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5th Future 「透子の精一杯」
場所は変わって、出雲家のお風呂場。夕食を終え、莉夜とあずみが一番風呂を頂いていた。
「・・・・」
あずみは自分をしげしげと見る莉夜の視線に気付いた。しかも、明らかに胸の辺りを見詰めているので、あずみは思わず両腕で自分の胸を隠した。アンドロイドでも恥ずかしさを感じるのだろうか。
「・・・・あずみちゃん」
「なに? りよちゃん」
出雲家は元々売りに出されていた建物で、日本風の作りでお風呂場も大きかったのだが、さすがに老朽化したためにユニットバスに変えた。バスタブも小型化されたので湯船には交代で入らなければならない。今は莉夜が湯船に浸かり、あずみが石鹸で体を洗っていた。
「なに、それ」
「なにって・・・・おっぱい?」
「何でそんなに大きいのか聞いてるの」
「大きい?」
「まな板」「直滑降」と言われている莉夜の胸だが、言われるほど「ない」わけではなく、同い年の女の子の中では控えめというだけであり、一応その存在はある。だがやはり本人にとってはコンプレックスであり、気にしている部分ではあった。救いはあずみの胸もほぼ同じ大きさで、比べられても大差ないために莉夜は安心していたのだった。
ところが今、それほどではないにしても、あずみの胸は莉夜のそれよりも明らかにボリュームがあった。
「・・・・」
莉夜に言われたので、あずみは改めて自分の胸を見下ろした。
「なにか変?」
「明らかに変でしょ、大きさが」
「確かに・・・・夜はこんなに大きくないね」
「夜は?」
「朝はこのくらいだよ。莉夜ちゃんのは今、小さいね」
「あたしのはずっとこの大きさ! 朝と夜で大きさが変わるわけないでしょ!」
アンドロイドは胸の大きさが変わるのだろうか、と莉夜は思ったが、一体どんな構造で大きさが変わるのだろう?
「・・・・」
あずみの胸を見ていた莉夜は何だか無性に腹立たしくなり、湯船に浸かったまま両手をあずみの胸に伸ばし、掴んだ。
「り、りよちゃん!?」
「・・・・本物っぽい・・・・」
莉夜は「偽物だろう」と思い、撫でたり、掴んだり、引っ張ったりしてみたが、取れそうな様子はなかった。
この辺り、アニメ化の際には石鹸の泡や湯気、アングル等で上手に誤魔化して下さい。
「り、りよちゃん・・・・」
「あ」
頬を赤らめているあずみを見て、莉夜は我に返った。
「ご、ごめんね」
「ううん・・・・ちょっと気持ち良かった」
「・・・・そ、そう・・・・」
(どうしてアンドロイドのあずみちゃんの胸が大きくなったり小さくなったりするのよ?)
エネルギーが切れていたにも関わらず動いていた現象に続き、またも自分に理解できない部分が出てきた。
(あずみちゃんはアンドロイド、それは間違いないわ。だって背中のメンテナンス・ハッチを開けたことがあるもん。それに時々見せる超人的な身体能力・・・・だいたい、胸の大きさが変わるなんて人間じゃない証拠だもんね。機械的に大きさが変わる仕組みがあるってこと? それにどんな意味があるの?)
莉夜が考えに耽っている間に、あずみはシャワーで頭を洗っていた。無防備な背中に、蓋のようなものが見える。
(あずみちゃん・・・・あなた、何者なの?)
莉夜はあずみが頭を洗い終えるまで、じっとその後姿を眺めていた。
莉夜とあずみが入浴タイムの最中を見計らい、巳弥は昨夜からずっと気になっている疑問を祖父にぶつけた。
「教えて、おじいちゃん。ゆかりん達に学校へ残って欲しい理由って何? あの転校生の二人は何者なの? この二つは繋がっているの?」
「・・・・」
巳弥の祖父は読書用の眼鏡を掛けて本を読んでいた。ハードカバーで分厚い本だ。タイトルは「思春期の心理学」とある。中学校の校長先生っぽい選択ではある。
「おじいちゃん」
「・・・・」
「聞こえない振りはやめて。余計に何か隠してるみたい」
「・・・・」
(わが孫ながら、何と言うか・・・・隠し事は出来んな)
祖父は困りながらも孫の鋭さに頬を緩ませた。
(学校なら危険だが、ここなら彼らに聞かれることもあるまい・・・・)
「実はな・・・・」
孫に向き直り、口を開きかけたその時。
(・・・・!)
ガラス戸越しに見える、出雲家の中庭。そのまた向こうの離れの屋根の上に、月明かりに浮かぶ一つの影があった。
(・・・・鳥か?)
そのシルエットは鳥類のそれに見えた。だが鳥だとすると、かなり大きな部類に入る。
(カラス、いやそれよりも大きい・・・・鷲か、鷹か・・・・)
ここからでは遠くて影が確認出来るだけなのだが、祖父はその鳥がこちらを睨んでいるように見えた。
(見張り・・・・なのか? だがこの距離では聞こえるはずがない。まさか読唇術を鳥が使えるなどとは・・・・いや、相手が相手だ。あらゆる可能性を考えなくてはならない。用心に越したことはないか・・・・)
ただの鳥がそこに留まっているだけという可能性もある。だが巳弥の祖父はその鳥の突き刺さるような視線を感じた。
「ゆかり君たちがいなくなると淋しいんだ。巳弥も友達が減ると淋しいだろう?」
「う・・・・うん」
「彼女たちも学園生活を楽しんでいるようだし、せめて体育祭や文化祭が終わるまで生徒でいてくれないかと思ってね」
「・・・・そうだね、私もゆかりんや透子さんがいてくれた方が楽しい」
祖父は何かを隠している。教えてくれないのは、教えられない理由があるからだと思う。巳弥はそれ以上の質問を祖父にしなかった。本当は桜川咲紅が魔法を使っていることを報告したかったのだが。
(おじいちゃんはむやみに隠し事をする人じゃない。きっと、今は話せないことなんだ。その時がくれば、きっと話してくれる)
巳弥はお風呂から上がった莉夜とあずみにオレンジジュースを出して、入れ替わりに着替えを持ってお風呂場に向かった。
ゆかりの携帯電話の着信メロディ、松裏紗弥の「夏色吐息」が聞こえた。携帯を手に取り、通話ボタンを押す。
「もしもし、ユタカ?」
「おう、今日も綺麗だな」
「えっ!?」
ゆかりは慌ててベッドの上に身を起こした。寝転がったまま、ベッドの脇に手を伸ばして電話に出たのだ。
「どこにいるの!?」
「家だよ。見てないからそんなに慌てるな」
「もう、綺麗だなんて言うから、どこからか覗いてるのかと思ったよ」
「覗きなんてしないぞ!」
「どうだか・・・・」
今、ゆかりは風呂上りでパジャマを着て、化粧も落としている二十七歳だった。そんな恰好だから、見られていると思って慌ててしまったのだ。
「もう、綺麗だなんて紛らわしいこと言わないでよねぇ」
「見なくても分かるからな」
「冗談ばっかり・・・・」
(本当に今のゆかりを見ても、そう言えるの?)
化粧をしていないすっぴんの顔なんて、見られたくないと思う。中学生のゆかりはすっぴんで登校しているのだが、さすがに元の姿だと肌の張りが違う気がした。
「で、何の用?」
「今度の土曜日、デートしないか」
「今度の土曜は体育祭だから駄目」
「体育祭? ケーキ屋のか?」
「何が悲しくて店長とアルバイト二人で体育祭しなきゃならないの?」
「ゆかり、まだ学校に行ってるのか?」
「まぁ、色々とわけがあって」
「ふぅん・・・・」
「日曜は学校がお休みだから、いいよ」
「じゃ、日曜」
「また中学生の恰好で行けばいいの? この前みたいに」
つい四日ほど前、ゆかりはユタカに誘われてゲーキャラショーに行った。その時、ユタカはゆかりに「中学生の姿で来てくれ」と注文をつけたのだった。理由は混んでいる一般入場口ではなく「ファミリー入場口」から入るためだったのだが。
「はぁ?」
「だってユタカ、そっちの方がいいんでしょ?」
「あの時はあの時だ。普通のゆかりでいいんだ」
「え〜、嘘だぁ。だってユタカ、ロリコンだもん」
「周知の事実みたいに言うなよ! 変な誤解が生まれるじゃないか」
「もうみんな知ってるよ・・・・」
「みんなって誰だよ!? とにかく今度は普通のゆかりとデートしたいんだ。いいか、いつものゆかりでいいからな」
「う、うん・・・・」
通話が切れる。
「・・・・」
ゆかりは携帯を置いて、替わりに手鏡を手にした。
(いつものゆかり、か・・・・)
このところ中学生ゆかりでいる時間が多いからか、元の自分が歳を取ったように見える。
(綺麗なんかじゃ・・・・可愛くなんてないよ・・・・)
魔法なんて一時凌ぎに過ぎない。変身した自分は偽者だ、自分じゃない。
(分かっているのに・・・・分かっているはずなのに・・・・)
だが、生まれた時から常に魔法がかかっていたら? それは自分なのではないだろうか? ひょっとしたら、今の自分が「変身した状態」だとしたら? 偽りの姿だとしたら? そんなことを考えていると、どこまでが魔法でどこまでが現実か、どこまでが嘘でどこまでが真実なのか分からなくなる。
(はぁ、非現実的な想像はやめよう)
ゆかりはベッド脇のスイッチに手を伸ばして部屋の電気を消し、ベッドに寝転んで布団をかけた。
次の日、透子はゆかりに言われた通りにうさみみ中学に登校した。ゆかりや巳弥と同じクラスならもっと楽しいのにと思うが、元はと言えば宝玉を狙う者をマークするためにゆかりとクラスを別にしたので、転校したり戻ってきたりと無理を押し通していることもあり、さすがにクラスも変わりたいと言うわけにはいかなかった。
「おはよう」
「おはよ」
教室に入ると、数人のクラスメイトが声を掛けてくる。
「あれ?」
透子が自分の席に着くと、空いていたはずの後ろの机に男子生徒が座っていた。
「おはよう」
その男子生徒、鷲路憂喜は透子に向かって微笑んだ。
「一昨日転校して来た、鷲路憂喜です。よろしく」
「はぁ、藤堂院です」
透子は憂喜の青い目が気になったが、あまりじろじろと見るのも悪いので、会釈しただけで席に着いた。憂喜らが転校して来て三日目になるが、透子はこの二日間学校に来ていなかったので初対面である。
(普通は二学期が始まる時に転校して来るよね。色々と事情があるだろうから一概には言えないけど・・・・)
水無池姉妹のことを思い出す透子だった。彼女らは校長先生の計らいで、イニシエートであるにも関わらずこのうさみみ中学に転校してくることが出来た。
透子はゆかりのクラスにも2名の転校生がいることをこの時点では知らないので、鷲路憂喜のことをそれほど気にしてはいなかった。
一時間目は古文の授業だった。朝っぱらから眠気を誘う、拷問のような授業だ。聞きなれない言葉が呪文のように眠気を増幅させる。
(あれ?)
透子は鞄の中を探って、筆記用具を忘れたことに気付いた。時間割を見て教科書はきちんと入れたのだが、筆箱を入れ忘れたようだ。
(あちゃ〜)
どれだけ探しても、入れていない物は見付かるはずがない。
そんな透子の様子を、憂喜は後ろの席から観察していた。
(筆記用具の忘れ物か。家から引き寄せるか、魔法で字を書くか・・・・色々と方法はある)
「魔法の肩叩き」は学生鞄のポケットに折り畳まれて入っている。だが透子はそれを使おうとはせず、そのまま黒板の書き取りを諦めた。
(何故だ? 何故魔法を使わない?)
憂喜はしばらく透子の様子を伺っていたが、ボーっと黒板を見ているだけだった。時々、窓の外に目を向けて空を眺めている時もあった。
「藤堂院さん」
背後から囁くような声がしたので透子が振り返ろうとすると、右肩のあたりに鉛筆が差し出された。
「?」
「使いなよ」
憂喜は鉛筆で透子の肩をトントンと叩いた。
「いいよ」
「遠慮はいらない」
「教科書に書いてることしか書いてないから、わざわざノートに書き写す必要ないし」
「確かにそうだが、自分で書き写して憶えることもある」
「・・・・ありがと」
書き写す気はないが、透子は取り敢えず借りておくことにした。親切心を無にしないことで、お互いに嫌な気分になることを避けられるなら、借りておくにやぶさかでない。
(今時、鉛筆?)
鉛筆を手にしたのは久々な気がする。今時の学生はほとんどシャープペンシルだろう。昔は教室に鉛筆削りがあったものだが、今は美術室にあるだけだ。
目の色を見ると外国の人のようだが、こっちに来る前は鉛筆を使っていたのだろうか。それとも、日本文化は鉛筆を使うと聞かされて、合わせるために持って来たのか。透子は憂喜について色々と空想を巡らせた。鉛筆を借りただけでは悪いので、黒板の字をノートに書き写す振りをしておいた。鉛筆の芯が減っていなければ不自然なので、ノートの上に適当な落書きをしておく。
「ありがとう、助かったわ」
授業が終わった後、透子は笑顔で鉛筆を憂喜に返した。
「不便だろうから、今日一日貸しておく」
「後で購買で買うよ」
「いちいち買うのは勿体無い」
「いいってば」
「持っていればいい」
鉛筆を押し返そうとする透子の手と憂喜の手が触れた。
「きゃっ」
透子は思わず反射的に手を引っ込めた。
「あ、す、すまない」
憂喜もつられて手を引く。謝って手を引いてから、透子の異常な反応に首を傾げた。
(手が触れただけなのに、あんなに驚くなんて)
憂喜は透子を「純情な女の子なのか」と思った。
「トーコ、次、体育だよ」
透子の隣の席の女子が、体操服袋を持って声を掛けてきた。何やら目尻の辺りにキラキラした物を付けており、何か塗っているのだろう、唇は必要以上に光っていた。ちなみに校則違反だ。
「あ、うん、そうだね」
透子は憂喜の鉛筆を彼の机の上に置き、自分も体操服の入った鞄を持って足早に教室を出た。更衣室は体育館の中にある。
「・・・・」
鉛筆を拾い上げ、透子の後ろ姿を見送る憂喜を、何人かの男子が睨んでいた。昨日の一件で憂喜は「カッコつけ野郎」だと思われていたし、その上、転校早々男子に人気のある透子と話しているのだから、鬱陶しく思われるのも無理はなかった。しかも結構な美形とあっては、密かに透子に想いを寄せている男子にとっては面白いはずがない。
クラスメイトの男子は誰も憂喜に声を掛けることなく、更衣室へと向かった。
(あ〜あ、いやだな)
透子は憂鬱な表情で、もそもそと体操服に着替えていた。
透子は水泳以外の運動は苦手だが、それ以上に嫌なのは男子に生脚を見られることだった。
(どうして学校に来て授業を受けないといけないんだろ。もう用事はないはずなのになぁ。校長先生が来いって言ったんだっけ? もう一度理由を聞いて、大した理由じゃなかったら明日から来ないでおこうっと)
「今日は頑張ってね、トーコ」
先ほどの女子が声を掛けてくる。
「何を?」
「あれ、聞いてなかったっけ? 短距離走をして、負けたらマラソンなんだよ」
「??」
着替えを終えてグラウンドに行くまでの道程で、透子は昨日のいきさつを詳しく聞いた。昨日、体育祭の出場種目を決めたこと、マラソンとリレーが最後まで残ったこと、透子がマラソン選手にされかけた時に鷲路憂喜が異議を唱えたこと、短距離走でリレー選手を決めることになったこと・・・・。
「・・・・」
(どうしてそんな余計なことをするの!?)
透子は休んでいた自分がマラソン選手にされかけたことにも憤慨したが、それ以上に憂喜が提案したことに唖然とした。
体育教師が現れ、生徒が整列した。
「では授業に入る前に、昨日言っていた通り、短距離走を行う。出場種目が決まっていない者は前に出てくれ」
だるそうに男子三名、女子二名が出てきた。男子のうち一人は憂喜、女子のうち一人は透子だ。
「これから百メートル走をして、早かった方がリレーの選手だ。いいか?」
よくない、と透子は思ったが口には出さない。
まず男子三人がスタートラインに並ぶ。ピストルはないので、先生が掛け声と共に手を振り下ろした。
憂喜以外の二人は、憂喜の脚については未知数である。だが「カッコつけ野郎」に負けるわけにはいかない。ここで活躍されたら余計にカッコつけられてしまう。二人は言わばクラスの男子を代表して鷲路憂喜を倒す使命を帯びているのだ。
憂喜は真ん中に位置した。スタートダッシュで先行すれば、両側からそれとなく中央寄りに走りコースを塞ぐ。これで憂喜の勝ちはなくなるはずだ。足をかけてもいいとさえ思った。
だが素晴らしいスタートダッシュを見せた憂喜は、流れるようなフォームで長い髪をなびかせダントツ一位でゴールを駆け抜けた。
百メートル走でここまで差が開くのか、というほどの惨敗だった。
「これでリレーの選手は決まりですね、先生」
息も乱れていない憂喜が平然と教師に言った。
「てめぇ、そんなにマラソンが嫌なのかよ、必死で走りやがって!」
息を乱しながら、昨日憂喜と言い合いをした伊藤が怒鳴る。だがその様子は、誰の目から見ても負け犬の遠吠えにしか見えなかった。
「じゃあ次、女子。中野と藤堂院」
スタートラインに立つ透子と中野という女子。
(う〜・・・・やだよぅ)
自分たち以外の生徒は皆、この勝負をじっと見詰めている。何十という目線が透子に注がれる。それだけで透子はもう逃げたい気分だった。そんな心境などお構いなしに、教師の腕が振り下ろされた。
結果はもちろん見るも無残な惨敗。
マラソン出場が決まった透子は、ゴール地点からトボトボと戻って来た。
みんなの目に晒された。
透子は短距離走で後ろに誰かがいたためしがない。こんな競争はするだけ無駄だった。それをわざわざみんなの目の前で証明するなんて。
(あの子が余計な提案をするから)
透子は憂喜を睨んだ。
(君はいいよ、脚が早いんだから。君がいい恰好するのは勝手だけど、あたしまで巻き込むのはやめて欲しい。もう、今日も来なきゃ良かった)
力のある者は対等な条件での力勝負を「正々堂々」と言う。だが、初めから結果が見えている勝負のどこが「正々堂々」なのか。そんなものは力のある者の論理に過ぎない。大人が子供と勝負することは「正々堂々」とは言えない。条件が一緒とはいえ、元々力の差がある者同士なのだから、不公平だと透子は思った。
その授業の間、ずっと心の中で憂喜を呪う透子だった。
授業が終わり、めいめいに更衣室に向かう。トボトボと歩く透子に憂喜が後ろから声を掛けた。
「君はマラソンがしたかったのか」
「・・・・どうして」
「真剣に走っていなかった」
「あれで精一杯なの!」
ムッときた透子は、思わず声を強張らせる。
「脚の早い人に、遅い人の気持ちなんて分からないわ」
「そうやって君は、最初から負けると決めていたんだ」
「だって・・・・そうだもん」
「本気を出して負けることは、手を抜いて負けることよりも悔しい。だから『本気を出せば勝てるんだ』という逃げ道を作っているんだ」
「違うわ、本気で走っても勝てないもの」
「どうせ勝てないなら、一生懸命走ったら損、というのか?」
「そうかも」
「マラソンは得意か?」
「全然。体力ないもの」
透子は自分がいつまで学校にいるか分からないし、体育祭の当日は休めばいいと思っていた。そうすればその競技は不戦敗か、誰かが代わりにマラソンを走ることになるだろう。それだけのことだ、と思う。誰が走っても自分より早いはずだから、クラスにとってもいいことだと思う。
透子は憂喜を無視して更衣室へと急いだ。一人残された憂喜も男子更衣室へと向かう。
(何故だ、藤堂院透子。君には力があるだろう、リレーで誰にでも勝つことの出来る力が。何故使わない?)
憂喜は他のクラスメイトが誰もいないことに気付き、急いで更衣室に向かった。
(管理局を疑いたくはないが、本当に藤堂院透子はマジカルアイテムを所持しているのか? もしくはあの校長が藤堂院透子に僕達の「任務」を伝えた・・・・だから彼女は僕達を警戒して魔法を使わない、そうも考えられるな。もしそうだとすると、あの校長を裁かなくては)
6th Future に続く
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