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タイトル


 11th Future 「体育用具室の出来事」


「現時点で考えられることは・・・・」
 その昼休み、咲紅が図書室に行きたいと言うので憂喜と春也も一緒に行くことになった(春也は相当嫌がったが)。何故一緒に行くのかと言うと、もちろん姿が見えない校長先生と、こちらも消息不明の蒼爪の行方について話し合うためだった。
「校長がどこかに逃げ、蒼爪が追って行った。もしくは姫宮ゆかり達に我々のことを話そうとした校長と蒼爪が戦い、相討ちになった・・・・」
「まさか、蒼爪があの校長と刺し違えるなんて」
 咲紅が本から目を離さずに意見を口にした。咲紅も春也も、蒼爪の戦闘能力には一目置いている。
「だから僕が前に言っただろう、あの校長は只者ではないと」
「憂喜君はどう思うの?」
「僕は・・・・蒼爪がそんなへまをしないと信じている」
「とにかく、校長も蒼爪もいないのは事実だぜ。しかもあの体育館・・・・一戦交えたとしか思えねぇ」
 春也がそう言いながら、古本の匂いに顔をしかめた。
「問題は、蒼爪が戦ったという事は、校長が秘密を漏らした、もしくは漏らそうとしたということだ。この二つにはかなりの差がある」
「出雲さん達が私達のことを知ったかどうか、ね」
「どうだ、そっちは。午前中の様子を見て、姫宮ゆかりと出雲巳弥は我々のことを校長から聞いたと思うか?」
 クラスが違うので、憂喜は春也と咲紅に質問した。
「ゆかりんは普通だったぜ」
「出雲さんも普段どおりに授業を受けていたわ」
「そうか・・・・藤堂院透子も変わった様子はなかった。我々のことがばれていないとみていいのだろうか」
 春也は考える。
(もし俺達のことを知られているとしたら、この実習はどうなるんだ? 合格者が出ないまま試験は終了なのか? それとも約束を破った校長を管理局に引き渡せばいいのか?)
 咲紅もまた、春也と同じ事を考えていた。
 その時ガラっと音がして、図書室のドアが開いた。
「あ」
 図書室に入って来た生徒は巳弥だった。巳弥は透子が「気をつけて」と言っていた転校生が三人揃っていたので、思わず声を出してしまった。
「あ、出雲さん」
「さ、三人お揃いなんて・・・・珍しいね」
 なるべく自然に振舞おうとすると余計にぎこちなくなる。
 祖父はあの時、電話で何を言いかけたのか。「あの転校生・・・・」の続きは何だったのか、何を伝えたかったのか。
(この人たちは、おじいちゃんの居場所を知っているかも・・・・おじいちゃんが何かの秘密を知って、それで・・・・)
 巳弥の拳に力が入る。推測は段々と良くない方向へ向かってしまう。
(まさか、おじいちゃんは・・・・)
「出雲さん? 具合でも悪いの?」
 咲紅が巳弥の顔を覗き込むように話し掛けてきた。
「え、あ・・・・ごめん、うん、ちょっと熱があるみたい・・・・」
 巳弥は逃げるようにその場を去った。次々に膨らむ、良くない考えを払拭するように。
 祖父の行方不明と転校生たちは無関係かもしれないのだ。現時点では全て憶測に過ぎない。
(でももし、おじいちゃんの失踪に何か関係があるのだとしたら・・・・私、絶対に許さない)
 巳弥の体の奥底に、熱いものが胎動した。
(あっ・・・・)
 両手で胸を押さえ、深呼吸する。一瞬激しくなった動悸が静められてゆく。
「おじいちゃん・・・・」
 今は祖父を信じる。
 もし仮に転校生三人が祖父の失踪の原因だったとして、彼らの内の誰か、もしくは全員が魔法を使えるはずである。相手の手の内が分からない今は、下手に動くと危ない。透子からそう言われていた。


「あの出雲巳弥の様子、何か怪しい。気を付けてくれ」
 憂喜にそう言われ、春也と咲紅は五時限目の授業の為に教室に向かった。
「あ」
 少し遅れて教室に戻ると、誰もいなかった。
「しまった、五時間目は体育だっ! 急げ、咲紅!」
「言われなくたって!」
 まだチャイムは鳴っていないが、着替える時間が必要な為に、他の生徒はみな更衣室に向かったのだ。ちなみに最後に更衣室を出る生徒は、鍵をかけて出なくてはならない。着替えが遅く授業に遅れると相当に恰好が悪い。ここは何としてもダッシュで更衣室に急ぐ必要があった。
 だが・・・・。
「おい、咲紅! 何してる!?」
 春也が体操着の入ったバッグを持って走り出そうとしたその時、咲紅は両手を合わせて目を閉じていた。
「馬鹿、こんな所で空間転移なんか使うな!」
「え〜、だって急ぐんでしょ」
「走れよ! 誰かに見られたらどうするんだ!?」
「なによ〜、ハル君だっていつもは使うでしょ」
「悪かったな、俺はそんな高度な魔法は使えないんだよ! 優等生のお前らと違ってな!」
「分かったから、拗ねるのはやめてよね」
 仕方なく咲紅は鞄を持ち、春也と共に教室を出た。
 更衣室に向かう途中、着替えを済ませたクラスメイトと次々にすれ違った。「早くしないと先生、来るわよ!」などと声を掛けられつつ、咲紅は更衣室のドアを開けた。もう誰もいないだろうと思っていたが、ゆかりと巳弥が体操着姿でそこに立っていた。
「あ、桜川さん、やっと来た」
「早く着替えないと、遅刻しちゃうよ!」
「え、あの・・・・」
 誰もいないと思っていた咲紅は、魔法で一瞬にして着替えるつもりだった。だからこそ、それほど早く走らずに余裕をもって駆け足でここまで来たのだ。魔法を使っての更衣は、衣服を分解して座標軸を変えて再構築するだけなので、それほど高位の魔法ではない。だがゆかりと巳弥がいては、魔法を使うわけにはいかない。
「どうして・・・・」
「一人だと淋しいかなと思って・・・・」
 どうやらゆかりたちは咲紅のことを待っていたらしい。
(余計なことしないでよ、もう!)
 魔法を使うわけにはいかない咲紅は、仕方なく服を脱ぎ始めた。
「あの、見られてると着替え辛いんだけど・・・・」
「あ、ごめん、外に出てるね」
 ゆかりと巳弥が出て行き、バタンと更衣室のドアが閉まる。それを見て咲紅は魔法を使って着替えようとしたが・・・・。
(・・・・駄目だわ)
 もしゆかりたちにドアを開けられたら、魔法を使っている所を見られてしまう。ドアを開けられなくても、すぐに着替えを済ませてしまったら不自然だ。結局は地道に着替える場合と同じ時間を調整して出て行かなくてはならない。
(はぁ、もう。私を待っていることに、何の意味があるっていうの、あの子たち)
 観念して地道に着替えを済ませた咲紅が更衣室を出ると、ゆかりが持っていた鍵でドアを閉めた。
「さ、行こ」
「・・・・うん」
 チャイムは既に鳴っているので、ゆかりと巳弥は急いで運動場に向かう。咲紅も仕方なく後を追った。
(私を待って、急がなきゃならなくなって・・・・この子たちにはどんな利点があるんだろう? 下手をすれば自分達も遅刻するっていうのに・・・・)
 何とかグラウンド手前で体育教師を追い抜き、三人は遅刻をせずに済んだ。
「今日は突然ですが、長距離走のタイムを計ります」
 点呼を済ませた後、体育教師の立石良香がとんでもないことを告げた。当然、ブーイングの嵐だ。ちなみに男子は女子と別の教師・別の場所で授業を受けているが、そちらも同じく長距離走のタイムを計る授業だった。
 だが授業そのものは生徒が思ったほど辛いものではなく、走る前の準備運動、一キロ半の長距離走、残った時間はバレーボール。バレーに至っては自習というか遊びのようなものだ。そう言えば立石先生は授業に来る際、バレーボールを抱えて来た。長距離と言っても普通に走れば十分とかからない距離なので、マラソンが大嫌いでなければ楽な授業だ。巳弥は「明日の体育祭の予行演習に丁度いい」と思った。
 だが・・・・。
 やはり長い間マラソンなどしたことがなかったので、一キロ半でさえ息が切れた。一キロを越えてからがかなりキツかった。
「はぁ、はぁ・・・・」
「巳弥ちゃん、大丈夫?」
 ゆかりが巳弥の背中を摩ると、巳弥は「うん、だ、大丈夫」とおよそ大丈夫ではなさそうな声で答えた。ゆかりも(体力は本来のゆかりのままなので)相当疲れたが、巳弥ほど参ってはいない。
(タイムを計るからって、ちょっとペースを早くし過ぎたかな・・・・)
 ゆかりに「休んでなよ」と言われ、巳弥はグラウンドの隅に座り、バレーで遊んでいるクラスメイトを眺めていた。まだ心臓が一生懸命働いている。
 咲紅を待っている間に、更衣室でゆかりが言ったことを思い出す。
「ゆかりは桜川さんも澤崎君も、まだ疑いたくない。疑う理由も信じる理由もないなら、信じていたい」
 巳弥も出来ればそうありたい。
「ゆかりは人を疑うことが怖いの。その代わり、透子が疑ってくれる。透子は慎重派だから、それはそれで正しいことだと思う。透子が疑ってくれるから、ゆかりは信じることが出来るのかな。何だか巳弥ちゃんの時みたい。あの時と一緒だね。一緒だったら桜川さんたちも敵じゃないよね」
(ゆかりんは強い。人を信じるのって、とっても強いことだと思う。私は・・・・臆病だ)
 巳弥が考えに浸っていると、誰かの足音が聞こえた。
「・・・・桜川さん?」
 見上げると、咲紅が目の前に立っていた。巳弥と違い、マラソンをした後にも関わらず涼しい顔をしている。確かに咲紅も同じ距離を走ったはずなのに。
(桜川さん、ひょっとしてマラソン得意?)
「どうしてそんなに辛いことをするの?」
「辛いこと?」
「そんなに汗をかいて、疲れて・・・・」
「・・・・?」
 マラソンをすれば汗をかくし、疲れる。当たり前のことだ。それに、授業で長距離走をしたのであって、好んで走ったわけではない。巳弥は咲紅の言葉の意味が分からなかった。
 咲紅は走ることが苦手だ。だから魔法を使って楽に走っただけだ。具体的には見えない風船のようなものを身体に付け、体重を軽くして負担を軽減した。自分の後ろにだけ追い風を発生させ、スピードを増した。咲紅にしてみれば、魔法の力も自分の力なのだ。魔法をいかに上手く効率よく使うか、それも自分の能力なのである。
 だからこそ、巳弥がそういった魔法の使い方をしないことに疑問を感じる。なぜ魔法を使えるのに、かたくなに魔法を使わないのか。辛い思いをしてまで自分の身体能力だけで走ったのか。
「疲れたけど・・・・」
 巳弥は汗を拭きながら呼吸を整えた。
「気持ちいいかな」
「気持ちいい?」
「自分の力で走るのって、走りきったのって、何だか嬉しい。今まで走ってなかったからかもしれないけど、うん・・・・大変さは全然違うけど、オリンピックの選手の気持ちが分かったかなって」
「・・・・でも明日は今日の倍の距離を走るのよ。そんなんじゃ、明日は完走出来ないわ」
「うん、やれるだけやってみるつもり」
「・・・・そう」
(無理よ。無理しないで魔法を使えばいいわ。そんな魔法じゃ、魔法の悪用の内に入らないもの)
 このままでは自分はオブザーバーに任命されない。咲紅は焦りを感じていた。
(そう言えば、姫宮さんも魔法を使っている素振りはなかったな・・・・)
「そう言えば出雲さん、校長先生って確か、あなたのおじいさんだったよね」
「う、うん」
(どうしておじいちゃんの話を・・・・?)
 巳弥の祖父が行方不明になった、その理由を転校生が知っているかもしれない。そう透子は言っていた。
「ど・・・・どうして?」
「今日はお休み?」
「う・・・・うんとね、風邪をひいて・・・・」
「そう」
(風邪・・・・ね。校長先生が蒼爪の失踪と関係があるのは確かだわ。出雲さんの今の言い方、目線から見て風邪なんて嘘ね)
「ね、お見舞いに行ってもいい?」
「え? ど、どうして? そんなに大層な風邪じゃないから、いいよ」
「一応、校長先生だし」
「あ、明日には治ってるよ、きっと。だから心配しないで」
「だったらいいけど」
(私達の正体を聞いたのか、聞いていないのか。聞いたのなら魔法は絶対に使わないでしょうね。そうなるとオブザーバーになれる望みはゼロ・・・・そうだわ、校長が秘密を漏らしたことを管理局に通報すれば代わりにならないかな? やってみる価値はあるわね)


「お」
 女子とは違う場所で体育の授業を受けていた春也は、授業を終えて更衣室に向かう途中、バレーボールを持って体育館に入っていくゆかりを発見した。授業で使ったボールを体育用具室に戻しに行くのだろう。
 自分の隣を見ると、こちらも先生にボールを片付けるように言われたクラスメイトが体育館に入るところだった。
「な、そのボール、俺が片付けてきてやるよ」
 半ば強引にその生徒からバレーボールを奪うと、春也はゆかりんの後を追って体育館に入って行った。
「あれ?」
 それに気付いたゆかりが立ち止まる。
「澤崎君もボール片付け?」
「見れば分かるだろ」
「マラソンもやったの?」
「あぁ、授業の内容は一緒だな。女子も一緒に授業すればいいのに」
「年頃の女の子は難しいんだよ」
「ゆかりんもか?」
「え? あ〜・・・・うん、まぁ」
「何だよ、その曖昧な言い方は。あ、そうか、まだ年頃になってないんだ。二次成長、してないもんな」
「してるよっ!」
(してるのかなぁ・・・・)
 今のゆかりは魔法で変身している言わば「作り物」の姿なので、ゆかり自身も二次成長がどうとか、そんな細かい設定は決めていない。
 体育用具室の扉を開けると、二人は中に入った。奥にボールを入れておく金属製の籠がある。ゆかりは側まで行ってボールを入れ、春也は遠くからバスケットボールの要領で二つのボールを籠に入れた。
「凄い、入った」
「これでも俺は子供の頃からそろばんを習っているんだ」
「関係、ないない。さ、帰ろ」
 仕事も終わったことだし、早く着替えないと次の授業に遅れる。ゆかりは春也を促して器具室を出ようとした。
「なぁ、ゆかりん」
「なに?」
「用具室で二人きりっていうこのシチュエイションは・・・・」
「エ、エロいこと考えてる!」
「悪いか!」
「・・・・や、その・・・・力強く開き直られても反応に困るんだけど」
「好きな子とあれやこれやするエロいことを考えるのは男子として当たり前だ!」
「ふぇぇ・・・・」
 ゆかりも結構、嬉しいんじゃないのか? 若い野郎の方が良かったりして・・・・。
(もう、ユタカの馬鹿が変なこと言うから、意識しちゃうじゃないの!)
「どうしたゆかりん、耳が真っ赤だぞ。色々なことを想像してるな?」
「し、してないよ! ほら、さっさと帰るよ!」
「照れるなよ、冗談なんだから」
(からかいがいのある奴だな)
 春也は笑いながらゆかりの後に続いて器具室を出ようとした。
(こうして見ると、本当に普通の女の子だ。そもそも、ゆかりんはトランスソウルを持っているのか? 持っていないのなら、魔法を使わないのも頷けるんだが・・・・だとすると、俺は最初からオブザーバーになれないことが決まっていたことになる)
 所詮、そうだ。
 自分のスクールにおける成績を考えると、どう甘めに見ても憂喜と咲紅にはかなわない。なのに今回、その二人と同じ条件で実習を受け、合格すればオブザーバーになれると言う。自分にとっては大きなチャンスだが、他の二人にとっては「何だそれは?」だろう。今までのスクールの成績はどうなる? クイズ番組で、それまで一問一点だった得点が最後の問題で十点になるようなものだ。一発逆転は最下位の者にとっては有り難いが、トップの者にとっては反則以外の何物でもない。
 だとしたら考えられることは、自分は二人の「かませ犬」的存在だということだ。スクールの成績から見て、オブザーバーに最も近いのは憂喜だ。元々憂喜がオブザーバーになれることが決まっていたのではないか?
(ふざけるなよ、そりゃ俺は成績が悪い。だからってあいつらの引き立て役にされる筋合いはねぇぞ!)
 管理局に文句を言ってやる。それには、ゆかりがトランスソウルを持っていない証拠を掴まなくてはならない。何とかゆかりが魔法を使わざるを得ない状況を作って、それでも魔法を使わなければトランスソウル不所持の証拠になる。
「どうしたの? 澤崎君。早く教室に帰ろうよ」
 ゆかりが体育用具室を出て行こうとする。
 春也は辺りを見回した。部屋の壁際には大きな棚があり、短距離走で使うスターターや砲丸投げの球、円盤投げの円盤、リレーのバトンなど色々な物が置かれていた。
 ゆかりからは見えない、後ろに回した春也の手が光った。
 倒れるはずのない棚が傾く。
「?」
 ギシっという音がしたのだが、ゆかりは何が起こったのか分からない。
「ゆかりん、危ない!」
 春也が叫ぶ。大きな棚がゆかりの頭上を襲う。
(ゆかりん、使え、魔法を!)
 ゆかりは巨大な棚が倒れてくるという、その信じられない光景をただ見ているだけだった。叫び声すら出ない。
「魔法を使えよ!」
 春也の言葉も耳に入らない。世界の全てがスローモーションになった。
(なに、これ・・・・)
 ドオオオン、という激しく低い音が響く。
 巨大な棚が横倒しになっていた。
 春也は呆然と立ち尽くす。
 ゆかりの姿はなかった。
(に・・・・逃げたのか、魔法で・・・・)
 だがその彼の希望を打ち消すような現実が目の前にあった。
 相当な質量の棚が倒れたその下には、ゆかりが立っていたマットがある。そのマットがみるみる内に真っ赤に染まっていった。
「おい・・・・」
 遠くで六時間目の始業を告げるチャイムが鳴っていた。



12th Future に続く



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