話数選択へ戻る
21th Future 「絶望? 蘇りしミズチの力」
「はぁっ、はぁっ・・・・」
息も体力も限界に達し、意識を失った芽瑠が目を覚ますと、そこには風刃の顔があった。
「起きたか」
「ここは・・・・」
「蛇神山の頂上だ。ここなら水に襲われる心配はない」
風刃は息が荒い。
「そんな身体で、私を助けてくれたの?」
「難しかったぜ、一本の腕でお前を抱えて泳ぐのは・・・・」
「どうして・・・・」
「お前は俺にとって大切な・・・・」
風刃は芽瑠に背を向けて言った。
「人質だからな」
「・・・・そう」
芽瑠は上体を起こし、麓を見下ろした。山の斜面のあちこちから水が噴出し、滝となって流れ落ちている。
「中の人達は・・・・」
「さぁな。かなり溺れ死んだんじゃないか」
「一体、どうして・・・・」
「・・・・」
(離水の奴、どういうつもりだ? この事態はあいつの仕業以外に考えられない・・・・反乱? まさかあいつ、元々ミズチ軍を倒す為、俺達を騙していたのか?)
「・・・・風刃君」
「何だ?」
「一緒に帰ろうよ、みんなの所へ」
「今更出来るか、そんなこと」
「今なら許してくれるよ、先生も」
「もう・・・・遅いんだ」
(俺は紫眼、離水と組んで多くの仲間を殺した。もうどう償っても償い切れない。俺はもうお前たちの敵なんだよ、芽瑠)
「芽瑠の敵」と自分を認識した時、風刃の心が激しく痛んだ。
(俺は、俺の力を認めてくれたミズチ様の力になって生きる。それが俺の選択した新しい道だ。人は自分を必要としてくれる場所が一番なんだ。先生には、俺はもう必要ないんだ・・・・)
「風刃!」
一陣の風を纏い、風刃と芽瑠の前に紅嵐が降り立った。
「先生!」
「無事で良かった、芽瑠」
「風刃君が助けてくれました」
「風刃が・・・・そうか」
紅嵐と目が合った風刃は、慌てて目を逸らした。
「め、芽瑠は大事な人質だからな」
そう言いつつ、芽瑠の首に腕を回す。
「愚かなことはやめなさい、風刃」
「あぁ、愚かさ。だからあんたに愛想をつかされたんだ」
「・・・・芽瑠を辛い目に会わせるのはあなたの本意ではないでしょう、風刃君」
「何言ってやがる?」
「これでも私は、その辺りの人の気持ちが分かるようになって来たのですよ。魅瑠のおかげでね」
「・・・・お前に何が分かるんだ」
続いて雨竜とゆかりも到着した。ほぼ同じタイミングで魅瑠達も到着する。走って来た割には、恐ろしく早い到着だった。
「無駄な足掻きはよせ、風刃。ミズチ軍はこの洪水から逃げるのに必死で、我々と戦おうとする者はいない。所詮、烏合の衆だ。自分に危険が迫れば逃げてゆく」
「動くなよ、こっちには人質がいるんだ」
風刃は芽瑠を片手で抱き寄せると、片方の胸を鷲掴みにした。
「きゃっ!」
「風刃!」
「おっと、動くなよ。カマイタチで芽瑠を切り裂くぞ。心臓が薄切りスライスになるぜ」
「くっ・・・・」
風刃の「カマイタチ」の発動は早い。雨竜が何かを仕掛けようとすれば、一瞬にして芽瑠の身体が切り裂かれてしまうだろう。
「あんたの言う通りさ、紅嵐大先生」
「・・・・」
「俺は芽瑠が好きだった。でも芽瑠は先生に一目置かれるほど優等生で・・・・馬鹿な俺なんかじゃ駄目だって思って・・・・先生の弟子になって名前を上げようと思った。でもどれだけ頑張っても二番弟子で・・・・雨竜先輩は遠くて・・・・そうしている内に任務に・・・・宝玉を奪うのに失敗して降格だ。そんな俺に声を掛けてくれたのがミズチ様だった。力を認めてくれた。芽瑠の敵になった俺が芽瑠を手に入れるには、こうするしかなかったんだ。力づくで手に入れるしかなかったんだよ!」
「ふ、風刃君・・・・」
「お前は俺のものだ、芽瑠」
「・・・・どうして言ってくれなかったの? 私、優等生とか、そんなんじゃないのに。二番弟子だって、立派なのに・・・・」
「芽瑠・・・・」
風刃の胸がまた痛んだ。
(どうして、こんなになっちまったんだろうな・・・・俺、お前の心が欲しかったのに、今こうして手の中にあるのは、お前の身体だけだ・・・・心は・・・・)
(力では・・・・心は奪えないんだ)
「ごめんね・・・・」
意外な声が聞こえた。声の主はゆかりだった。
「ごめんね・・・・」
何故ゆかりが謝るのか、誰もが分からなかった。
「な、何でお前が謝るんだ!」
風刃が代表で聞いた。
「ゆかりが、やっつけたから・・・・トゥラビアの大神殿で、ゆかりが風刃さんをやっつけたから、任務に失敗して、降格になって・・・・芽瑠ちゃんを諦めなきゃならなくなって、ミズチの仲間になっちゃったんだ・・・・」
「だ、だからって何でお前が泣くんだ!? 謝るんだ!? おかしいだろ、お前は悪くないじゃないか!」
地響きが起こった。先程までの地響きとは違い範囲は狭かったが、代わりに何とも言えない負の妖気を感じる。
「これは・・・・!」
かつて戦ったことのある者なら、その妖気の正体を思い出すであろう。
「ミズチ・・・・!」
蛇神山の頂上の岩盤が割れ、砕け散った岩が斜面を転がる。粉塵の中には黒い法衣を纏った、白髪の老人が立っていた。
「ほう・・・・なかなかに懐かしい顔ぶれが揃っておるな」
白髪と皺に囲まれたミズチの目がそこにいる全員をゆっくりと見回した。
「・・・・あの娘はいないか」
ミズチの言う「あの娘」が誰なのか、誰も知る由がなかった。自分と同じ血を持った出雲巳弥のことだろうか、と紅嵐は推測した。
「離水め、愚かなことを・・・・我が軍が殆ど壊滅状態だ。どうだお主等、我が下に入るつもりはないか?」
「ふざけんな、誰が・・・・!」
激昂する迅雷を手で制した紅嵐は、ミズチの方へ一歩、歩み寄った。
「何故、そのようなことを?」
「わしは力のある者を正当に評価する。敵対している者なら忠誠を誓わせれば良い。裏切れば始末すればいい。それだけだ」
「欲するのも、それを支配するのも全て力というわけか・・・・」
「力だけではないぞ、知識も必要だ。特に紅嵐、お主の科学技術はわしに必要なものだ。今ならこれまでの無礼を水に流してやるが、わしの力にならぬか?」
「・・・・」
紅嵐がしばらく黙っているので「まさか、迷っているのでは?」と一同が思いかけた矢先、ようやく彼の口が動いた。
「昔の私は、機械だったのかもしれません」
「・・・・?」
「睡眠以外はほとんど機械の前に座り、研究の毎日・・・・私自身、機械の一部のような錯覚を起こしたこともありました。睡眠や食事もプロセスの一部、生徒もパーツの一部、出来の悪い生徒はバグ・・・・人の気持ちどころか、自分自身の気持ちさえ分からない、研究のみを生き甲斐としたマシンになっていました」
ミズチは「何を言ってるんだ?」という胡散臭そうな表情をしていたが、大人しく紅嵐の話を聞いていた。
「ですが、ここにいる仲間のお陰で、私は少しずつ人間らしさというものを取り戻すことが出来ている・・・・そんな気がします。馬鹿なことをしたり、無駄なことをしでかしたりしますが、それは彼らが人間であるということ・・・・そう思えるようになってきたのです」
「ふん、人間だと?」
それまで黙っていたミズチが笑った。
「お主らが人間? 笑わせるな、わしも、お主らも、化け物ではないか」
「・・・・」
「例えば紅嵐、お主は天狗の血を受け継いでおり、その力を使う。その場合、その人間の姿では能力が足りない時に覚醒の力を使うじゃろう。つまり、人間の力の方が劣るということ。妖怪の力の方が優れているということじゃ。人間らしさとか、人間の心などといきがっても、所詮は覚醒の力に頼らなければ何も出来ない、弱い生き物なんじゃよ、お主らはな」
「先生・・・・」
魅瑠が紅嵐の腕に手を添えた。
「心配いりません、魅瑠。我々に覚醒の力を使わないように仕向ける、奴の手です。つまり我々全員が覚醒の力で立ち向かえば、勝機はあると言うこと」
「お主らに勝機があるだと? 思い上がるな!」
ミズチの妖気が膨らみ、エネルギーの塊が身体から実体と化して姿を現し始めた。
「完全に覚醒する前に倒せ!」
自ら天狗の姿に覚醒した紅嵐の言葉に、ゆかりと莉夜を除いた全員が覚醒の姿を現した。魅瑠と萌瑠は猫又、雨竜と櫂は狐のような姿に変化する。
「ま、待て、お前ら! 芽瑠がどうなってもいいのか!」
片腕で芽瑠を抱えている風刃の所に、迅雷が走り寄った。
「な、なんだお前、動くな!」
「芽瑠が一番どうなっても良くないのは、あんたじゃないのか、風刃さん」
「な、なに・・・・?」
「一緒に戦おう、風刃さん。ミズチを倒すチャンスだ」
「し、しかし、俺はミズチ様の・・・・」
「自分に正直になる・・・・簡単なことだぜ」
それだけ言うと迅雷は雷獣に覚醒し、紅嵐達に続いた。
「ふぇぇ・・・・」
取り残されたゆかりは、どうすればいいのか分からない。覚醒して突撃する前の雨竜には「安全な場所に隠れろ」と言われたが、自分だけ逃げていいのだろうかと思う。「芽瑠を見付けてくれただけで充分」と雨竜は言っていたが、結果的にはゆかりがいなくても芽瑠は助かっていたのではないか。
(ゆかり・・・・何しに来たんだろう)
怪我の治療をした人達は皆、洪水に飲まれて命を失った。治癒魔法を使い過ぎたせいで魔力が少なくなり、雨竜にここまで運んで貰った。うさぴょんサーチも結果的にはあまり役立ったとは言えない。その上、ミズチとの決戦では避難するように言われた。
(透子たちに黙ってこの世界に来て・・・・それなのにゆかり、役立たずだ・・・・)
「いやぁぁ〜!」
莉夜の叫びだ。
「莉夜ちゃん!?」
莉夜の前に、巨大な蛇の鎌首があった。ミズチの八つの首のうちの一本だが、その首は山の斜面から生えていた。
紅嵐達は本体とその周りの首と戦っており、莉夜に気付く余裕がない。
「へ・・・・へびっ、へびっ!」
腰を抜かしたのか、莉夜は座り込んで動かない。その頭上に大蛇の頭が迫っている。
「何やってんだ、貧乳!」
間一髪、大蛇の牙から莉夜を救ったのは、火狐と化した櫂だった。莉夜に体当たりを食らわした櫂は、二人でそのまま山の斜面を転がり、木の幹に当たって止まった。
「馬鹿、早く逃げろ!」
「逃げようとしたら蛇が出て来たんだよ!」
「覚醒しろよ! 容易く逃げられるはずだぞ!」
「やだよ、あれ・・・・可愛くないもん」
「そんなこと言っている場合か! 死んだら可愛いも不細工もないだろ! だいたい、その姿が可愛いと思ってるのかよ!」
「あ〜、ひっど〜い、櫂君、それどういう意味よ! いっつもあたしのこと貧乳だのつるぺただのっていじめて、あたしのこと嫌いだったら放っといてよ!」
「なんだと〜!」
二人が立っている地面が膨らんだ。バランスを崩して倒れそうになった莉夜の足元から、大蛇の鼻が地面を割って現れる。
「きゃぁぁ〜!」
「莉夜!」
足の下に大蛇の口が見えた瞬間、莉夜は櫂の体当たりを受けて思い切り突き飛ばされた。
「ぐああっ!」
莉夜が地面に落下した時、背後で櫂の叫びを聞いた。
「櫂君!」
振り向いた莉夜の目に、大蛇の顎に咥えられた櫂の姿が飛び込んできた。
「フン・・・・小娘より不味そうだが・・・・妖力の足しにはなるか」
ミズチの声が蛇の頭から響いてくる。
「櫂君!」
「に・・・・逃げろ、莉夜・・・・!」
「あ・・・・ああ・・・・」
(櫂君が、食べられちゃう・・・・やだ、そんなの・・・・逃げたら、助けられないよ!)
突然、莉夜のスカートのお尻の部分が膨らんだ。頭からはピンと立った耳が飛び出る。手足は獣のそれに変化した。
「櫂君を食べちゃ駄目〜っ!」
ワンピースのスカート部分から生えた幾つもの尻尾を振り、莉夜は地を蹴った。素早く櫂が咥えられた大蛇の頭に飛び付くと、両手の平を蛇の表皮に当てる。
「莉、莉夜!」
「うわぁぁぁぁ〜!」
莉夜の叫びと共に、強烈な冷気が大蛇の頭を襲った。当然、櫂も一緒に冷気に襲われる。
「馬鹿、俺まで凍らす気か!」
「櫂君は炎!」
「そ、そうか!」
櫂は自分の全身を炎で包んだ。火狐である彼の肌は、炎に包まれても平気であった。
「く、こ、小娘・・・・!」
莉夜の覚醒した力「九尾の狐」により、巨大な蛇の頭は冷凍状態に陥った。全身を炎で包んだ櫂は、凍結を免れて牙のプレスから脱出に成功する。
「ぐはっ・・・・」
「櫂君!」
莉夜が駆け寄ると、櫂の腹部から大量の出血が見られた。牙が突き刺さっていたのだろう。
「しっかりして、櫂君!」
「り・・・・よ・・・・」
「な、なに?」
「安心しろ・・・・キツネ耳も・・・・可愛いぞ・・・・」
「そんなこと、どうでもいいよ!」
「それとな・・・・お前の胸、つるぺたじゃなかったぞ・・・・さっき掴んだ時、思っていたより・・・・その、掴めたし・・・・でも、ブラはブカブカだったぞ・・・・付けてなきゃもっと嬉しかったのに・・・・」
「ば、馬鹿! そんなこと言うと死刑だぞ!」
「・・・・洒落になってねぇよ、この状態じゃ・・・・」
そう言っている内にも、血は流れ出ている。
「莉夜ちゃん!」
そこにマジカルフェザーで飛んで来たゆかりが舞い降りた。
「櫂君はゆかりが治療するから、任せて!」
「う、うん、お願い、ゆかりん!」
ゆかりは櫂の腹部に孫の手を近付け、治癒魔法を試みる。莉夜はそれを見て安心した顔を見せると、厳しい表情になって凍りついた大蛇を睨みつけた。
「櫂君のかたき〜!」
「お、おい、俺は死んでねぇぞ」
櫂のツッコミをよそに、莉夜は拳を作って大蛇に体重の乗った正拳突きを喰らわせた。凍りついた大蛇の頭部に大きくひびが入り、哀れな姿になってしまう。
「ゆかりん、櫂君をお願い!」
ミズチの八本の首の内の一本を退治した莉夜は、手助けをするために雨竜達の戦っている場所へと向かった。
「ったく、あいつ本当は強いくせに、可愛くないから変身しないなんて・・・・」
「・・・・恰好いいよ」
ゆかりは莉夜の背中を見送りながら、櫂の治療に専念した。残り少ない魔力は、この治療だけでほとんど使い果たしてしまいそうだ。
「あれ?」
櫂の寝ている傍に、枯れ木の中には不釣合いな青く光る石があった。ゆかりが拾い上げて見ると、濃厚な蒼色をした宝石だった。
(これって確か、莉夜ちゃんが研究所から持って来た宝石・・・・あずみちゃんのエネルギーとか言ってたっけ。後で返してあげなきゃ)
ゆかりはその宝石をポケットに入れた。
「くそっ!」
蛇神山の頂上では、五本の首を相手に紅嵐、雨竜、迅雷、魅瑠、萌瑠が苦戦していた。一対一ならまだしも、五本の首を自在に操り、横から背後から頭上から攻めてくるミズチに対し、有効的な打撃が加えられないでいる。
「喰らえ、エレクトリック・ナックル!」
「凍れ!」
迅雷と雨竜が迫り来る首を足(?)止めし、その隙に紅嵐がミズチ本体に向かって飛んだ。上半身だけだがかろうじて人の姿を成しているミズチの本体から大蛇の身体が伸びている。中心を叩けば全ての首の相手をするよりも早い。
「ミズチ、覚悟!」
渾身の力を込めてぶち込んだ紅嵐のソニックトルネードだったが、大蛇の胴体がミズチ本体の前に盾となってその攻撃を防いだ。
「紅嵐、わしはお主を買いかぶっておったぞ」
「なに?」
「もっと頭の良い奴かと思っていたが・・・・わしに逆らうとは、大馬鹿者だな。一度わしに歯向かった時、手も足も出なかったことを忘れたか? 記憶力も大したことは無いのぅ」
「そちらこそ・・・・あの時敗北したのは誰だか忘れましたか?」
「ふん」
ミズチの口元が歪んだ瞬間、それまで人間の顔をしていたミズチが蛇の顔へと変貌した。これが八本目の蛇の首であり、主となる首であった。その首が口を開け、紅嵐に襲い掛かる。
「くっ・・・・!」
羽根を拡げて飛び退く紅嵐だが、ミズチの首は長い。逃げても逃げても負い掛けて来る。
(だがどれだけミズチが巨大だと言っても、長さには限度があるはず。十数メートルか、数十メートルか・・・・)
他の首を相手にしている者達も、紅嵐を追って伸びる首に気付いた。
「長い・・・・!」
「おいおい、どんな長さなんだよあれは!」
紅嵐は「いつかは伸び切る」と思っていた首がどこまでも自分を追って来ることに疑問を持った。そして・・・・。
「まさか・・・・」
「ほう、気付いたか」
蛇が笑った顔を、紅嵐は初めて見た気がした。
「この姿・・・・ヤマタノオロチの姿はいわば思念体、古の者のエネルギーが実体化した姿だ。つまり、エネルギーの大きさによってこの思念体の大きさも決定する・・・・」
「しかし、この間はこれほどまでのエネルギーではなかったはず・・・・!」
「あれからわしが何もせずただ寝ていただけだと思うのか?」
「なに?」
「紫眼に会ったであろう・・・・奴もかなり妖力が増えていたはず」
「・・・・そうか」
紫眼の話を思い出す。ミズチは人々を喰い、その魂を体に蓄えて妖力を上げていると・・・・。
「一体、何人が貴様の犠牲になった」
「紅嵐よ、肉は好きか?」
「何の話だ」
「例えば牛の肉・・・・貴様は今までに何グラム食った?」
「・・・・」
「覚えていまい。それと一緒じゃ」
「くっ」
「お主等もわしの妖力の一部にしてやろう。光栄に思え」
ヤマタノオロチの首は八本。その内の一本は莉夜が倒した。紅嵐は八本目の首と戦っている。残る首は魅瑠、萌瑠、迅雷が一本ずつ、雨竜が二本を相手にしていた。
(一本足りない・・・・?)
紅嵐が残りの一本の存在を気にした時、背後に恐ろしい気配を感じた。
(まさか!)
「後ろだ、紅嵐!」
長身の紅嵐の頭から足首までを一口で咥えられるほどの大きさを持つ大蛇の口が、紅嵐の目の前に現れた。
(挟み撃ち・・・・だと!)
「先生!」
大きく開いた大蛇の口に、棒のようなものがつっかえ棒のように放り込まれた。
「莉夜!?」
「大きくなれぇ!」
莉夜が棒を持ったまま叫ぶと、大蛇の口が更に縦向きに開いてゆく。その棒は「魔法の竹箒」だった。莉夜の言葉に反応して竹箒が長くなり、やがて開き切った大蛇の口が裂けた。
「ぎゃああぁっ!」
ミズチの咆哮が響く。
「先生!」
紅嵐は莉夜に向かって頷くと、強制的に口を開けられた大蛇の口の中に向かってソニックトルネードを放った。風の刃を飲まされた大蛇は喉が裂け、血を撒き散らした。
「おのれぇぇぇ!」
主たる首が莉夜に襲い掛かる。莉夜は元の大きさに戻した魔法の竹箒を相手に向かって突き出した。
「行っけぇぇ!」
竹箒の柄が伸びる。その柄は見事にミズチの目に命中した。
「ぎゃああ!」
突かれた目を閉じたまま、首がミズチの元の体へと戻って行く。
「やった!」
「莉夜、その姿・・・・」
莉夜はこの「九尾の狐」の力を使うのが嫌で、雨竜と両親以外は彼女の覚醒又は半覚醒の姿を知る者はいなかった。
「ありがとう、莉夜」
「えへへ・・・・誉められた」
莉夜は頬を赤くしつつ、照れ隠しに尻尾を体に巻き付けた。
「みんなは!?」
紅嵐は他の首と戦っている仲間の方へと向かった。
「大丈夫ですか!」
「先生!」
そこには、倒れた大蛇の首が4本、転がっていた。そして5本目の首も、今まさに魅瑠の爪が止めを刺したところだった。
「全部倒したのですか!?」
「あぁ、ざっとこんなもんだぜ」
ガッツポーズを取る迅雷だが、かなり体のあちこちに怪我をしている。雨竜や魅瑠、萌瑠も一緒だった。だがそれほど大層な怪我は誰もしていない。
「楽勝ですよ!」
最後の首を倒した魅瑠が紅嵐に向かって駆けて来た。
(楽勝・・・・過ぎる)
紅嵐は素直に喜べない。
(ミズチはこんなに弱いはずは・・・・私達が強くなったのでしょうか? いえ、先程感じたミズチの妖力はこんなものではなかった・・・・どういうことでしょうか)
紅嵐は主たる首が戻って行ったミズチの本体を見た。
「・・・・まさか」
大蛇の首は、その辺りに転がっている。
なのに何故、ミズチの本体から蛇の首が八本、出ているのか?
「再生・・・・?」
「驚いているな、紅嵐よ」
山全体に響き渡るようなミズチの声だった。
「先程、教えたはず。この姿は思念体、エネルギーの実体化した姿。つまり妖力が残っている限り、どれだけ倒されても復活出来るということじゃよ」
「・・・・そんな」
紅嵐の腕を持っていた魅瑠が呟いた。首を全て倒して安堵の表情をしていた雨竜や迅雷は、復活したミズチの姿を見て一気に疲労が顔に出た。
いつまで復活するのか。
どれだけ倒せば、ミズチの妖力が無くなるのか。
「ククク・・・・先程の勝ち誇った顔はどうした、ん?」
ミズチの覚醒の力、ヤマタノオロチは何事もなかったかのように巨大な八本の首を別々に動かしていた。
22th Future に続く
話数選択へ戻る