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タイトル


 19th Future 「いざ、蛇神山へ」


「もう帰りなさい、姫宮ゆかり。本来、君がここにいて、我々と共に戦う必要はないのです。返って足手まといになる・・・・莉夜と、萌瑠もです」
 何も出来なかった。
 助けようと思った。力になれる気でいた。
 だが、何も出来なかった。逃げるだけだった。それどころか、助けられた。
 挙句に邪魔者。
(ゆかり・・・・役立たずなの・・・・かな)
「ククク・・・・」
 上空から、嫌らしい笑いが聞こえた。一同が見上げると、三人の人影が浮かんでいる。一人は紅嵐と戦った紫眼、一人は洞窟内に洪水を起こしたという離水、そして・・・・。
「風刃!」
 紫眼、離水と共に宙に浮いているのは、かつての紅嵐の二番弟子・風刃だった。
「お久し振りですね、先生・・・・いや、紅嵐」
「・・・・風刃」
 自分を見下ろす風刃を睨む紅嵐。
「風刃、貴様、裏切ったのか!」
「フン」
 紅嵐の一番弟子・雨竜の叫びを、風刃は鼻で笑い飛ばした。
「紅嵐が俺を裏切ったんだよ」
「貴様、先生を呼び捨てに・・・・」
「もう俺の先生じゃない」
「先生が裏切ったとは、どういうことだ? お前が失態を犯したので降格処分にしただけのこと」
「風刃! あんた、何とも思わないの!? みんな・・・・みんな死んじゃったんだよ!」
 今度は魅瑠が怒鳴った。
「そんなことより、マジカルアイテムを渡せ」
 一度ゆかりと戦ったことがある風刃が、ゆかりに向かって手を出した。
「お前たちにもう勝ち目は無い。大人しくマジカルアイテムを渡すんだ。お前はそのためにここに来たんだろう? 俺達に降伏するために」
「・・・・」
 ゆかりは「魔法の孫の手」を収納しているポケットを押さえた。
「そこに入っているのか」
 風刃がゆかりに向かって降下しようとした時、ゆかりの前に紅嵐、雨竜、迅雷が立ちはだかった。
「マジカルアイテムは渡さない」
「ほう・・・・ではどうするんだ?」
 風刃の右手が巨大な鎌と化した。
「風刃・・・・貴様だな、芽瑠を連れ去ったのは。お前だから、芽瑠は騙されて大人しく連れて行かれたんだな」
「さすが雨竜先輩」
 風刃はふざけたように雨竜に向かって拍手した。
「芽瑠を連れ去ったのはお前か、風刃!」
 魅瑠の爪が伸びる。
「あぁ・・・・優等生で素直な芽瑠は、簡単に騙されたぜ」
「風刃〜っ!」
 半覚醒した魅瑠が風刃に飛び掛る。
「相変わらず直情だな、魅瑠は」
 風刃の周りから刃と化した風、カマイタチが魅瑠に向かって飛ぶ。だがその刃は直前でかき消された。
「む?」
「風刃君、あなたは風では私に勝てませんよ」
 風刃のカマイタチを風で粉砕した紅嵐は、空気の渦を練った。だが頭上から紫眼が襲い掛かる。
「お前の相手は俺だ!」
「紫眼!」
「加勢するぞ、櫂、迅雷!」
「はいっ!」
「承知!」
 紫眼と紅嵐、風刃と魅瑠の戦いに、雨竜と迅雷、櫂が加わり、有利のように思われた。だが紅嵐も紫眼に、雨竜も風刃に苦戦していた。
「まさか、風刃の奴・・・・!」
「どうした、雨竜! お前は一番弟子なんだろ? 俺より強いんだよなぁ!」
 以前は考えられなかったことだが、雨竜が徐々に風刃に押されていた。魅瑠などは相手にならない。
「ミズチ様に認められれば、こんなに素晴らしい力が手に入るんだ!」
 風刃の鎌が雨竜の白衣を切り裂く。
「まさか風刃、貴様も他人の魂を・・・・!」
「あぁ、喰らったさ。俺様の力になれるんだ、魂も役に立った方が幸せだろう? 無駄死にするよりよほどいい!」
「無駄死に・・・・貴様らが殺した人々のことか」
「さっさとマジカルアイテムを渡さないと、芽瑠も俺様が食うぞ! へへっ」
 風刃の鎌で負傷した魅瑠が地面に落ちる。カマイタチで全身に切り傷を負った櫂が倒れる。紫眼も紅嵐と迅雷の同時攻撃を受け流し、容赦ない一撃を加えた。
「まさか・・・・」
 紅嵐の顔に焦りと戸惑いの色が浮かぶ。相手のパワーアップがここまでとは予想していなかったからだ。
 あっと言う間に魅瑠、櫂、迅雷が倒され、形勢は逆転した。
「あ・・・・」
 ゆかりと莉夜は足が震え、ただ見ていることしか出来ない。
「これで分かっただろう。マジカルアイテムをよこせ」
 風刃がゆかりに近付いて来る。
「わ・・・・渡せば・・・・」
「ん?」
「渡せばみんなを助けてくれるの・・・・?」
 震えるゆかりに、風刃は「あぁ」と答えた。
「駄目です、姫宮ゆかり!」
 叫んだ紅嵐の腹に、紫眼の拳がめり込んだ。
「ぐはっ・・・・!」
「子供の自主性は大切にするものだ」
 くずおれる紅嵐に、紫眼は更に蹴りを入れた。
「これ・・・・」
 ゆかりは胸元から小さく畳まれた孫の手を取り出すと、元の大きさに戻した。
「確かにマジカルアイテムだ。頂くぜ」
 風刃はゆかりから孫の手を奪うと、空中で待っていた離水の所へと、紫眼と共に舞い上がった。
「これでミズチ様に抵抗し得る者はいなくなったな」
「芽瑠を返して!」
 魅瑠は怪我の痛みを堪えて叫んだ。
「芽瑠か・・・・どうするかな」
「や、約束が違うわ!」
「約束とは対等な立場の者同士が行うものだからなぁ・・・・」
「ひ、卑怯者!」
「芽瑠の魂なら、さぞ美味いだろうな」
「ふ、風刃・・・・!」
「どうしても助けたいならついて来いよ。無駄死にするだけだろうけどな」
 風刃、紫眼、離水が背を向ける。
「お姉ちゃん・・・・」
「ん? 誰か何か言ったか?」
「お姉ちゃんを返せぇぇぇ〜!」
「!」
 振り返った風刃の右腕が胴から切り離された。
「何だと!?」
「風刃、上だ!」
 紫眼の言葉で上空を見上げた風刃は、半覚醒した萌瑠の姿を確認した。
「萌瑠!?」
 風刃の、腕を失った切断面から血が吹き出る。
「くそっ、油断していたとは言え、萌瑠なんかに・・・・!」
 ゆかりから奪った孫の手は左手に持っていたのだが、もし右手に持っていれば腕ごと落下していたところだ。
「見掛けで判断するな、風刃。あの子の潜在妖力・・・・只者ではない」
 紫眼が八つの目を開眼させ、萌瑠を観察した。
「うわぁぁぁぁ!」
 伸びきった爪を振り上げ、萌瑠が再び襲い掛かる。
「早いぞ!」
 紫眼は自慢の目で萌瑠の動きを見切ると、風刃の背中を押した。
「先に行け、マジカルアイテムをミズチ様に届けろ! 俺はここで奴を足止めする」
「しかし・・・・」
「後で追う!」
 離水が風刃の左腕を持ち「飛べるか?」と訊いてきた。
「あ、ああ・・・・」
「よし、まかせたぞ紫眼」
「すぐ追いつくさ」
 そのやり取りをみた迅雷がダッシュした。
「今ならマジカルアイテムを奪い返せる!」
「させるか!」
 紫眼が手に妖力を溜め、迅雷の前に降り立った。
「くっ!」
「大人しくしていろ、小僧!」
 妖力を纏った拳が迅雷の顔面に迫る。
「にゃ〜っ!」
「!」
 紫眼が拳を引いた空間を、萌瑠の爪がギロチンのように引き裂いた。
(ちっ・・・・腕を引いていなければ、今頃俺の手首がなかった!)
 爪を振り下ろした萌瑠が再び紫眼目掛けて跳び上がり、右、左と素早い爪の攻撃を繰り出した。
(くっ・・・・こいつ、早い!)
 紫眼は八つの目をフル稼働し、萌瑠の爪を全て見切っていた。
(だが所詮は子供・・・・動きが大きく、無駄がある。これならかわすのも訳は無い・・・・)
 突然、紫眼の四肢が重くなった。
「なにっ! う、動きが・・・・!」
 紫眼の身体を空気の渦が取り囲んでいた。
「この風・・・・紅嵐!」
「にゃっ?」
 萌瑠の身体も同じく重くなっていた。その萌瑠を後ろからそっと紅嵐の腕が抱き止める。
「萌瑠、あなたには人を殺して欲しくありません」
「にゃ・・・・」
 髪を振り乱し、闇雲に爪を振り回していた萌瑠は我に返った。
 紫眼を取り巻く空気の渦が、更に回転を増す。
「ぐぐっ、この程度で・・・・!」
 紫眼は妖力を爆発させて脱出しようと試みた。だが次第に身体が痺れ、感覚がなくなってゆく。
(身体の自由が利かない、体温が・・・・こ、これは雨竜・・・・か・・・・)
 雨竜は「氷」の攻撃を得意とする。紅嵐の作った風に雨竜が凍気を加えたことにより、紫眼の身体の感覚はほとんど無くなっていた。
「大勢でかかるのも気が引けます・・・・が」
 紅嵐が腕を振り上げると、紫眼の身体は空に舞い上がり、谷の上に停止した。真下は深い谷底だ。
「や・・・・めて・・・・くれ・・・・」
 唇が思うように動かず、紫眼の命乞いは誰にも聞こえない。
 そして、完全に凍りついた紫眼の身体が、村を襲ったカラス天狗同様に粉々に吹き飛んだ。
「・・・・魅瑠?」
 紅嵐は抱いていた萌瑠を降ろすと、辺りを見回した。魅瑠だけではない、迅雷もいなくなっている。
「魅瑠さんと迅雷は、風刃を追って・・・・」
 風刃の後を追った二人を見ていた櫂が答える。
「あいつら、空を飛べないのに・・・・走って追って行ったのか」
 と、雨竜が腕を組む。既に二人の姿は見えなくなっていた。
「二人でどうするつもりだ・・・・奴らの帰る先はミズチのアジトだろう」
「時々、彼らが羨ましくなりますよ」
 雨竜の言葉に紅嵐は苦笑しながら、背中の羽根を再び拡げた。
「先生?」
「追います。彼らまで失いたくはない」
「しかし、どこへ行ったのか・・・・」
「方角はだいたい分かっています。空から探せばきっと見付かりますよ」
「では、私も・・・・」
「私も!」
 勢い良く莉夜が手を上げた。
「飛ぶなら、莉夜ちゃんの箒に任せて!」
「だったら、俺も乗せてくれ、莉夜!」
 櫂が叫んだ。彼も空を飛ぶ能力は無い。
「男の子は乗せたことないけど・・・・大丈夫かなぁ。重量オーバーにならないかなぁ」
「大丈夫だ、お前、軽いからな」
「ま、まぁ、よくスマートだって言われるけどね」
「違う、他の女の子より胸の分だけ軽いんだ」
「なんだと〜!」
 莉夜の持つ「魔法の竹箒」の柄が櫂の後頭部をしたたかに打った。
「あ、あの・・・・」
 か細い声の主は、ゆかりだった。
「ゆかりも・・・・連れてって下さい」
 だが、紅嵐の反応は冷たかった。
「マジカルアイテムも無いあなたに、何が出来るのですか。勝手に渡してしまうとは。あれがミズチの手に渡れば、どのような悪用をされるか・・・・」
「えと・・・・マジカルアイテムには魔法使用承認機能があって、誰でも使えるわけじゃないし、それに・・・・」
 ゆかりはスカートのポケットに手を入れ、小さな棒を取り出した。それを振ると、たちまち「魔法の孫の手」が現れる。
「そ、それは・・・・それでは、風刃が持って行ったのは?」
 ゆかりは孫の手を振りかざした。
「うさみみピンピン、いたずらうさぎ! 一人は嫌なの、ぎゅっとして! ぷにぷにゆかりん二段変身、うさぴょんモード!」
 ピンクのうさ耳、ピンクのレオタード、ピンクのニーソックス。二段変身の「うさぴょんモード」が久々にお目見えした。
 耳に手を当て、うさぴょんサーチを発動する。ある程度の距離なら、うさぴょんサーチで特定の人物の居場所が分かるのだ。
「こっち・・・・魅瑠さんと、ワンちゃん・・・・」
「分かるのか?」
「早く! 見失うぴょん!」
「あ、ああ・・・・」
 紅嵐はうさぴょんゆかりを抱え、空に舞い上がった。雨竜も「放っておけば心配」だからと萌瑠を抱え、櫂は莉夜の箒に乗せて貰い、ゆかりのサーチを頼りに魅瑠と迅雷を追った。
 紅嵐と雨竜はそれぞれゆかりと萌瑠を抱えているが、それほど重くは無いので不自由なく飛べていたが、莉夜は違った。初めて箒に乗る櫂が後ろで落ち着かなく、バランスが上手く取れずにフラフラしていた。
「ちょっと櫂君、大人しくしてよ!」
「そんなこと言っても、危なっかしいんだよなぁ、お前の運転」
「櫂君が揺らしてるんだよ!」
 櫂は箒の柄をしっかり掴んでいるが、どうも上体が揺れ、左右に振られてしまう。
「な、なぁ、お前の身体、持っていいか?」
「馬鹿、変態!」
「ち、違う、嫌らしい意味じゃないぞ! その方がバランスが取れるんだ、多分」
「ん〜、じゃあいいよ・・・・ちょっとだけ」
「何だ、ちょっとって・・・・」
 櫂は少しだけ莉夜ににじり寄り、胴に腕を回した。
(ほ、細いな・・・・)
 莉夜のウエストは櫂が思っていたほど大きくなく、心もとなかった。
「も、もっとくっつかないと、危ないよ」
「あ、ああ・・・・」
 櫂と莉夜の密着性が増す。
「ふぅん・・・・」
「な、何よ」
「意外といい匂いするな、お前」
「なっ、何恥ずかしいこと言ってんのよ〜!」
 箒が揺れる。
「わ、馬鹿、ちゃんと操縦しろ!」
 落ちないように必死で莉夜にしがみついた櫂の手が、スルリと上に滑った。
「あ」
「あ」
 櫂の右手が、莉夜の左胸の上にあった。
「きゃあぁぁぁ〜!」
「違う、誤解だ! お前の胸になんか興味はない!」
「落とす!」
 魔法の竹箒が反転し、空と陸がさかさまになった。
「落とす気か!」
「だから、落ちろ〜!」
 そんなドタバタを他所に、紅嵐に抱えられているゆかりは魅瑠と迅雷を見失わないように必死だった。二人は走っているはずなのに、飛んでいる自分達がなかなか追いつけない。
「もう少しスピードを上げて」
「あ、ああ」
 ゆかりの言葉で、紅嵐は少し加速する。
(姫宮ゆかり・・・・本当は私の顔など見たくもないはず。なのになぜ、ここに来て一緒に戦おうとしてくれるのだろう。芽瑠の為? それもあるだろう。だがこんな不利な状況にある我々と・・・・地上は平穏だ。私がゲートを操作しない限り、ミズチはもう二度と地上に出ることはない。それなのに・・・・)
「あ・・・・」
「どうしました?」
「止まった」
 ゆかり達の目の前には、巨大な山がそびえていた。このイニシエートに来て、ゆかりが見た中で最大の高さを誇っている。
「蛇神山(じゃしんざん)か・・・・ミズチの奴、分かりやすい所にいるんだな」
 危うく墜落死しそうになった櫂が言った。
「いや、ミズチ本人がいるとまだ決まったわけではない・・・・が、奴のセンスから考えるとおそらくここにいるのだろうな」
 蛇神山には初代ヤマタノオロチを祭った祭壇があり、この世界「イニシエート」の果てに位置していた。
「世界の果てまで来たのは初めて・・・・」
 莉夜の呟きにゆかりが「果て?」と訊き返した。
「そう、ここはイニシエートの果てだ」
 代わって紅嵐が答える。
「日本の出雲地方にあったある地域が空間ごと切り離されてこのイニシエートになった・・・・この話は知っていますか?」
「いえ・・・・」
「では、詳しくは時間がないので後ほど話します。要はその切り離された空間の果てがこの場所なのです。」
「はぁ・・・・」
 そう言われても想像がつかなかったので、ゆかりはそれ以上考えないことにした。
 魅瑠と迅雷は山の麓に立っていた。さすがにそのまま突っ込んで行ったりはしなかったらしい。
「魅瑠、迅雷君」
「あ、先生・・・・」
 魅瑠は相当、息が切れているようだ。世界の果てまで走ったのだから、無理も無い。
「奴ら、あの中に」
 迅雷は山の中腹にある洞窟を指した。炭鉱のように大きな横穴が開いている。
「君達が追って来たことは承知のはずですね」
 ミズチ軍はどれだけの戦力なのか。
 少なくとも、ここにいる八人を始末するのは容易いことだろう。
(どうすれば芽瑠を助け出せるか・・・・)
 あの洞窟がどうなっているのか、構造を知らないままでは動きようがない。紅嵐はこのメンバー内のリーダーであるから、迂闊な行動をしてはならない。下手をすればあっと言う間に全滅する。
「姫宮ゆかり・・・・芽瑠がどこにいるか分かりますか?」
「え? 芽瑠ちゃん? えっと・・・・やってみます」
 芽瑠の声や呼吸の音を思い出してみる。それを頼りに「うさぴょんサーチ」は芽瑠の居場所を突き止める。
「・・・・」
 誰も言葉を発せず、静かにゆかりを見守った。



20th Future に続く



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