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タイトル


 1st Future 「美しき訪問者・冴」


 辺り一面が眩しく輝く光の国、トゥラビア。
 道路も、建物も、街並みの全てが光を放っており、その光景に慣れていない者なら目を細めなければならないほどだった。建物は総じて人間が入るには小さ過ぎる大きさだが、それもそのはず、この世界の住人は身長五十センチほどで、人間界の生き物で言えば「ウサギ」だった。ウサギと違う所は、二足歩行で服を着ており、会話もする。
 そのトゥラビアに人間の姿をした者が現れたのは、トゥラビア時間で二日前のことだった。端整な顔立ちで、腰まである漆塗りのような艶のある黒髪に、対照的な淡い白のワンピース。その丈は膝上15センチはあろうかという見事なミニで、裾には細かいレースがあしらわれていた。よく見るとその表面は普通の布とは違い、光を反射し、まるで水面のようにユラユラと揺れていた。生地は薄く見えるのに透けて見えないところを見ると、本当に水というわけではなさそうである。
 年の頃は十代後半、せいぜい二十歳、少女と呼ぶか女性と呼ぼうかと迷うところだ。
 そんな飾り気のない彼女の左腕には、濃いブルーの石がはめ込まれたブレスレットが光を放っていた。
「何者だ!」
 外界の者がいるという市民の通報を聞き、トゥラビアの警官と呼ぶべき「騎士団」の内の三人が駆けつけた。それぞれ手には警棒のようなものを所持している。
「まぁ、可愛い。ぬいぐるみみたい」
 それが、娘のトゥラビアの騎士団を見ての第一声だった。その反応に敵意を感じなかった騎士団員は、警戒を解いて話し掛けた。
「あの、人間界の方でしょうか?」
 このトゥラビアと人間界は、トゥラビアの魔法技術で行き来が可能である。よって、この世界に人間が来ることはそれほど不思議ではない。かつてはどの世界とも交流を持っていなかったトゥラビアだが、ある事件がきっかけで人間界と少なからず関わりを持ったのだ。
「う〜ん、ちょっと違うかな」
「では・・・・」
「私は『神の国』から来たのよ」


 トゥラビアを治めているのは、トゥラビア王である。
 そのトゥラビア王が住んでいるトゥラビア宮殿は、首都のど真ん中に位置する。そのまた中心に、王の間があった。
 王がいつものように書斎で雑務に追われていた時、何やら騒がしい物音や叫びが聞こえてきた。何事だろうと部屋を出て物音のする謁見の間に顔を出すと、1人の娘を数人のトゥラビア兵が取り囲んでいた。
「何事だね?」
「お下がりください陛下! この娘、怪しい力を持っています!」
「怪しいなんて心外。あなたたちと同じ魔法の力なのに」
「魔法だと?」
 トゥラビア人はその体格から、争いには不向きである。そんなトゥラビアが異世界から身を守る為の力、それが魔法だった。このトゥラビアが魔法の国となったのは地球時間でここ十数年、二十年足らずの間で、短い間に急成長を遂げていた。
「丁度いいですわ、トゥラビア王。あなたに会いに来ましたの」
「私に?」
「お話したいだけなのに、この子たちったら会わせないって言うんだもの」
 少女は取り囲まれているにも関わらず、そのままトゥラビア王に向かって歩を進めた。トゥラビア人は目線が低いため、少女のミニスカートから伸びたスラリとした脚に気を取られそうになる。
「それ以上、近付くな!」
 隊長格のトゥラビア兵が警棒を振り上げた。その先端から光が伸び、少女の体に向かって飛ぶ。少女を拘束するために伸びたその光のロープは、だが、優雅に舞った少女の指に巻き取られ、そのままロープを放ったトゥラビア兵に返された。
「ぎゃっ」
 トゥラビア兵は光のロープに巻きつかれ、バランスを失ってその場に倒れた。
「あなたたちの魔法とは桁が違うけど」
 少女がブレスレットを付けた左腕を掲げると、瞬く間にその場にいたトゥラビア兵全員が1本のロープに巻きつかれ、身動きが出来なくなった。
「何と・・・・」
 その光景を見たトゥラビア王が感じたのは恐怖ではなかった。
「何と・・・・美しい」
「ありがとうございます」
 少女は素直に微笑むと、もがくトゥラビア兵の横をすり抜けてトゥラビア王に近付き、一礼して膝をついた。
「初めてお目にかかります、トゥラビア王様」
「あ、いや、こちらこそ」
 少女の態度を見て、王も玉座に座った。
「冴(さえ)と申します。エミネントを代表して、王にお話があって参りました。少し手荒くなったこと、お許し下さい。何となく、みなさん可愛かったので、その・・・・からかって見たくなりました」
「エミネント?」
 トゥラビア王は記憶の引き出しを探ってみたが、聞き覚えのない単語だった。
「人間ではないのですか?」
「人間・・・・と言えば人間です。あなた方の知る人間とは程度が違いますが。だから、そう・・・・あちらの人達が私たちを人間とは認めないのです」
「人間界の人間より優れていると?」
「その辺りは追い追い。本題はそこではありませんから」
 黒い瞳に真っ直ぐ見られ、トゥラビア王はたじろいだ。ミニのワンピースで立膝をしている少女の脚が気になるが、それに目を移せないほどの眼力を感じる。
「本題とは・・・・?」
「マジカルアイテムの、人間界への流出について」
「!」
(この少女・・・・何者だ?)
 デレっとしていたトゥラビア王の背筋が伸びた。


 携帯電話の着信メロディが鳴った。
 姫宮(ひめみや)ゆかりはお気に入りのピンクの携帯電話を手に取り、画面を見た。発信者は「みやちゃん」。出雲巳弥(いずも みや)、ゆかりの友達だ。ゆかりは受話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし、巳弥ちゃん?」
「ゆかりん、夜遅くにごめんね」
「まだ十一時だよ」
 二十七歳のゆかりにとって夜の十一時は「まだ十一時」でも、現役中学生の巳弥にとっては「もう十一時」なのだろう。
「なにかあった?」
「うんとね、おじいちゃんからの伝言なんだけど・・・・」
「校長先生から?」
 巳弥の祖父は、巳弥の通う卯佐美第3中学校(通称、うさみみ中学)の校長先生を務めている。
「ゆかり、何か悪いことしたっけ・・・・」
「ううん、違うの。お願いなんだけど・・・・マジカルアイテムが全て回収されて、ゆかりんたちが学校に行く必要がなくなっちゃったわけでしょ?」
「そう言われれば、そうだよね。ゆかり、明日も普通に学校に行くつもりだったよ」
 トゥラビアから持ち出されたマジカルアイテムを回収するために、魔法で中学生になってうさみみ中学に通っていたゆかりだったが、現在、悪戦苦闘の末にマジカルアイテムは全てゆかりたちの手元にある。よって、ゆかりたちが学校に行く理由はなくなったはずだった。
「でもね、明日からも学校に通って欲しいって伝えてくれって、おじいちゃんが」
「ふぇ、そうなの?」
 ゆかりは任務で学校に通っていたのだが、それ以上に学校生活が楽しかった。だから、これからも学校に来て欲しいという申し出は願ったりのことだ。
「でも、どうしてかな?」
「それが・・・・私にも教えてくれないの」
「ふぅん・・・・ゆかりのミニスカ制服姿が見たいからとか?」
「おじいちゃん、ああ見えて結構、そういう所あるから・・・・」
 可愛い孫にそんなことを言われているとは思ってもいない巳弥の祖父は、イニシエートという闇の世界の住人である。詳しくは第二部を参照して頂くとして、巳弥もイニシエートの血を受け継いでいる。
「でも、おじいちゃん・・・・いつになく真剣な顔をしてたよ」
「そんなにゆかりの制服姿が見たいのかぁ・・・・や、ひょっとしたら体操服姿? ゆかりが年上好きだって言っても、巳弥ちゃんのおじいちゃんはパスだよ」
「あはは・・・・」
(でも、本当にどうしてだろう? ゆかりんが「このまま学校に通っていい?」っておじいちゃんに言うのなら分かるんだけど・・・・おじいちゃんからゆかりんにお願いするなんて。それに・・・・)
「そうだ、透子(とうこ)さんも一緒にって言われてるの」
「透子も?」
「私から電話した方がいい? それとも・・・・」
「それなら、ゆかりから透子に電話しておくよ」
 それからしばらく雑談を交わし、ゆかりと巳弥は通話を終えた。
(学校に行くのはいいとして、これ、どうすればいいんだろ?)
 ゆかりは机の上に置かれたピコピコハンマーと、床に置かれた塵取りを1つずつ手に取ってみた。
(早く返さないといけないのになぁ。全く、ミズタマったらどこで遊んでるんだろ)
 それら2つは、トゥラビアのマジカルアイテムだった。
 トゥラビアから盗まれて人間界に捨てられたマジカルアイテムを拾った人間が騒動を起こし、それらを回収するためにゆかりたちが奮闘して、ようやく全てのマジカルアイテムを揃えることが出来たのは今日のことであった。
 後はトゥラビアにそれらを持っていけば任務完了なのだが、トゥラビアに通じるゲートをゆかりたちは知らない。トゥラビアの住人であり、ゆかりたちにマジカルアイテムを授けた者が別行動でマジカルアイテムを探していたのだが、その者と合流しないことにはトゥラビアには行けない。
 ゆかりは巳弥からの話を伝えるため、同じ魔女っ娘仲間の藤堂院透子(とうどういん とうこ)に電話することにした。
 携帯電話の履歴画面を開き、リダイヤルする。だが、なかなか相手が出ない。
「出ないなぁ、お風呂かな?」
「はい、透子です。メッセージをお願いね。良くない知らせはお断りだよ」
 しばらくの呼び出しの後、留守番電話に切り替わった。仕方ないのでゆかりがメッセージを入れようとしたその時、通話モードに切り替わってガザゴソと音が聞こえた。
「もしもし、透子?」
「ん〜・・・・」
「ひょっとして、寝てた?」
「熟睡・・・・」
「ごめん、だってまだ十一時だし・・・・」
「十時に寝たよぅ」
 中学生の巳弥より早かった。
 実はもっと前から眠かったのだが、夜の九時から音楽番組があり、最近の透子のお気に入りである平川堅と滝山秀明の新ユニット「ケンタッキー」が出演するので、それを見ていたので遅くなったのだ。ちなみに新曲は「翼をあげる」だ。
「熟睡なのに、よく起きたね」
「ベッドの棚に置いてた携帯が、振動で動いて頭に落ちてきた・・・・」
「ご愁傷様」
「どういたしまして・・・・」
 普段の透子は深夜番組を見たりゲームをしたりで寝るのは遅いのだが、今日は色々あって疲れていたので、バタンキューだった。
「ゆかり、こんな夜中にどうしたの?」
「まだ夜中じゃないんだけど・・・・」
 ゆかりは巳弥から聞いたことを透子にも話した。透子が寝ぼけ気味だったので、伝わっているかどうか心配だったが、取りあえず最後まで話し終えた。
「と、いうわけ」
「明日はやだ、ゆっくり寝たい」
 切実かつ端的な願いだった。
「う〜ん、じゃあゆかりだけ行くよ。透子は明後日からでいいから」
「うん、それじゃおやすみ」
 そこまで言うと、透子は通話を切った。寝たくて仕方がないようだった。
(そうだ、学校に行ってる間、このマジカルアイテムはどうしよう?)
 透子の家にもマジカルアイテムのノコギリとドライバーがあり、巳弥の家には竹箒があった。何かあってはいけないという透子の意見で、三人がそれぞれ持って帰ることにしたのだ。
(透子にもう一度電話したら可哀想だし・・・・いいよね、ここにマジカルアイテムがあるってことはごく一部の人しか知らないことだもん。学校に行ってる間はここに置いとけばいいよね)
 明日、学校に行くとなれば早く起きなければならない。お風呂に入りパジャマを着ると、急に疲れが襲ってきた。ゆかりも今日の一件で、肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていたのだった。


「あれぇ」
 真っ暗な山道を登り、真っ暗な森を抜け、ようやく莉夜(りよ)とあずみは目的地に到着した。既に日が暮れ、街灯や民家の明りもなく真っ暗であるにも関わらず、闇に目が慣れている二人はしっかりとした歩みで山道を歩いて来た。だが、そこにあるはずのものが見当たらない。
「ないね、ゲート」
 あずみが草をかき分けたが、そこに「ゲート」はなかった。
「おっかしいなぁ、絶対ここのはずなのに」
 莉夜は木の幹に付けた印を確かめて首を捻った。この世界に来た時、目印を付けておいたのだった。
 二人の探すゲートとは、この世界と彼女たちのいた世界「イニシエート」を結ぶ次元の穴である。だからゲートと言っても門があるわけではなく、実際は空間の歪みがあるだけだった。よほど近付かなければ存在が分からないようなものだが、それでもやはり辺りにゲートは見当たらなかった。
「お兄ちゃんが帰る時、消していったのかなぁ」
「そうかもしれないね」
「もう、こっちからはゲートが作れないの、知らないのかなぁ」
「そんなことないと思うよ、りよちゃん」
「ううん、きっとあたしたちが帰ることを考えてなかったんだよ、お兄ちゃんてば! あれで案外抜けてるんだから」
「・・・・」
 あずみが胸の前で手を合わせた。
「あずみちゃん?」
「まさか・・・・」
「な、何よ、まさかって」
「向こうの状況が悪化してるとしたら・・・・今、私たちが戻ったら危険だと雨竜さんが判断して、戻って来れないようにゲートを閉じたのだとしたら・・・・」
「ええっ!?」
「りよちゃん、今のは憶測だから・・・・そんなに心配しないで」
「イニシエートはどうなってるんだろう、心配だよ〜!」
「落ち着いて、りよちゃん」
 あずみが焦る莉夜の手をぎゅっと握る。
「勝手にこの世界に来た莉夜ちゃんに対する、お仕置きかもしれないよ」
「・・・・だといいけど・・・・」
「ごめんね、心配させること言っちゃって」
 ゲートがない以上、二人はここにいても仕方がない。ゲートはゲート発生装置があるイニシエート側からしか作れないので、それを待つしかないのだ。さすがにこんな山の中でいつ開くか分からないゲートを待っているわけにもいかない。
「ゲートが開くまで、お世話になろうか」
 この世界に来てから今まではベッドもお風呂も魔法で出していたのだが、マジカルアイテムを返してしまった今ではそれは叶わない。莉夜はあずみを連れて、一度泊めて貰ったことのある家へと向かうことにした。


 九月に入って十日ほど経つが、まだ日差しは強く暑い日々が続いていた。まだしぶとく鳴いている蝉の声を聞きながら、ゆかりはいつものように普段の姿のまま家を出て、公園に立ち寄った。父親である岩之助には魔法の存在を隠しているので、中学校に行くためには普段の姿で家を出て、通学途中で変身しなければならなかった。
「きゅ〜てぃ〜ちぇんじで、中学生になれ〜!」
 一日経った今朝、元気良く家を出たゆかりだが、体中に疲れを感じていた。それは中学一年のゆかりになってもなくなりはしなかった。
 マジカルアイテムを取り戻すため、ヒーローと戦ったり格闘ゲームのキャラになったり巨大ロボットに乗ったりと、非現実的な日々が続き、魔法の使用による精神的疲労も重なっていたのだから無理もない。
 学校が見えてきた。昨日はマジカルアイテムにより作り出されたアナザーワールドの中で大破した卯佐美第3中学校だったが、現実の世界ではいつもと何ら変わりない姿でそこにあった。
「あ、おっはよ〜、巳弥ちゃん」
 ゆかりは向こうから来る出雲巳弥に向かって手を振った。巳弥も控え目ながら手を振り返す。
「あのね、ゆかりん。夕べの電話の後、お客さんが来たの」
「お客さん?」
「うん、莉夜ちゃんとあずみちゃん」
「え、あの二人が?」
 昨晩、ゲートが消えていて途方に暮れた莉夜とあずみが、巳弥の家に「泊めて下さい」と訪ねて来たのだった。夜も遅いので巳弥はゆかりに連絡するのは朝でいいだろうと思い、出会っていきなり報告したというわけだ。ちなみに巳弥の祖父は莉夜とあずみを大変歓迎し、もういらないと言うのに次々とお茶やお菓子を出してきた。
 昨晩、巳弥が祖父を「やはりただものではない」と思った出来事があった。
「巳弥、あのあずみという娘・・・・人間ではないな」
「え、わ、分かるの?」
 莉夜は以前にも出雲家に泊まったことがあり、イニシエートであると祖父も知っていたのだが、あずみと会うのは初めてのはずだ。あずみはアンドロイドという話だが、巳弥を始めゆかりたち全員があずみを人間だと思っていた。話し方、見かけ、どれを取っても人間にしか見えなかったのだ。それを祖父は一目で見破った。
「誰も気が付かなかったんだよ。あずみちゃんはアンドロイドなんだって」
「アンドロイドって、ロボットのことだろう?」
「ロボットじゃなくてアンドロイドなんだって。詳しい定義は知らないけど」
「それにしては・・・・」
「どうしたの、おじいちゃん」
「いや、何でもない」
 その時の祖父の様子が気になった巳弥だが、莉夜達をお風呂に案内するために祖父との話を切り上げた。
「そんな訳だから、帰れるようになるまでうちに泊めていいかな」
「もちろん、巳弥ちゃんのおじいちゃんさえ良ければ」
「おじいちゃんは大喜びだから・・・・よっぽど私の友達が来るのが嬉しいみたい。あずみちゃんは秋本さんっていう床屋さんにお世話になってたみたいだけど、お別れの挨拶も済ませたから帰り辛いって」
「不思議な子だよね、あの子・・・・」
 ゆかり自身は、莉夜やあずみとほとんど交流がない。巳弥や、少しの間だけだが一緒に行動したことのある山城(やましろ)みここの方が彼女たちを知っていた。
 マジカルアイテムを手に入れ「この世の悪を全て消す」とゆかりたちの前に立ちはだかった鵜川健一(うがわ けんいち)という警察官は、ゆかりの前で姿を消した。その行方は分からずじまいだったが、ゆかりはあずみは何か知っているのではないかと思っている。「鵜川さんは必ず帰って来ます」と意味有りげなあずみのセリフが気に掛かっていた。
「ゆかりたちもミズタマたちがいないとトゥラビアに行けないから、ゲートが開くのを待っている莉夜ちゃんたちと一緒だね」
 闇の世界イニシエートと光の国トゥラビアは、この世界から見れば「異世界」だ。そう簡単に行き来できてはならないはずだが、ゆかりは淋しさを感じる。二つの世界には知り合いや友達がいるのだから、自由に会えたらいいのにと思う。
(イニシエートは騒ぎが起こってるって言ってたけど・・・・魅瑠さんや芽瑠ちゃん、萌瑠ちゃん、ワンちゃん、それに紅嵐さん・・・・みんな元気かなぁ)


 ゆっさ、ゆっさと体を揺すられていた莉夜だが、その揺れが遠慮がちなためになかなか眠りの世界から抜け出せないでいた。あまりに控え目な揺れなので、揺り篭のようになって逆効果だった。
「起きてよぅ」
 あずみはなかなか起きない莉夜を困った顔で見詰めた。
「うう〜ん・・・・」
「あ、りよちゃん?」
「・・・・すぅ・・・・」
 一度唸って、また寝息を立て始める。
「御飯、冷めちゃうよ。せっかく作って貰ったのに」
 巳弥とその祖父はとっくに学校に出掛けている。祖父は「疲れているんだろう」と莉夜たちを起こさずに、朝食だけ作って出て行った。あずみは起きてきて、書置きだけがあることを知った。
「りよちゃんてば・・・・」
「すぅ〜」
「・・・・・・・・」
「すぅ〜」
「この胸板直滑降娘!」
「何だと〜!」
 それまで目を覚ましそうになかった莉夜が飛び起き、あずみの脳天目掛けて手刀を振り下ろした。それをあずみが無造作に両手で真剣白羽取りを決める。
「本当に起きた・・・・」
「あずみちゃん!? ごめんね、大丈夫? つい反射的に・・・・」
 つい反射的に脳天幹竹割を決められてはたまったものではない。あずみだから良かったようなものの、一般人なら今頃頭を割られていることだろう。
「あたし、そんなに馬鹿力じゃないよ!」
「りよちゃん、誰に向かって言ってるの?」
「それよりあずみちゃん、今のセリフは何なの?」
 莉夜はあずみの手に挟まれた右手を引きながら聞いた。
「りよちゃんを起こすおまじない」
「誰に聞いたの? あ、いい、聞かなくても分かるから・・・・櫂(カイ)君ね。全く、素直なあずみちゃんに余計なこと教えて・・・・」
「でも、効果的だった」
「・・・・他に何か聞いた?」
「歌を教えて貰いました」
「どんな?」
「えっと・・・・つ〜るつる、ぺ〜たぺた、莉夜胸囲〜」
「今すぐ忘れなさい!」
「じゃあメモリーから消しておくね」
「櫂君、帰ったら死刑だわ」
 朝っぱらから物騒な事を口走りながら莉夜は目を擦り、あずみに「巳弥ちゃんは?」と尋ねた。
「巳弥ちゃんもおじいさんも、とっくに学校に行ったよ」
「あ、そうか・・・・」
 きゅるる〜と莉夜の腹の虫が鳴いた。
「お腹すいたね」
「向こうに朝御飯の用意、してくれてるよ」
「さすが出雲家! やることにソツがないわ」
 莉夜はピンクのパジャマ姿で朝食の用意されたテーブルに向かった。あずみも黄色のパジャマ姿で後を追う。
 御飯を茶碗に盛る。海苔、目玉焼き、魚の煮付け。味噌汁はあずみが温めた。
「いただきま〜す! やっぱり、食べないと力が出ないよね〜!」
 ばくばくと御飯を頬張る。茶碗の中身が、瞬く間に小柄な莉夜の中に次々と消えてゆく。
「あずみちゃんも食べなよ!」
「あ、はい、頂きます」
 あずみはアンドロイドだが、普通に食べ物を口にすることが出来る。だがそれらが栄養になっているかどうかは・・・・。
「そうか、あずみちゃんはエネルギーの方がいいよねぇ。昨日だって、倒れちゃって・・・・」
「そうだね」
「・・・・」
 猛スピードで動いていた莉夜の箸が止まる。
「あずみちゃん・・・・元気?」
「はい、この通り」
「・・・・何で動いてるの?」
「何でって・・・・」
「昨日、エネルギー切れかかってたよね?」
「ぐっすり寝ました」
「そういう問題じゃなくて・・・・」
 御飯を食べることも忘れ、莉夜はあずみをじっと見詰めた。
「あずみちゃん・・・・あなた、動力源はなに? 何で動いてるの?」
「?」
 きょとーんとするあずみ。
「私はりよちゃんが作ったんだよね? どうしてりよちゃん、知らないの?」
 見詰め合い、しばし沈黙。
「ね・・・・」
「ね?」
「寝ている内に自己発電するのよ、多分」
「多分?」
「だ、大発明だから、誰にも知られたくなくて黙ってたの」
「そうなんだぁ」
 得心するあずみだったが、莉夜はあれほどあった食欲が綺麗さっぱりと失せていた。


2nd Future に続く



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