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35th Love 「解かれし宝玉の封印」
「ん・・・・」
透子は自分の体が魔法少女ではなく、元の藤堂院透子に戻っていることに気付いた。
(あれ・・・・どうなったんだろう?)
スーパーライトニングアローを放った衝撃によって吹き飛ばされ、木に激突して気を失った。気がついてみると辺りは静かになっており、物音1つ聞こえない。
(そうだ・・・・肩叩きは?)
透子は辺りを見回した。吹き飛ぶ前の記憶では、自分がとこたんから透子に戻る感じがした瞬間、肩叩きの魔力ドームが破裂したように見えた。
肩叩きは、右手のすぐ近くにあった。手に取ると、やはりドームが砕け散っている。
「肩叩き?」
話し掛けたが、返事が無い。
(死んじゃった・・・・のかな)
透子は肩叩きをそっと撫でた。心なしか、冷たい。
(あたしのせい・・・・かな。無理させたから・・・・)
しかも無理矢理にリミッターを外してまで。
「ごめんね、あたし・・・・」
(透子は、悪く、ないよ)
「え、肩叩き?」
(僕が、望んだ、ことだから。君に、無事でいて、欲しかったから)
「ど、どういうこと?」
(あのままだと、君の精神が、もたなかった。だから、僕が力を貸したんだ。僕が、勝手に、やったことなんだ。だから、悲しまないで、透子)
「そんな・・・・それって、あたしのせいじゃないの!」
(違う。僕がやりたくてやったことだ)
「どうして・・・・あたしに無理するなって言っておいて、自分が無理してどうするのよ!」
(透子の、笑顔が、好きだから)
心話はそこで途切れた。
「馬鹿・・・・そんなこと言われたら、泣いちゃうでしょ・・・・」
肩叩きは死を覚悟して、透子の負担を減らすために自分の魔力を使い切り、その結果、魔力ドームが壊れてしまった。自分が死ぬと透子はとこたんの姿から戻れなくなる。そう思って肩叩きは命が尽きる前に透子を元の姿に戻したのだった。
(そうだ・・・・ゆかりは?)
透子は目に溜まった涙を拭って、立ち上がった。まだ背中や脚が痛い。
「これ・・・・なに?」
透子の目の前には、なぎ倒された木々が散乱していた。森林の中に一本の道が出来たかのように視界が開けていた。倒れていない樹木も焼け焦げた跡があった。
(まさか、これをゆかりが・・・・)
ヨロヨロと歩いて行くと、視界に奇妙な物体が飛び込んできた。大きくて黒いドーム状の物体。透子はいぶかしんだが、よく見るとそれは帽子の形をしていた。
「巳弥ちゃんの帽子?」
だが、大き過ぎる。マジカルハット・シールドは巳弥の身長程度にしか巨大化しなかったはずだ。透子が恐る恐る近付くと、突然その帽子が消えた。
「巳弥ちゃん!?」
帽子を手にした巳弥が座り込んでいた。帽子は消えたのではなく、元の大きさに戻っただけだった。
「透子さん?」
「今の大きい帽子は?」
「夢中で大きくなれってお祈りしたら、あんな大きさになって・・・・」
どうやらマジカルハットも巳弥の「お願い」を聞き、リミッターを外したらしい。
「あ・・・・」
透子は巳弥がそれほどまでに帽子を大きくした理由が分かった。巳弥の傍には、魅瑠と紅嵐が倒れていた。巳弥はゆかりんの攻撃から2人を守るべく、マジカルハットを巨大なドームへと変化させたのだ。
「これ、ゆかりが?」
透子は森の奥へと続く倒された木々を指差した。
「はい・・・・そうだ、ゆかりんは?」
比較的怪我の軽い巳弥が、ゆかりんのいた場所へと飛んで辺りを探した。
「ゆかり〜ん!」
泣き声が聞こえる。
「ゆかりん?」
ゆかりんではない姫宮ゆかりが、地面に座り込んで泣いていた。
「どうしたの・・・・?」
「孫の手が・・・・孫の手が・・・・」
魔法の孫の手を抱き締めて泣いている側には、ミズタマとチェックもいた。ゆかりは泣いているばかりなので、巳弥は彼らに「どうしたの?」尋ねてみた。
「孫の手が死んじゃったんだじょ・・・・」
「え、ど、どうして?」
「さっきの一撃でな」
ミズタマは座り込んだゆかりの膝に手を置いた。
「孫の手は自分の判断でセーフティロックを外したんだな。ゆかりんが望んでいることを理解して、それを叶えるためにはそれしかないと判断したんだ。そして、その攻撃にゆかりん自身が耐えられないであろうことも分かっていた」
「・・・・」
グスッと鼻をすするゆかりを見ながら、チェックはこう考えた。
(肩叩きは透子の願いを聞かず、拒否した。孫の手は最初からゆかりんには無理だと思っていたのかもしれないな・・・・自分がやらなければ、と思ったのかもしれない。もしくは肩叩きの最後を見たから自分も、と思ったのかもな)
「だがゆかりん、これであのミズチって奴は倒したんだ。みんなを守ったんだぞ」
「でも・・・・孫の手が・・・・」
「きっと孫の手も本望だじょ」
「ゆかりがもっとしっかりしてたら、こんなことにならなかったのに・・・・ごめんね、孫の手。ゆかり、もっともっと強くなるから・・・・」
「お、おい、あれを!」
チェックの声に反応し、皆が振り返る。一面焼け野原となっていたが、唯一草木が残っている部分、巳弥がマジカルハットで魅瑠と紅嵐を守った場所に、人影が近付いていた。片肘を駆使して這いながら、紅嵐と魅瑠を目指している。
「あれは・・・・ミズチだじょ!」
「生きていたのか!?」
カメレオンスーツを着ていなかったミズチは全体に火傷を負い、片腕をなくしていた。スーパーライトニングアローによって千切れ飛んだ蛇が左腕だったようだ。
ミズチは既に、手に宝玉を2つ持っていた。
「紅嵐、宝玉を、渡せぇっ・・・・!」
その形相があまりにおぞましく、誰もすぐには動けなかった。
「いけない、宝玉が揃う!」
最初に動いたのは、避難していた芽瑠と迅雷だった。
「させるかよ!」
紅嵐が咥えていた無の玉のペンダントは、孫の手の力が失われたために元の球体に戻って、紅嵐の傍らに転がっていた。その玉に向かって、ミズチのボロボロの腕が伸びる。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
その手に、細い棒のようなものが突き刺さった。
「だっ・・・・大神官様!?」
チェックが叫んだ。
「ぐあ・・・・」
手の甲を貫いた杖を、大神官は更にグリグリとこね回した。
「汚い手で宝玉に触るでない」
冷ややかな視線と声でミズチを見下ろし、トゥラビアの大神官は後ろに立っていたミセス・ラビラビに顎で合図をした。
「はいはい」
ミセスはミズチに恐る恐る近付き、転がった2つの宝玉を手に取った。
「な、何をするの!?」
「奴等は誰だ?」
芽瑠たちや迅雷は、大神官達を知らない。突然現れたその煌びやかな法衣を身に纏った2匹のウサギを警戒して足を止めた。
「大神官様、何故ここに!?」
チェックとミズタマが駆け寄って、平伏した。ゆかりや巳弥もその後を追う。
「だ、誰だお前は?」
大人になったゆかりを見て、迅雷が叫んだ。説明すれば長くなるので、ここはミズタマ達が手っ取り早く説明したことにして、話しを進めることにする。
「ご苦労だったな、お前たち」
大神官はひれ伏した2匹のウサギに向かって言った。
「はっ・・・・」
「お主等のお陰で、ここに3つの宝玉が揃った」
そう言いながら大神官は無の玉を拾い上げた。
「大いなる名誉と褒美を与えるぞ」
「ま、待ってよ」
ゆかりが泣き腫らした目で大神官を見た。
「あなたたちのために宝玉を守ったんじゃないわ」
「今更何を言う。余はお主らに宝玉を取り返すように命じ、アイテムを与えたはず。見事その役目を全うしたゆえ、アイテムを壊したことは許してやろうぞ」
「約束に『陰の玉』は入ってないわ」
背後からやってきた透子が反論した。
「小娘が。我らの崇高な目的を理解していないようだな。あまりに崇高すぎて理解できる器も持ち合わせていないだろうがな」
「どうせトゥラビアの勢力をこことイニシエートにまで広げようって言うんでしょ。おまけに国王を差し置いて、そのふくよかなウサギさんと2人で世界を征服しようって魂胆ね」
「・・・・」
大神官は目をむいた。思い切り図星だったようだ。後ろに控えていたミセス・ラビラビが透子に向かって鋭い視線を投げかけた。
「大神官様に向かって偉そうな口を叩くんじゃないわよ、このブス!」
「ブス・・・・」
透子が生まれて初めて言われた言葉だった。トゥラビアの美的センスはよく分からないが、ミセスが美人なのだとすると、なるほど透子はブスなのだろう。
「ほ、本当ですか、大神官様! 国王に取って代わるなどと!」
大神官を崇拝するチェックは平伏も忘れて立ち上がった。
「そもそも、どうしてタイミングよく現れるわけ?」
透子の疑問ももっともだ。トゥラビアにいたはずの大神官とミセスがこの場所に現れるには、いささかタイミングが良すぎる。
「まさかいつぞやみたいに、隠れてみてたとか・・・・」
「見ておったさ。リチャード・フォン・ヒューデリック・ラビリーヌの目を通してな」
「えっ!?」
驚くチェック。
「気付かない所が、まだお主の未熟な所よ。余はお主の目を通して、ずっとそなたらを監視しておったのだ」
「わ、私の目を・・・・?」
そんな術を掛けられたような記憶を、チェックは頭の中から引き出そうとした。
「大神官様にお会いした時・・・・そう言えば俺が記憶をなくした時が1度あった・・・・」
巳弥の家で宝玉の争奪戦をやらかして、混乱のさなかにチェックが無の玉を持ち出した。それからミズタマに会うまでの記憶がないということがあった。その前にチェックは大神官に会っている。
「まさか、あの時!?」
「お主の体を操り宝玉を持ち帰ろうとしたのだが、カラスが邪魔をしてお主は気を失ってしまった。そこでコントロールの魔法は尽きてしまったのだが、カメラの役割は果たしてくれた。お主の見ていない所で宝玉を巡って色々あったようだが、ここでこうして晴れて宝玉が揃った。礼を言うぞ」
「・・・・」
チェックは誉められても全然嬉しくなかった。むしろ、大神官の片棒を担いだことになり、後ろめたい気分になる。ずっと今まで崇拝してきた大神官の本当の姿を知り、自分が否定された気さえした。
「あなたのために、孫の手は命を賭けたんじゃないもん」
ゆかりは抗議したが、あの一撃による疲労で立っていられなくなり、地面に座り込んだ。
「余のためだ。マジカルアイテムはトゥラビアのためにあり、トゥラビアのために働くのが仕事だ」
「ち、違うじょ!」
ミズタマの目に涙が溢れた。
「少なくとも最後は、孫の手と肩叩きは、ゆかりんと透子のために戦ったじょ! 2人のことを思って、2人のために戦ったんだじょ! 裏切り者のためじゃないじょ!」
「裏切り者とは、あたしたちのことかい?」
ズイ、とミセス・ラビラビの巨体がミズタマを威圧した。この距離でもミセスがつけている香水の匂いがプンプンする。ミズタマはくしゃみが出そうになった。
「大神官様が功績を称えてくれていると言うのに、その態度はなんだい?」
ミセスは大神官に「陽の玉」と「陰の玉」を手渡し、ミズタマの前で手をポキポキ鳴らした。ミズタマの首くらいならすぐに折られてしまいそうな勢いだった。
「宝玉はあたしたちの物なんだよ! やっと手に入れたんだ。ずっと待ってたんだ。お前らなんかに邪魔をされてたまるか!」
「ミセス、それは少し違うな」
大神官はなお手を伸ばしてきたミズチの頭を蹴った。ミズチは残った方腕で頭を押さえ、低くうめいた。
「靴が汚れた」
「大神官様、何が違うのです?」
「宝玉は余の物だということだ」
「え?」
何を言われたか分からないミセスの頬に、大神官の杖での一撃が炸裂した。
「ぎゃあっ!」
「ここに3つの宝玉が揃った! お前はもう用済みなのだよ、ミセス!」
「な、何をするんですの!?」
赤くなった頬に手を当て、ミセスは泣き喚いた。
「お前の占いが良く当たると言うので手を組んだだけだ。しかし偽の宝玉を見て『本物だろう』と言ったり、陽の玉の行方を占ったら無の玉の手掛かりだったり、お前も大したことはないという事が分かったのでな」
「そ、それは、あたしだって異世界のことまでは分からないし、無の玉を辿れば陽の玉に行き当たったのだから、占いは間違っていませんでした!」
「そんなことはどうでも良いのだよ、ミセス。宝玉は全て余の腕の中にある。それが全てなのだ。実はな、お前のような不細工なウサギを近くに置いておくのは正直、いい気分ではなかったのだ。余の趣味が疑われてしまうのでな」
「・・・・!」
どうやらトゥラビアの美的センスでも、ミセスは不細工だったらしい。
「みんな、宝玉を取り戻せ! 力を使われる前に!」
迅雷が大神官に飛びかかった。それに続き、芽瑠や萌瑠も宝玉を奪い返しにかかる。
「雑魚めがっ!」
大神官のかざした杖が光を放つ。その光にぶつかった迅雷、芽瑠、萌瑠は弾き飛ばされてしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
光に弱いイニシエートの面々は激しい光によって目が眩んでしまった。
「くそっ、目が!」
「痛いよ〜、芽瑠おね〜ちゃん!」
「萌瑠、大丈夫!?」
目が痛くて開けることが出来ない。芽瑠は声を頼りに、妹を抱き寄せた。
「もう、許さないわっ!」
「宝玉は発動させない!」
ゆかりと透子も宝玉を奪おうと飛び掛ったが、大神官の張ったマジカルバリアーに跳ね返されてしまう。
「マジカルバリアー!?」
「まさか、あの杖が・・・・」
「魔法を使えないお前たちに、何が出来るというのだ。さぁ『魔法の錫杖』よ、うるさい小娘どもを吹き飛ばせ!」
「きゃ・・・・」
見えない衝撃を体に受け、ゆかりと透子は吹っ飛ばされて肩や腕を地面に打ちつけた。
「う・・・・」
「何よ、『余は争いに向いていない』とか言ってたくせに、無茶苦茶好戦的じゃないの!」
腕を押さえながら透子がうめく。
「争いは好まぬさ。相手が強く、勝ち目がない争いはな。今は違う。魔法の使えないお主達になら勝てるからな」
「い、嫌な奴・・・・!」
2人はかつてない魔法を使った後遺症で、精神的にも身体的にも疲労が限界に来ていた。立ち上がろうにも、腕にも脚にも力が入らない。
「よくも騙したわねっ!」
項垂れていたミセス・ラビラビが急に立ち上がり、大神官の首に手を回した。
「ぐっ!」
意表を突かれた大神官は、首を締め上げられてしまう。体格ではミセスの方が数段上回っていた。
「許さない・・・・あたしの夢を、豪邸に住んで、寝たいだけ寝て、食べるだけ食べて、買いたいだけ買って、若い男の子をはべらせて余生を過ごすあたしの夢を返せ! ぐふっ」
脂身たっぷりのミセスの腹に「魔法の錫杖」の容赦ない一撃がめり込み、巨体は大神官の足元に沈んだ。
「身の程を知れ」
続けて大神官は錫杖を振り上げ、ゴルフのスイングの要領でミセスを打った。重そうなウサギの体が嘘のような勢いで地面を転がる。ミセスは血を撒き散らせて山の斜面を転がり落ちて行った。
「ひどいっ! 可哀想じゃない!」
ただ1人マジカルアイテムを失っていない巳弥が、ライトニングボールを大神官目掛けて投げつけた。だが魔法の錫杖から発生した光によって相殺されてしまう。
「馬鹿め、ダークサイドには効くかもしれんが、光の国の我々にそんな攻撃が通用するものか」
ライトニングボールを消した光が大きくなる。
「お主も光に弱いのだったな、蛇の娘」
錫杖の先端に発生した光の球が巳弥に向けて射出されようとした時、大神官は何者かに足を掴まれ、バランスを崩した。
「なにっ?」
「宝玉を、渡せ・・・・」
重傷のはずのミズチが信じられない力で大神官の足首を掴んでいた。大神官はそのおぞましさから逃れようと、恐怖に駆られてミズチの頭を錫杖で殴りつけた。
「くそっ、蛇が執念深いというのは本当なんだな! 離せ、化け物!」
「宝玉は、わしの、ものだ・・・・」
殴られ、突かれ、血が出てもミズチは大神官の足を掴んでいる手を離さなかった。
「いい加減にせぬかっ!」
錫杖が光り、ミズチの腕に振り下ろされた。
「ギャァァァッ!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫を残し、ミズチの腕は大神官の足首を握ったまま本体から切り離された。大神官は慌てて飛び退り、ミズチの手を振り落とした。
「宝玉は余のものだ、遂に手に入れたのだ、誰にも渡さぬぞ! 余が世界を統治するのだ、余がこの世の王になるのだ!」
「ばかぁ〜っ!」
ゆかりの声がこだました。
「ゆかりたち、そんなことのために頑張ったんじゃないもん! 孫の手だって、肩叩きだって、そんなことのために・・・・そんな・・・・」
泣き崩れるゆかり。
「どうして・・・・どうしてそんなこと・・・・」
「小娘には分かるまい」
大神官は錫杖を地面に置き、抱えていた3つの宝玉をその横に並べた。
「さぁ、宝玉よ! 余に素晴らしき力を与えよ!」
陽の玉、陰の玉、無の玉が一直線に並べられた。しかし、何も起こる気配が無い。
「・・・・何故だ?」
(無の玉に力が発現する・・・・と言ったか。ということは・・・・)
大神官は、今度は無の玉を真中にし、3宝玉を並べ直した。
「おおっ」
無の玉が光り出した。
「やめて〜っ!」
「もう遅い! 出でよ、大いなる力よ!」
無の玉の輝きが一層増した。何も見えなくなるほどの七色の光を発した後、発光が一段落する。
そこには微かな光に包まれた無の玉があった。
「こ・・・・これを持てばいいのか?」
そっと光を発している無の玉に手を伸ばす大神官は、無の玉に何らかの字が浮かび上がっていることに気付いた。
「何だ・・・・?」
手に取ってみるが、これといった変化は見られない。辺りにも変化はなかった。もう駄目だと思って目を閉じていたゆかりや透子、巳弥たちも恐る恐る無の玉に近寄ってみた。しばらくしても、世界にも大神官にも変化は現れなかった。
「人を選ぶとか・・・・?」
ゆかりの言葉を聞き、大神官は「そんな馬鹿な」とわめきたてた。
「何て書いているの?」
透子が無の玉を覗き込んだ。
無の玉には、一字だけ漢字で書かれていた。「愛」と。
「愛・・・・?」
しばしそこにいた全員が「まだ何か起こるかもしれない」と無の玉を見つめていた。ゆかりの言った通り、宝玉は人を選ぶのかもしれない。だが試しに持ってみて、もし何らかの力が出現してしまったらと思うと、誰も手が出せなかった。
「そう・・・・か」
ゆかりがボソっと呟いた。
「何か分かったのか、小娘! 教えろ!」
と詰め寄る大神官。
「ねぇ、宝玉の力って、何だって伝えられてた?」
「それは・・・・3つの世界を支配する力だ」と大神官。
「3つの世界を統合し得る力」とチェック。
「3つの世界を繋げることの出来る力・・・・」と芽瑠。
「ね?」
ゆかりが微笑んだ。
「何が『ね?』だ! 教えろ、小娘! 教えないと・・・・」
怒鳴る大神官に向かって、ゆかりは指を差した。
「む?」
「それだよ。『愛』」
「あ、愛だと?」
「だってさ、愛があれば世界が違っても、種族が違っても、みんな1つになれるじゃない」
「あぁ?」
「そっかぁ、そうなんだ。愛の力って凄いよね」
「馬鹿にするな、小娘!」
大神官は錫杖を拾い上げ、ゆかりに飛び掛った。だが2人の間に何かが介入し、その一撃を受け止める。
「何だ!?」
「きゃっ!」
ゆかりの目の前に現れたもの、それは蛇だった。その伸びて来た方向を見ると、ゆかりを助けたのは巳弥でも、もちろんミズチでもなかった。
「正解だよ、姫宮ゆかり君」
パチパチと拍手をしながら、1人の初老の男が現れた。蛇はその懐から伸びている。
「こ・・・・校長先生!?」
うさみみ中学の校長は、ゆかりに向かってニッコリと微笑んだ。
36th Love へ続く
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