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タイトル


 8th Future 「恋のライバル鉢合わせ」


 帰り道で憂喜と別れた咲紅は、ふと通り掛ったアイスクリーム屋の前で見知った顔を見付けた。しかも、ここにいるはずのない人物まで一緒にいた。
(ハル君と・・・・妹さん?)
 何となく電柱の影に隠れた咲紅は、二人のやりとりを少しの間、観察した。春也の妹がここにいる理由が分からず、すぐに出て行って挨拶をするのを躊躇ったからだ。自分でも何故躊躇ったのかは分からない。
「落とすなよ」
「うん」
 春也の妹・のの美は幾重にも重ねられたアイスを嬉しそうに舐めていた。数えると八つ、色取り取りのアイスが一つのコーンの上に積み重なっている。下手をすれば、たちまちバランスが崩れて地面に落ちてゆくことだろう。だがのの美は慣れているのか、危ない素振りも見せずに上からアイスを平らげてゆく。ある程度の早さで食べていかなければ、下の方のアイスが溶けてしまうだろう。
「お前なぁ、アイスを奢ってやると言ってもだな、いきなり八段アイスを頼むか? 少しは遠慮ってものを考えてだな・・・・」
「美味しい〜」
「そ、そうか・・・・それは何よりだったな」
 そういえば春也は妹バカだったと思い出し、咲紅は苦笑しながら様子を伺った。
「それよりのの美、お前がこの世界に来た理由を教えてくれよ」
「うん、約束だからね」
 春也は妹がこの世界に来た訳を訊こうとしたのだが、なかなか喋ってくれないのでアイスを奢るから話してくれ、と約束したのだった。
「ちょいと小耳に挟んだことがあって、お兄ちゃんが心配だったから」
「何だそれは? 俺が心配? 何を聞いたんだ?」
「というか、チャンスかな?」
「何を言ってるんだ。分かり易く話せ」
「えっとね、お兄ちゃん達はこの世界にオブザーバー候補生として来てるんだよね」
「ああ、実地研修でな」
「試験の対象になっている三人の女の子が、魔法を正しく使っているかどうかを見に来たんだよね」
「そうだ。それがどうしたんだ」
「期間とか聞いてる?」
「・・・・いや、いつまでに、ということは聞いていない」
「一番早く違反者を見付けた生徒が、オブザーバーになれるらしいよ」
「何だって? 競争なのか?」
 この研修を言い渡された際には「不正な魔法の使用をしているか否か」を調査するだけだと聞かされていた。ゆかり達は無罪ならマジカルアイテムを回収するだけでそのままお咎めなし、有罪ならしかるべき罰を受ける。春也は彼女達が無罪に越したことはないと思っている。それなのに、有罪であるという証拠を早く見付けた者がオブザーバーになれるという話には首を傾げざるを得ない。
 それ以前に、春也は自分が選ばれた理由が分からなかった。オブザーバー候補生である生徒は百人を超すが、その中でも憂喜と咲紅は学年で一、二を争う好成績だ。それに引き換え、春也はいつも後ろの方に指定席がある。おまけに色々と問題を起こし、学校側からも評判は悪かった。 (もし仮にゆかりんが魔法を悪いことに使った現場を真っ先に押さえたとしたら、憂喜や咲紅を差し置いて俺みたいな奴がオブザーバーに? そんな話、信じ難いな・・・・いや、ちょっとまて)
 三人の担当は、予め管理局によって定められていた。管理局では、最初から姫宮ゆかりは無罪だと分かっていたとすれば?
(憂喜でも咲紅でもどっちでもいい、あいつらが先に違反者を見つけ、オブザーバーになる。そんなシナリオが最初から用意されていたとは考えられないか? 有能ではない俺が選ばれたのも、奴らのかませ犬の役割だったのか?)
「お兄ちゃん?」
「あ?」
 我に返ると、目の前には珍しく真面目な顔になっている兄を心配そうに覗き込むのの美の顔があった。
「だからね、お兄ちゃんは他の二人より早く、担当の子が魔法を不正利用しているって証拠を掴まないといけないの。それだけ言いに来たんだよ」
「それはまぁありがたいとして・・・・どうやってこの世界に来たんだ? メビウスロードは簡単に使わせて貰えるような代物じゃないだろう?」
「簡単だったよ。ロードを管理しているお兄さん、のの美のこと好きだもん」
「・・・・はぁ?」
「ちょっと色気を使ってね、えへへ」
「何が色気だ、お前のどこを探せば色気なんて言葉が出てくるんだ? 体中、食い気しかないだろう。まさかお前、変なことされてないだろうな?」
「変なこと?」
「いや、その・・・・」
「お願いしただけだよ。ちょっと使わせてってウインクしただけ」
「そ、そうか・・・・」
(ま、のの美はまだ子供だからな・・・・余計な心配だったか。いや、余計じゃないぞ、俺は兄として当然の心配をだな・・・・)
「というわけでお兄ちゃん、のはもう帰るね」
「え、もう帰るのか?」
「さっきの話をしたかっただけだから」
「じゃ、さっさと言えよ! それまでにカレー食ったりアイス食ったりしたのは全然意味がないじゃないか!」
「意味ならあるよ、のがこの世界の食べ物を食べてみたかったんだもん。美味しかったよ〜!」
 そんなやりとりの一部始終を、咲紅は電柱の影で盗み聞きをしていた。
(ふぅん、一番に見付けたらオブザーバーか・・・・いいこと聞いたな)
 オブザーバーとは「監視者」という意味だが、どうやら咲紅、憂喜、春也はそのオブザーバーを目指す候補生のようだ。オブザーバーが何を監視するのかは後々に出てくることだろう。
 咲紅たち三人はオブザーバーになるために、試験としてゆかりたちが魔法をどう使っているかを監視するためにこの世界にやって来た。三人の内、何名がオブザーバーになれるのか、どうすれば合格なのかは聞かされていなかった。だが春也の妹の話によれば、ゆかり達三人の中で魔法を不正に利用している(この定義も曖昧だが)者を真っ先に見付けた者がオブザーバーになれると言う。
(と言う事は、私がオブザーバーになる為には、出雲さんが魔法をいけないことに使っている所を押さえればいいってこと・・・・か)
 変だ、と咲紅は思った。
(悪い人を見付けたからって合格? 担当は元々割り当てられていた。出雲さんが魔法を不正利用しなかったら、どれだけ私が優秀でもオブザーバーにはなれない。逆に、姫宮さんがトランスソウルを使って悪いことをすると、いつも成績が悪くて態度も悪いハル君が合格ってことになるの? そんなのおかしいわよ)
 オブザーバーになって色々な世界のあちこちを見て回るのは咲紅の夢である。それは監視の為と言うよりも、身も蓋も無い言い方をすれば「タダで旅行が出来る」からだった。オブザーバーになればメビウスロードで色々な世界に行くことが出来る。候補生である今の咲紅は、書物で色々な世界の知識を集め、いつかその地を訪ねることを夢見ていた。
(でも、そうすると出雲さんが)
 魔法を悪いことに使った「違反者」は、咲紅たちの世界では極刑に値する。咲紅がオブザーバーになるということは、巳弥がその刑を受けることになるのだ。
(でも、私の夢だもん)
 知り合って間もない異世界の住人、出雲巳弥がどうなろうと自分の知ったことではない。そのおかげで夢が叶うのなら、むしろ巳弥にはどんどん魔法を使って欲しい。そう思った咲紅だが、何だか胸が痛んだ。
(出雲さんとは仲良くなれそうなのにな・・・・)
 春也はどうだろう。
 彼はゆかりに色々とちょっかいを出しているが、いざ自分がオブザーバーになれるとしたらどうするのか。春也の成績では、この機会を逃せばこの先、まずチャンスはない。春也だって一応合格するために候補生になったのだから、このチャンスを放っておく手はないはずだ。
 憂喜はどうだろう。
 彼はまだ合格の基準を知らない。知ればどんな手を使ってでも藤堂院透子に魔法を使わせるだろう、と咲紅は思う。そういう人間だ。
(そう、だからこそ彼は・・・・一番オブザーバーに向いている)
 「監視者」は感情で物事を判断してはならない。目で見た物が全てだ。咲紅がスクールでいつも憂喜に勝てないのは、真にその部分だった。
 咲紅は「感情的だ」とよくリーダーに指摘されていた。図書室で流した涙から分かるように、彼女は涙もろい。その点を改善しなければオブザーバーにはなれないと言われていた。感情の制御こそ、オブザーバーに必要な能力なのだ。
 そんな部分に疑問を感じていることこそ、咲紅がオブザーバーになるための最大の欠点だった。


 一方、その憂喜はと言うと、咲紅に教わった遠回りの帰り道を、ある探し物をしながら歩いていた。
(あれか・・・・?)
 憂喜の視線の先にあるもの、それは洋菓子屋「メロウ・プリティ」。
(確か、咲紅の持っていた箱に書かれていた名前が「メロウ・プリティ」だったはず)
 憂喜は店の前まで来て、立ち止まった。
(一体・・・・何をやっているんだ、僕は)
 ガラス越しにそっと店内を覗き見る。ガラスケースの向こうに人影が見えた。
 憂喜はこの手の店に入ったことは、今までの人生の中で一度もない。それなのに、何故彼が今、ここに来ているのかと言うと・・・・。
 そう、咲紅に貰ったシュークリームの味が忘れられないでいたからだった。
 認めたくはない。憂喜にとっては「たかがシュークリーム」のはずだ。菓子ごときで自分が咲紅に苦しい言い訳をしてまで、この店にあの味を求めてやって来たなどと。だが未だかつてあれほどの味に出会ったことはなかった。咲紅のように腹一杯食べてみたい。
 憂喜は店の前から少し移動し、店の前を行く人々の様子を伺った。誰もいない店内に入っていくことがはばかられたため、もし客が入っていくならそれに便乗して入ろうとしたのだ。だが数人がメロウ・プリティを横目で見ながら通り過ぎたが、中に入る人はいない。その内、挙動不審な憂喜の姿をジロジロと見て通る人の視線が気になり出した。
(馬鹿馬鹿しい、たかが菓子を買うだけだろう)
 憂喜は自分の行動が非生産的だと思い、思い切ってメロウ・プリティの自動ドアの前に立ち、店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ〜。あ」
 店員であるゆかりはドアが開いたので反射的に挨拶をして振り返った。そのうさみみ中学の学生服を着た男子の顔に見覚えがあったため、つい「あ」と声を出してしまったが、すぐに思い直して口をつぐんだ。今のゆかりが目の前にいる鷲路憂喜を知っているはずがないからだ。
「?」
「あ、えっと、いらっしゃいませ」
 ゆかりは何事もなかったかのように礼をする。こなみが「感じ悪い」と言っていた、透子のクラスに転校して来た憂喜は、確かに整った顔立ちで女子に人気がありそうだった。透明感のあるブルーの瞳が神秘的な印象を見る者に与える。
(澤崎君も瞳がブルーだけど、苗字が違うんだよね。親戚って訳でもないのかな)
 聞きたくても、今聞くわけにはいかない。とにかく今は店員になりきることにした。
「・・・・」
 憂喜は背筋を伸ばしたまま、ショーケースを端から端まで眺めた。
(シュークリームがない)
 様々なケーキは並んでいるのだが、目当てのシュークリームはどこにも陳列されていなかった。
(咲紅が買った店はここではないのか? 確かにあの箱には「メロウ・プリティ」という店名が書かれていたはず。まさかチェーン店がこの近くにもう一店舗あるのか? それとも人気のために売り切れたか?)
 目だけを動かして何かを探しているような素振りの憂喜に、ゆかりは控えめに声を掛けた。
「何かお探しですか?」
「あ、いえ・・・・」
(・・・・この声、どこかで・・・・?)
 憂喜はゆかりの声を聞き、聞いたことのある声だと感じた。ゆかりとほとんど直接対話したことのない憂喜だが、この世界に来る前にチーフから預かった資料の中に、ゆかり達の声も入っていたのだった。だが見た目が全く違うため、さすがに今のゆかりから姫宮ゆかりを連想することは出来なかった。
(これか)
 憂喜はゆかりに声を掛けられた時に視線を上に上げたお陰で、レジの横にある「焼きたてシュークリーム」の札を目にすることが出来た。
「すみません、これは・・・・」
「え? あ、シュークリームですね。おいくつですか?」
「えっと、一つ・・・・いえ、三つ」
「三つですね、少々お待ち下さい」
 ゆかりは店の奥に入り、シュー生地にクリームを注入した。
(鷲路君がシュークリームかぁ。意外って言うか何て言うか、似合わない感じ。自分で食べるんじゃないのかな? もちろん食べても変じゃないんだけど、イメージが合わないかも。三つってことは、誰かに買って行ってあげるのかな)
 憂喜から五百円玉を貰い、お釣りを渡す。シュークリーム三つが入った袋を受け取ると、憂喜は無言で一礼して店を出た。
「ありがとうございましたぁ」
 ゆかりが憂喜を見送った直後、もう一人の客が入って来た。
「いらっしゃ・・・・!!」
 ゆかりは憂喜と同じ制服を着たその客を見て、思わず逃げ出しそうな体制を取ってしまった。
「ケーキ屋・・・・?」
 驚いたような目をして店内を見渡しているのは、鷲路憂喜と同じ転校生の澤崎春也だった。
(な、なんでこいつがここに!?)
 ゆかりが戸惑っていると、春也が馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「そこの変な恰好の店員さん」
「誰が変な恰好よっ!」
 思わず学校と同じノリで返してしまったゆかりは、慌てて口を噤んで「な、何でしょう」と笑顔を作った。ゴスロリメイド服を「変な恰好」と言われ、少し憤慨する。
「今の奴、何を買って行ったんですか?」
「え? ええと、シュークリームです、三つ」
「シュークリームゥ? ははぁ・・・・そういうことか」
 春也は思い当たる節があったらしく、勝手に納得して頷いた。
「ユーキの奴、色々言ってたくせに、やっぱりあのシュークリームが美味かったんじゃねぇか。素直じゃねぇなぁ、全く・・・・フフフ、この俺に見付かったのが運の尽きだ。さぁ帰ったらどうやってからかってやるかな」
「あの・・・・」
「あ、えっと、俺、客じゃなくて、知り合いを見掛けたから入っただけです」
 じゃあさっさと帰れ、とゆかりは心の中で呟いた。
 その時、またまた自動ドアが開いた。今日のメロプリは盛況である。
「よう、ゆかり」
 相楽豊だった。ゆかりの元恋人で、第3部ではゆかりとよりを戻したようなそうでないような、微妙な関係にある三十一歳サラリーマンだ。今日も仕事帰りにゆかりの顔を見に寄った、というわけだ。
(ゆかりって呼ぶなぁ〜!)
 ゆかりは心の中で叫んだが、既に遅かった。
「ゆかり・・・・?」
 春也がゆかりの顔を見る。
「・・・・」
「な、何ですか・・・・」
「いや、知り合いと名前が一緒なもので。そう言えば声も似てるなぁ」
「・・・・あ、あらぁ、そうなの?」
「無理に声を変えなくていいんだけど」
「・・・・」
 ゆかりはユタカを睨んだ。ユタカもその学生が中学生ゆかりの同級生だと気付き、口の動きだけで「すまん」と言った。目の前にいるゆかりと中学生ゆかりが同一人物だとは安易に気付かれないだろうが、バレてしまうと何かと面倒なことになる。
「ま、ゆかりんはもっと可愛いけどな・・・・そうだな、ゆかりんに何か買ってやってもいいな」
 ボソっと呟いた春也の独り言に、ゆかりとユタカの二人が同時に反応した。
(どうせ本物のゆかりはおばあちゃんですよ・・・・)
 とやさぐれるゆかりを他所に、ユタカが春也に向かって話し掛けた。
「君」
「ん?」
 いきなり見ず知らずのおっさんに声を掛けられた春也は、いくぶん驚きつつユタカの方を見た。
「君、うさみみ中学の生徒かい」
「そうだけど」
「姫宮ゆかりを知っているのかな」
「おっさん、ゆかりんの知り合い?」
「おっさんて言うな!」
 年上の人間に対する言葉遣いがなっていないと思いつつも、ユタカは質問を続けた。
「君は、その・・・・姫宮ゆかりと、その、どういう関係なのかな」
(ちょっと、ユタカ! なに聞いてるのよ、馬鹿!)
 ゆかりは目配せで注意しようとしたが、ユタカは春也を凝視していた。視線に「敵対心」を宿らせている。
(もう、子供と張り合ってどうするの)
 ハラハラしつつ見守るしかないゆかりだった。
「関係って・・・・おっさんが何でそんなこと聞くんだ?」
「それは、その・・・・ちょっとした知り合いだからな、気になるだろう」
「ふ〜ん。ゆかりんと俺の関係ねぇ・・・・恋人とか?」
「ち、違うわよっ!」
 思わず声を荒げてしまったゆかりは、慌てて口を噤んだ。
「お・・・・おねぇさんがどうして否定するんだ?」
「あ、いや・・・・何となくそんな気がして」
 答えとしては全く説得力が無い。
「まぁ恋人は冗談として・・・・俺は好きだな、ゆかりんみたいな子」
「えっ!?」
「だから何でおねぇさんが驚くんだよ」
「な、何気に、そんな気分で」
 ゆかりは何とか誤魔化そうと、ショーウインドウの中のケーキを並べ直し始めた。
「そ、そうか・・・・」
 ユタカも大人気ないと思い、気を静める努力をした。
「と、当のゆかりんはどう思っているんだろうな」
 チラっとゆかりの顔を見るユタカだが、ガラスケースに阻まれて見えない。
「ゆかりんもまんざらじゃないみたいだけどなぁ」
「そんなこと・・・・!」
 叫びかけて、自制するゆかり。
(危ない、危ない。もう、澤崎君ってば・・・・)
「そうかなぁ、君はゆかりの好みと少し違うようだが」
 なおも張り合おうとするユタカだった。
「何でゆかりんの好みまで知ってるんだよ」
「知り合いだからだ」
「ふぅ〜ん・・・・」
 春也は急に悪戯っぽい目をしたと思うと、腕を組んでユタカから目を逸らした。
「おっさん、ロリコンだな」
「なにっ!?」
 ピンポーン、とゆかりが呟く。ユタカは一瞬ひるんだが、大人の威厳を保とうと何とか踏ん張った。
「お前、出会ったばかりで失礼だぞ!」
「慌てている所を見ると図星か」
「きっ、貴様・・・・」
「知り合いなんて嘘だろ。ストーカーとかいう奴じゃないのか?」
「違うぞ、俺は・・・・」
「そう言えば見るからにそれっぽいし・・・・」
「何だ、それっぽいって!」
「お客様ぁ! 買わないなら出て行って頂けませんかぁ!」
 険悪なムードが漂ってきたので、ゆかりは大声を出して妖しい空間を断ち切った。その甲斐あって、喧嘩寸前だったユタカと春也は我に返る。
「ごめんなさい」
 春也はゆかりに頭を下げると、ユタカに背を向けて店の外に出て行った。
「待て・・・・」
 その後を追おうとしたユタカの後頭部に、レジの横に置かれていた釣銭皿が見事にクリティカルヒットした。
「あうち!」
「なにムキになってんのよ、ユタカ!」
「あ・・・・す、すまない、つい・・・・」
「はぁ・・・・」
 後頭部を押さえながら申し訳なさそうに俯く豊。ゆかりは大袈裟にため息を吐き出すと、そんな豊を睨みつけた。



9th Future に続く



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