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タイトル


 魔法少女ぷにぷにゆかりん 第1部 その6


 公園の外灯の下に、こなみちゃんはいた。
「こなみちゃん!」
 私が名前を呼ぶと、こなみちゃんはビクっと体を震わせてこっちを見た。
「ゆかりん・・・・」
「帰ろ、みんな心配してるよ」
「心配なんて・・・・してないよ」
 泣きはらした目を伏せて、こなみちゃんは呟いた。
「だってお父さん、私に『出て行け』って言ったんだもん」
「それは・・・・」
「私の言うことなんて誰も聞いてくれなかったもん。1次予選、通ったのに。誰も喜んでくれないんだよ。頭ごなしに反対して。もう、受けられないよ」
 私はどう慰めていいのか分からなかった。お父さんにとってみれば、今までいい子だったこなみちゃんの初めてと言っていい「反抗」。きっとお父さんもこなみちゃんを怒り慣れてなかったに違いない。
「もう受けないって言えばいいんだよ」
 後ろから透子の声がした。ううん、透子よりもっと子供っぽい声・・・・いつの間にか彼女はとこたんに変身していた。
「諦めろってこと・・・・?」
 涙声で言うこなみちゃん。
「方針は今までと一緒よ。内緒で試験を受けて、最終まで残ったら報告すればいいわ」
「でも・・・・またお父さんに嘘をつくことになるし」
「今までだって黙ってたじゃない。とことん嘘をついちゃえばいいの。夢なんでしょ、こなみちゃんの」
「うん・・・・だけど・・・・」
「私にオーディションの話をしてくれた時、こなみちゃん凄く輝いてた。こなみちゃん、自分は間違ってると思う?」
 ぷるぷる、と首を振るこなみちゃん。
「だったら最後まで頑張ってみようよ! 私とゆかりんもいるから、一緒に頑張ろう、ね?」
「え、じゃあ2人も受かったの・・・・?」
「うん」
「うわぁ・・・・おめでとう」
 それを聞いた途端、こなみちゃんの顔が明るくなった。
「こなみちゃんも、おめでとう」
 そっとこなみちゃんを抱きしめるとこたん。まるで、そう・・・・。
 お母さんのようだった。


 それから私たちは3人揃って芳井家に戻った。こなみちゃんのお父さんもお母さんも、必死になって町中を探し回ったようで、疲れきった表情だった。「心配させて、悪い娘だ」と言っていたお父さんのホッとしたような、泣きそうな顔が印象に残った。
 こなみちゃんはご両親とお姉さんに、嘘をついた。もうオーディションは受けません、って。透子が・・・・とこたんがつかせた嘘だ。あの時透子がいなかったら、こなみちゃんは本当に夢を諦めていたんだろうか。私だったら、どんな声を掛けてあげられたんだろう。
 分からない。分からないけど、芳井家のみんなの笑顔をみていたら、ついてもいい嘘のような気がしてきた。
 また、透子に負けた気がした。


 私とこなみちゃんは1週間後に迫った2次試験に向けてレッスンを開始した。次の試験は実技! 審査員の前で歌ったり踊ったりするんだよ! 緊張するなぁ〜。
 2千人余りの中から約百人に絞られた2次試験。ここから十人が選ばれ、本戦となる。でも本当に、3人共残れて良かった!
 ・・・・あれ? 透子はどうして昨日、私も受かったことを知っていたんだろう? 言った覚えはないし、どこかで合格者一覧を見ることができるのかな?
「ゆかり〜ん!」
 いつもの公園。ラジカセを持ってこなみちゃんが走ってきた。こなみちゃんは家族に内緒だから家ではレッスンが出来ないので、この公園で一緒にダンスの練習をしようということになったんだ。他の人に見られるのは、ちょっと恥ずかしいけどね。
「私、この曲で行こうと思うの」
 こなみちゃんがラジカセのプレイボタンを押すと、スピーカーから軽快な音楽が聞こえてきた。今、幼稚園児から中高年まで幅広い人気を誇る女性アイドルグループ「SAY−SHOW−納言」の最新ヒットナンバー「ドリーミング・ブリッジ」。私も好きな曲だ。
「よう、頑張ってるな」
 タカシ君がやって来た。今の時間だと、塾に行く途中かな?
「ここで踊るのか?」
「うん」
「じゃ、見ててやるよ。踊ってみな」
 そう言ってタカシ君はどっかとベンチに腰を下ろした。
「塾はいいの?」
「お前らのダンスを見てる方が面白そうだからな」
「でも・・・・まだちゃんとした振りを考えてないの」
 おずおずとこなみちゃんが言った。
「そうなのか? なら余計に面白そうだ。見たいな」
「もう、見世物じゃないんだよ!」
「見せ物だろ? アイドルになるんじゃないのか」
 そう言えばそうだ。でも、下手っぴだから恥ずかしいよ。
「じゃあ、まだ全然出来ないけど見てみる?」
 こなみちゃんがラジカセのボタンを押した。
「えっ、えっ?」
 曲に合わせ踊り出すこなみちゃん。
 えっ? えっ?
「お、すげえ。ゆかりん、何やってんだよ」
「あ、あわわ?」
 リズムに乗って、軽快にダンスを続けるこなみちゃん。まだ考えてない? 全然駄目? 嘘だぁ〜!
 曲の1番が終わると、こなみちゃんはテープを止めて一息ついた。
「やるじゃん、芳井」
「あ、ありがと」
 まだ荒い息をはきながらこなみちゃんは熱っぽい顔で答えた。
「おいゆかりん、何やってたんだ?」
「うう・・・・」
「仕方ないよ、今のは私が自分で考えて、こっそり練習してたんだもん」
「練習熱心だな、芳井は」
 パチパチパチ、と別の拍手の音が聞こえた。とこたんだった。
「良かったわ、こなみちゃん」
「とこたん、見てたの? 恥ずかしいな」
 とこたんはいつものスマイルでやってきた。いつもと違うのは、服装が魔女っ子の時とは違い、動きやすいジーンズを履いていて、長い髪をお団子にしている所。
「こんにちは、タカシ君」
「お、おう」
 話し掛けられ、たじろぐタカシ君。さっきまでとは明らかに態度が違うぞ、君。
「また米ブレードの新しいのが欲しかったら言ってね。出してあげる」
 とこたんがニッコリ笑顔でそう言うと、タカシ君は首を振ってこう言った。
「いや、もういい。分かったんだ、自分のお金で、発売日にダッシュで買いに行ってゲットすることが大事だってこと。この前は嬉しかったけど、もういいんだ。あ、ありがとう」
 顔を真っ赤にしてタカシ君はお辞儀をした。
「そうなの・・・・」
 あれ? とこたん、悲しそうな顔・・・・。
「じゃ、じゃあ、俺、塾があるから!」
 そう言って鞄を持って立ち上がったタカシ君だったが、とこたんの次のセリフで足が止まった。
「ね、私も一緒に踊っていい?」
「うん、いいよ」
 こなみちゃんが元気に頷く。昨日の家出の一件から、こなみちゃんととこたんは更に仲が良くなっているみたいだった。
「あれ、タカシ君、塾に行くんじゃないの?」
「もうちょっと見学して行く。まだ時間あるし」
 そう言ってベンチに座りなおすタカシ君。とこたんのダンスを見たいことがバレバレだった。
「MD、かかる?」
 とこたんが差し出したMDを受取り、ラジカセにセットするこなみちゃん。プレイを押すと、ちょっと大人っぽい魅力が人気のティーンポップ系アイドルの曲が流れた。それに合わせ、軽やかにステップを踏むとこたん。
「うわ・・・・」
「すご・・・・」
 私も思わず唸ってしまったほど、とこたんのダンスは見事だった。1つ1つの動きにメリハリがあって、それでいて全体的な動きは流れるように進んでゆく。
「はい、ここまで!」
 曲の途中なのに、MDを止めたとこたん。私たちが「?」ってなってると、
「ライバルに手の内は見せられないわ。じゃあたし、この辺で帰るね」
 と言って、私とこなみちゃんにウインクを投げてきた。
「凄いわ、とこたん」
「あぁ、凄い」
 拍手するこなみちゃんと、見とれてる感じのするタカシ君。
「ありがとっ」
 とこたんはMDを取り出すと、それを振りながら行ってしまった。
 ・・・・何しに来たんだろう。ダンスの上手な所を見せつけるため? 確かに凄かったよ。こなみちゃんも上手だし、これはうかうかしていられないなぁ。
「お、俺、塾に行くから。やべ、遅刻だ」
 タカシ君も慌てて鞄を持って走り去った。時間があるとか言ってたくせに。
「タカシ君て、分かりやすいよね」
「え、何? こなみちゃん」
「ずっととこたんを見てたよ。仕方ないか、可愛いもんね」
「・・・・」
 こなみちゃん、ひょっとしてタカシ君のこと・・・・?
「あ、ゆかりんも可愛いよ」
 こなみちゃん、その付け足しはあまり嬉しくないですよ。


 夜、私の部屋。
「ゆかりん」
「ここで、こう回って・・・・」
「ゆかりん」
「ここでステップ、ここでターン」
「ゆかりん」
「最後に顔を上げて、にっこり!」
「すかりん」
「誰がすかりんよっ!」
「聞こえてるなら返事をするじょ」
 腕組みをして、ちょっと怒りんぼな雰囲気のミズタマ。だって、ダンスの練習をしてるのに邪魔するんだもん。
「なによ、夕食ならさっき食べたでしょ」
「我輩を食欲魔人か何かと間違えてるじょ。ダンスはいいが、魔法の修行はしてるのか? 我輩は心配だじょ」
「も〜、今はそれどころじゃないの! 来週なんだよ、次の2次試験!」
「それじゃ困るじょ!」
「だって、いくらやっても欲しいものが出ないんだもん、いい加減、嫌になるよ。でさ、どうしてミズタマが困るのよ? 魔女っ子として選んだ私がドジっ子だから、スカウトしたミズタマが無能だって思われるから? そんなの知らないよ、選んだのはあんただし、私が頑張ってあげる義理なんてないもん」
「む、無責任だじょ!」
「ゆかり、責任なんて負ってないよ!」
「あぁそうか、じゃ魔法の孫の手、返せ! すぐ返せ!」
「あっそう! 返してあげるわよ! こんな役に立たないモノ・・・・あ・・・・いや・・・・」
 しまった。魔法の孫の手がないとぷにぷにゆかりんに変身できないんだった! 変身できなきゃオーディションにも出られない!
「ごめんなさい・・・・魔法の練習もしっかりやります」
「分かればいいじょ」
 あ〜あ、ミズタマにまで偉そうにされちゃった。
「私とこなみちゃん、2人とも合格すればいいなぁ。こなみちゃんのあんな一生懸命な姿、初めて見たもん。あ、いつもは頑張ってないってことじゃないよ。あぁ、もちろん透子も合格して欲しいよ」
「ゆかりん、アイドルになりたいのか」
「当然! だから頑張ってるんじゃない!」
「勝ち進めば、こなみちゃんやとこたんがライバルになるんだじょ。分かってるのか?」
「え?」
「今は3人仲良く合格って言えるけど、最後に残るのはたった1人なんだじょ。ゆかりんはこなみちゃんやとこたんを差し置いて、アイドルになりたいって思うのか?」
「・・・・」
「ゆかりん、夢を叶えるってことは、同時に誰かの夢を壊すことになるかもしれないってことだじょ。いつまでも『みんな仲良く』じゃいられないんだじょ」
「そんなこと・・・・」
 私の夢が叶ったら、こなみちゃんの夢を奪っちゃうことになる? そんなこと、考えたことない。そんなこと考えたら、全然楽しくないもん! だってほら、甲乙付け難いから優勝は2名、とか有り得るじゃないの!
「ゆかり〜、お風呂に入りなさい」
 1階からお父さんの声。ちょうどダンスレッスンで汗をかいたから、お風呂に入りたいと思ってたんだ。気がきくなぁ、さすがお父さん。それに引き換えミズタマってば、イジワルなこと言うんだから。
 ・・・・でも、ミズタマの言った事は私の胸に突き刺さった。
(アニメ版ではここでサービスシーンを挿入)


 オーディション2次選考を2日後に控えたお昼休み、久々にユタカから携帯に電話があり、屋上に呼び出された。
「ゆか・・・・いや姫宮さん、透子・・・・いや、藤堂院さんのことなんだけど」
 やけに名前を訂正するユタカ。
「透子、でいいんじゃない? 付き合ってるんでしょ?」
「あ、ああ・・・・何か知らないか? 透子のこと」
「何かって、なに?」
「つまり、その・・・・」
 言い辛そうに遠くを見たり、空を見上げたりするユタカ。何を聞きたいんだろう?
「つまりだな、最近の・・・・交友関係とか」
「は?」
「真っ当じゃない仕事に誘われてるとか」
「なに、それ? 何の話?」
 訳が分からない私に苛ついたようにユタカは声を張り上げた。
「知ってるだろう、透子が会社を辞めるってこと!」
「透子が!?」
「・・・・君には言ってなかったのか。君になら相談していると思ったんだけどな」
「透子が仕事を辞める? 辞めてどうするの?」
「知らないよ、だから聞いてるんじゃないか! だから、どこか新しい仕事先が見付かったのか、それはまともな仕事なのか、それが心配で・・・・」
「まともな仕事じゃないって?」
「最近、透子の奴、金遣いが荒いんだ。ちょっとの距離なのにタクシーを使ったり、昨日喰った肉なんて、こんなの1枚2千円するんだぜ?」
 ユタカは手でお肉の大きさを示した。何だか、凄く貧乏臭い話だ。金遣いが荒いって言うから、てっきりアクセサリーとかお洋服とか、贅沢をしてるのかと思った。
「昨日だって、凄く大きなダイヤの指輪をしてたし」
 それ、タクシーやお肉よりも先に話すべきことじゃなくって?
「なぁ、あいつ、裏の仕事とか水商売とかやってるんじゃないのかなぁ?」
 心配そうなユタカだったけど、私は透子の贅沢がどこから来たのか知っているから慌てたりはしなかった。きっとそれは魔法だ。魔法でダイヤを出したりしているに違いない。お金は出せるのかなぁ?
 魔法で何でも出せるから、会社で働いているのが面倒になっちゃったのかも・・・・。
「なぁゆかり、それとなく透子に聞いてくれないか?」
 でも透子の家って元々お金持ちだし、その程度じゃ凄い贅沢というわけでもなさそうなんだけど、仕事を辞めちゃうってことはやっぱり魔法で色々出せるからなのかな。
「ゆかり、なぁ」
「何よさっきから! あんた彼氏でしょ!? 私に頼らないで、透子が大事だったら自分で守ってみなさいよ!」
 あちゃ、またやっちゃった。だってさ、ユタカがあんまり情けないから。
「・・・・そうだな、ゆかりに頼むのは筋違いだった。すまない」
 ユタカは俯いたままクルリと背を向け、昇降口に歩いて行った。
「筋違いじゃないよ」
 だって透子は私のお友達・・・・だよ。


 日曜日、オーディション2次選考会場。私とこなみちゃんは集合時間30分前に会場である多目的ホールに来ていた。こなみちゃんは家族の人には「ゆかりんと遊びに行く」と言って出てきた。
 会場には既に数十人の2次試験を受ける女の子たちが集まっていた。お母さんが同伴の子、黙々とイヤホンで音楽を聴いている子、ダンスの最終チェックをしている子、キョロキョロして落ち着かない子。色々な女の子が色々な表情で時間が来るのを待っていた。
 何だか雰囲気が殺気立ってるというか、ちょっと怖い。ここではみんながライバルなんだ。私にとってはこなみちゃんもとこたんもライバルなんだ。
 ぎゅ。
 いきなりこなみちゃんが私の手を握ってきた。
「こなみちゃん?」
「あはは・・・・何だか震えてきちゃった」
 私は笑顔が引きつるこなみちゃんの、汗ばんだ手を握り返した。
「大丈夫だよ、こなみちゃん。あんなに練習したじゃない」
 いっぱい、いっぱい頑張ったこなみちゃん。自信を持っていいよ。
 キィッ!
 目の前にタクシーが停まり、黒いドアが開いた。そこから降りてきた女の子は・・・・。
「とこたん!」
 黒くてスリムなシルエットのドレスに身を包んだとこたんだった。ネックレス、指輪、ティアラ・・・・豪華と言えば豪華だけど、ちょっと子供には不似合いな気がした。
「お釣りはいらないから」
 タクシーの運転手に1万円札を渡すと、優雅なステップで私たちの前に歩いて来た。
「こんにちは」
「とこたん、何だか色っぽい」
 感嘆の声をあげるこなみちゃん。確かに肩出しの黒いドレス姿のとこたんは、私が見てもセクシーだった。
 でも、何だか違うって気がする。こんなのとこたん・・・・ううん、透子じゃない。
「とこたん、その格好で審査を受けるの?」
「まさか、これじゃ踊れないわ」
 こなみちゃんの質問に「おほほ」という感じで答えるとこたん。
 ユタカに透子のことで相談されたあの日、透子は会社に辞表を出していた。その日から透子は私の前にもユタカの前にも姿を現さず、今日だって来ないんじゃないかと思った。
 どうして会社を辞めたの? 辞めてからどうしてたの? 色々聞きたいけど、こなみちゃんの前でできる話じゃなかった。
「周りの子がみんな可愛く見えてくるの。何だか自信がなくなってきちゃう」
「リラックスすればきっと大丈夫よ。こなみちゃん。大丈夫。きっと合格だから」
 悠然とした態度で控え室に向かうとこたん。凄い自信だ。まるで合格することを確信しているような・・・・。



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