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30th Love 「淋しさの計算式」
紅嵐研究所は、普段の静かな雰囲気から一変し、戦場と化していた。
「第2ブロック、破壊されました!」
「第3ブロックを閉鎖! 侵入者を閉じ込めろ!」
「駄目です、突破されました!」
イニシエートの王であるミズチの私設部隊が、紅嵐の弟子達が守る宝玉を目指して研究所に攻め込んだ。
「莉夜、まだそんな格好してるのか!? 早く変化しろ!」
「やだよぅ、あんな格好」
「馬鹿野郎、死にたいのか!」
「お兄ちゃんだって、人型じゃないの!」
莉夜が兄の雨龍を指差す。雨龍はこの第1研究室にある端末から、現在の研究所全体の状況に関する情報を得て、他の研究員に指示を送っていた。
「馬鹿、雨龍さんはあのままでも強いからいいんだよ! それに、人型でないとキーボードを叩けないだろう!?」
「あ〜、また馬鹿って言ったなぁ、櫂(カイ)君! 今度、死刑」
「俺を殺す前に、今のこの状況から生き残れ、莉夜!」
ドォンと派手な音がして、第1研究室のドアが内側に向かって吹き飛んだ。
「来やがったぜ! 萌瑠ちゃんを守るんだ!」
ドアを蹴散らして入って来たのは、ミズチ王直属私設衛兵部隊3人で、「半覚醒」状態だった。
「宝玉を渡せ!」
尻尾を生やした男が怒鳴る。
「お願い、タロー君!」
莉夜が後方にあったロッカーの扉を開け放った。
「な、何だあれは!?」
ロッカーの中から、2mほどある男が姿を現した。全身真っ黒のスーツ姿で、筋肉質の男だった。「タロー君」と呼ばれた男はロッカーから出るなり両腕を前に出した。
「唸れ、鉄拳! いっけ〜、ロケット・パ〜ンチ!」
莉夜の掛け声と共にタロー君の肘の辺りから火花が飛び散り、肘から前の部分が侵入して来た男目掛けて飛んで行く。
「なっ!」
意表を突かれた男はロケットパンチをまともに胸に喰らい、廊下まで吹き飛んだ。
「ど〜だぁ!」
ガッツポーズを取る莉夜。
「おのれ!」
仲間を吹っ飛ばされ、莉夜に襲い掛かろうとした侵入者2人だったが、横手から櫂の放った火炎を浴び、悲鳴を上げた。
「うわぁぁ〜!」
男2人は絶叫を上げた瞬間に、動きが止まった。凍りついた2人が、床に転がる。
「櫂、ここは火気厳禁だ」
「す、すみません、雨龍さん」
頭に手を当て、櫂は雨龍に向かって頭を下げた。
男2人は、雨龍の凍気によって凍らされていた。ロケットパンチを受けた男も立ち上がって来そうにない。
「莉夜、お前、それ・・・・」
櫂が「タロー君」を見て、吹き出した。
「な、なによ」
「ロケットパンチはいいけど、撃ちっ放しで戻って来ないのかよ?」
「そ、それはまだよ! 難しいんだからね、戻すのって! 有線なら可能だけどさ」
莉夜は慌てて廊下に落ちているタロー君の腕を拾って来て、彼の肘に装着した。
「そういやお前この間、凄いロボット作ってたじゃないか。自分で動いて、喋って。あれを見た時は俺、新しくこの研究所に入ってきた子かと思ったぜ。そのタロー君とやらには、そんな機能がないみたいだけど?」
「だって、あずみちゃんと違って、この子は兵器だもん」
莉夜はタロー君を促して、ロッカーの中へと戻らせた。ちなみにトゥラビアの大神殿においてゆかりと巳弥が戦ったのは、彼と同じタイプの「ダイスケ君」であった。
「兵器に感情があったら、平気で攻撃できないでしょ」
「それ、シャレか?」
「兵器に感情を与えるのは、可哀想だよ。残酷だよ」
「莉夜・・・・」
普段はふざけてばかりの莉夜なので、櫂はそんな彼女の表情を初めて見た気がした。
「みんな!」
そこに、紅嵐と芽瑠が到着した。
「宝玉はどこですか?」
紅嵐が雨龍に尋ねる。雨龍は「ここに」と自分の机の上にある宝玉を指差した。
「おお・・・・」
美しい陽の玉、陰の玉がそこにあった。それぞれ独自に光を発しているように輝いている。
「発動してはいけないと思い、無の玉は別の場所に置いています」
「あぁ・・・・それはいりません。偽物です」
それを聞いた一同は驚きの声をあげた。
「に、偽物ですって?」
「詳しく話している時間はありません。敵の増援がこちらに向かっています。私は宝玉を持ってここを出ます。雨龍、ここは頼みましたよ」
「分かりました、宝玉を守っていると相手に見せかけ、先生がここから脱出する時間を稼げばよろしいですか?」
「ええ、頼みます、雨龍。あなたは飲み込みが早くて助かる」
「お任せを」
紅嵐は陽の玉、陰の玉を鞄に入れ、第1研究室の奥にある備品室に向かった。そこには緊急用の脱出口があり、地下道を通って外に抜けることが出来るようになっていた。
「萌瑠、あなたも」
「うん!」
芽瑠は雨龍達に守られていた萌瑠の手を引いて、紅嵐の後に続いて備品室に入った。
「おや、萌瑠君も一緒ですか?」
「え、はい」
「ここにいた方が安全だと思いますよ。何しろ、私は追われる身なのですから」
「もる、おね〜ちゃんと一緒に行く」
萌瑠は姉の腕にしっかりとしがみ付いた。
「先生、お願いします。萌瑠も一緒に」
「・・・・いいでしょう。但し、何があっても知りませんよ」
(邪魔なお荷物が出来ましたね。まぁいいでしょう、いざとなれば見捨てればいいし、おとりくらいには使えるかも知れません)
紅嵐はそう考え、芽瑠と萌瑠を率いて秘密の地下道に入って行った。
電車の窓から見える風景が、オレンジ色に染まった。海岸線を走る電車に揺られ、ゆかりと透子は夕焼けに照らされた海を眺めていた。会社帰りのサラリーマンやクラブ帰りの学生で込み合う時間帯だが、この路線は町から海へと向かう列車で、2人が座れるスペースは充分にあった。
「巳弥ちゃん、いるかなぁ」
「他に手掛かりがないんだし、行ってみるしかないでしょ」
「うん・・・・」
「いるといいね」
透子は海岸線の岸壁を見ながら「飛び降りてなきゃいいけど」と心の中で呟いた。
「よっぽど楽しかったのね、疲れて寝ちゃったみたい」
ゆかりと透子の耳に、優しい声が聞こえてきた。肩を並べて座っている2人の前には、親子連れが座っていた。お母さんとお父さんに挟まれた男の子がスヤスヤと平和そうな顔で眠っていた。
(平日に親子連れで遊びに行くなんて。あの子、小学生だよね。最近は子供にズル休みさせて旅行に行く親が増えてるみたいだけど、それって良くないと思うな)
昨今の親子の関係と教育について透子が考えを巡らせている時、隣でゆかりはその親子をじっと見つめていた。それに気付いた透子がゆかりの顔を見ると、頬には涙が伝っていた。
「ゆかり?」
「え?」
「涙、出てる」
「あ、あれ・・・・」
ゆかりは手の平で自分の頬を拭った。
「どうしたの? 大丈夫よ、心配しないで。出雲さんなら・・・・」
「違うの。ちょっと・・・・お母さんを思い出して」
「あっ・・・・」
ゆかりの母親は彼女が小さい頃に亡くなった。それからずっと父親の岩之助が1人で育てているのだ。そんな父親と仕方ないこととはいえ、喧嘩をしてしまった。母親の思い出と父親へのすまないという気持ちから、涙が出たのだろうと透子は思った。
(でも巳弥ちゃんは、お母さんが亡くなってからずっと1人だったんだよ)
ゆかりは巳弥の淋しさを思うと、泣いてなんかいられない、と思った。
降りる駅が近付き、ゆかりと透子は席を立った。
すぐ近くに海を見渡せる墓地。夏の暑さに負けたお供えの花々が、地面に頭を垂れている。お盆にでもなればまた新しい花に代わるのだろうが、墓地には1つも人影は見受けられなかった。
「いないね・・・・」
ゆかりが墓地を見渡し、淋しそうな声を出した。
「あたしはいないとは思ったけど」
「え、どうして? 透子」
「出雲さんがいなくなったのは朝よ。もう夕方なんだから、ずっとお墓の前にいるわけないじゃない。お墓参りに来ていたとしても、この時間じゃもういないでしょ」
「でもドラマだったら、大抵はお墓の前で手を合わせてる最中だよね」
「それは、ドラマだから」
ゆかりと透子は一通り墓地を回ってから辺りを歩き回り、やがて海の見える岸壁に出た。2時間サスペンス等のクライマックスに登場しそうな場所だ。
そこに、巳弥はいた。
いつものグレーを基調としたシックな服装と、麦藁帽子という出で立ちで、沈みゆく夕日を眺めている。
「巳弥ちゃん」
ゆかりの呼び掛けに、ビクっと体を震わせた巳弥は、ゆかりと透子を一瞥すると、慌てて立ち上がった。
「待って!」
ゆかりは逃げ出そうとする巳弥の腕を掴んだ。
「離して!」
「巳弥ちゃん、どうして逃げるの!?」
「だって私・・・・見たでしょ、私の正体を!」
「正体って・・・・そんな言い方」
「私、ダークサイドなんだよ、化け物なんだよ! あれを見ても、まだ友達って言える? 仲間だって言える? 私、ゆかりん達の敵なんだよ!」
「・・・・」
「私のこと、嫌いになったでしょ、怖いでしょ、もう放っといてよ!」
「巳弥ちゃん!」
ゆかりの鋭い声が岸壁に響いた。
「巳弥ちゃん、ゆかりを馬鹿にしてるの?」
「え・・・・」
「見かけだけで友達をやめちゃうような子だと思ってるの?」
「だって・・・・」
「確かに、怖かったよ。怖いって思った。でも、巳弥ちゃんは巳弥ちゃんだもん。ゆかりがお友達になるって決めた、巳弥ちゃんだもん」
「それはただの意地よ」
「うん、ゆかり、意地っ張りだもん。だから、お友達は絶対にやめない」
自分の腕を掴んだまま、ニッコリ笑うゆかりを見て、巳弥の体から力が抜けた。
「友達じゃなかったら、こんな所まで来ないでしょ」
透子も巳弥に近付き、微笑む。
「私、最初は出雲さんと近付きたくなかったの。ゆかりが仲良くなりたいって言ってるのに、私はずっと拒否してきた。それが何故なのか、分かったの」
「・・・・」
「私、あなたからとても強い『淋しさ』や『悲しさ』を感じていた。誰も寄せ付けない強い拒絶も感じていた。私は、自分がずっと感じていた淋しさや悲しさをゆかりに和らげてもらったから・・・・だから、もう淋しくなりたくない、そう思ってあなたと近付きたくなかったんだと思う。自分まで、そうなっちゃいそうな気がしたから。でも、それは違うんだよ」
透子も巳弥の腕をとった。
「淋しさと淋しさを足しても、淋しさが2倍にはならない。淋しさはなくなっちゃうんだよ。お友達になればいいの」
「・・・・でも私、嘘をついてた。自分の正体を隠して、みんなを騙してたんだよ」
「・・・・」
ゆかりは巳弥から離れ「魔法の孫の手」を出した。
「ゆかり?」
「嘘をついてたのは、巳弥ちゃんだけじゃないよ」
「ちょっと、ゆかり、いいの?」
「嘘をついたままだったら、本当の友達になれないもん」
ゆかりがかざした魔法の孫の手から光が溢れ、ゆかりの体を包む。
「ゆか・・・・りん?」
何をするのだろうと見守る巳弥の前に、実際の年齢である27歳の姫宮ゆかりが現れた。
「大人に変身・・・・?」
「違うよ、これが本当のゆかり」
「・・・・え?」
「んじゃ、私も」
透子も「魔法の肩叩き」で実際の年齢に戻った。
「これが本当の私たちよ」
ゆかりと透子の顔を見上げ、ポカンとする巳弥。
「ごめんね、巳弥ちゃん。今まで騙してて。こんなんじゃ巳弥ちゃん、お友達だって思ってくれないかな。歳だって離れてるし・・・・」
ポカンとしていた巳弥の瞳が潤んだかと思うと、麦藁帽子が飛ぶかと思えるほど首が力強く左右に振られ、巳弥の身体がゆかりにぶつかってきた。
「うわぁぁ〜ん!」
「み、巳弥ちゃん」
巳弥はゆかりの決して豊かとは言えない胸に顔を押し付け、泣いた。ぶつかった拍子に脱げた麦藁帽子は、風に飛ばされないように透子が拾い上げた。
「私、自分の正体を知ってから、ずっと人と係らないでおこうって決めたの。小学校の時にそれまで仲が良かったお友達の前で・・・・あの時のアッちゃんの顔が忘れられなくて、転校して、もう絶対にお友達は作らないって、仲良くなったら辛いって、ただの同級生なら別れても悲しくないって、だから、1人でいいって・・・・だんだん慣れてきて、1人でもいいかなって思って、ううん、思い込もうとして、でも、本当は、本当は・・・・一緒にお弁当食べたり、一緒にファーストフードに行ったり、テレビの話で盛り上がったり、休み時間に遊んだり、もっと馬鹿なことしたり、したかったの! だから、ゆかりんが、友達だよって言ってくれて、お話して、一緒にお買い物に行ってくれて、家に遊びに来てくれて、お泊りしてくれて、一緒にお弁当食べて・・・・嬉しかった、嬉しかったよ! ごめんね、嬉しかったのに何も言えなくて、ありがとうって言えなくて、ごめんね、ごめんね!」
「巳弥ちゃん・・・・」
「いいの? お友達でいいの? こんな私でも、お友達でいいの?」
「ゆかりも・・・・こんなゆかりでいいの?」
「・・・・うん」
頬を涙で濡らして抱き合うゆかりと巳弥を見ていた透子は、巳弥が落ち着いた所で声を掛けた。
「あぁ、ゴホン。あたしだって、友達だからね、出雲さん。じゃなくて、巳弥ちゃん」
「藤堂院さん・・・・」
「透子、でいいわよ」
日が沈み辺りが暗くなってきたため、3人は近くの喫茶店に入って一息ついた。店内はあまり広くなく、食事というよりはコーヒーを飲みに来る客が多そうな店だ。
「何だか・・・・変な感じ」
紅茶をスプーンでかき回しながら、巳弥がはにかんだ。
「何が?」
「目の前にいるのが、ゆかりんと透子さんだなんて」
「どっちが可愛い? 今と、中学生」
「えっ・・・・」
「駄目だよゆかり、そんな答え辛い質問」
「あ・・・・ううん、どっちも・・・・可愛い」
「無理しなくていいのよ、巳弥ちゃん。で、あたしとゆかり、どっちが可愛い?」
「え〜・・・・」
「もう透子、それも答えられないでしょ!」
「ど、どっちも・・・・熱っ」
紅茶を飲んではぐらかす巳弥だった。
「でも、あの時は悲しかったな。ゆかりんが私に『食べちゃ駄目』って叫んだ時。私、ちゃんと意識があったもん。ただあの人の様子を見ようとしただけで、食べようなんてそんな酷いこと思ってなかったよ」
「あ、ご、ごめんね、だって、口を開けてたし・・・・」
頭に手を当てて謝るゆかりに、巳弥は「怒ってないよ」と言った。
「そう言えば巳弥ちゃん、聞きたいことがあったんだけど」
真剣な目つきで透子が身を乗り出した。
「な、なに?」
「あの蛇、頭が8つあるのよね」
「うん・・・・」
「どんな風に見えてるの?」
「え?」
質問の意味が分からずキョトンとする巳弥。
「だって頭が8つということは、目が16あるわけでしょう? でも巳弥ちゃんは1人。周りの景色がどう見えてるのかと思って。一度に色々な方向が見えるの?」
「・・・・どうだったかな、そんなこと意識してなかったから。そうか、目がたくさんあるんだもんね・・・・今度、意識してみるね」
「いいよ、無理にあの姿にならなくて」
「そうだよね、あの姿だったら一緒に街とか歩けない」
巳弥の顔に笑みが戻ってきて、ホッとするゆかりと透子だった。
とりあえずゆかりと透子は「どうして子供に変身していたのか」を説明した。だが巳弥の方は、自分でもよく分からない部分が多過ぎる。
紅嵐の言っていた通り、巳弥の父親はダークサイドであるということは、巳弥自身も知っていた。だが、普通の人間だと思っていた母親の形見がマジカルハットだったのは何故か、それが分からない。
「あ、そうだ」
ゆかりがある可能性を思いついた。巳弥の麦藁帽子を被った時に見た、あのヴィジョン。あの時は難解な映画を見ているようだったが、ある程度の知識を得た今なら理解出来るかもしれない。ゆかりはもう一度あの帽子を被ってみようと思った。
「どうしてゆかりだけ見えるの? 巳弥ちゃんには見えないの?」
帽子のことを聞いた透子が疑問を投げた。
「あたしにも見えるのかな」
「どっちにしても帽子を被れるのは1度に1人だから、ゆかりがやってみるね」
巳弥から麦藁帽子を受取ったゆかりは、喫茶店の店内で頭に被った。それを見た店員が「もう帰るのかな」と思い、レジに向かう。だが3人共、席を立つ様子はなかった。
「あ」
「どうしたの、ゆかり。何か見える?」
「2人共、ゆかりの手を握って」
目を閉じたままゆかりが差し出した両手を、それぞれ掴む透子と巳弥。その手を取った瞬間、2人の頭にも何かが流れ込んできた。
「目を閉じて、2人共」
ゆかりに言われた通りに2人は目を閉じた。先ほど頭に流れ込んできたものが、鮮明な画像となって頭に浮かんでくる。夢を見ているような状態だ、と透子は思った。
喫茶店の窓際のテーブルで、3人で手を握り合って目を閉じている女性2人と少女1人。おまけに1人は麦藁帽子を被っている。女性店員は気味悪そうにそのテーブルを横目で見ていた。怪しい動きをすればすぐに警察を呼べるように、電話の近くに立って。
(ゆかり、どうしてこうすればあたしたちも見えるって分かったの?)
(帽子がこうすればいいって教えてくれたよ)
口には出さず、頭の中で話す。
突然、3人は夜の空へと放り出された。
31th Love へ続く
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