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タイトル


 32th Love 「闇の国の長・ミズチ」


 鳥類のような翼をバサバサと羽ばたかせながら、紅嵐は地上にいる6人を見下ろしていた。
「と言うことは、あなたも私の敵に回るというのですか、芽瑠」
「・・・・はい」
「理由は?」
「以前にも言いましたが、私は宝玉の力が怖いんです。いえ、宝玉の力に魅入られた先生が怖いのかもしれません」
「宝玉に魅入られた、か・・・・芽瑠、それは研究家にとってはごく当たり前のことではありませんか?」
「研究対象があまりにも危険過ぎます」
「芽瑠! 先生の崇高な研究を何だと思ってるんだい?」
 魅瑠が芽瑠の前に立ち、睨みつけた。
「・・・・姉さんもそろそろ先生の幻影を追うのはやめて。姉さんだって分かってるはずよ、先生は他の誰でもない、自分自身のためだけに宝玉の力を得ようとしていることに」
「ふん、分からないね。どうせ芽瑠と違って私は出来が悪いからね」
「姉さん・・・・」
「先生、私は先生の味方ですから!」
 魅瑠は紅嵐を見上げて叫んだ。
「どうしてっ!」
 芽瑠が魅瑠に向かって走った。直後、ガキンという音がして、2人の爪がぶつかり合う。暗い空間に、火花が散った。
「藤堂院さん、姉は私に任せて、あなたたちは紅嵐先生を!」
「分かったわ!」
 上空の紅嵐を睨むゆかり、透子、巳弥。
「何だか、最終決戦っぽい展開ね」
「じゃあ、それっぽく正装しようか」
 ゆかりが孫の手を振りかざす。
「きゅんきゅんはぁとで華麗に変身、萌え萌えちぇんじでぷにぷにゆかりん、颯爽ととうじょ〜!」
 続いて透子の肩叩きが舞った。
「明日はきっといい日だよ、夢見る乙女は一攫千金! 魔法のエンジェルぽよぽよとこたん、スポットライトに微笑返し! はぁとのチャイム、押しちゃうよ!」
 そして、巳弥がマジカルハットを被る。
「・・・・えっと・・・・」
 呪文が無かった。
「巳弥ちゃん、何でもいいから変身呪文!」
「そ、そんなこと言ったって・・・・」
「即興で、何とかならない?」
「ならないよ〜、そんな恥ずかし・・・・あ、えっと、その・・・・」
 モジモジする巳弥を見かねて、ゆかりんが言った。
「巳弥ちゃん、次までの宿題ね」
「え、つ、次って?」
 とりあえず巳弥も変身を終え、魔女っ娘トリオ揃い踏み。
「さぁ、行くわよっ!」
「ふん、気合だけでは私に勝てません」
 風が出てきた。自然の風ではないことは、ゆかりんたちの周りを取り囲むように渦巻いていることで分かる。
「泣いて許しを請うなら今ですよ。大人しく宝玉を渡しなさい」
「あなたこそ、さっきから見てると腕が使えないようだけど、そんな体で戦えるの?」
 とこたんは帽子を飛ばされないように、必死で押さえていた。
「風を使うのに手は要らないのでね」
 一瞬の内に、周りの風が竜巻と化した。

「そこをどきな、芽瑠」
 鋭い爪を伸ばし、魅瑠はその先端を芽瑠に向けた。
「どきません」
「芽瑠、あんたは学校の成績は優秀だったね。体育を除けば全て1番だった。だから、あの時・・・・先生がゲートを完成させてこの世界に最初に来ようとした時、どうして芽瑠じゃなくて私を選んでくれたんだろうって思ったよ」
「それは・・・・」
「学校の成績云々じゃなく、先生は異世界へ行くパートナーとして私を選んでくれたんだって、自分は先生に期待されてるんだって、そして・・・・先生も私に好意を持ってくれてるんだって思って、そんな先生の期待に答えよう、そう思って宝玉を探してきたんだ。それなのに、結果的に先生を失望させて・・・・私は先生に認められたい、先生に好きでいて欲しいんだ!」
「姉さん・・・・」
 芽瑠は姉の目を見て「何を言っても無駄」だと思った。
(姉さんはずっと、私と萌瑠を巻き添えにしてしまったことを悔やんでいた。宝玉を見付けて持ち帰ることがその罪滅ぼしだと思っていたし、先生の期待に添えることだとも思っていた。それを成しえなかった時、姉さんの、そして私たちのやってきたことが無意味になってしまう・・・・姉さんはそう考えているんだわ。だから無理にでも初めの目的を果たそうとしている。意地っ張りだから、姉さんは)
「喧嘩は良くないよ、おねーちゃん・・・・」
 少し離れた場所で、萌瑠はどうしていいのか分からずにオロオロしていた。
「安心しな、可愛い妹だからね、殺しはしないよ。ただ先生の邪魔をするようなら、邪魔出来ないようにするだけさ。萌瑠、あんたもだよ」
「ひえっ」
 萌瑠は怯えて木の陰に隠れた。
「芽瑠、お願いだよ。大人しくしていてくれ。私に手を出させないでくれ」
「姉さん・・・・」
「きゃ〜っ!」
 ゆかりん達の悲鳴が聞こえてきた。巻き起こる竜巻状の風に苦戦し、紅嵐の本体に攻撃を与えることが出来ないでいた。
「ライトニングボールもライトニングアローも効かないなんて・・・・」
 何度か紅嵐目掛けて光球を放った巳弥だったが、全ての攻撃が軌道を変えられ、飛び散ってしまう。
「効かないんじゃないわ、当たらないだけよ。当たれば効果はあるはずなの。ライトニングアローをあの気流に負けないほどの威力で撃ち出せればいいんだけど・・・・」
「そろそろ面倒になってきましたね」
 紅嵐はフゥッと息を吐いた。自在に風を操る彼の能力は、かなりの妖力を必要とする。
「片付けますか」
 紅嵐は羽根を羽ばたかせ、一直線に巳弥に向かって飛んだ。
「まずはやっかいな出雲巳弥、お前からだっ! 覚醒されるとやっかいなのでね」
「きゃ・・・・」
 巳弥は帽子を手に取り、マジカルハット・シールドを展開した。自分を襲うであろう衝撃に備えてシールドを構えた巳弥だったが・・・・。
「巳弥ちゃん、後ろ!」
「えっ!?」
 巳弥の背中に紅嵐の蹴りがヒットした。一瞬息が詰まり、その衝撃でマジカルハットを落としてしまう。
「巳弥ちゃん!」
 何とか空中で体制を立て直した巳弥に、更なる紅嵐の一撃が襲った。
「あぐっ!」
「このおっ!」
 巳弥を助けに行こうとしたゆかりんに、正面から激しい突風が吹き付けた。
「きゃあっ!」
 地面に叩きつけられた巳弥に、紅嵐が迫る。
「終わりです」
 軽い脳震盪を起こして動けない巳弥。ゆかりんやとこたんが助けに行こうにも間に合いそうにない距離だった。
 その時、紅嵐の全身を激しい電流が走った。
「ぐおおっ!?」
 雷に打ち落とされる格好になった紅嵐は、地面に着地して膝をついた。
「何だ、雷・・・・? いや、今のは・・・・」
 紅嵐はいつの間にかゲート前に立っている男を睨んだ。
「・・・・迅雷!」
 迅雷が尻尾の生えた半覚醒の姿で、手の平を紅嵐に向けて立っていた。
「あぁ、迅雷様だぜ」
「迅雷、どういうつもりです? 私を攻撃するとは」
 まだ少し帯電している体で紅嵐は立ち上がった。
「そんなこと俺に聞くまでもなく、偉い偉い紅嵐先生なら分かるだろうよ」
「・・・・裏切るのですか」
「いいや、正直になったんだ」
「・・・・・・・・」
「おっかあが言ってくれたぜ。自分に正直に、後悔しないように生きろとな」
「迅雷君!」
 魅瑠と睨み合っていた芽瑠も、迅雷の存在に気付いた。
「怪我、大丈夫なの!?」
「もちろん、痛い」
 けっこう無理をしていた。
「どうして、迅雷君」
「俺・・・・あの子を好きになっちまったみたいだ」
 迅雷は倒れている巳弥を見て、誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「こんなことをして、どうなるか分かっているのですか? 迅雷」
「俺は後悔しない生き方をする。出世とか、金とか、名誉とか、そんなことより自分に正直に生きる。だから俺は・・・・」
 迅雷は拳を紅嵐に向けて突き出した。
「俺は巳弥を守るぜ」
「馬鹿な・・・・やはりあなたは出来の悪い教え子でしたね」
 紅嵐は膝についた土を払おうとしたが、骨折した腕でそれは叶わなかった。
「雷獣の分際で私に勝てるとでも?」
「腕の使えねぇ奴になら、勝てるかもしれないぜ」
 自分だって背中の火傷が治っていないのに、と芽瑠は心配になる。たとえ紅嵐の両腕が使えないとはいえ、それでもなお紅嵐の実力が上だと思う。それにまだ、紅嵐は本気を出していないのだ。
「巳弥に手出しはさせない」
 迅雷はそう言ってジャンプし、巳弥と紅嵐の間に着地した。その気配に気付き、巳弥は顔を上げた。
「・・・・あ・・・・」
「逃げろ、巳弥。ここは俺に任せろ」
「・・・・ワンちゃん」
「俺はもう犬じゃないぞ!?」
「でも・・・・名前・・・・」
「俺の名は迅雷だ、覚えとけ!」
「・・・・あの時は、その、ありがとう」
 迅雷が巳弥を庇った時のことだ。迅雷は巳弥にお礼を言われて、顔が熱くなった。
「い、いや、あの時は、とっさにな」
「怪我は大丈夫なの?」
「ま、まぁ、まだ少し痛むが・・・・大丈夫だ、俺は愛の力で奴を倒す!」
 更に恥ずかしいことを口走り、ますます赤くなった迅雷は照れ隠し気味に紅嵐目掛けて電撃を放った。
「愛など力の前では無力です」
 電撃をかわし、紅嵐は飛び上がった。同時に迅雷の体が空気の渦によってねじ上げられる。
「ぐああっ!」
「迅雷、自分に正直に生きるというのは確かに良いことです。ですが、言い換えればそれは自分勝手に生きること、我ままに生きることなのですよ」
「うぐっ・・・・」
 遂に迅雷は立っていられなくなり、膝を付いた。
「あなたの母親がいいと言ってくれたとはいえ、それは結局お母さんの期待を裏切ったということ。もしくは、もう我が子は出世できないと見限ったのかも知れませんね。だから好きなように生きろと・・・・」
「じゃあ、お前は何なんだ・・・・」
 迅雷の口から、苦痛の混じった言葉が搾り出される。
「お前は宝玉を自分のために得ようとしている・・・・どんな力が眠っているかも分からずに、ここで発動させたらここの連中が、いやこの世界がどうなるかも分からずにな!」
「あなたこそ、どんな力かも分からずに恐ろしい力だと決め付けているではありませんか」
「3つの世界をくっつける力なんだろう!? とんでもねぇ力に決ってる!」
「見てみたいのですよ、私は。3つの世界なら、私が既に繋げている。時空ゲートによってね。宝玉の力が私のゲートと同じようなものなのか、それとももっと凄い力なのか。物理的に融合してしまうのか、発動させた者に3つの世界の王になれる程の恐るべき力が備わるのか、私の研究より凄いものなのか、私はその力に勝てるのか、負けるのか、既に勝っているのか。知りたい。見たい。その伝説の力をこの目で見てみたいのです!」
 高らかにそう叫ぶ紅嵐を見て、とこたんの頭に「マッドサイエンティスト」という方書きが浮かんだ。
「どうあがいてもあの人相手に話し合いは無駄だわ。ゆかり」
「えっ」
「スプラッシュの用意よ。逃げられないほどでかいの、頼むわ」
「で、でもそんなことしたら、巳弥ちゃんやワンちゃんも・・・・」
 ゆかりの中でも迅雷は「ワンちゃん」だった。
「あたしが何とかする。あの人がまだ本気じゃない今がチャンスだと思うの。幸い、あっちに気を取られてるしね。充填までどのくらい?」
「そ、そんなの計ったことないよ〜。えっと、15秒・・・・くらいかな」
「じゃ20秒。めいっぱい溜めて撃つのよ」
「う、うん、分かった」
「いい? あいつが死んじゃうかも、なんて心配しないでね。手加減して勝てる相手じゃないのよ。この角度だとあの三姉妹には当たらないと思うから、遠慮しないで」
「う、うん・・・・」
 ゆかりは孫の手を真っ直ぐ前に向け、スプラッシュを撃つためにマジカルフェザーを広げ、魔力の充填に入った。
(紅嵐がゆかりに気付きませんように・・・・!)
 とこたんは低空飛行で巳弥目掛けて飛んだ。紅嵐は迅雷と向きあっているため、ゆかりんに背中を向ける格好になっている。
(あと15秒!)
 とこたんは巳弥の傍に着地し、巳弥を助け起こした。
「巳弥ちゃん、シールド! 一番大きいやつ!」
「えっ、う、うん!」
 巳弥は帽子を脱ぐと、マジカルハット・シールドを展開させた。巳弥の体を全て保護するほどの大きさになる。
「もっと大きくならない!?」
「む、無理みたい!」
「ワンちゃん、こっち!」
(あと7秒!)
 とこたんにまで「ワンちゃん」と呼ばれてしまった迅雷だが、今はそんなことを言っている場合ではないと思い、立ち上がろうとした。
「無理だ、体が動かねぇ!」
「跳ぶわよ、巳弥ちゃん!」
「え、えっ!?」
 とこたんは巳弥の肩に手を回し、マジカルハット・シールドごと迅雷目掛けて飛んだ。
「何っ!?」
 攻撃か、と構えた紅嵐だったが、巨大な帽子はそのまま頭上を越え、迅雷の前に降りた。
「盾に隠れて、早く! 来るわ! 2秒! 水無池さん、目を閉じて!」
「来る!?」
「スゥィートフェアリー・スターライトスプラ〜ッシュ!」
 光の激流がマジカルハット・シールドにぶつかり、巳弥ととこたんは必死で飛ばされないように踏ん張った。迅雷はそんな2人を後ろから支えながら、辺りの眩しさに目を閉じる。
「きゃっ!」
 巳弥が小さく叫んだ。
「あ、す、すまねぇ、わざとじゃないんだ!」
 迅雷の慌てた声がする。
「あ、あの、そこも触らないで・・・・!」
「わ、悪い、その、目を閉じてるから、見えないんだ!」
「ま、まだ何か当たってるよぅ!」
 そんなやり取りを聞き、とこたんは「何やってるのかしら」と思った。
(あいつ、逃げる時間はなかったはずだわ)
 とこたんは紅嵐が光の渦に飲み込まれていることを確信し、光が和らぐのを待って、シールドからそっと顔を覗かせた。紅嵐の見るも無残な姿を想像して、そ〜っと辺りを見回してみる。だが、そこには思わぬ光景があった。
「・・・・そんな」
 紅嵐の上に、魅瑠が覆い被さっていた。迅雷が巳弥を庇った時と同じように、衣類とカメレオンスーツが破れ、肌が焼けていた。
「どうして・・・・」
 とこたんの様子を見て、巳弥と迅雷も顔を出す。
「・・・・!」
「魅瑠・・・・」
 空気中に漂っていた光の粒が風に流されて森の中へと消えてゆき、再び夜の闇に包まれる。月明かりの中、その場にいた者は皆、うずくまる紅嵐とその上に覆い被さった魅瑠を無言でただ見つめるだけだった。
「・・・・う」
 魅瑠の腕が動いた。
「姉さん!」
「魅瑠!」
 芽瑠と迅雷が駆け寄ろうとした時、魅瑠の下になっている紅嵐が動いた。
「魅瑠・・・・」
「先生、だ、大丈夫・・・・ですか」
「えぇ、あちこち焼けてはいますが・・・・たいしたことはないようです」
「先生・・・・私、役に立てまし・・・・たか?」
「ええ」
「良かった・・・・」
 紅嵐が動いたので、魅瑠の体は力なく地面にずり落ちた。
「役に立ちましたよ、魅瑠にしてはね。頭は出来損ないですから、体で役に立つしかありませんからね」
「・・・・・・・・」
「ま、あなたが考えるより先に体が動くタイプで助かりましたがね」
「せ、先生・・・・」
 魅瑠は紅嵐の顔を見る力もなく、地面に突っ伏したまま言った。
「わ、私を・・・・見込んでくれて、この世界に一緒に来ようと言ってくれた、先生に・・・・申し訳がなくて・・・・」
「あぁ、そのことですか」
 紅嵐は魅瑠の体を地面に降ろし、立ち上がった。
「服が汚れてしまった」
「・・・・」
「私が魅瑠を見込んで? ええ、そうですね。確かに見込みましたよ。時空ゲートの実験材料としてね」
「えっ!?」
 やり取りを聞いていた芽瑠が声を上げた。
「未知の世界に行くには、データが必要です。そこでまずあなたを送り込み、あわよくば宝玉を探しておいて貰おうと思い、バッグに手紙を入れておいたのです。そういう意味では、あなたに期待していました。ですが、誤算があった」
「誤算・・・・」
「芽瑠も一緒にこの世界に来てしまったことです。もしこの世界が我々の住めないような世界だったら、優秀な人材を失ってしまう。そう思って私は自分自身も通れるゲートの開発を急ぎました。一刻も早く助けに来なければ、とね」
「自分自身も・・・・通れる? それじゃ、先生は最初から姉さんだけを1人でこっちに送り込むつもりだったというの!?」
「ええ、そうですよ、芽瑠。あなたが魅瑠と一緒にゲートに飲み込まれた時は焦りました。将来有望な生徒を失ってしまったのではないかとね。だがやはり試運転だったゲートはすっかり壊れ、また最初から作るはめになってしまった。だから3ヶ月もかかってしまったのです」
「・・・・」
「魅瑠、あなたも私を欺こうとするくらいのことを考えなさい、芽瑠のようにね。そうでなければ、私の弟子は務まりませんよ」
 紅嵐は自分に向かって伸ばした魅瑠の手を、脚で払うようにして退いた。
「クラアァァァァァァァァァン!」
 迅雷が叫び声を上げ、地を蹴った。紅嵐は避ける間もなく、突進してきた迅雷のパンチをまともに頬に食らい、吹っ飛んだ。両腕が使えないために防御が出来なかったのだ。
「ぐはっ!」
「てめぇ、魅瑠の気持ちを何だと思ってやがる!」
 倒れた紅嵐に、更に追い討ちをかけるべく飛び掛る迅雷。
「お前は人を好きになったことがないのか!?」
 紅嵐の腹に迅雷の拳がめり込む。
「うぐっ!」
「許せねぇ、お前だけは許せねぇ!」
「調子に・・・・乗るな!」
 迅雷の体がふいに宙に浮いた。
「何っ!?」
「愛など、形のないもの。壊れるもの。幻、幻想、非現実なもの。力は現実! 全てを破壊する!」
 紅嵐の顔が赤く変色していた。それは先ほどのスプラッシュのせいでも怒りに顔面を紅潮させているわけでもなく、本来の力の覚醒による変化だった。
 紅嵐の鼻が高くなり、天狗のそれに変形する。
「へっ、あれだけ嫌っていた覚醒の力を出したか!」
「私をこの姿にしたあなたを、私は許しませんよ」
 空気の渦が迅雷の体をねじる。彼の体の自由は全て奪われてしまった。
「くっそぉぉぉぉぉ!」
 迅雷の体が光に包まれた。暗い山の中で、彼の体から発する光が辺りを照らす。
「迅雷君、その体で無茶しないで!」
 芽瑠が叫ぶ。発光する迅雷の背中から、血が吹き出た。スプラッシュによる火傷により傷ついていた皮膚が破れたのだった。
「ワンちゃん!」
「迅雷だっっ!」
 巳弥の叫びを訂正しながら全身が光に包まれる迅雷から、少し距離をおく紅嵐。腕が使えないため、目を覆うことも出来ない。
「迅雷君、あなたの電気は諸刃の剣。あまり無茶をすると自滅しかねませんよ」
「あぁ、自分の体だ、良く分かってるぜ・・・・」
(くそ、体中がビリビリしやがる・・・・)
 次第に迅雷の体の発光が増してゆく。
「まさか、迅雷君は電気を溜めた自分の体を先生にぶつける気なのかも・・・・」
「えぇ〜っ!」
 芽瑠の言葉に驚いた萌瑠は、迅雷に向かって叫んだ。
「やめて、じんらい!」
「俺は紅嵐を倒す。いつか先生を超えようと思っていたが、こんな風に倒すことになるとはな!」
「迅雷君! 馬鹿なことはやめて! あなたもただじゃ済まないわ!」
 迅雷は輝く拳を握り締めた。
「いくぜ、紅嵐!」
「やめて〜っ!」
 誰かが迅雷の腕を掴んだ。
「み、巳弥!」
「やめて、無茶しちゃ駄目!」
 迅雷の腕を掴んだ巳弥に、激しい痛みが走った。迅雷に溜まった電気のせいだ。
「話せ、巳弥! お前、電気が・・・・」
「だったら、やめて! っく・・・・!」
 巳弥の顔が苦痛に歪んだ。
「巳弥!」
 迅雷の体の発光が消えた。
「・・・・無茶しやがる。お前も光に弱いんだろうが」
「だって・・・・」
 地響きが聞こえた。最初は誰もが地震だと思った。だがその微震は、絶え間なく続き、段々と強くなっていった。まるで何かが近付いてくるような・・・・。
「な、何なの?」
「地震にしては長いわね」
 地面の揺れで真っ直ぐ立っていられなくなり、ゆかりんや萌瑠はその場でバランスを崩して座り込んでしまった。
「ゲートからだわ!」
 芽瑠がゲートを指差した。一同が注目する中、ゲートの歪が大きくなってゆく。空間が歪み、渦を巻いた。
「な、何だ!?」
 迅雷は巳弥を庇うように、前に回り込んだ。
 ゲートが彎曲する。
「・・・・!」
 影が見えた。その影はゲートからゆっくりと地面に降り立つと、夜空を見上げた。
「ここが異世界か。イニシエートと変わらぬな」
「あ、あの方は・・・・!」
「・・・・ミズチ」
 紅嵐の口調が緊張したものに変わる。
 ゆかりんを初めとする魔女っ娘は知らないことだったが、その男はイニシエートの長、ミズチだった。

 33th Love へ続く



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