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9th Future 「あずみの胸のメカニズム」
「子供相手にムキになって・・・・」
「あいつが変なこと言うからだ。その、あいつの言ってたこと、どうなんだ?」
「どうって何が」
「あいつがゆかりを好きだとか、ゆかりもまんざらじゃないとか・・・・」
「澤崎君・・・・あ、彼は澤崎春也君って言うんだけど、彼の本当の気持ちなんて分からないよ。ゆかりをからかってるだけかも知れないし。だって、転校して来たのはつい最近なのに。ゆかりのこと、ほとんど知らないはずだもん」
「それでも好きになることってあるぞ」
「そうかも知れないけど、ゆかりは信じられない」
「ゆかりはどうなんだ? まんざらでもないようだって言ってたぞ」
「それは嘘だよ。迷惑してるもん」
「とか言って、結構嬉しかったりするんじゃないのか? 若い野郎の方が良かったりして」
「ユタカと一緒にしないで」
(ユタカ、妬いてるのかなぁ)
「と、とにかく俺はゆかりを信じてるからな」
ユタカはそう言うしかない。
確かに今のゆかりから見れば春也は中学生のガキだろう。だが中学生のゆかりから見れば同い年の同級生で、恋愛対象であっても不思議ではない。ゆかりが十三歳になり切っていればいるほど、恋心が芽生える可能性が高くなる。何しろ朝から夕方まで一緒にいるのだ。ユタカはその間、会社に行っているのでゆかりに会えない。
もどかしい。
(くそ、何で俺があんなガキに嫉妬しなきゃならないんだ?)
「なぁ、ゆかり。何でまだ学校に行ってるんだ? マジカルアイテムの捜索は終わったんだろ? この前は理由を聞かせてくれなかったが、教えてくれてもいいだろ」
「う〜ん、ゆかりもよく分からないんだよ。校長先生がもうしばらく居てくれって」
「分からなかったら、やめろよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・・心配だからだよ」
「澤崎君のこと?」
「ん・・・・それもあるし、他にもその・・・・」
「なに心配してるのか知らないけど、ゆかりは大丈夫だから」
「なぁ・・・・」
言いたいことが上手く言葉にならない。ゆかりは何も言わずに豊の言葉を待った。
「一昨日・・・・」
一分余りの待ち時間を経て、ようやく豊の口が開いた。
「俺が会社から学校に駆けつけた時があったろ」
「うん」
「あの時、会社から学校までの道のりがとてつもなく長く感じたんだ。俺はどうしてこんな時、ゆかりの傍に居てやれないんだろうって」
「それは学校じゃなくても、ゆかりが仕事をしている時でも同じだよ」
「そうだな、例えば俺とゆかりが結婚して、ゆかりが主婦でずっと家にいてもそれは同じだ」
「い、いきなりヘヴィな例えをしないで」
「だけど、中学校ってのは世代の隔たりもあるって言うか・・・・ゆかりがより遠くに感じられるって言うか・・・・俺、ゆかりを守りたいんだ。その、ゆかりってさ、すごく傷付きやすくて繊細で危ういって思うし、一人で抱え込むところもあるし・・・・魔法だって、最初は楽しそうに使っていたのに最近は何だか・・・・くそ、上手く言えない。何か悩みがあるんじゃないのか?」
「悩み・・・・?」
「何となく、いつものゆかりじゃないからな」
「いつものゆかりだよ」
「俺を甘く見るな。目の輝きが違う」
「目?」
ゆかりはレジ横にある立て鏡を覗き込んだ。自分自身では、いつもの自分の目と変わらないように見える。強いて言えば、目の下が少し腫れぼったい。
「そう言えば、ちょっと寝不足かも」
「悩みがあるなら言ってくれ。力になれることなら、何でもするから」
「う、うん、分かった・・・・」
(ユタカには、どうすることも出来ないんだよ)
ゆかりが悩んでいるのは、イニシエートの現状がどうなっているかということだった。先日、イニシエートから莉夜を迎えに来た雨竜から聞いた話では、イニシエートは現在、混乱の中にあると言う。莉夜とあずみが帰れないのもそういった事情があるからだろう。それほどまでに危険な状態なのだと推測することが出来る。
それもこれも、宝玉争奪戦(第2部参照)に敗れたイニシエートの元の長であるミズチを自分が「殺したくない」と言って生かしておいたためだとゆかりは責任を感じていた。透子や巳弥は、それはイニシエートの問題で、ゆかりの意見をどう扱うかは向こうの責任だと言った。それはそうかも知れないが、それでもやはり発言に対して責任はあると思う。
そんな悩みだから、豊に相談することが出来ない。相談しても仕方が無い。
何より、巻き込みたくなかった。
豊は「とっくに巻き込まれてるぞ」と言うかもしれないが。
「あっ」
時計を見ると、もう午後6時を回っていた。透子によると何やら話があるそうなので、それなら夕食を出雲家で食べようということになっていた。それ故に今日のバイトは三十分早く終わるように店長に頼んでおり、父親にも「友達の家で食べる」と留守電を入れてある。
「もうバイト終わりなんだ」
「何だ、今日は早いんだな」
「巳弥ちゃんちに行くの」
「お食事会か?」
「まぁ、そんなとこ」
「二人で? あ、おじいちゃんもいるんだっけか」
「透子もいるし、莉夜ちゃんとあずみちゃんも巳弥ちゃんちに居候してるの」
「へぇ・・・・」
「ところで、今日は何も買ってくれないの?」
「あん? そうだな、そのお食事会の仲間に入れてくれるならケーキを人数分、買ってもいいぞ」
「え〜・・・・」
「何だよ、露骨に嫌な顔をするなよ。いいだろ、仲間に入れてくれても」
「女の子がいっぱいだから仲間に入りたいだけでしょ」
「・・・・」
図星だった。
「じゃあ、いいよ。女の子同士、水入らずだもんな。おっさんが混ざったら雰囲気悪いよな」
「うん、そうだね」
「って、こういう時は『そんなことないよ』って言うんだぞ、普通。じゃあえっと・・・・五人だっけ? どれでもいい、五つ選んでくれよ。お土産に買ってやる」
「え、いいよ、いいよ。仲間外れにして、ケーキも買って貰うなんて」
「遠慮するな。但し、みんなには俺からの差し入れだってちゃんと言っておいてくれよ」
「はいはい」
ゆかりは平均より少し高めのスペシャルストロベリーマウンテンを選び、五つを化粧箱に入れた。
「千九百九十五円になります」
「お前、案外遠慮がないな」
「相手がユタカだからだよ」
夕方のニュースを見終えた憂喜は、咲紅の「御飯だよ〜」と言う声で立ち上がり、ダイニングに移動した。既に春也は椅子に座って夕食の準備が出来るのを待ち構えていた。
「よう、ユーキ。アレはもう食べたのか?」
「あれとは何だ? 代名詞では分からない」
「はっきり言ってもいいのか?」
「勿体振るな」
「しゅーくりーむ」
ガタン、と憂喜が座っている椅子の足が音を立てた。
「さ、澤崎、何故それを・・・・」
「口にクリームが付いている」
「そんなはずはない。まだ食べていないのだから・・・・うっ」
春也の勝ち誇った表情が憂喜の目に映った。
「お前がケーキ屋から出てくる所を見たんだよ」
「くっ・・・・」
憂喜にとって、春也に弱みを握られたのは屈辱だった。昨夜はシュークリームで狂喜乱舞する二人を「馬鹿馬鹿しい」と涼しい目で見ていた自分が、結局シュークリームを買って来ている。しかも二人に内緒で食べる為に。憂喜はシュークリームやケーキ等は婦女子の食べる物だと思っている。そんな自分がシュークリームを買う現場を目撃されるなど、自動販売機の下に転がった十円玉を取る為に地面に這いつくばって腕を伸ばしている現場を目撃されるほどの屈辱感があった。
開き直って「笑いたければ笑え」と言うか。
それとも三つ買ったことを幸いに「三人で食べようと思って買った」と言うか。
一人で食べようとしていたと言えば「あさましい」と思われる。ここは分け前を減らしてでも三人で食べるしか道はないと思われた。
「実は・・・・」
憂喜が口を開いた瞬間、咲紅が食事を運んで来た。
「なぁんだ、憂喜君も買ったの?」
先程の春也の言葉は、台所にいる咲紅まで聞こえていたらしい。
「あ、ああ。昨日は一つ貰ったので、お返しに三つ・・・・」
「そんなの、いいのに。今日も十個買って来たから」
「・・・・」
そのまま黙々と食事を続ける三人だった。御飯は少し控えめにした。
一方、出雲家も食事タイムの真っ最中だった。
「え、巳弥ちゃんのおじいちゃん、PTAの会議で遅くなるの?」
ズルズルと素麺をすする音が響く。
「うん、まだいつ終わるかめどが立たないって、さっきおじいちゃんから電話があったの」
「そっか・・・・」
そう言いつつ、透子は素麺をつゆに漬けた。
「そうかぁ、いないのか・・・・」
「会議で食事が出るって言ってた」
巳弥は透子が祖父の晩御飯の心配をしてくれているのかと思ったのだが。
「それはどうでもいいんだけど・・・・」
「・・・・いいんだ」
「ねぇ透子、校長先生に何の話?」
ゆかりがネギを避けながら素麺を箸で摘む。
「ゆかりや巳弥ちゃんは思わない? 校長先生の様子がおかしいって」
「あ、思う」
巳弥が即座に答えた。
「おかしいって?」
ゆかりは思っていないようだった。
「巳弥ちゃんも感じてる? 校長先生、あたしたちに何か隠してるの」
「うん、でも何も言ってくれない」
「巳弥ちゃんにも、か・・・・だったらあたしたちにも言えないことだよね、きっと」
「何の話? 巳弥ちゃんのおじいちゃんが、何か隠してるって・・・・」
「巳弥ちゃんのクラスに転校生が来たでしょ?」
何も気付いていないゆかりは無視された。ゆかりも巳弥と同じクラスなのだが「巳弥ちゃんのクラス」という表現になってしまっている。
「あ、やっぱり透子さんもあの転校生を・・・・?」
「そっちには二人来たんだよね」
「うん、それが・・・・魔法を使えるみたいなの」
「魔法?」
透子は鷲路憂喜を「怪しい」と思ってはいたが、魔法を使えるとまでは思っていなかったので、巳弥の発言に興味を持った。
「見たの? 巳弥ちゃん」
「直接じゃないけど・・・・」
巳弥は咲紅の鞄が異様に軽かった話を聞かせた。ハードカバーの本が何冊も入っているにも関わらず、鞄その物の重さすら感じなかったのだ。
「確かにおかしいけど、それだけじゃその桜川さんが魔法を使っているとまでは言えないわね」
「うん、澤崎君か鷲路君に魔法をかけて貰ったのかもしれないし」
「それよりもまず、彼らは何者なのか、ね。マジカルアイテムを拾ったのか、それとも元々持っているのか・・・・」
「でも、マジカルアイテムは全部回収したよ」
莉夜がカレーのスプーンを持ったまま、話に割って入った。
「あたしが捨てたのはあれで全部、間違いないよ」
「彼らがマジカルアイテムを拾ったとして、莉夜ちゃんが捨てた物だとは限らないよ。他にも何らかの理由でこの世界に紛れ込んだのかも」
「持ってないかもしれないね」
もそもそとカレー素麺を頬張りながら、あずみが発言した。
「持ってなかったら、魔法を使えないでしょ? って言うかあずみちゃん、素麺にカレーをかけて食べないで!」
「美味しいよ、りよちゃんもどう?」
「見てくれが最悪・・・・」
夕食をみんなで食べようということになり、透子が面倒だからと素麺を買って来た。茹でれば出来上がりだからだ。だが出雲家では莉夜とあずみが「居候させてくれているお礼」と夕食を用意していた。それがカレーだ。よって、素麺とカレーが並ぶという異色の夕食となっていた。
「カレーの上に素麺つゆをかけると一層旨みが増しますよ」
喉越しサッパリのはずの素麺が、こってりとしたカレーで覆われていた。同じ麺でも、カレーうどんやカレーラーメンとは趣が違っている。
「マジカルアイテムを持っていないって、どういうこと?」
先程のあずみの発言が気になった透子が話し掛ける。
「その人自身が魔法を使えれば、アイテムを持たなくてもいいじゃないですか」
「本物の魔法使いってこと?」
「うん」
確かにゆかり達は「魔法使い」ではなく「マジカルアイテム使い」である。
「お腹いっぱいです」
あずみがお腹を擦った。それもそのはず、あずみはカレーライス二皿とカレー素麺一皿を平らげている。薄いキャミソール姿のあずみのお腹がポコリと膨らんでいるのが分かる。
「・・・・」
莉夜はあずみ隣で、そのお腹の上の部分を見詰めていた。
(胸が・・・・小さくなってる)
朝は大きかったあずみの胸が、今は自分と同じくらいの平らさになっていた。他のメンバーはあずみの胸が大きい状態を知らないので、違和感を感じない。
(どんなメカニズムなの・・・・)
それに、不思議なのはエネルギー源だ。
イニシエートにいる時は、あずみが持っていた青い石でエネルギーを補給していた。していたはずだが、あれはエネルギーではなかったのか? 現に、今はあの石がなくてもあずみは活動している。
莉夜は「ひょっとして太陽光発電?」とも考えた。この地上では太陽で発電が出来るが、太陽の光の無いイニシエートでは石のエネルギーが必要だった、そう考えれば説明がつく。だが、太陽光だけであずみが動くのだろうか、とも思う。
(もしかしたら、今は予備電源で動いているのかも・・・・あぁでも、バッテリーみたいなものはどこにも見当たらなかったし・・・・)
「りよちゃん?」
「え?」
「私をじっと見て・・・・どうしたの?」
「な、何でもない、何でもない・・・・よく食べるなぁって思って」
莉夜の額に汗が流れた。それはカレーの辛さのせいだけではなかった。
「はぁ・・・・」
小さなため息が聞こえた。それは隣にいた透子にしか聞こえなかったが、ゆかりのため息だった。
「・・・・ゆかり」
「うん?」
「体調、悪いの?」
「ううん、そんなことないよ。どうして?」
ゆかりは微笑んだが、どこか表情が暗い。
「悩みがあるんじゃない?」
「・・・・ユタカにも同じこと言われた」
「なら、尚更よ。相楽君、ゆかりのことよく見てるもの」
「・・・・」
そんなやりとりを聞いて巳弥も心配になり、ゆかりを見る。
「ひょっとしてイニシエートのこと、まだ気にしてる?」
「だって、莉夜ちゃんとあずみちゃん、帰れないんでしょ。そんなにイニシエートは混乱してるんでしょ」
ゆかりは箸を置き、下を向いてしまった。
「ゆかりに出来ることがあったら、何とかしたいのに・・・・」
「ゆかり」
透子はゆかりの手を取って、そっと握った。
「この前のことは、向こうがこっちの世界に干渉して来たから解決しただけ。でも今起きている問題はイニシエートの中での事だよ。あたしたちが手を出していい問題じゃないよ」
「でも・・・・」
「ゆかりん」
その時、莉夜が身を乗り出して口を挟んだ。
「あたし達、ここに居れて楽しいよ。近い内に、きっと帰れるようになるって!」
「そうですよ。食べ物も美味しいし」
あずみも賛同する。
「でも、早く帰らないとあずみちゃんのエネルギーがなくなるって言ってなかった?」
巳弥の指摘に、莉夜は曖昧な答えを返した。
「も、もう少し持つかな、多分」
「ならいいけど・・・・この世界にないものなの?」
「う〜ん、多分ない・・・・かな」
(そんなことを聞かれても、あたしにも分からないんだよ〜!)
「おじいちゃん、遅いですね」
莉夜の隣で、平和そうなあくびをするあずみだった。
再び、転校生トリオの部屋。
「どうだろう、お互い現状報告をするというのは」
シュークリームを片手に、憂喜が提案した。
もう隠す必要がなくなった為、憂喜も咲紅や春也と一緒にシュークリームを食していた。テーブルの上には十三個のシュークリームが並んでいたが、今はもう五個しか残っていない。
「現状報告って言ってもなぁ」
春也は片手にシュークリーム、もう片手に缶コーヒーを持っている。
「何も言うことはないぜ。ゆかりんは魔法を全然使わないんだからな」
「私もそうよ。出雲さんも嘘みたいに魔法を使わない」
咲紅は両手にシュークリームだ。
「そうか・・・・藤堂院透子も同じくだ。これは明らかにおかしい」
三人はそれぞれに魔法を使ってもいい場面で使わないエピソードを挙げた。春也はゆかりが教科書を忘れたのに魔法で出したりしなかったこと、憂喜は透子が鉛筆を忘れたことと、リレーで見事に完敗したこと、咲紅は巳弥が自力で苦手なマラソンを完走しようとしていること。それぞれが他の二人も「魔法を使わないのはおかしい」と感じた。
「その程度、使っても悪いことじゃないのにな」
シュークリームを平らげた春也は、更にテーブルの上のそれに向かって手を伸ばす。
「やはり我々が監視していることを知っているのではないだろうか」
「だから、ちょっとでも悪いと思われる可能性のある魔法は使わないってこと?」
「そう考えるのが妥当だ」
「でもよ、このままだと・・・・」
そこまで言って、春也は口をつぐんだ。
「このままだと、何だ?」
「いや、何でもない」
(危ねぇ、危ねぇ。このままだと誰もオブザーバーになれない、と口を滑らせてしまうところだった)
妹から聞いた情報「違反者を最初に見つけた者がオブザーバーになれる」は他の二人には秘密だった。その情報が本当だとすると、魔法を使わない三人を監視している春也達は、誰もオブザーバーになれないということになる。
春也がオブザーバーになるためには、ゆかりんを犯罪者として管理局に引き渡さなければならない。犯罪者の末路は、エミネントに関しては知っているが、この世界の人間がどのような罰を受けるのかは聞いたことがなかった。それだけにゆかりがどんな目に逢うのかを想像するだけで身震いする。
(ゆかりんは悪い子じゃないんだよなぁ・・・・)
だが春也にとって、オブザーバーになれるこの最大のチャンスを逃すのは惜しい。
それは咲紅にとっても同じことだ。春也は自分だけが今回のテストの合格基準を知っていると思っているが、咲紅はその話を立ち聞きしている。咲紅はオブザーバーになりたいという気持ちは春也以上にあると自負していた。
「澤崎」
憂喜は自分が買って来たシュークリーム三つを食べ終えると、コーヒーを飲んで一息ついてから春也の名を呼んだ。
「あん?」
「大丈夫なのか」
「何がだよ」
「姫宮ゆかりと親しくなっているお前に、彼女を管理局に引き渡すことが出来るのか」
「い、言ったじゃねぇか。親しくするのも作戦の内なんだよ。気が置けない間柄になれば、俺の前で魔法を使うって魂胆さ。俺は仮にもオブザーバー候補生だぜ、異世界の奴がどんな目に遭っても知ったことじゃない。それに、魔法を悪用するとは限らねぇしな」
「僕もそう思う」
「あ?」
「彼女らを管理局に引き渡す事態にならないに越したことはない。トランスソウルを使ってこの世界の秩序を乱すような人物でなければ、それでいい」
それじゃ誰もオブザーバーにはなれないんだよ、と春也と咲紅は心の中で思った。憂喜の今の言葉は本心だろうが、仮に藤堂院透子が魔法を悪用すれば、ためらうことなく彼女を管理局に引き渡すだろう。それは春也と咲紅の共通の見解であった。
「そうか、秩序か・・・・」
憂喜が独り言のようにつぶやく。
「この世界では魔法は存在しない。例え些細な魔法であっても、彼女達にとっては秩序を乱す行為なのだろう・・・・僕達の基準と、彼女達の基準は違うということだ」
「だから、私たちが普段から当たり前のように使っている魔法すら彼女達は使わないってこと?」
「あくまで可能性だ。問題は・・・・そうか、そういうことか」
「何だよユーキ、一人で納得するなよ」
「何が『そういうこと』なの?」
春也と咲紅は憂喜の言葉を待つ。憂喜はわざと少し時間を置いてから口を開いた。
「今回のテストの内容だ」
「地上人がトランスソウルを正しく使うかどうかを見る、監視能力のテストでしょ?」
「それだけじゃない。先程言った、基準の違いだ。この世界と我々の世界の基準の相違を把握できているか否か・・・・オブザーバーに必要な能力だ」
「えっとつまり、私達の基準で物事を考えたらいけないってことね? 私達には些細な魔法でも、この世界の人にとっては禁忌になる・・・・」
「かと言って、本当に些細な魔法を悪用だと決め付けてしまえば、オブザーバーとしての能力に疑問を感じる・・・・」
「ちぇ、もともと曖昧な基準が更にややこしくなったぜ」
春也は面倒くさそうにテレビのリモコンを手に取ると、電源スイッチを入れた。
「ちょっとハル君、大事な話をしてるのにテレビなんて」
「要は俺らがそれぞれの判断で決めるしかないってことだろ。その判断も試験の一部だって言うんなら、話し合うのは筋が違うってもんだ」
「澤崎の言う通りだ」
憂喜が珍しく春也に賛同する。
「情報交換はなしだ。僕がこの考えを君たちに話したのは、フェアに試験を受けようと思ったからだ。これ以上は試験に支障をきたすから、話し合いはやめておこう」
「そ、そうね・・・・」
「ああ・・・・」
フェアという言葉を出され、オブザーバーに合格するポイントを隠している春也と咲紅はギクリとした。それを誤魔化すため、春也が点けたテレビを見る。今日から始まった連続ドラマがクライマックスを迎えていた。
10th Future に続く
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