話数選択へ戻る
10th Future 「喋る鷲・蒼爪」
「待てよ!」
雨の中、スラリとした長髪の男が女の腕を掴む。幾分、女よりも細身に見えるほどスリムな男だ。二人共、既にビショ濡れの状態だった。
「離して!」
「離すもんか! 俺はもう、君を一生離さない!」
「これ以上私に関わったら、あなたは不幸になるわ!」
「構うもんか!」
男は女の腕から手を離し、大袈裟に両手を拡げてパフォーマンスをする。
「君を失う以上の不幸なんて、どこにもあるもんか! この世界全てを敵に回しても、俺は君を信じる! 守る! 愛する! 絶対に!」
「あぁ・・・・」
女が泣き顔に変わる。雨でズブ濡れなので、涙を流す演技は必要なかった。
ひし、と抱き合う二人。雨は更に激しさを増した。
スタッフ・スクロールが流れる。人気ドラマを数多く生んだ木曜二十二時枠(通称もくじゅう)で、今日から始まった「世界の真ん中で、アイを叫ぼう」というドラマの、今日は初回である。人気俳優と人気脚本家を擁し、視聴率二十五%は堅いと言われている。主題歌もこれまた人気グループの「P’z(ピーズ)」だ。その歌を聴きながら、透子は紅茶をすすった。
「今の人、一生離さないと言ってすぐに手を離したよね」
「もう、そういうヤボな突っ込みはやめようよ。せっかく感動のシーンなのに」
ちょっとウルっと来ているゆかりが透子に抗議する。巳弥の祖父の帰りを待っている間にこんな時間になってしまい、女の子五人でドラマ鑑賞となった。ちなみに初回は普段より十五分も長いので、時計は二十三時を回っていた。
「感動シーンねぇ・・・・」
主人公を演じる俳優は、見掛けはいいが演技が今ひとつだと透子は思う。何をやっても同じ演技なのだが、世間では「自然な演技の個性派」で通っている。だが演技の臭さは昼ドラ大好き透子にとってはあまり気にならない。
「ゆかり、あんなセリフ言って欲しいの?」
「う〜ん、何となく憧れるじゃない?」
「相楽君なら言ってくれるかもよ」
「え〜、ユタカはキャラが違うよ。キザなセリフを言われたら吹き出すかも。それにきっと、言ったとしてもどこかのアニメの受け売りだよ」
「あたしは信用出来ないな、世界中を敵に回しても、なんてセリフ。あの男の人だってそんなことは有り得ないって思ってて言ってるだろうし、だからあんなことが言えるんだよ。もし本当に世界中を敵に回したら・・・・」
「怖いよね」
巳弥がボソっと呟く。
「例え好きな人が傍にいても、その人以外のみんなが敵なんて・・・・ずっと二人で生きていかなきゃならないんだよね。この先二人が結ばれても、誰もおめでとうって言ってくれなくて、喜びを分け合うことが出来なくて・・・・」
「み、巳弥ちゃん、そんな深刻に考えなくても・・・・」
軽いツッコミのつもりで言ったのに、巳弥が妙に真剣に落ち込んでしまったので、透子は慌ててしまった。
「だいたい、世界中の人を敵に回すなんて無理なんだから。山奥に住んでる人だっているし、ポッカリ浮かんだ島に住んでる人だっているし・・・・」
「ご、ごめんね、透子さん。ちょっと真剣になっちゃって・・・・」
頭を押さえて反省する巳弥。一人で暮らしていた時のことを思い出したのだろうか。一人で生きていく淋しさ、悲しさ・・・・巳弥はそれを知っていた。そして仲間が、喜びや悲しみを分け合える人がいることの大切さを。
「それにしてもおじいちゃん、遅いね」
巳弥の言葉で、ゆかりと透子は結構いい時間になっていることに気付く。健康的な生活を送る中学生の巳弥に至っては、もうすぐ寝る時間である。
「明日にしようか。もうこんな時間だもんね」
「ねぇ、結局何の話だったの?」
ハンドバッグを持って立ち上がろうとする透子に、ゆかりが話し掛ける。
「校長先生に、あの転校生達のことを聞きたかったの」
「何で?」
「ゆかり、話、聞いてた? 怪しいでしょ、あの三人」
「そんなの、学校で聞けばいいじゃない」
「聞いたけど教えてくれなかったの。巳弥ちゃんが頼んだら話してくれるかなとか、お酒を飲ませたら喋るかなとか思って。とにかく気を付けてね、ゆかり」
「何を?」
「転校生に気を許しちゃ駄目ってこと。ひょっとしたら・・・・敵かもしれないんだから」
「そんな、まさかぁ」
「巳弥ちゃんの話によれば、魔法を使えるみたいだし」
「ゆかりたちだって使えるよ」
(確かにゆかりにとって、澤崎君はある意味敵だけど)
「そう言えばゆかり、最近魔法を使わないよね」
「う、うん・・・・何となく。そう言う透子も」
「うん・・・・ほら、あたしは魔法の空しさを知っちゃったから・・・・所詮、偽物なんだって。ズルいことをしてるって気がして。ゆかりもそうでしょ?」
「うん、同じ。日常には必要ない力なんだよ、きっと」
行方不明のマジカルアイテムを捜索するためにミズタマから「魔法の孫の手」と「魔法の肩叩き」を借りたゆかりと透子だったが、その捜索も終わったので返すつもりでいた。だが一向にミズタマがマジカルアイテムを取りに来ないので、持ったままになっている。
「そうか、ミズタマ君やリチャードが来ないのも不思議なのよね」
思い出したように透子が言った。
「忘れてるのかな」とゆかり。
「そんなことは・・・・それほど大きな問題でもなかったのかなぁ。元々、行方不明になったマジカルアイテムって不良品だったわけだし、いらないのかも」
「だったら莉夜、貰ってもいいかな?」
嬉しそうに莉夜がテーブル越しに身を乗り出す。ジュースの入ったカップが倒れそうになったが、あずみの手が素早く伸びて転倒を免れた。
「そ、それはミズタマ君に聞いて」
「欲しいなぁ〜、売ってくれるなら、五千円でも買うよ」
莉夜は思い切ったつもりの値段だが、マジカルアイテムにしては破格値だ。
「とにかくこっちから連絡出来ないんだから、待つしかないよ。マジカルレシーバーも借りておけば良かったね」
マジカルレシーバーとは魔法具の一種で、遥か離れた場所でも魔法の力で会話が出来る通信機である。
「巳弥ちゃん、明日は校長先生、遅くないよね?」
帰り支度をして玄関に向かう透子とゆかり。
「今日も予定ではとっくに帰ってるはずだったんだけど・・・・」
「じゃ、また明日。巳弥ちゃんは明日もマラソンの練習?」
「うん、もう時間ないし。本番は明後日だもんね」
そんな話をしていると、巳弥の袖が後ろから引っ張られた。
「ねぇねぇ、何の話?」
莉夜がクイクイと巳弥の袖を引く。
「体育大会があるの」
「何それ?」
どうやらイニシエートには体育祭のような行事がないらしい。巳弥が手短に説明すると、莉夜は目を輝かせて「出た〜い!」と言った。
「でも出場出来るのは生徒だけなんだよ」
「え〜、残念。パン喰い競争っていうの、出てみたいよ〜」
「あ、あたし、代わりに莉夜ちゃんに出て貰おうかな。魔法で変身すればバレないかも」
渡りに船、と透子は提案してみたが、当然のごとく却下された。
「駄目だよ透子、自分で走らなきゃ」
「・・・・冗談だよ」
思い切り本気だったことは、ゆかりも巳弥も知っていた。
ゆかりと透子が玄関を出ようとしたその時、出雲家の玄関先にある電話が鳴った。巳弥が出ると、祖父からの電話だった。
「ごめんな、巳弥。会長さんの学校に対する要望が多くてこんな時間になってしまったよ」
「ううん、大丈夫。ゆかりんと透子さんも遊びに来てて、みんなで御飯食べたから」
「そうか、じゃ今から帰るから・・・・」
電話を終えようとした校長の頭に、ある考えが浮かんだ。
(ゆかり君と透子君がいるのか・・・・)
今はPTA会議を終え、資料を片付ける為に校長室に来ていた。
窓の外を見ると、この部屋から漏れる明かり以外は闇の中だ。いつも自分を見張っている鷲の視線は、ない。もしも闇の中にいたとしても、カーテンを閉めてしまえば外から部屋の様子は全く見えない。
(今なら話せるか・・・・?)
エミネントのオブザーバー候補生である鷲路憂喜、澤崎春也、桜川咲紅。三人はそれぞれ透子、ゆかり、巳弥をマークし、マジカルアイテムを悪用しないかどうかを監視している。もし彼らの言う「魔法の悪用」が発覚すれば、その者は直ちに犯罪者として裁かれる。そしてこのことをゆかりたちに話せば、校長自身も同じく裁かれる。それが彼らから聞いた彼らの「実習」であり「任務」だ。
だが、これは憂喜達も問題にしていたことだが、どこからが「悪用」なのかが不明だ。だからこそ、校長は孫や孫の友達がいつ裁かれてしまってもおかしくないという恐怖の日々を送っており、そろそろ精神も限界に来ていた。
(詳しい理由は言わなくていい。ただ「転校生に気をつけろ」「魔法は一切使うな」それだけ言えば巳弥は分かってくれるはずだ。透子君もある程度、私の事情は察してくれているようだったし・・・・)
「あのな、巳弥。ゆかり君や透子君にも伝えて貰いたいのだが・・・・」
校長はカーテンを閉め、思い切って口止めされている話を切り出した。
「え? なに?」
「あの転校生・・・・」
ふと上を見上げた校長の目に、天井の隙間から見える二つの目が映った。
「う・・・・!」
慌てて受話器を置く。途端、天井の板が数枚吹き飛び、黒い物体が校長目掛けて突っ込んで来た!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
とっさに顔を腕で庇いながら右へ飛ぶ。鷲は目標を失って校長の机に激突するかと思われたが、寸前で鋭い爪で机を掻き、再び宙へ舞った。
「・・・・」
対峙する校長と鷲。鷲は羽根を広げると一メートル七十ほどで、鷲にしては小柄だったが、それでも校長室の中でホバーリングしているその姿は圧巻だ。
(うかつだったな・・・・まさかあんな所に潜んでいようとは)
今の攻撃は、明らかに自分を狙った。しかもまともに喰らっていれば顔面だ。電話で憂喜達のことを話そうとした瞬間に襲ってきたと言うことは、人間の言葉を解しているとしか思えなかった。
「私はまだ何も話していないではないか。『あの転校生』としか言っておらん。なのにもう私は約束を破ったことになるのか?」
「・・・・」
鷲は何も答えず、鋭い眼光で校長を睨んでいる。
「鷲が喋るはずがないか・・・・」
(だが先程の攻撃は、私を殺すつもりで襲って来た。何と言うことだ、秘密を喋ろうとしただけで死刑だと言うのか? とすれば、巳弥達が処罰される時も同じく・・・・? 馬鹿な、ただ魔法を使うだけのことではないか!)
「お前は聞いていたはずだ。さっきの電話では相手は何も分かっていない。これで喋ったことになるのか? お前の早とちりだ。私は『あの転校生、そろそろ学校に馴染んで来たと思うか?』と学校の話をしようとしただけなのだ」
「・・・・」
鷲の反応は変わらない。相変わらず翼を羽ばたかせて宙を飛んでいる。
(くそ、私は一体何故、鷲に向かって言い訳をしているのだ? 言葉など理解できるはずが・・・・)
こいつに毎日、見張られていた。そのせいで寝不足で神経が疲れ果てていた。
「この鳥め、あくまで私が約束を破ったと言うのなら・・・・」
校長は上着を脱ぎ捨て、ファイティングポーズを取った。
「返り討ちにしてくれる!」
言うが早いか、校長はカーペットを蹴って鷲に向かってジャンプした。鷲は更に飛び上がり、天井を蹴って校長目掛けて反撃する。鋭い嘴が校長の眉間に迫った。
(こいつ・・・・早い!)
ガシ、と校長は鷲の両の翼を掴んだ。眉間の先には鷲の嘴がある。正確無比な鷲の攻撃だった。もう少し遅れていれば眉間を貫かれていただろう。
「こ、この鷲め・・・・何て攻撃的なんだ!」
「アナタガ約束ヲ破ッタカラダ」
「な、何!? 貴様、人間の言葉を!?」
「言イカケタトイウコトハ、イツカハ言ウトイウ危険性ガアル。ソノ確率ガアレバ、ココデ始末スルシカナイ」
「始末だと・・・・お前は一体・・・・」
「私ハマスターユーキのソウルウエポン『ソウソウ』」
「ソウルウエポン・・・・?」
校長はもちろん、その単語を聞いたことはない。
(直訳すれば、さしずめ「魂の武器」となるが・・・・どういう意味だ?)
「マスターノ命ニヨリ、アナタヲ抹殺スル」
「冗談じゃない、鷲などに殺されてたまるか」
校長の背中から何かが二本、蒼爪に向かって伸びた。それは素早い動きで両の羽根に絡みつく。動きを制限された蒼爪の腹に、自由になった校長の拳がめり込んだ。
「ガ・・・・」
蒼爪は一瞬怯んだが、体をひねって校長の背中から伸びたそれから抜け出すことに成功した。
「私ノ気配ニ気付イタ時カラ、只者デハナイト思ッテイタガ・・・・マサカ貴様、イニシエートカ?」
「なにっ」
(この鳥・・・・イニシエートを知っている!?)
「マスターノ命令、一時保留・・・・我ガ判断ニテ、マスターニ報告スベシ。相手ガ我等ノ敵デアルイニシエートトアッテハ、判断ヲ扇グ必要アリ」
蒼爪は思案しながらそう呟き、助走を付けると校長室の窓を突き破って外に飛び出した。すさまじい音と共にガラスが散乱する。
「!?」
蒼爪が飛び出した瞬間、体に何かが巻きついてきたかと思うと、ズシリとした重みを感じて急激に高度が下がった。校長がためらわずに背中から伸ばした二本の蛇を鷲に巻き付け、窓ガラスを蹴破って闇の中に身を躍らせたのだった。
「ジイサン、無茶スルナ」
「お前も無理せず、大人しく降りたらどうだ?」
蒼爪は校長をぶら下げたまま飛行するという、とんでもない芸当をやってのけていた。普通の鷲では絶対に出来ない芸当である。
(こいつ、私をぶら下げたまま飛ぶだと!?)
「落チロ」
「!」
校長の目の前に、うさみみ中学の体育館の屋根が迫る。
(私を叩きつけて落とすつもりか!)
ぶら下がっているので体の自由がきかない校長は、迫り来る体育館の屋根に向けて妖気のシールドを張った。
(すまない、体育館! 今度綺麗に建て替えてやるからな!)
すさまじい爆音と共に、体育館の屋根の一部が校長の妖気によって爆砕された。激突を免れた校長は、蒼爪に絡まった蛇の首を自分の体内に引き込もうとした。校長の体が引き上げられ、蒼爪との距離が縮まる。
「見掛ケニ寄ラズ、大胆ナジイサンダナ」
「出来れば見掛け通り、地味な生活を送りたいのだがね」
(この鷲をこやつがマスターと呼ぶ鷲路憂喜の元へ生きて返すわけにはいかん。こやつは我々イニシエートのことを「敵」と称した。私がイニシエートだと知られた今、このことを鷲路憂喜たちの耳に入れば、私と血の繋がりのある巳弥もイニシエートの末裔だと知られてしまい、敵だと認識されてしまう。そうなるとマジカルアイテムの使用云々の話ではなくなる。我々を敵視する理由は不明だが、とにかくこの化け鷲を退治しなければ! こやつが帰って来なかったら最初に疑われるのはこの私だが、そんな心配は後回しにするしかない!)
校長の体がリールで巻き上げられるように蒼爪へと近付いて行く。
(どちらか方翼を潰せば飛べなくなるはず)
腕を伸ばして翼を掴もうとした瞬間、蒼爪の鋭い爪が校長の腕に食い込んだ。
「ぐあああっ!」
「落チロ」
「ぐっ・・・・」
校長の背中から更に一本の蛇の首が伸び、蒼爪の首に巻きつく。
「貴様、マダ・・・・!」
首を絞められつつも蒼爪はもう片方の足で校長の肩を掴んだ。蒼く輝く爪が校長の肩を深く切り裂いた。傷口から赤い血が噴出す。
「血ハ赤イヨウダナ」
「くそ・・・・!」
腕に力が入らない。手がしびれる。
(このまま落とされるわけにはいかん!)
校長の四肢が蛇に変わる。それぞれが翼もろとも蒼爪に絡みつき、締め上げた。
「馬鹿ナ! コノ高サカラ落チレバ、貴様モ・・・・グゥ!」
全身を圧迫され、蒼爪は気を失った。
「巳弥ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!」
漆黒の川面に高い水飛沫が上がった。大きな紋が拡がり、しばらくするとそこは元の穏やかな水面へと戻った。
静寂が辺りを包んだ。
(おじいちゃん、遅いな・・・・)
時計の日付は既に変わっている。莉夜とあずみは布団に入っていたが、巳弥は祖父が帰るまでは、と起きていた。
電話が途中で切れたのも気になる。折り返し学校に電話したが、誰も出なかった。
テーブルの上に頬杖をつく。テレビも消しているので、静かだった。
家にいる時、巳弥は太陽の光から肌を守るエアースーツを脱いでいる。改良されてほとんど着ていることを意識しなくても良くなったエアースーツだが、やはり着用しているといないでは気温の感じ方、畳の触感などに違いがある。
一人で住んでいた頃を思い出す。つい最近のことだが、巳弥にはずっと昔のことのように感じた。
(あの頃は当たり前だったのに、平気だったのに・・・・)
テーブルの上に突っ伏すと、ひんやりとして気持ちが良かった。
(今は一人が淋しくて、怖い・・・・)
次の日の朝、巳弥はテーブルに突っ伏したままの姿勢で目が覚めた。
祖父は帰っていない。
「おじいちゃん・・・・」
巳弥はパジャマ姿で、ふらっと立ち上がった。頬には赤く枕代わりにした腕の跡が付いている。
(何かあったんだ・・・・!)
捜しに行かなくては、と居間を飛び出そうとした巳弥の前に、半分以上まぶたが閉じている莉夜が現れた。
「おはよ〜・・・・」
「あ、うん、おはよう。ねぇ莉夜ちゃん、私、おじいちゃんを捜してくる!」
「こんなに早く・・・・?」
莉夜はまだ寝ぼけているようだ。
「お年寄りは朝が早いから・・・・」
「違うの、夕べから帰ってないの!」
「朝帰りとは元気なことで・・・・」
「だから、帰ってないんだってば!」
焦っている巳弥は、半分寝ている莉夜の受け応えについ声を荒げてしまった。その声で莉夜もようやく目が覚めてくる。
「巳弥ちゃん・・・・?」
「あ、ごめん・・・・」
そこにあずみが現れた。こちらは既にパジャマから普段着に着替え終わっている。
「巳弥さん」
ぎゅ、と巳弥の手があずみに握られる。
「大丈夫です、おじいちゃんは強いですから」
「あずみちゃん・・・・」
「巳弥さんは学校へ行って下さい。ひょっとしたら、先に学校に行ってるかもしれませんよ。会議で徹夜だったのかもしれません」
それならそうと電話の一本も入れてくるはずなのだが、巳弥は「そうだね」と頷いた。
(とにかくおじいちゃんを信じよう。ひょっとしたら本当に学校にいるかもしれないし)
朝食を適当にパンで済ませた巳弥が家を出て学校に向かうと、あずみが莉夜に早く着替えるようにと促した。
「どっか行くの? あずみちゃん」
「おじいちゃんを捜しに」
「へ? だってさっき、大丈夫だって・・・・」
「おじいちゃんは巳弥さんが大好きです。事情はどうあれ、心配をさせないように必ず連絡を取るはずです。それがないということは、連絡が取れない場所にいるか、取れない状態にあるか・・・・です」
生徒が集まっている場所にゆかりとみここが行ってみると、体育館の屋根の一部が大破していた。
「なに、あれ・・・・」
「ふにゅ、隕石でも落ちたのかな」
始業のベルが鳴ったが、生徒たちはこの不思議な出来事に釘付けで、なかなか教室に入ろうとしない。
「あ、これで雨が降ったら体育館もビショ濡れだね。体育の授業、なくなるかな」
ちょっとだけ嬉しそうな口調で言ったのは透子だ。
「透子、あれ何だと思う?」
ゆかりが透子に意見を求める。透子は「う〜ん」と腕組みをした。
「隕石が落ちてきたなら、真っ直ぐ下に穴が開くと思うんだけど・・・・散らばった破片の細かさから見て、あの一角が爆発したみたいね」
「爆発?」
「ふにゅ〜、ミサイルとか飛んできたのかな?」
「・・・・」
透子は周りを見渡した。
「あれは・・・・」
皆が派手に壊れた体育館に気を取られていて気付いていなかったが、校舎に窓が割れている箇所があった。
(校長室・・・・?)
「ゆかり、巳弥ちゃんに会った?」
「え、うん、さっき・・・・巳弥ちゃんのおじいちゃん、結局帰らなかったんだって」
「・・・・」
(窓の割れた校長室、大破した体育館、帰らない校長先生・・・・)
「ゆかり、転校生たちに気をつけて」
「え?」
「何か・・・・何だかよく分からないけど、何か起こっているの・・・・何か」
「・・・・?」
「とにかく、気をつけて」
「う、うん」
「巳弥ちゃんにも言っといて」
(校長先生があたしたちにも言えなかった隠し事・・・・それと転校生が関係があるのは間違いないと思うけど、失踪の意味はなに?)
隠し事というのは二種類ある。自分の為に隠すこと、相手のために隠すこと。
(やだなぁ、面倒なことにならなきゃいいけど)
透子はポケットに入っている、コンパクトに畳まれた「魔法の肩叩き」の存在を確かめてから教室に向かった。
11th Future に続く
話数選択へ戻る