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33th Love 「絶望の状況と透子の決意」
(体が飛ばされそうになるほど圧倒的な力・・・・これがミズチ様の妖力)
芽瑠も、実際にイニシエートの長・ミズチの姿を見たのはこれが初めてだった。いや、芽瑠だけではない。水無池三姉妹はもちろん、迅雷も見たことがなかった。
「まさか自ら私を追って来るとはね。よほど宝玉が欲しいと見える」
紅嵐はミズチから距離を取る為にすり足で後方に下がった。
「ふん・・・・」
ミズチは紅嵐を睨み、そしてゆっくりと間合いを詰める。
地面に付くほど長い緑色の法衣のようなものをまとっているにも関わらず、その動きは地面を滑るようにスムーズだった。髪は真っ白で肩の下まで伸びており、白い髭もまた長く、50cmほどありそうだ。見かけではかなりの老齢のようだった。
「紅嵐よ。私を裏切ればどうなるか、分かっておるな」
「裏切る? フン」
「何故笑う?」
「私は忠誠を誓った覚えなどありません。研究費が出るので公共機関である研究所に勤めていただけです。私は私のために研究していました。ずっとね」
「なるほど。ではお前はもう用済みだ」
「あなたこそ、そろそろイニシエートの長など退いてはどうですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「・・・・なに?」
「イニシエートの長は引退しよう。私は宝玉の力を使い、3つの世界全ての長になるのだからな」
言い終わるのが早いか、ミズチの右手が蛇のように伸び、紅嵐の首めがけて飛んだ。
「むっ!」
羽根を使って飛び退いた紅嵐は、空気を凝縮させてミズチ目掛けてブーメランのように飛ばした。それを片手で弾き飛ばし、ミズチは更に腕を伸ばし追い討ちをかける。
「気持ち悪い・・・・」
ミズチの伸びる腕を見て、とこたんが感想を漏らす。
「あの2人はイニシエートだけど仲が悪いみたいね、上手く同士討ちになってくれると嬉しいんだけど・・・・ゆかり?」
とこたんはゆかりんの肩に手を置いた。覗き込むと、ゆかりんの頬には涙が伝っている。
「泣いてるの?」
「ゆかりのせいで、あの人が・・・・ゆかり、また関係ない人に怪我させて、そんなつもりじゃなかったのに・・・・ふぇぇん」
「ゆかりのせいじゃない。あれは、あの魅瑠って人が自分で望んだことなんだから。紅嵐を守る為に、あの人が自分でやったことなんだから。ゆかりが責任を感じることなんてないんだよ」
「うん、でも・・・・」
「そんなことより、ゆかり」
ポカ、ととこたんの拳がゆかりんの頭上にヒットした。
「手加減するなって言ったでしょ」
「え、手加減?」
「魅瑠って子の怪我、大したことないじゃない。あの迅雷って子の怪我と同じくらい。ゆかり、全力のスプラッシュじゃなかったでしょ」
「・・・・やっぱり、怖くて・・・・」
「ま、結果的には良かったんだけどね。魅瑠って子も怪我で済んだし」
それに紅嵐が無事だったことも、ミズチが現れた今は都合が良かったのかもしれないととこたんは思った。このまま2人が戦って共倒れになってくれたら、という期待が持てる。もしあのまま紅嵐を倒してしまっていたら、自分たちがあの気持ち悪いミズチと戦うハメになっていたのだ。
だが不安がある。両腕の使えない紅嵐が、果たしてどこまでミズチと戦えるのか。
「ゆかり、あの紅嵐って人が危なくなった場合、手助けするわよ」
「えっ? あの人を助けるの?」
「多分、紅嵐はミズチに勝つことは出来ないと思うから」
芽瑠と萌瑠は倒れた魅瑠を抱え、紅嵐とミズチの戦いに巻き込まれない場所まで避難した。魅瑠は気を失っていたため、妹たちは運ぶのに苦労した。
魅瑠のコスチューム自体はそれほど破損していないが、スーツのあちこちが破れて露出した肌が赤く火傷を負っている。
「迅雷君の怪我と同じくらいね、絶対安静だわ」
「おね〜ちゃん・・・・」
萌瑠が心配そうに魅瑠の顔を覗き込む。姉の目から頬にかけて、涙の伝った跡があった。
「迅雷君!」
芽瑠に呼ばれた迅雷が傍に寄る。
「何だ、芽瑠」
「先生が危なくなったら、助けるわよ」
「はぁ? 何言ってるんだ、芽瑠」
迅雷は荒い口調で言い返す。
「あいつは魅瑠がこんな目に合ってるのに、自分を庇ってこんな怪我をしたのに、あんな態度を取ったんだぜ? そんな奴、何で助けなきゃならねぇんだ!?」
「落ち着いて、迅雷君」
芽瑠は眼鏡を直し、迅雷に向き直った。
「どう考えても先生はミズチ様には勝てない。でも私達は先生より強くない。今は姉さんとのことはひとまず置いて、今は先生に頑張って貰わないとミズチ様を倒せる人はいなくなるのよ」
「ひとまず置いて、だと? 魅瑠はお前の姉貴だろう? よくもそんなことが言えるな。俺は絶対にあいつの手助けなんかしねぇぞ!」
「私だって先生のことは大嫌いよ!」
芽瑠が突然大きな声を出したので、迅雷は驚いて言い返せなかった。
「だけど、今はミズチ様が宝玉を手に入れてしまうことを阻止するのが一番の優先事項なの! みんなの力を合わせないと、ミズチ様を倒せないわ!」
紅嵐よりもミズチの方が、より危険だと芽瑠は思う。決して宝玉の力を渡すわけにはいかない。
「わ、分かった。分かったから興奮するな、芽瑠。お前らしくないぞ」
「私だって、たまには自分が思ったままに行動したいわ。合理的とか、論理的とかじゃなく、自分の思ったように、したいように・・・・」
その声は小さくて迅雷には届かなかった。
「あの、私、お姉さんを早く治療できる場所に移した方がいいと思います」
近くにいた巳弥が芽瑠に話し掛けてきた。
「あの人たち、こっちに構っている暇はないはずです。お姉さんを安全な場所に」
「そうね、ありがとう」
芽瑠は巳弥に向かって微笑むと、魅瑠の上体を起こした。
「萌瑠、手伝って」
「うん!」
芽瑠の腰から尻尾が出た。半覚醒状態なら、魅瑠を背負って走ることが出来る。萌瑠の手を借りて、芽瑠は姉を背中に乗せた。本当は体中に火傷を負っているため、あまり動かさない方がいいのだが、今はそんなことを言っている場面ではなかった。
「後はお願い」
芽瑠はこの場を迅雷たちに任せ、魅瑠を背負って走り出した。
「!!」
その途端、芽瑠の脚に何かが絡まって来た。走り出した所だったので、当然芽瑠は魅瑠を背負ったまま前のめりに倒れた。
「あぐっ!」
「芽瑠!」
迅雷は芽瑠の足首に絡みついている蛇を必死で蹴り、踏み付けた。だがそれは芽瑠の足を離しそうにない。それどころか、蹴っている迅雷の足が痛くなってきた。
「くそ、離しやがれ!」
その蛇は、ミズチの纏っているローブの裾から出ていた。長さ15mはあるだろうか。芽瑠が走り出した瞬間にそれはミズチの体から伸び、彼女の足に巻きついたのだ。
「いやぁ〜!」
総じて女の子は蛇が嫌いであり、芽瑠も例外ではなかった。
一緒に転んだ魅瑠の具合も気になるが、自分の脚に絡みつく蛇の冷たい感触が芽瑠の冷静さを失わせた。芽瑠はとにかくその蛇から逃れようと、鋭い爪を伸ばしてウロコのびっしり生えた胴体に切りつけた。
だが、カキンという金属音だけが聞こえ、傷一つ付きそうにない。
「な、何て硬さなの・・・・」
「逃しはせぬぞ、小娘ぇ」
紅嵐の攻撃をかわしながら、ミズチはその見かけに似合わない大声をあげた。
「貴様か、残りの宝玉を持っているのは! 持ち逃げなどさせぬぞ!」
「ち、違います、私は姉さんを・・・・!」
「では、誰が持っておるのだ? 言えば離してやるぞ」
「・・・・それは・・・・」
(姉さんの怪我を早く治したい。巳弥って子が持っているはずだけど、でも、本当のことは言えない。言えばきっと殺されてしまう。でもこのままじゃ、ここにいる全員が・・・・)
「ぬっ」
ミズチは背後から攻撃を仕掛けようとした紅嵐に向け、蛇と化した右手を伸ばした。
「ぐおおおっ!」
紅嵐の上半身に蛇が巻きつく。骨折している腕ごと締め上げられ、紅嵐は悲鳴を上げた。
「思い上がりおって」
「ぬぅぅぅ・・・・」
腕だけでなく体中の骨が砕けそうなほどの締め付けに、紅嵐の意識が遠のく。
「くっそぉぉ!」
迅雷がミズチの頭上から襲いかかった。
「てめぇを助けるんじゃねぇからなぁ、紅嵐!」
拳に電気を溜め、そのままミズチに向かって振り下ろす。
「くらえ、エレクトリック・ナックル!」
「下等妖怪が」
ミズチの左腕が右腕同様に蛇と化し、迅雷を迎撃すべく襲いかかった。迅雷は目標を変え、その蛇の頭に向かって拳を叩き込んだ。
「この野郎!」
電撃を込めた一撃がヒットする瞬間、蛇の口が開き迅雷の拳に噛み付いた。構わず迅雷はそのまま体重をかけて蛇の口の中へパンチを押し込んだ。
「ぐっ!」
迅雷の拳が丸ごと蛇に飲み込まれる。衝撃は全て蛇の顎に消されてしまった。
「馬鹿なっ」
「毒はないから安心しろ」
ミズチの左腕が迅雷の拳に噛み付いたまま体を巻き上げてゆく。
「離せ、この野郎!」
「やれやれ、自分たちの王を野郎呼ばわりとは。いけない子供だ」
「この・・・・!」
迅雷は蛇に手首を飲み込まれたまま、電撃を放った。表面は硬くても内部からならダメージを与えられると思ったからだ。
「ぐうぅぅっ!」
「馬鹿な。そんなことをすれば拳を通して自分に電気が跳ね返る」
両腕が蛇と化し、紅嵐と迅雷を締め付けるミズチ。更にローブの下からは長い長い蛇が芽瑠の脚へと伸びている。おぞましい光景だった。
「くっ、くそっ!」
紅嵐は何とか蛇の締め付けから逃れようとするが、足が空しく空を切るだけだった。ミシミシと自分の体が悲鳴を上げる。
「おのれ・・・・」
その時、バリという音がして、紅嵐の持っていた鞄の紐が切れた。
(しまった!)
鞄の蓋が開き、宝玉が転がり出た。その感触を鱗で覆われた肌で感じたミズチは、ウネウネと体を顫動させ、宝玉「陽の玉」と「陰の玉」を紅嵐を締め付けている隙間から外に出した。他の蛇が近付いて来て、傷を付けないように、牙に当てないようにそっと口に挟んだ。
「ほほぅ、これが宝玉か」
「か、返せ・・・・ぐあっ!」
紅嵐は更に体を締め上げられ、唸った。
「え〜い、え〜い!」
一方、萌瑠は芽瑠を助けようと、一生懸命自分の爪を蛇の胴に叩きつけた。細かい傷は付くものの、萌瑠の爪の方が刃こぼれを起こして先に参ってしまいそうだ。そうしている内にも、蛇は芽瑠の脚から徐々に彼女の体を這い上がり、締め付けてくる。
「っく、い、いやあっ!」
蛇の舌がチロチロと芽瑠の目の前で踊る。
「芽瑠姉ちゃんを放せぇ〜!」
萌瑠は叫ぶなり猫又に変化した。耳が飛び出て、尻尾が2本生え、体が一回り大きくなる。
「萌瑠っ!」
「にゃ〜っ!」
鋭く伸びた爪が、芽瑠を絡め捕っている蛇の胴体に突き刺さった。
「萌瑠!」
「今助けるから、待っててね!」
萌瑠は突き刺さした爪に体重を乗せて、蛇の胴を一気に切り裂いた。瞬間に血が噴き出し、真っ白な猫又の毛を赤く染めた。だが、まだ掴まえた芽瑠を離すほどのダメージではないらしい。
「ようし、もう1回・・・・」
「萌瑠、後ろ!」
芽瑠の叫びを聞き、萌瑠は振り向きざまに血の付いた爪を横に薙いだ。すぐ後ろに迫っていた別の蛇が、頭を横一線に切られて咆哮をあげた。更に返り血を浴び赤く染まった萌瑠は、間髪入れずに攻撃を繰り出した。
「にゃっ!」
喉笛を掻き切られ、蛇は鮮血を撒き散らしながら地面に落ちた。しばらくもがいていたが、やがて痙攣を起こしてグッタリとなる。
「はぁっ、はぁっ・・・・」
返り血を浴びて真っ赤に染まった萌瑠は、続いて芽瑠の救出に向かおうとした。
突然、目の前の地面が盛り上がった!
「にゃ・・・・」
「萌瑠!」
地面から飛び出してきた蛇が萌瑠の体を締め付ける。
(蛇っていうよりミミズじゃん!)
萌瑠は心の中で悪態をつくのが精一杯で、自慢の爪も腕を動かせなければ役には立たなかった。
「さすがは姉妹の中で最も戦闘能力に長けているだけのことはある」
ミズチの法衣の袖から伸びた蛇の胴が、地面へと続いていた。
「うう〜っ」
苦痛に歪む萌瑠の体が、猫又から人のそれに戻る。
「じゃが所詮は子供。まだ覚醒の力を使いこなせないようだな。さぁ、残る1つの宝玉を持っているのは誰だ?」
(怖い)
ゆかりんととこたんはほとんど木の陰に隠れている状態だった。
助けに行かなくてはならないとは思うものの、足が動かない。巳弥の前では決して言えないことだが、2人揃って蛇は大の苦手なのだ。
(まだ蛇の方がマシだよぅ・・・・)
ゆかりんは目を背けた。まだ完全な蛇ならこれほど嫌悪感はなかっただろうが、迅雷や水無池姉妹を捕えているミズチは、姿は人間と同じだが、両腕が蛇で、法衣の下からも蛇が数匹伸びているのだ。生物として中途半端なその姿が、より一層恐怖をかきたてた。
「と、透子・・・・」
とこたんの腕にしっかりしがみ付くゆかりん。実はとこたんも逃げたくて仕方がなかった。だが逃げたところで何も解決しないどころか、状況が悪くなるばかりだということも分かっている。
(でも、どうやって戦えばいいのよ?)
「宝玉を渡さなければそれでも良い。ここにいる全員を皆殺しにして、後でゆっくり死体から探し出しても良いのだぞ」
「ど、どうしよう、透子!」
「あたしに聞かないで!」
「だって分かんないんだもん、ゆかり!」
「あたしだって分かんないの!」
そんなやり取りをしていた2人の視界に、眩しい光が飛び込んできた。
「巳弥ちゃん!?」
巳弥の投げたライトニングボールがミズチの後頭部に直撃した。
「ぬうっ?」
両腕は紅嵐と迅雷を捕えているために使えない。法衣の下から伸びて来た蛇が後頭部を押さえた。奇妙な光景だった。
「光の球か・・・・ほう」
ミズチは巳弥を睨み、ニヤっと笑った。
「お主からは何か感じるな」
「・・・・」
「まさかお主、我らの一族の者ではないのか?」
「・・・・!」
「分かるぞ、わしには分かる。お主のその波動・・・・」
「やめてっ!」
巳弥は左手にマジカルハット・シールドを構え、右手に光球を作って跳躍した。それを迎撃しようとミズチの体から蛇が伸びる。巳弥は蛇の頭に向けてマジカルハットを向け、攻撃を受け流した。
「ええ〜い!」
巳弥はダンクシュートの要領で、手の平に溜めた光球をミズチの頭上に向かって叩きつけた。その一撃をかわそうとしたミズチだったが、蛇と化した両腕が邪魔をして素早く動くことができず、ライトニングボールのダンクスマッシュをまともに頭に喰らった。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
頭全体を包むように光の塊が弾け飛んだ。ミズチは光に顔を焼かれ、思わずその場に倒れ込んだ。その拍子に紅嵐と迅雷を捕えていた蛇の締め付けが緩む。紅嵐は気を失ってしまったのか、そのまま地面へと落下した。
「やるな、巳弥!」
迅雷は束縛から逃れると、そのまま地面を蹴ってミズチに追い討ちをかけた。
「喰らえっ!」
「調子に・・・・乗るなぁっ!」
ミズチは膝をついた姿勢で顔を押さえつつ、叫んだ。その瞬間、法衣に隠れていた両脚が蛇と化し、迅雷に襲い掛かった。
「うわあっ!」
「迅雷さん! きゃあっ!」
迅雷はミズチの右足に、巳弥は左足にそれぞれ捕えられてしまった。
ミズチの頭部が蛇の形に変わってゆく。法衣が破れ、その中からとぐろを巻いた蛇が姿を現した。
「か、覚醒!」
「野郎、正体を現しやがったな!」
次第にその蛇の身体が大きくなり、ヤマタノオロチへと変化してゆく。1つの頭は萌瑠が倒したので、動いている首は7つだった。
「お・・・・大きい」
とこたんは今にも逃げ出すような格好でそのヤマタノオロチを見ていた。それは巳弥が覚醒した時よりも、2回りも3回りも巨大だった。
(巳弥ちゃんでもあれだけ凄い妖気だったのに・・・・)
「巳弥ちゃんっ!」
その時、とこたんの腕にしがみ付いていたゆかりんが飛び出した。
「ゆかりっ!?」
「巳弥ちゃんを放せ〜っ!」
「駄目、ゆかり、無茶よ!」
とこたんは、今まで自分の腕にしがみ付いて震えていたゆかりんが、まさか飛び出すとは思ってもみなかった。
「もうっ!」
魔法の肩叩きを展開して、弓を作ったとこたんは、ゆかりんを援護しようとライトニングアローを射った。だがそれは蛇の鱗に当たり、空しく四散する。巨大な蛇の前には、細い針、いや脆い妻楊枝のようだった。
(無理だよ・・・・ゆかり!)
真っ白なマジカルフェザーを羽ばたかせ、ゆかりんは巳弥が捕えられている蛇の首へと向かった。
「巳弥ちゃん!」
「ゆかりん!」
「待って、今助けるから!」
ゆかりんは空中に停止し、孫の手を振り上げた。
「スゥィートフェアリー・・・・」
「馬鹿めが!」
真下から大きな口を開け、蛇の頭が襲いかかる。
「食べてやるわ!」
「スターライトスプラッシュ!」
孫の手を真下に向け、ゆかりんは襲いかかる蛇の口の中に向かってスプラッシュを射出した。
「ギャァァァァ!」
肉が焼ける嫌な匂いがして、文字通りスプラッシュを喰らった蛇がのたうち回った。
「小娘がぁっ!」
「スプラ〜ッシュ!」
たて続けにゆかりんは必殺技を放った。だが巳弥を捕えている蛇の鱗は、その光の波を受けてもビクともしなかった。
「そんなぁ・・・・あぐっ!」
ゆかりんの背中に、ヤマタノオロチの尻尾がヒットした。息が詰まり、ゆかりんは8本の首の付け根辺りまで飛ばされて激突した。
「ゆかり〜ん!」
巳弥は必死に、動けないまでも手に光球を作って何とか逃げ出そうとしていたが、やはり鱗には通用しなかった。
(口の中には効いたから、何とか鱗のない部分に攻撃が出来れば・・・・)
ゆかりんの目の前に、蛇の牙が迫った。
「ゆかりん、危ない!」
「!」
巳弥の呼びかけを聞き、ゆかりんはとっさに体の周りにマジカルバリアーを張った。ゆかりんの体を包み込む透明の球体と化したバリアーに、蛇の牙が突き刺さる。
「きゃあっ!」
「ふん、いつまで持つかな?」
どの首が喋っているのか分からないが、ミズチの声が聞こえる。ゆかりんはマジカルバリアーごと、蛇の顎に捕えられてしまった。バリアーが解けると、そのまま飲み込まれてしまうだろう。
「ゆかりん!」
それを見た巳弥が叫ぶ。彼女もまた、バリアーを体の周りに張っていた。そうしなければ、体中の骨を砕かれそうだった。
「み、巳弥ちゃん・・・・大丈夫?」
「今は何とか・・・・でも、このままだと・・・・」
気を抜けば張っているバリアは解けてしまう。ゆかりんも巳弥も必死にバリアを張るために精神を集中させていた。
「私、やってみるね」
「な、何をするの?」
「私があの姿になれば・・・・」
「駄目だよ、巳弥ちゃん! それは駄目!」
「でも、このままじゃ・・・・」
「もう・・・・あの姿には・・・・ならないで。ゆかりが、何とかするから・・・・!」
そう言ったゆかりんだったが、その顔は苦痛に歪んでいた。
(もう巳弥ちゃんには悲しんで欲しくない。あの姿になれば、きっと巳弥ちゃんはまた嫌なことを思い出す。自分を嫌いになる。だから、ここはゆかりが何とかしなきゃ、だって・・・・だって大人なんだもん!)
バリアーのエネルギーに蛇の牙が食い込み、バチバチと音を立てる。
「ゆ、ゆかり!」
とこたんはそのゆかりの姿を見て「助けなければ」と飛び出そうとしたが、勝機が見出せない今、闇雲に飛び出しても無謀だと踏み止まった。
(でも、このままじゃゆかりが・・・・!)
「透子!」
林の奥から声がした。ミズタマとチェックだった。
「物凄い妖気を感じたから、来てみたんだじょ!」
「おわっ、何だあれは!」
驚く2匹に、とこたんは手っ取り早く「ラスボス」とだけ答えた。
「ゆかりん!」
ミズタマが今にも喰われそうになっているゆかりんの姿を発見し、声を上げた。
「あのままでは、いつかバリアーが解けてしまうじょ! 魔法を使うには精神力が必要だ、ゆかりんが疲れて精神力が解けてしまったら、そこでジ・エンドだじょ!」
「分かってるわよ、そんなこと! でもライトニングアローが効かないんじゃ、どうしようもないじゃない!」
とこたんは魔法の肩叩きの弓を構え、巨大なヤマタノオロチを見据えた。
「教えて、リチャード。どうすればいい?」
「そんなこと、俺に聞くな! 分かるわけが無いだろう!」
「違うわよ、そんな抽象的な質問じゃないわ」
「だったら、何だ」
「マジカルアイテムの、セーフティロックの外し方」
34th Love へ続く
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