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タイトル


 34th Love 「想いの形」


「な・・・・に?」
 驚いた顔でチェックとミズタマはとこたんの顔を見た。
「魔法は魔力だけじゃなく、使用する当人の精神力も消費するのよね。マジカルアイテムはその持ち主を守るために、強力な魔法を使わせないために、持ち主の精神力の強さに応じてセーフティロックを掛けている。その人にかかる負担が大きくなり過ぎないように。違う?」
「・・・・それは・・・・そうだが」
「今のマジカルアイテムじゃ、あいつに傷一つ付けることも出来ない。もっと強い威力を持った矢をぶつけないと・・・・だからお願い、外せるんでしょう? リミッター」
「教えられるか! そんなことをしたら、透子が危ない!」
「ゆかりが食べられちゃってもいいの!?」
「いや、だが、それは、しかし・・・・」
 戸惑うチェックに、とこたんは微笑んでこう言った。
「大丈夫だよ、リチャード。あたしだよ? 無理なんて、するはずないじゃん」
「透子・・・・」
「あたしが世の中で一番可愛いのはあたし自身なんだから」
「・・・・分かった。だが、本当に無茶だけはするなよ。自分の精神力以上に精神を使ったら、透子は・・・・」
「分かってる」
 チェックはとこたんの笑顔から目を逸らし、観念したように言った。
「肩叩きにお願いしろ。リミッターを解除してくれって」
「はい? それだけなの!?」
「マジカルアイテムは生きている。言えば、願いを聞いてくれる」
「何だぁ・・・・」
 拍子抜けしたように、とこたんは肩叩きに向かって「ロックを外して」とお願いした。だが、見かけは何も起こらない。
「これでいいの?」
「・・・・さぁ、形が変わるわけじゃないからな」
 ロックが外れたものとして、とこたんは弓を構えて光の矢を作り出した。だが、それはいつものライトニングアローと何ら変わりないように見える。
「変わってない。どうして!? 願いが足りなかったの?」
「わ、分からない」
「もう一度、お願いしてみる。お願い、肩叩き。セーフティロックを外して。もっと凄い魔法を使いたいの」
(それは・・・・出来ない)
「えっ? 今の、チェック? ミズタマ君?」
「お、俺は何も言ってないぞ」
「我輩もだじょ」
「変ね、確かに声が・・・・でも何となく、耳からじゃなくて頭の中で聞こえたって感じ・・・・」
(僕だよ、透子)
「え?」
(肩叩きだよ)
「うそ、肩叩き? あなた喋れるの?」
(心話だけなら、何とかね)
「なら、あたしの話を聞いたでしょ?」
(うん。リミッターは、外せない)
「どうしてよ!」
 いきなり独り言を言い出したため、チェックとミズタマは驚いた顔でとこたんを見た。
「どうした、透子!」
「待って。今、肩叩きと話してるから」
「は?」
 どうやらウサギ達も、マジカルアイテムが喋れるということは知らなかったらしい。
「お願い、肩叩き。このままじゃゆかりが食べられちゃうの!」
(駄目だ。僕は持ち主の安全を第一に考えなければならないんだ)
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ! あたしと付き合いが長いんだから、あたしが自分を一番大事だって知ってるはずよ」
(そう。だから駄目なんだ)
「だからって?」
(透子はゆかりんが好きだ。ゆかりんを好きな透子。面倒なのが嫌いな透子。努力することが嫌いな透子。みんな君自身だ。君は自分が好きだ。今の自分が好きだ。ゆかりんを見捨てて見殺しにすることは、今の自分を否定することになる。だから自分のために、自分が危険になってもゆかりんを助けようとするだろう。だから、きっと無茶をする。リミッターは外すわけにはいかない)
「・・・・そこまで分かってるなら、お願いを聞いてくれてもいいでしょ!」
「駄目だ」
「あたしが信用できないの!?」
(・・・・出来ない)
「そっか・・・・そうだよね。あたしって、結構ずるい女だし。あたしが魔法の力を使っていい気になっていた時のことも、君は知ってるんだもんね。信じられないよね」
(いや、その時の透子と今の透子は違う・・・・と思う)
「分かった」
 とこたんは肩叩きとの会話をやめ、チェックに向かってこう聞いた。
「リチャード、交渉決裂。リミッターの強制解除方法を教えて」
「と、透子!?」
「あるわよね」
「・・・・」
 俯いたまま黙っているチェック。これでは肯定しているのと同じだ。
「一刻を争うのよ、言わないなら、凄いことをするから」
 何が凄いのか分からないが、とにかく迫力だけはチェックも感じた。
「確かにゆかりん達を助けるにはそれしかないな・・・・」
 観念したチェックは、肩叩きの取っ手の蓋を開けるとスイッチがあることをとこたんに教えた。とこたんは言われた通りに蓋を開け、スイッチを入れた。
(透子・・・・)
 悲しそうな肩叩きの声がとこたんの頭に響いた。
「行くわ」
 とこたんは弓を構えた。マジカルフェザーを左右に広げ、トゥラビアから供給される魔力を最大限に取り込む用意をする。光の矢をイメージしたとこたんの手に、光が集まってくる。
「おおっ」
 チェックとミズタマが思わず目を閉じるほど、ライトニングアローが眩しく、大きくなってゆく。
(まだまだ・・・・これじゃ足りないわ)
 既に矢の長さは通常の倍以上になっていた。太さも直径5cmほどになる。
(透子、やめて。これ以上は君の精神がダメージを受けてしまうよ!)
「まだ・・・・もう少し・・・・」
(もう限界だ、早く撃って!)
「あたしを信じて! 平気だから!」
(嫌だ! 僕は・・・・僕は透子が・・・・)
「もう・・・・少し、だいじょう・・・・ぶ・・・・」
 軽いめまいを覚えたが、照準をしっかりとヤマタノオロチに合わる。
「ラ・・・・」
 目標であるヤマタノオロチが霞む。
「ラブリーエンジェル、スーパーライトニングアロー!!」
 安直にスーパーとだけ付けたところが、透子のネーミングセンスの限界だった。
 凄まじい光を放ちながら、光の矢が解き放たれる。
「うわぁっ!」
 その渦巻く風に吹き飛ばされるチェックとミズタマ。
 矢を放った瞬間、肩叩きの魔力ドームがバラバラに吹き飛んだ。
 とこたんも体を支えきれなくなって、後方に吹き飛んだ。
「な・・・・何だ、あれは!?」
 ミズチが迫り来る光の矢を目に捕え、蛇の頭を振り上げて迎撃しようとしたのだが、その蛇の頭はライトニングアローの切っ先に吹き飛ばされた。
「何だと!?」
 凄まじい光の一閃。誰しもが目を開けていられなくなるほどの眩しさだった。
「ぎゃぁぁぁ!」
 ミズチは叫んだ。ゆかりんを捕えていた蛇の首が、根元から光の矢によって切断され、千切れ飛んだ。
「きゃっ!」
 マジカルバリアーが解かれ、噛む力を失った蛇の頭ごと吹っ飛んだゆかりんは、ゴロゴロと地面を転がり、木の幹に当たって止まった。
「と、透子!?」
 威力は桁違いだが、今のはライトニングアローに違いない、と思ったゆかりんはとこたんの姿を探した。だが、当のとこたんは林の中へと吹き飛んでおり、姿が見えない。
「おのれぇぇぇぇぇぇ!」
 ミズチは2つの頭を潰され、怒りに震えた。捕えていた巳弥、迅雷、芽瑠、萌瑠を興味がなくなったかのように投げ捨て、今の一撃を放った者を捜し始めた。
「どこだぁ、わしをこんな目に合わせた奴は!」
 ミズチはライトニングアローが飛んで来た方向に向け、ゆっくりと巨体をうねらせて動き出した。その進行方向に倒れていた巳弥が、慌てて飛び退く。モタモタしていたら轢かれてしまうところだった。
「巳弥ちゃん!」
 ゆかりんが巳弥の前に降りてきた。
「ゆかりん、大丈夫!?」
「うん、それよりお願いがあるの! あいつの注意を引き付けて!」
「いいけど、どうするの?」
 心配そうにする巳弥に、ゆかりんは孫の手を握って見せた。
「ゆかりが何とかするから」
「・・・・うん、分かった」
 巳弥はゆかりんの表情から、いつもとは違う何かを感じて、全てを託すことにした。
 巳弥がミズチに向かって飛ぼうとした時、捕えられていた迅雷、芽瑠、萌瑠も集まってきた。
「手を貸すぜ」
「私たちが注意を引きつけます」
「あいつをぶっ飛ばしちゃってね、ゆかりん!」
「・・・・うん、ありがとう!」
 ヤマタノオロチの動くことの出来る頭は残り4本。巳弥たちがそれぞれ1匹ずつ相手をすれば良い計算になるが、その1匹だけでも苦戦するだろう。ゆかりんは少しでも早く決着をつけようと、孫の手をミズチに向かって構えた。
(世界とか、地球とか、そんなの大き過ぎてゆかりには分かんない。ゆかりはここにいるみんなを、学校のみんなを、先生を守りたい。透子、巳弥ちゃん、魅瑠さん、芽瑠さん、萌瑠ちゃん、えっと、ワンちゃん、それに紅嵐って人も)
 ゆかりんの背中のマジカルフェザーが、まるで鳥の羽根のように左右に大きく開いて行く。その長さは方翼3mほどにまで伸び、全体が魔力を帯びて輝き出す。
「お、おい、エリック!」
「あれは、ゆかりん!? し、しかし、あのマジカルフェザーは一体・・・・」
「それにあの魔力・・・・孫の手のセーフティロックが外れてるとしか思えない」
「分かってるのか、孫の手は? あんなに大量の魔力、ユルいゆかりんが使えるわけがないじょ!」
「あのままだと、ゆかりんは・・・・」
「ゆ、ゆかり〜ん!」
 ミズタマの声は、だが、ゆかりんには届かなかった。
 巳弥は蛇の頭に対して、連続してライトニングボールを投げつけた。だが銀色の鱗に阻まれ、ダメージは与えられない。反撃の突進を、巳弥はマジカルハットで受け流した。
(巳弥ちゃん・・・・あなたはもう1人じゃないよ。ゆかりたちがいる。1人で悩まなくてもいいんだよ。巳弥ちゃんはお父さんとお母さんがお互いに本当に好きになったから生まれたんだよ。だから、胸を張って生きていいんだよ。巳弥ちゃんのお父さんとお母さんが、住む世界や種族が違っても愛し合えるって教えてくれたから)
 芽瑠と萌瑠は覚醒し、猫又の姿で蛇に向かっていた。もともと戦闘に向かない芽瑠は苦戦していたが、危ない所を萌瑠に救われる。
(魅瑠さん・・・・あなたの紅嵐先生を思う気持ちは痛いほど分かるよ。たまたま好きになった人がちょっと悪い事を考えちゃっただけなんだよね。あなたは悪くないよね。ゆかりもきっと、好きになった人がどんな人でも、嫌いになれないかも。だって、もう好きなんだもん。芽瑠さん、ちょっと暴走気味のお姉さんを持って大変だけど、しっかりしてるよね。大人のゆかりなんかより、ずっとずっと。でも、ちょっと考えすぎかも。もっと自分の思ったように生きてもいいかなって、余計なお世話かな。萌瑠ちゃん、フリフリのお洋服はゆかりの方が似合うんだからね、これは譲れないよ! 今度、一緒にお買い物に行けたらいいな。ゆかりがお気に入りのお店、教えてあげるよ)
 迅雷は拳が焼けるのも構わず、エレクトリック・ナックルを蛇の頭に繰り返しブチ込んでいた。時々巳弥がピンチになると、そちらへ向かって電撃を放ったりぶつかって行ったりしていた。忙しい男だ。
(ワンちゃん。巳弥ちゃんを助けてくれてありがとう。ワンちゃんがいなかったらゆかり、落ち込んじゃってどうなっていたか分からなかったよ。巳弥ちゃんのこと、好きなんだね。仔犬の時からすっと好きだったんだよね。本当に好きなら、諦めないで、巳弥ちゃんのお父さんだってダークサイドなんだし、ね。ゆかりはちょっとパスかな。だってワンちゃん、スケベだもん!)
 紅嵐はある目的のために、両腕が使えない状態で地面を這っていた。
(紅嵐さん。あなたは人を好きになるってことが分からない人。それはきっと、とても悲しいことだと思う。人を好きになるって、とても素敵なことなんだよ。いつかきっと分かる日が来るよ。誰かが教えてくれるか、自分で気付くかは分からないけど。心が弱くて、宝玉の力に魅入られちゃっただけなんだよね)
「あっ・・・・」
 巳弥はふとした時に、自分のポケットに入っていた「無の玉」のペンダントがないことに気付いた。
(やだ、落としたの!?)
 だが目の前には蛇の頭が迫っている。ペンダントを捜す余裕はなかった。
(もう・・・・少しだ)
 紅嵐が必死で目指しているのは、まさに巳弥が落としたペンダントだった。幸いにもミズチは戦闘能力を失った紅嵐には興味がないらしく、周りを飛ぶ邪魔者を追い払いつつ、自分の頭を2つ吹き飛ばした光の矢を撃ったとこたんを目指して進んでいた。
 立つことも出来ない紅嵐は、両脚と肩だけで這いながら、ついに「無の玉」のペンダントに辿り着き、手が使えないために口に咥えた。
(これで・・・・後は奴の持っている2つの宝玉を・・・・むっ?)
 数メートル前に、ライトニングアローにより千切れ飛んだ蛇の頭が横たわっていた。その口の傍らに、2つの輝きを放つ宝玉が転がっている。とこたんの攻撃で飛ばされた頭が、宝玉を咥えていた頭だったのだ。
(あそこまで行けば、宝玉が揃う! 宝玉の力さえ得られれば、ミズチなど!)
 格好を気にしている場合ではない。紅嵐は芋虫が這うように、体全体を使って地面を進んで行った。
(宝玉、宝玉が揃う! 素晴らしき力が手に入る!)
「せ、先生・・・・」
 弱々しい声が聞こえたかと思うと、ボロボロの出で立ちの魅瑠が紅嵐に抱きついてきた。
「な、何をするのです魅瑠、離しなさい!」
「せ、先生、ここは危険です・・・・ゆかりんがミズチに向かって攻撃をしようとしています」
 まさに2人のいる位置は、ゆかりんとミズチを結ぶ一直線上にあった。このままではゆかりんの放った攻撃をまともに受けてしまう。
「それならなおさらです、早く宝玉を手に入れてこの場を・・・・」
「ゆかりんは私たちに気付いていません。間に合いません!」
 魅瑠が覆い被さったため、紅嵐は身動きが取れなくなった。
「そうですか魅瑠、あなた・・・・また盾になって私を助けてくれるのですね?」
 魅瑠は何も答えず、そっと紅嵐の後頭部に手を回した。紅嵐の体中にに痺れが走る。
「な、何をするのです、これはあなたの得意技・・・・」
「・・・・先生」
(分かってる。先生のしようとしてることが、良くないことだって。でも仕方ないじゃない、好きになっちゃったんだから。悪いことを考えてると知る前に、好きになっちゃったんだから。だからせめて、私の手で先生のしようとしていることを止めないと・・・・)
「逃がしませんよ、先生。私と一緒に・・・・」
「な、何を! やめろ、魅瑠!」
 ゆかりんの左右に広がったマジカルフェザーから、真っ直ぐ前に差し出した孫の手に魔力の帯が伸びる。真上から見ると、それは光輝く三角形を形成していた。
「ゆかりは、淋しいのは嫌。ここにいるお友達、誰が欠けても悲しくて、淋しいよ。だからあいつを倒す。お友達を傷つける人は、許せないから」
(充填完了だ、ゆかりん)
 汗ばんだ手の平から、孫の手の意思が伝わってくる。
「いくよ・・・・」
(あぁ、いつでもいいよ。覚悟は・・・・出来たから)
 孫の手が溜めた魔力が、巨大な球体を作り出す。
「今、みんなの愛をこの光に込めて闇を討つ! スゥィートフェアリー・スターライトストリーム!!」
(さようなら、ゆかりん。みんなを想う気持ち、忘れないでね)
 小さな太陽にも似た光がヤマタノオロチに向かって飛んだ。
「一緒に消えましょう、先生。これでずっと一緒にいられますね。これが私の最後の愛・・・・」
「ば、馬鹿なことはやめろ、魅瑠、好きだ、愛している。だから、一緒に逃げよう!」
 魅瑠は紅嵐の目を見て、微笑んだ。
「う・そ・つ・き」
 光が辺りの闇を全て飲み込んだ。
 不気味な咆哮が山の中に響き渡る。
 光の激流は山の表面を削り、進む先にある木々を残らずなぎ倒していった。あるものは粉々に砕け、あるものは焼け焦げ、あるものは光と共に吹き飛んで行く。
 光が去った後は、月明かりに照らされた山中は静寂に包まれた。

 35th Love へ続く



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