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タイトル


 魔法少女ぷにぷにゆかりん 第1部 その2


 というわけで、突然魔法少女になっちゃった私。
「お前、ずっとその格好でいる気か?」
 私の両腕に抱きかかえられた喋るウサギがこっちを振り向きつつそう言った。
「駄目でしょ、あんたはヌイグルミなんだから。生きてるって分かったら大騒ぎになるんだよ」
「へいへい」
 子供になった私にとっては、こいつは結構重かった。かと言って歩かせるわけにもいかないので、仕方なくお腹の前で抱きかかえて歩いていた。
「それとな、我輩のことを『あんた』とか『キミ』とか呼ぶのはやめて欲しいじょ。我輩にはエリック・フォン・キャナルニッチ・ラビリニアという立派な名前があるじょ」
「やだ、長くて覚えられない。じゃ『ミズタマ』でいいや」
「何だ、その脈絡の無い名前の付け方は?」
「脈絡ならあるわよ。あんたのスカーフ、水玉模様だから」
「我輩はお洒落だから毎日スカーフは替えてるじょ! 今日たまたま着用していたスカーフで名前を決めないで欲しいじょ!」
「ま、それも運命ってことで。それよりミズタマ、喋りすぎだよ」
 私がミズタマを抱いていた腕にちょっとだけ力を込めたら、彼は大人しくなった。あ、ちなみに締め殺してはないからね。
「あっ」
 無意識の内に私の足は会社の近くの通りに向いていた。近くのビルの時計を見ると、丁度退社時間になっていた。どうしてこんな所に来ちゃったんだろう。一番会いたくない人物が前からやってきた。
 藤堂院透子。私の小学校時代からの友達であり、そして・・・・。
 ユタカが私を捨てて選んだ女。
 私が慌てて街路樹の陰に隠れたのでミズタマは驚いたようだった。でもよくよく考えたら、今の格好なら隠れなくても透子には私が姫宮ゆかりだってことは分からないはずだ。
 透子はもちろん、私とユタカが付き合っていたことは知っていたはず。なのに、どうしてユタカと付き合うなんてことができるの?
 そりゃあ・・・・透子は可愛いよ。
「おい、藤堂院さんがお帰りだぞ」
「誘うか? 飲みに行こうって」
「いやあ、駄目駄目。彼女、何度誘っても付き合ってくれないんだ」
「ちぇっ、あんな可愛い子、一度でいいから連れて歩きたいよなぁ」
「笑顔がベリーキュートだよなぁ! 八重歯が可愛いっ! 実は透子ちゃん、俺にいっつも微笑んでくれるんだぜ、これって気があるんじゃねぇ?」
「バーカ。彼女は誰にでもそうなんだよ。俺にもそうだ」
「みんなに笑顔を振り撒く天使なんだなぁ〜」
 同じ職場の男の子2人。こいつらも透子ファンか。私には「ゆかりちゃん、可愛いね〜」とか言ってるクセに!
「ん、見ろよあの子」
「んあ? コスプレか何かか?」
 2人がふいに私の方を見て指をさしてきた。
「ちょっと痛い子じゃねぇ?」
「そういや知ってるか? 姫宮って、普段着はすげぇフリフリ着てるらしいぜ。自分の歳、考えろよなって感じだよな」
「う〜ん、可愛ければいいんじゃない?」
「あ、お前、そういうの趣味? ていうか、姫宮ってタイプ?」
「ば、馬鹿、違うよ」
「ま、俺はライバルが減っていいけどな。俺、姫宮なんて全然タイプじゃねぇし!」
 ムッカ〜。私が姫宮ゆかりとも知らないで! 見てなさいよ〜!
「みにみに・・・・」
 私が魔法の孫の手を振り上げたその時、世界で一番見たくない光景が視界の隅に飛び込んできた。
 透子とユタカのツーショット。
「お嬢ちゃん、悪いおじさんには気をつけなよ」
 孫の手を振りかざしたままの格好で固まってる私に、同僚の男の子はそう声を掛けて去って行った。
 実際に見るまで信じたくなかった真実。
 まさかユタカが、まさか透子がって、ずっと否定してきた。2人が私を裏切るはずがないって信じていた。信じたかった。朝になれば、あの雨の中の出来事は全て嘘になっていると思った。
 でも、これが事実。これが現実。
「おい、どうした?」
「えっ」
 ミズタマの声で我に返った私。ユタカと透子の姿はもうなかった。


 夕暮れの帰り道。
「はぁ・・・・」
「さっきからどうしたんだ、お前」
「お前って呼ぶのやめてくれない? ゆかりん、でいいよ」
「・・・・」
 私の声に力がなかったのか、ミズタマはそれっきり余計なことを喋りかけてこなかった。案外、いい奴かもしれない。
 家に着いた私は、門を開けて玄関の前まで来た。
「待て、ゆかりん!」
「・・・・なぁに」
「そのままで帰るつもりか!?」
「へっ?」
 私は改めて今の自分の格好を見た。こんな格好で家に入ったら、お父さんビックリするよ。私だってことは分からないだろうけど。
 あ、いいんだ。まだお父さんは帰って来てない時間だ。
「ミズタマ、元に戻るにはどうしたらいいの?」
「変身した時の要領でいいじょ」
「ちょっと待って。変身した時は確か、私の思った格好とは少し違ってたのよね。まさか戻る時も元の私と違ってるなんてことは・・・・」
「今かかっている魔法を解除するだけだから大丈夫のはずだじょ」
 はず、っていう言葉はいらないんだけどなぁ・・・・。
 とにかくこうしていても埒があかない。私は思い切って元に戻れって念じながら魔法の孫の手を握り締めた。
 ほわ〜ん。
 変身した時と同じように光が辺りを包んだかと思うと、元通りの姫宮ゆかりの姿に戻っていた。
「良かった・・・・」
「元通りだじょ」
「あぁっ! 胸が小さくなってる!」
「・・・・元々だじょ」


「ゆかり、体は大丈夫か?」
 それが帰ってきたお父さんの第一声だった。今朝「熱があるから」と会社を休んだ私に「お父さんも休んで看病する」と言ってきたので「大丈夫だから」と送り出したものだから、今日1日ずっと心配していたのかも。
「うん、もう元気だよ」
「良かった、良かったなゆかり」
 ハートの部分の元気はなかったけど、お父さんに心配をかけたくなったので、精一杯明るく振る舞った。冷蔵庫に入れていた昨日の夕飯を温めて食べた。美味しかった。夕べは食べられなくてごめんね、お父さん。
 ・・・・大好き。


「で、我輩の食事はどこなのだ?」
「ごめん、ミズタマ・・・・」
 ぬいぐるみとして家に来たミズタマは、私たちと一緒に食卓を囲むわけにもいかず、私が残りを持って来るという約束をしていたんだけど・・・・。
「美味しかったから、全部食べちゃった・・・・えへ」
「えへ、じゃない! ゆかりんは我輩を飢え死にさせる気か!?」
「分かった、分かった。魔法で何か出してあげるから」
「えっ」
「何、その顔は」
「だ、大丈夫かなぁ〜・・・・」
「まかせなさいって! ・・・・あれれ?」
「どうした?」
「これ・・・・」
 魔法の孫の手の、猫の手の平・・・・肉球の部分が昼間に見た時よりしぼんでいる気がした。そんなにしっかり見ていたわけじゃないから、はっきりとした違いは分からないけど。
 指で押してみたら、ぷにゅっとへこんだ。
「どうしたのかな、これ」
「あぁ、そこはそいつの『魔力ドーム』だじょ」
「魔力ドーム?」
「魔力を蓄えておく所だじょ。魔法を使えば魔力は減って、ドームも萎んでくるじょ。ペッタンコになったら、そいつは使えなくなるじょ」
「使えなくなるって?」
「魔法の孫の手の『死』だじょ」
「死んじゃうの?」
 てことは、ミズタマが生きているようにこの孫の手も生きているんだ。
「え、じゃあ、今日魔法を使ったから萎んだの? もうこんなに減っちゃったの?」
「寝るとある程度は回復するじょ。その程度なら今夜一晩寝れば満タンに回復するじょ」
「なぁんだ」
「でも、これだけは覚えておくがいいじょ。まず、変身している間は常に魔力を使ってる状態だじょ。更に、変身状態から元に戻るのも魔力を使うじょ」
「てことは、魔力を使い果たしたら元の私に戻れないってこと? ぷにぷにゆかりんに変身している間に魔力が尽きたら、一生そのままってこと?」
 ミズタマは力強く頷いた。
「だから、変身するということにこだわりがあるみたいだけど、危険だからやめた方がいいかもしれないじょ」
「う〜ん」
 でも、やっぱあの格好じゃなきゃ、雰囲気でないもんね。要は魔力の残りに気を付けていればいいわけだし!
 そのあと、ミズタマのためにハンバーグを出してあげようと、お父さんがお風呂に入っている間にぷにぷにゆかりんに変身した。いちいち魔法を使う時に変身するのは、私のポリシー。
「みにみにすか〜と ふりふりふりる! ぱんちらた〜んで はぁとをげっと! おいでませ、ハンバーグちゃ〜ん!」
 ボゥゥン・・・・。
 出ました、ハンバーガー。
 望んだものとはちょっとだけ違うけど、ミズタマの空腹を満たすことはできたから、いいよね。


 その夜、私は楽しい魔法の使い道についてベッドの中であれこれ考えた。
 嫌なことを考えないように。

 次の日は土曜日で、会社はお休み。
 お父さんは土曜日もお仕事なので、家には私1人だけ。これは魔法の練習をする格好のチャンスだよね!
「まずは欲しいものを強く心に描くことが先決だじょ」
「うん」
 魔法教室、もちろん講師はミズタマ。
「余計なことを考えたら駄目だじょ」
「うん」
 私の格好は、昨日と同じぷにぷにゆかりん、推定年齢12歳。同じ魔法なら、孫の手が「ショートカット」に登録してくれるから寸分違わぬ変身ができるんだそうだ。
「やってみるじょ」
「よぉし」
 ダイヤが欲しい、ダイヤが欲しい・・・・!
「出でよ、ダイヤちゃ〜ん!」
 ボゥゥン・・・・。
 ガッシャーン、パリーン、ゴロゴロ・・・・。
 食べ終わってまだ片付けが済んでいなかった食卓の上に、車のタイヤが落ちてきた。
 割れたグラス。砕けた茶碗。横たわるタイヤ。
 ・・・・呆れるミズタマ。


 室内での練習は危険だと悟った私は、近くの公園に行くことにした。幸いにも子供の姿は見当たらない。連休なので、家族で出掛けている子も多いのかな。
 発想の転換! 「ダイヤ」で「タイヤ」が出たんだから、「タイヤ」で「ダイヤ」が出るはず!
「おいでませ、タイヤちゃ〜ん!」
 ボゥゥン。
 丈夫そうな、太いワイヤーが降ってきた。
「精神力が弱い!」
 朝からずっと付き合ってくれているミズタマにも気の毒な気がする。でも、頑張ってるんだもん、なのに駄目なんだもん!
「うう〜! ゆかり、新しい彼氏が欲しい!」
「うわ、何だか無茶なこと言ってるじょ!」
「おいでませ、彼氏ちゃ〜ん!」
 ボゥゥン。ボタッ。
 うわ〜、カラシだ・・・・。
「ゆかりはカラシじゃなくて彼氏が欲しいの! 何よこの魔法、全然役に立たないんだからぁ!」
 ゆかりが悪いの? 下手ッぴなの? 駄目な子なの? ドジっ子なの?
 悔しくて、目がうるうるしてきちゃった。
「な、泣くなよゆかりん!」
 座り込んでしまった私を慰めてくれるミズタマ。
「あ〜あ、こんなことじゃあいつに負けてしまうじょ・・・・」
「あいつ?」
「あ、いや、何でもないじょ!」
 焦るミズタマ。何かを隠してるっていう、すっごく分かりやすい反応だ。
 私が更に追求しようとしたその時・・・・。
「すげぇな、喋るのかそいつ?」
「!?」
 顔を上げると、男の子が立っていた。歳は今の私と同じくらい。
「ウサギか、そいつ」
 見られた!? ミズタマが喋っているのを、見られちゃった!?
「ち、違うのこれは! ふっ、腹話術よ!」
 私はミズタマを慌てて抱え上げた。
「やぁ、こんにちは。僕、ウサギだよ」
「・・・・」
 思い切り疑惑の眼差しを送ってくる男の子。確かに私の即席腹話術じゃ誤魔化せるわけがない。
「じ、実は喋るぬいぐるみなの!」
 その瞬間、男の子の手がミズタマの尻尾に伸びたかと思うと、キュッとひねり上げた。
「痛いじょ!」
「痛がってるぜ?」
「・・・・」
 物凄い強行手段に出る子だこと。
 どうしよう、誤魔化しきれないよ! バレたらどうなるの? ゆかり、魔女っ子の資格剥奪? なったばかりで、まだ魔法で欲しいもの出してないのに!? やだやだ、せっかく憧れの魔女っ子になったのに!
「そんなことよりさ、さっきのアレ、どうやったんだ? いきなりそのワイヤーが現れたマジック。凄かったな、もう1回やってくれよ」
「・・・・」
 ミズタマが喋ることを「そんなこと」と言ってのけたこの男の子、一体何者?
「そ、そうなの、マジックの練習をしてたんだ」
「へぇ、凄いな」
 素直に信じている様子。ここはマジックということで何とか切り抜けよう。
「何が出せるんだ? あ、俺、タカシって言うんだ」
「あ、私はゆかりん・・・・だよ」
「ゆかりん、何か出してくれよ!」
 子供ってこんなに簡単に知らない子と話せるものなの? 私もこんな感じだったの? それとも、この子が特別に人見知りしない子なのかな。
「じゃあ、タカシ君の好きなものを出してあげるよ」
「え、本当か? それじゃあ・・・・米ブレードを出してよ!」
 米ブレード。アメリカのオモチャで、近頃日本でも売り出された人気商品。昔のベーゴマの発展したようなもの。
「じゃ、いくよ!」


「みにみにすか〜と、ふりふりふりる! ぱんちらた〜んで、はぁとをげっと! おいでませ、米ブレードちゃ〜ん!」


ボゥゥン。
「・・・・」
「何だ、これ?」
 タカシ君は地面に落ちたレコードを拾い上げた。
 Babeのレコード。今ではレコード自体珍しいのに、ましてタカシ君の世代の子がBabeを知ってる可能性はあまり高くない。
 米ブレードとはかなり違っていると思う・・・・。
「これ、米ブレードじゃないぞ」
「ごめん、間違えた」
「ゆかりんはまだ修行中か」
「うん・・・・自分で思ったものを出そうとするんだけど、なかなか欲しいものが出てこなくて。駄目だね、私」
「欲しいものが簡単に手に入ってしまったら、人って堕落しちまうんじゃねぇか?」
「へっ?」
 小学生だと思われるタカシ君から「堕落」なんて言葉を聞くとは思わなかった。
「欲しいものがあるから、目標があるから人は頑張って働いたりしてるわけだろ? それが魔法みたいに簡単に出てきてしまったら、何もしなくなっちまうと思うぜ」
「・・・・そうかもしれない。タカシ君、いいこと言うね」
 ちょっと生意気で可愛げはないけど。
「そうか? おっと、塾の時間だ。またな、ゆかりん!」
「うん、またね」
 タカシ君はBabeのレコードを片手に持ち、塾の鞄をもう片方の手にして走って行った。塾か・・・・最近の小学生は大変だよね。
「さて、魔法の特訓に戻ろうかミズタマ」
「タカシ君の言ったこと、どう思う?」
 さぐるような視線を向けてくるミズタマ。どんな答えを期待してるんだろう?
「私はこれだけ苦労して魔法の練習をしてるんだから、欲しいものがすぐに手に入っても堕落なんてしないよ」
「だといいけどな」
 意味ありげな態度でミズタマはつぶやいた。



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