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23th Future 「あずみは誰が作ったか」
莉夜が隣村で買い物を済ませた、その帰り道だった。
「?」
堤防の道のりを歩いていると、前方にうつぶせの恰好で女の子が倒れていた。この辺りはホームレスも珍しくはないが、身なりが綺麗な女の子だったので、その可能性はないだろうと莉夜は思った。年恰好は莉夜と同じくらいだと思われた。
「どうしたの!?」
莉夜が駆け寄って、倒れている少女を抱き起こす。すると、僅かに唇が動いた。
「お・・・・」
「お?」
「おなかすいた・・・・」
その何とも間抜けな言葉に、莉夜は思わず笑ってしまった。買い物袋を探って、果物を取り出す。
「これ、食べる?」
だがその少女は首を振り、自分のポケットを触った。
「ここに・・・・入ってた・・・・宝石が、その辺りに・・・・」
確かに、少し離れた場所に蒼い宝石が落ちていた。だが「おなかがすいた」と言っているのに、宝石ではどうしようもない。随分高そうな宝石だが、この子の物だろうか。
「それを、背中に・・・・」
「背中!? 背中って?」
「背中に、メンテナンスハッチが・・・・」
「はい?」
少女の上着をめくってみると、背中に四角く溝があった。肌はすべすべで綺麗なのだが、それをブチ壊すかのように野暮で愛想の無い四角い溝だった。莉夜が半信半疑でその隅を押してみると、反対側が少し浮き上がる。四角い部分だけ、感触が違った。周りは柔らかいのに、そこだけは金属のように硬い。
「うわ、あんた、ロボット!?」
「アンドロイドです」
「どう違うの?」
「さぁ・・・・」
「・・・・で、どうすればいいの?」
「宝石を、中の窪みに・・・・」
確かに、宝石とハッチの中にある窪みの大きさはピッタリだった。宝石が光りだしたので、莉夜はしばらく様子をみていたが、やがてゆっくりとその少女が体を起こした。
「ありがとうございます」
「も、もういいの?」
「はい。あの、宝石を外して下さい。過充電になるので」
「あ、うん」
莉夜は宝石を外してハッチを閉め、少女に手渡した。
「えっと・・・・」
どう見ても人間である。アンドロイドだと言われても素直に認められない。莉夜はこれでもロボットを作っており、日々研究を続けているのだが、これほど精巧なロボットを作り出すのは不可能だと思っていた。ちょっとした敗北感が莉夜を襲う。
「アンドロイドって言ったけど、作った人は?」
こうしてイニシエートにいるのだから、イニシエートの人が作ったのだろうと思った。だが、そんなに進んだロボット工学は聞いたことがない。そんな科学者がいれば、既に有名になっているはずだ。
「さぁ・・・・」
「さぁって・・・・ね、名前は?」
「・・・・さぁ」
「記憶喪失? メモリーが飛んだのかなぁ」
「かもしれません」
事故に遭い、頭を打ったりすれば人間と同様、記憶が飛ぶ場合がある。
(メモリーをどこかにバックアップしていれば記憶を戻せるんだけど・・・・)
「どこから来たの?」
「う〜ん・・・・」
「いいや、思い出せないなら」
莉夜は、この少女を研究してみたいと思った。今までに見たことの無い技術を目の当たりにして、研究意欲を刺激されたのだった。あわよくば、技術を盗めるかもしれない。
「ね、自分の名前も家も分からないなら、うちに来る?」
「え、でも・・・・知らない人について行ったら駄目です」
「そういうことは覚えてるんだ」
「あの、お名前は?」
「莉夜だよ」
「りよちゃんですね。じゃ行きましょう」
「え? でもさっき・・・・」
「名前を教わったので、知らない人ではなくなりました」
「そんなんでいいの?」
「間違ってますか?」
「・・・・ま、いいんじゃない?」
「あれ?」
少女がポケットに違和感を感じて中を探ると、紙切れが出てきた。
「なにそれ?」
「さぁ・・・・」
商品に付けるタグのような、紐の付いた名刺サイズの紙にはたった二文字だけ「A済」と書かれていた。
「何でしょう?」
「あなたの名前かもしれないよ。エー済み? ア済み・・・・あすみ、あずみ・・・・」
「でも変な表記・・・・アルファベットと漢字」
「名前がないと呼び辛いから、あずみちゃんでいい?」
「はい」
あずみと一緒に村に帰ると、幼馴染の櫂が近寄ってきた。
「莉夜、誰だその子? 見掛けない顔だな」
「え? あ、あずみちゃん。お友達」
「ふぅん、どこの子?」
「えっと、ずっと遠く」
「曖昧だな。ま、いいけど」
櫂はあずみをジロジロと観察した。
「あずみちゃんをあんまり見ないでよ!」
「結構可愛いな」
「むっ」
櫂は莉夜に対してはいまだかつて「可愛い」等と言ったことがない。いつも胸のことで馬鹿にされていて「可愛い胸だな」と言われたことはあるが、莉夜にとっては悪口にしか聞こえない。そんな櫂があずみを一目見て「可愛い」と言ったものだから、面白くなかった。
「な、何よ、あずみちゃんはアンドロイドなんだからね! 目をつけたって駄目なんだから」
「アンドロイド!?」
櫂はますます興味津々の目であずみを観察した。あずみは恥ずかしくて俯いてしまう。
「嘘だろ、どう見ても普通の女の子だぞ」
「本当だよ! 背中にハッチとかあるもん」
「お前が作ったのか?」
「え? あ、えっと、ま、まぁね」
(嘘をついちゃった。だって、説明が面倒なんだもん)
「凄いなぁ、タロー君でも凄いと思ったけど、この子は更に凄いよ! なぁ、俺に一つ、作ってくれない?」
「櫂君はどうせ『胸の大きい女の子を作れ』とか言うんでしょ」
「あ、バレてる?」
「馬鹿、スケベ! 何に使うつもりなのよ!」
莉夜は櫂のつま先を踏むと、あずみを連れて自宅へ向かった。自分の開発室にあずみを連れて行って調べてみたものの、技術が想像していたよりも高くて構造が理解出来なかった。何より、動力エネルギーの成分が見たことの無い物で、理解の域を超えていた。
(何よこれ〜! まるで莉夜ちゃんが無能だって言われてる気がする。ムカツクなぁ、もう!)
どれだけ頑張っても今の自分に解析は不可能だと悟った莉夜は、あずみの研究を諦めた。理解できないものは見ても無駄だと思ったからだ。
(さて、どうやってこの子を持ち主に返すかだけど・・・・名前も仮称だし、住所も作った人も分からないんじゃ、どうしようもないなぁ)
あずみが村を見てみたいと言うので莉夜が一緒に外に出ると、家の前で人が集まっていた。
「あ、その子があずみちゃん?」
「わ、可愛い!」
「凄いねぇ、莉夜ちゃん!」
「いつか凄い物を作ると思ってたよ、俺は!」
集まった人々が次々と莉夜に声を掛けてくる。莉夜は訳が分からなかったが、どうやら自分があずみを作ったという話が広まっているらしいと気付いた。
(櫂君!?)
短い時間に、櫂が村の人々に話を広めてしまっていたのだった。大きくなり過ぎた噂を否定することが出来ず、あずみはそのまま莉夜の作ったアンドロイドということになってしまった。
「そ、そうなのよ〜。莉夜ちゃんが作ってしまったのだ。偉いでしょ!」
「え? 私はりよちゃんが作ったの?」
あずみがきょとんとした顔で聞いて来た。
「そ、そうなんだよねぇ、今まで隠してたけど・・・・」
「ふ〜ん」
「ちょっと待て、それじゃ俺が悪いってことかよ!? 冗談じゃない、お前が嘘をついたのが悪いんだろ!」
莉夜の話を聞いた櫂が自分を弁明した。
「櫂君があんなにお喋りだとは思わなかったよ」
「隣のばぁさんの耳に入ったんだ。そしたら堰を切ったように話が広まって・・・・」
「それよりも、あずみがどこから来て、誰の作ったものかが問題だろう」
雨竜が腕を組んだスタイルで莉夜と櫂を睨んだ。
「莉夜、お前のやったことは誘拐だぞ。いや、泥棒か・・・・どちらにせよ、犯罪だ」
「し、死刑になるの!?」
「あずみの本当の持ち主の気持ち次第だろうな」
「ひぇぇ〜」
「その程度では死刑にはなりませんよ、莉夜」
紅嵐が後ろからフォローを入れてくれた。
「ですが、あずみをどうするかは問題ですね・・・・莉夜、地上界に行って早急にあずみを連れて来なさい」
ミズチが再起不能になったことで、ミズチ軍が散り散りになり争乱が収まったイニシエートだが、これからの建て直しが大変であろうと予想される。取り敢えずは紅嵐達も自分達の研究所に戻って来たので、莉夜とあずみが帰って来られる状況にはなっている。ゆかりが時空ゲートを使って帰るので、莉夜も同行し、折り返しあずみを連れて帰ることになった。
「もっとゆっくりすればいいのに」
と言ってくれた魅瑠だったが、ゆかりは首を振った。
「みんなが心配してるから」
「そう・・・・またゆっくり遊びに来てね」
ゆかりを送り出す時、一同が顔を並べた。
「ゆかりん、これあげる」
萌瑠が駆け寄って来て、テニスボール程度の大きさの球体を手渡した。黄色くて、目と口のようなものが付いている。
「これ、なに?」
「ちびまる。まるの子供」
まるとは、萌瑠が抱きかかえている丸い簡易対話型ロボットだ。それはバスケットボール程度の大きさがある。
「通信が出来るの。これで萌瑠、ゆかりんとお話が出来るよ」
「へぇ、ゆかりが元の世界に戻っても話せるの?」
「・・・・あ、駄目かも」
楽しそうな萌瑠の顔が一気に曇った。「まる」と「ちびまる」の通信可能距離は限られており、いわばトランシーバーのようなもので、別空間同士の会話など出来るはずが無い。同じ世界にいれば通信出来るが、それなら直接会えばいいだけのことだ。
「あんまり役に立たないね・・・・」
「ううん、そんなことないよ、ありがとう、萌瑠ちゃん」
「あとねあとね、口を開けたらお金とかお菓子とか入れられるし、ちょっとだけなら声も録音出来るよ」
それらの機能もあまり役に立ちそうになかったが、ゆかりは笑顔で「ちびまる」を貰っておいた。
紅嵐が時空ゲート発生装置を作動させる。二つの柱が振動し、空間が歪み始める。
「あ、そうだ・・・・紅嵐さん、ここって時間の流れはゆかりの世界と一緒なんですか?」
「一緒と考えて貰って構いません」
「ゆかりが来てからどのくらい経ってますか?」
「そうですね・・・・二十四時間も経っていないはずですが」
「あぅ・・・・お父さん、怒ってるなぁ・・・・」
連絡もせず丸一日帰っていない。父・岩之助の怒る顔が目に浮かんだ。
(ゆかり、魔法少女になってから絶対、お父さんに不良娘だと思われてるよ・・・・)
「どうやらお父さんはミズチよりも怖いみたいですね」
紅嵐の言葉に、一同が笑った。魅瑠を除いて。
魅瑠は驚いた表情で紅嵐を見ていた。紅嵐の台詞で、誰かが笑った場面を見たことがなかったからだ。
紅嵐が握手を求め、手を出す。ゆかりはそれに応じた。
「ありがとう、姫宮ゆかり。また貸しが出来ましたね」
「貸し? そんなの、ないよ。お友達だから」
「・・・・ありがとう」
「じゃ、一つお願いしていいですか?」
「ああ」
「姫宮ゆかり、じゃなく、ゆかりんって呼んで下さい」
「な、なん・・・・何ですか、それは!」
紅嵐の焦った顔も珍しいとゆかりは思った。
「駄目なら、いいです・・・・」
「う、わ、分かりました・・・・他ならぬ恩人の頼みですから・・・・ゴホン」
改まる紅嵐だったが、改まってしまうと余計に言い辛いものだ。
「ゆ、ゆかりん・・・・」
一同、笑いを堪えるのに必死だった。萌瑠だけは思い切り笑った。
「あははは、先生が『ゆかりん』だって、あはははははは」
萌瑠の頭に魅瑠の拳骨が振り下ろされる。
「萌瑠、笑い過ぎ」
「うにゃ〜・・・・」
紅嵐は法衣と同じく真っ赤になって、後ろに下がった。
代わって、雨竜が握手する。
「妹が世話になり・・・・迷惑をかけます」
「いいえ、迷惑なんて・・・・莉夜ちゃんは元気で、見ていてこっちも元気になります」
「それだけが取り柄で・・・・お元気で。困ったことがあったら、呼んで下さい」
「はい」
次は迅雷。
「悪かったな、ゆかりん。その・・・・透子に怒られた。ゆかりんなら絶対に助けに来てくれると思ったから来たんでしょ、ってな」
「思惑通りだったね」
「あぁ、俺の思った通りだった・・・・ゆかりん、本当に来てくれてミズチを倒しちまったんだからな。凄いよお前は、見かけに寄らず」
「見かけは可愛くて華奢だもんね」
「自分で言うなよ。巳弥によろしくな」
「ワンちゃんも巳弥ちゃんに会いにくればいいのに」
「一度エアースーツを届けに巳弥の家まで行ったんだが・・・・一人じゃ会い辛くてな。て言うか、ワンちゃんって呼ぶなよ。いつまでそのネタ、引っ張るんだ?」
「巳弥ちゃんなら嫌な顔しないよ。顔に出さないだけかもしれないけど」
「余計に行き辛いじゃねぇか!」
次は芽瑠。
「ゆかりん、本当にありがとう。ミズチに捕まっていた時、助けは来ないだろうと思ってた。みんなに迷惑掛けるから、いっそ死んじゃおうかななんて思ったの」
「そんなぁ」
「でも来てくれた。みんな、来てくれた。来てくれないって思ってた自分が恥ずかしくて・・・・これからはみんなを信じるわ。友達を、仲間を、どんな時でも。それと・・・・風刃君のこと、ゆかりんは全然悪くないから、気にしないで。自業自得だから・・・・」
「・・・・はい」
「藤堂院さんや出雲さんによろしくね」
「透子は、芽瑠ちゃんが捕まってるって聞いた時、とっても心配そうだったよ。透子は来なかったけど、本当は来たかったんだと思う」
「ええ・・・・そうね、彼女なら、きっとそう」
次は魅瑠。
「また助けられちゃったね。凄いわ、ゆかりん」
「それほどでも・・・・」
魅瑠は声をひそめ、ゆかりに近寄った。
「先生、変わってきてる。ゆかりんのお陰だよ」
「ううん、魅瑠さんの力だよ」
「でもねぇ、まだ手も繋いでくれないのよ」
「それは紅嵐さんが恥ずかしがりだからだよ」
「言えてる」
時々自分を見ながらひそひそ笑う二人を見て、紅嵐は「何を話しているのですか?」と訊いたが、答えは当然「内緒」であった。
最後は櫂だった。
「治してくれて、ありがとう」
「そのために来たんだもん」
「ミズチまで倒して貰って、感謝してもしたりない」
「たまたまだよ。それよりも・・・・」
ゆかりは櫂に向かって手招きし、彼の耳に顔を近付けた。
「莉夜ちゃんに早く伝えた方がいいよ、自分の気持ち」
「なっ!?」
櫂がいきなり大声を出したので、ゆかりも他の人もびっくりした。
「何だよそれ!」
櫂が小声で叫ぶ。
「見れば分かるよ。気になるから意地悪してるんだって」
「・・・・莉夜も知ってるのかな」
「気付いてるかどうか分からないけど、多分莉夜ちゃんもまんざらじゃないよ。だって、櫂君が怪我をした時に、必死だったもん。覚醒しないって言ってたのに、しちゃったんだから」
「あぁ・・・・あいつがあんなに強いとは思わなかった。これからは怒らせないようにするよ。でもよ、俺はグラマーな女の子が好きで・・・・なのに何で莉夜なんだろうな」
「胸で人を好きになるの?」
「違うんだろうな・・・・やっぱ」
「ゆかりからそれとなく言おうか?」
「いや、いい、言うな。自分で言うから」
「うん」
挨拶も済み、いよいよゆかりと莉夜がゲートの前に立った。
「ありがとう、ゆかりん」
「ありがとう」
「また来いよ」
「今度、遊びに行くね」
「宿題やったか?」
「歯、磨けよ」
「また来週」
別れの言葉を聞きながら、ゆかりはゲートに足を踏み入れた。
(良かった・・・・ゆかり、ここに来て本当に良かった)
「また遊びに来るからね!」
ゆかりが満面の笑みで手を振ると、一同は満面の笑みで応えた。
24th Future に続く
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