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4th Future 「シュークリーム協奏曲」
「いい匂い・・・・」
咲紅はどこからか漂ってくる甘い香りに足を止めた。その出所はうさみみ中学を出てすぐの商店街にある焼きたてシュークリームの店だった。店の前には制服姿の女子学生が数名並んでいる。
「美味しそうな匂いだね」
巳弥もその匂いに立ち止まる。
「買う?」
巳弥の問いに「うん」と咲紅が力強く頷く。
「あ・・・・ねぇ桜川さん、別の店でもいい?」
「お勧めがあるの?」
「方向が違うからちょっと歩くけど」
「いい。出雲さんのお勧めなら、きっと美味しいもの」
そんな根拠のない事を言いながら、甘い香りに後ろ髪を引かれる咲紅だった。
商店街から二つの通りを挟んで、繁華街から離れた場所に洋菓子屋「メロウ・プリティ」はある。職を失った姫宮ゆかりがアルバイトとして本来の姿で働いている店で、勤務時間は学校が終わってから夕方六時までと、ゆかりのスカートよりも短い。バイトとはいえ普通なら考えられない勤務時間帯だが、店長が普通ではないゴスロリメイドフェチなので、そんな衣装が似合うゆかりを大変気に入っていた。だからたとえ数時間でもバイトを続けて欲しいと頼み込まれたというわけだ。店長のお願いなので数時間とはいえ自給は高い。ゆかりにとっても、たまに気が付けば後ろからジーっと見られていることを我慢すれば美味しいバイトには違いなかった。
巳弥は咲紅を連れて、そんなゆかりが働いている「メロウ・プリティ」のドアを開けた。
「いらっしゃ〜い。あ、巳弥ちゃん」
「こんにちは、ゆか・・・・」
巳弥は思わず「ゆかりん」と言いかけて咲紅の存在に気付いた。本当のゆかりは目の前にいる二十七歳の女性で、学校に通っているゆかりんと同一人物であることは一部の人間を除いては秘密となっている。
「ゆかっ、床が綺麗ですねぇ、今日も!」
「あ、ありがとう、いつも磨いてるからねっ!」
ゆかりも巳弥の後から入って来た咲紅に気付き、話を合わせた。
「ここが出雲さんのお勧めの店なの?」
「うん」
「うわぁ」
咲紅はショーケースの中に並ぶ色取り取りのケーキたちを見て、まるで初めて見るかのように目を輝かせた。咲紅も他の女の子と同じく甘いものが好きなようだ。
「いらっしゃい、さく・・・・」
今度はゆかりが口をつぐんだ。「いらっしゃい、桜川さん」と言いかけたのだが、今のゆかりは咲紅の名前など知らないはずだ。
「さっ、さくら餅は本日売り切れでございます」
そんなメニューは元々ない。だが咲紅は「和菓子もあるんですねぇ」と本気にしていた。
「いつものシュークリーム二つお願い」
そこで巳弥が誤魔化す意味も込めて注文した。
「はぁ〜い」
そう言いながら、ゆかりが店の奥に姿を消す。
「ちょっと時間かかるから、待っててね」
「注文を受けてから焼くの?」
「ううん、そんなにかからないよ」
ゆかりが店の奥で、予め焼かれているシュー生地に、専用の機械を使ってカスタードクリームを注入する。ほどなくシュークリーム二つが運ばれて来た。
「はい」
巳弥がゆかりに向かって三百円を差し出した。それを見て咲紅も財布を出す。
「おいくらですか」
「あ、いいよ、私が払うから」
巳弥が咲紅を制した。
「百二十円だけど、お近付きの印ってことで」
「では遠慮なく頂きます」
咲紅は素直に巳弥の好意を受け、シュークリームを頬張った。
「どう?」
「・・・・ん」
一口目は上品に頬張った咲紅だが、二口目は少し大きめに口を開けた。
「・・・・んん」
「桜川さん、口に合わなかった?」
「おいしい〜!」
咲紅は目が輝かせ、足をジタバタさせた。
「こんなに美味しいの、食べたことないよ〜!」
目が潤み、涙がこぼれそうだった。口に入れてすぐに「美味しい」ではなく、二口食べて飲み込んでからの「美味しい」なので真実味に溢れている。
「そ、そう、良かった・・・・」
予想の範囲を越えていた反応に、巳弥とゆかりは咲紅の食べっぷりをただ見ているだけだった。幸せそうにシュークリームを平らげた咲紅は、財布を取り出してゆかりに向かって言った。
「買って帰りたいんですけどっ!」
「あ、はい、えっと、何個?」
「五個! あ、えっと・・・・十個!」
「じゅ、十個ですね・・・・少々お待ち下さい」
咲紅に気圧されたまま、ゆかりは十個のシュークリーム作りに取り掛かった。
「美味しいね」
咲紅が今日一番の笑顔で巳弥に向き直った。
「気に入って貰えて嬉しいけど・・・・十個も食べるの?」
「えっと、お土産。あと二人いるから」
「そうなんだ、三個ずつで桜川さんが一つ多く食べて四つ?」
「ううん、私が六個であと二つずつ」
シュークリームの箱を持って帰る咲紅は、本当に幸せそうだった。巳弥はその様子を見ていると、軽い鞄の秘密なんてどうでもいい気がした。たとえ魔法だったとしても、咲紅が悪いことをするとは思えなかったし、まして自分たちと敵対する人物だとは考えられなかった。
巳弥が考えたのは、例のこの世界に散らばった「欠陥品マジカルアイテム」が確認されている以外にもまだあったのではないかということだった。それを咲紅が偶然手にしたということは、考えられないことではない。だとすれば、そのマジカルアイテムも回収しなければならないのだろうか?
いすれにしても、巳弥やゆかりだけで答えが出る問題ではなかった。
巳弥と分かれた咲紅は、見るからに高そうなマンションに入っていった。エレベーターで十二階まで登り、ある部屋のチャイムを押した。ほどなくインターホンから声が聞こえてくる。
「合言葉は?」
「え?」
思いもしない応えに咲紅はインターホンに向かって「私だけど」と言った。
「合言葉は?」
「ハル君、冗談はやめて早く開けて」
「山」
合言葉など決めた覚えはない。咲紅は澤崎春也にこれ以上付き合ってられないと思い、彼に対して最も効果のある言葉を口にした。
「夕飯の用意、買ってきたんだけど・・・・いらないのかな」
言い終わる前にカチッという音と共にロックが外れ、ドアが開いた。
「腹減った。何だそれは?」
春也は目ざとく咲紅の持っている箱に目を付けた。先程買ったシュークリームだ。
「これは夕飯の後よ」
咲紅は制服のまま台所に向かい、巳弥と分かれてから立ち寄ったスーパーで買った肉や野菜を袋から出した。
「すぐ用意するから待ってて」
「それまでこれ、食ってていいか?」
春也はシュークリームの箱を指差した。
「駄目よ、おやつなんだから。それまでのお楽しみ。中を見ちゃ駄目よ。夕飯、すぐ支度するわ」
腕まくりをした咲紅の手の平が光った。その手をタマネギの上にかざすと、瞬く間に皮が剥け、輪切りの状態になる。続けてジャガイモ。これも皮がシュルシュルと剥がれて、いった。人参も同様だった。
鍋に水を入れる。コンロの上に置くが、火はつけない。用意した野菜を入れて蓋をし、鍋に両手をそっと添える。咲紅の両手の平が光り、しばらくするとグツグツと鍋の中が煮立ってきた。
その様子を見ながら、春也は好奇心を抑えきれずにメロウ・プリティのロゴが入った箱にそっと手を伸ばした。その瞬間、小さな影が春也の前を横切り、指に激痛が走る。
「いってぇ〜!」
春也は自分の手の甲を見た。血こそ出ていないが、赤い筋が走っている。その傷を負わせた張本人は、身軽な動きで咲紅の左肩に乗っかった。その物体の大きさは咲紅の拳ほどだった。
「痛ぇなぁ、モコ!」
「ハル君が悪いんでしょ、つまみ食いしようとするから」
咲紅はそのモコと呼ばれた小動物を肩に乗せたまま、料理の仕上げに入っていた。蓋をした鍋から蒸気が激しく吹き出ている。さながら圧力釜のようだった。
咲紅の肩にチョコンと乗っているその動物は、ハムスターのようだった。ようだったと言うのも、普通のハムスターにはない、細長い触角が2本生えていたからだ。だがそれ以外はその辺りのペットショップで見かけるハムスターと大差ないように見える。
「モコぉ、お前なんかなぁ、俺のサラにかかれば一口だぞ、丸呑み!」
「サラちゃん可哀想。主人のおかげでどんどんイメージが下品になっちゃうわ」
「いいのか、サラをここに連れてくるぞ」
「え」
咲紅の顔が強張った。
「そ、それはちょっと・・・・」
言葉遣いまで固くなる。
「本当は俺だってサラと一緒にいたいんだぞ。なのにお前が一緒に住むのは嫌だって言うから仕方なく別居してるんじゃねぇか。あぁ、可愛そうなサラ、それに俺」
「あんなの、誰だって嫌がるよ・・・・」
「何だと!?」
「あ〜ん、何でもないです。それよりほら、夕飯出来たわ」
「おっ、ビーフシチューか! 美味そう〜」
春也の機嫌を取るには、食べ物が一番効果的だ。咲紅はそれを利用し、話を逸らすことに成功した。
夕飯の用意が食卓に運ばれる。ビーフシチュー、新鮮野菜のサラダ、いつの間に炊いたのか、炊き立てのご飯が三つずつ並んだ。
「憂喜君は?」
今にも食べ始めようとする春也を制し、咲紅が聞いた。春也はスプーンを持ったまま、顎で奥の部屋を差す。それと同時に奥の部屋のドアが開いて鷲路憂喜が現れた。
「下らない・・・・」
憂喜は頭を振りながら、用意された食卓へ座った。
「んだと、ユーキ! 咲紅の作った晩飯は下らなくなんかないぞ!」
抗議する春也に眼もくれず、憂喜は箸を手にした。
「この世界に起こるのは下らない事件ばかりだ。意味のない犯行、理由なき殺人・・・・この世界を知っておこうとニュースを見ていたのだが、凡人のたかが知れてしまった」
そこまで言うと、憂喜はサラダ、御飯を口に運び、スプーンに持ち替えてビーフシチューを一口食べた。
「あぁ、てめぇ俺より先に食べたな!」
春也の抗議はまたもや無視される。
「美味しい」
「無視かよ!?」
更に猛然と抗議する春也だが、またもや無視される。
「くそ、こうなったら先にお代わりしてやる!」
春也はシチュー皿を持つと、スプーンで口にかき込んだ。
「あちちちちっ!」
舌を焼いたようだ。
コントのような春也の行動は、憂喜と咲紅に感銘を与えることなく食事が続いた。
「そんなにくだらない事件ばかりだったの?」
咲紅が先ほどのニュースについて聞く。
「この世界に興味を持って来た君は見ない方がいい。きっと幻滅する」
「良くない部分に目を瞑ると、真実は見えてこないと思うの。ある程度は把握しているつもりだけど、犯罪に対する罰が軽すぎるのよ。だから平気で罪を犯すんだわ」
「そんなレベルじゃない。金が欲しいからとお年寄りを刺し殺す。自分の子供を虐待して殺す。挙句は『人を殺してみたかった』と興味本位だ。見ていてウンザリした」
「この世界にも恵神(めぐみ)様のようなお方がいれば、犯罪なんて起きないのに」
「お前らなぁ」
春也は舌を焼きながらもシチューを平らげ、咲紅に向かってお代わりを差し出した。
「食欲をなくすような話をするなよ、もっと楽しい話をしようぜ。飯がまずくなる」
「失礼だぞ澤崎。彼女の作った御飯が美味しくないとは」
「んなこと言ってねぇ!」
「お代わりなら自分ですればいい」
「新婚さんみたいでいいじゃねぇか」
「誰と誰が新婚さんよっ!」
咲紅がシチューの鍋を指差したので、仕方なく春也は自分でお代わりをするため台所に向かった。
「ところで桜川さん、どうだった? 君の担当の出雲巳弥は」
台所に向かった春也に構わず、憂喜が咲紅に聞いた。
「まだ一日目だから。でも魔法は使っていなかったわ」
「お前、本ばっかり読んでたじゃねぇか」
シチュー皿を持った春也が戻ってきた。皿の淵から溢れんばかりにシチューがなみなみと入っている。
「でも、出雲さんと一緒に読んでいたわ」
「どうせお前が図書室に行ったら、あの子が来ただけだろ」
「それでも一緒にいたことに変わりはないわ」
「それより澤崎。君はどういうつもりだ? 姫宮ゆかりに接近し過ぎているように思うが」
「コソコソ見張ってると余計に目立つんだよ。堂々としてればいいんだ」
「あまり情を移すと任務に支障をきたすぞ」
「ゆかりんは犬か? ところでお前、何でそんなに詳しいんだ? クラスが違うのに、まるでどこかで見ていたような・・・・」
「蒼爪(そうそう)に聞いた」
「けっ、あの覗き趣味の鳥か。どこから見られているか知れたもんじゃねぇな」
「失礼な、彼は任務の為に必要なこと以外には能力を使わない」
「どうだかな。俺だったら女の子の着替えとか覗かせて、後でじっくりその様子を報告・・・・あ、それは自分の目で見ないと報告だけ聞いてもつまらないな、ちぇ」
「憂喜君、ハル君と話してるとレベルが下がるわよ」
「気をつける」
「真面目に答えるな!」
春也は手に持ったスプーンを振り回して咲紅に睨まれた。
「ハル君が不真面目すぎるのよ」
「全く・・・・どうして澤崎が僕達と一緒にここに来たのか不思議だ」
「それはこの前に話したでしょ、憂喜君。レベルが同じ者ばかりだと偏見を生むかもしれないから、レベルの違った者を同行させたんだろうって」
「僕達に任せておけば、間違いはないのに」
「いや、チーフの判断は正しいと思うぜ。お前らだけだったら、絶対に偏見が生まれる」
「偏見とは偏った意見という意味だ。僕はいつも一般的に見て正しい判断をしているつもりだが」
「一般的な意見が正しい意見だとは限らないぞ」
「ご馳走様」
憂喜と春也の言い合いを他所に、咲紅はさっさと夕飯を終わらせた。
「さ、食後のおやつにするわよ」
「ちょ、ちょっと待て! 咲紅、自分が食べ終えたからって、それはないだろう? ユーキだって・・・・」
春也は憂喜の前に置かれている食器を見て言葉を失った。彼も既に食事を終えていたのだ。春也と言い合いをしていたはずなのだが、いつの間に食べたのだろう。
「食事を終えていないのは君だけだぞ。喋ってばかりいるからだ」
「ふん、お前お代わりしてないだろ。もっと食わないと大きくならないぞ」
春也は残ったシチューをかき込むと「ご馳走様!」と皿を置いた。咲紅はそれを見て、両手をテーブルの上に翳す。数々の食器が宙に浮き、台所に向かって飛んだ。
「見たところ急いでいるようだけど・・・・食後に何を食べるんだ?」
「憂喜君にもあげるから心配しないで」
「いや、心配などしていないが・・・・」
飛んできた布巾でテーブルが綺麗に磨かれ、その上に咲紅自らが持ってきた「メロウ・プリティ」の箱が置かれた。
「じゃ〜ん、シュークリームだよ」
しばしの沈黙。
沈黙を破ったのは春也だった。
「シュークリーム・・・・? な、何だ、もっと凄い物かと思った」
「なによ、ハル君にはあげないんだから」
「うわぁ、シュークリームだぁ、俺、大好物なんだ! 嬉しいなぁ」
そんな春也の臭い演技に目もくれず、咲紅はシュークリームの箱を開けた。その様子を見ていた憂喜が椅子を引いて席を立つ。
「悪いけど、僕はそういう物は食べないから」
「美味しいんだよ?」
咲紅はシュークリームを一つ手に取ると、憂喜に向かって差し出した。
「大体、それはカロリーも糖分も高く、体に良くない食べ物だろう」
「ここでは普通の食べ物なんだから、食べても大丈夫だって」
「いや、本当にいい」
「デリシャスだよ」
「いいって」
「じゃ、私が食べるね」
そう言うなり、咲紅はシュークリームを頬張った。
「ほいひい〜!」
「・・・・」
大袈裟な、と憂喜は自分の部屋へ戻ろうとした。だが、
「うめぇよ、これ! なぁ、咲紅!」
という春也の声に足を止めて振り返った。
「そうでしょ〜、最高でしょ〜!」
「もう一個くれよ!」
「嫌だよ〜!」
「くれって!」
「仕方ないなぁ、じゃあ一個だけね!」
「ケチだなぁ、くそ〜!」
「・・・・」
憂喜はシュークリームに狂喜乱舞する二人の様子を呆然と見ていた。
「そんなに・・・・美味しいのか」
悔しいが、ここまで美味しがられると興味が沸く。憂喜は部屋に戻ろうとした足をテーブルへとゆっくり戻した。
「でも、憂喜君は食べないんでしょ? 私が代わりに食べておくから心配しないで!」
「可哀想だよなぁ、ユーキ! こんな美味いものを食べられないなんて!」
「・・・・たまには庶民的な物を食べてみるのも悪くないかもしれないな」
スッ、と憂喜の手が咲紅の前に差し出される。
「無理しなくていいよ、憂喜君の分は私が食べるってば」
一口、また一口とシュークリームが咲紅の口の中へ消えてゆく。既に三つ目がお腹に収まっていた。
「そんなに食べると太るぞ。一つ食べてやろう」
「いいよ、このシュークリームで太っても本望だもん」
「ちなみにそれは健康基準値をクリアしているのか? 見たところ、糖分やカロリーが完全に違反しているように思えるが」
「ここは下界だからいいの! 栄養基準値は私達の世界の決まりごとでしょ?」
普段は真面目な咲紅にそこまで言わせるシュークリームとはどれほどの味なのだろう。憂喜はますます興味を持った。
彼らの世界にもシュークリームはある。憂喜も何度か食べたことはあるが、フワフワして食感がなく、妙に甘ったるくてクリームがはみ出て食べ辛いという印象しかない。だが咲紅の食べているものを見れば、表面の生地は色が濃く、噛めばパリパリと音がしていた。
憂喜は再度、手を差し出した。
「たまには糖分も取らなければ・・・・」
「憂喜君、一度決めたことは曲げない主義だよね? さっき、いらないって言ったよ」
「これしきのこと、曲げるとか曲げないとか言うほどのことでは・・・・」
「前に、決意に大きいも小さいもないって言ってなかった?」
以前に一度言っただけのことを、咲紅は覚えていた。
「・・・・ください」
遂に憂喜は折れた。
「最初からそう言えばいいのに」
咲紅からシュークリームを受け取る憂喜の心には、敗北感が漂っていた。憂喜はそれを他の二人に見せないために「部屋で食べる」と言って出て行った。
「・・・・」
ちょっとした敗北感を感じつつ、憂喜は椅子に座って手にしたシュークリームを睨んだ。
(こんなもののために、僕のポリシーが・・・・)
冷静になってみれば、こんなお菓子ごときに惑わされた自分が恥ずかしい。手に入れるために卑屈になった自分に腹が立った。
(こんなもののために・・・・)
1口かじってみる。フニャフニャの生地を破れば、そこから甘ったるいクリームがボテっと出てきて中途半端な食感が口内を満たすのだというイメージを憂喜は抱いていた。
(・・・・)
サクサクとした生地の心地良い歯応え。トロリと流れ出るクリームのなめらかな舌触りと適度な甘さ。生地とクリームが絡み合い、口の中に残ることなく喉を通過する。
(・・・・)
憂喜はそのシュークリームを最後まで無言で食べ続けた。
5th Future に続く
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