエートに行ったとなれば当然、助けを求めに来たイニシエートを手助けるためだろう。イニシエートに加担することは悪いことで、それには間違いなく魔法を使うだろう。つまり、魔法の悪用になる。魔法の悪用を通報すれば、オブザーバーになれるというのが妹であるのの美の情報だ。つまり、春也はゆかりがイニシエートに行ったという証拠を掴めばオブザーバーになれる。
 春也の成績ではまずなれそうにない、オブザーバーに。
 管理局に捕まった姫宮ゆかりがどういう処分を受けるのかは分からない。だが所詮、自分の研修の対象であり、つい先日会ったばかりの異世界の女の子に過ぎない。自分の出世のためなら、迷い無く管理局に引き渡してしまえばいいのだ。
(だけどよ・・・・)
「咲紅、この世界での犯罪者は管理局にどんな罰を受ける?」
「知らない・・・・そんな前例、聞いたことないもの」
「だよな」
 彼らエミネントは、魔法を使用して犯罪を犯すと即刻、ソウルトランスされる。だが異世界で魔法を使った場合の犯罪は現在までに処罰されていないために、前例がない。
(もしゆかりんがソウルトランスされてしまったら・・・・)
 スクールでの教えは、魔法犯罪=重罪であり、即刻その存在を消される。春也達もずっとそう教えられてきたが、実際に自分達の周りでそんな重罪を犯した人物がいなかったため、その法律はどこか他人事だった。犯罪者は裁かれるべきだ、何の疑問も持たずにそう思っていた。
(だけど、イニシエートが悪ってのは俺達にとっては、ということだ。ゆかりんにとっては敵ではないのかも知れないじゃないか。それを助けに行って、何が悪いんだろう? エミネントの法律で、ゆかりんを裁いてもいいのか? いいはずがない。しかし俺にとってエミネントの法律は絶対・・・・犯罪者をかくまえば同罪だ。だがこの世界において、ゆかりんの行動は悪でないとすれば、俺も罪にはならないんじゃないか? ええい、そもそもゆかりんがイニシエートに行ったかどうか分かっていないんだ。それが分かってからでも悩むには遅くない)
 春也はそんな自問自答を繰り返しながら姫宮家に向かった。



25th Future に続く



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