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タイトル


 魔法少女ぷにぷにゆかりん 第1部 その4


 どんなに辛くても、どんなに落ち込んでいても、どんなに頑張っても日曜日の次の日は月曜日だった。
 そんな朝、目覚ましを止めた私は最悪に憂鬱だった。
 お仕事が嫌なわけじゃない。会社に行けば、部署は違えど透子がいる。ユタカがいる。ゼッタイに逃げられない。
 こんな時、魔法で何とかならないのかなぁ・・・・困った時の魔法なのに。でも・・・・うう、ずっと逃げてるわけにもいかないし。
「ゆかりん、仕事に行くのか?」
 ブルーのスカーフを巻いたミズタマが、彼のベッドから身を乗り出した。そういえば彼が来てから仕事に行くのは初めてだ。当然連れて行くわけにはいかないから彼はお留守番ということになるんだけど・・・・そういえば食事とか色々考えなきゃならない問題があるんだ。自分で食べるからペットよりは手がかからないけど・・・・。
 まさか1人(1匹?)で外に行って食べて来いって言うわけにもいかないよねぇ。こんな時、魔女っ子はどうしてたっけ? 確か普通のペットとして学校に連れて行ってたような、家でお留守番してたような。ウサギを会社に連れて行くわけにはいかないよね。だいたい、仕事に行く魔女っ子って今までになかったもんなぁ。
 そんな心配をミズタマに話すと、
「心配はいらないじょ。安心して仕事に行くがいいじょ」という返事だった。
「私を見張ってなきゃ駄目だって言ってなかった?」
「さすがに仕事場までついて行くわけにはいかないので仕方ないじょ。但し、魔法の使い道には気をつけて欲しいじょ。余計なことには使わないこと。帰ってきたら魔力ドームをチェックさせて貰うからな」
「でも、お留守番はいいとして、食べ物とかは?」
「食材を使っていいなら、勝手に何か作って食べるじょ」
「え、ミズタマってお料理出来るの?」
「いつも自分で作ってるじょ」
 が〜ん、私より上手だったりして・・・・。
「それに我輩も用事があるからな」
「用事?」
「・・・・いや、何でもないじょ。急がないと仕事に遅れるじょ!」
 そうだった!
 何だろう、ミズタマの用事って。ウサギだから・・・・餅つき?


 私は金曜日にお休みした分の届を出して、いつもの仕事についた。
 とにかく、確認しよう。私は逃げてばっかりで、家まで来てくれた透子に申し訳ない。お話するのはもちろん透子・・・・だよね。何たって、親友だし。ユタカに会う前に、まず透子と会おう。
 でも、やっぱりかけられない透子の内線番号・・・・いくじなしだ。
「姫宮さん、この番号にファックス送って来てくれない?」
「あ、はい」
 受け取ったファックスを送り、席に戻ろうとした私は、給湯室から聞こえてくる声が透子のものであることに気付いた。
 あわわ、透子だ。今のチャンスにお話すべきなのかな。
「うん、昨日行って来たの」
 そっと給湯室に近付く私。透子は携帯電話で誰かとお話しているみたいで、何となく聞き耳を立ててしまった。
 透子、誰と電話してるんだろう? まさか、ユタカとか? それならわざわざ携帯電話で話すことないのに。自分の席では話せないことなの?
「ううん、いなかったの、ゆかり」
 昨日、私に会いに来てくれたことを話してるんだ。
「でも、お留守番してた子がきっと、伝えてくれてるよ。あたしが謝ってたって」
 え、でも透子、私・・・・ていうかゆかりんに「ナイショにしてね」って言ってたんじゃなかった?
「だからあたしが悪いと思ってるってことはゆかりも知ってると思う。え? ううん、頼んでないよ。ていうか『言わないで』って言った。うん、だからね、ああいう歳の子っていうのは、内緒だよって言うと余計喋りたくなるものなの。けっこう口の軽そうな子だったし。うん、多分伝わってるよ。あたし、すっごく気にしてる〜って顔、したもん」


「すみません、早退させて下さい・・・・」
 課長さんは私の差し出した届けを受取り、判を押した。
「金曜も休んでいたようだけど・・・・大丈夫なの? 病院には行った?」
 なんて心配してくれてたけど、お医者さんじゃ治せないんだよ。
 ちょっと顔色も悪かったみたいで、私はお昼休みを待たずに早退した。何だかもう、馬鹿みたい。夕べは訪ねて来た透子に対して悪いことしたかもって考えてグッスリ寝られなかった。なのにあれは演技? 嘘? 違うよ、透子はそんな子じゃないよ・・・・多分。
 分かんないよ、もう。


「早かったな、ゆかりん。仕事って短い時間で終わるんだな」
 お昼過ぎに家に帰って来た私に、台所でお昼御飯を作っている最中のミズタマが声を掛けた。食欲がなかったので食べずに帰ってきたんだけど、いい匂いだ。早く帰って来たことに関しては面倒なので説明しなかった。
「もう食べたのか?」
「ううん」
「じゃ、一緒に食べるか?」
 匂いが美味しそうだったから思わず頷いたけど、ウサギの料理って食べられるの?
「あれ、ミズタマ、御飯炊いたの?」
「勝手に炊いたら駄目だったか?」
「ううん、いいんだけど・・・・」
 御飯を炊くウサギ。
「多めに炊いたからゆかりんの分も作るじょ」
 トントントン・・・・包丁を扱うウサギ。
 ジャージャー・・・・フライパンを見事に操るウサギ。
「できたじょ」
 テーブルには2皿のチャーハンと2カップのスープが乗っていた。ウサギの作るものだからって予想していたような、キャベツの千切りとか野菜炒めじゃなかった。
 スプーンですくって、一口食べてみた。
「我輩の国の味付けだから口に合わないかもしれないじょ」
「・・・・美味しい」
「そうか?」
 ミズタマは嬉しそうに耳をピンピンさせた。
 私はウサギにまで負けた気分だった。


 食べ終わった後、ミズタマは外出した。ウサギが2本足で外を歩いていたら捕まるよ、って注意したんだけど「我輩は人間に捕まるほど間抜けじゃないじょ」と言って出て行った。そう言えば今朝、何か用事があるから出掛けるって行ってたっけ。用事って何だろう?
 どこから来て、目的は何で、どうして私に魔法を授けたのか・・・・よく考えたら、何も聞いてなかった。
「きゅんきゅんはぁとで華麗に変身! 萌え萌えちぇんじでぷにぷにゆかりん、さっそうととうじょ〜!」
 ぷにぷにゆかりんに変身した私は、クローゼットの鏡で自分の姿を映してみた。
 可愛い〜。胸が更に小っちゃくなってるのは悲しいけど。
 こんな歳の頃って、悩みなんてなかったんだろうな。あったのかな、子供にしかない悩み。あったとしても、きっと今では取るに足りないことだよ、きっと。
 小学校の時、ちょうどこのくらいの時、透子とよく遊んでたっけ。お姫様ごっこで、お互い「姫」の座を譲らなくてよく喧嘩したなぁ。結局ジャンケンで負けた方が侍女役で「姫、靴をご用意致しました」なんて言って。懐かしいなぁ。何だか、透子の方がお姫様の回数が多かった気がする。
 窓を開けてベッドに寝転がると、眩しい青空が広がっていた。
「ばいば〜い」「ただいま〜」
 そんな声が聞こえた。隣のこなみちゃんが、学校が終わって帰って来たんだ。
 そうだ、こなみちゃんにお話があったんだ!


「お話ってなぁに?」
 私はぷにぷにゆかりんの格好で普段着に着替え、こなみちゃんをお外に誘った。
「うん、ちょっとね」
「ね、ゆかりん、学校は?」
「えっ」
 当然と言えば当然の質問だ。義務教育の年齢だもんね。
「ええ〜とぉ、急にこっちに来たから、転校手続とかがあって、まだ通えないっていうか・・・・」
「じゃあ、手続が済んだら一緒に学校に行けるね」
「そうだね。って、あ、いや、それが、その〜」
 何て言えばいいの!? どう頑張ってもゆかりんは学校には行けないんだよ! 魔法で何とかならないの? 「みなさん、突然ですが転校生を紹介します」なんてことに、ならないの?
 あ、でも私は仕事が・・・・会社と学校の両立なんて無理だし。あぁん、でも学校って行ってみた〜い!
「ね、ここ座ろ」
 パニック状態の私とは対照的に落ち着いているこなみちゃんだった。
「お話って?」
「う、うん、実はね。私ね、オーディションに応募できないんだ」
「えっ・・・・どうして?」
 一瞬にしてこなみちゃんの表情が暗くなった。
「やっぱり、さ、自信ないから。それに、お父さんにも反対されてるんだ」
 うちのお父さんだったら、どうするだろう? やっぱり反対するのかな。
「こなみもね、反対されてるんだ」
「え、でも・・・・」
「内緒で受けるの。駄目だったらいいし、受かっちゃえばこっちのものかなって」
「ふうん・・・・」
 こなみちゃんて昔から凄く真面目な子で、だからこんな大胆なことをするなんてちょっと意外だった。ずっとお隣さんで、小さい頃から知ってたはずなのに。
 知ってたはず・・・・透子のことも、知ってたはずだった。


 シャアアァ・・・・。近くで水撒きをしているおじさんがホースを片手に公園のお花に水をあげていた。
「だからゆかりんも一緒だったら勇気百倍だったの」
「ごめんね、うちのお父さん、厳しいから」
 できればこなみちゃんと一緒に応募してあげたいよ。でも・・・・。
「分かった。ごめんね、無理言って。1人で頑張るよ。最初からそのつもりだったから」
「ごめんね・・・・」
 ゆかりんは実在しない。でも、私はここにいる。ここにいるのに。
 そう、か。応募ならできるじゃない。
 履歴書なんて適当に書けばいいんだ。書類審査の段階なら、正式な書類なんていらないんじゃない? どうせ勝ち残る可能性は低いわけだし。
「こなみちゃん、あのね、応募だけでもしてみようかな」
 バシャア。
「きゃっ、冷たぁい!」
 いきなり、私のスカートから足にかけて水がかかった。
「ごめん、ごめん」
 目の前には水撒きをしていたおじさんが立っていた。
「うっかりしていたよ、ごめんねお嬢ちゃん」
 もう、ビショビショ。せっかくおニューのフリフリスカートが水浸しで足に張り付いていた。
「大変だ、こっちに来なさい、お嬢ちゃん。拭いてあげるよ」
 そう言うと、おじさんは私の腕を掴んで引っ張った。
「ちょ、ちょっと、いいです、自分で拭きます!」
「水をかけたのはおじさんだよ、責任があるんだ」
 おじさんはこなみちゃんから少し離れた木の陰に私を引っ張ってくると、ポケットからハンカチを取り出した。
「さぁ、拭いてあげるよ。グッショリ濡れちゃってるねぇ」
 そう言いながら私の足をハンカチで拭くおじさん。
「さ、スカート上げてごらん。中まで拭かないとね」
「えっ」
 何だ、こいつ? ひょっとしてゆかりにエロいことしようとしてる?
「早く拭かないと風邪ひいちゃうよ」
 おじさんは躊躇している私のスカートを左手で捲くると、太腿にハンカチを這わせてきた。
「いやぁぁぁ、変態〜!」
「大人しくしなさい、おじさんはただ拭いてあげているだけじゃないか!」
「いやぁぁ!」
 私はポシェットに折りたたまれて入っている「魔法の孫の手」を取り出し、元の大きさに戻すと、しゃがんでいるおじさんの頭頂部目掛けて思い切り振り下ろした。
「ぎゃっ!」
 頭を押さえ、痛がる変態おじさん。
「このガキ、よくもやったな!」
 おじさんの眼つきが変わった。ピンチだ、どうするぷにぷにゆかりん!
 って言ってる場合じゃないよ〜!
「みにみにすか〜と、ふりふりふりる! ぱんちらた〜んではぁとをげっと! おいでませ、おまわりさ〜ん!」
 ボゥゥン。ボタッ!
 いなり寿司、通称「おいなりさん」。
 それが出現したことに変態おじさんは気付きもしなかった。大きな手で孫の手を取り上げられ、腕を思い切り捕まれた。
「痛いよ〜!」
「くそっ、そんなミニスカートで誘惑するから悪いんだぞ!」
 理屈、無茶苦茶だ!


「きらきらスマイル、ニッコリ八重歯! 純情可憐ではぁとをキャッチ! うぇるかむ、おまわりさ〜ん!」


 えっ?
 ドサアッ!
「い、いててっ! こ、ここはどこだ!?」
 目の前に、立派な体格の警官が落ちてきた。落ちた拍子に打った腰を押さえている。
「お巡りさん! このおじさん、変態です! ゆかりんにいやらしいことしようとしました!」
「なにっ!? 待てっ!」
 慌てて逃げようとしたおじさんを、お巡りさんはあっという間に取り押さえた。
「くそぅ、どうしていきなりポリが!」
「自分もよく分からないが・・・・とにかく事情を聞こう」
 私も何がどうなったか分からずにポカ〜ンとしていた。いきなりお巡りさんが現れるなんて、まるで魔法みたい・・・・。
 魔法!? 誰かが魔法を使った!? さっきの呪文は!?
「あ、待ちなさい、お話しを聞かせてくれ!」
 駆け出した私の背中にお巡りさんの声が当たったけど、私はかまわず草むらを抜け出した。確かに、こっちの方向から声が聞こえたの!
 10mほど向こう・・・・公園の中央にある噴水の前のベンチに腰をかけている女の子。私とは対照的な、青と水色を基調とした服で奇抜感はないけれど「何か普通とは違う」雰囲気を醸し出している。そして何より、その手に握られている杖・・・・。
「あなたは・・・・?」
 間違いない。私と同じ、魔女っ子だ。
「あたしは『ぽよぽよとこたん』」
「とこたん!? ってことは、あなた透子なの!?」
「ど、どうして分かったの!?」
「・・・・小学校の時のニックネーム、まんまじゃん」
「あ・・・・」
 意外と天然ボケな具合も、まんま透子だった。
 透子は小学校時代「とこたん」と呼ばれていた。というか、私が命名したんだけど。「とうこたん」から呼びやすいように「とこたん」にアレンジしたんだ。
 それより、どうして?
「透子・・・・あなたも魔女っ子になったのね」
「あたしは透子じゃない、ぽよぽよとこたんよ」
「透子・・・・」
 私は透子の後ろにいる存在に気付いた。ウサギだ。ミズタマよりは少しスマートで、首にはチェックのバンダナを巻いていた。
 あのウサギに、私と同じようにマジカルアイテムを授かったのね。
 いつから魔女っ子になったの? どうしてぷにぷにゆかりんと同じような背格好に変身してるの? 私のこと、どう思ってるの? まだ私たち、親友なの?
 聞きたいことばっかり。
「ごめんなさい、ゆかり。あたしやっぱりあなたに会う勇気がなくて、こんな姿で来ちゃった」
「透子・・・・?」
「最低だね、あたし。親友の彼氏を取っちゃうなんて」
「・・・・」
「でも、信じて。あなたから奪おうなんて思ってなかった。その、彼の方から・・・・ゆかりには僕が説明しておくからって・・・・」
「・・・・」
 何も答えずただ立ち尽くす私。そんな私に涙で潤んだ瞳を夕日に輝かせて、透子はゆっくり立ち上がった。
「以上、藤堂院透子からの伝言でした」
 クルリと背を向ける透子。
「透子!」
「あたしは透子じゃない・・・・『魔法少女ぽよぽよとこたん』よ」
 大きく傾いた夕日が、透子・・・・ぽよぽよとこたんの影を長く映していた。その後ろを追ってウサギがピョンピョン跳ねてゆく。
「ゆかり〜ん!」
 私はこなみちゃんの呼ぶ声で我に返った。


 その夜。
「そうか、会ったのか」
 公園での出来事をミズタマに話すと、意外な反応が返ってきた。
「知ってたの? もう1人いるってこと」
「どうして『もう1人』って決め付けるんだ?」
「え? ちょっと待って、まだ他にも魔女っ子がいるの!?」
「いいや、今のところゆかりんととこたんの2人だけだじょ」
 今のところって・・・・増えるかもしれないってこと?
「とこたんとはこの前、この家に来た可愛い女の子だな?」
「うん・・・・ミズタマ、知ってたの? あの時」
「いいや、あの時は彼女はまだ魔法の力を授かってなかったじょ。彼女が魔法のアイテムを授かったのはあの帰り道だじょ」
「へ?」
 だってだって、公園での魔法! 私が「おまわりさん」で「おいなりさん」を出しちゃったのに、透子は本物のお巡りさんを呼んじゃったんだよ!? 明らかに魔女っ子としてのキャリアが違うと思わない? なのに、どうして私より後輩なわけ?
 素質? 精神力? 魔法でも透子に勝てないの?
 ションボリ・・・・。
「その様子だと、とこたんの魔法を見たんだな。我輩も今朝、会ったんだが・・・・彼女は既にかなりの魔法を使いこなせる。ダメダメなゆかりんと違ってな。しかし、頑張ればゆかりんもきっと出来るはずだじょ。同じ人間なんだし、同じ歳だし。もう少し気合を入れてくれないと困るじょ」
「悪かったわね!」
 私はヒステリックにベッドに倒れ込み、布団を頭からかぶった。自分でも気にしていることを他人(他ウサギ)にズバっと言われ、心にグサグサ突き刺さった。
「何よ、私は透子に勝てないの? 負けっぱなしなの? だいたい、どうしてミズタマが困るわけ? 私が透子に勝てば、どうだっていうのよ!」
「それは・・・・まだ言えないじょ」
「馬鹿、ミズタマの馬鹿! あっち行って!」
 少し間があって、ミズタマはドアを開けて出て行った。
 また、やっちゃった。


「ゆかり、体は大丈夫なのか?」
 次の日の朝食。お父さんが心配そうに私の顔を覗き込む。寝不足で隈がひどい。
「大丈夫だよ、それにもう、これ以上休むわけにはいかないから」
「そうか・・・・」
 まだ心配そうなお父さんだった。小さい頃は鬱陶しいと思う時もあったお父さんだけど、今になってありがたみが分かる。自分も大人になったからかな。
 昨日怒鳴っちゃったことをミズタマに謝って、私は家を出た。

 昼休み前、透子から私の机に内線電話がかかってきた。
「ゆかり? お昼に前のデパートの屋上で待ってる。あの格好で来て」
 あの格好、とはぷにぷにゆかりんのことだ。でもどうして?



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