話数選択へ戻る
3rd Future 「エンジョイ昼休み」
まだ強い日差しを避け、ゆかり達は木陰の下に陣を構えた。
「ここなら日が当たらないね」
「うん」
地上に出ている大木の根に腰を降ろした人は、めいめいにお弁当箱を広げ始める。それぞれ自分で作ったお弁当だ。
「巳弥ちゃん、それの着心地はどう?」
ゆかりは座った巳弥のスカートから伸びた脚に目をやった。
「これ? うん、最初はちょっと違和感があったけど、慣れちゃった。何も着ていないみたい」
「へぇ、凄いね」
「?」
ゆかりと巳弥の話を聞きながら、何の話か分からないみここが首を傾げた。巳弥がそれに気付く。
「そうか、みここちゃんは知らないんだったね。知ってる? 私がずっと麦藁帽子を被って、夏でも長袖で登校してたの」
「・・・・うん。体が弱いからだって聞いたよ」
「私、肌が弱くて・・・・日光を浴びたら炎症を起こしちゃう体質だったの」
そこまで言って、巳弥は「自分の正体を言ってもいいのだろうか?」と思ったが、そこまで話が飛ぶとにわかに信じられないことだろうと思ったので、その点に関しては伏せておくことにした。
「じゃあ、もう病気は治ったの?」
「治ってないし、元々病気とは違うんだけど・・・・ほら、見て」
巳弥はみここの前に腕を出した。陽に焼けていない、真っ白な肌だ。
「綺麗な肌だね」
「触ってみて」
「え? う、うん・・・・」
みここは言われるままにそっと巳弥の腕を撫でてみた。予想していた感触ではない、何かすべすべした生地のような感じがする。
「・・・・?」
「実はね、光を九十五%以上遮断する凄く薄いスーツを着ているんだ」
「ええ〜?」
もう一度触ってみる。そう言われれば、何かを着ている気はする。だがその生地は厚みも色もなく、違和感を感じなかった。
「通気性もいいんだよ」
「顔は?」
みここが巳弥の顔をマジマジと見る。
「さすがに顔は・・・・ほら、ご飯食べたりするでしょ? だから顔だけ帽子で守ってるの」
「凄いねぇ、どこで買ったの?」
「え? あ、えっとね、商品じゃないの」
まさかイニシエートで開発されたものだとは言えず、巳弥は「知り合いに科学者がいて、これは試験的に作ったもの」と適当なことを言っておいた。
巳弥が現在身に付けているのは改良型カメレオンスーツ「エアースーツ」である。名前の由来は「空気のように軽く透明である」「着ているという感覚がない」「通気性が良い」という点から名付けられた。先月、イニシエートの学者である紅嵐(クラン)が試作品として発明したらしい。「らしい」と言うのは、ある日、切手を貼っていない小包に入れられて出雲家のポストに入っていたからだ。予備も含めて七着入っていた。一週間、毎日着替えられるようにとの配慮なのだろう。極薄なので、畳めばポケットにでも入る大きさになるので、持ち運びにも便利だった。誰が届けたのかは不明だが、せっかく来たのだからお茶でも飲んでいけばよかったのに、と巳弥は思った。
ちなみに現在、出雲家に転がり込んだ莉夜が着ているのと同じものである。言うまでもないが「転がり込んだ」と言ってもきちんと玄関から歩いて入ったのであって、決してゴロゴロと転がりながら出雲家に入ったわけではない。
「話、長くなっちゃったね。お弁当、食べよ」
その身の上から友達を作らなかった巳弥だが(第2部参照)、最近は多少明るくなってきた。ゆかりたちの影響もあるだろう。そんな巳弥だから、何となくクラスに馴染めないでいるみここの友達になりたいと思った。なってあげよう、という恩着せがましい考え方ではなく、なりたい、なって欲しいと思う。
「いただきま〜す」
みここもまた、こうして一緒にお弁当を食べたりお喋りをする友達が欲しかった。苛められるようになってからは、特に誰とも口をきかない日々が続いていたため、今回のマジカルアイテムを巡る騒動はみここにとって良い転機であったと言えるだろう。一時はマジカルハンマーを手に入れてゆかり達の敵になった恰好にはなったが、最後は一緒に戦ったこともあり、双方の間には恨みもわだかまりも全くなかったので、ごく自然に「仲間」として意識できるようになっていた。
また、何かあるたびに人間、非人間を問わず友達が増えていくので、ゆかりは不謹慎ながら「何か事件が起きないかな」とさえ思っていた。
そう、この時は既に起こっていることを全く知らないまま。
「何だ、ここにいたのか」
春也の姿を見た途端、ゆかりは危うく箸を落としかけた。
「な、何よ、まだ食べてる途中でしょ!」
「だから来たんじゃないか」
春也は購買で買ったパンの袋を示し、ゆかりの前にあった大きな石に腰掛けた。
「一緒に食おうぜ」
「だって・・・・」
ゆかりは「迷惑でしょ」という視線を春也に送った後、巳弥とみここを見た。
「わ、私は別に・・・・」
「あ、あたしもいいよ・・・・」
二人はゆかりを助けてくれなかった。
「ほら、二人もいいってさ。しかしゆかりん、お前スカート短いな。へへ、ここ特等席だ」
「やっ・・・・」
元々中までは見えてはいないのだが、ゆかりは慌てて脚を閉じ、お弁当箱の包みを太腿の上に乗せた。
(こいつ、ユタカに負けず劣らずスケベかも)
ユタカとは本名・相楽豊(さがら・ゆたか)というサラリーマンなのだが、多分後で出てくるのでここでは説明しない。賢明な読者様なら既にご承知のはずだ。
「どうしたゆかりん、耳が真っ赤だぞ」
「誰のせいよっ!」
「俺か? なるほど、俺に惚れたな?」
「な、何でそうなるの!」
「俺が原因で顔が真っ赤になるんだから、俺に惚れたとしか考えられぬ」
「・・・・」
「図星だ」
「・・・・」
ゆかりは横を向いて無視を決め込んだ。
「お、その卵焼き美味そう」
そんな態度にお構いなく、春也はゆかりのお弁当を覗き込んできた。
「・・・・」
「美味そうだなぁ」
「・・・・」
「いい色をしてるし、艶もいいなぁ」
「・・・・」
「ちょっとでいいから味見したいなぁ」
「もう、分かったよぅ」
ゆかりは卵焼きを一つ箸で摘むと、春也の持っている焼きそばパンの切り込み部分に差し込んだ。
「くれるのか? 悪いなぁ」
「ほとんど強奪じゃない!」
「出来れば箸で『あ〜ん』ってやって欲しかったぞ」
春也がそう言い終わると同時に、向こう脛にゆかりのつま先がクリティカルヒットした。これぞゆかりの「キューティーキック」である。
「おうっ!」
春也はあまりの痛みに顔を歪めながらも、頂戴した卵焼きを落とさぬよう踏ん張った。
「ふう、危うく卵焼きを落とすところだったぞ」
「意地汚いんだから・・・・」
「せっかくゆかりんがくれた卵焼きだ。地面に落としたりなんて出来るか。土が付いたって、払って食うけどな」
「・・・・」
「ゆかりん」
春也のブルーの瞳がゆかりをマジマジと見た。
「な、何よ」
「ウインナーはタコさんがいい」
春也が指差したのは、切れ目の3本入ったウインナーだった。
「タ、タコさんは広がって場所を取るから、今日はしなかったの! ていうか、あなたのために作ってるじゃないんだから、注文つけないでよね!」
「あなた・・・・うん、いい響きだなぁ。もう1回呼んでくれよ、1文字ずつ区切って、あ・な・たって」
「あっち行け〜!」
そんなやりとりを見ながら、巳弥とみここは箸を進めていた。
「ゆかりんて・・・・からかい甲斐があるよね」
巳弥がみここに囁く。みここはちょっと笑ってから俯き加減で言った。
「でも、ちょっと羨ましいな。あたしだったら、最初に何も言えなくなっちゃう。そのまま話が終わっちゃって、面白くないもん」
「私もそう。だからゆかりんといると、楽しい。ねぇ、澤崎君って、ゆかりんのこと好きなのかな?」
「でも、知り合ったばっかりだよ。一目惚れってこと?」
からかう春也と真っ赤になりながら反撃するゆかりを、巳弥とみここは口出しもせず暖かく見守った。
静まり返った室内に、ドアを開けるガラガラという音が響いた。
「やっぱりここにいたのか、咲紅」
咲紅は本を読んでいた顔を上げ、静寂を破った声の主を見た。
「お前のことだからここだろうと思って来たんだ」
澤崎春也は、結局ゆかりに校内を案内して貰えなかった。昼休みに調子に乗ってからかい過ぎたので時間がなくなり、それでゆかりが腹を立てて、授業が終わるとさっさと下校してしまった。ゆかりに言わせれば「案内してあげる」という約束はしていないので約束を破ったことにはならない。そんなわけで、春也はこの図書室に来るまでに数人の生徒に場所を聞くはめになった。
「ハル君、図書室では小さな声で話して」
そう言いながら、咲紅は本に目線を戻した。
「誰もいないんだから、いいだろ。迷惑かからないんだし。大体お前、本なんか読んでる場合じゃないだろ? お前は出雲・・・・」
「しっ」
咲紅が唇に人差し指を当てた。
「ん?」
咲紅が無言で奥の棚を指差す。春也が耳を澄ますと、コトコトと微かに物音がしていた。
「誰かいるのか」
「誰か、じゃないよ。もう、早く出てってよハル君」
「よくそんな字ばっかりの本を好んで読めるよな。俺にとっては拷問だぞ。まさかお前、マゾっ気があるのか?」
「馬鹿なこと言ってないで。私まで品が悪いと思われるわ」
咲紅は本から目を離さない。
「俺は品がないって言うのか。そんなことよりお前、仕事を・・・・」
そこまで言って春也は、図書室の奥から出て来た人物を見て口をつぐんだ。
「あ」
五冊ほど重そうな本を持った巳弥が、春也を見て立ち止まった。
(出雲・・・・巳弥。そうか、そういうことか)
「澤崎君も本を読みに来たの?」
巳弥はそう言いながら机の上に本を置いた。
「いや、俺は活字アレルギーだからな。実は図書室の匂いだけでも蕁麻疹が出るんだ」
「可哀想・・・・」
巳弥に真剣な顔で同情された春也は、咲紅と目配せをして図書室を後にした。春也はとりあえず巳弥も冗談が通じないと分かっただけでも収穫だと思っておくことにする。
(咲紅は咲紅で、ちゃんと仕事をしてるってことだな。余計な心配だったか)
春也は咲紅が巳弥をマークするために図書室に来て、本を読んでいる振りをしているのだと思った。
だが、事実は違っていた。
授業もホームルームも終わって放課後になった時点で、咲紅は一目散に図書室を目指した。彼女は無類の本好きで、食べることや寝ることよりも好きな困った性格の持ち主だった。そんな咲紅だから、この世界にはどんな本があるのか、とめどなく湧き出る興味を抑えるのに苦労した。昼休みは我慢できずに昼食そっちのけで本を読み漁ったのだが、一時間では物足りなかった。そして放課後になり、待ちかねた咲紅はここに駆け込んだ。その後に巳弥がやって来た。と言うわけだ。決して巳弥の監視をするためにここに来たわけではない。結果としてそうなっただけのことだ。
巳弥は一心不乱に本を読んでいる咲紅から少し離れた椅子を引き、座った。近過ぎては邪魔だし、遠過ぎては避けているのかと思われる。巳弥はそういう所を真剣に考えてしまうタチなので席を決めて座るまで少し時間がかかった。
「出雲さんも本、好きなの?」
咲紅が本から目を離さずに話し掛ける。
「うん、毎日じゃないけどよく来るよ」
巳弥はその体質から、どうしても部屋で過ごす時間が多かった。だから幼い頃から本を読む習慣が出来ている。読書感想文の宿題にも苦労はしなかった。
巳弥は集めて来た本の内の一冊を開いた。ハードカバーで、タイトルは「日本神話の謎」。
「出雲さん、神話に興味あるの?」
相変わらず本から目を離さない咲紅が聞いてきた。どうやって自分の持っている本を見たのかと巳弥は不思議に思った。
「う、うん、ちょっと・・・・」
出雲神話に出てくるヤマタノオロチ、それが自分の血のルーツである。神話の本を読んでどれだけ真実が分かるのかは謎だが、少しでも知っておきたいと巳弥は思っていた。
一方の咲紅は、この世界、特に日本に関する歴史、自然に関する本を片っ端から読んでいた。少し速読気味だが、そうでもしなければこの図書室の本全てを読破することが出来ない。
「桜川さんは歴史が好きなの?」
「好きって言うか、この世界を知っておきたいから」
「この世界を・・・・知る?」
「あっ」
ドキッとした咲紅だったが、巳弥は感心したように「凄いね」と言った。
「日本だけじゃなくて、世界を知りたいなんて国際的だよね。私なんて日本だけでもまだまだなのに。桜川さん、社会が得意なの?」
「う、うん、どっちかと言えばそうかな」
咲紅は本を読む時にだけ使用する眼鏡を正しながら答えた。再び日本神話の本に目を落とした巳弥を見て、安心して自分も読書に戻る。
(こうして歴史にざっと目を通してみても、いつもどこかで戦争が起きてる。世界が一つの国なら、素晴らしい指導者がいれば、醜い争いなんて起きないのに)
何千、何万と人が死ぬ。
人の死は、一人だけでも悲しいのに。
どうして争うんだろう、殺し合うんだろう。
(作れるのに。私たちの世界のように争いのない世界が・・・・)
ページを捲る音が聞こえなくなったので巳弥が顔を上げると、咲紅が涙を流していた。
(泣いてる・・・・? 歴史の本なのに?)
悲しい物語を読んでいるならまだしも、咲紅が読んでいるのは世界の歴史である。確かに過去には様々な悲しい事件があるだろうが、本はただ無感情に事実を述べているだけのはずだ。
巳弥がそんなことを考えていると、咲紅の流した涙が開いた本の上にポタリと落ちた。それに気付いた咲紅は、慌てて胸ポケットからハンカチを取り出して落ちた涙を拭いた。だが既に涙は染み込んでしまっている。
「あぁ・・・・どうしよう」
「大丈夫だよ、色が残るわけじゃないから」
その言葉を聞いた咲紅が、ようやく巳弥の視線に気付く。
「でも、公共物なのに・・・・」
「もともとそんなに綺麗じゃないし、それに・・・・ほとんど読まれない本だと思う」
「どうして? 自分たちの世界の歴史だから、本なんか読まなくても知ってるってこと?」
「授業で教わるのに、わざわざ図書室で読む必要なんてないから・・・・かな。教科書に載ってないことは、テストには関係ないから」
「テストのために歴史を覚えるってこと? 興味はないけど仕方なく?」
「そう・・・・かな、やっぱり」
「出雲さんもそうなの?」
咲紅の視線が自分の読んでいる「日本神話の謎」に向けられたので、巳弥は慌てて否定した。
「日本神話はテストには出ないよ、もちろん」
「出ないの? どうして?」
「えっと・・・・」
分かり切ったことをわざわざ言ってしまったと思った巳弥は、まさか「どうして?」と聞かれるとは思ってもみなかった。
「だって、本当の歴史じゃないでしょ? 作り話って言うか、言い伝えだから・・・・」
イニシエートやトゥラビアの存在を知った今では、異世界の住人の存在を否定する理由はない。巳弥自身が出雲神話に出てくるヤマタノオロチの血を引いているのだから。ただ「神」という存在だけはにわかに信じ難いのは事実だ。妖怪は存在したとしても、まだ現実味はある。現に闇の国・イニシエートの存在を知っているからだ。だが神様の存在となると、どうしても巳弥にはピンと来なかった。抽象的な存在という気がする。
「言い伝え、ね・・・・」
咲紅は視線を巳弥から読書中の本に戻した。それを見て巳弥も読書に戻る。その瞬間、咲紅の口から独り言のようなつぶやきが漏れた。
「そうやって、都合の悪いことはみんな忘れていくのね、人って・・・・」
「え?」
よく聞き取れなかった巳弥はそう聞き返したが、咲紅は本の世界へと没入していた。
うさみみ中学では、午後五時半になるとチャイムが鳴る。生徒最終下校チャイム、通称下校鈴(げこりん)が聞こえ、巳弥と咲紅は同時に時計を見た。
「もうこんな時間!」
巳弥が慌てて本を閉じたのを見て、咲紅が質問する。
「こんな時間って?」
「今のチャイムが鳴ったら、生徒は帰らないといけないの。先生が各教室に鍵を掛けて回るから、ここも早く出ないと」
「まだ少ししか読んでないのに・・・・」
咲紅の「少し」がどれだけのものか分からないが、既に四冊の本が読破されていた。
「明日また来ればいいよ。それとも、借りて帰る?」
「え、持って帰っていいの?」
「貸し出し簿に書けばいいだけだから」
巳弥はそう言いながら、図書室の隅にある机に向かった。その上には薄いノートが置いてある。
「ここに本の名前と自分のクラス、名前を書けば一週間まで借りることが出来るよ」
「何冊借りてもいいの?」
「上限ってあったかなぁ・・・・一度に借りなくても、読んじゃったら明日また借りればいいんじゃないかな」
「うん、じゃとりあえずこれだけ借りる」
咲紅は分厚い本を五冊積み上げ、タイトルを記入していった。
「桜川さん、本好きなんだね」
「出雲さんもね。あなたは何か借りる?」
「ううん、私はいい。借りるほどでもないから」
巳弥は本棚から持ってきた本を元の場所に返した。結局全部に目を通すことは出来なかったが、明日また来ればいい。日本神話の本を借りて帰る生徒は他にいないだろう。
「お〜い、鍵、閉めるぞ〜」
図書室のドアが開き、戸締り担当の先生が顔を出した。巳弥と咲紅は図書室を出て校門に向かう。すぐ帰れるように、鞄は持ってきていた。
「桜川さん、家はどこ?」
「えっと、こっち」
「あ、私と一緒。あの・・・・一緒に、帰る?」
「うん」
巳弥はゆかりと家が反対方向なので、登下校は一人だった。いつもは学校に着く寸前でゆかりに会うのだが、それまではゆかりたちと出会う前と同じく一人である。だから、こうして一緒に下校できる友達が出来て嬉しかった。
(あれ、私、もう友達だって思ってる・・・・)
咲紅も本が好きだという共通点はあるが、いきなり友達と呼んでいいのだろうか? 図々しいと思われないだろうか? 巳弥は戸惑った。今まで自分から友達を作ろうなどとは思わなかったので、どうしていいのか分からなかった。
嫌われるのが怖い。
そういえば、いつになく積極的に話をしている自分に気付く。ゆかり達と一緒にいるからだろうか、心境の変化を巳弥自身も感じていた。
(あれ・・・・?)
巳弥は咲紅の歩く姿を見て、違和感を感じた。咲紅は登校時の三倍ほどの重さになった鞄を持っていたのだが、さほど重さを感じていないかのように歩みを進めている。よほど腕力と脚力を鍛えている者で泣ければ不可能な歩き方だった。
「さ、桜川さん」
「なに?」
「運動とか、得意?」
「ううん、全然」
「トレーニングとかしてる?」
「ううん」
そう言われれば、半袖の制服から伸びた咲紅の腕は、ともすれば巳弥のものより細い。およそ筋トレには縁がなさそうだった。
(ひょっとして、分厚い本だったけど、軽いのかな?)
ハードカバーの本はかなりの重さがあるはずだ。あれだけの冊数を入れた鞄は相当な重さだと思うのだが、案外軽いのかもしれない。興味が湧いたので、巳弥は鞄を持たせて貰うことにした。
「!」
軽い。
有り得ない軽さだった。本が意外と軽いという次元の問題ではない。鞄そのものの重さもなかった。
(どうして・・・・?)
確かに図書室で借りた本が入っているはずだ。教科書もそれなりに入っている。「どうしてこんなに軽いの?」と聞こうと思った巳弥だが、思い直して無言のまま鞄を咲紅に返した。咲紅は何故巳弥が鞄を持ちたかったのか分からなかった。
巳弥は桜川咲紅と澤崎春也。二人の転校生が自分とゆかりを見ていたことを思い出した。
(あの鞄の軽さには何か秘密がある・・・・そう、例えば魔法を使ったような、何かが)
4th Future に続く
話数選択へ戻る