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タイトル


 22th Love 「屋上のせつない戦い」


 うさみみ中学では、6時間目の終了を告げるチャイムが鳴っていた。今日の夜にはゆかりの父親が帰ってくるのだが、ゆかりは今日も巳弥を自分の家に泊めようと思っていた。宝玉の処置やダークサイドの動きなどは考えていない。ただ、楽しいから巳弥と一緒にいようと思った。
 偽物の宝玉でいつまでも欺けるとは思っていないが、バレた時の事を考えても仕方ない。その時に考えようとゆかりは思っていた。
 宝玉を探す必要がなくなった今、クラブに出なくても良い。顧問の露里にもその辺りは話してあるので、休んでもいいだろう、そう考えて巳弥と一緒にさっさと帰ろうと思ったのだが、運悪く掃除当番に当たってしまっていた。
 巳弥は掃除を手伝おうとしたが、クラスの決まりで手伝うことは出来ない。仕方なくゆかりは巳弥を待たせ、掃除当番4人でせっせと任務を全うした。
「姫宮さん」
 ゆかりはゴミ箱のゴミを焼却場に捨ててきた帰り道、露里に呼ばれて立ち止まった。
「先生?」
 タタタと露里に駆け寄るゆかり。
「クラブは出なくていいんですか?」
「ええ、ちょっと姫宮さんに話がありまして」
「はぁ」
(何だろう?)
 巳弥ちゃんが待っているんだけど、と思いつつ、露里に呼ばれてドキドキなゆかりだった。付いて来て下さいと言われてやってきたのは屋上だった。ゆかりは昼休みのお弁当のことを思い出して、少し切なくなる。
「先生、何の話ですか?」
(あ・・・・ゆかり、何だかドキドキしてる)
 ゆかりは自分の胸に手を当てた。
(呼び出し、話がある、屋上で2人きり・・・・)
「姫宮さん」
「は、はひっ」
(姫宮さんだって! 何だかよそよそしい呼び方・・・・ゆかりを意識してるとか?)
 ゆかりの頭に散々読み倒した少女コミックの世界が広がってゆく。
「姫宮さん」
 露里が近付いて来る。ゆかりは恥ずかしさに後退る。
(だめ、先生。ゆかりは生徒で先生は教師なの。こんなこと校長先生の耳に入ったら・・・・)
 ゆかりの背中が屋上のフェンスに当たり、これ以上逃げられなくなった。
(ああ、もう逃げられない。先生の愛からは逃れることが出来ないのね・・・・)
「姫宮さん、宝玉はどこに置いているのですか?」
「ほへっ」
 露里の意外な言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまうゆかり。
「ほ、ほうぎょくですか」
「そうです。学校に持って来ていると言ったでしょう?」
「はい、実はペンダントにして、ここに・・・・」
 ゆかりは胸元からネックレスを引き出し、露里に見せた。
(なるほど、見付からなかったはずですね。身に付けていたとは)
「元には戻せるんですね」
「はい、もちろん・・・・どうして宝玉の事を?」
「心配だったのですよ。宝玉を狙っている人が、姫宮さんを酷い目に逢わさないかとね・・・・私の大切なゆかり」
「ひぇっ、ゆ、ゆか、ゆか・・・・」
(うわぁ、先生に「ゆかり」って呼ばれちゃったよぅ!)
 露里の手が、ゆかりの肩に置かれた。
「ひえっ」
「ゆかり・・・・」
(フッ、この小娘はこの男を好きらしい。この男もまんざらではないようですね、鼓動が激しくなっていますよ。どれ、宝玉を頂く代わりに、少しサービスしてあげましょう)  露里に両肩を掴まれ、背中はフェンスに張り付き、ゆかりは逃げられない状況にあった。もっとも、ゆかりには逃げる意思は全くなかったのだが。
(えっ、えっ、この状況はひょっとして、キ、キ、キスぅっ!?)
「ゆかり・・・・」
「せ、せんせぇ・・・・」
(だめ、だめ、ゆかりは教師で先生は生徒・・・・違う、逆だよ、先生はゆかりで、生徒は教師・・・・)
 ゆかりはギュッと目を閉じた。
(ぷにぷにゆかりんの、ファースト・キス・・・・)
 2人の唇が触れる。ゆかりの頭は真っ白になった。
「ん・・・・」
 露里の手が、ゆかりの肩から首筋に移動した。
(ふぇっ)
 そのままセーラーの襟を這い、胸元に触れる。
(や、先生、こんな所で、そんなことまでっ!?)
 露里の指が宝玉のネックレスに触れた時、ゆかりは思い切り突き飛ばされた。
「きゃっ!」
 フェンスにぶつかり、ゆかりの背中に痛みが走る。
「うおおっ!」
 両手で頭を抱え、膝を付く露里の口から苦しそうな声が絞り出された。
「姫宮に、何てことを・・・・するんだ・・・・」
「せ、先生?」
「この男・・・・まさか出てくるとは・・・・気を抜いたか・・・・」
「姫宮の・・・・心を、踏みにじり・・・・やがって・・・・許さない」
「大人しくなさい、あなたはもうすぐ・・・・私に・・・・体を・・・・」
「せ、せんせぇ」
 突然、露里が1人で喋りだしたので、ゆかりはオロオロするばかりだった。
「姫宮ぁっ!」
「は、はいっ!」
「こいつは宝玉を狙っているダークサイドだ! ダークサイドの紅嵐(クラン)だ! 逃げろ、宝玉を守れ!」
「え、ええっ!?」
「俺の体に入って、俺を操っているんだ! 早く、逃げろ! ぐああっ!」
 叫びながら倒れる露里。
「せ・・・・せん、せい?」
「手間を掛けさせてくれますね、下等な人間が」
 ゆっくりと起き上がる露里。体に付いた埃を払い、ゆかりに向き直った。
「あなた、先生じゃないのね!」
「仕方ありませんね・・・・穏便に済ませようと思ったのですが」
「じゃ、じゃあ、ずっとあなたが・・・・さっきの・・・・」
 ゆかりは指を唇に持ってゆき、そっと触れた。
「あなたがこの男を好きなようでしたので、サービスですよ」
「サービス・・・・」
 じわ、とゆかりの目に涙が浮かぶ。
「ひどいよ・・・・」
「泣いているのですか? そんなに嬉しかったのですか」
「ひどいよ、ひどいよ〜っ!」
 涙が溢れ、ゆかりの両頬をつたった。
「嬉しかったのに、ゆかり、すっごく嬉しかったのに! ひどいよぅ、うわぁぁ〜ん、わぁぁぁぁぁ〜ん!」
 泣き出したゆかりに、呆然となる露里、いや紅嵐。魅瑠や迅雷の尊敬する先生であり、イニシエートが誇る次元研究家、紅嵐。
「分からない・・・・何故泣く? 何故酷い? お前はこの男が好きなはず」
「そんな心の篭もってないキスなんて、嬉しいわけないじゃない! ゆかりのことが好きで、ゆかりのことを想って、可愛いって思って、愛しいって思って、大切だって思って、ゆかりだけだって・・・・そんなキスじゃなきゃ、悲しいだけだもん! ふぇぇぇん、わぁぁぁ〜ん!」
「・・・・くだらない」
 コンクリートの上に座り込んで泣きじゃくるゆかりに歩み寄る紅嵐。
「さっさと宝玉を渡しなさい、小娘。こんなことで大きな声で泣くなんて、見苦しい。見ていると虫唾が走る」
「うう〜っ」
 ゆかりは立ち上がり、ぷにぷにゆかりんに変身した。紅嵐に向けて「魔法の孫の手」を構える。
「先生から、出ていけっ!」
「お前は私に攻撃することは出来ません」
 紅嵐は両腕を広げ、ゆかりんに向かってくる。ゆかりんは孫の手で牽制しつつ、間を開けた。
「どうしました? 攻撃してみなさい。この男に向けて、攻撃してみなさい!」
「うう〜っ、ず、するいよぅっ」
 グスグスと鼻をすすりながら、いつでも技を出せる体勢でゆかりんは身構える。
(出来ない・・・・先生に攻撃なんて、出来ないよぅ)
 一瞬気を抜いたゆかりんの首を、紅嵐の右手が捕えた。そのままゆかりんの体がフェンスに押し付けられる。
「んぐっ!」
「フフ・・・・下手に動くと首が絞まりますよ」
 紅嵐はゆかりんを右手で押さえ込み、左手で胸元のネックレスに手を伸ばした。
「だ・・・・め・・・・」
「喋ると苦しいですよ」
「せ・・・・んせ・・・・」
 苦しさで紅潮したゆかりんの潤んだ瞳が、露里の魂に訴えかける。
「ううっ・・・・こ、こいつまた・・・・!」
 ゆかりんの首を締めていた力が緩む。その耳に巳弥の声が届いた。
「ゆかりん!」
「みやちゃん・・・・来ちゃ、だめ! 逃げて!」
「出雲巳弥か」
 紅嵐は昇降口の方へ首だけ動かして巳弥を見た。帰り支度をしてゆかりが来るのを待っていた巳弥だったが、掃除が終わっているにも関わらずあまりに遅いゆかりを心配して、あちこち探していたのだ。故に、鞄を持ち、麦藁帽子を被ったままだ。
「先生、これは一体・・・・」
「巳弥ちゃん、この人は露里先生に取り憑いてるダークサイドなの! 危ないから、逃げて!」
「先生に・・・・ダークサイドが?」
 露里の言葉遣いがおかしいと思っていた巳弥は、それで納得がいった。
「出雲巳弥、あなたに用はありません。私はこの宝玉だけが目的なのでね。怪我をしたくなければ大人しくしていなさい」
「・・・・ゆかりんを離して!」
「なに?」
「ゆかりんは私の大事なお友達なんだから!」
 巳弥は学生鞄を握り直し、紅嵐と対峙した。

 眩しく輝く、一面が光の世界。
 廃工場の地下にある扉を開け、魔方陣のようなものに乗せられ、光のゲートをくぐった透子が見たものは「光の国」と形容出来るような世界だった。透子はこの魔法の国「トゥラビア」に来た、最初の人間ということになる。
(だからと言って、嬉しくはないけどね)
 目に見えないロープで縛られ、罪人として引っ張ってこられたのだから、透子が不機嫌なのも頷けるというものだ。
(しかも、身に覚えの無い罪状でだよ)
 自分が宝玉を壊そうとしていたことは棚に上げ、透子は心の中で不平を漏らした。
 ここからでも聞こえるほどの怒号が飛び交い、火の手が上がっている神殿があった。全く未知の世界だが、その建物は透子にも「あれが大神殿だ」と分かるほどの大きさを誇っていた。
「我々は大神殿に向かう! 行くぞ!」
 隊長の掛け声で、颯爽と駆け出すウサギたち。だが見かけがまるでぬいぐるみなため、勇ましいのかコミカルなのかイマイチ図りかねる。
(イニシエートがついにトゥラビアに攻め込んだ、か・・・・)
 引っ張られながら、透子は大神殿を見やった。
(このまま「陽の玉」が奪われ、更にここにある「無の玉」が見付かれば、三宝玉が全てイニシエートの手に渡る・・・・そうなれば、このウサギたちがあたしたちを捕まえてきたのはイニシエートにとっては手間が省けたことになるじゃない)
「救援はまだか!」
「近衛騎士団が戻ってきたぞ!」
(悪いけど、あのウサギ達ではイニシエートには勝てないよ。あ、そうか、魔法があるんだった。それで何とかなればいいけど・・・・)
「やられた、突破される!」
「増援を頼む!」
「こっちも手薄だ、援軍はまだか!」
 そんな中、透子、ミズタマ、チェックはいわゆる留置所のような場所に連れてこられた。有無を言わさずにブチ込まれるというのだろうか。
「法神官様、罪人を連れて参りました」
 透子らを連れて来たイエローラビットの団長が、建物のインターホンのようなものに向かって喋った。一瞬の間を開け、ドアがバァンとけたたましい音を立てて開いた。
「おお、待っていたぞ!」
 血相を変えたヒゲ面のウサギが飛び出してきた。これが法神官? と思っていた透子に向かって、神官が頭を下げた。
「え?」
「頼みます、透子殿! ダークサイドどもを追い払って下され!」
「・・・・はい〜!?」
 トゥラビアの民は元々争い事とは縁がない種族である。騎士団や軍隊というのも形ばかりで、それほど戦闘に長けてはいない。1つの国なのでトゥラビアの中での争いもなく、まして別空間の世界であるダークサイドが攻めて来るなどは夢にも思っていなかった。戦闘能力はダークサイドの人間と比べるだけ無意味で、このままでは全滅の可能性もあると法神官は語った。
「助けて頂ければ、今回の罪は咎めないという大神官様からのお達しです。なにとぞ、なにとぞ!」
「ったくもう、何がお咎めなしよ。元々濡れ衣だっていうの」
 マジカルロープを解かれた透子は、ロープが食い込んで痛かった手首を擦った。
「敵は何人?」
「たった3人です、それなのにわが軍勢が・・・・」
「軍勢ねぇ。オモチャの兵隊の方がまだ戦力になるんじゃないの?」
(3人か。ひょっとしたら水無池三姉妹? 「無の玉」が手に入ったから、次は「陽の玉」を奪いにここに来たのかな。それなら三宝玉が揃うことはないから安心なんだけど、2つだけでもある程度の力が使えるのなら問題ね。もしくは3つ揃えて何も起こらなかったら、偽物だってバレちゃう。怒るだろうなぁ、偽物だってことが分かったら。あ、でも3つ揃わないと発動しないんだったら、どれが偽物か分からないかも)
 あれこれ考えていても分からない。透子は「魔法の肩叩き」を出し、ぽよぽよとこたんに変身した。
「おお、何と可愛らしいお姿」
 両手を広げ、大げさに感動する法神官。
「お世辞はいいから、大神殿に向かえばいいのね? それから、そこの2匹も解放してあげてよね」
「おお、やって頂けるのですか!」
「はっきり言って、この世界がどうなろうがあたしは知らないわ。でも宝玉が3つ揃っちゃったら、あたしたちの世界もどうなるか分からないでしょ? 平和な老後を迎えるためにも、宝玉はイニシエートには渡したくないもんね」
 とこたんは背中のマジカルフェザーを広げると、上空へ舞い上がった。「スカートの中が見えるから」と今まで飛んだ事のないとこたんだったが、そんな事態ではないと思ったのか、ウサギになら覗かれてもいいと思ったのか。大神殿の位置を確認し、とこたんは一直線に目的の場所に向かった。
(ほんと、あたしのキャラじゃないよね)
 などと思いつつも、正義の味方っぽい今の状況を結構楽しんでいるとこたんだった。
「おい、他にももう1人、マジカルアイテムの所持者がいたな」
 法神官に問われ「はいっ」とかしこまるミズタマ。
「その者もここに呼べ、1人では危険かもしれぬ」
「わ、分かりました!」
 見えないロープを外されて自由になったミズタマは、ゆかりんを連れて来る為に来た道を引き返した。
 景観への配慮か、とこたんが見る限りこの辺りは背の高い建物はなかった。だがそれもそのはずである。トゥラビアの住人は背の低いウサギなのだから、当然1階の高さも低い。例えば2階建ての姫宮家は、この街の5階建てほどに匹敵した。
 そんな中、街中にそびえ立ち異彩を放つ大神殿。先程まで聞こえていた怒号や悲鳴は聞こえない。神殿内部へと攻防の舞台は移ったのだろう。
(まさかウサギさんたち、みんなやられちゃったとか?)
 とこたんは大神殿の周りをグルリと1周回ってみたが、中の様子は分からない。中に入るためには、正面から入る以外に方法はなさそうだった。
(この辺りでいいかな)
 とこたんは大神殿の裏側の適当な場所で地上に降り、壁に肩叩きを当てた。
「えいっ」
 壁が光り、分解され、肩叩きの魔力ドームに吸い込まれてゆく。自分が通れる大きさまで穴を開けると、とこたんはそこから大神殿の中に入った。
(うわ)
 大神殿の内部は、イニシエートでなくとも目を背けるほどの眩しさだった。とこたんは「うぇるかむ、サングラス」でサングラスを作り、目を保護することにした。やっとまともに目を開けることが出来る。
「眼鏡っ娘とこたん・・・・だけど、サングラスじゃ可愛くないよなぁ、きっと」
(さてと、祭壇の間はどこかしら)
 とこたんは最初から敵と戦うつもりはない。敵よりも早く「陽の玉」を持ち出して逃げる計画だった。そのために正面から入らず「大事な物は一番奥にある」と見当を付けて、大神殿の最も奥であろうと思われる辺りに穴を開け、侵入したのだ。
(まだイニシエートさんはここまで来ていないようね)
 だが予想に反して、祭壇の間が入り口の方にあったり、地下にあったりすればどうしようもない。
(あの音は・・・・?)
 ドアの向こうの廊下からガシャガシャという騒がしい音が聞こえてきた。それは徐々にこちらに近付いて来る。とこたんのいる部屋は広間のようになっていて、身を隠す場所がなかった。
(逃げないと!)
 とこたんが逃げる方向を迷っている内にその音は近くなり、遂にドアが開いた。
「そこまでだ、ダークサイド!」
「ひゃっ・・・・何だ、ウサギさんじゃないの」
「おとなしくしろ、ダークサイド! お前の仲間のせいで我ら軍勢はこれだけになってしまった。仇を取らせて貰うぞ!」
 鎧を着たウサギたちがあっという間にとこたんを取り囲む。ざっと数えて10匹はいた。
「ちょ、ちょっと待って。あたしは味方よ?」
「観念しろ、ダークサイド!」
「だからぁ、味方だってば!」
「嘘だ! その眼つきは悪者の目だ!」
「これはサングラスッ!」
 とこたんはサングラスを取って素顔を見せた。眩しさに目を細める。
「おお、何と可愛い娘さんだ」
 法神官と同じ感想だった。
「ありがとう。信じてくれる? あたしはマジカルアイテムを授かった人間で、とこたんって言うの。陽の玉を守りに来たわ」
「そうでしたか、それはとんだご無礼を致しました。ここにダークサイドは来ませんでしたか?」
「あたしも今来たばかりだから・・・・ねぇ、祭壇の間ってどこ?」
「祭壇の間ならこの奥の・・・・」
 とこたんの視界の隅に、黒いものが走った。
「ぎゃあっ!」
「えっ」
 鮮血が床に飛び散った。一瞬にして3匹のウサギが血まみれで転がる。
「みんな、気を付けて!」
 叫んだとこたんだったが、何も分からない内に次々と倒れるウサギたち。
「そこかぁっ!」
 とこたんと話をした、おそらくこの中では隊長格のウサギが、手に持ったスピアで素早い一撃を繰り出した。
 黒い影は、そのスピアを手で受け止めた。真っ黒なカメレオンスーツを身にまとった、体格の良い男だった。しかも人間らしくない姿勢で、鋭い鎌のような爪と尻尾を持っている。
(三姉妹じゃ、ない!)
 とこたんは「三姉妹なら話し合いができるかも」と期待していたのだが、目の前の男はどうやら話が通じそうになかった。
(逃げよう)
 瞬時にとこたんは自分のすべきことを決めた。あの三姉妹の末っ子・萌瑠にさえ恐怖を感じたのだ。目の前の男はあの時の萌瑠と同じ状態(半覚醒)であり、その体躯から萌瑠よりも戦闘能力が高いと判断できる。
 陽の玉は諦める、とこたんはそう決断した。ここで殺されたら元も子もない。もし仮に陽の玉を奪われ、それによりダークサイドが自分たちの世界を滅ぼしたとしても、それはみんな一緒なのだから仕方ない、ととこたんは思う。自分だけがこんなわけの分からない世界で死ぬのは嫌だった。
「というわけで、さよならっ!」
 とこたんは自分が開けた穴を目指して駆け出した。次に自分がすべきことは、三宝玉が揃わないように「無の玉」を破壊することだ、と考えた。
 目の前に黒い塊が現れた。
「!!」
 繰り出された鎌の一撃を間一髪かわしたとこたんは転びかけた体勢を立て直し、踏みとどまった。
「ねぇ、あたしはあなたたちの邪魔はしないから、見逃して!」
 キラキラの床には先程のウサギ達が1匹残らず転がっていた。一面金色の世界に赤黒い液体が不気味に広がっている。
「抵抗しないからさぁ・・・・」
 聞く耳持たない、といった感じで鎌を構える男。
「あっ!」
 とこたんはいきなり天井を指差した。それにつられて視線を動かすイニシエート。瞬間、とこたんの前に煙が舞い上がった。
(さよならっ!)
 肩叩きの魔法により、視界を遮る煙幕を発生させ、とこたんは外への穴を目指す。
 ガスッ!
「あうっ」
 とこたんは頭に痛烈な衝撃を受けた。何と、自分で張った煙幕のせいで穴が見え辛く、目測を誤って壁に衝突してしまったのだ。
「いたい・・・・」
 だが、痛がっている場合ではなかった。背後から「直撃を受ければ死」の鎌が襲いかかる。とこたんはマジカルフェザーの羽ばたきで舞い上がり、その一撃をかわした。お陰で脱出口から遠ざかってしまう。
「やだなぁ」
 魔法の肩叩きが左右に開き、1本の弓と化した。
「ぜ〜ったい、あたしのキャラじゃない!」

 23th Love へ続く



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