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タイトル


 最終回拡大版 Final Love 「Force of Love」


「正解って、どういうことですか」
「校長先生、あなたは一体・・・・」
 透子と芽瑠から一度に訊かれ、校長は「まぁ慌てるな」と穏やかに制した。
「さて、どこからお話しましょうか・・・・」
 落ち着き払った校長の態度に、大神官は腹を立てて錫杖で殴りかかろうとした。だが、更に蛇の頭が2匹、校長の背広の胸元から伸び、大神官の動きを封じてしまった。
「や、やめろ、離せ、気持ち悪い!」
 蛇にがんじがらめにされ、大神官は叫び声を上げた。
「まず宝玉の正体からお話しましょう。それは出雲巳弥君の父親である出雲牙斬が恋人の美櫛さんに送った、プロポーズだったのです」
「プ・・・・プロポーズぅ!?」
「陽の玉は美櫛さん。陰の玉は牙斬。その2つの玉を合わせると『愛』の字が浮かび上がる。あいつは恥ずかしがり屋だったからな。そんな回りくどい愛の告白を考えたのだろう。作ったのは美櫛さんにマジカルアイテムを与えたプリウスという者だ」
「あいつって・・・・校長先生、私のお父さんを知っているのですか?」
 校長は巳弥の前までゆっくりと歩いて来て、微笑みかけた。相変わらずスーツの間から蛇が出ているのが、何とも笑顔に似合わず不気味だったが。
「牙斬は私の息子だ」
「え・・・・」
「ということは、校長先生は出雲さんのおじいさん?」
 芽瑠が言った。
「確かに蛇が出てるわね」
 透子は蛇からなるべく離れた場所から様子を伺っていた。隣にはゆかりもいて、透子の腕を掴んでいる。
「すまなかったな、巳弥」
「ずっと生活費を振り込んでくれてたのは、校長先生・・・・?」
「あぁ」
 校長は巳弥の頭に手を置いた。
「私は君が生まれる前、イニシエートから裏切り者の牙斬を連れ戻すようにと命令を受け、牙斬が開発したゲートを使ってこの世界に来た」
「え、ゲートを開発って・・・・紅嵐先生より前にゲートを作った人がいたのですか?」
 芽瑠が驚いて聞き返した。今までずっと、ゲートを開発したのは紅嵐が最初だと思っていたし、そう教えられてきたからだ。
「そうだ。初めてこの世界に足を踏み入れたイニシエーター、それが牙斬だ。彼はゲートの試運転で、自ら異世界であるこの世界に来たのだ。教え子を実験台として利用した誰かと違ってな」
 紅嵐は意識を取り戻し、魅瑠と一緒に話を聞いていた。その表情が歪む。
「だが彼は勝手の違うこの世界で、パニックを起こしてイニシエートの血を覚醒させてしまった。どうしていいか分からず暴れる牙斬を退治しに現れたのが、トゥラビアからの使者にマジカルアイテムを授かった美櫛さんだった、と言うわけだ」
 それから校長は牙斬と美櫛についての話を長々と聞かせたが、ゆかりや透子、巳弥がマジカルハットで見た話とほぼ同じようなものだった。2人は恋に落ち、牙斬はイニシエートに帰ることより美櫛と一緒にいる事を望んだ。しかしいつまでも帰って来ない牙斬を連れ戻すようにと、その父親と牙斬の友人が選ばれ、ゲートをくぐってこの世界にやって来たのだという。
「最初は連れ戻すつもりだった。だが2人の幸せそうな顔を見ていると無理に連れ戻すことは出来ないと思った。だがもう1人は違った。使命を果たすため、無理矢理に彼らを引き離そうとしたのだ。それを阻止しようとする私とその若者はついに戦うはめになり・・・・彼の命を奪ってしまったのだ。その戦闘で私も肉体が滅びてしまい、たまたまその近くにいたこの男の体を借りた。結局そのまま・・・・私が体を奪ってしまう形になってしまったのだが」
「・・・・」
 巳弥は悲痛な表情で話す校長の手を握った。校長は少し落ち着いたように、続きを話し始める。
「私はイニシエートを裏切り、帰ることが出来なくなった。だから私はゲートを壊し、帰る事も、またイニシエートから使者が来ることも出来なくしてしまったのだ。ゲートを作った牙斬はこちらにいるので、誰もこの世界に干渉出来る者がいなくなった。2人の邪魔をする者はいなくなったのだ。だが・・・・」
「だが?」
「牙斬は元々、何か病気を患っていたようだ。環境の変化もあるのだろう、美櫛さんのお腹に子供が宿る頃、彼は病気がちであまり外を歩けない状態だったらしい。こんな体だ、病院に行くわけにもいかず、彼の様態は次第に悪化していった。そして最愛の妻と娘を残し、彼は他界した。私は息子の代わりに美櫛さんと巳弥ちゃんの面倒を見ようとした。だが学校で巳弥が正体を友達に知られてしまう事件が起こり、巳弥は誰とも口をきかなくなって、引越しを余儀なくされた。美櫛さんは私に引越し先を告げずに姿を消した。イニシエートである私から離れたかったのだろう」
「・・・・」
「巳弥は自分の名前の意味を知っているか?」
「・・・・はい、どうしてこんな名前を付けたんだろうって、その・・・・両親を恨んだこともありました。どうしてこんな忌まわしい名前を付けたんだろうって・・・・」
「だが君の名前を考えた美櫛さんはそう思っていなかった。床に伏せ、日に日に体が弱ってゆく牙斬を見て、もう先が長くないと思っていた美櫛さんは、我が子が父親のことを忘れないようにと娘に巳弥という名前を付けた。彼女自身、牙斬の全てを愛そうとして、そして愛した。彼の全て・・・・彼の正体も含めた全てだ。彼女は娘にもその気持ちを分かって欲しかったのかもしれないな」
「全てを・・・・」
「だから巳弥、君もあの姿を否定せず、自分の全てを好きでいて欲しい。例え一部でも、己を否定して生きるのは悲しいことだ」
「・・・・」
「話を戻そう。私が体を乗っ取る形になってしまったこの男は、教師だった。ある日私は卯佐美第3中学に校長として赴任することになったのだが、卯佐美小学校に巳弥が転校してきた。運命だと思ったよ」
 それから巳弥は卯佐美第3中学に進学した。巳弥の祖父は校長の立場から彼女を見守り、母親が亡くなった後は仕送りを続けてきたのだった。
「あ、ひょっとして私達が学校に通えたのも先生のご配慮ですか?」
 芽瑠が口を挟んだ。
「変だなと思ってたんです。イニシエートの私達が、どうして学校に『転校』という形で入れたんだろうって。書類とか色々必要なはずなのに、住民でもない私達が入れるはずないのにって」
「・・・・私もイニシエートの者だからな。ついひいきをしてしまったのだよ。異世界に来て淋しいだろうとな。実は巳弥だけでなく、君達も密かに監視していた。変な行動をしないかとね。済まなかったな」
 校長は芽瑠や萌瑠に向かって頭を下げた。
「いえ、そんな・・・・」
「フフフ・・・・」
 くぐもった笑いが聞こえてきた。皆が一斉に笑い声のした方向を見ると、紅嵐が地に伏したまま自嘲している笑いだった。
「愚かなことだ。私は自分の力で異世界を繋ぐゲートを開発したと思っていました。研究所に残っていたデータを元に、私自身が発明したのだと胸を張っていました。だがそれは、牙斬が残したデータの残骸だったとは・・・・」
「先生・・・・」
 魅瑠は震える紅嵐の背中をそっと抱いた。
「おまけに捜し求めていた宝玉が子供騙しのオモチャだったとはな、私は今まで何をしてきたのだ。何も発明などしていない、何も得ていない、何も・・・・フ、フフフ・・・・」
 腕を動かせない紅嵐は、流れる涙を拭うことも隠すことも出来なかった。そんな紅嵐の肩に手を置き、魅瑠は小さな声で囁いた。
「そんなことありません、先生は毎日、一生懸命研究に取り組んできたじゃないですか。あんな少しのデータからゲートを作るなんて、先生でなければ出来なかったはずです」
「人生は結果が全てなのです。努力した、頑張ったというのは過程に過ぎない」
 紅嵐はいつか魅瑠に言った言葉を、自分に言い聞かせるように口にした。
「私はそうは思いません、先生。頑張らなければ、ゴールはその人にとって意味のあるゴールじゃない。走らずにゴールテープを切ったって、マラソンをしたということにはなりません。努力もなしにゴールに辿り着いてしまったとしたら、実感や達成感を感じることが出来ません。だから・・・・」
(だから私は先生を好きになったことは、後悔しない)
「・・・・」
「あ、でも私、勉強は・・・・あまり努力してませんでした」
「だろうな」
「・・・・酷いです」
「確かに魅瑠は、試験の成績は悪かった。ですが魅瑠、私はあなたに1つ教わりたいことがあるのです」
「え、先生が私に・・・・? そんな、先生に教えられることなんてありません」
「私が結局、分からなかった分野・・・・人を好きになるということ、恋愛についてです」
「・・・・」
「魅瑠、教えてくれませんか? あなたは得意そうだから」
「・・・・は、はい、先生、私、頑張って・・・・その・・・・」
 魅瑠のセリフが途切れたので、紅嵐は背中の方に首を回してみた。
「魅瑠?」
「姉さん!?」
 魅瑠は目を閉じ、紅嵐の背中に頭を乗せたまま動かなかった。それを見て、芽瑠が駆け寄る。
「魅瑠!」
 紅嵐も魅瑠を助け起こそうとしたが、腕が使えないためそれは不可能だった。
「芽瑠、萌瑠、手伝って下さい、迅雷も! 魅瑠を早く治療しなければ!」
 芽瑠が魅瑠を抱え起こす。息はまだあったが、危険な状態だろう。
「早く・・・・早くしなければ、魅瑠が・・・・」
「先生も早く捕まれよ」
 迅雷が紅嵐の肩に手を回した。
「迅雷・・・・」
「お前が死んだら魅瑠が悲しむ」
「・・・・情けないことですね」
 紅嵐は迅雷に助け起こされ、魅瑠を背負った芽瑠の後に続いた。
「こんな時、魅瑠を背負ってあげるのでしょうね、男としては」
「あぁ? まあ、そうだろうな。でもしょうがねぇだろ、腕が折れてるんだからよ」
「ん・・・・」
 魅瑠の口からうめき声が漏れた。
「姉さん、すぐに病院に連れて行くから、じっとしていて。少し揺れるけど、我慢してね」
「せ、先生は・・・・」
「大丈夫、すぐ後ろにいるわ。迅雷君がおぶってくれてるから」
「せ、先生・・・・」
 魅瑠が後ろを振り返ろうとしたので、芽瑠は慌てて「動かないで」と制した。
「先生、ごめんなさい、私、先生と一緒に、死のうって考えて・・・・」
 弱々しい声が紅嵐の耳にも届いた。
「言ったはずです、魅瑠。私は過程より結果が大事だと」
「・・・・」
「私はこうして生きている。これが結果です。それまでの過程はどうでもいい」
「・・・・はい」
「後でまた戻って来るわ!」
 芽瑠は振り返って巳弥たちにそう告げると、魅瑠を連れてゲートのある場所へと歩いて行った。
「まて、貴様らぁ!」
 校長の蛇に巻きつかれたままの大神官が叫んだ。
「嘘だ。宝玉がこんなくだらないものであるはずがない。お主ら、本物を持っているな。ダークサイドに持って帰るつもりだな。そうはさせんぞ!」
 手を離れ地面に落ちていた「魔法の錫杖」が光を発し、大神官を拘束している蛇に向かって飛び上がった。光を纏った杖に体当たりを喰らった蛇が一瞬ひるむ。大神官はその隙を逃さず、力を振り絞って蛇の拘束から脱出した。錫杖が大神官の手に戻る。
「宝玉は余の物だぁぁぁ!」
 大神官は芽瑠や迅雷に向かって大きく跳躍した。芽瑠は魅瑠を、迅雷は紅嵐を背負っているために応戦できない。ゆかりや透子も助けに行きたかったが、魔法が使えない今、走っても間に合う距離ではなかった。
「くだらないものなんかじゃない!」
 巨大化したマジカルハットが大神官の頭上に振り下ろされた。「げひっ」という声をあげ、大神官は地面に叩きつけられ、一度、二度とバウンドした。
「お父さんとお母さんの大切な思い出だもん! 愛が詰まってるんだもん! つまらないものなんて言わないで!」
 大神官を撃墜した巳弥が降りてきた。マジカルハットは元の大きさに戻り、巳弥の頭に納まる。
「ごめんね、お父さん。お母さん。私、ずっとお父さんを恨んでた。どうしてこんな私を生んだんだろうって。こんな体なら、生まれて来なきゃ良かったのにって・・・・」
 ひっく、ひっくと泣きじゃくる巳弥を、校長がそっと抱きしめた。
「君は1人で頑張りすぎた。寂しい時や悲しい時は、泣いていいんだ、誰かを頼っていいんだ。1人で悩むことはないんだ」
「おじい・・・・ちゃん」
「私をそう呼んでくれるのか、巳弥」
「私ね、お友達が出来たの。素敵なお友達、たくさん・・・・」
「あぁ、巳弥。そうだな、素敵な友達だ。それとな、すぐにとは言わない。私と一緒に住んでくれないだろうか。こんな私だが、許してくれるなら・・・・」
 抱き合う2人に向かって、大神官が駆け出した。
「ダークサイドめ、くらえぇぇ!」
 その時、大神官の体を1本の光が貫いた!
「ぎゃああああっ!」
 大神官の体が地面に転がる。法衣の煌びやかな装飾が飛び散った。彼を貫いた光は透子のライトニングアローではない。肩叩きはその機能を停止している。
「だ、誰?」
 上空から光り輝く衣を纏ったウサギが舞い降りてきた。
「オールスター勢揃いだな」
 辺りに響くような声で、その金ピカのウサギが喋った。
「トゥ・・・・トゥラビア王!?」
 ミズタマとチェックが慌てて平伏する。
「王様?」
 ゆかりもつられて膝をついた。
「あぁ、良い良い。普通にしてくれ。地面に座ったらその可愛い服が汚れてしまう」
 気さくな喋りでトゥラビア王はゆかりに笑いかけた。
「さて大神官ギーサ」
 息も絶え絶えになっている大神官に向かって、トゥラビア王は言った。
「お前はクビ」
「そ、そんなっ」
「ていうか、犯罪者だから牢獄行きだ。ミセス・ラビラビも一緒にな」
 ミセスはまだ山の斜面に引っ掛かって気絶していた。
「もうすぐイエローラビットがお前たちを捕まえにくるから、大人しく待っていろ。罪状はマジカルアイテムを勝手に使用した罪、リチャード君を操った罪、宝玉の力をやらを得て私に対して謀反を起こそうとした罪・・・・やれやれ、きりがないので後は法神官君に任せておくとするか」
 水無池姉妹たちが無事にゲートに入ったのを確認して、トゥラビア王はあらためてゆかり達に向き直った。
「君たちには色々と迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
「あ、いえ、そんな」
 頭を下げられ、ゆかりは慌てて手を振った。
「部下の教育がなってないんじゃないの」
 手厳しい意見を言ったのは透子だ。
「それについては私の不徳の致す所。人を見る目がなかったということだな」
「でも・・・・その人も、最初から悪いことは考えてなかったんだと思う。きっと宝玉の間違った伝説を聞いて、良くないことを考えちゃったんだよ」
 ゆかりの言葉に「フン」と鼻を鳴らす大神官だった。
「さて、そいつをどうするつもりだね?」
 トゥラビア王は地面に倒れているミズチを杖で指した。
「まだ息はあるようだが」
「決っている。このまま殺すんだ」
「大神官君には聞いていない。私はゆかり君に聞いているのだ」
「ゆ、ゆかりは・・・・助けたいなぁ」
「また悪い事をするかもしれないぞ?」
 そこへ透子が口を挟んだ。
「こんな奴でも、殺しちゃったら後味悪いから。ほら、虫だって潰しちゃったら後でちょっとだけ後悔するでしょ。ゆかりを前科者にしたくないし」
 虫と一緒にされたミズチだったが、気を失っているので抗議は出来なかった。
「それからあのゲートのことだが、処遇は君たちに任せる。これを機に異世界と交流を持つのもいいが、今回のようなことが起こらないとも限らない。そう考えたら君たちだけで決められる問題ではないか、ははは」
「そ、そうですね・・・・」
「トゥラビアは将来的にはどうか分からぬが、今すぐには勘弁願う。ずっと統一国家だったこともあり、外交に慣れていない。何より国民が戸惑うだろう。先の1件で、イニシエートにかなりの仲間を殺されたのだからな。君たちなら信用できるが、世の中には色々な人がいるのでな。全く、王とは大変な仕事だ。でもまぁせっかく巳弥君のご両親やプリウス君が作ってくれた交流のきっかけを無駄にはしたくないからな。おお、大神官ギーサ、お迎えが来たようだぞ」
 ザッ、ザッという音と共に、トゥラビアの近衛騎士団の1隊、イエローラビットが到着した。大神官は力なく捕えられ、連行されて行った。
「さて迷惑をかけたお詫びと言っては何だが、君たちにお礼がしたいのだが」
 トゥラビア王はイエローラビットを見送った後、ゆかり、透子、巳弥に向かってそう言った。
「お礼?」
「ダークサイドからトゥラビアを守ってくれたり、大神官の企みを暴いてくれたのでな。望みを1つ叶えよう。と言っても、限度はあるぞ」
「えっと・・・・」
 昔からよくある「何でも願いを叶えよう」という奴だ。
「ちなみに『叶える願いの数を増やして下さい』はズルいので駄目だぞ」
「あ、なんだ・・・・」
 と、透子。そう言うつもりだったらしい。
(じゃ、一億円とかアリかな? う〜ん、ちょっと多すぎるかも。やっぱ現金百万円? でも少なくして、実はもうちょっと貰えるんだったら損だよな〜。そうだ、出来る限りお金を頂戴って言えばいいのか。冴えてる、あたし!)
「ゆかりは決ってるよ。透子も同じだよね?」
「え?」
 突然ゆかりに話し掛けられ、透子は戸惑った。
(ゆかりと同じ? ゆかりもお金が欲しいのかな。やっぱり世の中、お金だもんね。よし、ゆかりにもあたしのナイスアイデアを教えてあげよう)
「トゥラビア王様、ゆかりのお願いはこれ」
 ゆかりは壊れた魔法の孫の手を差し出した。
「ゆかりのせいでこんなになっちゃったの。元に戻してあげて」
「えっ、ゆかり、それ・・・・」
「ね、透子も肩叩きを治してあげるよね?」
「・・・・・・・・も、もちろんよ」
(ごめん、肩叩き。目先の欲に眩んだあたしを許して・・・・)
 ちょっとだけ反省する透子だった。
 トゥラビア王はゆかりから孫の手を受け取った後、少し苦い顔をした。
「すまないがゆかり君、このアイテムは既に息を引き取っている。生死を操作する魔法は使えないんだ」
「え・・・・」
「使えないと言ったら嘘になるが、それには私の命が引き換えとなってしまうかもしれないんだ」
「・・・・そうですか」
 だがションボリとなったゆかりに、トゥラビア王は「他に手はないわけではない」と言った。
「生き返らせることは出来ないが、孫の手の記憶を他の媒介に移すことは可能だ」
「他の媒介・・・・」
「形は違うが、意思を受け継ぐことは出来る。それでもいいか?」
「は、はい、ぜひ!」
「それは媒介を変えてしまっても、マジカルアイテムとして生きることが出来るんですか? 魔法を使えるんですか?」
 透子の問いに頷くトゥラビア王。
「だが、そなたたちの仕事は終わった。理由もなく人間にマジカルアイテムを持たせることは出来ない。せっかく別の姿で復活しても、孫の手や肩叩きとはお別れになるが・・・・それでも良いのか?」
「え〜? そうなの〜?」
 声を揃えてゆかりと透子は不満そうに言った。どうやら2人共、まだまだ魔法を使いたいという理由もあって、マジカルアイテムを蘇らせたかったようだ。
「私は特にお願いは・・・・」
「何だ巳弥君、欲がないな」
「みんながいるから・・・・」
「そうかそうか。では『保留』にしておこう。願いが出来たら、言ってくれ」
「はい」
「あぁ、但し半年以内に頼むぞ。理由は特にないが、50年後に言われても私が生きていない可能性もあるからなぁ」
 蘇らせてもすぐに別れなければならないマジカルアイテムを復活させるか、それとも己の欲望を満たすか。すぐに結論を出せず、ゆかりと透子も願い事を保留した。
「しかし、どこから宝玉の伝説があんなに大きな話になったのやら」
 やれやれ、という表情でトゥラビア王は呟いた。
「人の噂というのは恐ろしいものだな。いつ宝玉という名が付いたのか、どこから話が大きくなったのか。地上界の女性とイニシエートの男性が恋に落ち、トゥラビアの者が仲を取り持ち、巳弥という娘が生まれた。そなたはこの3世界が共存できる可能性を示す娘だ。素晴らしい存在だ。いわばそなたがあの『愛』という文字が浮かび上がる、あの玉そのものなのだ。胸を張って生きるが良い」
「は、はい」
「さて、一段落したな」
 トゥラビア王がミズチの体に向けて杖を翳すと、重傷のイニシエートの王の体がフワリと浮いた。
「こやつは私に任せておけ。適当に治療して、ゲートの中へ放り込んでおく。それで死にはしないさ。実を言うと、あまり関わりたくないのでね」
 巳弥は空を飛べるが、大人になったゆかりたちを運ぶには無理があったので、ライトニングボールで足元を照らしながらゆっくりと徒歩で山を降りた。途中で「もう歩けない〜」とわがままを言うゆかりを励ましながら何とか山を降りた時は、まだ夜が明けるまでには数時間の間があった。
 巳弥は祖父である校長と共に、彼の家へと帰って行った。近い内に一緒に住むことになるのだろう。
「あ・・・・」
「どうしたの、ゆかり?」
「お父さんに怒られる〜・・・・ずっと家に帰ってないんだよ? どうしよう」
 昨日の朝の時点でゆかりは父・岩之助に「もう帰って来なくていい」と言われてしまった。それから1日、本当に言われた通り家に帰っていない。ゆかりは「本当に勘当されるかも」と思った。
「そうだ、トゥラビア王へのお願い! お父さんに怒られないようにして貰う!」
「ちょ、ちょっとゆかり! そんなつまらないお願いしちゃ駄目だよ!」
 とにかく今はまだ夜明け前だ。岩之助が起きる頃に2人で帰って、透子と一緒に遊んでいたことにしようと決めた。透子も一緒に謝ってくれると言ってくれたので、ゆかりは少しだけ心強くなった。

 公園のベンチ。そろそろ夜が白々と明けようかという時間。ゆかりと透子以外に人影は見当たらなかった。
「ゆかり、あたし眠いよ」
「ゆかりも・・・・」
 魔法を使う際に精神力を酷使し、慣れない運動をして、おまけに徹夜したのだ。20代後半の2人の体には相当堪えただろう。2人は元々睡眠をしっかり取るタイプだったので、なおさらだ。
「そうだぁ・・・・」
「ん〜?」
「もう子供にはなれないんだ・・・・」
「うん、そうだねぇ」
「先生に会えないよ・・・・」
「会えないねぇ・・・・」
「・・・・もうちょっと、夢をみたかったな・・・・」
「夢はこれから見るんだよ・・・・」
 既に半分寝ている透子。
「もう、会えない・・・・」
「会えばいいじゃない、大人のゆかりで」
「でも・・・・」
「魅瑠さんを見習え」
「・・・・うん。ねぇ透子、あの人達、どうしたのかな。ミズチって人、生きてるよね? 紅嵐って人と魅瑠さん、どうなったのかな。迅雷って人、巳弥ちゃんにホレてたんだよ、知ってた? 透子?」
 透子はすっかりベンチに横になって寝ていた。ス〜、ス〜と平和な寝息が聞こえる。
 ゆかりはそんな寝顔を見て、平和という言葉が良く似合うと思った。


エピローグ

「ほら、ゆかり、来たよ!」
「ちょっと、押さないでよ透子!」
 卯佐美第3中学の校門の陰に隠れ、ゆかりと透子は露里が勤務を終えて帰るところを待ち伏せしていた。下校する生徒から「誰、この人達?」という視線を浴びながら。
 露里はゆかりの本当の姿を知らない。堂々と出て行ってもいいはずなのだが、恥ずかしくてつい隠れてしまうゆかりだった。
「と、透子、あっち行ってて! 恥ずかしいから!」
「何で、面白いじゃない。それにゆかり、1人にしたら絶対告白しないもん」
「うう〜」
 ゆかりは本当のことは言わず、町で会って一目ぼれしたOL、という設定でアタックすることに決めていた。本当の事を言えば、ずっと露里を騙していたと自分から言うようなものなので、それだけは避けたかった。
 ゆかりはそっと校門の陰から顔を半分出してみた。露里がこちらに向かって歩いてくる。当然のことながら、いつも通りの露里だった。
(はぁ〜、ドキドキする〜!)
「好男さん!」
 ゆかりと露里の間に、女性が割り込んだ。露里を下の名前で呼んだその女性は、体育教師の立石良香だった。
(え、立石先生?)
「立石先生、学校の中ではその名前で呼ばないで下さいよ、生徒に聞かれます」
「はいはい。じゃあもうすぐ校門だから、その外ならいいのね?」
「あぁ、だ、駄目駄目、まだ生徒が周りにいるでしょう!」
 そう言って露里は笑った。
(そんな、露里先生と立石先生があんなに親しく・・・・)
 立石がゆかり達に「好きな人から貰ったの」と言っていた金色のスーパーボール。あれは露里からのプレゼントだったのだろうか。そんなことを考えているゆかりと透子の横を、露里と立石が並んで通りかかった。ゆかりは慌てて目線を外し、背中を向けた。
「あの、学校に何か用ですか?」
 露里の声が背中から聞こえる。
「いえ、別に」
「あたしたち、ここの学校の卒業生なんです、たまたま通りかかったので、懐かしいなぁって見てただけなんです」
 透子がフォローした。
「そ、そうなんです」
 慌てるゆかりを見て、露里が話し掛ける。
「あなた・・・・どこかでお会いしましたか?」
「え、いえ、気のせいです!」
「そうですか・・・・いや失礼、似ている生徒を知っているもので」
 うさみみ中学はもうすぐ夏休みに入る。ゆかりや透子、水無池姉妹のことは夏休みが明けてから、校長先生の方から転校したという知らせが入る予定だ。
「そ、そうなんですか」
「その子とあなたが似ていたもので、いや、失礼しました。卒業生の方なら、許可を得れば中に入れると思いますよ」
「あ、ありがとうございます・・・・」
「では」
 露里は透子にも頭を下げ、学校を後にした。立石先生が腕を組んで来るのを「生徒が見てるから」と振り解きながら、それでも何度目かには観念したように腕を組んで歩いていた。
 流れる学生の波が途切れ始める。ゆかりと透子は校門の前に立ったまま、時が流れていった。
「・・・・ゆかり」
「・・・・なに?」
「お腹、空いてない?」
「どうかな・・・・よく分からない」
「パ〜っと回転寿司でも食べに行かない?」
「パ〜っと、ね」
「うん、パ〜っと、割り勘で」
「割り勘なの!?」
「そうだよ。だってあたしたち、お互い無職じゃない」
「そうだ、報酬! 確か宝玉を探したら、トゥラビアがお金をくれるんじゃなかったっけ?」
「そうだよ、まだ貰ってない! じゃそのお金をアテにして、回転寿司行こう!」
「回転じゃなくて、回ってないやつ!」
「わぁ、リッチ!」
「ゆかり、うずら納豆!」
「あたし、サーモン」
「そうだ、お願い事決めた!」
「え、なになに?」
「素敵な彼氏が欲しい!」
「だからそんなくだらないお願いじゃ、勿体無いってば」
「くだらなくなんかないよ! お金とかなら使っちゃえばなくなるけど、素敵な旦那様だったら死ぬまで一緒なんだよ!」
「でも、別れたら終わり」
「別れないの! 素敵な旦那様なんだから、浮気とかしないの!」
「素敵だったら、なおさら誘惑も多いよ」
「違うの、んも〜!」
「あ、こんなところに牛、発見!」
「誰が牛!?」
「んも〜って鳴いたじゃん。う〜ん、少なくとも乳牛じゃないわね」
「ど、どこ見て言ってるのよ!」
「あ〜、お寿司もいいけどお肉食べたいね」
「でも、高くない?」
「そだ、高級牛肉をお腹いっぱい食べたいってお願いする?」
「だから、それこそくだらないんだってば!」
 という他愛の無い馬鹿な会話をしながら、2人は食欲を満たすために夏の炎天下を歩いて行った。空は青く、高かった。
「ねぇゆかり、良かったのかな、あれで」
「何が?」
「ミズチも紅嵐もみんな帰っちゃったわけだけど、ゲートの技術がある限り、また彼らがこの世界に介入してくるかもしれないんだよ」
「うん、水無池さんたちも、また遊びに来れるよね」
「そうじゃなくて、侵略を諦めてなかったらどうするの?」
「その時はまた、ゆかり達が追い払えばいいよ」
「どうやって?」
「もちろん、マジカルアイテムを貰って!」
「・・・・ゆかり、ひょっとしてそれが目当て?」
「だってゆかり、欲しいものがいっぱいあるんだもん!」


 魔法少女ぷにぷにゆかりん 第2部 完
 to be continued 3rd story   ”Endless Dream”



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